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死ノ国  作者: 月島 真昼
一章
25/110

ニ・ライ=クル=ナハル 6

 


 生きている人間がいないか、集落を見て回っていたハリグモと私兵団が戻ってきた。

 家屋には火がつけられた形跡があったが、雨のおかげであまり燃え広がらなかったようだ。おかげでそれなりの数の人間が生き残っていた。無論、それ以上の数の人間が焼け焦げて、あるいは煙を吸い込んで死んでいた。

 ハクタクのいる隠れ家に彼らを連れていく。中に入ると、入り口の傍で手持ち無沙汰に座っていたライとハリグモの視線が合う。

「……」

 何人か殺したあとだな、とハリグモはその目を見て思う。身にまとう剣呑な気配と、暴力の後の特有の興奮がライの瞳の中に残っている。それには触れずに「医者は?」と尋ねる。

「さっき眠ったところ」

「そうか」

 幸いにして軽症の火傷程度で、すぐにハクタクを起こさなければいけないような重傷の患者はいない。

(幸いにして、というのは正しくないな。来るのが遅すぎたか)

 正しくはそうした重傷者は既に息絶えていたのだ。

 ユーリーンが隣室から顔を出す。泥を洗い落として服を着替えている。いつもは服の下に身につけている暗器の類を手に持っている。翡翠色の値の張りそうな着物を纏っている。

「火事場泥棒か? がめついな」

 ハリグモが揶揄する。

 ユーリーンは顔を顰めて「これしか着るものがなかったのだ」と言った。おそらくは教団の信者の献上品だろう。患者用の衣服はすべて出払っているのは、満室の寝台を見ればわかった。ユーリーンがハリグモの連れてきた怪我人を見る。

「火傷の手当程度ならば私でもできる。診よう」

 冷水ならば隣の部屋に山ほど用意されていた。

 それほどの量はないが傷に塗る軟膏程度ならばユーリーンは普段から持ち歩いている。

「これからどうする?」

 ハリグモがライに言う。

「話をできる雰囲気じゃないね。僕としてはとりあえず、ギ・リョクが言っていたサ・カクって人とハクタクを連れて街に降りたいかな。ここは危険だ」

 鉄の国の斥候はこの場所のことを、もしかしたらライ達の情報も持ち帰って本隊に伝えているだろう。そうなれば先ほどのような枝葉の部隊ではなく、もっと大きな部隊が襲ってくるかもしれない。

「この有様では難しいかもしれんな」

「そうだね」

 多くの人間が怪我をして動けないでいる。「見捨てていくのなら簡単だけれど……」ライは首を振った。「それはなんていうか、楽しくないね」ハリグモが微笑する。ライのそうした子供らしい善性を好ましく思う。

「僕はしばらくここにいようと思う」

「いいのか?」

「ていうか、消去法だよね。ユーリーンでもあの戦車ってのには大分苦戦したみたいだ。きっとハリグモでも、あんな鉄の塊を相手にして楽勝っていうわけにはいかないでしょう?」

「まあそうだろうな」

「戦車に対抗できるのは、僕の『泥の魔法』だけ。だったら僕が残るしかないよね、で、僕がここにいる間に動ける人を少しずつ街のほうへ移そう」

「それにはあの大女の協力がいるが」

 門兵の説得に、場所の確保、物資の調達。

 どれをとっても土地勘のないライやハリグモには簡単ではない。

 あらゆる方面でギ・リョクの協力は必須だった。

「ううん、だよねえ。ユーリーンに話しに行ってもらおうかな」

「あれは貴様がここにいれば梃子でも動かんのではないか?」

 ライとハリグモは兵の手を借りながら火傷の治療に取り掛かっているユーリーンを眺める。

「……そうかも」

「それに、忘れるなよ。蒼旗賊は皇帝と各地の王たちへの不満で立ち上がったのだ。皇族である貴様にとってここは味方ばかりの地ではない。そう易々と護衛を手放さんことだ」

「それは、そうなんだけど。だったら、ううん」

 ライは苦い顔で言いづらそうに「ええと、ハリグモに頼んでいい?」と尋ねた。

「いいぞ、やってやろう」

 ハリグモはさらりと答える。

「いいの?」

「そのうち纏めて返してもらおう」

「うう、恐いなぁ」

 ライのほうもハリグモの目的はだいたいのところ察している。

 ロクトウとシンの戦争に介入すること。そしてそのためにライと彼の作る兵力が欲しいのだ。ライの方からしても、ロクトウとの戦時はシンに大きな隙ができる瞬間だ。そこに介入するのは吝かではない。

