九十四話「腐愚民としての景色」
「英雄だ!英雄のお出ましだぞ!!」
「きゃー!ドルトン様ー!!」
「「「システィオーナ!見えてねえぞー!!」」」
「あ゛あ゛!?」
「「「すんませんっしたああああ!!!」」」
聞こえる声、繰り広げられるやり取りに頬が緩む。
今俺がいるのはシルム王国王都。
大通りを人混み掻き分け進む馬車に、リビィ、ウル、バオジャイ、メヒトと一緒に乗り、群衆の歓声に応えている。
馬車とは言っても移動する為だけのものではなく、人力車の客席の屋根が無いバージョンのような、所謂偽装馬車というやつだ。
「凄い人だね、、」
「そうですね」
何とかウルの陰に隠れようと試行錯誤しているリビィの言葉にぼんやりと返答する。
声を発しながらも、俺は聖域での戦いを終えてから今日までの三日間の事を考えていた。
ディベノとの戦いを終え、俺達は遺体をそのままに、生存者を回収してひとまず王都へ向かう事にした。
遺体をそのままにしておくのは、事件の説明、現場の検証をスムーズに行う為。
下手に動かしたり焼いたりして正当防衛だったという事を証明出来なくては拙いしな。
「罰は、なんなりと」
初めに迎えに行ったシェリルの第一声がそれだった。
武装を解いて自身の横に纏め、正座をして目の前に懐刀を置いてある。
着ている服が白一色という事も相まって、切腹をする前のように見えた。
実際、シェリルはそうするつもりなのかもしれないが。
「ウルさん、、」
「そんな目をするな。罰を与える気はない」
「僭越ながら、意見を述べてもよろしいでしょうか」
「ああ」
「どんな事情があったとて、私は守護者、神王様の殺害を幇助し、実行犯であるフェリアに付き従ったという罪があるはずです。何も罰を与えないというのは、ウル殿の首を締める事になるかと」
せっかく許してもらえたんだからいいじゃないか、と思ったが、そう簡単なものでもないのかもしれない。
シェリルは自由奔放に見えて主君への忠義が厚いし、自身に厳しい。
ディベノの封印により洗脳が解けた今、意思関係なくさせられた事であっても、主君以外に仕え、大罪の幇助をした自分を許せないのだろう。
腹を切れと言えば、すぐにでも嬉々として切ってしまいそうな危うさが感じられる。
「全て、クラムドとディベノのせいにすればいいだろ?実際そうだしな」
「そうだね。信じてもらうのは中々に難しいかもしれないけれど、それが一番丸く収まると思うよ」
「ん」
それが、三賢者の意思だった。
ディベノは封印され、クラムドは息絶えた。
真犯人がいなければ、事態の終息も早いだろうという考えだ。
まあ、真犯人がいないからこそ、それが一番難しい気もするけど。
その辺りは俺が口を出す事じゃないし任せるしかない。
「ですが!何も罰則がないというのはッ!」
シェリルが声を荒げる。
何の抵抗もなく従ってしまった事に対する怒りや悔しさからか、歯がぎりぎりと軋ませられている。
口の端からは血が垂れていた。
「そこまで言うのなら仕方ない。立てシェリル」
「はッ!」
「手を頭の後ろで組め」
頭の後ろで手を組むと、シェリルの綺麗に割れた腹筋がちらりと見えた。
下はショートパンツのようなもので、引き締まった足がさらけ出されている。
少し、目のやり場に困るな。
「【全装獣化:ロル・ロンドルフ】」
ウルから耳打ちをされたバオジャイが、半獣へと変貌を遂げる。
そして、その場で足をバネのようにして勢いを付け、シェリルの腹部に突きを放った。
