九十三話「終焉を告げるのは」
淡緑色に黄金の煌めきを纏った竜巻がディベノの周囲に乱立し、同色を持った風が吹き荒れる。
吹き荒れている、、、と言ってもいいのだろうか。
確かに風は様々な方向から吹き付けてくるが、その全てが体を撫でるように駆け抜け、どちらかというと心地良さすら感じている為、巻き込まれている現象に〝荒れる〟という単語を入れるのは不適格な気がする。
十数はある竜巻も、凄まじい風速でその身を回転させながらも、地面を荒れさせる様子はない。
それどころか、竜巻がなぞった地面は瞬きの間に草花が生え、再生していっている。
切り札、うん。
切り札である事に間違いはないんだが、何というかこの魔術でダメージを与えられる気がしない。
どちらかというと、敵に塩を送るような行為になっているんではないだろうか。
そう、思わされる。
『何かと思えばこの程度の攻撃だったとはな、、、。片腹痛い。すぐに消し去り、いらぬ時間を取らせた罪を償わせてやろう』
生唾を飲み、向かってくる竜巻に靄を伸ばすディベノに見入る。
まだギリギリ、キュイの同化は解けていない。
解けていないが、この魔術で駄目ならおそらくもう駄目だろう。
これが分かれ目。
俺が勝つかディベノが勝つかの、境界線。
結末を、見逃すわけにはいかない。
『む、、?』
ディベノが伸ばした靄は、竜巻に触れるや否や消失した。
何故か、竜巻に触れていなかった部分も含めて。
その光景に疑問を覚えつつも、ディベノは別の竜巻に再度靄を伸ばす。
『何故だ?』
だが、結果は同じ。
つい先程見たばかりの光景が繰り返されるだけだった。
《《《《《キュー!!》》》》》
「分かった」
キュイが攻撃の意思を伝えてくる。
ボーッとしてないで全ての竜巻をディベノに差し向けろと言いたいんだろう。
放っておいても勝手に動いてはくれるんだが、自分で操る事も出来るからな。
俺は、動きをより想像し易いように両腕を伸ばし、視線の先にある竜巻を押すイメージでディベノに差し向けた。
一つ、二つ、三つ、、。
近付けた竜巻が射程圏内に入っては次のものを差し向けてを繰り返していくと、数秒でディベノの姿はぼんやりとすら確認出来なくなってしまった。
だが、間違いなくダメージは与えられている。
竜巻から伝わってくる感覚で、それは何となく理解する事が出来る。
(それにしても、、、)
この魔術の操作に必要な集中力は、他のものとは比べものにならないな、、。
竜巻を移動させるだけではない。
もう一つ、、、二つか?
無意識に近い領域でそれらを同時に操作している。
その正体を掴めば、より効果を発揮出来るだろうか。
そんな考えの下、既に集中のし過ぎで頭痛がしているというのに、更に集中を深めた。
無意識の領域で操作している、魔術のタネを明かす為に。
(これ、、、か)
時間はどれ程経っただろうか。
音が聞こえなくなるほどに集中していたせいでそれは分からない。
頭は上下で半分に割れてしまいそうな程に痛い。
だがそのおかげで、把握出来ていなかったものの正体を突き止める事に成功した。
「命の羽根、、、」
無意識で操作していた二つ。
それは、命の羽根と呼ばれるものだった。
淡緑色の羽根は生命の再生を司り、黄金色の羽根は触れたものの命を奪い、自らの糧とする。
どちらとも極小で、竜巻の中で高速で動いている限りはその姿を視認出来ない。
だが、命の羽根の存在は色となって可視化出来るようになっていた。
竜巻が持っている二色こそが、命の羽根の存在を証明するものなのだろう。
大地を蘇らせ、ディベノの靄を消し去ったのが淡緑色の羽根。
現在進行形でディベノに襲い掛かり、その身に孕む膨大な生命力を奪い取っているのが黄金色の羽根。
この魔術を切り札として認識出来ていたのは、ディベノにとっては天敵とも言える効果を持っていたからだろうか。
まるで、今日この時の為に作られたような魔術だ。
《《《《《キュー♪》》》》》
キュイから肯定の意思が伝わってきた。
肯定、それはこの魔術がこの時の為に作られたという俺の予測に対するものだろうか。
《《《《《キュイ!》》》》》
再度、肯定の意思が返ってきた。
そうかベルが、初代精霊王が、想いと一緒に力も託してくれたんだな、、。
一人でこの場に立とうとも、一人で戦っているわけではなかった。
キュイが居て、ベルが居る。
それを、改めて心の深い位置で理解した。
(ん、、、?)
