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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
十三章
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九十六話「決断と聖女」



朝。

元の世界に帰れると分かった以後迎えた三度目の朝。

リネリスの家の自室で差し込む朝一番の陽光を浴びながら目覚めた俺は、あれから悩んでいた事に対する答えが唐突に心の中で湧き上がっている事に気付いた。


〝元の世界に帰ろう〟


不自然な程自然に、寝起きと共にそう思わされた。

そうさせた原因は何なのか、それは分からない。

こじつけようと思えば幾らでもこじつけられると思う。

戦いが嫌だ、蔑まれるのが嫌だ、発展した文明が恋しい。

幾らでも、この世界になくて元の世界にあるものを挙げる事は出来る。

だが、そのどれかが原因かと言われればそういうわけではない。

ただ自分でも驚く程ストンと、〝あ、俺は帰りたいんだ〟と理解した。


二日間、上手く眠れずに悩み続けたのはなんだったのか。

この世界で生きてきた四ヶ月と少しは何だったのか。


色々と思うところはあるが、どれだけ考えても決めかねてしまう大きな物事を決断する時程、論理的なものではなく感情的なものが作用するのかもしれない。

そう、自分を納得させるしかなかった。

これ以上考えたところで、建設的な思考を組み上げられる自信がないしな。

とりあえず、顔を洗って目を覚ますか。



『キュイィ、、』

「あ、ごめん。起こしちゃったか」

『キュイキュイ』



横に眠るのは、俺と出会ったばかりの頃のサイズに戻ったキュイ。

あの日、ベルに預けて精霊域に置いて行こうと思ったのだが、キュイはそれを固辞し、連れ歩けるように魔力をベルに譲渡して体のサイズを調整し、俺に付いて来た。

キュイがその行動を選択した理由をベルに聞いてみたが、クスリと笑いながら〝秘密です〟と言われてしまった。


もしかしたら、俺がもう会えない何処かへ行ってしまう事を察知したのかもしれない。

そう思う事にしている。

無理に聞き出す事でもないし、俺ではキュイの言ってる事は大体しか分からないから。

まあ結果として、キュイが付いて来てくれてかなり助かっているんだが。




あの日、精霊域からベルの転移魔術で一気に王都まで送ってもらった後、ウルとメヒト以外は休息を取った。

激動の疲れを王城の一室でゆっくりと癒してから、今後の事についてゆっくり考えろというウルの計らいで守護者の少女の世話を任せてリビィと二人で久し振りのリネリスに戻ってきたが、、、。


パレードで腐愚民だと発表した事もあって、蔑みの声、理不尽な暴力。様々な問題に直面させられた。


蔑みの声は無視をすればいい話だが暴力は別だ。

中には致死性の攻撃を放ってくる人も居たから、無視をしていれば自分達の身が危うい。

そうなると自然、自分とリビィの身を守らないといけなくなってくる。

離れた位置から魔術を放って来ようとしてくる人の鳩尾辺りに発生させたエアバーストを破裂させては飛ばし、破裂させては飛ばし。

大した集中をせずとも同時に幾つも発生させて暴徒を撃退出来たのは、キュイの力あってこそだ。

キュイがいなければ、昨日まとめて襲い掛かって来られた時なんかは、数人攻撃の届く範囲に入られたんじゃないかと思う。

自分一人であればその範囲に入られようとなんら問題はないんだが、リビィを守らないといけない状況では話は別だ。

万全を期して、出来るだけ近付けさせずに処理する必要がある。


(警戒範囲を広げないといけない分、疲れは溜まるけど、、、)


リビィが怪我でも負ってしまえば後悔する事は確実だから、疲れるとは分かっていながらも全力を出す事を惜しまない。

必ず、怪我一つ負わせず守り通してみせる。












「ふわあぁ、、、おはよう~、、」

「おはようございます。リビィさん」


朝食を食べながら昨日より幾分かすっきりした頭で今日の予定を考えていると、リビィが寝ぼけ眼を擦りながらリビングへやってきた。

その姿が持つ不思議な色気に、自然と目が吸い寄せられる。


(露出があるわけでも、綺麗な凹凸が付いてる抜群のスタイルというわけでもないんだけど、、、)


