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死ノ国  作者: 月島 真昼
終章
100/110

ギ・リョク 10


 草の国の南部領土に、翅と草の両軍が布陣する。

 タンガンを前衛に立てているのが遠めに見える。ヤツマタの巨体が小さな丘を作っている。翅の国の軍は戦車を並べる。兵は包みのゆるい小さな袋を持っている。中には灰と唐辛子の粉を混ぜたものが入っている。灯の国がタンガンに対して用いたのと同じ手段だった。あのときよりもタンガンの数は多いが、生産できた唐辛子の数も灯の国より多い。

「やっぱり僕の魔法で干渉するべきじゃない?」

 ライは戦場を見渡して言う。

 ギ・リョクが首を振る。

「てめえの魔法を無力化する塩の魔法ってのがあるんだろ? その1ミスでてめえが討たれたら、“ナ・カイを殺したシンをニ・ライ王子が誅勠する”っていう今回の戦いの大義名分が丸々吹っ飛ぶんだよ。てめえの出番は最後だ」

「ううん、そうだけど」

 でもきっと、シンは塩の魔法を最後の最後まで出さないと思うな。

根拠は曖昧だけどそう考えて、それがきっと正しいと感じる。とはいえ自分の判断で動いたライは二回ほど「死んで」いるので今度は黙ってギ・リョクの言うことを聞いておくことにした。

 屍の魔法が解けた今、次の死は逃れようのないものになる。

「どうなると思う?」

「戦力的にはほぼほぼ互角だろ。兵の総数では俄然あっちが上だが、河の国の方にも対処に割かれてこっちに全力を向けれないでいる。それからおまけに流行り病の影響で何割かの兵はぶっ倒れてて士気も低いときた。頼みの綱は壊獣。で、それにはこっちも対処がある。まあ、勝つね」

「……ギ・リョク、戦はからきしだって言ってなかった?」

「からきしだよ。関わる上で最低限の部分は頭にいれたが、専門分野じゃない」

 その「最低限頭にいれた」という量はライが考えるよりもずっと多いのだろう。


 戦いが始まる。互いの騎兵が衝突する。槍が胸を刺し貫き、落馬する。落馬した人間を馬の蹄が踏み砕く。突撃衝力が弱まったところへ歩兵が合流する。指揮官の号令に押されるように前に進んだ歩兵が槍を突き出す。恐怖をかき消すための雄たけびが周囲にこだまする。弓矢が山なりの軌道を描いて飛んでいく。死が大地を覆う。

 タンガンが巨大な腕を振りかざした。兵士の一人が恐怖で顔を引きつらせながら懐から例の包みを取り出そうとする。しかし震えた手では掴み損ねて取り落としてしまう。一つ目の醜悪な獣がにいと口元を歪めた。ぱきんと軽い音がして兵士の上半身と下半身が分かたれた。両腕を振り回してタンガンが暴れまわる。ようやく誰かが瞳に向けて包みを投げつける。唐辛子の粉が目に入って視界が効かなくなる。敵も味方もわからずにタンガンが腕を振るい、近くにいた誰かを殺す。翅の国の兵が素早くそこから離れるが、草の国の兵は後ろから押されるようにしてタンガンに近づいてしまう。

(やはりというべきか、連中の士気は低い。言われたことを作業的にやることしかできなくなってら)

 ギ・リョクがほくそ笑む。

 それから傍らに視線をやって「おい、まだ撃つな」と言った。

 屈んで弾を込めようとしていた兵士がびくんと体を震わせてギ・リョクを見上げる。

「し、しかし、ころあいでは?」

「弾数がすくねえんだよ。こいつは全部ヤツマタにあてる。弾込めるのはあれを見てからでいい」

「は、はい」

 あまり準備が早いと、恐怖と混乱で戦場の雰囲気に充てられて暴発させるやつが出てくる。一発放たれてしまえばその狂乱は他の人物にまで伝染してしまう。あくまで指揮官の号令で撃たせるのが、兵士に冷静さを保たせることにつながる。殺意の間近にいる前衛では狂気が必要にもなるだろう。だが後衛は乱れてはならない。

 指揮官にとってこの戦場はコントローラブルであることを強調しなければならない。

 しばらくの膠着ののちに、タンガンだけでは翅の国を押し返すことができないことをようやく悟ったのか、丘にも似たヤツマタの巨体が引き起こされた。数はたったの二頭。だがシンの切り札であるこの壊獣は、たったの二頭だけで一軍を壊滅させる威力があることをギ・リョクは知っている。

八本の首と八本の尾をもつ巨大な竜が翅の国の兵士を押し潰さんとして迫ってくる。

「弾込め」

 ギ・リョクがぼそりと言うと「弾込め、はじめ!」その内容を副官が復唱して兵に飛ばす。

大きな筒の底部に羽のついた鉛の握りこぶしが据えられる。蓋が閉じて、点火を待つ。(人間も巻き込みたいな)とギ・リョクは思う。横列に並んだ斉射だ。ヤツマタから外れた分は勝手に誰かにあたるだろうが、もう少し劇的な効果を期待したい。

 元々この兵器は、人間には向けないということを前提に開発してきた。「非人道的だもんんね」とすぐに言ったライをギ・リョクは好ましく思った。「アホ。弾数が足りねえからだよ」と、こう答えたけれど。

