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死ノ国  作者: 月島 真昼
二章
38/110

ユ・メイ=ラキ=ネイゲル 2



 王の国の南部。

 雷河の支流——川沿いを大きな船が進んでいく。本来は蓬山が蓄えた水がゆっくりと下流へと流れていくのだが、船はその水の流れを逆進していた。帆をいっぱいに張っているが、もちろん風の力だけで出来ることではない。ユ・メイの持つ『水』の魔法の力によって部分的に河の流れに干渉し船に推進力を与えているのだ。

「おかしらぁ。俺らとおんなじ方向へ、川沿いの道に女がガキを連れて馬で走ってるんでさぁ」

 双眼鏡を持った船員の一人がユ・メイに報告する。

「攫ってきてもいいですかい?」

「おう、いいぜ。いってこい」

 ユ・メイが軽く答えた。

「いいぜ! じゃありませんよ、大将!」

 イ・シュウが抗議の声をあげた。

「川沿いを、王の国に向けて走ってるんですね?」

 船員に向かって尋ねる。

「そうでさぁ。旦那」

「いま王の国から逃げ出す人は多くいても、あの国に向かっている人間はよほどの物好きか、あるいはゼタ王、シン王のいずれかの関係者です。ここに招いて少し話を聞いてみましょう。ええと、手荒な真似は避けてください」

「おう、シュウが言うんならそうしろ」

 ユ・メイがまた適当に答える。

「押忍。つまり、——攫えばいんですね」

「ち・が・う」

 要領を得ない会話をしばらく続けて、押し問答が面倒になってきたシュウは、二人ほどの護衛をつけて自分で川岸に降りた。

 交戦の意思なしの意味を持つ白い旗を掲げて、一頭の馬に乗った二人を――ユーリーンとライを呼び止めた。

「すみません、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか」

「急いでいる」

 ユーリーンがぶっきらぼうに言う。

 シュウ達を避けて、馬を走らせようとする。

「まあまあ、話くらいは聞こうよ」

 ライが宥め、ユーリーンが嫌そうに馬を止めた。

「で、君は誰?」

 中央に立つ小男(イ・シュウ)が服装などからそれなりの高官であることはわかりつつ、ライが訊ねる。

「申し遅れました。僕はイ・シュウ=アズと言います。河の国の待中を務めています」

「僕はライ、こっちはユーリーン」

 ライは答えてから傍らのユーリーンに「待中って?」と尋ねた。ユーリーンが「身分の高い人の世話をして相談に乗る役職だ」と答え、イ・シュウを見る。随分若く見える青年だが、おそらく河の国の王、ユ・メイ=ラキの側近なのだろう、とあたりをつける。

「あなたがたは王の国に向かっているのですか?」

「そうだよ」

「かの国の現状はご存知で? 馬の国の王、ゼタ=クグ=バウルが侵略を行い、国の内部は滅茶苦茶に乱れています。草の国の王、ラ・シン=ジギ=ナハルがそれに対して軍を起こしました。いま王の国に向かうのは危険が伴いますよ」

「知ってる」

 ライはここに来るまでにすれ違った多くの人々を思い出す。いずれも着の身着のままで最低限の物だけを持ち出してどうにか他の国へ逃れようとしていた。ゼタというのは随分乱暴な政治を行っているらしい。

「物見遊山の旅ではないのですね。目的を伺ってもよろしいですか」

 ライはユーリーンを見た。ユーリーンは「貴様の好きにすればいい」と答える。

「その前に聞いておきたいんだけどあなたは、違うな、ええっと、河の国はどっち側なの? つまりはゼタ王と、それに敵対しているシン王の、どちらの味方なの?」

「我々はシン王に呼応して参戦しました。我々は古くからの帝の民です。皇帝を殺害したゼタ王を擁護することはあり得ません」

 ライが頷いた。

「ユーリーンの妹さんがゼタに手を貸してるみたいだから、気になって会いに行くんだ。気は進まないけれど、きっと僕らもシンに手を貸すことになると思う」

 シュウの目がユーリーンを検分する。長旅で汚れているが上質の着物。装飾の施された剣。

 注視すればなかなかの身分の人間であることが見て取れる。

 シュウが口を開いてなにか質問をしかけたのを、彼の背後からの声が遮った。

「シュウ、おせーぞ。なにしてんだよ」

 顔に傷のある女が歩いてくる。酒焼けした掠れるような声を出す。赤い着物の下の、左胸の乳房のあるはずの場所がへこんでいる。よく見ると服の端から覗く手足も傷だらけだ。女は目を細める。

