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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
十三章
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九十五話「取捨選択」



ミシェが生きて自分の足で目の前に立っている。

文字に起こせばただそれだけの事柄、情報。

だがその中には、様々な感情が含まれていた。

文字では書き表せない、様々な感情が。

それら全てを掻き消す程の疑問が先行してしまって、一つ一つを認識するのは間に合わなかったけど。

ベルがミシェを生き返らせてくれて、だから今目の前に生きて立っている。

それは分かる。

分かるが、どうしても心の中では〝何故〟〝どうして〟という言葉が溢れた。

夢、なんじゃないだろうか。

そう思う事が、正しいと思えてきた。



「ミシェ、、だよな?」

「うん。その通りだよケイト君」



発される声、浮かべる表情。

全てが俺の知るミシェのものだ。

あの日、体温の下がったミシェに触れて絶望し、もう得られる事の出来ないだろうと思っていたものたち。

ベルを信じていなかったわけではない、生命魔術を疑っていたわけではない。

それでも、一度亡くなったはずの人物が生きて目の前に立っているというのは、簡単に受け入れられる事実ではなかった。

自然、本当に生きているのかとミシェの体をぺたぺたと(まさぐ)ってしまう。



「ケイト君そういう趣味があったんだね、、」



不本意な勘違いをされている気がするが、気にせずミシェの体を弄る。

頭、顔、肩、腕、胴体、足。

全て、しっかりと感覚がある。

手がすり抜けるなんて事はない。

実体のあるミシェの体だ。



「本当に、生き返ったんだな、、、」

「疑ってたのかい?酷いなあ」



この飄々とした様子はまさしくミシェのものだ。

そうか、本当に生き返ったんだな、、、。

まだ、胸には違和感が残っている。

それでも、何とか理解する事が出来た。

あの日亡くなったはずのミシェが、生きて今目の前に居る事を。



「良かった、、、」

「感動の再会、だね」



安堵や感動。

様々な感情が綯い交ぜになって力が抜ける俺に、ミシェが何の感慨もない様子でそう言う。

どれだけ心配したと思ってるんだとか、ミシェが死んでどれだけ悲しかったと思ってるんだとか色々言いたい事があったのに、あまりにもいつも通り過ぎて、責め立てる事を忘れさせられた。

何となく締まらないが、これでもいいかと思わせられる。

ミシェに感動的なものを求めるのは無理があったな。





「ミシェ」






後ろからミシェを呼ぶ声が聞こえる。

肩越しに振り返ると、そこにはメヒトが居た。

表情は相変わらず読めない、が、きっと色々なものが胸中に浮かんでいると思う。

もっと色々ミシェと話したいところではあるが、ここはメヒトに譲ろう。

俺以上に、不安を抱えていただろうからな。



「調査書、有り難く使わせてもらったよ」

「それは良かったです。お役に立ちましたか?」

「そうだね。でも幾つか気になる点があったよ。まずは──」



そこから、メヒトからの淡々とした説教のようなものが始まる。

やれここはこういう書き方が良かっただの、やれこれが分かればその先にあるものの調査が出来ただの。

まるで小姑のような理詰めの説教だ。

せっかく生きて帰ってきたんだから再会の時ぐらいそんな細かい事いいじゃないかと思ったが、きっとメヒトなりの照れ隠しのようなものだろうと考えて口を噤んだ。

素直になれない者同士の師弟だからな。

素直同士の俺とウルとは大違いだ。



「──以上の点を次に生かしておいておくれ。出来るね?」

「分かりましたよ。し・しょ・う」



ミシェもメヒトのこの感じに慣れているのだろう。

特に怒る事もなく、いつも通りの慣れた様子で対応していた。



「なにはともあれ。よく、生きて帰ってくれたね」



メヒトが微笑んでそう言う。

少し、いやかなり意外だった。

聖都での事があったから、メヒトは感情を出すのが苦手なだけで心の中では様々な葛藤がある人だという事は知ってたけど、それでも感情を向けるべき相手を前にして素直に表に出せるとは思っていなかったから。

