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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
十二章
95/104

九十二話「最終決戦」





「遅くなりました!!」





心からそう思って、この場の全員に聞こえるように大きな声でそう発した。

ゆっくり来たわけではない。

聖魔の社の前に転移してから、リビィをおぶって襲い来る聖魔術士を蹴散らしながら、キュイが教えてくれた方向に真っすぐ飛んで来た。


それでも、ギリギリだった。

あと数秒遅れていれば、間違いなくウル達の命は手遅れになっていた。

正体は分からない。

でも、あのウル達に触れようとしていた黒い靄は危険な気がする。

そう、本能が警告を出してきていた。

だから、あの靄が触れる前に間に合って良かった。

そんな心情が、口をつく言葉に反映されたのだろう。



(自力で逃げるのは、、、、、無理そうか)



おそらくクラムドであろう人物の周囲の重力を上げ続けながら、現状を理解する為に現場を見て出来る限りの情報を得る。

幾つもの天災が同時に起こったかのような破壊痕。

地に伏すウル達に、ついさっきまでウル達を見下ろしていたクラムド。

服はボロボロだし、相当厳しい戦いだったのであろう事が読み取れる。

すぐに重力の禊から逃げ出せていないところを見るに、ベルはもうかなりの精霊を解放出来ているんじゃないだろうか。

精霊魔術を使えば、あれくらいの重力からは難なく脱出する事が出来るからな。

重力魔術の全てを使える今だからこそ、それを分かり得る。



「ケイト!ウル達のところに降ろして!」



リビィが俺の肩を叩いてそう叫ぶ。

あまりの速度に気を失いかけていたはずなのに、もう復活したのか、、。

意思だけで戻ってこれるものでもないと思うんだけどな。

だがまあ、助かった。

優先すべきは、まず三人の救出と治癒だ。




『させると思うか』

「〝風華(フラエアー)〟」




重力の禊から脱出し、弾幕のような黒い靄を伸ばしてきたクラムドへ、一つでビルを両断出来てしまえそうな高威力の風刃を四方八方から殺到させる。

数は三桁近く。

完全体のキュイの力は想像以上だ。

これなら、押し切れる。

背後でリビィが治癒魔術を行使するだけの時間を稼げればと思っていたが、このまま倒せてしまうんじゃないだろうか?





ジュッ─────。





(な、、、、!)


俺の甘い考えを消し去るように、届くかに思われた風刃は、熱した鉄に水を垂らした時のような音を立てて消失した。

二枚、三枚。

どれを差し向けても、どこから襲わせても、風刃は黒い靄に防がれる。

あれはなんだ、、、?



「あれは、腐王の魔術である腐敗だよ」



声に反応して肩越しに振り返ると、そこには自分の足でしっかりと立ったメヒトがいた。

その後ろにはウルとバオジャイの姿もある。

良かった。

無事に治癒が終わったみたいだ。

だが問題は、、、。



「腐敗の魔術ですか?」

「物理攻撃でも魔術でも、あの靄に触れたら腐敗させられてしまうんだよ。間違っても近付かないようにね」



危なかった、、、。

風刃が効かない事に焦って、何の策もなく獣人域で磨いた付け焼刃の近接戦闘を披露しようとするところだった。

でも、触れなければ問題ないのであれば、魔術を絡めながらの中、近距離戦闘なら問題ないかな?




『出来損ないの欠片があああああ゛!!!!』


「ッ!?〝黒禍(グラミディ)〟」


ボコ──ボコボコ───。




使わないと決めてたのに、、、、。

激昂したクラムドが半球状に一気に黒い靄を広げて全ての風刃を消し去った事で焦り、今までとは比べものにならないサイズの黒球を生み出してしまった。

念の為クラムドの後方に発生させたが、大玉転がしの玉くらいのサイズのあるアレなら、間違いなくここも効果範囲だな。




「これは、、、」

「離れます!急いでください!」




キュイの能力の全て、という事は魔力の譲渡も出来る。

三賢者それぞれに魔力水一本分程度の魔力を与え、リビィを抱えて急いでその場から離脱する。

その様子を見て、漸くクラムドも、後方離れた位置にある黒球に気付いた。

だが、、。



「もう遅い」



地を剥ぎ、音を飲み込む黒球に不自然な動きでクラムドが引かれ、腕から飲み込まれる。

離れた位置から分かる程に表情に怒りを浮かべて何かを叫んでいるが、黒球の近くにいるから声が聞こえない。

早くも決着が着いたか?