 ヤツマタが前衛に到達しようとしている。

「左右両端の四基、仰角を上方に五度修正、復唱の必要なし」

「左右両端の四基、仰角を上方に五度修正」

副官の男が訊き違いを防ぐためにギ・リョクにだけ言い、二十機ほど並んだそれの仰角を五度上に引き上げる。「点火」ギ・リョクが言った。縄に火が灯って、それの周りにいた兵士が十歩分後ろに下がる。

 ど。ど。ど。ど。ど。

 長い砲身の内側を鉛の塊が滑る。88ミリという狭さが本来であれば拡散する火薬の威力を余さずに砲弾に伝える。秒速1500mというこの世界の常識からすれば有り得べからざる超速度を持って筒の先端からが砲弾が発射される。底部についた羽が風を切って軌道を安定させて、火薬の威力で打ち出された鉛の塊がヤツマタの巨体に突き刺さる。肉が抉れ、毒の血が吐き出される。ヤツマタから外れた数発の砲弾が草の国の兵隊を襲う。秒速1500mの鉛の塊に対して鎧や盾はなんの意味もなさない。皮膚を破いて骨を砕いて、内臓や脳といった内側をぶちまけて人間が死ぬ。特に仰角を調整された四発の砲弾は敵後方の陣地まで届いた。


 再現された88mm戦車砲の破壊力がヤツマタを削り取る。


 戦車本体の再現はついぞできなかった。部品が細かすぎてなにがどう稼働しているのかさっぱりわからなかった。が、戦車の上方に据えられていたこの攻撃機構の構造は比較的単純で、壊れているとはいえ先の戦いのときの現物があれば十分に再現することができた。

 再度発射された砲弾がついにヤツマタの喉を食い破る。首の数本が血に沈む。

(こいつはあたしらの手には過ぎた代物なんだろうな)

 倒れていくヤツマタを見て、思う。

 この世界の人間にとって「魔法使い」というのは一種の神格化された存在だった。原始の時代、魔法の力が与える庇護を求めて人々が集まり、集落を作った。魔法使いは指導者となり、集落は他の集落を取り込んで徐々に大きくなり、いくつかの国へと相成っていった。覇王による簒奪が行われる以前に、各国の王家が魔法の力を引き継いでいたのはそういう事情からだ。

 かつて魔法使いが神に等しかった時代があった。

 そして、いま。ギ・リョク達は遠く離れた場所から弾を込めて引き(スイッチ)金を引くだけ(ひとつ)で強大な魔法の力を、神の力を屈服させようとしている。大陸最強のシンの軍勢を、天才でも魔法使いでもないただの人間たちが、武器の力で打ち破ろうとしている。それはひどく危ういことのような気がする。例えばツギハギが行ったような、ただ一人で百万を殺す虐殺が武器さえあれば誰でも可能になる時代がくるのではないだろうか。

 いまはいい。この力をぶつける先があるから。シンの邪悪を打ち倒すためにこの力を使うことができるから。だけどシンが倒れたらその先は? 火薬と鉛で出来たこの兵器の力を、自分たちは正しく運用することができるのだろうか。

「まあ、あとの時代の話はあとの時代の人間が考えるか」

 ギ・リョクはぽつりと呟き、次の砲弾の装填を命じる。

「点火」

 狭い口から砲弾が吐き出され、ヤツマタの巨体が吹き飛ぶ。血霧が舞い散る。

 この世界に君臨する最大最強の魔法の力は、二十機の戦車砲の砲撃の前に脆くも敗れ去り、崩れおちた。



 その後も戦いは続いたが、草の国側の士気は低く、あまり激しい戦いにはならずに終息を迎えた。精神を直撃する砲撃の音と威力が草の国の兵士の心をへし折ってしまった。実際のところ弾薬はヤツマタへの対処のためにほとんど使い尽くされていたため、これ以上の砲撃は行われなかった。(開発されてはいなかったが)榴弾ではない砲弾の攻撃範囲は狭く、砲撃が続いたとしても火力的な意味での影響はそれほど大きくなかったのだが。

 それよりもヤツマタをも殺す未知の兵器に対する恐怖が与えた影響の方が大きかった。恐怖を最大限に利用するため、ギ・リョクは時々火薬だけの空砲を鳴らした。空砲の度に草の国の兵士達が体を竦ませる。恐怖が彼らを縛り上げる。時々実包を混ぜてやれば、さらに効果が大きかった。

 翅の国の軍勢は打って出てきた草の国の兵を大部分投降させて、南部領土に攻め入っていく。死傷者はそれなりの数が出ているが、総合すれば二頭のヤツマタと三万近い兵を失った敵の損害の方が大きい。とはいえここからさらに奥地に攻め入るには、河の国の兵と合流してからというのが望ましい。

(向こうの出方を待つのがセオリーだが)

 大部分の兵を休める。(順調に行ってるなら、あの喧嘩っぱやい河の国の王様が、こっちに遅れをとるなんてことがあるもんかね?)トラブルの可能性を考える。

 例えばこちらに繰り出してきた戦力が足止めのためのもので草の国は総力で河の国の軍勢に襲い掛かっている? 違う。それならばむしろ、二頭のヤツマタを割り当ててきた翅の国側にこそ「総力を割いた」側のはずだ。ローゲンか、スゥリーンか、はたまたシン自身がユ・メイと戦っているのだろうか。もしもシンがあちらにいるならば連絡があるはずだが。

 ギ・リョクの脳裏にシュウの顔が浮かぶ。あの腹の底の読めない小男。

 キ・ヒコと相談して、いくらかの兵をあちらに向けて斥候に出す。

「あっちはあてにできねえかもな」

 単独で軍を進める準備をする。



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