普段繕っているものを綻ばせてしまう程、ミシェとの再会はメヒトにとって大きいものだったのかもしれない。



「はい。師匠」



涙を一筋流して、同じように微笑むミシェ。

ミシェも、何の感慨もないと思っていたが我慢していただけだったのか。

全く、分かりにくい同士の似た物師弟だ。

お互いだけが分かり合っている感じが、少し羨ましく思えてしまったけど。



「生きた状態で会うのは初めてか。ウル・ゼビア・ドルトンだ」

「バオジャイ・システィオーナ」

「初めまして。ミシェです」



その後、リビィと少女とも挨拶を交わし、ひとまずは落ち着いて話す状況が出来上がる。

ミシェを連れて来た兵士は、気付かない内に部屋からいなくなっていた。

気を遣わせてしまったんだろうか。

連れてきてもらったのに、碌に挨拶も出来なかったな、、、。

また会う事があればお礼を言っておこう。



「まずは改めてお礼、ですね。みんなのおかげでこうして生き返れました。ありがとうございます」



俺の隣に座り、全員に顔が見える角度で礼を言い、浅く頭を下げるミシェ。

ベルに任せるだけ任せて精霊域を離れた身としては特に何かしたという思いはないんだが、何も言わずに受け取っておこう。

荷物扱いで格納袋に入れて運んだのは秘密だ。

せっかくしてくれてる感謝がなくなりそうだし。



「ベルの魔術で助かったっていう認識でいいんだよな?」

「そうだね。目覚めた後に聞いた話ではそういう事らしいよ。後数時間遅れてたり体が傷付いたままだったら危なかったかもしれないって」



意味のないように見えたメヒトのあの行動も、無意味ではなかったのか。

故意にやったのかただ自身の感情を満たす為だけにやったのか。

それは分からないけど、良い判断をしてくれた事を心の中でだけ感謝しておこう。



「あ、あと。残りの寿命が更に半分になったよ」



なんでもない事のようにぽろっと、ミシェが重要な事を言った。

ミシェの寿命は残り十五年くらいだったはずだ。

その半分という事は、残り七~八年。

30歳にもなれずに死ぬ事になる。

余りにも早過ぎる死のように思えた。



「蘇生の代償としては軽いものだね」



メヒトがこれまたなんでもない事のようにそう言った。

そんなものなのか、、。


受け入れられないという気持ちはあったが冷静に考えれば、本来起こるはずのない死者の蘇生という偉業を成すのには、寿命の半分くらい安い代償なのかもしれない。

むしろ、それだけの代償でよく生き返らせる事が出来たとベルを称賛するべきか。



「それ以外は大丈夫なのか?」

「悪い事はそれくらい、、かな」

「良い事もあるのか?」

「魔力量が何故か増えたんだよ。微々たるものだけどね」



何故増えたのかはベルも分からないらしい。

死者の蘇生をする事自体初めてらしいし、分からなくても仕方ない。



「ベルちゃんにお礼を言いに行かないと駄目だね!」

「あ!一番大事な事を忘れてたよ。ベルちゃんが伝えないといけない事があるから会いに来てほしいって言っていたよ。ケイト君とリビィちゃん、後はウルさんとバオジャイさんもだったかな」

「おや?私だけ精霊域へ連れて行ってもらえないのかい?」

「突然解剖したりしません?」

「ははは」



何故返答しないメヒトよ。

妖しい笑みに、不安が募った。








ベルからの伝言を聞いて仕事の調整をしに行ったウルの帰りを待って話し合いを行った結果、この場にいる少女以外のメンバーにキュイを加えて今から精霊域に行く事になった。

急な話ではあるが、仕事が山積みな状況では仕方のない事なのだろう。

今すぐに寝て休みたいというのが正直なところだけど。


今から行けば、急いで魔法陣を乗り継いだとしても精霊域に着くのは朝4時くらいだろうか。

みんな疲れてるからもう少し時間が掛かるかもしれないけど。

途中で寝ないように気を付けないといけない。

俺も、さっきから目を擦っているリビィも。



「バオジャイさん?」

「──ん」

「寝てましたよね?」

「寝てない」



バオジャイも要注意だ。

リビィを担いで移動する役だから、寝たら必然的にリビィも巻き添えを喰らう。


(自分の眠気と戦うので精一杯なのに、、)