と考えるのはやめておこう。

どうせ、ただのフラグになる。





バシュウゥゥゥゥゥゥン──────。






やっぱりな、、、。

右半身が飲み込まれたところで焦ったクラムドが黒い靄を発生させて黒球を包み込み、消滅させた。

腐敗の魔術というより、分解とか消滅とかそういう名称で呼んだほうが正しい気がする。

なんで実体を持たないはずの重力場も消滅させられるんだよ、、。





ズアッッ──!!


「う、っわあ、、、」





ミシェの調査書で知っていたが、実際に再生するところを見ると気持ち悪いな、、。

血は出てなかったし、欠損部位に生えてきたのは植物で形成された肉体だった。

人と対峙しているとは考えないほうがいいか。

そのほうが、遠慮なく殺傷能力のある魔術を使えるし、都合が良い。

人型の植物だとでも思おう。






「ケイト、助かった」

「ん。ありがとう」


顔を再生して視覚を確保される前にギリギリ姿が見える範囲まで距離を取り、心を落ち着ける。

ここまでノンストップで来たんだ。

本格的な戦いになる前に、少し落ち着きたい。


(それにしても、、、)


ウルとバオジャイの二人に感謝されるような時が来るとはな。

メヒトは相変わらず研究熱心なのか、ぶつぶつと独り言を漏らしながら俺の変わった姿に興味津々だ。

全身が淡く発光し、羽の生えた俺の姿に。



「それはなんだ?キュイは何処へ置いてきた?」

「キュイはケイトの中」

「ケイトの中、、?」



バオジャイは、直感で何となく理解しているようだ。

俺の中にキュイが居るという事に。

理解出来ずにいるウルに、クラムドを警戒しながら簡単に変化の理由を話した。

思いの外時間の猶予があったので、ついでにベルが精霊王だったという事も話しておく。



「やはり、ベル君は初代精霊王の転生体だったようだね」

「知ってたんですか、、?」

「知っていたというよりは、推測したと言ったほうが正しいね」



ベルが初代精霊王の転生体。

生命魔術があればミシェを救えるかもしれないという二つの仮説を基に、メヒトは俺をロントマルクへ向かわせたらしい。

この人も実は古代から生きていて、見聞きしてきたものを覚えているだけって事は流石にないよな、、、。

でも、そう思えてしまう程にメヒトの知識量と推測力は目を見張るものがある。

良い意味で、異常だな。



「ミシェは、かなり低い確率ですが助かる可能性があるそうです」

「それは良かったよ」



表情を変えず、興味のない様子で返して来るメヒト。

だが怒る事はない。

感情が出すのが下手なだけで、心の中では赤い帽子で髭面の配管工のおじさんくらい喜んで飛び跳ねてる事を知ってるからな!!


、、、、それは言い過ぎたかもしれないけど。


でも、喜んでいるのは本当だと思うから、特に何も言わない事にした。



(あ、、)

一応、確認しておかなければならない事があった。

もう随分遅くなってしまったけど。



「あの人がクラムドさんで、尚且つ敵という事で間違いないですよね?」

「そうだ」

「ん」



良かった。

再生をしてたし明らかに強者の風格を持ってたし間違いないとは思ってたけど、万が一別の人だったら大変だからな。

もう、幾度も攻撃をしたから敵認定されてしまってるだろうけど。



「クラムドというより、ディベノだけれどね」

「巨人の、ですか?指輪に宿って操ってるとは聞きましたけど、、、」

「おや?知っていたのかい?」

「ベルが教えてくれました」

「成程。それなら知っていてもおかしくはないね。話を戻すけれど、あれはもうディベノそのものなんだよ。ケイト君が来る前に、クラムドは体を乗っ取られてしまったのさ」

「乗っ取った、、?」

「原理はまだ読み切れてないけれどね」



メヒト曰く、クラムドは指輪から立ち上った腐敗の力を持たない黒い靄に包まれ、そこから口調や言動が完全に変わってしまったんだそう。

幼馴染みの二人があれはクラムドの形をした別物だと保証してくれたから、間違いはないだろう。


(そうか、、、)


