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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
十一章
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九十一話「出立」



色は翡翠と白銀が殆ど。

羽も特徴的な尾も鶏冠も、殆どが翡翠と白銀で構成されている。

それでも、一目見て鳳凰だと思えた。

キュイの名残りのある鳳凰。

これが、完全体なのか、、。



『キュイィィィィィィィィ!!!!!』



羽をバサリと広げて、狼の遠吠えに似た鳴き声をキュイが上げる。

耳を塞ぎたくなるような大きな音のはずなのに、どこか心地良さすら感じるのはなぜだろうか。



「うん。問題なく出来たね」

『キュイ♪キュイ♪』



笑みを浮かべるベルとキュイ。

どちらも姿が変わってしまったが、話している様子はいつも通りだ。

比較対象を多く出せる程、何度もやり取りを見てきたわけではないが。



「大きくなったな、、キュイ」

『キュイ!』



特に言う事が思い浮かばず、そんな小学生の感想のようなものしか言えなかった。

相手の変化に対する適当な言葉を選択出来ないのは、小さい頃から変わらない。

キュイが特に不貞腐れる様子もなく言葉を受け入れてくれたから良かったけど。


(それよりも、、)


幻想的で、それでいて荘厳な見た目のキュイがいつも通りの可愛らしい仕草をしているのには、少し、、、、いや、かなりの違和感を覚えるな、、。

胸を張った状態で、身長は俺より少し高いくらい。

鶏冠も入れるなら、2m以上あるんじゃないだろうか?

羽は軽く広げただけでも、端から端まで3m近くあるように見えた。


ここまで大きくなっているのにキュイと識別出来るのは、中々に凄い事だと思う。

少し違うかもしれないが、幼稚園時代の旧友と成人してから再会したような感じと似ているんじゃないだろうか。

人も精霊も、成長しても自身の特色のようなものを残していくんだな。









「ケイトさんに、お願いがあります」


ベルが唐突に、神妙な面持ちでそう切り出してきた。

変わった姿が放つ雰囲気も相まって、自然、襟が正される。



「完全体になったキュイの力で、ディベノの野望を止めてもらえませんか?」



ディベノ、、?

どこかで聞いた事があるような、ないような。

てっきりクラムドを止めてくれと言われると思っていたんだが。



「クラムドさんを操っているのがディベノです。僕達より前にこの世界に住んでいた巨人族の一人であり、巨人王以外を唆して神の勘気に触れた者でもあります。ケイトさんは、あの本を読んだ事はないですか?」



巨人族について書いてある本なんて、一つしか心当たりがない。

ディベノというのも、記憶が確かであれば出てきていた気がする。



「〖世界の成り立ちと 英雄達の物語〗か?」

「はい」



やはり、そうだった。

ディベノが存在するというのなら、あの本の出来事が実際にあったというメヒトの仮説は正しかったんだな。

古くから生きている初代精霊王の記憶を持ったベルが言うんだから、間違いないだろう。



「あの本の通りの事を、またしようとしているんです。始まりの木として生きているとはいっても、テペトラ一人の力では止めようにも止められないですから、、。動ける僕達が止めないと────」

「ちょちょちょ、ちょっと待った」



何度も話の腰を折るようで悪い気がしたが、今さらっとそれなりに重要な事を言った気がする。

始まりの木というのは、この世界の動植物全て含めた上での原初の命だったはずだ。

それが、あの本に出てくる巨人の王であるテペトラ、、?

ディベノが何かしらの方法で生き残っていたのであれば不思議な事ではないが、、、。



「始まりの木って巨人の王のテペトラなのか、、?」

「?はい。テペトラの頭部の生まれ変わりが始まりの木です。今もまだ意識が残ってますよ。知りませんでしたか?」



んん?

ベルの様子を見るに、そんなに重大ではない事実なのか?

