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死ノ国  作者: 月島 真昼
終章
103/110

ギ・リョク 11

 


「そう、わかった。ユ・メイは来れないんだね」

 ライとギ・リョクが河の国の指揮官からあちらの状況の説明を受ける。

(バックレやがったな)

 と、ギ・リョクは思ったが、相手がローゲンであればユ・メイであっても一筋縄ではいかなかったのだろうとも思う。

(ヤツマタが二枚とローゲンが落ちた。こっちはユ・メイが落ちて、砲の弾数が減った)

 さらにその前にはテン・ルイとナラ、キ・シガが落ちている。

 こちらからはハリグモが消えている。

(大駒の枚数が減ってきたな)

 いよいよ大詰めってわけだ。

 ギ・リョクは肉食獣の笑みを浮かべる。

(とはいえ向こうの兵数にはまだ余裕がある。河の国の兵からの説明によるとローゲンが討たれた時点で大多数の草の国の兵は逃げ延びてる。こっちの斥候が報せるのは草の国の城壁まで後退してる。とはいえ敗残兵の士気はそれほど高くないだろうし。ヤツマタ相手に砲を見せて威圧すればそれほど問題じゃねえか?)

 注意すべき敵方の戦力は、スゥリーンとヤツマタをはじめとする壊獣共、そして突撃兵。

 スゥリーンはユーリーンが対処すると言っているが、果たしてそううまくいくかどうか。まあスゥリーンの方もユーリーンに執着している節がある。ライとユーリーンを離して置かなければ大丈夫だろうか。

 翅の国は兵を進めて、草の国の城壁の前の広い平原へとたどり着く。

 城壁の前には多くの兵がずらりと並んでいる。総数は五万から六万。壊獣も多い。

 ヤツマタの巨体が小さな丘のように盛り上がって見えている。

 翅の国は兵の足を止めて、決戦の前の休止を取る。

 陣形を築き上げる。ギ・リョクはライと離れて、砲の設置を始める。

「キ・ヒコが狙われるとまずいか?」

 ギ・リョクがぽつりと呟く。

 スゥリーンの戦力はユーリーンとほぼ等しい。指揮官としてはともかく、単独の戦力ではローゲン以上だ。キ・ヒコの武力は並みの将兵よりもずっと上だが、それでもアスナイの技に対抗できるほどではない。蹴の魔法による空からの襲撃を防ぐことは難しい。

 前線近くで指揮を執るキ・ヒコは、事実上の草の国の要だ。ユーリーンも指揮のための戦術の理解などはキ・ヒコに劣らないレベルで持っているが、彼女はあくまで女性だ。魔法持ちのような派手さがないと、男所帯の軍隊の中ではどうしても舐められがちになる。ユーリーンをよく知るものからは、彼女はむしろ畏怖に近い感情を持たれているが、それは全体の兵士に共有されているわけではない。末端の兵士の中には女に指揮されることをおもしろくないと思っているものが多い。キ・ヒコが死ねば代用が効かない。ギ・リョクは舌打ちする。ハリグモ=ヤグが手元にいればこんな心配は不要だっただろうと思う。

 ふとギ・リョクはもっとまずい可能性に気づいた。

 砲兵がいなくなればヤツマタに対処できなくなる。

 そして砲兵を指揮しているのは、誰だ? ギ・リョクだ。

 だったら狙われるのは、

「……あたしか?」

 途端に、ギ・リョクの背筋を寒気が登ってくる。

 空を見上げる。ギ・リョクの元に影が降ってきた。

 垂直に降ってきた影が、砲の一つに着地する。蹴の魔法の力が金属の塊を易々と踏み潰す。

「っ……」

 天空から降ってきたスゥリーンが周囲を見回す。周囲を把握すると、次に凄まじい速さで跳躍して近くの砲を蹴り飛ばした。金属の塊が易々と吹っ飛んで、二つ三つと巻き込んで破砕する。砲兵が砲をスゥリーンに向けて放とうとしたが、砲は大きく重くて方向の転換にすら時間がかかる。機動力の高いスゥリーンを照準に捉えることができない。