倒しに来たはずのクラムドは、もう既に倒されていたんだな。

多くの命を奪った大罪人であり敵であるはずなのに、悲しみで心が痛む。


まあ、中身が違うとはいっても、戦わなければならない相手は変わらないんだけどな。

持っている力も、体が一緒なのであれば変わらないだろう。

精霊域に居る分の精霊の魔術は、もう使えないと考えていいと思う。

それなら、警戒するべきは自家魔術と腐敗の魔術。

念の為、支配の魔術も警戒しておいたほうがいいのかな?








《《《《《《キュー!!》》》》》》







メヒトの話を聞きながら対策を立てようとしていると、頭の中にキュイの声が響く。

伝わってくる感情は〝警告〟

視線の先に居るクラム、、ディベノは動く様子どころかこっちに背を向けているが、、。






ズッ─────。


「ッ!?!?」






念の為全員に警戒を伝えてその場を離れた瞬間。

地面から剣山のような形をした黒い靄が湧き出てきた。


危なかった、、、。


キュイが警告してくれなければ、確実に逃げ遅れていた。

今は、中空に浮かびながら、対象を見失い霧散する靄を見下ろしているところだ。

霧散した後、靄が湧き上がってきた場所には人が数十人立った状態で頭まで隠れる程の深く、大きな穴が出来ていた。

まさか、地中を通って靄を届かせられるとは、、、。

それも、数百メートル離れたあの位置に。

空中まで追って来なかったのが、せめてもの救いだ。



「あの靄の届く範囲はどれくらいですか?」



それを聞いておかなくては、四人を守りながら戦う事など不可能。

俺を無視して人質を取られてしまったら、確実に後手に回るからな。

一度は殴らないと気が済まないと思っているメヒトでさえ、人質に取られていたら攻撃を躊躇してしまうと思う。

つくづく、甘い考えが拭えない。



「俺達の時より確実に遠くまで伸ばしてきたな、、」

「ん。多分見える範囲」



明確に何処まで届くというのは分からないらしい。

腐敗の魔術は研究が進んでないらしいから、当然といえば当然か、、。

だが、バオジャイの直感的な予測では、目の届く範囲ではないだろうかという事だった。

それなら、今居る中空も充分危険なんだが、、。

ディベノは未だ微動だにしないから、また何か仕掛けてくるかもしれないしな。







「ッ!?上!!」

「は、はいッ!」







バオジャイの警戒の声に合わせて、全力で高度を上げる。

バオジャイに抱えられているリビィが、短く悲鳴を漏らす程の速度で。



「なんだあれ、、、」



眼下に見えたのは、黒い靄で形成された大きな口。

さっきまで俺達が居た場所よりも高い位置でギザギザの歯を合わせて閉じ、一瞬で捻じれて細いドリルのような形になって霧散した。

即死効果を持つドリルの先端が向いている状況というのは、中々に怖かった。

そして、靄が消失した後に見えたのは、さっきの大穴が更に大きくなった姿。

深さも相まって、普通くらいのサイズの一軒屋なら飲み込んでしまいそうだ。

あまりにも強大。

あまりにも危険。

自惚れではなく事実として、あの化け物を相手に出来るのは俺だけだろう。

バオジャイでさえ、近付くだけでも危険だ。

という事は、しなければならない事は、、、、。




「皆さんは、見えない位置まで離脱してください」




四人を戦線から離脱させる事。

リビィ以外は、色々教えてもらった師匠達。

失礼な発言だとは分かっていつつも、そう言うしかなかった。




「俺達では、今のお前には足手まといになるか?」




正面に来たウルが、真っすぐ俺の目を見てそう聞いてくる。

失礼な発言への怒りとか、自分の矜持とか、そんな余計なものを含まない混じり気のない問い掛け。

言葉を濁すわけには、いかないよな、、。

気持ちに答えて心から向き合わないと。



「、、、、はい」

「そうか」



落ち込む様子も怒る様子もなく、淡々と返事をするウル。

矜持を傷付けてはないだろうか。

