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死ノ国  作者: 月島 真昼
一章
27/110

ギ・リョク 5



 数日して、ライ達が穴を掘って死体を埋葬しているところへ荷馬車を連れたハリグモが戻ってきた。妙に不機嫌な顔つきをしている。馬から降りる。

「ありがとう、と、どうしたの?」

「あとはこいつと話せ」

 とだけいい、首で後ろを示す。

「よお」

 ハリグモの後ろで、ギ・リョクが軽く手をあげる。

「来てくれたんだ」

「おう。来てやったぜ」

 ギ・リョクは恩着せがましくそう言ったあと「ハクタクは?」と尋ねる。

「こっちだよ」

 ライが隠れ家の方へ案内する。ユーリーンはハリグモを見て小首を傾げた。

「……なぜ貴様は不機嫌なのだ?」

「あの女。俺が行った時にはもう物資を用意し終えて出立の準備を完全に終えていた」

「?」

「わからんか。俺たちはあいつの露払いをさせられたのだ。最初からこちらにくるつもりはあったのだろうよ。だが危険が多いこともわかっていた。だから俺たちを先に行かせて危険を除いてから、自分は悠々とやってきたのだ」

 ちっ、と舌打ちしていまは空き家となっている民家へと歩いていく。

 ユーリーンはなにげなくハリグモの後ろ姿を目で追ってから、ライとギ・リョクのあとについていく。隠れ家の中に入る。

「ハクタクー、お客さんだよー」

「ファック」

 ハクタクが怪我人の包帯を変えていた手を止めて顔をあげた。疲労によってどろりと濁った瞳をしていた。「ちょっと待ってろ」手早く作業に戻り、終える。めんどうくさそうにライの元へ歩いてくる。「げっ」そして見るからに嫌そうな顔をした。

「相変わらずだな、ファックファック」

 ギ・リョクがおもしろそうに言う。

「なにしにきやがったバケモノ女」

「邪険にするなよ、あたしとお前の仲だろ? ディアフレンド」

 ハクタクが露骨に舌打ちし「ファック」という。

「例のもんは。無事か」

 ハクタクは首を振った。

「連中にあれの価値がわかるかよ。俺もあれの面倒を見る余裕はなかったからな。一応地下に残ってはいるが、おそらくダメだろう」

「うえ、また一からやり直しかよ。あれにいくら注ぎ込んだと思ってんだ」

 げんなりした声でギ・リョクが額を押さえる。

「ねえ。例のものって?」

「アオカビ」

 それ以上の説明をするつもりはなさそうだった。

あたりを見渡し「サ・カクはどこだ」と言う。

「そこだよ」

 ハクタクが寝台の合間を指さす。そこには例の壮年の男が未だに膝を抱えて震えている。

 ギ・リョクはつかつかと歩いていき、サ・カクの額を靴の底で踏んだ。ぐりぐりと憎しみを籠めて踏みつける。

「よお、サ・カク。どうだ。てめえが思ってたより人、集まらなかっただろ?」

「……どういうこと?」

 ライが訊ねる。十万人以上の人間が決起した蒼旗賊の反乱を思い出す。

 それを“人が集まらなかった”? ギ・リョクが肉食獣の笑みを浮かべながら答えた。

「蒼海道——こいつのとこの宗教だ――の信者は“隠れ”まで含めたら百万人以上いるのさ。こいつからすればそれが全員決起して自分たちの新しい国を作るために動くと思ってたんだ。だが実際は動いたのはその十分の一未満。だから各国の軍隊にぼっこぼこにされてやがるわけだ。実際に百万以上が全部動いたならもっと取り返しのつかないことになってただろうよ」

「はぁ」

 百万以上。ライにはもはや見当もつかない数字だった。

「蒼旗会を乗っ取った手際までは感心したもんだが、詰めを誤ったなぁ。大間抜けめ」

 サ・カクは体の震えを一層強くして、床に倒れ込んだ。体を丸め両手で顔を覆い、さめざめと泣いている。「すまない、ゆるしてくれ。わるかった」ギ・リョクはその顔を踏みつけた。さして興味もなさそうに踏みつけたままハクタクに振り返る。

「それで、ファックファック。あたしはまだお前を擁立する用意があるが、あたしの援助を受けるかい? 徒弟を何人か回して基本を教えて、てめえの自身の仕事を重要な案件だけに減らして、清潔な場所と、この世界で用意できるだけの薬を手配する、道具もなるたけ揃える。なによりここと違って、ご所望の煙草が手に入るぜ? どうだ。もう一度あたしと一緒にやらねえか。ここよりはましだろ」

 他人が弱っているところに付け込む、蛇蝎のような手口だった。

「利益はあたしが一割、てめえが一割、運営資金で五割をプール、残りを株主に配当でどうだ?」

「糞女。ファック、ファックファック。地獄に落ちろ」

「よく言われる」

 ギ・リョクがそれらの悪態を少しも気にせずに差し出した手を、ハクタクが指先だけでちょっと触れた。すぐに離し、大げさに手を振って布で拭う。本当に汚物に触れたかのように。かはは、とギ・リョクが笑う。

「ねえ、ギ・リョクはハクタクのことをファックファックって呼ぶけど……」

「ああ、元々こいつがあんまりファックって連呼するからあたしが“ファックファック”って呼んでたのを、他の連中が聞き違えた上に名前だと勘違いしたんだ。“あっち”での名前は、アンドリュー、だったっけか」

「アンドリュー=カーターだ。ファック」

「ちなみにそのファックってどういう意味?」

「ちゃんとした意味はお子様が聞くにはちょっとはえーな。こいつの言うところの意味は、まあなんだ。俗語だ。大した意味を持ってない罵り言葉さ」

 ハクタクが頭を抱えた。

「なんでこっちにきて唯一俺の母国語がわかるやつがこんな話の通じないイカレ女なんだ。ファック……ジーザス……クレイジー」

 ハクタクはまるでそれがこの話の一番の悲劇であるかのように言った。

「ギ・リョクはどうして言葉が。あ、お師匠さんか」

 頷く。

「お師匠の使ってた言語とこいつの話す言語には多少の一致があるのさ。お師匠が話してたあっちの国のことをこのおっさんに聞いたら国名や文化、物品の類にも一致が見られた。たぶん“同じ世界”から来たんだと思う。ちなみにこのおっさんがあたしらの言葉が使えるのは、単に覚えたからだ。おそろしく頭のいいおっさんだよ」

「ファック」

「よし、決まっちまえば話は早い。さっさとこの山を降りようぜ。立地がゴミだ。こんなところでてめえの医術を腐らせるのは害悪でしかない。患者は少しずつ移せばいいだろ」

 ライが困った顔をした。

「降りれないんだよね、いつ鉄の国の兵隊がくるかわからないから」

「大丈夫だ。やつらはこねえ。なんだ知らないのか。あっちこっちで大混乱で、あいつらはいまそれどころじゃないのさ」

「?」

「皇帝、ガ・レン=アズ=ナハルが殺されたんだよ」




 to be continued




今回の更新分はここまでになります。読んでくださってありがとうございました。感想やお気に入り登録、評価点、にゃあと一言などくださると真昼が泣いて喜びます。

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