もしかしたら俺が知らないだけで、魔人にとっては常識的な知識なんだろうか。



「フレーメルさん、知ってました?」

「いえ、私も初めて耳にしました、、。そもそも無学なもので、〖世界の成り立ちと 英雄達の物語〗という本も存じ上げません、、、」



魔人で尚且つ年上でもあるフレーメルなら知っていると思って聞いてみたが、返ってきた言葉がそれだった。

そうだよな。

あの本は日本語で書かれてる、もしくは劣世界の人間にしか読めないように工夫されてるんだ。

巨人の存在なんて、知り得る人は殆どいないだろう。

あのメヒトですら、巨人族実在説はまだ確証を持てずにいたのだから。



「ご、ごめんなさい。そういえば全然知られてない事実でした、、、。色んな記憶が一気に入ってきたので、頭の中で今まで学んできたものと初代精霊王の記憶が混ざってしまって、、」



という事だった。

よく考えたら、ついさっき大量の記憶を受け入れたばっかりだもんな。

どれが広く知られている常識で、どれが希少な情報か。

その整理をする暇も余裕もなかった事は明白だ。

神秘的な見た目にこそなれ、ベルはなんでも出来る全能の神ではないからな。



「大丈夫。続きを話してくれるか?」

「は、はい」



ベルが話してくれたのは、想像も及ばないような昔の話。

この世界が今の形にならず、ひとつなぎの空中に浮かぶ大きな大陸だった時の事。

巨人一の切れ者であったディベノは、独自の研究で神という存在が居る事に気付き、そしてその神の住む天界に、ある一定周期でこの大陸が近付いている事に気付いたんだそう。

それを知ったディベノは、天界に乗り込んで神の力を奪おうと画策し、独自の洗脳術でテペトラ以外の巨人族を洗脳して、着々と決行日に向けて準備を進めていたらしい。


(色々知らなかった事実はあるが、大まかな流れはあの本に書かれていた通りだな、、)


その後の流れも既知のもの。

肩車をし合い、何とか天界に手を掛けられそうとなったところで、その行為が神の目に付き勘気に触れ、天罰を受けた。

そして天罰を受けた巨人達の血肉が新しい命となり、テペトラの命が優世界の、それ以外の巨人の命が劣世界の生命となった、と。

それらをまるで、自分の目で見たかのように話すベル。

凄いな、と率直な感想を言うと、テペトラから直接聞きましたから、ともっと凄い事をさらっと言われた。

何というか、大昔の事のはずなのに最近あったどうでもない事のように聞こえてしまう。

時間感覚が狂うな、、。



「裁きを受けた巨人は体も魂も全て一度作り変えられたと、神の恩赦によって記憶を持って意識を保ったまま世界間を繋ぐ始まりの木にされたテペトラも、当時は思っていたんです」



またもや、メヒトの予想が当たっていた。

始まりの木は世界間を繋ぐ架け橋になっているようだ。

科学的な証明を出来ず大した文献もないというのに、予測だけで正しい解答に辿り着くとは、、、。

良い意味で化け物だな。



「でも、ディベノはテペトラの予想以上に周到でした。天界に至れなかった時の対策として、古来の転生術式を、装備者の指のサイズによって変形する指輪に刻んでいたんです」



曰く、それで記憶と意識を持ったまま指輪に宿ったディベノが立ち上げたのがディベノ教。

巨人族について書かれたあの本に気付き、ディベノ教が名前を変えたのがディベリア教らしい。

安直というか何というか。

全く別物に名前を変えなかったのは、ディベノなりの矜持か何かなんだろうか。



「転生したディベノが宗教を立ち上げて何か企んでいる事を察知したテペトラが、僕、、、えっと、初代精霊王にディベリア教の撲滅を依頼して一度は壊滅寸前まで追い込んだんですけど、、」

「肝心のディベノにトドメを刺せず、後に復讐されてしまった、と」

「はい、、、」



申し訳なさそうに、しょんぼりした様子でベルが目を伏せた。

俺としては、転生体とはいえそんな昔の事をベルのせいだと思うつもりなんて微塵もないんだけどな、、、。

記憶が鮮明にあるベルは、どうしても自分がした失敗のように思えてしまうのかもしれない。

相当目立つような装備者でなければ、特定の指輪を着けてる人を広大な大陸から見つけだせなんて言われても難しいと思うし、仕方のない事だと思うが。

一人ずつ隅々まで調べられたわけではないだろうしな。


(ん?ちょっと待てよ?)


ベルは言った。

クラムドを操ってるディベノを止めてほしいと。

もしかしなくても、今日がその天界に一番近付く日なのか、、?



