ゾ・ジュゾ=クル=ラオル 3
ユーリーンもまた相手の力量を見て取った。
間合いを詰める。踏み込み、薙刀を振り下ろす。ジュゾが槍の柄で斬撃を受ける。
鍔競り合いになりかけたが、ユーリーンが大きく身を引いて競り合いを避けた。体格の小さいユーリーンは膂力の勝負では分が悪い。低く構え、突きを繰り出す。ジュゾが横合いを叩いて薙刀を逸らす。ジュゾは間合いを詰めようとする。膂力に差があることはジュゾの方も感じ取ったがために、格闘戦になれば自分に分があるだろうと考える。ユーリーンが下がって逃れようとする。格闘戦を避けるようにしてジュゾに追わせる。薙刀の払いでジュゾを退けようとする。
ジュゾは槍の柄を盾にして薙刀の刃を受け止める。頑健な肉体が衝撃を堪える。ジュゾの突進は止まらない。間合いが詰まる。ジュゾが肘を振ってユーリーンの顔を狙った。ユーリーンは自分の膝を軽く叩いた。かちんと軽い音がした。膝を畳んで前へと飛んだ。
「!?」
ユーリーンの軍服の膝が破れて、そこから銀色の刃が飛び出した。仕込み暗器。かわしきれずにジュゾの腹に刃が食い込む。肋骨を削る。思いがけずにユーリーンから間合いを詰められたことで充分に加速しなかった肘がユーリーンのこめかみを打つ。それも二の腕の近くにあたったために十分な威力を発揮しない。
ユーリーンは膝を動かして内臓を抉ろうとした。が、骨に刃が引っかかってうまく滑らない。無理に膝を引き抜く。ジュゾがユーリーンの服の襟を掴んで押し込む。片足で不十分な体勢で立っていたユーリーンが倒されかかる。不意にユーリーンの右手が薙刀を手放しジュゾの右肩を掴んだ。片足で軽やかに跳躍する。ジュゾの視界から一瞬ユーリーンが消えた。膝の裏が視界の端を掠めて、ジュゾの首にかかった。襟を掴んでいた腕にユーリーンの全体重がかかる。予想していなかった重量の掛かり方にジュゾが引き倒される。腕が伸び切って力が入らない。
飛びつき腕十字固め。
かちん。
もちろん周囲に兵のいる状態でユーリーンが自分も相手も倒れたままの体勢を長く続けるわけがない。足刀を打ちつけると、踵に仕込んだ細い刃が伸びる。刃が振り下ろされたかけたところで、ユーリーンの身体が浮いた。
「っ……」
ジュゾが腕力だけで、関節が伸び切った状態から無理矢理ユーリーンを持ち上げた。肉の筋と関節がみしみしと音を立てる。そのまま地面に叩きつけた。咄嗟にユーリーンはジュゾの腕を拘束していた手を離して、受け身を取る。そのまま薙刀を拾って転がって逃げる。撥ねるように立ち上がる。ジュゾがユーリーンを追う。ジュゾの腹の傷からはどくどくと赤黒い血が流れているが、まるで意に介していない。決して軽傷ではないというのに、過剰分泌されたエンドルフィンとドーパミン、アドレナリンがジュゾの痛覚を一時的に麻痺させている。この敵を破るには一撃で命を刈り取る必要がある。ユーリーンは薙刀を構え直す。
周囲で兵士達が弓矢でユーリーンに狙いをつけていた。
ユーリーンには見えていた。
ジュゾには見えていなかった。
矢が放たれた。ユーリーンは薙刀の柄を振って、その矢を正確にジュゾの方へと弾いた。方向を変えられた矢はジュゾの左目へと突き刺さった。なにが起こったのかわからないままジュゾがユーリーンに向けて槍を振るう。ユーリーンはジュゾの左手側に回り込む。ジュゾの視界からユーリーンの姿が掻き消え、槍が空振る。左目の死角側から、ユーリーンの薙刀が一閃した。
ジュゾの首の根本から入った刃が右の脇の下へと抜ける。太い動脈が一挙に切断されて、血が噴き出す。
ジュゾは二、三歩よろめき、————最後の一歩で強く地面を踏みしめ、槍を振り抜いた。ユーリーンの右脇腹に槍の柄が叩きつけられる。べきべきべき。肋骨の折れる感触。ユーリーンが吹き飛ぶ。
全身を血で濡らしながら、ジュゾが槍を構える。動脈が切られているため、際限なく血が溢れ続ける。
これ以上は必要ない、とユーリーンは感じ取る。すでに致命傷だ。ジュゾはもう死んでいる。頸動脈と心臓の周囲の大きな動脈に傷が入っている。放っておいても血が噴き出していずれ力尽きるであろう。すぐにこの場から逃げ去るべきだ。そう考える。
けれども、ユーリーンは呼吸を整え、脇構えに薙刀を引いた。ジュゾがそれを望んでいることがわかったからだ。
踏み込む。間合いを詰める。薙刀を振り抜く。
ジュゾもまた槍を突き出した。だが失血によって冷え切った手足は、老いによって衰えた肉体は、もう満足に動いてくれなかった。
ユーリーンの一撃がジュゾの首を刎ねた。ジュゾの一撃はユーリーンに届かなかった。
ああ、とジュゾは最後に残った吐息を感嘆として溢す。
若い死神が老いた勇者を踏み越えていく。新しい力によって、時代が塗り替えられていく。一つだけ惜しむ点があるとするならば、その新しい伝説をこの目で見ることが叶わぬことか。ジュゾが目を閉じた。その口元は微笑みさえも浮かべていた。
あくまでも幸福で仕方ないという表情のままで、鉄の国の王、ゾ・ジュゾ=クル=ラオルが死んだ。