魔術を発動してから数分は経っているだろうか。
徐々に無くなっていたディベノの体を穿つ感覚が、完全に消え去った。
油断してはいけないと、変わらず竜巻を殺到させてはいるが、どれだけ密度を上げようともどれだけ風の塊のサイズを大きくしようとも、ディベノを穿つ感覚は得られない。
終わった、、、のか?
そんなお手本のようなフラグは、竜巻の範囲外で突如空中から生えた腕によって回収された。
初めは右腕、次いで胴体、左腕、両足、そして顔。
そこには、いつの間にか竜巻の猛攻から抜け出したディベノが居た。
どうやって脱出した、、?
それに、再生出来るのは知っていたが、今、どこから再生したんだ、、?
数々の疑問を抱えつつも、再生を完了したのとほぼ同時に竜巻の全てを差し向ける。
「くッ、、!」
魔術の発動、そして操作。
それらに膨大な魔力を持って行かれた弊害が、集中力が薄れた一瞬で襲い掛かって来る。
体の倦怠感、震え、強さを増す頭痛。
とても、精密な操作を維持出来そうにはなかった。
「あああああああああ!!!」
叫びで頭痛を無理矢理紛れさせ、体に力を込めて何とかディベノに竜巻を殺到させる。
今度はしっかり感覚がある。
だが、どうしても命の羽根の操作までは出来ない。
もっと。
もっと集中しなくては。
精密な操作を、、、、、。
フッ────。
「あ、、、、」
再度ディベノを穿つ感覚が無くなったと同時に、集中力がぷつりと切れ、同時に竜巻も全てが消え去った。
まるで、ここで行っていた戦闘は最初からなかったかのように、大地の傷跡を悉く癒して。
『くっくっく、、、はーはっは!!!!』
「そん、、、な、、」
上空から降ってきた声に絶望を突き付けられる。
斜め上に向けた視線の先に居たのは、今まさに下半身を再生しようとしているディベノ。
再生したばかりで余裕がなかったのか、傷一つない上半身は服を着ていない。
倒し切れ、、なかったのか、、。
同化はまだ解けていない。
だが、後一つか二つ、形成単語を放つだけでほぼ確実に解けてしまう。
そうなれば、勝利は絶望的だ。
いや、それは正確ではないか。
今ですら、充分に絶望的な状況であるのだから。
どうすれば、どうすればこの化け物を止める事が出来る。
いっその事同化を解ける事を覚悟の上で、キュイの保有魔力を使い切る勢いで魔術を連発するか?
それとも、危険を承知でウル達へ助力を頼むか?
どうする。
どうするのが最適だ。
もうおそらく時間はない。
早く、奴を止めなくては、、、、、、。
『はーっはっは!!!!あー、、、、、、あ?』
不意にディベノの高笑いが止まるのが聞こえ、思考を止める。
悠長にしている場合じゃないと再度集中力を高めようと試みたが、それは、背後から包み込んできた温かい風によって遮られた。
さっきまで使っていた魔術の風に、どこか似ている感覚がある。
だが、確実に魔術は破棄されたし、、、、。
それに、ディベノが動きを止めて、目を丸くして俺の背後を見ているのが気になる。
後ろに、何かあるのか、、、?
確認するのが怖い。
もし敵なら、挟み撃ちされる事になってしまうから。
でも、確認しないわけにはいかないよな、、、。
(キュイ。ディベノに動きがあったら警告してくれ)
心の中でキュイにお願いしてディベノの警戒を任せ、振り返る。
ディベノが動きを止める原因であり、俺を包み込む風の出処でもあるものの正体を、突き止める為に。
「人、、、?」
振り返ったそこにあったのは、大きさを増した始まりの木と、その背後にいる半透明の人型の風。
白色にも灰色にも透明にも見える。
身長は、飛んでいる俺よりも高い位置に顔があるくらい。
正確には分からないが、少なくとも10m以上あるんじゃないだろうか?
あれは、なんなんだ?
