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死ノ国  作者: 月島 真昼
四章
70/110

ユ・メイ=ラキ=ネイゲル 7

 


 退屈が嫌いなユ・メイは休めと言われても休んでいられずに、あちこちうろつきまわったり、こっそり酒を飲もうとした。が、周囲の者が負担になりそうなものをすべて取り上げてしまった。時々ライが訊ねてきて、世間話を少ししたくらいだ。

 一週間もすると体調もよくなってきたし、いい加減寝ているのも飽きてきた。

「シュウはどこだぁ?」

 すっかり元の調子を取り戻してユ・メイは肩で風を切って歩く。

「雷河です。前線に張り付いています」

「なんだよ、つまらねえな。おい、俺も行くぜ。ガキんちょ。おまえも行くだろ。来い」

 近くにいたライを呼ぶ。

「ん。行くよ」

 ライが腰を浮かして、ユ・メイに並ぼうとした。

「わかった! わかりましたよ、大将!」

 そこへ興奮して頬を真っ赤に染めたシュウが飛び込んできた。

 勢い余ってライを突き飛ばす。「ああっ、すみません。ライさん! 来てください」引き起こしたついでに引っ張っていく。

「ええ!? あの、ちょっと」

 強引に手を引かれてライは困った顔をしてユ・メイを振り返る。ユ・メイは「シュウについていけ。そいつの言うことはだいたい正しいから」とひらひら手を振ってライを見送った。

「あ、大将! 雷河の方をお願いします! これからの作戦はガクが知ってるので、彼のやりたいようにやらせてください!」

 シュウは慌てた調子でそれだけ言うとライを連れてさっさと宮殿を飛び出していく。

 ライを馬車の中へと押し込む。馬車の中にはユーリーンがむっつりした表情で待っていた。シュウも乗り込む。「出してください」河の国には少ない騎兵を大勢引き連れてどこかへと向かう。

「ユーリーン、無事でよかった」

「貴様こそ、息災でなによりだ」

 妙にあっさりした態度のユーリーンにライは小首を傾げる。

「それはともかく」

 ユーリーンはシュウをねめつけた。

「いい加減、説明してくれ。なにがわかって、我々をどこに連れていくつもりなのだ」

 ユーリーンもライ同様に、無理矢理手を掴まれて馬車に引きずり込まれたらしい。

「シン王が陸戦を仕掛けようとしている場所です! ええと、そうですね。順を追って話します」

 シュウは両掌で顔を覆って自分を宥めるように額を撫でた。

 少し気分を落ち着けて「僕はシン王が陸戦を仕掛けてくるなら西回り、翅の国を越えてやってくると思っていました。雷河を突破して陸戦部隊を送り込むのはどう考えても、大将の水の魔法が強すぎて成立しませんから。でも違ったんです! シン王にはもう一つ河の国を攻める道筋があったんです!」と、とてつもない早口で言う。

 頭の回転に口が追い付いていないような話し方だった。自分では落ち着いたつもりでいるようだが、まだ頬が紅潮しているしちっとも興奮を隠せていない。

「それで、それはどこなんだ」

 ユーリーンが苛立ちを隠さない口調で尋ねた。

「東です! 東ですよ、ライさん、ユーリーンさん」

 東? とライは小首を傾げる。

 河の国は大陸の最東部だ。その東には遥かな外海が広がっているだけで――

「廻船問屋さん……?」

 ライがぽつりと呟く。

「そうです! それなんです。灯の国からの通商の道順。シン王が灯の国を落としてからすっかり途絶えてたんで、忘れてたんです! なんでいままでこんな簡単なことに気づかなかったんだ、僕は! やつらは通商のための船にわんさか兵と壊獣を隠して港に乗り込むつもりなのでしょう。先に辿り着ければ対策は簡単です。港を使えなくすればいい。吹き曝しの浜辺を使ってだと、人はともかく馬や壊獣、鉄製の具足を陸に渡すのは相当な手間ですから。そんなことをちんたらやってるうちに叩けます! でももしかしたらもう着いているかも。くそぉ。気づくのが遅かった!」

 ライは「ほんとに?」と尋ねた。

「船で東回り、できるのはわからなくはないけどさ。灯の国から海を通って東回りでって、すんごく遠回りだよね? それにもしもの時に退路がないでしょう? シンがそんなことするかな」

