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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
十一章
92/104

八十九話「精霊王」



聞き間違いじゃないだろうか。

誰もがそう思ったと思う。

少なくとも、二体の精霊王以外は。

キュイは、どうだろうか。

怯えてるから分からない。


(精霊の王である精霊王の王?、、んん?)


頭の中で整理しようとすればするほど、よく分からなくなってしまう。

つまりどういうことだってばよ。

そんな、某有名漫画の主人公の語尾になってしまうくらいには頭がこんがらがっている。



「えっと、どういう事ですか、、、、?」



勿論、ベルも分かっていない。

ここまでも自身がキーとなって不可思議な事が起こっているというのに、トドメが裏表の精霊王達の先の発言だ。

おそらく、一番混乱しているのがベルだろう。



『転生を完全に終えれば、自ずと理解出来る事でしょう』

『人の子など捨て置いて、どうぞ奥へ』



奥、というのは多分、二体の後ろにある入口と同じような扉の事を指しているのだと思う。

一本の木を丸々使ったかのような大きな閂で閉じられていて、簡単には開けられそうにない。



「ぼ、僕が奥へ進んだら、他のみんなはどうなるんですか、、?」



扉への道を開けようとする精霊王に、ベルが問う。



『竜の贄にでもしておけばよいのです』

『大した事のない、小さき命でありますから』



ここでベルと別れてしまっては、ほぼ間違いなく精霊域から出られない。

そうなれば、精霊王の言う通りの竜の贄にならずとも、自然と朽ちてしまうだろう。

この場所以外に、道中の湖に終わりがあるのかすら分からないしな。



「──です」



俯きがちに、それでいて力強く放たれたベルの言葉は、力を込め過ぎていまいち聞き取れなかった。

腰の辺りでぎゅっと握られた手は揺れ、その振動は肩にまで伝わっている。



『今一度、お言葉を』

『いただけないでしょうか』



一つの文を二つに分けて、裏表の精霊王が声に出す。



「駄目です」

『駄目、とは一体』

『どういう意味合いを持たせたものでしょう』



「僕の大事な人達を、簡単に殺すような事を言うのは駄目です!!!!」



「ベル、、、」



精霊王をキッと睨んで、ベルが大声で反抗する。

ベルのこんな大声は、初めて聞いたかもしれない。

それどころか、こんな決意を込めた強い目も、震えながらも立ち向かおうとする意思も、全てが初めて見るものだ。

人の為に感情を爆発させるとは、、、。

ベルらしいといえばベルらしいか。



『ですが事態は深刻』

『急ぎ、お力を取り戻していただかなくてはならないのです』

「せめて、聞かせてください。僕の事を王と言った理由とか、それ以外にも色々。ここに来るまでも分からない事だらけで、、、」

『話せば長くなるのですが』

『王の望みとあらば』



裏表の精霊王は、何故今そんな話をするんだという昔話を話してくれた。

昔、原初の命であるという始まりの木とほぼ同時期に、この世界に生命の魔術を持つ精霊王が誕生したのだという。

曰く、精霊王は家族を増やそうと、自身の魔術を使い、数々の精霊を生み出していったんだそう。

実体のある生物と違い、魔力のみで体を構成する精霊には性別もなく、子を成す事が出来ない。

精霊とは、その全てが初代の精霊王の魔術に生み出されたものらしい。

つまり、話してくれている裏表の精霊王もキュイもその他の精霊も、全員が精霊王の子なのだという。


(ん?キュイの年齢って確か14歳じゃなかったかな?)


その時期にはこの記憶魔術の精霊が精霊王だったらしいし、十四年前にキュイを産んだという線はあり得ない。

実体を持っていたり体の大きさや見た目が変わったり。

キュイはどこまで特異な存在なんだ。



『全ての精霊は、生みの親である精霊王様を慕っておりました』

『勿論今も、変わらず敬慕しております』



だが、そんな中で初代精霊王を倒そうとする野望を持った精霊が生まれたんだそう。

名前は、アルフレリック・ロード・インペリウム。

支配の魔術を持つ精霊。


(契約の魔術の上位互換として支配の魔術があるというメヒトの推測は合ってたんだな、、)


ミシェの調査書に書かれていた支配の魔術というものが気になって、転移地下道へ向かう前にメヒトに聞いていた。

まだ確証が持てないものらしいが、どうやら実際に存在するようだ。



『奴は、謀反を起こしました』

『数多の精霊を魔術で縛り付けて』



アルフレリックは表面上は初代精霊王に従っている風を装い、裏でこそこそと他の精霊達を支配の魔術で自分の配下に加えていったらしい。

自身の野望を果たす為に、着々と。


その野望とは、多くの精霊を従えて初代精霊王を打ち倒し、自らが新たな精霊王と成る事。

王殺しでもあり、親殺しでもある計画を練っていたんだそう。


(初代精霊王を慕ってる精霊達を無理矢理従わせて戦わせるなんて悪逆非道な、、、)