どうしてこうも心が揺れ動かされるんだろうか。

琴線に触れたものの輪郭がはっきりとしない。


寝起きの無防備な美女の姿を眺める。

その役目を独り占め出来る俺は、中々に幸運なんじゃないだろうか。

対価として害虫を排除し続ける役目を請け負うくらい何てことない。

問題があるとすれば、同じ空間で暮らせているだけで満足していて全く関係に変化がない事か。

俺のような普通の男がリビィのような美女と付き合えると思っているわけではないけど、一つ屋根の下に暮らしていて何の進展もさせようとすらしていない自分は、中々に情けないなと思ってしまう。

かといって、どんな関係まで進みたいのかと聞かれると、明確な答えは出せないんだが。


俺は、リビィとどういう関係になりたいんだろう、、、。


せっかく悩みが一つ消えたのに、また新たな悩みが増えてしまった。



「どうしたの?あんまりずっと見られると恥ずかしいんだけど、、」

「あ、すみません。ちょっと考え事を」



危ない危ない、、。

せめて脳内フォルダに保存しておこうと、無意識にじっと見てしまっていた。

変態と思われて避けられるのは辛いから気を付けないと。



「、、、何考えてたの?」



ジト目で顔を覗き込んでくるリビィの視線が痛い。

心を読めるんじゃないかっていうくらい心情をよく言い当てられるから、下手な嘘はつけないんだよな、、、。

いっその事、正直に言ってしまおうか。



「寝起きのリビィさんが綺麗で見惚れてました。すみません」



素直に言ってしまうと、思いの外恥ずかしくないものだった。

一つも噛まずに、スラスラと褒め言葉と謝罪が流れ出る。

色気を感じて云々は、確実に距離を置かれる事になりそうだから言わないでおく。





「、、、馬鹿」





ポカンと口を開けた後、赤くなった耳を隠してリビィが一言そう零し、顔を洗いに行った。


(待て待てなんだ今のは可愛すぎるだろ、、、、)


普段持つ氷の結晶のような儚い美貌だけでも魅力が溢れてるのに、時折さっきのような可愛らしさも見せてくるから、それを向けられる側としてはあまり心臓が持たない。

つい、自分の事を好きなんじゃないかと錯覚させられてしまう。


(気を許してはくれてるだろうけど、、、)


好きになられてるなんて事、有り得ないんだけどな。

勘違いしないように気を付けよう。







「さ!行こ!」


何故か気まずい朝食を終えた後、リビィと一緒に家を出る。

今から向かうのは治癒院。

怪我をしてないのに訪れるのは、リネリスに着いてから、なし崩し的にリビィがそこで治癒師をする事になったからだ。



遡る事2日。

新しい世代として誕生した二体の精霊の内ケイミィはウル、メヒト、ミシェと。

リミィはリビィ、バオジャイと契約を結んだ。

俺も契約を結ぼうとしたんだが、何故かキュイが嫌がったせいで俺だけ治癒魔術を手に入れられずに帰って来る事になった。

何故だ、と考えても仕方ない。

素直に諦めて、とりあえずリネリスで治癒師の代わりをするというリビィの護衛に回ろうと、一緒に治癒院に行って巻き込まれたのが暴動だった。

なぜ腐愚民がこんなところに来たんだとか、英雄気取りがとか、何かあくどい手で国に取り入ってるに違いないとか、暴力を振るわれながら散々な暴言を吐かれたわけだ。

殆どが体のどこかしらを欠損している人ばかりなのに元気な事だなと思ったが、治癒師がおらず治癒魔術もない世界に取り残された絶望感に苛まれてつい苛立ちをぶつけてしまっているのだろうと考えれば、仕方のない事なのかもしれないと思えた。


だが、だからといって暴力を許容するわけではない。

全員問答無用で重力の負荷を上げて地面に縫い付け、その間にリビィに治癒魔術を行使してもらった。


すると、怪我人達の態度は一変。

嗚咽混じりに涙を流し、リビィの事を聖女だと拝み始めた。


患者達が正座で手を合わせて拝むのを止めさせながら、慣れない事をされて怯えるリビィを宥め、感動の余り襲い掛かって来る元気になった患者を排除するのは、中々に大変だった。