衝撃を余す事なく伝える、常人であれば死んでしまってもおかしくないような威力の突きを。
実際に食らったわけではないのに、ついお腹をさすってしまう。
「ウル、、、殿、、」
「俺から与える罰は以上だ。後は陛下に指示を仰ぐ」
「承知、、しま、、し、、、た、、」
一撃で気を失い、獣化を解いたバオジャイに倒れ込むシェリル。
ぽとりと垂れた唇から流れ出た血が、数滴地面に落ちた。
(相当鍛えていそうだったシェリルを一撃で気絶させられるんだなバオジャイは、、)
手加減しているようにも見えたが、気のせいであると願いたい。
「バオジャイ、そのまま頼めるか?」
「ん。任せて」
気絶したシェリルの装備は、必要そうなものだけ着せて残りは格納袋へ仕舞う。
シェリル本人はバオジャイが背負っていく事になった。
背負う側のほうが小さいのに、不安定さは感じられない。
「次へ行こうか」
「ああ」
次に行くのはメヒトが戦っていたという岩石地帯。
大量の死体が転がってるから付いて来ないほうがいいかもしれないと言われたが、どこで待っていたらいいかも分からないし付いて行く事にした。
移動中は、出来るだけ時間が掛からないように飛翔の魔術を使う。
飛べないリビィは、キュイの背中に乗せておいた。
大きくなったからこそ出来る芸当だ。
キュイなら落ちる心配もないし、万が一落ちたとしても着地する前に救出出来るだろうしな。
「やあ、アルカディック君。大丈夫だったかい?」
「はい。おかげさまで」
到着した岩石地帯に居た生存者はたった一人。
それに対して死者は29名。
〝死屍累々〟
その言葉がぴたりと当て嵌まる様相だった。
だというのに、吐き気を催す事もその場から逃げ出す事もせず、多少の情動のみでアルカディックとメヒトの会話に耳を傾けられている自分がいる事に気が付いた。
慣れてしまったのか、見知らぬ人達だから心が動かされないのか。
どちらにせよ、自分が人の心を失いつつあるようで少し怖い。
このままこんな生活を続けていけば、その内自分の手で人を殺める事に抵抗を覚えないような人間になっていってしまうんだろうか。
出来る事なら、そんな将来は避けたい。
(平穏に暮らしていけば避けられるかな、、?)
そもそも知らず知らずの内に巻き込まれている事のほうが多いから、平穏に暮らしていける保証はないけど。
下手にフラグを立てたら、また回収されてしまいそうだしな、、、。
ああ、平穏の確約された世界へ行きたい。
一番マシだと思えるのは日本だけど、帰り方が分からないからどうにもしようがない。
落ち着いたら、戻る方法を調べる事に時間を費やそう。
幸い、古くからの記憶のあるベルもいるし、異常なまでに頭のいいメヒトもいるしな。
二人に頼れば、手掛かりくらいは掴めるんじゃないだろうか。
(出来るだけ大変じゃない方法で帰れたらいいなあ、、)
ぼんやりと、そんな甘い考えを抱いた。
遠い故郷を想って。
「念の為確認なんだけれど、君以外に生存者は居たかい?」
そろそろ岩石地帯を去ろうかという頃、メヒトがアルカディックに尋ねた。
「ははは。居ない事を一番理解しているでしょうに」
何が面白いのか、アルカディックは笑いながら答えた。
この人はサイコパスなんだろうか。
面識のある人も死んでいるだろうに。
それに、メヒトを恨む様子もない。
よく分からない人だな。
まあ、よく分からないという点ではメヒトも一緒なんだけど。
そういえば、ミシェも似たような感じかな?
