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死ノ国  作者: 月島 真昼
一章
26/110

ユーリーン=アスナイ 2



 ユーリーンは夢を見ていた。

 背後に誰かが立っている。刃物を振り上げている。ユーリーンを殺そうとしている。素人の動きだ。人を殺すためにあらゆる訓練を重ねたユーリーンの敵ではなかった。ユーリーンは振り返ると同時に一撃してその誰かを殺した。体格のいい男性だった。刃の感触が手の中に残っている。会心の感触だった。切っ先が心臓に達したのが手に取るようにわかった。ユーリーンは相手を見上げた。その男には顔がない。目鼻や口のある場所にはのっぺらぼうのように平面が張り付いているだけだ。それはユーリーンがその男の個人的な特徴を完全に忘却していることを表していた。ユーリーンにとって重要なことはそんなことではなかった。

「やったわ! 訓練通りよ。ねえ褒めて、お母様。私、上手に殺せたわ!」

 ユーリーンは母に向かって飛び切りの笑みを向けた。刃物を引き抜いたために両手が真っ赤に染まっている。母親は困った顔をしながらユーリーンの頭を撫でた。周囲で悲鳴があがった。

「人殺し」

「人殺し」

「人殺し」

 人差し指が突き付けられ、糾弾の声が上がる。

 表情のない人々。その中から、一人の少年がゆっくりとユーリーンに向かって手をあげて、人差し指を向けた。覇王譲りの甘い顔立ちをした幼い少年が、舌足らずな声で「人殺し」と言った。

 そこで目を覚ました。

「かっ、は、はぁ……」

 手が震えていた。呼吸が乱れていた。落ち着かない思考のまま、あたりを見渡す。ライの姿がないことに安堵する。人に見せたい姿ではなかった。ユーリーンの他には誰もいない。そこは清潔な印象を受ける、物の少ない個室だった。大部屋で壁に背をつけて眠っていた自分を思い出す。誰かが、おそらくはライが運んでくれたのだろう。

 傍らに置かれていた水差しを取ろうとするが、震える指先ではうまくいかなかった。「くそ……」ユーリーンは自分を抱くようにして、感情の波が収まるのを待った。

初めて見る夢ではなかった。感情を昂らせた日には時々見る夢だった。「ほめて」と幼いユーリーンが言う。無垢な笑顔だ。練習したことがうまくいって得意になっている子供の笑みだった。その両手は返り血がべったりとへばりついている。

 あまりにも醜悪な姿だとユーリーンは思った。

 浅く、乱れた呼吸を整え、震える指先を収めて、水差しを取る。水を飲む。

 ぬるい温度の水が喉を通り、胃が動き始める。ユーリーンは少し平静を取り戻す。自分の手を見る。

「醜い」

 ぽつりと呟く。

 ……ライはどこにいるのだろう? ユーリーンは寝台を降りて、部屋の外へ出て行く。

「あ、おはよう。ユーリーン」

 いつも通りのやわらかい笑みでライが彼女を迎える。

 


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