だがそれはまだ序の口。

噂を聞きつけた治療を諦めた怪我人達が治癒院に押し寄せて、結局一昨日も昨日も日が暮れるまで提供される魔力水を飲みながらリビィが治療を続ける事となり、その間ずっと護衛し続けるのは中々に疲労が溜まった。

まだ、疲労困憊というほどではないけど。


それでもまだ、度重なる騒動やそれに伴う暴動で増え続けていた怪我人達は数え切れない程居て、今日も今日とて治癒院にて治療を行う事になっている。

〝朝から晩まで休憩を幾度か挟みながら治療をしても、今のままのペースではセプタ領全土に散らばる怪我人の治療を終えるのは最低でもひと月見ておいたほうがいいだろう〟とは、治癒院の事務をしているデボンの言葉だ。

膨大な報酬を貰っているとはいえ、俺もリビィも流石にそこまで付き合う気はない。

ひと月後といえば重大なイベントがあるしな。

だが、いつまでもリビィや、同じように各地に散らばっているメヒトやミシェやバオジャイが治癒をし続ける必要はない。

何故なら、契約の泉へ魔力量の多い選ばれし魔術師達の部隊が向かっているから。

魔術師の数は120くらい、だったかな。

それだけいれば全員が契約に失敗するという事はないだろうし、契約の泉から帰ってくればリビィ達は解放されるだろう。

リビィ以外の三人は魔力水をがぶ飲み出来ないから、長時間拘束されているというわけではないけど。









「聖女様お待ちしておりました!」

「だから!その呼び方やめてください!」


到着した治癒院でリビィが珍しく吠える。

治癒魔術を行使している時のリビィは聖女と言うに相応しい見た目をしているのだが、当人は聖女と呼ばれるのが恥ずかしくて嫌らしい。

まあ確かに、崇められて泣きながら拝まれたら嫌に思う気持ちも分かる。

とはいえ、全員が同じようにすぐに手のひらを返すわけではなく、中には、〝腐愚民相手に感謝なんかしてられるか〟と言い捨てて治療後に出て行く人もいる。まあ、何故かそういう人は大抵外に出てすぐに悲鳴を上げる事になり、顔面蒼白で謝罪をしに来るんだが。

外で何が行われてるのか大体予想がつくけど、俺は一切干渉しない。

絶対に。

面倒事には関わりたくないんだ。

リビィを聖女と崇める信者達が関わっていそうな事には特に。




「汚ねえ腐愚民が触んじゃ───」


ドンッ───。


「ぐッ、、。くそがっ、、」




今日も今日とて、リビィの隣について騒がしい患者達を地に伏せ続ける。

最初こそ説得しようとしていたものだが、今では問答無用で重力魔術の餌食だ。

時間が勿体ないし、暴言を吐かせ続けてリビィの精神がすり減るのは避けたいからな。


何度も何度も重力魔術を使い過ぎて、人によってどれくらいの負荷までなら怪我に影響がなく押さえつけられるのかを一目で分かるようになってしまった。

出来るだけ争い事を避けていきたい俺にとってこの事実は喜ぶべき事なのかそうでないのか、判断しかねている。


押さえつけるだけで戦闘を避けられると考えれば喜ぶべきなんだけど、、、、。


まあ、あまり考えないでおこう。

今はただ、次々にやってくる患者の治療を続けるリビィをサポートするだけだ。



「頑張ってください聖女さ───リビィさん」

「ねえ。なんて?なんて呼ぼうとしたのケイト。ねえ」



治療の合間に激励しようと思ったら、盛大に地雷を踏んでしまった。

直前まで、治療をするリビィは本当に聖女のようだなと考えてしまっていたせいだこれは。

表情の抜け落ちてしまった暗い目が怖い。

怖いからあまり近付けないでほしいんだリビィさんや。



「次、その呼び方したら晩御飯抜きだからね」

「それは───」

「分かった?」

「、、、はい。気を付けます」



もう魔人域での生活にも慣れてるから一人で外食に行くくらいは出来るんだが、晩ご飯抜きの状態で落ち込んだ様子もなく外食に行ってしまえば確実にリビィの機嫌を損ねて、下手をすればこれからもずっと作ってもらえなくなってしまう。