だが、初代精霊王の壁は厚く、アルフレリックは目的を達成する事が出来ずに魔人域に封印されたらしい。

仕向けた精霊のどれも(・・・)が、傷一つ負わないという屈辱的な負け方をして。


その封印された場所というのが、以前メヒトと一緒に行った幻霊林。

もしかすると、あの謎の視線の主がアルフレリックなのかもしれない。

クラムドが支配の魔術を手に入れたというのなら、あの時に見た聖魔術士達は、その目的を果たす為の調査をしていたのかも。

実際にアルフレリックの姿を見ていないから分からないけど。



『ですが精霊王様は』

『卑劣な人間の手によって討ち滅ぼされてしまいました』



自分の子達を傷付けないように身を削りながら戦い、そのまま幻霊林に向かってアルフレリックに封印の処置を施した後、精霊域へ帰ろうとしているところで人間の軍勢に襲われたらしい。

相手を気遣う余裕のなかった初代精霊王は全ての力を出し切り人間の軍勢の半数以上を討つも、最終的には敗戦となってしまったんだそうだ。



『我らは、精霊王様が留守の間の』

『仮初の王でございます』



初代精霊王が倒された事により、残る精霊の中で一番力を持っていて、尚且つ慕われていたこの二体が、精霊王と名乗る事になったんだそう。

だが、残った者達に任せて自分はやられるだけでは終わらなかった初代精霊王。

最後に残った魔力で、魔人の子となって転生するように魔術を行使したらしい。

生命魔術、なんでもありだな。

そしてその転生体こそが、、、。



『貴女様こそが、精霊王様の転生体にございます』

『生命魔術とその双眸こそが、転生体の証』



ベルのこの特徴は、確かディベリア教徒に忌避される者の特徴だったはずだ。

という事は、ディベリア教徒は初代精霊王が転生してくる事も、その身体的特徴も知っていたという事か。

討ち滅ぼした魔人の軍勢というのは、もしかするとディベリア教なのかもしれないな。



「僕が、、精霊王の転生体、、」



ベルが、自分の腕を、足を。

順番に見る。

話を聞いたからといって突然何か見た目に変貌があるわけではないと思うが、いきなり自分が精霊王だと言われて、じっとしてはいられないのだろう。

俺もじっとしていられずにベルを見てみたが、特に変わらない。

普通の女の子だ。



『ですが、貴女様はまだ完全に転生を済まされておりません』

『力の多くと記憶の全て。それらを取り戻す必要がございます』



曰く、それらを取り戻す為に必要な儀式を、あの閂の掛けられた扉の奥でしないといけないらしい。

魔力が潤沢にある精霊域でしか記憶と力の多くの引継ぎを出来ない為、どうしても中途半端な転生体になるそうだ。

死ぬまでにここに来ない可能性は考慮しなかったんだろうか、、。

今回はたまたま、キュイが居たから来れたけど。

、、ん?

もしかして、キュイはその為に生まれたとかなのか?

確か、ベルとキュイは同い年だったはず。

精霊王を導く為に、魔人域へ渡れる実体を持った精霊が生まれたと考えれば、、。


(色々と詰めが甘いところもあるが)


まあ、おかしくはないだろう。

少なくとも、何の前触れもなく突然変異種が生まれたと考えるよりは。

キュイと契約出来たのは、俺がベルと関わりがあった存在だからかもしれないな。

予期せぬところで、色々なものが繋がっていく。

メヒトの言葉を借りるなら、まだ仮定の仮定の段階だが。



「えっと、その力とか記憶を取り戻して、僕は何をすればいいんですか?」

『精霊域を、救っていただきたいのです』

『現在置かれている状況をお話し致します』



聞かずとも素直に話してくれる裏表の精霊王の話に耳を傾ける。

そうして聞いた話は、俺が思っていたものよりも、何倍も深刻なものだった。


(支配の魔術で精霊域にいる全ての精霊が無理矢理契約を結ばされている?消費魔力も精霊持ちで、体を構成する魔力が使い切られてしまえば存在が消滅する?)


それも、精霊魔術だけでなく自家魔術を使った時も魔力を奪われるらしい。

支配の魔術を行使した人物が魔術を使えば使う程、何の罪もない精霊達が殺められていくという事。


(そんな残虐な事をするのは一体どこの誰だ、、)


と一瞬疑問が浮かんだが、支配の魔術を使ったというのであれば、十中八九あの人とみて間違いないだろう。

クラムド。

ウルとメヒトの幼馴染みであり、ディベリア神聖国の現教皇だ。

もしかしたら、聖都をあんな惨状にした魔術の行使にも、精霊達の命が使われていたのだろうか。

精霊達の命を奪って魔術を行使し、その魔術で多くの魔人の命も奪う。

悪逆非道の一言では言い表せない程の所業だ。


(ん?ちょっと待てよ、、)


ウル達は今、そんな化け物相手と戦ってるのか?

魔力がほぼ無制限で精霊魔術が使い放題で、腕を切っても再生するような相手と?