眠くなさそうなウルとメヒトとミシェが羨ましい。

メヒトは目が細くて、起きてるのかいまいち分かり辛いけど。



「準備出来たか?行くぞ」

「はい」



割り当ててもらっていた部屋に少女を寝かせ、迎えに来てくれたウルと一緒に王城を出る。

今から向かうのはメヒトの家。

その後はメヒトの家の地下にある魔法陣でディベリア神聖国の一番端の教区の近郊まで行き、近くにあるという転移地下道の魔法陣で二回転移すれば、あの日ミシェを背負って行った古代遺跡に到着だ。

何とか、飛びながら寝てしまう程眠くなる前に到着する事を願おう。

















「まだ真っ暗だね、、」


メヒトの家で気持ち良さそうに寝ていたキュイを格納袋に入れてやってきたロントマルク近くの古代遺跡。

地上へ出ると、外は明かりが無ければ碌に進めない程に真っ暗だった。

体感としては午前3時くらいだろうか。

思っていたより早く着いた。

それと、それなりの距離を集中力を保ちながら飛んで来たからか、王城を出た時よりは眠くなくなってる。

ランナーズハイというやつかもしれない。



「先導します」



前に来た時に念の為目印としていたちょっと変わった形の木を見つけ、光石を入れたランタンを持ちながら先導する。

何の考えもなく出立してロントマルクに向かっていたが、よく考えるとこれだけの実力者達を先導するとは何とも不思議な気持ちになるな。

そこまで卑屈な性格をしてるとは思わないが、自分なんかが先頭に居ていいんだろうか考えてしまう。



「うわっと、、」



余計な事を考えていたせいでいつのまにか地面に接近してしまっていた。

危ない危ない。

飛行中の考え事は危険だとこの前学んだばかりなのに。

最後の目印を確認出来たからもう少しでロントマルクに着くのは間違いないし、しっかり気を引き締めて行こう。


(そういえば、、)


深く考えずにここまで来たが、こんな時間に突然訪れて中に入れてもらえるんだろうか。

見知った人物が入口に居てくれればいいんだが、、、。






「あ、見えてきました───」

「こっちだよ」


遠くにロントマルクが見えるというのに、メヒトは俺の腕を軽く、森のある方向へと引っ張った。



「ロントマルクへは入らないんですか?」

「森からでも、契約の泉への入口へは行けるからね」



そうか。

契約の泉へ行く時のスタート地点はロントマルクの出口だ。

わざわざ中を通らずとも、外からそこへ至る事が出来る。

入口を通らなければ出口へ行けないという固定観念が邪魔をして、そんな事に気付けなかった。







「キュイ君を出してくれるかい?」


辿り着いたロントマルクの出口。

誰もいないそこで、メヒトの指示通りに格納袋からキュイを出す。

何度見ても、格納袋の何倍ものサイズのあるキュイが出てくる姿は違和感が凄い。

最初よりは、幾分か慣れたけど。



「困ったね、、」



森の入口、契約の泉までの道が出ていない草花の上に降り立ったキュイを見て、メヒトがそんな言葉を零す。

何が困ったんだろうと考えたがそうか。

防人もベルもいない状況では、契約の泉へ向かえないじゃないか。

メヒトはキュイが居れば道が分かると踏んでいたんだろうが、残念ながらキュイにはそんな能力は無かったようだ。

残された手は、一か八か防人を探すか、防人が食料の受け取りに来るという日を待つかのどちらかしかないか、、。

それか、来るのが遅いのに気付いてベルが迎えに来てくれるのを待つか。

どれも、いまいちな考えに思える。

どうしようかな、、、。






「ケイト。ローブ光ってない?」

「え?」






ローブが光る?