「ベル。ディベノは今日、また過去を繰り返そうとしてるのか?」

「その通りです。今のディベノであれば、僕が精霊を支配から解放したとしても、一人で天界に辿り着けてしまうんです。そうなれば、また過去は繰り返されます。いえ、繰り返されるどころか、今度は恩赦を受けられないかもしれません。最悪の場合、大陸ごと消し去られる可能性も、、、」



この世界の広大な大陸ごと消し去る、、か。

スケールが大き過ぎていまいち怖いとかそういう感情が浮かばない。

だが、帰る手段のない俺にとっては決して他人事ではない話だ。


明日が来ない。


シンプルにそう考えれば、俺の足りない脳みそでもどれくらい大変かという事をそれなりに理解出来る。

止めないと、いけないよな、、。

それは分かるんだが、それを自分がするとなると想像がつかない。

クラムドの実力すら知り得ないのに。



「今、三賢者が揃って聖域に行ってるけど、それでも不十分か?」

「三賢者さん達がですか!?早く助けないと命が、、!」



そう即答されてしまう程、クラムドの実力というのは規格外のものらしい。

まさかと思って聞いてみたが、バオジャイを圧倒する獣人王ですら、無力化すら出来ないだろうとの事だった。

益々、俺が行く意味がない気がする。



「キュイが完全体になったとはいえ、精霊域から出られないんじゃ十全に力を引き出せないし、魔力量も足りないんじゃないか?」



死ぬ確率が100%以上ある気がする戦場に行きたくないという感情が、言い訳がましいそんな言葉に乗って口をついてしまった。

男らしくないとは思うが、誰だって自分が一番可愛いはずだ。

放置しておけばどのみち天罰によって死ぬと分かっていても、自分から死に踏み込んでいく勇気はない。



「それなら大丈夫です!」



何が大丈夫なんだ、、、。

自信満々に鼻をフンスと鳴らしてそう言うベルは可愛いが、絆されたくはない。

クラムドどころか、三賢者最弱だというメヒトにすら勝てる想像も出来ないからな。



「キュイ」

『キュ!』



ベルの声に従って、キュイがふわりとその場で浮かび、俺の上に降りてくる。

だらりと垂れた尾は、肌に当たる感覚は微塵もなく体の内側に隠れた。

本当に、実体がないんだな、、、。

見た目だけでは分からないものだ。



「え、ちょ、えぇ!?」



真上から、エレベーターのように真っすぐにキュイが降りてくる。

真上、という事は降りてくると俺と重なるわけで、、、。








《《《《《キュー!!》》》》》








頭の中で、キュイの声が響く。

外から音として聞こえているわけではない。

体の中から直接語り掛けられているような、そんな感覚。

相変わらず、言葉としては認識出来ないけど。



「どうですか?体の具合は?」



体の具合。

それは、キュイが俺の体に降りて来てから得られた変化の事を聞いているのだろう。

遮るもののない状態で俺と体を重ねたキュイは、そのまま俺の中へ入ってきた。

明らかに俺よりキュイのほうが大きいというのに、どこに収まっているというのか。


色々と謎な事はあるが、一つ、本能で理解出来た事がある。

俺が、自分の意思でキュイの力を使う事が出来るようになった事。

つまり、合図をせずとも、風魔術と重力魔術の精霊魔術、全てを使う事が出来る。

双方の精霊達がベルの元へ還ったとしても、これはキュイ自身の力だから俺には影響はない。

まだ力を試していないから詳しくはどれ程強くなったのかは分からないが、得られる感覚から推測するに、バオジャイにも優に勝てるんじゃないだろうか。

そう思える程、力に満ち満ちている。

でも、重なってる状態だからこそ力を得られたのだとすれば、動いて俺とキュイの体がズレれば、同時に力も失われるんじゃないのか?

どれだけ強くなったと感じても、じっと止まったまま戦えというのは無理があるぞ。


(、、あれ?)


不安が募り、手足を色々と動かしてみたが、四肢が元あった場所にキュイの体のみが残るという事はなかった。

これはもしかすると、ただ体が重なってキュイが隠れてるというわけではないのか、、?



