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死ノ国  作者: 月島 真昼
一章
20/110

ゾ・ジュゾ=クル=ラオル 1




 鉄の国、東部の山中



 鉛色の鎧に身を包んだ老人が馬上から遠い地平を見つめる。後方には幾多の、四角い箱のような形状の戦車が追随している。車輪の回るけたたましい音が周囲に響き渡る。近年になって製造され、今回の征伐に試験的に投入されたものだ。車輪の組成がまだ荒く、行軍のために先遣する部隊が障害物の一切を取り払っている。

 ゾ・ジュゾ=クル=ラオルと鉄の国の軍隊が、蒼旗賊の拠点に向けて進撃していく。

 上質な鉄鉱石を豊富に産出する鉄の国は、その加工技術に関しても著しく優れている。

 硬い合板の屋根。半透明の硝子に覆われた視座と、幾つもの大弓の据えられた射座だけを除いて四方を覆われた造り。そのあまりの重量のために一つの戦車につき四頭もの馬が牽引している。馬の周囲にも弓矢から守るための屋根と側板が取り付けられている。

 他国で作られているものと比較して鉄の国の戦車は圧倒的に進歩していた。流人の齎した変革ではないかと噂されているが真偽は定かではない。

「ジュゾ様」

 目だけで副官の方を見やる。

「一部部隊が行路を離れています。装備を与えた傭兵達の隊です。このままでは翅の国に侵入する恐れがあります。いかがなさいますか」

「捨て置け」

 ジュゾが即答した。

「は。かの国は軍隊の不可侵が条約で定められておりますが」

「指揮から外れた部隊だ。幾らでも言い訳はつく。拾う手間よりも目先の蒼旗賊を優先する」

 兜の面頬の下が、にいと歪んだ。唇の端が吊り上がる。ジュゾにはそんな些事はどうでもよかった。久方ぶりの戦の匂いで神経が昂っている。ジュゾは自分が殺戮を好んでいることを知っていた。血錆の匂いを、弱者を踏みつける高揚感を覚えている。齢六十にもなる老体に活力が漲っているのを感じる。覇王による大陸の平定から四十年、細かな民衆の反乱や内部抗争こそ行われてきたが、本格的な戦から遠ざかって久しい。

 雨が降ってきた。今はまだ弱い。風も微弱だ。だがそのうちに嵐となるだろう。それはおそらく大陸を長く覆う。

 蒼い旗が地平の彼方に見えてくる。遠い空には黒雲が浮かんでいる。

 勝利を。あるいは劇的な敗北を求めて、ジュゾは剣を抜いた。

「これより一切の鏖殺を開始する。王命に逆らう愚民を刈り取る。全軍、突撃せよ」

 彼の愛する鋼と血の力は、その要求に忠実に答えた。

 戦車隊が前進する。蒼旗賊から打ち出された弓矢を、厚さ80㎜の前面装甲が無力化する。四頭の馬に牽かれた鋼の獣が疾駆する。凄まじい重量での突撃が歩兵達を引き潰していく。剣も槍も、この時代の通常兵器は分厚い装甲の前に無力だった。

 成す術がないと見て兵士達が戦車から離れようとする。戦車の側面に空いた穴から矢が飛び出す。急所を正確に射抜かれて蒼旗賊の兵士達が死ぬ。装甲に守られた射座からの弓撃は高い命中率を誇っていた。内蔵の弩に矢が再装填される。すぐさま次の矢が放たれる。

 ひとしきりの戦闘を終えたとき、転がっているのは敵の屍だけだった。

「損害は」

「ありません。我が軍の死者は完全な零です」

 ジュゾはにいと頬を吊り上げた。

 副官がジュゾの瞳を覗き見る。どろりと濁った瞳だった。その瞳が正気を保っているのかどうか、彼には判断がつかなかった。ひとりでに体がぶるりと震えた。寒さのせいではなかった。

「追撃する。この国からやつらを駆逐する」

「この先には彼らの生活拠点、非戦闘要員も多数存在していますが」

「すべて誅戮する」

「はっ」

 老将軍の狂気を載せて、鋼の軍団が道中の一切を轢き潰しながら進撃していく。



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