「後は魔法陣の間にいる聖魔術士だけだね」
「神属の社へ確認はしに行かなくていいのか?」
「下手をすれば時間が掛かり過ぎる可能性があるからね。やめておいたほうがいいと思うよ」
特に反論があるわけでもなく全員でメヒトの指示に従い、転移魔法陣のある宙に浮いた建物に居る聖魔術士達を回収して聖域を去る事になった。
通る時に見向きもせずに適当にあしらったけど、恨まれてないだろうか。
三賢者が揃っている今の状況では、恨まれて攻撃を仕掛けられても怪我をする可能性すら微塵もないんだが、出来る事ならもう戦闘は避けたいからな。
平穏無事に、魔人域へ帰りたい
───そしてその願いは、望まない形で叶えられる事となった。
「こっちも駄目だ」
「こちらも駄目ですね。生き残っているのは数人だと思います」
辿り着いた中空の転移魔法陣。
そこには、手を下した覚えのない死体が幾つも転がっていた。
生きていたのは三人。
その内の二人は俺が気絶させたまま、まだ意識を戻していないようだ。
(ここに居る人以外の誰かが襲ってきたのか、、?)
そう考えたが実態は違うようで、、、。
「自害、、ですか?」
「ああ。大方、洗脳が解けた事により、自分達が犯してきた罪を理解して耐え切れなくなったんだろう。シェリルと違い、こいつらの精神は鍛えられていないだろうからな。あの二人を気絶させたのはお前か?」
「そう、、、ですね」
「そうか。あの二人はお前に命を救われたようなものだな」
意識が戻っていればほぼ間違いなく自殺していた。と、ウルが付け足した。
きっと、繰り広げられていた光景に愕然としている俺をフォローしようとしてくれたんだと思うが、正直なところ素直に喜ぶのは難しい。
たまたまこういう結果になっただけで、救おうと思って救ったわけでもないしな。
それに、圧倒的に死んでしまっている人のほうが多いのも素直に喜べない要因の一つだった。
同じ様に気絶させていれば、もしかしたらもっと多くの人を救う事が出来たんだろうか、、、。
今更考えても、どうにもしようはないんだが。
その後、転移した先の聖魔の社でも同じ光景が広がっていた。
生存者は二名。
一名は気絶している。
気絶している計三名は、俺とウルとアルカディックが背負って運ぶ事になった。
気絶していないが生きている二名は、虚ろな目をしながらも自分の足で立ってるから、簡単な拘束だけして自分で歩いてもらっている。
歩くスピードは中々に遅いが、二人以上担ぐのはしんどいし我慢しよう。
どうしても急がないと駄目な状況になったら、獣人域の時のように、何かに入れて飛んで運ぶのでもいいかな。
そんなあれこれを考えながら、先導してくれるメヒトに、全員で付いて行った。
生存者を回収して王都へ向かう途中、俺達は異変を探る為に聖域に行く途中だったというシルム王国軍に捕まり、簡単な事情説明の後投獄された。
それが、あの日、ディベノとの戦いの後に起こった出来事。
今はこうして解放されているからいいんだが、何度も同じ説明をしたり聖域に行って現場で実演をしたりと色々大変だった。
ちなみに、キュイは聖魔の社を出た時点で必要な道具と食料を持たせてメヒトの家へ向かわせている。
捕まって実験でもさせられたら可哀想だからな。
あそこなら、人目につかずにいられるだろう。
「お兄ちゃん」
「どうかした?」
袖を引っ張られ、足元から掛けられる声に反応して視線を落とす。
そこに居るのは、俺の足元で三角座りをする守護者の子供。
実は、俺達の無実が証明されたのはこの子のおかげだったりする。
あの日、神属の社に居たこの子は、物陰でクラムドと聖魔術師が守護者と神王を手に掛けるのを見ていたらしい。
現場検証に行った時にこの子の存在を確認し、ウル達が無実である事を証明してくれ、俺達は釈放された。