「だがなにを交渉材料にするつもりだ?」

「ハクタク、それから見つかったらサ・カクって人の身柄、かなぁ。ギ・リョクが欲しそうなもので僕が手にしてるのがそれくらいしかない」

「貴様がもう一度裸で踊れば解決するのではないか?」

 ライは宴席場でのことを思い出す。

 自分に向けられる中年男達の性欲で光る眼を思い出し、身震いした。

「冗談! それだけは勘弁して」

 戦車にも立ち向かう少年が小鹿のように怯えるのを見て、ハリグモは少し笑う。

「サ・カク様」

 誰かが言い、ライは振り返った。

「サ・カク様、どうか教示を。我らは傷つき、道を見失っています」

 中年ほどの年齢の女性の信者が跪き、座っている長髪の壮年の男に頭を垂れる。

 さきほど寝台の間で震えていた男だった。

 男のほうは、口を開いては閉じてを繰り返している。体が震えている。声を出そうとして、だけれど恐怖からまともに話すことができていない。あうあうと意味のない声がその喉の奥から漏れる。目の焦点があっていない。自分に向かって跪いている信者を正視できていない。

「ねえ、その人がサ・カクって人?」

 女はむっとした表情でライを見た。サ・カクに対して敬称をつけなかったことが気に食わなかったようだ。だがライを見て、相手が子供だと気づくとすぐに表情を作り直した。

「そうよ、大教主サ・カク様。我らに預言を与え、導いてくださる偉大なお方」

「なるほど」

 この人が。ライはその壮年の男を眺める。

 彼女が崇拝するほどの偉大さは一欠片も感じない。

「よほど怖い目にあったみたいだね」

「違うわ。サ・カク様は瞑想の途中でいらっしゃる。少し時をおけば、また我らを導いてくださる」

 女はほとんど自分を騙すようにして言い、ライを睨んで鼻を鳴らすとサ・カクの傍らから離れていく。「見つかっちゃったなぁ。サ・カクって人」ライが呟く。ギ・リョクからハクタクの身柄を掠め取り、蒼旗会を賊の母体へと変えていった人間。

「連れていくか?」

 ギ・リョクの元へと。という意図でハリグモが尋ねる。

「いいや、動かせそうにないし。急いでギ・リョクの手元に渡さないほうがいいかも」

 ハリグモが頷く。

「それから、俺は行ってはやるが交渉はせんぞ。頭を使うのは俺の仕事ではない。」

「え。それは困る。どうしよう」

「ギ・リョクに対する要求と見返りを書状にまとめろ。それでいいだろう」

「あ、なるほど。それでいいのか。……でも僕、そういうの書いたことないよ」

「あいつも別に形式になど拘泥しないだろうさ。好きに書け」

「うーん、そういわれると逆に困るなぁ」

 ライは適当な人に声を掛けて、筆と紙を探す。親切な一人が隣室にあることを教えてくれる。

 小一時間ほどかけて書きあがったものはなんだかよくわからないたどたどしい文章だった。次に書かないといけないときまでにもう少し練習しておこうと思いながら、ライはそれをハリグモに預けた。

「一日休ませてもらおう。それから出る」

 ハリグモ自身はまだまだ動けるが、彼の乗る馬の方が、休息がなければ持たない。山道を駆け通してきて、随分疲労が溜まっている。できればもっと長く休ませてやりたいところだった。

 ここで飼われているもので代わりを見繕えるのではないかと思っていたが、先んじて鉄の国の兵士達に殺されていた。ハリグモはそのまま外へ向かう。

「どこにいくの?」

「適当な民家で少し寝る。ここは落ち着かん」

「外は危ないよ?」

 ここも大差はなかったが、戦車に対抗できるライの傍のほうが危険は少ないだろう。

 ハリグモは、心配は無用だ、というふうにひらひらと手を振って隠れ家から出て行った。

「……私も少し眠る」

 一通りの怪我人の治療を終えたユーリーンが言い、壁に背中を預けた。

 そのまま目を閉じて浅い寝息をたて始める。

 ライは質の悪い半濁したガラスで出来た窓の外を見る。未だに雨が降り続けていて、放り出されたままの多くの死体はひどく痛んでいるのだろうなと思う。



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