「ええ、僕もそう思ったからこそ東からの海路は死角になっていたんです。でもここ最近の戦いぶり、こちらを雷河に釘付けにするために兵をわざと死なせているようなあの水戦を見ていて、確信しました。いまのシン王は、これまでのシン王とはなにか違います。誰かこれまでと違う角度からの軍略を吹き込んだ人間がいるのかもしれません」

 ライはまだ疑っていたが、シュウはその考えに自信をもっているようだ。

 それにシンが翅の国を経由した西回りの道をとってこないのは、なにか他に策を持っているからのように思う。

 海を経由した東回り。

「……東側には誰が来てると思う?」

「古参の兵ではありません。それを率いるローゲンではないでしょうね。テン・ルイを失った今、ローゲンはシン王の懐刀です。退路のない戦いに放り込むようなことはできません。彼女以外で重要な進撃路を任せることのできる力量のある将、十中八九は、」

 ライは思わず耳を塞ぎかけた。

 ユーリーンが険しい顔をした。


「ハリグモ=ヤグです」




 幾人かの文官と状況について話し合いながら、ユ・メイは雷河に向けて出立の準備を進めていた。そこへガクが現れて、手をあわせて跪き「献策がございまする」と言った。

 普段ならばシュウ以外の人間の言葉は滅多に聞き入れないユ・メイだが、そのシュウが「ガクの言うことを聞いてください」と言っていたのを思い出してその顔を見下ろす。

 仕方なく「なんだ?」と問う。

「我が方は現在戦況を優位に進めております。しかしそれはシン王の軍勢がその総力を持ってことにあたっていないからでございます。雷河の攻略が容易いものではないとわかればシン王も軍を引き翅の国を攻略しての西回りの侵攻を取るでしょう。そうなる前に、現状我が方が優位の段階でシン王との和睦をお結びくだされ」

 場の空気が凍り付いた。

 ユ・メイは既に抗戦の決断を下している。

 異を唱えたものは斬ると言い放っている。

 それに反してガクはユ・メイに停戦を説いていた。

 いかにガクが河の国の文官の筆頭であれど、ユ・メイは斬る。この人はそういう人だと誰もがわかっていた。

「言いたいことはそれだけか?」

 暴力的な笑みを浮かべてユ・メイが腰の剣に手をかけた。

「お、お待ちください、メイ王!」

 若い文官が割って入った。

「ガク殿は先王の代から河の国を治めてきた重臣、それをただの一言意に反することを唱えただけで切り捨てるとはあまりにも短慮でございます!」

「俺は一度言ったことは曲げねえよ。反対するやつは切り捨てる。確かにおまえたちにそう言ったな?」

「っ……」

 青年は青褪めた顔で、だがガクを守るように立つ。

 中年ほどの文官が「メイ王、落ち着いてくだされ。ガク殿は日頃の重責に耐えかねて妄言を口走ったに過ぎません。あのようなおいぼれを処断されれば、却ってメイ王の器の底を晒しますぞ」と柔和な声で宥める。

 ユ・メイは剣を振り上げた中年の男の喉元に突きつける。

「俺はこの口から放った言葉を翻す方が、底を晒すことになると思うんだが、どうだ」

 男は返す言葉を持たなかった。が、その刃を受け入れるように強い瞳でユ・メイを見た。言外に斬るな、と強く咎める。

 しばらくのにらみ合いのあと、ユ・メイは剣を引いた。興が削がれた。乱雑に鞘の中に剣を突きこむ。

「頭が冷えるまで牢にでもぶち込んでおけ」

 苛立ちを隠さない口調で言う。

 出立の準備を終えて雷河に向けて馬に乗って飛び出していく。

 文官達の誰もがあの粗暴な王についていて河の国に未来はあるのだろうかと一抹の不安を胸に抱く。現実的な未来、ガクの語る条件付きの降伏の方に惹かれる。それが叶わぬならばいっそのこと、ユ・メイを見捨ててシンの方へと鞍を変えるのが正しい選択ではなかろうか。

 もしもユ・メイがガクを斬って捨てていたら、彼らはすぐにその考えを実行に移していただろう。

「ガク殿」

 青年が手を伸ばしたが「触れるな」ガクは短く言い、自分から牢の方へと歩き出す。

 鍵も掛けていないというのに、石造りの牢の中に閉じこもって出ようとしない。

 文官達は気を揉みながらも自分たちの仕事へと戻っていく。

 そして深夜、皆が寝静まった頃になって牢の中に一人の男が訪ねてくる。

「いかがなされますか」

 静かな声で言う。

「……シン王の元へ行こう」

 ガクが返答する。




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