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死ノ国  作者: 月島 真昼
三章
63/110

渡谷 昇 3


 ほどなくして鉄の国の軍勢は降伏を申し出た。

 ジュゾが倒れ、自走式戦車の破壊を見届けた渡谷がそれを見届けて、軍を下げた。

 残りの者に戦意は残っていなかった。

 数でも力でも勝っていたはずの鉄の国の敗因は、戦力を戦車へと偏らせすぎたことだろう。対策を打たれて、泥のぬかるみに車輪を取られたとき、状況を打破できるだけの騎兵、歩兵戦力が正確に運用できなかった。

 ジュゾが健在ならば運用できただろう。だがジュゾは早い段階でユーリーンに討たれた。

 指揮が乱れ、戦場を混迷した。

 キ・ヒコの用兵とライの魔法がわずかに戦車に勝った。

 とはいえ戦死者の数は翅の国の側の方が圧倒的に多い。戦死者は2000を超えており、軽傷を含めれば傷を負っていないものは皆無に近かった。鉄の国の側は戦車兵達こそ土に呑まれ、引きずり出されて殺されたが、他の損耗はそれほど多くなかった。

 戦力だけをみればまだ戦えるにも関わらず、主戦力と総大将を討たれたことを理由とする、士気を失くしての降伏。というのが実情だった。





 誰もが満身創痍だった。降伏を申し出て、翅の国の本陣へとやってきた渡谷と副官の方が却って身なりが整っていたくらいだ。キ・ヒコが指揮をとって捕虜を捕縛し、資材や兵糧を押収する。武装解除しているとは身綺麗な怪我一つない人間を、ぼろぼろの身なりの怪我をした人間が捕縛していく図には奇妙なおかしさがあった。

「続けていれば我々が勝っていそうですね」

 渡谷が苦笑する。

 指揮官の不在という一点を除けば実際にそうだったかもしれない。

「あなたは、仙莱山で逢ったよね」

 ライが言う。渡谷が頷く。

「渡谷 昇と申します。あなたがたの言うところの、流人です」

 ライ達は息を呑んだ。流人の数は決して多くない。大陸を見渡しても、きっと十人はいないだろう。鉄の国が有する流人。つまり、それは。

「あの戦車の、開発者?」

「ええ」

 ライ達はあれに相当数の兵を殺されている。

憎しみはあったけれど、ライの中ではむしろ賞賛の方が大きかった。

「すごかった。本当に大変だったよ」

「そう言っていただけると、作った甲斐がありました」

 渡谷がにこやかに答える。

「入るぜ」

 ギ・リョクの声が幕舎の外から聞こえた。

「どーぞ」

 ライが返事をする。

 ギ・リョクが一人の若者を連れて中に入ってくる。

「そちらの方は?」

「金貸しのギ・リョクだ。それからこっちは、シ・ダグ。シ・ジズの息子で今回の案件の最高責任者だ」

「どうぞ、よろしく」

 ダグが言う。いかにも自信なさげに視線を彷徨わせる。ギ・リョクが背中をたたく。しゃんとしろ、と言外に言っているが、伝わっていなさそうだ。

「で、早速だが降伏の条件だ」

 ギ・リョクが机の上に分厚い書状を叩きつけた。

 渡谷が簡単に目を通す。そこには捕虜や押収した資材の返還と引き換えとして、鉄の国が支払う天文学的な額の賠償金について書かれている。五十年経っても鉄の国はこの金額を払いきれないだろう。

 しばらく書類に視線を落としていた渡谷が「呑めませんね」と言った。現在捕虜である渡谷には勿論決定権がない。その渡谷からしても指摘せざるを得ないほどにこの金額は異常だった。

「呑めませんで済むかよ。勝手に攻めてきて負けたらはい、降参で全部終わるとでも思ってんのか。なめんなよ?」

 ギ・リョクは挑発的に口元を吊り上げた。

「わかっていてやってますよね? だからといってこの額はめちゃくちゃです。これはこちらに断らせるための内容だ。副案があるのでしょう? そちらを出してください。茶番は面倒だ」

 渡谷は白けた顔で言う。

 流人が出自である渡谷は、元の世界での上司の恫喝にすっかり慣れきっていて、ギ・リョクの啖呵に対して耐性を得ていた。

 ギ・リョクは恫喝が通じないとわかると急に表情を消した。彼女の露悪的な態度は繕ったものなのだとライはあらためて思う。違う書類を渡谷の前に差し出す。渡谷が内容に目を通す。

