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死ノ国  作者: 月島 真昼
二章
31/110

レ・ゼタ=クグ=バウル 2


 レ・ゼタ=クグ=バウルは玉座の隣に立ち、自分の臣下を左右の端に並べる。

 そこへ元々の王の国の官憲達を呼び出していた。バ・サイという男――かつてシンに賄賂を贈った役人だ――が呼び出され、ゼタの前に跪いた。

 ゼタは名と役職と最近行った仕事を尋ねた。バ・サイはしどろもどろになりながらそれに答えた。どうせ大した意味もないだろうと思いながら。

 そしてそのあとに「わ、わたくしは新たな皇帝ゼタ様のために、馬車十台分の財宝と百人の美女を用意いたしました」と付け加えた。

「それはよいな」

 ゼタの大きな瞳が細められ、口の端に微笑が浮かぶ。

 バ・サイはちらりとゼタを見上げて、どうにか死線を抜けることができそうだと安堵の息をこぼす。

 ゼタが顎をあげた。ゼタの部下が、背後からバ・サイの首を切り落とした。むせ返るような血臭が謁見の間を満たす。

「片付けろ。死体は蛇穴に放り込め。用意したという財宝は押収しろ。百人の女は犯せ」

 死体が運び出されて、蛇穴と名づけられた宮廷近くに掘られた穴の中に投げ込まれる。そこにはすでに千を超える死体の山が築かれている。降り続く雨が死体の痛みを早め、冬が明け切っていないにも関わらずすでに腐敗が始まり、蛆が沸いている。その中には皇族の姿もある。

「次の者を呼べ」

 ゼタの太い声が言う。

 兵に手を掴まれて「わかったよ! いくよ。そんな手荒にしなくてもさあ。ああ、観念したさ! どうとでもなればいいよ」若い女が騒ぎながら入ってきた。直前まで帽子を被っていたからか、黒髪にあとがついていて妙なへこみになっている。自分の左目から、皹の入った片眼鏡をむしり取った。殴られたのか、頬に痣がある。怯えながらも力のある目でゼタを見上げた。その目の周りは赤くなっていた。随分泣き腫らしたあとだったらしい。

「名は?」

 ゼタが尋ねた。

「ナ・カイ=クル=ナハル。覇王の十八番目の子だ」

 不貞腐れた声が答える。

「役職を言え」

「第十四区役所お客様相談窓口、受付係三号」

「……」

 ゼタは目を細めてカイの覇王譲りの端正、とはいえない、どこか捻くれた感じのする顔を見た。

「なんだよ、その目は」

「影武者か?」

「本人だよ! 失礼だな、君はっ。名刺いるか!?」

「普段はどんな仕事をしている?」

「苦情の処理。税金の相談。仕事の斡旋。ご近所の揉め事の仲介。郵便の受付に住所の整理。他にもまだまだあるよ」

「一番最近行った仕事はなんだ」

 カイは眉間に皺を寄せて人差し指を掲げてゼタに向けた。

「君のところの軍隊に対する苦情が山ほどきてるんだよ。暗唱してやってもいいけど」

「やってみろ」

「私の唯一の楽しみは娘夫婦と過ごす時間でした。すでに自分の人生を楽しみ尽くした私にとっては、その時間は望外の喜びでした。ですがあの日、すべてが変わってしまいました。乗り込んできた馬の国の兵士が娘を強姦して殺し、それを止めに入った娘の夫を殴って気絶させ連れて行きました。彼は未だに帰ってきません。カナイさん。娘を返してください。息子を返してください。それができないならばせめて私を殺してください。寝ても覚めても娘の死にざまが浮かんできて涙が止まらないのです。この世は地獄です」

「一度で覚えたのか?」

「まさか。僕はそんなに頭がよくないよ。二十二番目(シン)じゃないんだから。何度も痛切に訴えられて話をしているうちに覚えちゃったんだよ」

 ゼタの口角がわずかに上がった。

 嗤ってるのかこの野郎、とカイは不快感を募らせる。

「貴様は、この国に必要なものはなんだと思う?」

「……僕に訊くのか、それ」

 ゼタはなにも言わず、カイの目を見た。

 カイは少し考えてから言った。

「……今すぐに必要なものなら、安心と安全だ。暴力が中心に君臨している限り、誰も明日の給料のためになにかを築こうとは思えない。だって今日死ぬかもしれないんだからね。それじゃあ国は回らない。よーするに、君が邪魔だ。長期的に見て必要なものなら、君がぶち壊した議会や組合の再設計。事態を見て動ける人の登用。そんなところじゃないかな」

