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死ノ国  作者: 月島 真昼
終章
104/110

ニ・ライ=クル=ナハル 12



 配備が遅れていた砲が二門だけ残っていた。それ以外はすべてスゥリーンによって破壊されている。大砲に予備はない。製造の原材料も、製造の余裕もなかった。翅の国は総力を決してこの決戦に挑んだのだ。

「やられたね」

 ライはどこか他人事のように言った。

 敵の壊獣は健在、こちらの戦車は少数。ほとんど砲の援護なしでヤツマタと戦わなければならなくなった。たった二十門の砲にすべてを託していたわけではない。まだ策は用意してある。けれど。

「だいぶ厳しくはなっちゃったなぁ」

 ぼんやりと呟く。

 砲の対処を急いだシンの思考が読めなかった。予測できたはずなのに。

 前戦の勝利で気が緩んでいたのだろうか。

「どうする? 一度引き上げて態勢を立て直すか?」

 ユーリーンが問う。

 ライは少し考えて首を横に振った。

「シンはまだ兵糧の不足や伝染病から回復してない。時間を与えると次の収穫の時期がやってきて、伝染病が収まって、草の国の国力を回復させる。そうなればギ・リョクの策も使えないんでしょう? 僕らがシンに挑めるのはここしかないと思うんだ」

「それはそうだが」

「大丈夫、なんとかなるよ」

 ライが笑いながら言う。なんとなくユーリーンはライの笑顔の中に自棄を感じ取る。

「私にまだなにか、話していないことがあるのか?」

「え? ないよ」

「最悪、前衛の中に突っ込んで自分の泥の魔法でならヤツマタを倒せるかもしれない」

「う……」

 考えを読まれたライが呻く。

 ユーリーンがため息を吐く。

「指揮官が命を賭す覚悟があるのは悪いことではない。が、貴様がいなければ我々や兵が拠り所を失うことは、決して忘れないでくれ。私は、ライが死ぬのは嫌だ」

「……僕もユーリーンが死ぬのは嫌だけど、それでもユーリーンは戦うんでしょう?」

「私は決着をつけなければならないからな」

 ユーリーンはスゥリーンの顔を思い浮かべた。屍の魔法によって蘇ったアスナイの縁者に育てられた亡霊。ユーリーンという成功例が産んでしまった、当人が望んでいないにも関わらず作られてしまったバケモノ。“飛龍”の名を冠しながら一人では遠くへも高くへも飛べない、信念も理念も、怨念さえも持たない、シンの諂うだけの哀れな怪物。ユーリーンにはわかる。あれはきっとライと出会わなかったユーリーンだ。

 行く宛がなく彷徨って、その力を利用しようと考えるものの隣に身を置いた。

 さぞ居心地がよかったことだろう。虐げられて暮らして満たされなかった承認欲求をシンは存分に満たしてくれたはずだ。殺せば殺すほど褒められる、認められる。ユーリーンはそのおぞましさを知っている。醜さを知っている。

「……」

 不意にライが敵陣の方へと視線を移した。

 城壁の近くで壁と同じ色の布が取り払われて大きな木組みのなにかが表れた。

「ねえ、ユーリーン。あれ、なんだろう?」

 複数人の兵が木組みのそれの下で縄を引いた。押さえつけられて均衡を保っていたそれが引かれた側に向けて回転する。それに引っ張られて、長い木の棒が振られた。棒の先端に乗せられていた巨石が翅の国の陣地に向かって投げつけられた。

 ユーリーンが咄嗟にライを抱えて後ろへ跳んだ。


 ぐしゃり。

 寸前までライがいた場所に巨石が着弾する。衝撃が大地を揺らす。

続けざまに投げつけられた石によって陣地が潰れて人間が平らになって死ぬ。頭部を石に押し潰されて、だけど死にきれなかった兵士の体が石の下でぴくぴくと痙攣していた。

 もう一度岩石が投擲されて弾着が修正される。次に投石器の先端に据えられたのは、丸まったタンガンの巨体だった。

 翅の国の陣地の内側に丸まったタンガンが投げつけられた。放物線を描いて飛んでいき、幾人かの人間を踏み潰す。それからゆっくりとその巨体が引き起こされ、大きな目玉が開いた。鋭利な牙が覗いた。その一つ目に獰猛な殺意が灯る。「ぐううるるうおおおお」タンガンが吠えた。両腕を振るって近くにいた人間の首をぱきりとへし折った。胴体が引きちぎれた。

 同時に草の国の騎兵隊が翅の国の前衛に向けて雪崩れ込んでくる。

 投石器による突然の強襲によって乱れた隊列を騎兵隊が侵食する。

 電光石火、一気呵成の一撃だった。騎兵から少し遅れてタンガンを引き連れた歩兵がさらに押し寄せる。


 ライが泥の鎌を振るってタンガンの首を落とす。ユーリーンが他の兵に気を取られたタンガンの後ろを取る。後頭部を剣の切っ先が貫く。昏い血と脳漿をぶちまけてタンガンが死ぬ。投擲されたタンガンの総数は残るタンガンのおおよそ半数、百五十にも登った。軍であれば対処できなくもない数だが混乱の最中では容易ではない。さらに前方から押し寄せる騎兵が翅の国の兵を圧殺する。タンガンの剛腕が戦車の装甲を打つ。音が轟く。戦車がへしゃげて潰れる。

 トドメはソウヨクによる攻撃だった。両翼を広げれば八メルトルはある怪鳥が空を舞う。翅の国の兵士たちの遥か頭上から、両足で掴んでいた樽を落とした。内部に詰められた火薬が爆発、炎上する。人間が火だるまになって死ぬ。ソウヨクは数が少ない。空からの爆撃は散発的な攻撃で被害数そのものは少なかったが指揮官が爆撃を受けて命令が行き届かなくなる。

 ライとユーリーンが可能な限りタンガンに対処するが、到底間に合わない。

 タンガンが腕を振り回すだけで、人間が束になって死ぬ。

(前の用兵と全然違う……どうして!?)



 ふぅ、とシンは陣地の後方でため息を吐く。

 机を囲んでいる軍師達の顔を、一人一人仔細に見渡していく。

「定跡通りにくれば勝てると思っているからこそ攻め込んできた相手に対して、定跡通りに軍を動かせば、当然のように敗れるだろうな」

 誰も答えられない。

 先の戦いで、シンは指揮に加わっていなかった。

 翅と河が国境を越えてきたことを知った軍師達は功を焦ってシンを軍議の場から締め出したのだ。シンはおもしろがって彼らに任せた。そうしてヤツマタの二頭とローゲンを失う、先の大敗北を招いた。

「それなりの鉱石を掘り出して鍛えて剣にしたつもりだったが、研いでやらねば刃は錆び付くらしいな」

 瞳の中に失望が浮かぶ。

 覇王やロクトウと違い、採用試験を設けて人材を流動的に扱い、腐らないように用いてきたつもりだった。けれどこの草の国とて王の国や灯の国とそう変わらないらしい。長く続く安寧な環境の元では、人間は腐っていく。

 シンは邪悪な笑みを浮かべた。いまにも剣を抜き払い、この場の一人一人の首を落として周り兼ねない殺気を放っている。重圧に耐えきれずに軍師の一人が嘔吐した。

「身の振り方を考えておけ」

 シンが席を立った。城壁に登る。戦場を俯瞰的に見下ろす。

「ヤツマタ」

 呟く。

 城壁の近く、騎兵達の背後で砦にも似たヤツマタの巨体が立ち上がった。



「砲が足りねえ」

 ギ・リョクがぼやいた。



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