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死ノ国  作者: 月島 真昼
四章
67/110

イ・シュウ=アズ=ゼン 1

 

 戦うと決まれば、それからの動きは早かった。草の国からの使者であるグ・ジルを河の国から追い立てる。文官達が兵糧の手配を急ぐ。河賊達が広く兵を集める。

 誰もいなくなった謁見の間で、ユ・メイがシュウに向けてぽつりと「おまえすげえな」と言った。

「え? なにがですか」

 シュウがわざとらしく首を傾げる。

「降伏か抗戦かで散々ざわついてたのを、一発で黙らせたじゃねえか」

「ふふ、やっと僕のすごさがわかりましたか!」

 得意になって冗談めかした笑みを浮かべる。

「みんなほんとは降伏なんてしたくなかったんですよ、だからちょっと背中を押してあげればいいだけでした」

 シュウは唇に指をあてて、右上に視線をやった。

 それからおもむろに「もっともあなたが降伏したいと言っていたら、まったく逆のことを説いて似たようなことをしていましたけどね。みんな移ろい易いんです。信じやすい実力者の言葉に流される程度には」と言った。

「おまえが敵じゃなくてよかったんだろうな」

「なにを言いますか! 僕はいつも、いつでも、どんな時でも大将の味方ですよ。例え生まれ変わったってね」

 嘯いてみせる。河の国の役人だったシュウは、本当は河賊を取り締まる立場だった。こうしていま隣にいることは、奇妙な取り合わせだと思う。

 ユ・メイは微笑んだ。

 シュウが隣にいればどんな相手にだって勝てる気がした。

「シンの野郎をぶち殺す。力を貸してくれ」

「もちろん!」

 一先ず保留にしていた返事をライ達に返す。ユ・メイが文官達に呼ばれて出て行った。

 シュウだけがライ達の前に残る。

 それから「実は早速戦になりそうなのですよ」と打ち明ける。

 ライとギ・リョクは驚いたし「じゃ、じゃあこの約束はなかったことで」と言って逃げ去ろうとしたけど、「あれ? こんなところに両国の王印が入った書状がありますね? カイさんのところにこれを持っていきましょう。きっと約束の履行を求める僕らの味方をしてくれるでしょうから」ひらひらと紙を振りながらシュウが意地の悪い笑みを浮かべたのを見て諦めた。

「同盟が成ったなら早い方がいい。情報の交換と行こうぜ」

「はい」

 ギ・リョクはネットワークを通じて得た灯の国の現状について話した。

 シエンという虫の姿の壊獣が全土を覆い、一切の植物を食らい尽くしたこと。そうして飢餓が全土を覆う地獄と化した灯の国に、シンがどのように君臨しているのかを。

「灯の国は我々とも廻船問屋を通じて少ないながらも国交はあったのですが、シン王の支配が及んでからは交流が途絶えていました。助かります」

「灯の国と国交があったんだ」

「はい、外海から船で荷のやり取りをしていました」

「海?」

「ほぅ」

 ギ・リョクが興味深そうに目を輝かせる。金になりそうな話だと思ったらしい。

 シュウが話を戻す。

「ギ・リョクさん、あなたが食料の値引きという条件を出したのはそのためだったんですね。我々の兵糧がシエンによって容易に尽きるのがわかっていたから。引き換えに我々の金貨を食い尽くすおつもりだったわけですか」

 ひゅう、とギ・リョクは口笛を吹いた。

「もしも翅の国にそのシエンとやらが向いたらどうするおつもりだったのですか?」

「そいつはこっちの特許だ。こっからは別料金さ」

 翅の国ではハクタクと組んで殺虫剤が作られている。壊獣であるシエンに対してどれだけ通じるかはわからないが、最低限の備えはしてある。

「シン王の側近、ローゲンの爪の魔法の能力をご覧になりましたか?」

 ライは首を振った。

「指先から刃に似たものを伸ばす魔法です。間合いは十メルトルほどでしょうか、白兵戦において強力な魔法です。特に単騎で威力を発揮します。乱戦になると味方を切ってしまうがゆえに真価を発揮できません。近接戦闘においてはそちらにも専門家がいるようですが」