一目見て、俺を現在進行形で包んでいる風を発生させた存在だとは本能で理解出来たが、あれがなんなのかまでは分からない。
『テペ、、、トラ、、』
背後で、すっかり存在を忘れてしまっていたディベノが零した声がやけに明瞭に聞こえた。
〝テペトラ〟
聞き間違いでなければ確かにそう言ったと思う。
⦅お初にお目に掛かる、勇敢な青年よ。我が名はテペトラ。今は滅びた古の巨人族の王である⦆
そう。
ディベノが零したのは人名だった。
流れる柔らかな風に乗せられた名乗りの通りの、巨人の王の名前。
ベルから始まりの木にはテペトラの意識が残っているとは聞いていたが、まさか顕現する事が出来るとは、、、。
口がないから声は聞こえないけど、意思の乗せられた風の発する音が、言葉として聞き取れる。
声を掛けられているというよりは、頭の中に直接話し掛けられていると言ったほうが近いかもしれない。
キュイのそれとは、また少し違うけど。
初めての感覚過ぎて、上手く形容する事が出来ない。
「初めまして、ケイトです」
何よりも優先して、自然と挨拶が口を吐いた。
意識したわけではないし強要されたわけでもないが、自然とそうしたいと思わされたのだと思う。
巨人の王テペトラ。
初代精霊王に似ているような、それでいて全く違うもののような、何とも不思議な雰囲気を持つ人だ。
見た目が通常の人のそれではないのに、警戒を微塵も持つ事が出来ない。
何というか、温かいな、、。
⦅ふむ。ケイトか、良い名だ。覚えておこう⦆
ああ、どうせなら本名を言っておけば良かったなと、ぼんやり後悔した。
今では、本名を名乗るほうが違和感があるけど。
⦅お主の放った魔術のおかげで、枯れかけていた我が身は本来の姿を取り戻し、こうして顕現する事さえ叶った。お主には、格別の感謝を⦆
そう言って、右手の平を胸に当てる動作をするテペトラ。
日本人で言うところのお辞儀のようなもの、、、なのかな?
分からないけど、悪い事ではないのだと思う。
⦅どことなく、イマイネに似ておるな。お主は⦆
脈絡もなくぽつりと、テペトラがそう零した。
急に話し掛ける相手が変わったわけではないだろうし、俺に言った事なんだろうと思う。
イマイネ、イマイネ、、。
あまり上手く思い出せない。
うろ覚えだが、あの本の、テペトラとディベノと神以外のもう一人の登場人物だった、ような気がする。
何をした人で、どんな人物だったのかは思い出せないけど。
その人に似ていると言われてもピンと来ないな。
喜んでいいのやら。
「もしかしたら、イマイネさんの転生体かもしれませんね」
⦅成程。それは喜ばしい事だ⦆
死合いの場である事も忘れ、心が落ち着けられていく。
頭の痛みも体の倦怠感も、不自由を感じさせるそれら全てが失われたような気がした。
《《《《《キュー!》》》》》
「ッ!?」
突如齎されたキュイの警戒の意思に反応して、振り返る事もせず全速力で真上に飛び上がる。
見下ろした先程まで俺がいた場所は、黒い靄に囲われていた。
あ、危なかった、、、。
キュイに警戒をしてもらっておいてよかった。
『久しいな、愚王』
⦅こんな形での再会は、望んでいなかったのだがな⦆
靄に触れても、テペトラは消える事も悶絶する事もない。
ただじっと、ディベノと向き合っている。
長い年月を掛けた後の再会だというのに、二人はどちらも喜びを持っておらず、対照的な感情を浮かべている気がした。
『見逃してやろうと思っていたが、干渉してくるのであれば、貴様の宿るあの木ごと屠る他ない』
⦅余裕を繕うのは、長く時を経た今でも変わらんようだな。ディベノよ⦆
『ほざけ』
余裕を繕う、、?
という事は、見た目以上にディベノは今追い込まれた状況なのか?
切り札でさえ、殆ど効果を発揮していないと思っていた。
⦅せめて儂の手で、終わりを告げてやろう⦆
癇癪を起した子供のように周囲に靄を撒き散らすディベノと、そのディベノを両手で掬うように包み込むテペトラ。
そのまま握り潰すのかと思ったがそういうわけではないようだ。
あくまでも優しく、ふんわりと包んでいる。
『き、貴様!!私の長年の野望を、復讐を、邪魔するつもりかああああ!!!』
⦅私と共に、この地に根付こう。永遠の休息を摂るといい⦆
ディベノから腐敗の力を持たない靄が湧き出て、それが徐々に人の形を成していく。
テペトラの手に収まる程の小さなサイズではあるが、声はあそこから聞こえる気がするし、あの靄がディベノだと考えて間違いないだろう。
やがて、湧き出ていた靄は人型を形成し終え、クラムドの体から完全に分離してテペトラの手に内包された。
『やめろ、やめろ!!私の野望が!昇神が─────』
テペトラがディベノを地面に押し付ける。
それと同時に、散々喚いていた声は聞こえなくなった。
何を、、したんだ、、?
