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死ノ国  作者: 月島 真昼
二章
34/110

ユ・メイ=ラキ=ネイゲル 1



 河の国――草の国の使者、顔に入れ墨のある若い男が届けた書状をイ・シュウに読ませる。河の国の王、ユ・メイは途中から白けた表情になっていた。先の時に皇帝が蒼旗賊の討伐のために河の国の兵を借りたいといったものと、似たような案件だと感じたからだ。

「悪いが、ええと、ナラって言ったか」

「はい」

「俺たちはやりたくないことは、」

 言いかけて、ふととある文官の表情に気づいて言葉を止めた。河の国の先王の時代から仕える、ガクという名の老年の男だ。唇を強く噛んで俯いている。目元は歪んでいて、強い怒りと悲しみを噛み殺していた。ユ・メイは自分の臣下達を見渡した。

 元々のユ・メイの手下たち、河賊を出自とするものはユ・メイ同様白けた表情をしていた。彼らはゼタによる王の国への侵略、皇帝ガ・レンの殺害は自分たちとはさほど関わりのないことだと思っている。対照的に先王の時代から仕えている文官達は沈痛な面持ちをしていたり、ガクと同じように怒りと悲しみに堪えていた。

 ユ・メイは同じ表情を見たことがあった。彼女が河の国の先王を殺した時だ。彼ら文官達はまつりごとのなにもわからない暴君のようなユ・メイにこの国の舵取りを任せるわけにはいかないと、先王を殺された恨みを噛み殺して軍門に下った。実際ユ・メイは国内の政治について文官達とシュウに頼り切りだった。もしも彼らが降らなければ、河の国の国内は荒廃を窮めていただろう。ユ・メイは少し考えたあと「おい。ガク」と老年の文官の名を呼んだ。

「お前の考えを言え」

 シュウがユ・メイの隣で呆気にとられたように息を呑む。ユ・メイがシュウ以外の者に意見を伺うことは滅多にないことだったからだ。それからシュウは心の底から嬉しそうに破顔した。

 ガクは「すぐにでも」と重々しい口調で語り始める。

「すぐにでも軍を挙げ、逆臣ゼタを討つべきかと。我らはみな大陸を収める皇帝の子。河の国を預かる忠臣として、ゼタの暴虐は許せませぬ。ただちに雷河を攻め登り、シン王と協調しゼタを滅ぼすべきかと存じます」

「はぁん」

 ユ・メイは息を吐いた。

「それはてめえらの総意と見ていいのかい?」

 文官達を見渡す。彼らは一様に両手をあわせて、ユ・メイに跪いた。

「……どう思う?」

 ユ・メイはシュウに尋ねた。

「あなたが彼らに訊ねようと思ったことが、すでに一つの答えなのではないですか」

 シュウは微笑んで言った。「本当に駄目そうなら止めますよ」と付け加える。

 ユ・メイは次に河賊達を見渡す。元々血の気の多いやつらだ。嗜虐的な笑みを返してくる。ユ・メイは頷いた。

「てめえらがそういうなら、ゼタとやらの面ァ拝みに行ってやるか」

 河賊の頭領らしい暴力的な笑みを浮かべる。人を殺し慣れている女の笑みだった。ナラはぶるりと身を震わせた。

「おい、ナラさんよ。そういうわけだ。帰ってシン王に伝えてくんな。俺たちも参戦させてもらうぜ」

「細かい内容は書状にして渡します。少々お待ちください」

 シュウが補足する。

「あん? 俺は書状なんざ書けないぞ」

「代筆しますよ。思った通りのことを言ってみてください。そのままを書きますから」

 いやにうれしそうなシュウが紙と筆を持った。具体的な日時や動かす兵力などの概ねの内容を書き記す。それは草の国や灯の国からやや遅れる日程となった。

 シュウが本当にユ・メイの口頭の内容を書き写したため、一国の王が仕立てたとは信じられないような内容の書状が出来上がり、ナラはそれを草の国に持ち帰った。






 草の国の王、ラ・シン=ジギ=ナハルから王の国を支配するゼタの元へと宣戦布告のための使者が送られた。

 ゼタはその使者の首を切り取り、シンの元へと送り返した。そうして二人の確執は絶対的なものとなった。

 シンは五万の兵隊を引き連れて草の国から出陣した。

 同時に灯の国からガ・ナイ=ヤグに率いられた一万の兵が出陣する。

 ひっそりと翅の国からライとユーリーンが河沿いの道を通って王の国へと向かう。

 河の国から軍船が雷河を遡って王の国へと向かう。

 ゼタが軍隊を展開してシンを待ち受ける。

 戦争が始まろうとしていた。




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