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死ノ国  作者: 月島 真昼
四章
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ユ・メイ=ラキ=ネイゲル 5




 それから一月ほど経って、ギ・リョクとライは河の国へと向かっていた。

 同盟、最低でも不可侵条約を結ぶためだ。鉄の国との戦争で傷付いた現状ではとてもではないが他国とは戦えない。未だにシンは北方にかかりきりになっているし、王の国も混乱から立ち直っていない。

 大陸南西部に位置する霧の国は各国の戦況についてすっかり傍観を決め込んでいるが、いつ動き出すとも限らない。せめて友好関係が結べそうな河の国との間には、なんらかの手を打っておこうという話になったのだ。

 今回ユーリーンは砕けた肋骨の治療で留守番だ。

「でもユ・メイさん、そういう約束を結ぶ人って感じじゃなかったなぁ」

 ライは自信なさげになる。

「頭の回るやつが一人でもいれば、シンに対抗するなら他で争ってる場合じゃねえってわかるさ」

 ギ・リョクが言う。

 ラ・シン=ジギ=ナハルは大陸の北半分を手にした。そして大陸の北側は平野が多い。平野が多いということは人口が多いということだ。土地は耕作に向いているし、それを行う労働力にも事欠かない。

 河の国はその名の通り、雷河とその支流が土地の多くを占めている。潤った土地ではあるが水害が多く、耕作にはあまり向いていなかった。『水』の魔法の使い手が、覇王の遣わした先代の王と共に治水の工事を進めなければ「人の住める土地ではない」と言われていたほどだ。

 また翅の国の以西、大陸の西部・南西部には険しい山脈地帯が広がっている。鬱蒼とした山林をどうにか切り開いて作られたのが霧の国だ。こちらも元は人の住めるような土地ではなかった。

 大陸の中で最も人口が多いのは中央部に位置する王の国だった。しかし草の国が灯の国を併呑したことでその関係が変わってきている。

 シンが圧倒的な力を持ちつつある。

 ちなみに王の国・草の国に次いで人口が多いのは翅の国である。

 雷河に沿って馬を走らせて、ライとギ・リョクは河の国に辿り着く。

 


「ようこそいらっしゃいました」

「用件は事前に通知したものです。我々はシン王の南下に際して両国の協力を取り付けたいと考えています。河の国の意思を伺いに参りました」

 ギ・リョクが仕事向けの顔を取り繕って言った。

 イ・シュウが頷く。

「ユ・メイの元まで案内します。どうぞ」



「大将。ライさんが来ましたよ!」

「おう、よく来たな。入れ入れ」

 酒焼けした女の陽気な声が聞こえてくる。シュウが扉を開け、二人を導き入れた。

「よお、ガキんちょ。よくきたな。俺と一緒に河賊やる気になったのか?」

「はは。それも楽しそうだけど、今日は違った用事だよ」

「あん。なんだ」

「ユ・メイ。同盟の話ですよ、手紙を読んだでしょう?」

「どーめい? お断りだ。俺は一人で充分だしてめーらの助力なんざいらねえ。めんどくせえ」

「だ、そうです。お引き取りください」

「あんだと?」

 ギ・リョクが口の中で呟く。

「どうしてもと言うなら、大将を説得してください」

(ちっ。それが本音か)

 このイ・シュウと言う男は、シンの南下に際して両国の協力が必須であることを理解している。ただ翅の国と河の国を比較すれば河の国の方が軍事力は高い。河の国は雷河を盾にしてどうにか持ち堪えることはできるかもしれない。が、翅の国はそうではない。ついこないだまで軍隊を持っていなかった翅の国は草の国の軍勢が総力を傾ければ簡単に落とせてしまう。どちらの方がこの同盟が必要かと言われれば、翅の国の方が比重が大きい。

要するにイ・シュウは同盟に際して力関係をはっきりさせておこうと言っているのだ。

 そうしてギ・リョク達からある程度の条件を引き出すことができたら、しぶる君主に向かって「まあまあ。こうまでして力を貸して欲しいと言っているのですから、ここは譲ってあげましょう」と言う。そういう構図を描いている。

 見かけによらず面の皮の厚いやつだな、とギ・リョクは横目にシュウを見る。

「ねえ、単純な疑問なんだけどさ、ユ・メイは一人でシンを止められると思ってるの?」

「ああ」

「でもロクトウは負けちゃったよ?」

「……あん?」

「灯の国はすっごく精強な軍隊を持ってたんだ。数も五万を超えていたはずだし、ロクトウは壊獣の力を重要視してたから対策をがちがちに組んでたんだ。でも灯の国はシンに負けて、滅ぼされちゃった。ねえ、河の国はそうならないの?」