メキ────。
どこかから、木の軋むような音が聞こえる。
いや、どこかからなどと言葉を濁すのはやめよう。
地面を抑えるように被せたテペトラの手の下から、音が聞こえた。
メキ────メキメキメキメキ───!!!
音が大きくなり、テペトラの風で出来た手を突き抜けて細い未熟な気が生えてくる。
全く見た目は変わっていて声を発してもいないが、あれはディベノの変わった姿だと、自然に理解させられた。
これは、ベルの持つ生命魔術の〝変質〟の力じゃないのか、、?
何故、テペトラが使えるんだ。
⦅儂が持つ力は、〝創造〟と〝封印〟。二つを掛け合わせ、樹木にディベノを封印したのだ⦆
心を読んでいるんじゃないだろうかというタイミングで、クラムドを地面に降ろしたテペトラがそう教えてくれた。
封印、そうか封印か、、、。
倒し切れた、というわけではないんだな、、。
終結はしたが本来の目的は果たせていないというのは、何とも微妙な結末だ。
⦅不安に思わずともよい。ディベノの内包する魔力が切れぬ限り封印は解けず、魔力が切れればディベノは完全に消失する。転生の心配もない。世界が危機から逃れた事を、テペトラの名の下に保証しよう⦆
そっか、そうだよな。
テペトラのフォローは少しずれていたが、つっかえる事なく心にストンと落ちた。
俺は、ディベノを止めて過去を繰り返さない為にここに来たんだ。
目的を果たせてないわけではない。
思い描いていた道筋ではなかっただけだ。
多くの命が掛かっていた事なのに、思い通りにいかなかったからといって子供のように駄々を捏ねるのはやめよう。
それに、あのまま続けていても勝てたかどうかは分からないしな。
テペトラがディベノに余裕がないと言っていたが、それがどれくらいのものなのかは分からないし。
素直に、感謝しておこう。
「ありがとうございます。テペトラさん」
⦅よい。感謝するべきは儂のほうだ⦆
受け取ってもらえずとも、心の中では感謝を浮かべておこう。
もしかしたら、テペトラは命の恩人かもしれないしな。
未来は予見出来ないけど。
⦅お主の未来に、幸があらん事を願っている⦆
最後に一言、そう残して、テペトラは吹いた風にその身を溶かしていった。
始まりの木は残っているし、死んだ、というわけではないのだと思う。
顕現するだけの力は使い切ったというところだろうか。
なんにせよ、、、。
「ありがとうテペトラ。救いの手を差し伸べてくれて」
誰に聞かせるわけでもなく、自己満足の謝辞をぽつりと零す。
すぐ後に吹いた風の音には、誰かの謙遜が孕まれている気がした。
まあ、気のせいだろう。
「うッ、、」
「────!?!?」
地上に降り立った瞬間、地面に倒れているクラムドの呻き声が聞こえた。
(まさか、生きてる、、、、のか?)
仰向けで寝転んだまま、動く様子はない。
距離が離れているせいでどんな顔をしているのかまでは分からないが、声を上げたという事は生きていると考えて間違いないだろう。
まだ、戦わなくてはならないのか。
どうする。
トドメを刺すか?
刺すなら今の内だ。
仰向けで倒れて身動きの取れなそうな今の内────
「もう戦う力は残っていないよ。安心するといい」
後ろから肩を叩いて声を掛けてきたのはメヒト。
突然過ぎて、ビックリした、、、。
いつの間に近付いて来てたんだ。
危うく、肩を叩かれた瞬間に後方確認もせずに攻撃を放つところだった。
「ケイト!大丈夫!?怪我してない!?」
こけそうになりながらも何とか耐えて俺の体を触って確かめてくるのはリビィ。
そんなに触ったら傷口が痛、、、、、、くない、、。
え?なんでだ?