外食とリビィの手料理。

どちらか選べるなら、確実に後者を選ぶ。

聖女と呼ばないように気を付けよう。




「それと。まだ敬語のままなの?」




どこか寂しそうに、リビィがそう言ってきた。

色々と慌ただし過ぎてすっかり忘れてしまっていたが、そういえば以前、慣れたらため口にするという話をした気がする。

忘れていた、という事はすぐため口に変更出来るわけはなく、、



「まだ、出来ればこのままで、、、。駄目ですか?」



リビィの無言が痛い。

いつでもため口を使えるようにと今日から意識すれば、一週間もすれば使えるようになると思うんだが、今日からすぐにというのは流石に難しい。



「帰るまでに直してね」



リビィが顔を背けながらぽそりと呟いた言葉は、耳を澄ませてぎりぎり聞こえる程度のものだった。

〝帰るまで〟

それが俺が日本に帰るまでの事を指している事は明白だ。

鈍感な俺でも、それくらいは気付く事が出来る。

流石に今日家に帰るまでの事を指しはしないだろうしな。


まだリビィに帰還を選択した事を伝えてはいないんだけど、いつの間に勘付かれてしまったのか。

既に勘付かれているとはいえ、その内ちゃんと伝えないとな、、、。

その時は、リビィがどうするのかも聞かなければいけない。

今はまだ、無遠慮に聞けるような決心が付かないけど。

この帰還と残留の選択は、俺とリビィにとって大きな意味を成すものだから。

そう簡単に、気軽に聞けるものではない。


何とか、刻限までに話をしないとな、、、、。


ぼんやりとそんな事を考えながら、次々やってくる患者の対応をし続けた。





















「聖女様、長らくご苦労様でした」


リネリスでの生活を再開して約二週間。

契約の泉に派遣されていた部隊が戻ってきて、俺とリビィは治癒師としての役目を終える事となった。


ちなみに、魔術師の部隊を契約の泉まで案内したのは、俺達と面識のあるあの男女の防人。

ベルが直々に集落に訪れ労ったところ、死人のようになっていた二人の防人は復活を果たし、今は以前のように契約者の案内を行っているとこの前手紙で知らされた。

勿論、ベルの口から一連の事件のあらましと、防人を手に掛けた人物はもう息絶えた事を伝えてもらっている。

それで防人の家族が屠られた事実が消え去るわけではないが、ほんの少しくらいは気持ちが晴れてくれているだろうと願う。

またどのみち精霊域へ行く時に会う事になるだろうし、その時に直接話してみよう。

過去を抉らない範囲で。



「こちら、王都のドルトン様より書簡を預かっております」



治癒院から出たところで、外に控えていた魔術師からウルからの手紙を渡される。

お互い忙しくあれから会えていないが、元気にしてるんだろうか。

手紙を届けてくれた魔術師に礼を言って、家に帰る途中、人気のないところで手紙を開封した。


そこには、今してる仕事の内容、一連の事件とそれに関する暴動が小康に向かいつつある事、それらの対応のせいで帰れない事などが業務連絡のようにつらつらと書かれていた。

そんな業務連絡が続いた後、時間を作れない事の謝罪や聖女の噂が王都まで届いて来ている事が───



「リビィさんストップストップ!!くしゃくしゃにしないでください!!」



聖女の噂について書かれている部分に差し掛かった瞬間に、俺から手紙を取り上げてくしゃくしゃにして遠くに投げ飛ばそうとするリビィ。

まだ重要そうな最後の数行を読めてないのに。


危ない危ない、、、。

どれだけ聖女呼びが嫌なんだ。





「半年はリネリスに帰る事が出来そうになく、王都に仮住まいを構えた、、、か」





いつでも訪ねられるようにと、スペアキーが同封されていた。

あれだけ王都に住む事を嫌がっていたのにどうやらそうも言ってられない状況に追い込まれてしまったらしく、仕方なく家を購入したそうだ。

少なくとも、手紙を書いた時点ではまだ一度も買った家に行けていないそうだが。

それどころか、どこでもいいと思っていたウルは場所と金額の要望だけを知り合いに伝えて適当に購入してもらったそうで、未だに住所以外、外観すら知らないらしい。


一軒屋らしいし王都だからそれなりに高いはずなんだが即決か、、、。


金持ちの金の使い方だ。