「ああん。なんだこのガキんちょは」

「ライだよ。よろしく」

 ライが差し出した手を、女が握り返す。

「ユ・メイだ。よろしな」

「……ユ・メイ?」

 ユーリーンがぽつりと呟く。

 河の国の王がたしかそんな名前だったはずなのだが。

 この豪放な雰囲気を纏う、山賊の主が似合いそうな女が、一国の王?

「たいしょー……」

 シュウが情けない声を出した。額に手をあてて「船に戻っててください」と言う。

「なんだよ。おもしろそうな連中じゃねえか、俺も混ぜろ」

 ユ・メイの手がライの頭を撫でる。シュウが仕方なくといった感じでこれまで話した内容をユ・メイに説明する。

「船? え、でも近くの川は、南に向けて流れて、あれ? 帰るところ? 僕らで遅れた?」

「いいや、俺たちは河の国から、雷河を遡ってきたんだよ」

 にんまりと笑ったユ・メイがライの疑問に答えた。

「え、なにそれすごい」

 ライの目が好奇心で光る。

 ユーリーンは嫌な予感がして顔を顰めた。

「どうだガキんちょ。俺たちの船に乗って一緒に行くか?」

「うん!」

 ユーリーンとシュウは同時に、ひどく長い溜息を吐いた。

 ライとユーリーンは大きな軍船に乗り込む。引いていた馬や荷物もまとめて乗せられる。いま彼らに囲まれ、荷物をすべて奪われて、川に放り出されたらまるで抵抗できないだろうな、とユーリーンは思う。

「はぁん、なんだてめえ皇子様なのかよ」

「うん、レン皇帝が即位する少し前に、継承権争いに巻き込まれて殺されそうだったのを、ユーリーンのお父さんが王の国から連れ出してくれたんだ」

 対照的にライはユ・メイとすっかり打ち解けていた。

「お互い苦労しますね」

 シュウが言い、ユーリーンが頷いた。

 ユーリーンは軍船を見渡して「ゼタ王の軍勢と戦おうとする軍隊にしてはいささか小勢に見えるが」と尋ねる。「大将と側近だけが水路を使って先行しているだけですよ。陸路で我々を追いかけているものが信用できる数だけ、きちんとついてきています」シュウが答える。

「なるほど」

 ユーリーンは納得しかけたが、少し考えてから「他の者を先行させて王は後方につくのが自然ではないか?」と重ねて尋ねた。

「そうなんです……僕もそう言ったんですけど、大将も連中も、基本的に脳筋だから。“あん? かしらは戦の先陣切るもんだろ? なぁ、おまえら”、“へい、おかしら!”、てな具体で」

「……貴様も苦労しているのだな。心中お察しする」

「ありがとうございます。あなたの方も大変そうですね。僕、初対面で大将とあんな風に打ち解ける人を初めてみました」

 シュウとユーリーンは再び長い溜息を吐く。

 目を輝かせたライが軍船の仕組みを訊きたがり、ユ・メイが得意げにそれを説明している。

 そんな風にしてライは河を遡って王の国の南部までやってきた。話の中でシンと面識があることがわかり「なんだ。それならシュウと一緒にやつのところに行ってきな。俺たちといるより、その妹さんと会える確率は高いだろうさ」と言ったので、シンの本陣を訪ねることになった。

「妹さんと、会えるといいな」

 ことの他優しい声でユ・メイが言い、ユーリーンは思わずそれに頷いた。



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