そんな馬鹿な、、、と思ったが本当に光っていた。

真っ暗だからこそ分かる程度の淡い光だったが、確かにローブの左胸の辺りが光っていた。

確かこの光ってる部分の内ポケットには、、、



「、、あった」



内ポケットには、家に初めて行った時にベルから貰った栞が入っていた。

ベルの魔術で作り出した花を押し花にして作った栞が。

もしやと思い栞を持ったまま森に近付くと、道が出来ないながらも森の暗闇の中へと一条の光が差した。

おそらく、この光の指すほうへ向かえば、契約の泉に着くのだろう。

本来の役目ではなくお守りとして持っていた栞がこんな場面で役立つとは、、、。

修復してもらった後のローブにも変わらず入れておいて良かった。


(後問題なのは精霊域へ渡る方法だけど、、)


それは何となく、大丈夫な気がする。

精霊域へ渡れないのにベルが呼び出すとは思えないから。

どうやって渡るのかは、契約の泉に行ってから考えよう。












メキ──メキメキメキ────。



辿り着いた契約の泉のある大樹。

栞を直接押し当てると幹が開いたが、ベルと来た時のような水の膜が張る事はなかった。

大丈夫。

まだ想定内だ。

俺の予想では、、、



「ベル。聞こえるか?」



全員が洞に入った事を確認し、契約の泉に触れてベルに語り掛ける。

上手くいくかは分からないが、魔人域にあるものの中で精霊域に干渉出来るのはこれだけだから、これに頼る他ない。





⦅精霊域へお連れします。そこを動かないでください⦆


「誰の声?」

「ベルです」

「ベル?」

「あー、えっと。初代精霊王の転生体です。安心してください」

「ん」





脳内に響いたベルの声に警戒心をあからさまにしたバオジャイを宥める。

メヒトも声を聞くのは初めてのはずなんだが、頭の中に突然声が響いてよく表情を一つも変えなかったな、、。

無表情もここまでいくと名人芸だ。



「ほう、、。これは美しいね」



そんなメヒトでさえ感嘆の息を漏らしたのは、契約の泉から湧き上がった水が、空中で魔法陣の形を成す様子を見たから。

磁石に吸い付く砂鉄のように空気を撫でて空中に精巧な魔法陣が形成されていく様は、中々に壮観だった。

つい見入ってしまい、精霊域へ転移していたのに気付けない程に。





「遠くまでありがとうございます。えっと、自己紹介が必要ですよね、、。初代精霊王でもありこちらのフレーメルさんの娘でもあるベルです!」

「バオジャイ・システィオーナ」

「メヒト・ヴィルボーク・フィオだよ。初めまして、精霊王殿」





あれから数日経っているが、ベルは変わらずベルのままだった。

もしかしたら精霊王の魂に侵食されてたり、突如増えた記憶によって性格が変わってしまってるんじゃないだろうかと心配していたが、杞憂に終わったようだ。




「ケイトさん」




じろじろと観察するメヒトから逃げて来たベル。

改めて、視線の高さが対等である事に何だか感慨深くなった。



「本当に、ありがとうございます。それと、ごめんなさい。この世界の事情に、たまたま異世界から来ただけのケイトさんを巻き込んでしまって」

「いや、戦わなかったら俺も死んでたからな。それに、気持ちはもうこの世界の住人だよ。まだ元の世界に帰る手掛かりすら見つけられてないし」

「あ、それです!その事について話したくて来てもらったんです!」



申し訳なさそうにしていたベルの表情がパーッと明るくなる。

〝その事について〟というのは、俺が元の世界に帰る方法についてだろうか。

もしそうなら、すぐにでも知りたい。

知りたいが、知れると思うと途端に緊張してくるのはなんでだ、、。

知らないほうがいいのかもしれないとさえ思ってしまっている。



「実は──」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」



話し出そうとするベルを、ほぼ無意識で止める。

まだ何の話かどんな話か聞いたわけではないが、心の準備が必要だ。



「すぅー、、はあー、、、」



ベルに向かって制止の手を向けたまま、大きく三回、深呼吸をする。

まだ鼓動はうるさいが、幾分かマシになった。

これで最後まで聞く事が出来る。

多分、きっと、おそらく、、、。



「聞かせてくれ」

「は、はい」



理不尽な催促をして、ベルの話に耳を傾けた。





「精霊王の記憶、力が沢山あり過ぎて分かるまでに時間が掛かったんですけど───」





〝異世界から来た人達を、元の世界に戻す事が出来るみたいです〟

ベルが緊張の面持ちでそう続けた。


つまり、俺が日本に帰る事が出来る。

という事で合ってる、、、、よな?