あれがなければ今も牢に入れられていたかもしれないし、厳罰に処されていたかもしれない。
なんせ、神王殺しの嫌疑を掛けられてたからな。
俺なんて、現場検証の時ですら神属の社に入ってもいないというのに。
証言してくれた事に報いたいという俺達の思いを伝えると、この子が提案してきたのが聖域以外の場所も見てみたいというものだった。
その一環として、今日はパレードに付いて来ている。
あまりの人の多さに驚いて、ずっと俺の足を抱き締めて隠れているが。
ちなみに、女の子という事は分かっているんだがどうやら守護者は成人するまで名前を与えてもらえないらしく、未だにこの子の名前を呼べずにいる。
成人するのはあと十年くらい先らしいし、聖域以外に連れ回す期間として他の守護者に許してもらった一か月の間に名前呼びするのは叶わないだろうな、、、。
まあ、困るかと言われればそこまで困らないんだが。
「お兄ちゃん顔色悪い。大丈夫?お腹痛い?」
「大丈夫だよ。ありがとう」
上目遣いで心配してくれる子供というのはなんと可愛いものか。
自然と、頭を撫でてしまう。
上目遣いといっても、大人の守護者同様、鼻の先辺りまでベールで隠れているのだけど。
「腐愚民が見下ろすなー!」
「そうだそうだ!!英雄に近付くなー!」
俺の顔色が悪くなったのは、これらの野次によるところが大きいと思う。
世界を巻き込む異変に怯えて暮らす民達を安心させる為だというこのパレードを行うにあたって、僅か半日ではあるが俺達は色々な話し合いをした。
どこまで正直に民衆に話すのか、俺とリビィは参加するのか、誰の責任にするのか。
話し合いの後、パレードの数時間前に大々的に発表された一連の事件のあらましはこうだ。
〝フェリア家当主が邪悪な亡霊に憑りつかれて体を操られ、独断で自国の民と神王と守護者。それ以外にも多くの者達を殺害し、神の力を手に入れようと世界まで混沌に陥れようとした。だが、三賢者と第零部隊、復活した初代精霊王とその眷属、眷属の力を借りた腐愚民によって敵は討伐され、邪悪な亡霊は封印された〟
一部虚偽はあるが、殆どが事実の通り。
馬鹿正直なのも良くないとか、全部三賢者と精霊王のおかげにしたほうが丸く収まるとか俺やシェリルも口を出したんだが、ウルの固い意思によってそれらは却下された。
シェリルの意見を却下して第零部隊の手柄という文言を入れたのは、死んでいった第零部隊の家族とシェリルの為。
洗脳されていたとはいえ、大罪の幇助をしたと大々的に発表してしまえば、どれだけ多くの人に恨まれ危険に晒されるか分からない。
拘束もせずに一緒に聖魔の社近くに居たところを見られているし、それなら共闘した事にしておいたほうがいいという事になった。
シェリル以外の第零部隊はきちんと火葬されて、既に集合墓地に名前が彫られている。
巨悪に立ち向かい散った、英雄として。
俺とリビィが腐愚民だと公表し、大きく貢献したと馬鹿正直に発表するに至ったのは、ディベリア神聖国に連れて行かれた腐愚民達が悪事に加担したと根拠もなく言い張る人達が後を絶たなかったから。
元々良く思われていないディベリア神聖国と忌避される存在である腐愚民。
その二つを掛け合わせてストレスの捌け口とする事を、多くの民衆は選んだのだろう。
元より魔人域での腐愚民の扱いは酷いものだったし俺は気にしなかったんだが、ウルはそれを良しとしなかった。
〝蔑まれながらも世界を救う為に戦ったケイトが、戦う力を持たないというのに戦場に駆け付けて三賢者を命の危機から救ったリビィが、別の世界から来たというだけで罵詈雑言を浴びせられ続けるのは許せない。例え多くの敵を作ろうとも、俺はケイトとリビィの偉業を称え続ける〟
パレード前の会議で、俺が腐愚民だと知り喚く国の重鎮達を机を叩いて黙らせ、ウルが放ったのが先の言葉だ。