他に言い方はなかっただろうか。

色々な考えが頭を巡るが、今はゆっくり考えて解を出している暇はない。



「お前に任せよう」

「ウルさん、、、」



優しく肩を叩くウルの言葉が胸に染みる。

魔術の基礎を、戦い方の基礎を最初に教えてくれたのはウルだった。

そのウルが、強敵の相手を、悔しさを滲ませる様子もなく俺に託してくれた。

こんな時が来るとは、、、、。

一生、追い付けない、追い越せないと思っていたのに。

得られた信頼に、心が締め付けられた。



「期待しているよ」



素直に喜べない笑みを浮かべたメヒトが、ウルの信頼を追う。

ただ信頼を寄せてくれているのか、戦い方をじっくり研究する為に離れた位置から見る事を楽しみにしているのか。

どちらか分からない表情だ。

だがまあ、有り難く受け取っておこう。



「お願い」

「バオジャイさん、、」



俯きがちに目を瞑り、俺の右手を両手で包み込むバオジャイ。

大した力は込められていないのに、実際以上に強く握られているように感じさせられた。

まるで、バオジャイの想いが乗っているようだ。

可視化出来ない、心の内にある溢れんばかりの想いが。


ウルから信頼を、メヒトから好奇心を、バオジャイから想いを託された。

メヒトのものに関しては無視してもいい気がするが、残り二つは無下に出来ないな。

託されたなら、応えなくては。







「任せてください」







そう、決意を口にして、一人その場を離れ、向かった。

過去の失態を繰り返そうとするディベノを食い止める為の戦場に。




『逃げるのはやめたか?出来損ないの欠片よ』




空中に浮かび、黒い靄で出来た円球状の繭に包まれるディベノと対峙する。

黒い靄は間断なく蠢き、首から上は常に見えている状態だ。

範囲が広げられるから警戒はし続けなければいけないが、少なくとも靄は地面には伸びていないし、四人の元へ行っているという心配はしなくていいだろう。

行ったとしても、バオジャイの敵意感知と三賢者の回避能力があれば、距離を置いてある限り大丈夫だと思う。



「念の為聞きますけど、降参するつもりはないですよね?」

『この私を舐めているのか?』



戦わずに済むのが一番だと思って提案してみたが、無理だった。

それどころか、言い方が悪かったせいで怒らせてしまった、、。

眉間には、深い皺が刻まれている。

余計な事するんじゃなかった、、、。



『一つ、問おう。貴様のその姿はなんだ?何故、詠唱も無しに精霊魔術が使える?』



うーん。

どこまで答えようか。

逃げられてしまった時の為の保険として、あんまり情報を与えないほうがいい気がするんだけど、、。

でも、もしかしたら話してる間に気が変わってくれるかもしれないよな。



「とある精霊を身に宿しています。精霊王の眷属の────」

『精霊王の眷属、だと?』



あれ?

眉間の皺が一層深くなってしまった。

精霊王は禁句だったか?



『やつの復活の補助をしたのは貴様か、、、』



そうか、そうだった。

ベルの還元でディベノは力を失ってるんだった。

少し考えれば、禁句だと分かったはずなのに。





『苦しみながら死ね』



ゾ──ゾゾゾゾゾゾ────。



「〝竜巻(サイクレート)〟!」





爆発的に効果範囲を伸ばした黒い靄ごと、バオジャイが発生させるものよりも桁違いに大きな竜巻に巻き込む。

あのサイズは竜巻というよりも、ハリケーンや台風と言ったほうが正しいかな?

それほどに巨大なものでさえ、一瞬で抜け出されてしまったけど。







パッ─────パパパパパパパパパパ──────。







空中を飛び回ってディベノと黒い靄と、死と隣り合わせの捕まったら洒落にならない鬼ごっこをしながら、ディベノの周囲に大量の巨大なエアバーストを発生させる。

発生する際に音は鳴ってしまったが、ただの空気の塊なので見た目は透明だ。

どこにあるのか分かるのは俺だけ。

それを、、、。




パァンッ──!!!