(元々弾数はねえんだ。全部を維持する必要はねえが、最低でも五つは守らねえとヤツマタが倒せなくなる)

 ギ・リョクが計算を働かせるが、それを実現し得るものは皆無だった。ユーリーンはライを守っている。キ・ヒコは前線にいる。ここにいる工兵は鉄の国から引っ張ってきた技術畑の者たちで、武器を振るう訓練はおざなりだ。舌打ちする。

 ギ・リョクは懐に手を突っ込んで金属出来た筒状のものを取り出した。穴の開いている筒の戦端をスゥリーンに向ける。引き金に指を掛ける。それは原理的には砲と同じ仕組みで、より小型化したものだった。火薬の爆発によって鉛の弾を打ち出す仕組みの武器だ。渡谷が試作品を作っていて「銃」と名付けられていた。流人の世界の武器だ。

 スゥリーンの無感情な瞳がギ・リョクを見た。ギ・リョクは引き金を引いた。発条仕掛けが火打ち石を叩く。火花が散る。その火花を元に少量の火薬が炸裂して、弾丸が火薬の力を受けて筒の中を滑る。反動でギ・リョクの手が跳ね上がる。

 スゥリーンが小さく頭を振った。弾丸が彼女の頬の肉を削った。顎に向けて赤い血が垂れていく。(角度とタイミングを読み切って弾丸かわしやがった……! てめえ、この武器初見だろうがっ)スゥリーンがギ・リョクに向けて突っ込んでくる。ギ・リョクが銃を構えるが、スゥリーンは蹴の魔法を使って空中に飛んだ。高速で移動したスゥリーンが一瞬でギ・リョクの視界から外れる。ギ・リョクの銃は狙いを外す。見当はずれの場所に弾丸が飛んでいく。

 スゥリーンはギ・リョクの肩に着地した。着地の衝撃でギ・リョクがバランスを崩して、倒れる。肩が外れる激痛がギ・リョクを襲う。手の中から銃が落ちる。スゥリーンが馬乗りになって膝でギ・リョクの両腕を封じる。剣が喉に当たる。

「赤髪、長身、女、ラキ族。おまえ、ギ・リョクか?」

「……そうだよ」

「シンはおまえを傍においてもいいと言っている。私とこい」

「ごめんだね。あたしの思想とてめえらの思想には大きな隔たりがあるのさ。シンの野郎に協力することは金輪際ないだろうよ」

「おまえの考える思想とはなんだ?」

「人間は全部経済動物だ。等しく金を作り出すことができる。だから同性愛だとか人種だとかで難癖つけて人的資源カネを無駄にするてめえらとあたしはかみ合わねえんだ」

 スゥリーンは理解できないものを見る目でギ・リョクを見た。

「そもそもなぜおまえはそちらにいる?」

「ライが作り出す市場には差別がない。最大の人間が経済活動に加われる。その方があたしの儲けが大きいのさ。あいつの作る世界はあたしにとって都合がいいんだよ」

「……待遇は保証するが」

「お断りだね」

「説得できればしろと言われていたんだけど、残念」

 ギ・リョクは目を閉じた。喉を割かれることを覚悟した。

 けれど、死はいつまで経ってもこなかった。

 ギ・リョクは薄目を開けた。砲はすべて破壊されて、スゥリーンが退屈そうに手の中で剣を弄んでいる。周りには兵士の死体が転がっている。

「……なぜあたしを殺さない?」

「あなたが新世界に必要な人間だから、だって。意味は知らないよ」

 スゥリーンは嫉妬の色の濃い視線でギ・リョクを見た。

 シンの注目を自分以外の人間が集めていることに苛立っていた。

「気が変わったらいつでもきてくれ、歓迎するって。じゃあね」

 銃声や破砕音を聞きつけた兵士が集まってくるが、そのころにはもう再度跳躍したスゥリーンは空へと消え去っていた。



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