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死ノ国  作者: 月島 真昼
終章
105/110

ギ・リョク 12


 砲兵がヤツマタに向けて二門の砲を連射する。ヤツマタが身を捩る。出どころの読まれている砲弾が寸でのところで躱されて近くにいた人間を殺すだけに留まる。

(くそ。むやみに連打してると弾が無くなる……)

 ギ・リョクは焦る。すでに残弾はニ十発と少しのところまで減っている。すべてを命中させれば十分にヤツマタを倒し得る数だが、シンに操られたあれは太い体をうねらせて砲弾を躱してしまう。二十メルトルを超える砦にも似た巨体だというのに。だがここで砲撃を切らしてしまえば、こちらに注意を割いて全力を振るえずにいるヤツマタが前衛に襲い掛かる。そうなれば翅の国の兵士たちは前線を支えきれないだろう。

 後方に投げ込まれたタンガンへの対処に追われてライとユーリーンは動けずにいるし、投げ込まれたタンガンが齎した混乱によってこちらの前衛は敵の騎兵に対処しきれていない。乱戦に強い河の国の河賊達とこの時代の武装では太刀打ちできない戦車が前衛を支えてくれてはいるが、それもいつまで持つだろうか。

 ギ・リョクはこの戦いを決するための策を一つだけ持ち込んでいる。

 だがそれはヤツマタを撃破して戦況を少なくとも五分にした上で発動するものだ。

 押し込まれている現状をどうにかできるものではない。

 迷った末にギ・リョクは一時的に砲撃を止める。ヤツマタを殺すだけの残弾は保持しなければならない。戦場にヤツマタが近づけば、砲撃の命中率も上がる。

 東南側からギ・リョク達に近づいてくる一団があった。敵の別動隊か? とギリョクは一瞬身構えたが、「河」の旗を認めて少しだけ安堵する。小男が馬に乗ってギ・リョクの元へ駆け寄ってくる。

「戦況は?」と、イ・シュウ=アズ=ゼンが問う。

「善く見えるかよ?」

 タンガンが後方で攪乱。同時に騎兵が前方から攻撃。さらに壊獣共が押し寄せてくる。

 前衛では戦車が、後衛ではライ達がどうにか敵と拮抗しているが、いつ突破されてもおかしくない。

 シュウは親指を伸ばして人差し指を立てた。「一発撃ってください」と言う。

「あん?」

「どうにかします。だから」

 砲兵がギ・リョクを見る。少しだけ考えたあとにギ・リョクが頷く。

 合図と同時に一発の砲弾が打ち出される。ヤツマタをめがけて飛んでいくが、シンによって操られたヤツマタは発射の瞬間を見切って大きく体を捻る。ヤツマタの巨体が鮮やかに砲弾を躱す。首の一本が周囲の兵を打ち払いながらも常に砲の場所を伺っている。いかに秒速1500メルトルを誇る88ミリメルトル戦車砲であっても発射前に躱されていては当たらない。

 どうするってんだ?、とギリョクは思う。

 シュウは目を閉じて蹲った。両耳を手でおさえる。余計な情報を排除して考えに集中する。

「ヤツマタの全長は約20メルトル。縮尺から距離はおよそ4500メルトルで、3秒で到達したから砲弾の速度は秒速で1500メルトル。であれば……重力……空気抵抗……重力加速度……仰角は……風……」

 シュウは空に向かって腕を突き上げた。「この角度で十七秒後に打ってください」と言う。

 説明を求めかけて、ギリョクは唾と一緒に言葉を飲み込んだ。説明を聞いたとしても自分が理解できる気がしなかったからだ。

「他に手はねーんだ。信じるぜ?」

 砲兵に指示を出して、シュウが腕を突き上げた角度、おおよそ七十五度の角度に戦車砲を向ける。シュウが「違います。あと2度上です」と言い、砲兵が細かく角度を調整する。「どうぞ」合図と同時に撃ち放つ。空に向けて砲弾が上昇していく。



 シンは急上昇して視界から消えた砲弾に対して(空中のソウヨクを狙ったのか?)と考える。

流人の世界には「高射砲」という航空機などを撃墜することを狙いにした大砲が存在するが、その命中率は1%を切っている。ギ・リョク達が空に向かって打ち上げた砲弾も当然のようにソウヨクには命中しなかった。

シンとヤツマタは目の前の敵に向けて集中する。砲にも注意を払う。空に消えた砲弾のことを計算から外す。風が吹いた。

直後。


 空に消えた砲弾がヤツマタの真上に落ちてきた。

 常軌を逸した角度の、曲射弾道。


「!!?」

 複数の縄が纏まったような形の胴体に88ミリメルトルの砲弾が直撃する。火薬による推進力はほとんどが上昇に使われたために失われていて、それほどの速度ではなかった。が、それでも20キログラムル近い鉛の塊が高空から降ってきたのだ。それも人間でいえば手足にあたる首の周りではなく胴体の周囲、心臓に近い動脈に傷が入った。毒の血が噴き出ていく。



「は?」

 ギ・リョクは思わず溢した。間抜けな表情でシュウを見る。目の前で起こったことが信じられなかった。

 ギ・リョクを構成するのは膨大な数の「挑戦トライ()失敗エラー」だ。彼女は多くのことに挑戦して、失敗して、やり方を変えてまた失敗して、“おそらくはこれが正しいのではないか?”と思うやり方を見つけ出すことで成功してきた。師の齎した知識はそのための大きな助けになった。理論と現実を擦り合わせることでギ・リョクは人よりも抜きんでた成功を掌中に収めてきた。

 けれど、こいつは。

 イ・シュウ=アズ=ゼンは。

 計算という武器によって一度で成功を作り出した。

 天才、という言葉がギ・リョクの脳裏を過る。

 きっと流人がいない世界ではこいつのようなやつが世界に変革を起こしてきたのだろうと考える。

 ギ・リョクは唇を噛んだ。あたしにこの力があれば、キ・シガを殺さずに済んだかもしれない、と意味のないことを思う。静かに首を振った。悔恨を振り払う。現実のことに考えを戻す。

「……しぶてえな」

 ヤツマタの巨体が起き上がったのが遠めに見えた。

 影響がなかったわけではないらしい。動きにどこか精彩を欠いているのがわかる。

 シュウが砲の角度を修正させる。やはり躱しきれずにヤツマタは降ってくる鉛の雨を食らう。天からの裁きの槍がヤツマタの巨体を地面に縫い留める。初弾こそまともに食らったが、ヤツマタは首の一本で心臓付近の急所を護る。上昇のために運動エネルギーの多くを使った砲弾では強靭な筋肉を貫き切れない。血肉が砕けて舞い散るが、急所に達しない。

「残弾は?」

 シュウが尋ねた。

「次が最後だ」

 ギ・リョクが答える。


「お願い、キ・ヒコ」

「心得た」


 自陣の周辺から可能な限りのタンガンを排除したライが馬に飛び乗る。

 二頭の馬と、それに乗ったキ・ヒコとライが前線に向けて駆けだす。

 キ・ヒコが先導して、ライの駆る馬のための道を切り開く。

 少し遅れてユーリーンの乗ったもう一頭の馬が走る。

 泥の魔法が左右の敵を抑え込む。ヤツマタの元へと一直線に駆けていく。その突進を阻止しようと、城壁から戦場を見下ろしていたスゥリーンが空を蹴って駆けていく。上空から接近し、失墜と同時にライの首を狩ろうとしてユーリーンの剣によって阻止される。

「決着をつけよう」

 ユーリーンが言う。

「うん」

 どこか愉しそうにスゥリーンが答える。



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