 間合いの長さからユーリーンでは対応できないだろう、とライは想像する。

「近づかないように話しておく。相手をするなら僕かな」

 ライの間合いは爪の魔法よりもさらに長い。どれほど爪が鋭くても分厚い泥の壁を切り裂くのは困難なはずだ。相性がいいように思う。

「ねえ、スゥリーンを結局シンはどうしたの?」

 実はライが一番聞きたかったことはこれだった。

「連れて帰られましたよ。草の国にいるのでは?」

「あ、そう。えっと実際シンはどう動くと思う?」

「水戦に全力を傾けてくれたら一番楽ですね。大将の魔法で粉砕できます。つまり、それとは逆のことが起こるでしょう」

「んんと、陸戦に全力を傾ける……?」

「僕がシン王ならそうします。陸戦において草の国はまさしく大陸最強の軍団ですから。ただ腑に落ちない点もあるんです」

「?」

「順番から言えば翅の国を落としてから河の国に取り掛かるのが正しい。翅の国にシン王からの降伏勧告はありましたか?」

「なかった」

「これは推測ですけど、シン王にはなにか大陸の西側に手を伸ばしたくない理由があるんじゃないでしょうか? せっかくゼタから奪還した王の国からも早期に撤退しましたし。なんらかの脅威に備えて東側の制圧を先に完全にしたい、そんな意図があるように思ったんです」

「西側に手を伸ばしたくない理由……?」

 ライにはなぜだか、ツギハギ、という単語が思い浮かんだ。

 スゥリーンに継承が途絶えているはずのアスナイの技術を教えた人物。

「なにかを恐れているのかな?」

「だとすれば、少なくともうちの大将よりも怖いものを」

 それは随分少なそうだとライは思う。

「てめえはそりゃなんだと思うんだ?」

 ギ・リョクが尋ねる。

「魔法、ないし流人のどちらか」

 シュウが淡々と言う。

 ライは渡谷を思い出した。自分達を襲ったあの自走式戦車の破壊力を。流人だけが持つ技術の鋭刃。

 この時代の通常兵器では手も足も出なかった。砲塔から吐き出された砲弾が精神までもを粉々に打ち砕いた。あれならきっとタンガンだって容易に撃ち抜いてしまえただろう。

「散っていった覇王の息子の誰かが西方にいるのかもしれねえな」

 ギ・リョクが言う。シュウがこくりと頷く。同じことを考えていたらしい。

「あなたは灯の国や王の国の動静に随分詳しいようですが、西方の国々のことは?」

 ギ・リョクは首を振った。ギ・リョクが繋がりを持っているのは大陸中央から東側にかけて、彼女自身があちこちを見ながら渡り歩いた国々だけだ。具体的には王の国・鉄の国・草の国・翅の国・灯の国の五国である。東南部の河の国との交流は深くはないし、馬の国や霧の国の内情についてはわからない。特に大陸の南西部に位置する山々に囲まれた霧の国はひどく閉鎖的な国だ。

 ギ・リョクは「なんでおまえみたいなやつがあんな粗暴な王に付き従ってるんだ?」とぼやいた。この小男がいなければ、ユ・メイのような輩が国を治めることができるとはまったく思えなかった。

「え? 好きだからですよ」

 シュウははにかんで言った。

「僕はユ・メイが好きです。彼女の顔が好きです。こう、愛嬌があってかわいいでしょう! それにあの傷だらけの身体が好きです。ぞくぞくしますよね、どれだけ戦えばあんな風になるのでしょうか。あの肉体は屈することをよしとしなかった彼女の魂の顕れです。性格が好きです。ちょっと馬鹿にされるとぷりぷり怒るんですよ。それを宥められるのが僕だけってくらい信頼してくれてるんです。最高ですよ! なにものにも侵されないあの心の在り方が好きです。僕は彼女が大好きなんです!」

 心の底から嬉しそうに語る。

 ギ・リョクは、こいつだけはまともだと思っていたのに、というような目でシュウを見た。

「あなたは違うんですか?」

 ライを見て、ギ・リョクに尋ねる。

 ギ・リョクは眉間に皺を寄せた。

「冗談じゃねえ。あたしは違う」

 むきになって否定するギ・リョクを見て、ライは口元を隠してくすりと笑った。

 ギ・リョクがライの頭を軽く小突く。




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