大声で宣言するようにそう言ったウルに、その場の全員が圧倒され、もう誰も俺とリビィを蔑もうとはしなかった。
冷静に話すべき会議の場で激昂するのはどうなんだとか、もっとひっそりと目立たずに会議を乗り切りたかったとか色々考えたが、純粋な感情だけで言うとウルが怒ってくれたのは嬉しかった。
あえて口に出してお礼を言う事はしなかったけど。
きっと、ウルもそんなものは望んでいないだろうから。
そんなあれこれがあり、結局俺とリビィが腐愚民だという事も、戦いに参戦していたという事も包み隠さず発表するに至ったのだが、、、
「腐愚民なんて死んじまえー!!」
「魔力を持たない穢れた民族が!!!」
今まで、腐った愚かな民、腐愚民だと蔑んできた魔人がそう簡単に変わるわけはなく、喜ぶべきパレードの最中という事など気にもかけずに、先程から罵詈雑言を浴びせられている。
中には、瓶や壺を投げつけ、魔術を放ってくる人達もいるくらいだ。
まあ、その全てがウルの結界に阻まれているんだが。
だが、今まで隠れて過ごしてきた分、こうして自分の境遇を明かして罵詈雑言を浴びせられるのは初めてなわけで、慣れない分、心のダメージはかなりある。
リビィが隠れているからか口撃をしてくる人の殆どが俺を睨み付けてるし、何とも精神が削られるパレードだ。
とはいっても全員がそんな過激派というわけでもなく、口撃してくる人もいれば黙って睨み付けるだけの人もいたり、腐愚民を受け入れる姿勢を見せてくれている人もいる。
たまに聞こえる俺に対する声援が、何とか俺の精神力を保ってくれていると言っても過言ではないだろう。
今のところ確認出来た範囲では、擁護派は一割といったところかな?
少ない気もしないでもないが、マイナスからのスタートと考えれば悪くない滑り出しだと思う。
「ケイト殿、目に余る行為をする者がいれば、お伝えいただければ処理しますので」
そんな過激な事を言ってくるのは、護衛兼御者をしてくれているシェリル。
その処理というのがどういうものなのかは、あえて聞かなかった。
碌なものではないだろうからな。
勿論、丁重に断らせてもらった。
「そう簡単に変わるわけもないか」
「そうですね、、」
隣でウルが、聞こえてくる暴言に耳を傾けてそう言った。
変わらないというのはシェリルの事ではなく、民衆の考え方を指した言葉だろう。
今までずっと、腐愚民というのは蔑む対象だったんだ。
突然世界を救った英雄だと言われても、納得出来ずに反発してしまうのも仕方のない事かもしれない。
俺も、そう簡単に変わってくれるとは思ってなかったしな。
「だが、俺が生きている間には必ず。腐愚民、、、いや、異世界人に対する偏見を失くしてみせる。待っていろ」
「ウルさん、、、。ありがとう、ございます」
真っすぐに前を見るウルの目には意思の炎が宿っていた。
異世界人と言い換えたのは、ウルなりの決意が表れた故だろうか。
俺に出来る事があれば助力させてもらおう。
それが俺の、延いてはこれからこっちへ来る人の為になると思うから。
何が出来るかは分からないけど。
「お疲れ様でございました。こちらで暫く休息をお摂りください」
パレードが終わり、案内されたのは王城の客間。
背の低いテーブルを挟んで置かれた二つのソファーに、三賢者とそれ以外で二手に別れて座っている。
シェリルは仕事があるからと、デリンと共に俺達を客間に送り届けてすぐ、そそくさと何処かへ行ってしまった。
何というか、シェリルは少し危険な張り切り方をしている気がする。
贖罪の為に気合いが入っているというのは分かるんだが、あまり無理はしないでほしい。
「すー、、。すー、、」
規則正しい寝息が聞こえてくる。
寝息を立てているのはリビィに膝枕をしてもらっている少女だ。