「灯の国には雷河がないだろ。俺たちは水戦なら誰にも負けねえ」

「そっか、やっぱり陸戦ならシンに分があるんだね?」

 シュウの頬がぴくりと動いた。

「雷河を通らずに翅の国を経由して陸路で入る道順ならシンはユ・メイに勝てるんだ。そっか、それならシンは随分簡単にユ・メイを倒してしまえるだろうね。今度会った時に彼に教えてあげるよ! そしたらシンと仲良くなれるかもしれないし」

 ユ・メイが玉座から身を起こした。前のめりになる。興味がなさそうに冷めていた視線に熱が灯る。

 太ももに肘をついて顎に手をあてる。

「なかなか人を乗せるのがうまいな、ガキんちょ」

「ユ・メイが乗せられやすいんだよ」

「俺らは武力でてめーらを捻じ伏せることができる」

 ユ・メイが暴力的な笑みを作った。けれどライはそこに殺気が混じっていないことにすぐに気が付いた。もっと恐い顔をする人だったと思う。ライは自然に言い返した。

「そりゃいいね。どちらが強いか、一戦やってみようか」

 無論、二人とも実際にそれがなされればシンを喜ばせるだけなのはわかっていた。

 ただ確認したのだ。二人の立場は対等なのだということを。

「ガキんちょ。俺に何をして欲しいんだ? それからお前は何をしてくれるんだ?」

「シンが翅の国に攻めてきたときに僕らに力を貸して欲しい。僕らは河の国にシンが攻めてきたときにユ・メイに力を貸す。そういう協力関係を築きたい。できないかな?」

 ユ・メイがシュウを見る。「できないのか?」と言う。決定権はユ・メイが持つ一方で、自分の知恵の無さを理解しているユ・メイはシュウに実際の判断を委ねている。シュウは自分が考えていたのと違う展開で話が纏まりつつあることに少し苦い顔をして、額を揉み解しながら「できますよ」と言った。できない、と言い張ることは可能だったが、シュウはユ・メイの感情をできるだけ尊重したいと思っている。そしてユ・メイがこの同盟に対して肯定的にとらえている。

 せめて、と思い、シュウは言葉を続ける。

「ただ両国の軍事力には差があります。その不足分をなんらかの形で埋め合わせては貰いたいところですね」

 ギ・リョクを見る。

「早い話が兵糧の不足分をこちらで出して欲しい、ということでよろしいですか?」

「わかりがよくて助かります。河の国の土地は水害が多くて耕作に向いていないもので」

 散々なふっかけ方をしてやろうと軽く息を吸ったギ・リョクを、ライが薄くねめつけた。内心で舌打ちする。わかったよ、と口の中で呟く。

 実務家であるギ・リョクからすれば兵糧がないのは戦ができないのと同じだった。食料生産まで含めて「軍事力」でその不足分をこちらに埋めろなど、ちゃんちゃらおかしい理屈だ。しかしまあ性質の悪そうなあの河の国の王がその気になっていてライがこの流れを歓迎しているのならば、流れを歪める必要もないだろう。

 河の国が代償として兵糧を求める展開は想定していたものだったので、ギ・リョクは荷の中から事前に用意していた書状を取り出した。一定割合で農作物の輸入に際して値引きをするという内容だ。シュウが目を通し、ユ・メイと簡単に相談する。

「重大な案件ですから議会にかける必要があります。この場ですぐにはお返事できません。こちらにはどれくらいの期間滞在される予定ですか?」

「一週間くらい。ほんとはもっといたいんだけど、向こうでやることが山積みだから」

「わかりました。それまでには返答させていただきます」

 ライは頷いた。その顔の中に反故にされたときにどうしよう、という不安が浮かんでいるのを見てシュウは「大丈夫、通しますよ」と言った。

「任せてください。ユ・メイが望んだことならば、大抵のことは押し通します。はっきり言ってしまえば僕はもう少し吹っ掛けるつもりだったんですけどね」

「うん、まあそれは……」

 ライがギ・リョクを見た。ギ・リョクはそしらぬ顔で明後日の方を見る。

 ふっかけるつもりだったのはお互い様だった。

「部屋はこちらで用意しますので、どうぞ七日間の間、河の国を楽しんでください」

「ありがとう。そうさせてもらうよ」

 ライとギ・リョクが部屋を出て行く。

「……さて」

 それを見届けて、シュウは使いのものを出した。

 武官・文官を集める。会議のためではなかった。

 この国に訪れていたもう一人の使者を迎えるためである。



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