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死ノ国  作者: 月島 真昼
二章
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ユ・メイ=ラキ=ネイゲル 4



 ユ・メイがそのままシンの幕舎を訪れる。

「邪魔するぜー」

 すると丁度ココノビがスゥリーンに口づけをしているところだった。ずずず、と音を立ててなにかを吸い出す。たっぷり十秒はその口づけが続いた。ようやく口を離したココノビが吸い出したものをごくんと音を立てて飲み込み、それから「ぷは」と息を吐き出す。

 シンがユ・メイを見た。

 ユ・メイは気まずい表情でシンを見つめ返した。

「……わりぃ。あんたにそういう趣味があるとは知らなかったぜ。邪魔したな。外で待ってるからたっぷり続けてくんな」

 ユ・メイは幕舎を出て行こうとした。

「待て。誤解があるようだが」

「大丈夫、あんたに、なんだ、その、少女同士を絡ませてそれを眺める趣味があることなんか誰にも言わねーよ」

「わかった。勝手に誤解してくれ。建設的な話をしよう。戻れ」

「し、シンにそんな趣味が?!」

 ココノビがシンの腕に飛びつく。

「黙れ。触るな。死ね」

 シンがココノビを振り払う。

 寸劇のようなやり取りに、ずっと緊張していたスゥリーンの頬が少し緩んだ。

「攻城戦となればおおよそ敵の二倍から三倍の兵力が必要だといわれていますが、なにか手段は考えられているのですか」

 イ・シュウが脱線する話を本筋に戻した。

 シンが話のわかる人間の登場に安堵の息を吐く。

「ああ。むしろ敵が城に籠ってくれるならばやりやすいくらいだ。それの発案がキ・シガであることは気に食わないがな」

 それからちらりとユ・メイを見た。

「そちらの魔法に頼り切りということはない。安心してくれ」

「はい。大陸最強と言われる草の国の軍勢の力を拝見させていただきます。我々はさきほど同様に左翼について機を伺います。よろしいでしょうか」

「ああ、そうしてくれ」

 シンにはイ・シュウが草の国の力を推し量っていることがわかった。イ・シュウの脳内ではこの戦いを終えたのちのこと、シンが軍勢を南下させた際の応手が考えられている。河の国に隣接する翅の国は軍隊を持たない。河の国は独力でシンの攻撃を跳ね返さなければならない。兵力には大きな差がある。河の国は壊獣を持たない。草の国の兵糧の産量は大陸随一で兵站の切れを狙うのも難しい。水の魔法と雷河だけが河の国の味方だ。

(ほんとうになぜこの人物がユ・メイに付き従っているのだろうな)

「捕虜の管理は一任しても?」

「ああ、俺の後衛で引き受ける」

 ふと最近ナラには雑務を押し付けてばかりだと思い至る。

 あとで労ってやらなければならない。

「助かります。我々はほとんど身一つできたので、それほど兵糧の貯蔵が多くありませんから」

「兵糧については鉄の国からの供給がある。俺が預かっているから申請をくれ。届けさせる」

「ありがとうございます。甘えさせていただきます」

 イ・シュウはその場で書面にする。ユ・メイにも名を書かせる。筆を持って右往左往しているユ・メイの隣から「こう書くんですよ。名前の書き方は教えたでしょう?」と言う。ユ・メイはイ・シュウを伺いながら慎重に筆を動かす。

 そのおそろしく汚い字を見る。

 シンはこの場でイ・シュウを殺せばユ・メイをほとんど無力化できるのではないかと考えた。それはのちの河の国の攻略を随分容易くしてくれるだろう。が、それをちらりと考えたときに、ユ・メイの横目がシンを鋭く睨んだ。

(……無理だな)

 シンは自分の考えを諦めた。横にユ・メイがついている限り、簡単にイ・シュウを殺すことはできない。よほどの好条件で不意を討たない限りユ・メイは大抵の壊獣に対処できる。

 そしてユ・メイはライと近しい考え方をしているように思う。身近にいるもの、自分の持ち物が奪い取られることにひどく敏感だ。イ・シュウを殺せばユ・メイは血眼になってシンを殺そうとするだろう。ただでさえ敵の多い現状でこの女河賊を相手取るわけにはいかない。

 ユ・メイとイ・シュウを見て、普通は立場が逆だろう、と内心で苦笑する。

武力に長けた王と政治力に長けた副官。守る側と守られる側があべこべだ。

「そういえばライはどこにいった?」

「帰ると言っていましたよ。もう帰路についたのでは」

「なんだ、もう少しいればいいものを」

「……シン王はライ殿を、なんというか、気に入っておられるのですね?」

「ああ」

 自然に肯定して返したことにシンは自分で驚いた。

 気に入っている、か。似合った表現だった。シンはライを気に入っている。正面から指を突き付けて「お前の築いたものをすべて壊してやる」と宣言されたことを可笑しんでいる。謀略のない素直な敵意を心地よく感じている。

「あいつは親父の秘蔵っ子だからな。なんとなく、なにかを期待せざるを得ないのだ」

 イ・シュウから書面を受け取り、内容を簡単に精査する。見合う量の兵糧を届けることを約束し、シンの方からも引き渡しの際に必要とされる書面を書く。

「さあ、ゼタを殺しにいこう」

 軍団の再編のために二日の時間を空けてから、草の国の軍勢が進行を再開する。



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