もうすぐ陽が落ちるし、随分はしゃいでたから疲れて寝てしまったんだろう。
これからここにユリティス王が来るというのに寝ていてもいいのかと思ったが、ウル曰く少女は賓客なので自由でいいそうだ。
せっかく気持ち良さそうに寝てる少女を無理に起こしたくなかったし良かった。
出来るだけ大きい音を立てないようにしてあげないといけないな。
「そういえば、この後って何するんですか?」
ユリティス王が来るという事を聞いてはいたが、来て何をするのか、そしてその後はどうするのかを聞いていなかった。
正直なところ、俺も今すぐに寝たいくらい疲れている。
出来るだけ長引かないもののほうが嬉しい。
「建前としては陛下が労いの言葉を掛けに来て下さる」
「本当のところはどうなんですか?」
「民衆の反応を見た上での今後の政策の会議だ」
また会議か、、、。
今回はこのメンバーとユリティス王とデリンだけらしいし、そんなに長引く事はないと思うがちょっと面倒だ。
俺が何か良い意見を出せるとも思えないしな。
途中で寝てしまわないか心配だ。
「会議の後はどうするんですか?」
「王城に部屋を用意してもらっている。今晩はそこに泊まれ」
「ウルさんはどうするんです?」
「やらなくてはならない事がある」
連日現場検証やら何やらで忙しく碌に寝てないというのに、今日も夜更かしか、、。
休んでる暇がないくらいやらなくてはならない事が山積みなんだろうが、そう分かっていても心配だ。
今は治癒魔術が使えない状態だし、あまり無理はしないでほしい。
そういう俺も、腐愚民だと周知されてしまったから、暴徒に襲われないように気を付けないといけない。
リビィも守らないと。
コンコンッ──。
「失礼致します」
よく響くノックの音の後に聞こえてきたのはデリンの声。
ウルが立ち上がったのに合わせて全員で立ち上がり、ソファーの横に出てゆっくりと開かれる扉を見やる。
少女は何とか、膝枕からローブを折り畳んで作った簡易枕に移動させる事に成功した。
「待たせたな」
デリンと共にやって来たのはユリティス王。
今朝も顔を合わせていたというのに、未だにこの人の放つ独特の緊張感には慣れない。
柔らかいような張り詰めるような、そんな、一言で言い表せない緊張感。
ウルが仕えたいと思わせられるというのも頷ける人物だ。
「ご足労おかけします」
「固くならずともよい」
「それでは遠慮なく」
「お主はもう少し気遣う心を持て」
メヒトとウルの、対照的なユリティス王への反応。
メヒトは常に丁寧な姿勢に見えて、実は常に失礼な人だからな。
遠目で見ている分にはそれなりに凄い人に見えるのに。
「久し振り」
ため口!?!?
まさかのバオジャイはユリティス王にため口だった。
驚愕を顔に浮かべる俺に気付いたウルがその理由を教えてくれた。
どうやら、バオジャイが聖戦で勝った事でシルム王国の前王が神王と成ったという過去があり、ユリティス王はバオジャイにかなりの敬意を払っているらしい。
それ故に、対等に接する事が許されているそうだ。
(そういえば、バオジャイはジーン相手にも普通にため口で話してたな、、)
敬語を使ってるところを見た事がない気がする。
単に敬語を使うのが嫌なのか、使う必要が無いほどバオジャイの身分が高いのか。
もしくはそのどちらもか。
そんな人物を呼び出して案内役をさせるメヒトの肝の座り具合は尊敬に値するな。
真似したいとは思わないけど。
その後、俺とリビィも簡単な挨拶を済ませ、デリン以外の執事が二人掛かりで運んで来た扉をギリギリ通るくらいの大きな椅子にユリティス王が腰掛けて、会議が始まった。
議題は、腐愚民と劣世界という蔑称への呼び変え案についてと、未だ抑留されている聖魔術士の処罰について。
