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死ノ国  作者: 月島 真昼
二章
40/110

ローゲン 1


 そうして二日が経った。

 太陽が南の空から世界を照らしている。伝令としてサンロウがせわしなく走る。

 そのなかでシンが目論んだ三軍に拠る一斉攻撃が、開始――されなかった。


 イ・シュウが言う。

「我々は三軍の中で最も小勢です。ゼタとまともにやりあえば一溜りもありません。我々の参戦は、シン王の軍勢が充分に敵を引き付けたあと、その横腹を突きます」

「だまくらかすみたいであんまり気持ちのいい作戦じゃねえな」

 ユ・メイが異論を唱える。

「大丈夫ですよ、少し準備に手間取って参戦が遅れるだけのことです。我々も戦いには参加するのですから、騙すような結果には決してなりません」

「お前が言うならそうするがよぉ」

 シュウは反対するユ・メイを丸め込んだ。


 ガ・ナイが言う。

「草の国とはどうせあとで殺しあうんだ。せいぜいやつの軍隊がすり減ってから、美味しいところだけ頂こうぜ。場合によっちゃシンの野郎を殺しに行ってもいい」


 勿論、シンだって彼らをあてにしていたわけではなかった。

 どこも自国の利益を優先するに決まっているし、自軍の損耗を可能な限り抑えたいと願っている。

 本当に三軍の全力でゼタを攻撃することができれば、どれほどこの戦いが容易になるだろう、意味のないことをふと考える。

「全軍、進め。これより逆臣ゼタの軍勢を、殲滅する!」

 通りのいいシンの声が響き、進撃を告げる銅鑼が鳴らされた。

「進め! 我らの敵を打ち破るのだ!」

 ローゲンが兵を先導して駆ける。



 ローゲンが率いる前衛が、ゼタの騎馬隊と接触した。ローゲンは馬体の上に立ち上がった。

「爪の魔法」

 ローゲンの十本の指の先から、十メルトルはある長い剣に似たものが伸びる。ローゲンは犬歯を剥き出しにして笑った。東では補佐をつけられて後方指揮に据えられていた。今度の戦でも輜重隊の警護にあたっていた。そんなものは彼女の気性にあわないのだ。

 この、戦いの最前線こそが、“人狼”ローゲンの居場所だ。ローゲンは長い爪を振るい、間合いの内にいた騎兵を纏めて斬り飛ばした。十体から二十体ほどの馬と人間が一挙に絶命する。鎧などお構いなしに。槍を捻じ曲げて。ローゲンの爪が肉を引き裂く。深紅色の血の雨の中をローゲンが走る。味方のいないところに行きたかった。ローゲンの『爪』の範囲は乱戦の中で使うには幾分広い。味方を巻き込んでしまう。敵陣の真ん中に切り込んでいく。

 タンガンとサンロウの混成部隊。そして騎馬隊がローゲンを追いかける。敵の騎馬と接触する。ローゲンが隊列を乱した敵の騎馬を薙ぎ払っていく。が、敵はすぐに左右も分かれて散開し、総崩れを防ぐ。魔法持ちに対して正面からの戦闘を避けようと、前線指揮官が素早く判断した。

(出てこい、私はここにいるぞ)

 ローゲンは空に注意を払う。

 ローゲンはシンの身を危険に晒すつもりはなかった。派手に暴れてみせれば、スゥリーンの注意を自分に引き付けることができるはずだと考えた。『爪』の魔法はスゥリーンに対して相性がいい、はずだ。十本の長い爪は、スゥリーンがどれだけ高機動で飛び回っても、正確にそれを追うことができる。間合いの長さで優位に立てる。ローゲンは絶えず視線を動かす。見えない右目側の死角が気になる。

 上を見ていたローゲンは、右手側で倒れ伏していた兵士に気づかなかった。『爪』が馬にしか届かず、人間の方はそのまま転倒してたまたま無傷だったのだ。加えてローゲンの爪は自分の乗る馬を斬らないために左右の下方近距離に一定の死角がある。兵士がローゲンのわき腹に向けて槍を突き出した。寸前で気づいたローゲンが体を捻って鐙の左に体重をかけて槍をかわす。

 急な体重移動に驚いた馬が倒れかけたが、即座に逆側に体重をかけなおして無理矢理に均衡を保つ。小指を下に向けて、爪で先の兵を殺す。

 隙を見逃さずに騎馬が飛び掛かり、次々にローゲンに殺到する。馬体の首を斬らないように注意を払っていることに気づいた彼らが真正面からも押しかける。ローゲンは鐙から左足を引き抜いた。馬体の上に片足で立つようにして斜め上方に左手を振る。右手を正面に振るう。ローゲン自身が乗る馬の首が、ローゲンの爪に引き裂かれて吹き飛ぶ。代償を払った対価はあった。ローゲンに飛び掛かった騎兵達は纏めて爪に引き裂かれて死ぬ。ローゲンが鐙から右足を引き抜き、首を失った馬体が倒れるのに巻き込まれるのを避けた。

 舌打ちして、『爪』を解除する。

 後方からタンガンが吼えた。敵騎兵達に襲い掛かる。

 ローゲンは周辺に注意を払うが、やはりスゥリーンは現れない。

「シン王……」

 手近な兵を斬り殺し、その馬を奪う。

 ローゲンは再び乱戦の中へと飛び込んでいく。


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