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死ノ国  作者: 月島 真昼
二章
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ナ・カイ=クル=ナハル 1


 王の国



「……どうしてこうなったんだろう」

 ナ・カイ=クル=ナハルはぽつりとつぶやいた。

 ゼタに向かって啖呵を切った。あいつがなぜか自分に跪き、それからカイの言うことをやけに重用した。理解はできないけれど納得はできなくはない。ゼタ自身、皇族であるカイを利用して民心を掌握するために利用しているのだ、と言っていた。ゼタがそう言っていたのだからその通りなのだろう。

 カイは物資をとりつけて王の国の東市役所の近くにある広場で炊き出しを行った。仮設住宅を用意して、火災、家屋の取り壊し等に逢い行き場を失くした人々、横行する兵士による犯罪等に怯える人々に共同生活の場を与えた。東市役所を開放して一部の人間はそこに住み込んでいる。

 諸々の問題は山積みだったが、衣食住の三つが揃えばとりあえずの人心地はつく。見掛け倒しでも王の国側の兵を揃えて防備を行ったのも心象にいい影響を与えた。

 幾らかの人々はゼタに対して武力を持って対抗するべきだと唱えた。が、カイはそれを許さなかった。兵力・武装・練度、どれをとっても差があきらかだったからだ。寄せ集めの民兵で、馬の国の精強な軍隊を相手取れるわけがない。正規兵だって一捻りにされたのだ。

 反乱を企てる集団の首謀者がカイを訪ねてくる。カイは言う。

「ダメダメ。お話にならないね。先ず間違いなく君たちの反乱は失敗するよ。それによる粛正は君たちだけに留まらなくなる。僕はみんなを君たちの道連れにするわけにはいかない。だからおとなしくしててよ。大丈夫。この状況はきっと長くは続かないよ」

「あなたには誇りはないのか。覇王の魂はあなたの中に息づいてはいないのか」

「誇りでみんなが助かるなら、そうするけどね。知ってるかい? 覇王はいま墓穴の下にいるんだよ。魂は腐って土くれに還ってる。対して僕らは生きている。君にはそんなこともわからないのかい?」

「あなたになど期待した我々が馬鹿だったよ」

 ジギルというその男は吐き捨てるように言った。

 カイは鼻で笑う。

「その通りだ。覇王の魂なんてのは僕じゃないやつに期待してくれ。そいつはそのうちここに来るから、そのときに散々その魂についての話をすればいいさ」

「なんだそれは」

「シンだよ。ラ・シン=ジギ=ナハルだ。あいつがこんな機会を逃すはずがない。すぐにでもここにくるさ。だから僕らはゼタの怒りに触れないように縮こまって、どうにかこうにかいまの事態を耐え忍べばいい。あとはあいつがなんとかしてくれる。ゼタなんて軽く捻じ伏せて、この国に秩序を取り戻してくれるさ」

「……」

「僕らが本当に八方ふさがりなら、君たちが言うように誇りやら魂やらを賭けて、玉砕を前提にしてゼタに楯突いてもいいのかもしれないけどね。でもそうじゃないんだ。だから君たちの自殺に僕らを巻き込まないでくれ。迷惑なんだよ」

「本当に助けは来るのか」

「来るよ。間違いなく」

 カイはシンがどんな人間かをよく知っている。

 あいつがこの国を出る前になにをしたのかを知っている。

 シンは邪悪だ。奸物揃いの王子達の中でも飛びっっ切りの呪いの子供だ。大陸に存在するあらゆる人々の中で最大最悪の化物だ。だからこそ王の国へやってくる。ガ・レン亡き後の、皇帝の椅子を奪い取るために。そしてその後の政治のために必要だからこの国の民を救い出す。大陸に君臨せんとする野望の礎のために。

「我らはどれだけ待てばいい?」

 少し考えてカイは「三ヶ月」と言う。

「ダメだ。待てない」

「じゃあ二ヶ月は堪えてよ」

「無理だ。他の者の不平を抑えられない」

 ジギルも苦々しい声で言う。

 カイは目頭をおさえた。

「わかった。一ヶ月だけでいい。僕も最大限みんなの不満を抑えられるように頑張るから」

 男はちらりと炊き出しと仮設住宅の様子を見る。

 家財を失った者たちが、同じ境遇の者たちと共同して、どうにか絶望を抑え込んでいる様を見る。

「……さきほどはあなたに無礼な口を訊いた。許してほしい。あなたにも覇王の魂は息づいている」

 男はカイがカイなりのやり方で戦っているのだと理解して、小さく頭を下げた。

 それからどうやって自分の仲間達の不満を抑え込むかを考えつつ広場を離れていく。

「へ?」

 カイは呆気に取られて間抜けな声で呟いた。

 戦災の初期から適切な対応を取った自分の名前が民心を集めつつあることをナ・カイ=クル=ナハルは未だ知らない。

 当人はただ「誰かもっと優秀な人が変わってくれないかなぁ」だとか、「ゼタとの間に立っての調整なんて、やるには僕の胃は弱すぎるよ」だとか、「シン、早く来てくれないとそのうち僕のメッキが剥がれるよー」だとか考えている。

 カイは狼狽しているし、怯えているし、困っている。抑圧だらけで心臓が爆発しそうになっている。そんなカイがどうにかこうにか堪えているのは、自分よりもみんなの方が狼狽していて、みんなの方が怯えていて、みんなの方が困っているからに過ぎない。打ち明けてしまえばこんな役目は早く投げ出してしまいたい。

 そんなカイの心中など知る由もなく、仮設の住宅に人は集まり続け、炊き出しの列が長く伸びる。ナ・カイ=クル=ナハルを頼って人々は集う。

「くそ。外はどうなってるんだ」

 カイは城壁の外の空を見上げる。




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