今まで手掛かりすら全く得られなかったのに、突然そんな事を告げられても素直に信じる事が出来ない。

いや、ベルがそんな嘘を吐く事はないというのは分かっているんだが、それでも本当だろうかと疑ってしまう程に、齎されたものはあまりに突飛なものだった。



「──ケイトさん?」

「ああ、ごめん。ちょっと受け止めきれなくて」

「嬉しく、、、なかったですか、、?」



しょんぼりした様子で、ベルがおずおずと尋ねてくる。

きっと、喜んでもらえるだろうと思って精霊域に招待してこの事を伝えてくれたんだろう。


帰れるというのが喜ばしい事実だという事は理解出来ている。

だが、それがどうにも感情に反映されない。

そのせいで、せっかく良かれと思って教えてくれたベルを落ち込ませてしまった。



「いや、嬉しい。嬉しいんだけど唐突過ぎて、、」



纏まりのつかない心情を、そのままベルに伝えた。

気遣って全力の笑顔で〝嬉しい、ありがとう〟と伝えたい気持ちはあるが、残念ながらそれを実行する余裕を今は持ち合わせていない。



「どうやって異なる世界へ人を運ぶんだい?転移かい?それとも体以外の魂のみを運んで向こうで新しく生命体を構築して───」



俺が口篭もって出来上がってしまった気まずい静寂は、空気を読まないメヒトの質問攻めによって打破された。

いつもなら空気読んでくれよと思うが、今回ばかりは助かった。

迫られてベルがたじたじになっているけど、今は助け船を出さずに自分の脳内を整理する事を優先させてもらおう。

このままでは、続けられるであろう帰る方法なんかも上の空で聞いて理解する事が出来ないだろうから。




「ケ、ケイトさん助けてください」




ゆっくり考える時間は、与えてもらえなかった。

幾分か心の整理がついたところでベルに救いを求められてメヒトを引き剥がす。

なんで誰も助けてあげなかったんだと思ったが、リビィは俺と同じく動揺を浮かべていたし、それ以外はいつもの事だと呆れた様子で見守ってたから、俺に助けを求める事になったのも仕方ないか。

怒涛の質問をしながら詰め寄っていたとはいえベルに実害があったわけではないし、わざわざ止める程でもないと判断したんだろう。

それでいいのか三賢者。



「ごめん。もう落ち着いたから大丈夫だ。どうやって帰れるのか、聞かせてもらえるか?」

「は、はい。使うのは〝空間〟〝記憶〟〝時〟の三つの魔術です。これらを使って、今の体のまま転移してきた日、日付けが変わったばかりの時間に戻る事が出来るみたいです」



曰く、老いない腐愚民だからこそ出来る手法らしい。

元の世界に転移するのではなく、時間の波を逆流してこっちに来た日の0時まで〝戻る〟

二世界間へ道を作るわけじゃなくて、俺と過去の俺の間に元々ある俺だけの時空を使うそうだ。

イメージとしてはタイムリープのようなものが近いだろうか。


もしこの世界で生まれた不老の存在がいたとして、同じ事をいくらやったとしても地球には行けないそう。

行けるのは、自分の過去だけ。

年を通常通り重ねる人は、過去に行く事すら叶わない。

複雑で難しい話だが、ベルの話をまとめるとそういう事らしい。


この世界から姿を消し、日本であの日の朝から再スタートするという事だな。

話を聞いて頭の中で纏めている内に、徐々に落ち着いてきた。





「でも、問題があるんです」





ベルが申し訳なさそうに、ぽつりとそう零した。

そんな凄い事が何の対価も払わずに出来るとは初めから思っていない。

問題は、その対価が何なのか、という事。

ミシェを生き返らせた時のように、寿命が削られるんだろうか。






「記憶を、初めから終わりまで繋がったひと月分しか持って行けないんです」






(記憶を、、?)