『くッ!小賢しい』




最も効果を発揮する位置へディベノが来たところで破裂させる。

靄が薄い位置を狙ったおかげで、ディベノの腕を一本消し飛ばす事が出来た。

まあ、すぐに再生されてしまったけど。




パァンッ──!!

──────パァンッ!!!!




飛び回りながらエアバーストの元へ誘導して、近付けば破裂させる。

その繰り返し。

傍から見れば余裕なように思われるかもしれないが、不可視のエアバーストの位置を全て把握して、靄を避けつつ誘導して破裂させるというのは中々に集中力がいる。

一秒に満たない短い時間でさえ、気を抜けばすぐに体のどこかを失ってしまうだろう。





「ッ!?」





言ってた側から、、、、。

避け切れなかった靄が触れ、魔装の一部、袖の端が消失してしまった。

そこから更に侵食してくるといった様子はないが、、、。

危なかった、、、。

少しでも場所が違えば、今頃片手が失われている。



(怖い、、、な、、)




ディベノの相手を請け負ったものの、やはり怖いものは怖かった。

対峙するのも、攻撃するのもされるのも。

命のやり取りはやっぱり慣れないし怖い。




「〝黒禍(グラミディ)〟!〝黒禍(グラミディ)〟!〝黒禍(グラミディ)〟!!!」




ディベノを囲う黒球は三つ。

焦って近い位置に発現させてしまったせいで、危うく巻き込まれるところだった。




『二度は食わん』


「無傷、、、」




多少体を引き付けられながらも、範囲を広げた靄によって、最大効果を発揮する前に消失させられてしまった。

二回目で完璧に対応されるのか、、、。

ただ強大な力を持ったわけではないな。

元々強い人が腐敗の力を手に入れたと考えたほうがいいか。



「ああもう!!!〝風華(フラエアー)〟」


『芸のない────』


「〝風華(フラエアー)〟!!!!」



時間差で風刃を殺到させ、何とか距離を置く事が出来た。




(え、、、?)




右腕を見て、絶句した。

いつの間にか、魔装の袖が消え、肌が一部剥がれて血が流れている。


どのタイミングで?

どうやって?


知らない間に傷が増えていた。

分からない。

それだけの事が、不安と恐怖を加速させた。




(怖い。怖い怖い怖い怖い、、、!!!!)




分かっていた。

分かっていたつもりだった。

死合いの場にいる事はとうに。

だが、本当の意味では分かっていなかった。

これが、この恐怖が死合いか。

全身の筋肉が硬直し、動けなくさせられる。

不思議と、傷の痛みは感じなかった。

感じる事が、出来なかった。





「〝扇重(ファ・グラビエル)〟!!」



ドン──!!!

メゴオォォォォ!!!!!!!!





恐怖のままに、風刃で傷付いた体を再生し終える寸前のディベノに、加重の猛威を振るう。

放ったのは、扇状に重力を上げる魔術。

効果範囲は約1km先まで。

だが、範囲は今重要ではない。

ディベノはすぐ近くにまで来ていたのだから。

ん?

近く、、、?





ボゴォッ───!!


『がはっ。はぁ、、はぁ、、、』





巨大な腕を支えとして、めり込んだ地面から脱出したディベノとの距離は、高度を抜けば200m程。

靄が届く範囲とはいえ、改めて確認すればそれなりに距離が離れていた。

重力の方向は上から下だけ。

押し流されて距離が離れたという事はないだろう。


(俺の勘違いだったか、、、)


恐怖で、実際以上に近く感じてしまっていた。

200mの距離が、十分の一以下に感じてしまうくらいに。


(落ち着け落ち着け、、、。大丈夫。大丈夫だ、、、)


ローブの胸の辺りをぎゅっと掴み、やかましく鳴る鼓動を落ち着ける。

冷静にならなくては。

距離感を見誤れば、一瞬で形勢は相手に傾く。

手を緩めずに素早く動きながらも、冷静に、、、。

大丈夫、大丈夫だ。

俺には、キュイもベルも付いてるから。

大丈夫。大丈夫、、、。



(ディベノはその場から動かずに、靄をこっちへ伸ばしてきている)



大丈夫。

冷静に状況判断が出来ている。

今やるべき事は、、、。





パァンッ────!!