リビィは確かに俺の右腕の傷があった場所を弄るように触っている。
それなのに、全く痛くない。
どころか、傷口が跡形もなく消えていた。
もう誰も治癒魔術を使えないはずなんだが、、、。
「多分、〝自己治癒〟の祝福」
リビィの後ろから俺の右腕を見ていたバオジャイが答えを教えてくれた。
とうに祝福を受けられる年齢は越えているとはいえ、こっちに来てからは五年どころかまだ一年も経っていない。
それなのにいつの間に、、、、。
(あ、、)
もしかしたら、獣人域に居た時だろうか。
あの時、何故か傷の治りが早くなっていたし、もしかしたら一定以上体を鍛えれば腐愚民であっても授かれるのかもしれない。
それでも、こんなに早く痕も残らず治る事はなかったはずだけど、怪我が早く治って困る事はないから別に気にしなくていいか。
足裏にまだ痛みがある事を鑑みるに、そっちの傷はまだ治ってないんだろうけど。
心配性のリビィには内緒にしておこう。
見つかる前に、治ってくれないかな。
「ケイト、よくやった」
最後はウル。
掛けられたのは労いの言葉。
それに重ねるように、他の三人も慰労してくれた。
メヒトだけは形だけの適当なものだった気がするが、元々何か貰う為に戦ったわけではない。
せめて、クラムドの元へ向かう途中に適当にじゃなく、目を見て言ってほしかった気がしないでもないが。
まあ、ぶちぶち文句を言わずに俺もクラムドの元へ向かうか。
本当に安全かどうか確認するまで安心出来ないし。
「トドメを刺すなら、早くしろ」
近付くと、寝転んだままのクラムドがそう言った。
離れた位置からはよく分からなかったがすぐ近くまで来ると、肌には植物の根のような血管が浮かび上がり、所々飛び出ている箇所があるのが見て取れた。
どう見ても健常ではない。
何というか、植物に寄生された人間といった感じだ。
声には出さないが、少しグロいと思ってしまった。
「再生はしないのかい?」
「吸命の魔術はディベノの名で発動した。奴亡き今、私の体は朽ちるのみだ」
「敬愛する主君に対して酷い言い様だね」
「幸か不幸か、死ぬ間際に洗脳が解けたからな。これ以上、仕える意味も意思もない」
傍から見れば、沢山の命を奪ったのも、無理な政策で色々な人や場所に迷惑を掛けたのも全てクラムドが独断でやった事に見えるだろう。
俺も、真実を知らなければそう思って恨んでいたと思う。
だが、全ての元凶であり悪は、人々を操り自身の野望を果たす為の道具としたディベノ。
元凶であるように周囲からは見られているクラムドでさえ、自身の意思関係なく操られる傀儡となっていたのだ。
誰も、何も恨めない。
怒りの矛先である黒幕は、もう封印されている。
「全て、自らの意思でしている事だと、思っていたんだがな、、、」
虚ろな目をしているクラムドは、一体何処を見ているのだろうか。
少なくとも、視認出来る範囲にあるものではない事は感じ取れる。
「少なくとも、成人するまでは自分の意思で動いていただろう」
「おそらくそうだね」
「もう、当時の自身が何を思い何を考えていたのか、それを思い出すだけでさえ難しいがな」
クラムドはウルと同い年だから、成人の年齢である15歳より前という事は、十年以上前の出来事。
俺で言うところの小学校高学年くらいの頃の記憶って事か。
思い出せる事は思い出せるが、その当時どういう思想をしていたかというのは、断片を思い出すので精一杯だ。
ましてやクラムドは十年もの間洗脳されていたんだ。
余計に、思い出せないのだろう。
本来の自分の姿が。
「お前らに頼みがある」
「なんだ」
「聞ける範囲であれば聞いてあげるよ」
「生き残っている聖魔術士がいれば、寛大な措置をしてやってくれ。やつらは、洗脳で無理矢理悪事を働かされていただけだ」
「権力の中枢にいるウルなら出来るんじゃないかな?」
「善処しよう」
ウルは確約をしなかった。
言葉を文字に起こして見れば、その場凌ぎの適当なもののように見えてしまう。
だが、何となくウルは誠心誠意気持ちに応えようと尽力する気がする。
確約しなかったのはあえてで、それがウルなりの誠意だったのかもしれない。
未確定の事柄に、100%は連れ添わないからな。
「感謝する。そしてシスティオーナ。謝罪を受け取れ。両親を蔑んで悪かった」
素直に謝るクラムド。
口は悪いが、気持ちは伝わってくる。
これが、クラムドなりの精一杯なのかもしれないな。
今日会ったばかりで何も知らないけど、何となくそう思える。
それにしても、バオジャイを挑発する勇気があるのは凄いと思う。
よく俺が来るまで生きてたなこの人、、。
バチンッ──!