何となく分かるが、同じように何となく分からない。

顔に疑問符を浮かべていた俺を見かねて、ベルが説明してくれた。



「えっと、時空は無重力の空間だと思ってほしいんです。元の世界に戻るというのは、その無重力の空間でケイトさんを〝今〟という地点から〝過去〟という地点へ押し戻す行為なんです」

「えーっと、、」



まだ頭が整理し切れてないみたいだ。

分かりそうなのに分かる事が出来ない。



「つまり、こういう事だね?」



そう言ったメヒトが、魔術で自分の前の空間の重力をゼロにして、浮かべた拳大の石をそっと押す。

すると、その石は押された時の勢いのままゆっくりと進み、無重力空間を出た瞬間に地面にぼとりと落ちた。



「押し出した地点が〝今〟。落ちた場所が〝過去〟という事じゃないかな?」

「それです!凄い!ありがとうございます!」



メヒトの簡易実験のようなものを見て漸く理解する事が出来た。

分かり易い。



「それで、えっと。本来であれば、時空ではさっきの石のようにどんなものであっても浮く事が出来るんですけど、記憶だけは例外なんです。記憶を全て持ったままだと浮かぶ事が出来なくて、過去にも戻れないんです」

「でも、ひと月分だけなら記憶を持ってても浮かべるし過去にも戻れるって事か」



つまりは、記憶は時空の中で唯一重さを持つという事。

無重力空間というよりは、水の中をイメージしたほうが分かり易いだろうか。

何もない水着だけの状態なら浮かべるし流されるし泳げるが、記憶という重りをつけた状態では多少は進める人もいるかもしれないが目的地までは辿り着けない。

そして、ひと月分の記憶というのがおそらく目的地まで問題なく泳いで行ける程度の重りという事だろう。

昔、手足にそれぞれ2kgの重りを巻いて泳ごうと挑戦した事があるが、あの時の感覚に近いのだと思う。

溺れかかって助けてもらったのは恥ずかしい記憶だ。



「それと、記憶は最初から最後まで繋がってるものじゃないと駄目なんだっけ?」

「はい。例えば、今日までの記憶を残したい時は、ひと月前から今日までの記憶しか残せません。一日だけそれ以外の別の日の記憶を残したいとかも出来ないんです」



なるほど。

地球基準で言えば、一月の記憶が欲しければその分を、二月の記憶が欲しければその分を、という事か。

当然この世界に来てから一ヶ月以上経ってるし、俺はどこかを選択しなければいけないわけだ。

色々とあり過ぎて、どこかひと月だけを切り取れと言われると中々難しい。


ちなみに、物品は分厚い本一冊程度の重量であれば持って行けるらしい。

それは時魔術と空間魔術の応用で人を過去に戻すよりも簡単なんだとか。

つまり、日本に戻る事が出来るが、持って行けるのはひと月分の記憶と分厚い本一冊程度の重量の物、という事か。

シビアだとも思えるし、これくらいの対価で戻れるのかとも思える。

明確な価値がない分、判断が難しい。

だがきっと、そう思えているのは、俺がこの世界で暮らした時間が長くないからだろう。

先程から話を一つ聞く度に深く考え込む様子のリビィにとっては、大き過ぎる代償なのかもしれない。

過ごしてきた時間も、思い出の数も、俺とは違い過ぎるから。


ミシェははなから帰るつもりが無いらしく、ただ興味本位のみで聞いてるといった様子だ。

永住するつもりで半魔人にまでなったんだもんな。

今更帰りたいとは思わないのだろう。


(、、、ん?)