まあ、今の俺とリビィの貯蓄を合わせれば、王都の一等地の豪邸を買う事も悠遊出来てしまうんだが。

元々俺が持っていた貯蓄に加え、ディベノ封印の報酬、リビィの治癒師としての報酬。

それ以外にも細かい収入が色々と、、、。

どれくらいあるのか、正直なところ俺もリビィも把握出来ていない。

溜まる一方で、全然使えてないしな、、、。

少しくらい、贅沢な使い方をしてもいい気がする。

幸い治癒院での仕事は終えたし、これからは自由だ。

どこかに出掛けるか思い切って何かを購入するか。

どうしようか。




「ケイトが良ければだけどさ、今からウルの家片付けに行かない?」




手紙を最後まで読んだリビィが、そう提案してくる。

片付けなければならないような汚い家を買ったのか、、?



「こっちでは日本みたいに物件を掃除して管理する習慣がなくてね、不要な家具とかも前の持ち主が引っ越しした時のまま置いてあるの」



便利なような面倒くさいような、、。

それを今から片付けに行くという事か。



「綺麗にしてウルさんを驚かせましょう」

「それいいね!楽しそう!」



ギルドやよく行った市場なんかの思い入れあるの場所に行くのもいいかもしれないと考えたが、知り合いに会ったら忘れられていて傷付くだけだろうしやめておいた。

かといって家に籠りっきりになるのは時間を無駄にしてる感が否めない。

掃除するくらいが気分が紛れて体も動かせるし丁度いいだろう。


でも、もし記憶が残っているのなら。

マレッタと再会したかったな、、。

きっと、一度会ってしまえば余計なあれこれを言ってしまうだろうし、罪悪感に苛まれてしまうだろうけど。



「そうと決まれば早速──」

「あ、リビィさん。一度家に帰ってからでもいいですか?」

「いいよ。忘れ物?」

「そうです。ちょっと大事なものを、、」

「ふーん、、」



リビィがジト目を向けてくるが、誓ってやましいものではない。

ベルから帰還についての話を聞いた後、帰還を選んだ時の事を考えて書き始めた物語調の日記だ。

俺が今までこの世界で経験した事を書き記した伝記のようなもの。

見られて困るような内容ではないが、何となく見られるのは気恥ずかしいから誰にも言っていない。

勿論リビィにも。

日記を隠す為なら、リビィからジト目を向けられる事くらいは甘んじて受け入れよう。











「お待たせしました。行きましょうか」


結局、掃除道具なんかも持って行かないといけないという事で十数分、出発準備に時間を要した。

箒や雑巾やハタキ。

後はバケツとか埃を防ぐ用の布マスクとか。

埃だらけの場合を想定してゴーグルが欲しいところではあるが、、、。

まあ、何とかなるか。



















「げほっ、ごほっ!!す、凄いですね、、、」


時刻は昼過ぎ。

やってきた王都のウル宅は、埃塗れというわけではなかったが、それなりの期間放置された汚れが見られた。

咳き込んでしまったのは、扉を開けてすぐにうっかり息を吸い込んでしまったからだ。

来るまではちゃんと警戒出来ていたのに、、、。

外観が綺麗だったせいで油断した。



「|ほりあえふあおあけれう《とりあえず窓開けれる》?」



口元を布で覆ったリビィのもごもごとした声を何とか聞き取り、吹き抜けの構造を利用して飛び上がって、高い位置にある窓から一気に開けていき、上にいくように風を起こした。

そのまま風の流れを下から上へ調整すると、数十秒後には幾分か空気の悪さはマシになった、気がする。



「ありがとうケイト」

「いえいえ。それにしても広いですねここ」

「そうだね、、。リネリスの家より断然広いよ」



家に入るとまず、二十畳はありそうな大きなリビングが迎えてくれる。

入ってすぐの位置で上を見るとリビングの半分くらいの位置までが吹き抜けになっており、リビングの奥突き当りには二階に上がる階段がある。

階数は三、窓を開けながら数えた部屋数はざっと10以上。

お風呂やキッチン、トイレは別にしてその数だ。


ウル一人で住むにしても、俺達が一緒に住むとしても、あまりにも過剰過ぎる家。

王城から程近い、土地が高い位置にあるこのレベルの豪邸だ。

きっとどこかの有力貴族が過去に使っていたものなんだろうと推測する事が出来る。


(どうしてこんな家を、、、)