「何というか、力が溢れてくるな、、。これはなんなんだ?」

「完全体の状態でのみ出来る、〝憑依〟です。本当は僕としか出来ないんですけど、キュイとケイトさんは凄く相性が良いみたいだったので、問題はなさそうですね」

「体の調子としては違和感もないし無問題なんだが、、。その憑依っていうのはどういうものなんだ?」

「意識を保ったまま、キュイが完全に同化したと思ってください。集中を高めなくてもキュイと同じように飛べますし、それ以外のキュイの力も全部ケイトさんの意思で使えます。それと、全部の魔術がキュイ本来の実力で放つ事が出来ますよ」



薄々気付いていた事ではあるが、キュイは体のサイズが大きくなるほどに力を増していくらしい。

つまり、恐怖が脳裏に焼き付いているあの黒球を今の状態で放ってしまえば、、、。

想像もしたくないが、確実に他に人がいる場所では使わないほうがいいだろう。

村どころか大きな町ですら飲み込んでしまいそうな気がする。

そうなれば自分も巻き込まれそうだな。



「その状態であれば、キュイは精霊域を出られますし、全力を出す事が出来ます。無理にとは言わないです。でも、お願い出来るなら、その力を使ってディベノの野望を止めてもらえないですか、、、?」



この世界の住人でないケイトさんに尻拭いをさせるような事をしてごめんなさい、とベルは付け足した。

正直なところ、今ありありと感じているこの力があれば、圧倒的強者であるクラムドでさえ倒してしまえるんじゃないかと思う。

怖いという気持ちは勿論ある。

あるにはあるんだが、、、。


(抵抗出来る力を手に入れられたのであれば、黙って死を待つよりも、抗ってみるかな、、、)


恐怖とは別に、沸々と、そんな想いが湧き上がってきているのを感じた。




《《《《《キュ!》》》》》




声と共に伝わってきたのは、肯定の意思。

同化したら、考えている事まで伝わってしまうのか、、、。

だがまあ、そうだな。

ここでうじうじして何も出来ずに終わるよりは、例え無理であっても華々しく散るほうが格好いいか。

一人で行けと言われれば勇気は出なかったが、キュイが一緒のこの状態なら。

そう思える。




(力を貸してくれるか?キュイ)


《《《《《キュイ!》》》》》




力強い意思と鳴き声が返ってきた。

決心がついた、相棒の同意が得られた。

それなら、俺の返答は一つ。






「分かった。やれるだけやってみるよ」

「ケイトさん、、!!」






歓喜で表情を歪め、飛び込んでくるベルを抱き留める。

背が伸びたせいで、耳に掛かる息がくすぐったい。



「ベルは、一緒に来れないのか?」

「行きたいんですけど、精霊を助けないといけないのと、精霊域は潤沢な魔力が蔓延している代償に不安定で、精霊が一人もいないと崩壊を始めてしまうんです、、。なので、僕は全ての精霊を救った後、ここに残らないといけません」

「一人でか?」

「、、、はい」

「そう、、か」



ただでさえ、記憶が増えたばかりで不安定だというのに、そんなベルを一人で残してしまうのは流石に気が引ける。

ミシェを残すとはいっても、生き返るかはまだ分からないし、生き返ったところで初対面だから人見知りのベルは緊張するだろうしな。

かといって、俺が残って他の人に精霊域に行ってもらうわけにもいかない、、


、、、いや、待てよ。


リビィとフレーメルに残ってもらえば充分なんじゃないか?

この二人なら、ベルが緊張するという事もないだろうし。

それに、どのみち二人を聖域なんていう危険地帯に連れて行く事は出来ない。

三賢者ならまだしも、二人は逃げ切る事すら難しいだろうから。



「リビィさ────」

「ここに残れ、なんて言わないよね?」



落ち着いたベルから離れてリビィに視線を向けてお願いをしようとしたところ、そんな言葉で遮られ、断られてしまった。

キュイだけじゃなく、リビィにまで心の声が筒抜けになってるのか、、、?