「なるほど、“鉄の国南部領土の即時譲渡”ですか。あなたは鉄の国の内情をよく知っているようだ」

「……」

 他の者は知る由もなかったが、鉄の国の内部には鉄鉱の産地、それからそれを加工するための工場が乱立している。自走式戦車もそこで組み立てられたものだ。

 領土自体は決して広くない。面積だけで言えば猫の額だ。農耕にも向かず、この世界の常識からすれば価値が低い方に入る土地だ。戦争での被害額に比べれば遥かに少なく思える内容だ。先に突きつけた賠償金とは比べるべくもない。

 通常の価値観ならばそうなる。

 けれど自走式戦車の開発者である渡谷は、当然南部領土の重要性についてよく知っている。これもまた呑むことのできない条件だとよくわかっている。

 ジュゾが健在でもこの要求を拒否しただろう。

 しかし現在鉄の国に残っている高官達は、どうだろうか。

「てめえの副官、あちらとの交渉に借りてくぜ」

 渡谷は副官に目配せした。副官が頷く。

「どうぞ」

「ていうかよ、まあ本題はそれじゃあない」

 ギ・リョクゆらりと人差し指を渡谷に向けた。

「おまえ、裏切れよ」

「……」

「鉄の国の戦車戦力は今回の戦いでほぼほぼ壊滅しただろ。立て直しにはどれだけの金がかかるんだい? 鉄の国は事実上今回の失敗で破綻したんじゃないかい? 見限れよ。こっちにこい。あたしならその資金を提供してやれる。おまえの能力をあたしのために使え。翅の国のために戦車を設計しろ」

 渡谷はくすりと笑った。

 それから「嫌です」と言った。

「そっくりなんですよ、あなた。元の世界の上司に。あんなやつの言いなりになるのなんて、二度とごめんだ。斬首するならばどうぞ」

「なるほど、ファックファックとはまた性質が違うらしい」

「私の他に流人が?」

「ああ、今度会わせてやるよ」

「それは愉しみですね」

「話は変わるが、おまえ、充電機ってやつ作れるか? ファックファックが“スマホの充電ができねえ”ってずっと嘆いてやがるんだが」

「作れますよ」

 渡谷は材料を思い浮かべた。磁石、コイル、長い棒、ハンドル。

 手回し式の原始的な仕組みのものならば簡単に作れる。

「作ってやってくれ」

「私に頼むと高いですよ?」

「あたしは技術には金をケチらない主義だ」

「訂正しましょう。私の上司とは少しだけ違うようだ」

「認可印を」

 ギ・リョクが書類の隅をとんとんと指で叩く。

「ジュゾのものではなく、私の物では効果はたかがしれていますよ」

 かまわないから。という風にもう一度書類をたたく。

 渡谷が自分の名の入った印を書類に押し付ける。

 ギ・リョクがもう片方の書類の山も叩く。仕方なくそちらにも印を押す。

「あたしの話は終わりだ。邪魔したな」

 首を振って、渡谷の副官についてこいと促す。

副官が渡谷に小さくなにかを囁いて、ギ・リョクとダグの後ろにつく。

「僕らも一回引き上げようか」

 ライがひどく眠たそうに瞼を擦る。ユーリーンやキ・ヒコも満身創痍だった。

「おやすみ、渡谷さん。また明日話そう」

「はい」

 ライ達が出て行く。

 外で待ち受けていた男が「終わったのか?」と尋ねた。

「うん、一応は」

「では、俺も俺の任務に戻ろう、シン王からの言伝がある」

 鉄の国の陣地の後方から颯爽と現れて、偃月刀でその陣地を切り裂きユーリーンを助けた男――ハリグモ=ヤグが「そのうちおまえの首も獲りに行ってやる。よく洗って待っていろ、だ、そうだ」と言った。

「シンからの言伝……?」

 別にそれ自体が不思議だったわけではない。

 ただそれを伝えたのが、ロクトウの忠実な僕であったハリグモだということに強烈な違和感がある。

「きみはいま」

「ああ、名乗っておこうか。ラ・シン=ジギ=ナハル様の配下、南方方面軍のハリグモ=ヤグだ。以後お見知りおきを」

ハリグモは口元に優雅な笑みを浮かべて言った。

「なにがあったの!?」

 ライはほとんど悲鳴のように叫んだ。

 ハリグモは答えずに、鐙に足をかけて、馬に腰かけた。

 美丈夫の視線がユーリーンに止まる。

「ユーリーン=アスナイ。互いに殺意を封じたままのあのような決着では貴様も不満だろう。次に会う時は本当の決着をつけよう。俺とお前のどちらかが死ぬまで殺し合おう。それまで死ぬなよ」

 鬼神の表情と殺意を向けて、ハリグモが言う。

 ユーリーンはハリグモを見上げた。

「おまえがライを殺そうとするならば、わたしはライを守るためにおまえを阻む。それだけだ」

「愛想のないやつめ」

 ハリグモは馬を走らせて去っていく。

 その背中が小さくなり、やがて視界の中から消えていった。

 


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