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死ノ国  作者: 月島 真昼
二章
51/110

ハクタク 2



 ユーリーンがハリグモに代わって兵隊の教導につく。

 ライは諸々の問題に対処するために忙殺されていた。

 例えばサ・カクとの交流の管理、ハクタクの治療の受付、治安を荒らす新参の流民、その一時逗留地の斡旋など。

 これまでギ・リョクのやっていた仕事を、丸々被ることになった。それぞれ担当していた人間がいて彼らと協力できるとはいえ、あちらこちらに飛び回る羽目になって休む間もない。屋敷に火をつけたのはやりすぎだったかなといまさら思う。ギ・リョクはあの日以来こちら側に顔を見せていない。壁の内側の翅の国でなにかをこなしている。

 もしかしたらギリョクがとてつもなく怒っていて、ライはなにかしらの手段で殺されるではないかとふと考える。ライにはギ・リョクが苦しそうに見えた。自分で気づいた金の城砦に押しつぶされそうになっているように見えた。自分の意味や価値を見失っているように見えた。金なんてなくても彼女は充分に魅力的だと伝えたかった。言葉で伝えてもギ・リョクは信じないだろう。

 ライはまだハリグモを追いかけたいと考えていたけれど、すっかりその余裕はなくなってしまった。ときどきやきもきしながら北の方を見る。蒼旗賊でなくても戦争を避けて流れてくる人が多くなった。

 少し疲れてうとうとしていた。

「ファック。よお。くそがき。寝覚めはどうだ?」

 そこへハクタクがふらりと顔を見せた。

「あんまり」

「あのイカレ女の家に火ぃつけたらしいな。よしよし、よくやった。褒めてやる」

「あはははは……」

 ライの頭をぐしゃぐしゃに撫でまわす。

 そらから燐寸を擦って、煙草に火をつける。美味そうに煙を吸い込む。

「ハクタクは顔色いいね。よく考えたらはじめてあったときは顔が土の色してた」

「蒼旗会時代の徒弟をイカレ女が呼び戻して、多少の患者はそっちに押し付けれるようになったからな」

 ハクタクが作ってギ・リョクが印刷した問診票を患者に配り、重症か軽症かの判断をして軽症の者は徒弟に回す。ハクタクは症状の重い患者を優先して診る。

 ちなみにここで言う「印刷」とは判子を大量に並べて固定したものを紙に押し付けて量産したものだ。

「仕事量が減って休日が取れるようになった。煙草は手に入るし、酒も飲める。コーヒーが飲みてえって話して品種の特徴教えたら取り寄せて栽培始めやがって、いまじゃコーヒーだって飲める。山奥に引きこもって延々患者を押し付けられてた頃に比べりゃ、よっぽどましな生活してるぜ。ファック。あのイカレ女、性格はくそみてえだが有能なんだよな。あちこちに顔が効いてわけのわからねえ人脈を無限に持ってやがる」

「うん」

「なんだ、元気ないじゃねえか。おっさんに話してみろよ」

「約束が守れなかったんだ。あとギ・リョクに嫌われたかも」

 ライはハリグモのことを話した。

 それからギ・リョクの家に火をつけた経緯を。

「おまえが一番真っ当かと思ってたんだが、おまえもなかなかクレイジーだな」

「クレイジー。気狂い。狂気?」

「なんだ、あいつに教わったのか」

 頷く。

「ハクタクがよく使う単語の意味くらいは知ってた方が相互理解しやすいだろうって」

「ありがとよ」

「ううん、僕があなたと仲良くなりたかったから」

 ハクタクは笑いながらもう一度ライの髪をくしゃくしゃにした。

「ねえ、ハクタクが元居た世界ってどんなところ」

「ん? ああ、なんていうかなぁ」

 ハクタクはあたりを見る。木組みや土で作られた家々が並ぶ。

 人々が活気を持って動き回っている。

「ファック」

 呟く。

「技術的には何倍も発展してたな。あっちこっちコンクリートで作られたジャングルみてえでな。小銭があればどこでも大抵コーヒーが買えるし、スマートフォンでゲームはできる時代だし、とにかく退屈することはなかったな。俺様は高給取りだったんだが、仕事が忙しくてろくに金を使う間もなかった。家じゃ寝てたし、余った金はハースストーンにぶち込んでたな。ありゃおもしろかったな。ソーシャルゲームの傑作だぜ。ジャパニーズがパクって似たようなゲーム作ったらしいが、あいつらパクるの上手すぎだろ。まあ元々遊戯王にしろポケモンカードにしろやつらの国のお家芸だからな。そんなもんかもしれねえが。あいつら遊ぶことに関しては命かけてやがる。おっと、キングオブカードゲーム、マジック・ザ・ギャザリングは俺の国で作られたんだ、そこは間違えんなよ。

 俺は祖国でちっとばかしやらかしてな。チャイナに飛ばされたんだよ。向こうの人材育成するのが仕事でな。だがその期間が終わって帰りに飛行機に乗ってたら」

 真っ白な光に包まれて、たった一人でこの世界に立っていた。

 ふとハクタクは隣のライを見る。ライは頭の上に?マークを浮かべている。

 出てきた単語の半分くらい理解できなかったのだとハクタクはすぐに気づく。

「ファック」

 口元にさみしさが浮かぶ。

「帰りたい?」

「そりゃあな」

 ハクタクは煙草を口元に持って行って、それがもうすでにほとんど燃え尽きていることに気づく。落として、靴底で踏む。火を消す。

「ここではスマホが充電できないし、向こうでいた家族がいない。俺は一人だ。ああ、わかっちゃいるさ。お前がいるし、ギ・リョクのやつがいる。蒼旗会の連中だってよくしてくれるし、俺様をゴッドだとか奉る馬鹿な信者連中が大勢いる。だが本質的な意味で俺は一人なんだ。ここじゃ誰も俺と魂を共有できないのさ」

「母語が違うから?」

「おそらくな」

 ライにはハクタクの孤独がわからない。流人ではないからだ。ライの隣にはずっとユーリーンがいて、ライは孤独ではなかったからだ。

「ねえ、神様ってどんな気分?」

My head is(目が回り) spinning(そうさ)

 ハクタクは診療所の方へ戻っていった。



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