後はディベリア神聖国の領土や残された家々をどう使うか、治療の出来なくなった治癒院や取り残された怪我人をどうするか。
全て難航しそうな難しい議題ばかりだと思わせられたが、、、、
「では、〝劣世界〟を〝異世界〟。〝腐愚民〟を〝異世界人〟と言い換える事で決定とする」
この言い換え案が決まったのが開始後10分。
その後、治癒院の問題に関しては、俺がベルから聞いた精霊の産まれ方の話をして、ひとまずは治癒魔術の精霊が生まれ、契約出来る者が現れるまでは閉鎖、その間の治癒師には早急に別の仕事を斡旋するという事で落ち着いた。
怪我人に関しては、応急手当のみで治癒院に放置。
医学がそれなりに発展している武人域に頼って医者を派遣してもらうという案もあったが、魔人域に反感を持っている者が多く居る中、精霊魔術が使えなくなったという現状を知られるのは拙いという事で棄却された。
拙い、というのは、戦争や外交の断絶を恐れた故の言葉。
聖域を通らなくてはいけない以上大人数でいきなり攻め込まれるような可能性はほぼないのだが、今は中立的立場なはずの守護者でさえ、魔人の事をよく思っていない。
私的感情で武人に加担する事もあり得なくはないだろうという事で、先の決断に至ったそうだ。
少数より多数。
こうやってやむを得なく切り捨てられていくのだろうなと、少し心が痛んだ。
仕方のない事なのだろうと、頭では理解出来てるんだけどな、、、。
「残るはディベリア神聖国跡地、聖魔術士の処罰についてですが、、」
この問題の話し合いは、少し長引いた。
ディベリア神聖国とシルム王国の領土の間には、中立学園都市や小国が点在している。
それらを全て無視して、飛び地として全てを治める事は不可能に近い。
かといって、すぐにでも都市として使える教区を野放しにして無法地帯にするのもいただけない。
様々な案が出たが結局決まらず、全ての国から代表者を選出した国際会議を開く事になった。
話し合いをすれば、後から文句を言ってくる者もいないだろうという結論だ。
魔人域一の大国とはいえ、一国の判断で決めていい事じゃないもんな。
その後されたのは聖魔術士の処罰についての話。
操られていたとはいえ、何も罰を与えなければ第零部隊と違って納得をしない者が多く出てくる事は明白。
だが、聖魔術士程の実力者をただ牢に閉じ込めているだけでは勿体無い。
それらの事から、シルム王国の奴隷と共に、聖都の瓦礫を片付けて都市として使えるようにする労働力に充てるという事で話し合いは落ち着いた。
魔力量が多く魔術の扱いに長けた聖魔術士が居れば片付けは早く済むだろうし、自分達の罪と向き合う良い機会になるだろう。
聖都をあんな惨状にしたのはディベノだけど。
これらの話し合いが全て終わる頃には日が暮れ、少女も目を覚ましていた。
大人の、利己的な汚いとも言える話をしている時に目を覚まさなくて良かった。
「陛下。お時間でございます」
デリンのその言葉で、大方の方針が決まったところで会議は終えられる。
大して参加してないとはいえ、ちょっと疲れたな、、、。
今日はよく寝られそうだ。
コンコンッ──。
(ノック?)
部屋を出るユリティス王を見送り腰を落ち着けてすぐ、休む間もなく扉を叩く音が聞こえた。
何か言い忘れでもあったのだろうか?
でも、ウルは立ち上がる様子がない。
ユリティス王じゃないのかな。
「誰だ」
「第一軍団副団長、マージ・ゾットルであります!お客様をお連れ致しました!」
大きな声に驚いた少女がリビィの陰に隠れる。
何というか、この二人のセットはずっと見ていられるな。
本当に見続けたら怪しいから、ウルが許可した後に開けられる扉に視線を移動したけど。
「失礼します」
「ミシェ、、、、?」
開けられた扉から入ってきたのは、精霊域に置いてきたはずのミシェだった。