近付いて来る靄の排除。

届かなかった部分は消えてないが問題ない。

次手は、、、。




「〝黒雨(グレイン)〟」




一つ一つが、もっとも質量を持つ物質の何十倍も重い重力の黒い雨。

それを、ディベノの周囲に降らせる。

本来であればかなりの広範囲に発生する魔術だが、キュイの力を使えば範囲を絞って威力を上げる事くらい朝飯前だ。

範囲はクラムドを中心に直径10m程。

その狭い範囲に、圧力を伴う重力を持った黒い雫を降らせる。

ひとたび当たれば、キングベポのような巨体であっても背中から腹まで突き抜けてしまうような威力だ。

それに、自分に近い位置を消失させたところで次から次へと降ってくる。

ディベノでさえ、全てを完璧に防ぐ事は難しいんじゃ─────







「つッ!?!?!?」







痛い。

痛い痛い痛い痛い!!!!

なんで?

どこから?

どこから攻撃がきた!?


皮膚の大部分を失ったであろう右足の裏が痛い。

血も止まらない。

まだ雨は降り注いでるのに、どこから攻撃が、、、。


(あ、、、)


急いで逃げた先で見たのは、黒い雨に全身を穴だらけにされるディベノと、そのディベノから出て、黒い雨の隙間を縫うように天へと上る、細く絞られた靄。

横から見ればはっきりと分かるが、上から見ればただの黒い点だ。

雨と見分けが付かず、気付く事が出来なかったんだろう。





《《《《《キュイィ、、、、》》》》》


「大丈夫。大丈夫だから」





本当は、大丈夫じゃない。

それでも、心配をしてくるキュイに、恐怖が湧き上がりそうになる自分に言い聞かせるように、ひたすらに大丈夫と繰り返した。




「ぐッ、、あッ、、、」




ディベノが再生していく様子を見ながら、格納袋から取り出したタオルを足に巻き付ける。

痛みを明確にしたくないから傷口は見ていない。

だが、軽く触れてしまった部分には、皮独特の感触がなかった。

早く治療しなければ、後遺症が残る可能性も充分にあるんじゃないだろうか、、、。


早く、早く終わらせなければ。

あの化け物を倒さなくては。


怪我以前に、長引いて魔力の消費量が増えれば、キュイが完全体ではなくなって、同化が解けるという懸念もあるからな、、。

急ごう。




「〝扇重(ファ・グラビエル)〟!!、、、、え?」




重力を上げ、扇状に大地を凹ませているというのに、再生を終えたばかりのディベノは地に伏すどころか膝を着く様子もない。

効果が届いてないという事はないが、、。



『何故?という顔をしているな。冥土の土産に教えてやろう』



話に応じる義理はない。

そう思い、大量の風刃での攻撃を畳み掛けるも、意思を持つように蠢き範囲を広げた靄によって、発生した側から動き出す前に掻き消されてしまった。

確実に、攻撃パターンが読まれてきている。

風魔術と重力魔術しか手が無い事も、おそらく。


もう一つ、切り札があるにはあるんだが、必要な魔力量が多いからほぼ確実に同化が解けるんだよな、、、、。

それ以前の魔力消費を抑えられれば、同化を解除せずに使える可能性もあるんだが。

詠唱が必要なものだから、魔力を節約するのであれば、飛翔と体術のみで詠唱中を乗り切らなくてはならない。

だが、何とか詠唱時間を稼いだとして、その魔術を放ったからといって命を削り切れるかどうかは分からない。

大口叩いて一人でこの場へ来た事を、今更ながら後悔してきた。



『濃度は必要だが、魔術で上げられた分の重力のみであれば腐敗の魔術で消失させる事が出来る。大技で大地に縫い付けようとしたのだろうが、単なる魔力の無駄使いに終わった、という事だ』