「ぐッ」
「これで許す」
「か、感謝しよう、、」
洗脳されていたとはいってもタダでは許さないバオジャイ。
とんでもない音のするデコピンを、罰として与えた。
頭蓋骨が割れそうな威力だ、、。
「おや?」
メヒトが何かに気付く。
視線の先を見ると、そこにはボロボロと崩れて霧散していくクラムドの指が。
崩壊は止まらずに、じわじわと体の中心に向かっていっている。
「ここまでのようだ」
ぽつりと、どこか寂しそうにクラムドが零す。
空を見るその目には、何を映しているんだろうか。
「願わくば、贖罪の機会を───」
最後に一言零して崩壊したクラムドが霧散していく。
俺は、自然と手を合わせていた。
願わずに、強制的に悪にさせられたクラムドが、きちんと成仏出来るように。
次は、なにものにも縛られない人生を送れるように。
『キュイー!』
「おっとっと、、」
そろそろ限界が来るだろうと感じていたが、まさかこんなに丁度良いタイミングで同化が解けるとは思っていなかった。
敵はおらず後は帰るだけのこのタイミングで。
「ありがとうな、キュイ。沢山助けてくれて」
『キュイキュイ♪』
キュイがいなければここまで来てなかっただろうし、ここに来たとしても確実に死んでいただろう。
今までも何度も、キュイに助けられてきた。
他の精霊と契約していたら、俺は今までに一体何度命を落としてたかな、、。
思えば、あの時キュイに親近感を覚えて契約に至ったのは、何か運命的な力が加えられていたのかもしれない。
あれがあったからこそこれまでがあり、今があるんだもんな。
それにしても、、、
「随分大きくなったよなあ、、」
『キュキュイ!』
おそらく今が、実体を持っている状態での最大の大きさなんだろう。
神授川で見た姿より、1,2倍くらい大きい気がする。
正確にはどれくらいか分からないけど。
「あ、ちょ、ま、ちょっと待ってキュイ、わっ!」
ドサッ──。
「大丈夫?」
「は、はい。大丈夫です」
緊張が解けて力が抜けていたからか、巨体を押し付けて顔を摺り寄せてくるキュイの圧に負けて倒れてしまった。
足元に草花が生い茂っていてくれたおかげで、特に怪我もせずに済んだけど。
(ありがとうベル)
心の中で、精霊域にいるベルにお礼を告げた。
直接言うのは、また今度にしよう。
その時はウル達も連れて。
勝手に連れて行っても、怒られないよな?
ベルならきっと、許してくれるだろう。
「立てるか?」
「はい。ありがとうございます」
差し出されるウルの手を掴んで立ち上がる。
90度変わった視線の先には、ディベノが封印されている木があった。
「終わったな」
「終わりましたね、、、」
「ん」
「ひとまずは、だけれどね」
実際に口にすると、どっと実感が沸いてきた。
そうだ、終わったんだ。
メヒトの言う通り〝ひとまずは〟だけど。
これから、それぞれがやらなくてはならない事が沢山あると思う。
報告とか生き残った聖魔術士の事とか聖都の事とか。
精霊魔術も使えなくなってパニックになってるだろうし、それらの処理に追われる事になる。
だが、ひとまずでもいい。
終わったんだ。
人類の、世界の存亡を賭けた戦いが。
生き残る為の戦いが。
これからの事は後で考えればいい。
今はただ、生きている事を、事態の終息を喜ぼう。
「帰りましょうか」
「そうだね!」
「ああ」
「そうしよう」
「ん」
こうして、世界を混沌に陥れようとしたディベノの長きに渡る計画は阻止された。
塵芥だと罵っていた同胞の生まれ変わりであるケイトと、愚王だと心の中で蔑んでいたテペトラの手によって。
ディベノは後に、歴史書にてこう評される事となる。
〖最も優れ、最も愚かだった巨人〗
奇しくもそれは、ディベノが心の中でテペトラに下していた評価と同じだった。