そんなに分かり易い顔してるかな、、、。



「私の事をいつも心配して守ってくれるケイトが、置いて行くって言い出すのは分かってたよ。それでもね、私も力になりたいし、ウル達が心配でここにじっとしてるなんて出来そうにないの。だからお願い。無理を言ってる事は分かってるけど、私も一緒に連れて行ってくれない、、?お願い、ケイト」



強い意思を宿しながらも、申し訳なさを浮かべる目で俺に懇願するリビィ。

戦えないリビィを危険地帯に連れて行くのはな、、、。

どうにかして、説得出来ないだろうか。



「絶対に足は引っ張らないから。それにさ、ほら。回復要員も必要じゃない?みんなも怪我してるかもしれないし」



畳かけるように、早口でリビィが捲し立ててくる。

確かに回復要員は必要だと思う。

だが、医療の発展していないこの世界では、治療には精霊魔術が必要だ。

そして、精霊魔術を司る精霊も、御多分に洩れず還元対象に入っているわけで、、。



「ベル。治癒魔術の精霊だけを残すなんて出来ないよな?」

「そう、、、ですね、、。残したとしても、ケイトさんが聖域に着く前に、体が消失すると思います。僕でも、支配の魔術は解除出来ないので、、」

「そんな、、、」



という事は、同行したとしてもリビィの役目はない。

オブラートに包まず言えば足手まといだ。

勿論、それをわざわざ口に出して伝える事はないが。








「でも、、」








話は終わってなかった。

ベルがぽつりと声を漏らし、話を続ける。



「リビィさんが契約してる精霊の力を、一回分に限りリビィさんに宿す事は出来ます。それなら、例え精霊を還元した後でも、使う事が出来ますよ」



リビィの顔が、分かり易く笑みを浮かべる。

まさかそんな裏技があったとは、、、。

これは、置いて行くのは難しそうか。



「ケイト!聞いた!ねえ!使えるって!!」



テンションの上がったリビィに肩を掴まれ、揺すられる。

こんな満面の笑みで喜んでるリビィ相手に付いて来るななんて言えないよな、、。



「、、、分かりました」



渋々、了承を伝える。

安全なところに居てほしかったんだけどな、、、。



「本当!?本当に!?」

「はい」

「やっっっっったあ!ありがとう!ありがとうケイト!」

「でも、約束をしてもらえませんか?」

「約束?」

「はい。あるのかは分かりませんが、僕が守れる範囲で出来る限り安全なところに居てくれる事と、僕が危機に陥れば、ウルさ、、、生存者を連れて逃げる事を。それが出来ない状況の場合は、自分を最優先にして逃げてください」



バオジャイにも勝る力を手に入れたとはいえ、確実に勝てるという保証はない。

それなら、ずっと近くに居てもらうよりは、危なくなったら逃げてもらうと決めておいたほうがいいだろう。

自分が連れて行ったせいでリビィが死んでしまったとなれば、後悔してもし切れないからな。

俺なりの、連れて行くという事に対する妥協案だ。



「ケイトを置いて逃げるなんて───」

「約束してもらえないなら、連れて行く事は出来ません」



強く、言い切った。

ここで要望を聞いてあげるのは、優しくしているわけじゃなく、甘やかしているだけだ。

リビィが何と言おうと、自分を最優先にさせる約束をしておかなくては。

別に、強制力のある約束ではないけど。

それでも、心の中で約束をしたという事が枷になってくれるかもしれないからな。



「、、、わ、分かった」



聖域に連れて行く事を了承した時の俺以上に渋々といった様子で、リビィが納得してくれた。

納得はいっていない表情をしている。

おそらく、いざその時になれば逃げてくれないんだろうな、、、、。

危機を感じたら、戦いながら距離を置けるように頑張るか。

ゾルとの組手で戦いの時の距離感の掴み方は何となくだけど分かったし、キュイの力を十全に引き出せるのであれば出来る気がする。

頑張ろう。



リビィは俺と聖域へ行く事が決定した。

ベルは残って精霊達を救う。

後は、、、。



「フレーメルさんはこの後どうします?」

「私はベルと残ります。もう、寂しい思いはさせたくありませんから」

「お母さん、、、」



まあ予想は出来ていたし、それ以外に選択肢はないと思っていたが。

フレーメルが残ってくれるなら、ベルの事も心配いらないだろう。

なんたって、実の母親だからな。



「精霊域を出て転移地下道を駆使すれば、何とか間に合いそうですかね」

「どうだろう、、。どれくらい大変な状況かも分からないから、、」



魔人域へはベルが送ってくれると信じて、そこからは飛翔と各地の転移魔法陣を駆使して行けば、聖域へ辿り着けるだろう。

それまで、ウル達が耐えてくれていればいいが、、、。



「ちょっと待っててください」



そう言って、ベルが湖のヘリにしゃがみ、袖を捲って水に手を付ける。



「おいで」



手を付けた状態のベルが一言零すと同時に、湖の底から上がってきた二つの光がベルの手に吸い込まれた。

これは、裏表の精霊をその身に取り込んだ時と同じものだ。

おそらく、何かの精霊を還元したのだろう。

でもなんで湖から?