 今度はゼタのほうが少し考えた。それからおもむろに「ところで貴様、随分と物怖じせずに物を言うが、俺に対する恐怖はないのか」と言った。

「怖いさ」

 カイはぶるぶると震えている自分の左手の先を示した。

「でも恐怖と追従、それから賄賂で臨んだ兄さまと姉さまをお前はもう三人も殺したんだろう? そのくらいは僕の耳にも入ってるよ、きみの前で生き残るにはそれじゃあダメだったわけだ。僕は姉さま兄さまが持ってたような、お前に差し出せるものなんざ一つも持ってない。ということで僕はもう自分の命を諦めたんだ。だったら好き放題言ってやるさ! このバカハゲ。レン兄を返せ」

「よい威勢だ。褒めて遣わす」

 カイは舌打ちした。

「侮るなよ、レ・ゼタ。たしかに僕はこのざまで威厳なんざ欠片も持ち合わせちゃいないさ! 帝位の争いから逃げ出して、役所の末席にどうにかしがみついた身だよ! でも僕は覇王の娘で、レン兄の妹だぞ。上から目線で語ってんじゃねーよ。頭が高いな!?」

 その声は掠れていた。裏返っていた。歯がかちかちと音を立てている。

 体が震えて、冷や汗が噴き出した。次に来るのが処刑の刃だと確信する。

 周囲でゼタの配下が殺気を昂らせているのが手に取るようにわかる。せめて苦痛少なく死ねることを祈った。

「なるほど、これは失礼した」

 だが次のゼタの行動はカイの予想を尽く裏切った。

 ゼタは自分の腰に佩いた剣を外して、高座を降りてカイの元へ跪いた。

 両手をあわせて臣下の礼を示す。周囲でゼタの配下が同じように、カイに跪いた。

「安心と安全とやらのためにはどうすればいい?」

 ゼタはカイをわずかに見上げて尋ねた。

 その様に、カイはむしろ殺気を向けられるよりもたじろいだ。

「き、君のところの軍隊を馬の国まで退けろ」

「できない」

「壁の外、街道から二十キロメルトル以上離れたところに陣地を築いてそこに留まれ」

「できない」

「国内の中に君たちのための特区を設ける。軍隊の大部分をそこに留めて、街に出るのは交代制、最小の人数に留めろ」

「応じよう」

「……国内での。少なくとも街の中での狼藉をやめさせろ。それが必要ならば外部で済ませろ。安全な場所がまったくなくなると、残るのは絶望だけだ。希望がないとなにもできない」

「応じよう」

「僕の名前で即席の避難所を作って炊き出しを行う。場所は十四区役所近くの公園を使う。それにきみが捕縛している国軍の残党をいくらか使わせろ。なるべく口の堅いのがいい。アゼ姉さんの兵はいらない、できればガヌ兄の近衛がいいな。準備と警備に使う。いうまでもないけど、襲うなよ。うちの国の弱兵じゃあ君のところの兵隊には敵いようもない。こっちの兵隊を使うのもただ“守られてる”っていう安心をそこにくる人たちに与えることだけが目的だ」

「応じよう」

「今各区を閉鎖しているきみのところの兵隊の警備に穴を開けて、その内容を僕に伝えろ。そこそこな複雑な形がいい。“警備の穴を突いて”、先の公園に難民を誘導する」

「応じよう」

「きみ、いったいなにがしたかったんだ?」

 たまらずカイは跪くゼタを見下ろしながら言った。

「粉々にこの国を打ち砕いて焼き払っておきながら、その復興には手を貸すと言い、僕の元に跪く。意味がわからない。そもそもなぜそこの玉座について新皇帝を名乗らない? これじゃあきみのやったことは、レン兄と他の王子、それからその下の腐敗官僚とそれを支える組合の連中を皆殺しにしただ、け、」

 カイは思わず口元を抑えた。自分が口にしかけたことが現実のことだと思いたくなかった。皇帝とその下の腐敗官僚を皆殺しにしただけ。

 ……それは勿論真実ではない。この男は街を焼き払い、民を殺し、略奪を行った魔王だ。カイにとっては兄を殺した憎い仇だ。

「なにも不思議なことはない。俺はこの国が内部に貯め込んだ物資と土地を奪い取り、次に人心の掌握のために皇族である貴女を利用しようとしているに過ぎない」

 ゼタが言い、カイは力なく頷いた。




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