と思ったが、そういえば家を選んだのはウルじゃなかった。

一体どんな金額で依頼したのだろうか。

まあ、築年数や放置された期間はそれなりにありそうだから、その分は引かれているだろうけど。




「ケイト来てー!凄い大きなソファーあるよ!!」




いつの間に進んでたんだ。

リビング奥。

階段下にある扉の向こうからリビィが呼ぶ声が聞こえてきた。



「ソファというよりベッドですねこれは、、、」



凄い発見をしたと目を輝かせるリビィの視線の先には、座った状態で足をピンと伸ばしてもつま先すらはみ出なさそうな大きなソファが。

埃は被ってても穴が開いたり中綿が飛び出たりはしてないのに、こんな高価そうな物を置いて行くなんて勿体無い、、、。

ダブルベッドくらいの大きさだから、ただ単に運ぶのが面倒だったのかもしれないけど。


(これ、処分するかどうか迷うな、、)


他にも、この部屋には雑然と棚や照明、よく分からない謎のオブジェなど、様々な物が置かれている。

どうやら前の家主はここを物置きにしていたようだ。



「とりあえず一階から家具の仕分けをしていって、家の中を空にした状態で掃除していきますか」

「そうだね!念の為空の格納袋持ってきておいて良かったぁ、、」



掃除用具は全てリビィの格納袋に纏め、俺の格納袋と予備の格納袋は空の状態で持って来ている。

これなら不要な家具と必要な家具をまとめて仕舞っておけるし、汚れたり一部壊れたりしてるけど使いたい家具を、一気に家具の修理屋さんに持って行く事が出来る。

ダブルベッドサイズのソファなんか、格納袋に入れずに浮かせて持ち運ぶのは恥ずかしいしな。

見られたら確実に笑われる。


〝狂気!巨大ソファを運ぶ腐愚民!!〟


なんて見出しで風聞屋に書かれてしまう可能性もありそうだ。




「ケイト―!二階と三階には家具殆ど無いよー!」




物置きの大まかな片付けを終えて、俺はリビング、リビィには上階での家具の仕分けをしてもらっていたのだが、どうやら前の家主は家具を殆ど一階にまとめておいてくれたらしい。

上の階を見始めてものの十数分でリビィの声が降ってきた。


返事をして三階まで飛び上がり、リビィが不要だと感じた家具を俺が持つ格納袋へ収納する。

一階にある分で俺が必要だと思って置いておいた分は、入れ替わりでリビィに回収してもらった。


ここまでで約1時間。

お昼を食べてから来たからまだ体力にも時間にも余裕がある。

これは、このまま今日中に掃除し終わるんじゃないか、、?

そう考えたが、、、、




「疲れたあ、、」




家具を家具屋に持って行き、家に戻って掃除し始めて約2時間。

上から掃除し始めて、まだ三階部分すら終える事が出来ていなかった。

それもそのはず。

家具は全て取っ払ったと言っても、一部屋最低でも6畳はありそうな部屋を三階だけでも五つ、掃き掃除から拭き掃除まで全てやらなくてはいけないんだ。

そんなにすぐ終わるわけがない。

とはいっても、2時間動き続けていたから三階にある五つの部屋の内、大部屋の二つは掃除し終えた。

今日中になんとか、三階の掃除は終えられそうだ。



「ちょっと休憩しますか?」

「うーん、、。もうちょっと頑張ろうかな」

「じゃあ後一部屋終わったら休憩にしましょう」

「そうだね、、。頑張ろう!」



この後、休憩を挟んで何とか夕食の時間の前に三階部分の掃除を終える事が出来た。

一番先に掃除しなければいけない天井裏の掃除をしていない事に気付いたのは、外で夕食を食べ終えた後。

その頃には俺もリビィもヘトヘトで掃除を再開する気力はなく、明日の自分達に託す事にした。


きっと、朝から掃除を頑張れば一階部分まで差し掛かれるだろう。

ウルの仕事が落ち着くまでに、綺麗にしておかないと。

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