「今、転移魔術の精霊を還しました。これで、聖魔の社までですけど、僕が送る事が出来ます」



なんと魅力的なショートカットだ。

それなら、場所によっては10分もせずにウル達の元へ辿り着けるんじゃないだろうか。

ちなみに、もう一つの光は治癒魔術の精霊のものだったらしく、ベルの計らいに感動する俺の横で、リビィが力を授けてもらっていた。

感じられる変化は特に無いようだ。



「この湖から、精霊域全土の精霊達を救うのか?」

「はい。ここの水は全ての精霊に繋がっているので、精霊域の中なら、水に触れていれば何処へ居ても語り掛ける事が出来るんです」



便利だな初代精霊王の力は、、、。

いや、この場合はこの湖が便利だというべきか。

そういう仕組みなら、若干不安を感じていた精霊を救う速度の問題も、心配しなくて良さそうだ。

なんたって、湖に手を付けながら呼び掛けるだけで全ての精霊を救う事が出来るんだからな。






「よし、じゃあ送ってくれ」






準備は整った。

心配ごとはあるが、全てを解決している時間はないし仕方ない。

後は、送ってもらうだけだ。



「あ、ケイトさん。最後に手を出して貰っていいですか?」

「ん?分かった」



言われるがまま、握手をする時のように右手を差し出す。

何をするのか分からないが、こんな感じでいいんだろうか。








「 〝契約を〟 」








俺の手を両手で柔らかく握ったベルが一言そう零すと同時に、手の中が淡く光った。

何となく、契約の儀の時の色に似ている。

その言葉を証明するように、ベルの、もとい初代精霊王の情報と生命魔術の情報が流れ込んでいた。


(生命の生成、略奪、変質、昇華、、、)


生命に関する様々な事を、生命魔術は出来るようだ。

弱っていたとはいえ、よくディベリア神聖国はこんな相手を倒す事が出来たな。

生命の略奪なんて、効果を想像しただけで恐ろしい。

変質と昇華は、死にかけだったキュイを精霊に変えた力の事、、、、かな?

変質単体で使えば異形に作り変える事も出来るようだ。

恐ろしい。

それ以外に気になったところといえば、本来の名前は口にするのも面倒な程に長いという事と、年齢が不明という事。

一定以上は分からないようになっているのか故意に隠しているのか、、、。

きっと、指を指して数えないと駄目なくらいのゼロが並んでいるんだろうな。

重要な事ではないし、あまり気にしないでおこう。



「これで、僕との契約が完了しました。きちんとした手順を踏んでないので、生命魔術を使えるのは今日明日くらいまでだと思います」

「ありがとうベル」

「とんでもないです!ケイトさんなら、信用出来ますし」



信用出来ない相手と契約してしまえば、多くの人の命が悪戯に弄ばれる可能性があるもんな。

ベル曰く、誰かと契約を交わすのは初めてらしい。

太古から生きてきた初代精霊王の初めての契約相手か、、、、。

何というか、とんでもない事になってきたな。

この力をどう使えばいいのかまだ分からないが、より一層自信がついた。

ミシェが生き返った時に自分だけ再会出来ないのは嫌だし、何とかクラムドを、ディベノを倒して、生きて帰って来よう。

欲を言うのであれば、無傷で。

勿論、ウル達も一緒に。




「ケイトさん、どうかディベノを止めて、この世界を救ってください」

「保証は出来ない。でも全力は尽すよ。その時はまた、今度はベルが、俺に魔術を教えてくれ」

「はいッ!」




気持ちは整った。

後は対峙するだけ。








「それじゃあ、行ってくる」








飾らない言葉を最後に、視界は淡青色の光に塗り潰された。

ウル、バオジャイ、メヒト。

どうか、堪えていてくれ。

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