ちょっと待てよ。

生命魔術の〝変質〟ならもしかして、、



「ベル。俺を生命魔術で魔人に変える事は出来るか?」

「出来る、、には出来ます。でも、お薦めはしません」

「理由を聞かせてほしい」

「魔術を使えば使う程老いる不完全な魔人になってしまうからです。使える魔力は生命の素になっている魔力だけです。回復も出来なくて、それが尽きれば死んでしまいます」



生命の素になっている魔力とは、メヒトが以前教えてくれた、腐愚民を不老たらしめている謎の膨大な魔力の事だろう。

膨大という事はそれなりに魔術を使っても死ぬ事はないんだろうが、魔力がなければ不便な魔人域で生きていこうと思えば、持って数年といったところだろう。

まあその点は、文明の進んでいる武人域や獣人域で生活すれば解決する事が出来るが。


魔力分の命しかない魔人となるか、少量の思い出と物品しか持って行けない日本へ行くか。

もしくは現状のまま、魔人域が腐愚民を受け入れるのを待つか。

元より帰りたいという思いがあった俺は、まだ決めてはいないけど日本への帰還を選ぶと思う。


だが、リビィはどうだろうか。

今のリビィの様子は、とても平静を保てているようには見えない。

焦って本来望んでいない答えを言ってしまいそうな危うささえ感じられた。


どのみち、俺も今は決められていないし、すぐにタイムリープさせると言われても拒否すると思うから、出来るだけ考える時間が欲しい。

猶予は、どれくらいあるんだろうか。




「明日から数えて30日目。その日、時空が安定するので過去に繋げる事が出来ます。必要な魔力量が多過ぎるので、僕の魔力を全て使っても二人までしか送れません」




ちなみに、この機会を逃せば最低でも三年は待つ必要があるらしい。

たまたまひと月後で定員も偶然二人でって、何というか上手く出来過ぎているな。

まあ、他に帰りたいと言っている人に心当たりはないし、二人で問題はないんだが。


武人域は奴隷制度が無いそうだから、理人達は一部に蔑まれようともそれなりに暮らしているだろう。

わざわざ気にして全員に確認を取っていたら、一ヶ月では到底時間が足りない。

だから、理人達は大丈夫。

そう考えるしかないんだ。

こんな時くらい、利己的な考えでいこう。



「それまでに沢山思い出を作ろうよ、ケイト君」



何故ミシェは俺が今日からのひと月の記憶を残すと確信しているんだ。

まだ帰るかどうかすら悩んでいるというのに。



「リビィちゃんも、、、リビィちゃん?」

「へ!?あ、ごめん。ちょっとボーッとしてた」



視線を落として考え込んでいたリビィが、ミシェに顔を覗き込まれて、漸く思考の渦から復帰した。

見えた表情には、隠し切れない靄がかかっている。



「リビィちゃんは日本に帰るの──」

「そ、そんな事よりさ!ベルちゃんにお願いがあるの!」



強引な話題転換。

全員がその事に気付き、そして目を逸らした。

ここは、リビィの意思を尊重してあげようと。



「お願いですか?」

「うん!治癒魔術が無くなって大変な人が沢山居てね、もし出来ればなんだけど、治癒魔術の精霊を生み出してもらえないかなって」



強引な話題転換ではあったが、その内容は現状にそぐうものだった。

これなら、違和感なく乗る事が出来る。



「分かりました」



微笑んで、あっさり了承したベルが祈るように両手を組んで瞑想する。

まだ何もしていないのに、ベルを中心として渦巻くように柔らかく風が吹き始めた。

その様子は、神々しく、美しい。


(まるで聖母みたいだ、、、)


自然と、そう思わせられた。




「 〝おいで。癒しの子らよ〟 」




一言呟いたベルの手から間接照明のような柔らかい白光が浮かび上がり、中空で二つの光の球に分裂して、ふよふよぐるぐるとベルの周囲を飛び回った。

どこか、親に甘える子供のように見えるのは気のせいだろうか。





『『ピィーー!!!』』





光の球が〝パンッ〟と音を立てて弾け、半透明の二対の羽が生えたピンクと水色の幼竜が出現した。

キュイと同じような鳴き声の高さだというのに、キュイとは違ってキンキンと響く。

何となく、産声のようにも聞こえた。





昇る朝日と共に生まれ落ちた二体。


水色の幼竜の名前は〝ケイティ〟

ピンクの幼竜の名前は〝リミィ〟


新世代を台頭する者達として、ベルたっての希望で、俺とリビィの名前を捩って名付けられた。

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