「そん、、、な、、」



重力魔術も風魔術も防がれる。

自家魔術程度は、言うまでもなく防がれるだろう。

キュイの力を使って全力で飛び回って回避のみに集中出来れば捕まる道理はないが、攻撃もしなければいけない現状では、そういうわけにもいかない。

得意の攻撃パターンも読まれているように感じるしどうすれば、、、、。



『絶望に平伏しながら逝け』

「ちょちょちょ、ちょっと待ってください!」



空中で向き合いながら、ぐるぐると思考を回転させる。

まだ何も案は思い付いていないのに、とりあえず殺されたくないと制止の言葉を掛けてしまった。

倒せる可能性があるとすれば、同化が切れるかもしれない切り札のみ。

だが、それを使う為には詠唱する時間を稼がなくてはならない。



『待たせるな。刻限は近い』



何の気まぐれかディベノは苛立ちながらも待ってくれているし、今の内に何か案を、、。

何かないか、、、何か、、、、、。






(あ、、、、)






案、という程ではないが、魔術と体術以外に一つ使えるものがあった。

それは、監視者の自治領で使った〝演技〟

そう呼べるのか分からない程拙いものだが、果たして古代から生きる巨人族に通じるだろうか。



「復活した精霊王は僕に大恩があり、そして、それが効果を成さなかった時の為に人質を取っています」

『何を言っている?』

「精霊王の力は有用だとは思いませんか?ただでさえ強力な生命魔術を持っているのに加え、今は全ての精霊の力をその身に宿しています」

『ふっ。下らん。どれだけ強力であっても、今の私の敵では───』

「ですが、あなたの目下の敵は神のはずです。仲間として、とは言いません。肉壁としてなら、アレ以上に有用なものはないんじゃないですか?」



出来るだけ下卑た笑みを浮かべるように意識をして、言いたくもない事を口にする。

例え嘘であっても、ベルの事を肉壁なんて言いたくなかったんだけどな、、、。

やりたいない事をやらなくてはならない時は誰にでも来る。

俺は、それが今だっただけだ。

全力で、演じ切らなければ。



『話はそれだけか?では、死ね』

「一つ!お願いがあります!!!」



大きな声で、何とか途切れそうになった話を繋げる。

鼓動がやかましい。

だが、悟られてはいけない。



『聞く必要は───』

「今から切り札を出します!全ての魔力を注ぎ込んだ一度限りの切り札です!!それを見事受けきったなら、僕の身も、持つものも全て差し出しましょう!必要とあらば、三賢者を懐柔する事も可能です!!」

『ほう?』



ディベノが食い付いた。

だが、どれだ?

どれに興味を持った?

切り札か俺の全てか三賢者の懐柔か。

選択肢を間違えれば、今度こそ会話は終了する。

どれだ、どれに食い付いた?





『余興だ。切り札とやらを出してみろ』





よし。

悩んでいる間に、答えを出してくれた。

それも、一番食い付いてほしかったものだ。



『つまらぬものであれば貴様の仲間を目の前で殺した後、絶望の中で息の根を止めてやろう。少しでも私を楽しませる事が出来た場合は、憎き精霊王と共に肉壁にしてやっても構わん』



それならどのみち死ぬんだが、、、。

まあいい。

切り札を出せるならなんでも。

どのみち、それで細かく抵抗するくらいしか出来る事はないからな。

せっかく時間をくれたんだ。

有効に使わせてもらおう。




「ありがとうございます」




心からの謝辞を述べて一つ、深く息を吐く。

そして、一度強く口を結び、切り札を使う為にゆっくりと開いた。

己の、全てを込めるつもりで。












「【幻と現。幽世と現世。生は袂に死は遠に。振るう大義に隔てるものは無し。多元に(ましま)す精霊の王、ベル・ウラミリア・ファウスト・キングスフォードよ。小さき者の所願を聞き届け、今、命の息吹を此処に示現させ、神威の一端を顕界に知らしめ給へ。 〝神風(ディバインストーム)〟 】












詠唱は終えた。

後は、集中を切らさずに全力を尽くすのみだ。

俺の、人類の最後の一手が、ディベノの命を削り切れるように。

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