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死ノ国  作者: 月島 真昼
一章
22/110

ニ・ライ=クル=ナハル 4

 


 緩やかに傾斜した螺旋状の道を走り、ライとハリグモが山を登る。「昼間を選んだのは正解だったな」ハリグモの剣が邪魔な枝葉を切り払う。夜闇の中ではこうはいかなかっただろう。小雨が降っているが雲は日の光を覆い隠してはいない。

 そのうちに開けた場所に出た。

 そこには、数多くの死体が溢れていた。死体の中央には三台の戦車が鎮座している。その近くの小屋にある屋根の下で数人の男達が、煙草を吸いながら談笑している。男達がハリグモを見る。敵か味方か測りかねている視線だった。ハリグモが馬の速度を緩めて、止まる。手の中の剣を鞘に納める。一先ずは敵意がないことを示しておく。ライが馬から降りようとして、落ちた。べちゃりと地面に張り付く。

「うぷ、酔った……」

 口元を抑える。なんとか起き上がって男達を。そしてその周囲の人間の死体を見渡す。

「はじめまして、こんにちは。僕はニ・ライ。貴方たちは誰? 蒼旗賊じゃないよね?」

 男達がライの姿を認めて、くすくすと薄ら笑いを浮かべる。

 その中で、一人の若い男が進み出た。細身の体つきをした優男だった。品のいい笑みを浮かべて、ちらりとハリグモに視線を送り、それからライを見る。

「こんにちは。私はワ・タヤ。我々は鋼の国の部隊です」

「久しぶりだな」

 ハリグモが言う。タヤが微笑を返す。

「知り合い?」

 ライが訊ねるとハリグモが頷いた。

「合同訓練で顔を合わせたことがある。階級は知らんが将校だ」

「へえ」

 タヤのほうへ視線を戻す。

「どうしてここにいるの? 翅の国は軍隊の侵攻が禁止されているはずだよ」

「ここは翅の国なのですか」

 タヤは平然と惚けて見せた。

「我々は道に迷っていたらたまたまここに辿り着き、蒼旗賊と思われる者たちに攻撃されたために反撃を行いました。まさか翅の国だったとは」

「攻撃されたために反撃を行った、ね」

 ライは周囲の死体を見る。ユーリーンが見たものと同じように、女もいれば子供もいる。弄ばれた痕跡がある。とてもではないが「反撃を行った」ようには見えない。ライは一度目を閉じた。

 迷い込んだ、はずがない。彼らはなんらかの方法でこの場所の情報を掴み、迷い込んだ振りをしてここに軍隊を送り込んだのだ。タヤの後方で男が一人、女の手を掴んで引きずっていた。頬に打たれたあとがあり、涙を流している。声も上げずに、抵抗する気力を失っていた。服は引き裂かれていて、豊かな乳房があらわになっている。

「ねえ、それはやめよう」

 ライが言った。

「これまで起こったことはしょうがないよ。もうやってしまったことをとやかく言っても仕方ない。だけどこれからのことなら話は別だ。よりによって、僕の目の前でそういうことはやめてよ」

 疲れた声だった。男達の嘲笑の視線がライに注がれる。

「……」

 タヤがハリグモを見る。

 ハリグモはさして興味もなさそうにあたりに視線を彷徨わせている。

「おい、あれを殺すならば俺は離れているぞ」

 ハリグモが顎で戦車を示す。勝敗は見えていた。ライが勝つ。巻き込まれるのも馬鹿らしい。あの鉄の塊がどれだけの強度を持っていようと、ライの前では泥のぬかるみに車輪を取られて沈んでいく。ライには弓矢が通じない。戦車という兵器は泥の魔法に対して致命的に相性が悪かった。

「うん、わかった」

 ライが言い、不快感の籠った目で女の手を掴んでいる兵士を睨む。

 後ろから馬の蹄の音が迫る。アスナイの私兵達が追い付いてきている。

「離しなさい」

 タヤが静かな声で命じた。舌打ちして、男が手を離す。力なく女の体が地面に伏す。

 タヤは戦車の戦力を信じていた。もしも戦いになっても負けるはずはないと思っていたが、自分よりも遥かに武力に優れたハリグモが「あれを殺すならば」と自分たちの敗北を断言したことが気になり、戦うことを避けることにした。元々ライを殺したところでなんの戦果にもならないのだから、損耗は避けたほうがいい。

「部下が無礼な真似をしました。お許しください。彼らは傭兵で、私は監督官に過ぎず完全な指揮権を握っているわけではないのです」

「気を付けてほしいな。って言っても、無駄なんだろうけどね」

 ため息を吐く。

「不可侵地帯なんだから撤退しないとまずいんじゃないの?」

「ええ、ここが翅の国とわかった以上はそうなのですが、悪いことに戦車が数台故障してしまいまして。足止めを喰らっていたところなのです。いまは本隊からの補給を待っています」

「なるほど、そういう口実でここに留まっているんだね」

 タヤはそれには答えず、ただ微笑して「無論、蒼旗賊のさらなる勢力を発見すれば、我々は戦闘を行わざるを得ないでしょうね」と言った。

 ここを足掛かりにして翅の国のさらなる奥地に侵攻する可能性を口にする。

「……行こう、ハリグモ」

 ハリグモがライに手を伸ばした。馬上に引きずりあげる。

「軍隊の不可侵というなら、あなたはどうなのですか」

 タヤがハリグモに尋ねた。

「俺はいま灯の国軍から除隊されている。在野の民間人に過ぎん」

「あなたほどの方に一体なにが?」

 ハリグモはそれには答えなかった。「それは貰っていくぞ?」半裸の女を指さす。「どうぞ」タヤが言うよりも先に、泥が波打つように動いてライの元まで彼女を運んだ。ライがまるで死体のように反応しない女に上着を被せ、抱きしめる。敵意の籠った視線で兵士達を見る。

 追ってきたアスナイの私兵達と合流し、里に向かってさらに奥地へと馬を走らせる。

「ねえ、ハリグモ。軍隊ってみんな“ああ”なの?」

 うんざりした調子で言う。

「俺の知っているのは大抵そうだな」

「わかんないや。ああいうのは、愛があるから楽しいんじゃないか」

 少なくともライにとっては、そうすることで女の返してくれる反応が、行為の大きな楽しみだった。だから嫌がる女性に対して強いることの喜びは理解できない。

「……ハリグモもそうなの?」

 おそるおそる尋ねる。

「生憎、貴様と同じで女に不自由したことはないな」

 ハリグモは優雅な笑みを浮かべて言った。ライが安堵の息を吐く。

「指揮官としては与えて自分の懐の痛まぬ褒美だ。奨励しているものもいるくらいだよ」

「やだね」

「そうだな」

 例え相槌であったとしてもそう答えてくれたことが、ライには嬉しかった。

 そのうち開けた場所に出た。足と肩から血を流す女を背負っている、ユーリーンが歩いている。

「ライ」

「ユーリーン」

 二人が互いを見つけて、名を呼びあう。同じように傷付いた女を抱えている二人を見て、似たもの夫婦め、とハリグモは思った。まあ男と子供は大抵殺されていたから、強姦することを目的として生かされた女くらいしか助ける余地がなかったのだろうが。

 ユーリーンが背負う女の耳元でなにかを囁き、女が小さく頷く。

「奥に隠れ家があるそうだ」

 ユーリーンが言う。

「そこにハクタク——彼らの言うところの神もいるらしい」

「神様、か」

 ライはここに来るまでに見た死体の数々を思い出す。もしも神というやつが本当にいるならば、それは随分残酷であるか、あるいは僕たちに興味がないんだろうな、と思う。



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