いくら三賢者が揃ってるといえど、あまりにも無謀過ぎる気がする、、、。

精霊達の事も心配ではあるが、俺としてはウル達のほうが心配だ。

ミシェと同じ道を辿るような事はしないでくれよ、、。



「精霊王としての全てを取り戻せば、支配されている精霊達を救えるんですか、、?」

『左様でございます』

『しかし一つ、問題が』

「問題、ですか?」

『代償に、貴女様の現在持つ記憶が失われます』

『人の名前も思い出も、その全てが』

「記憶が、、」



せっかく、俺達の事を覚えてくれていたという喜びを噛み締めたばかりだというのに。

すぐに失ってしまうというのか。

それも、フレーメルさんや、それ以外にもベルに関わってきた人達との思い出も一緒に。



「ぼ、僕は、、、」



精霊を救いたい。

でも思い出が消えるのは嫌。

そんな二つの感情がベルの中で鬩ぎ合ってるのだと思う。

浮かべる表情は苦々しい。

底抜けに優しいベルだからこそ、自分の大事なものを引き合いに出されても、こうして精霊達の命と天秤に掛ける事が出来ているのだろう。

俺が突然言われたら、忘れたくないからと即座に断ってしまいそうな気がする。



「どちらか一つなんて、選べません、、、」



結論は、それだった。

優しいベルは、自分が今まで得て来た大切な記憶達と会った事もない精霊達の命を天秤に掛けて、価値を水平に保ったのだ。

本当に優しい心を持つなら、自己犠牲の精神を持ってでも多くの命を救えと言う人もいると思うが、俺はそうは思わない。

誰が何といおうと、ベルは心の底から優しい子だ。



『どうか、救いの手を』

『貴女様の救いを、多くの精霊が待ち望んでおります』

「あ、あう、、」



ベルの視線が泳ぎ、俺の視線の直線上で止まる。

潤んだ双眸に、何となく、助けを求められているような気がする。

自分では決めきれず、俺に選択を委ねるというのだろうか、、、、。

正直なところ荷が重い。

荷が重いが、ベルが頼ってくれるというのであれば力になってあげたい。



「記憶が無くなったら、また改めて友達になろう。もし断られたとしても、何度でも何度でも。諦めずに話し掛けるし会いに来るからさ。どうやって会いに来たらいいのかは分からないけど、、、」



口から出たのは、そんなどっちつかずで何とも恰好のつかない言葉。

大した中身も人生経験もない俺には、この程度の事しか言ってあげられなかった。

頼ってくれたというのに、何とも情けない、、、。





「、、はい!」





だが、ベルは俺の言葉で決心が付いたようだ。

目に溜まっていた涙を拭って、力強く返事をしてくれた。

いつの間にか、体の震えも収まっている。

優しいだけでなく、ベルは強い子なんだな、、、。

二つとも、俺にはないものだ。



「リビィさんも、また仲良くなってくれますか、、?」

「勿論!絶対また友達になる!ケイトが諦めても、私は諦めないからね!」

「ちょ、ちょっと。リビィさん」



人聞きの悪い。

確かにすぐに諦めやすい性格をしてるけどさ。



「ベル」

「フレーメルさん、、」



ベルとフレーメルが向き合って、お互いをじっと見つめ合う。

相談も無しに決めてしまった罪悪感からかベルは真っすぐ見つめる事に抵抗を覚えている気もするが、頑張って逸らさないようにしている。

ずっと、一緒に生活してきた二人だもんな、、。

思うところがあるんだろう。



「記憶がなくなっても、私はまたあなたの母代わりをします。いいですね?」

「はいッ。はい!お願いします、フレーメルさん!」



涙をグッと堪えたベルが、フレーメルに抱き着く。

泣かなかったのは、ベルなりの決意のようなものなんだろうか。

泣いたら別れになってしまうと、そう考えたのかもしれない。



『王よ』

『決断は如何に』



タイミングを見計らって、裏表の精霊王からの声が降ってきた。

跪いても尚、見上げなくてはならない高さに顔が位置している。






「精霊王の記憶と力を、受け入れます」






決然とした表情で、ベルが裏表の精霊王にはっきりとそう告げる。

その表情は、表の精霊王に挨拶をした時のフレーメルに、どこか似ている気がした。

実の親子でなくとも、ずっと暮らしていたら似てくるものなんだろうか。



『感謝を申し上げます』

『どうぞ奥へ』



裏表の精霊王によって長く太い閂は横へ退けられ、それと同時に天井から吊るされていた篝火が灯り、扉の全貌が明らかになった。

大きさは、裏表の精霊王が立った状態で横並びになっても問題なく通れる程。

ベル一人が通るには、あまりにも過剰だ。




ゴ────ゴゴゴゴゴゴ─────。




入口の扉より少し重厚感のある音を立てて、裏表の精霊王によって扉が開かれていく。

音だけでも、人の手では開けられない程の重量があるだろうなという事が手に取るように分かってしまう。



「ここは、、」



扉の先は別の部屋、というわけではなく外だった。

出てすぐにある階段を降りると、そこにあったのは草の一本も生えていない荒れ果てた地面。

視線を先に辿らせると、黒々としていて内側が全く見えない湖と、足元の地面から湖の中央の円形の足場へと延びる荒涼とした一本道。

円形の足場も当然、そこに至る道と同一の様相をしていて、湖の周囲には、枯れて久しいであろう木々が散見される。

土地、植物、水。

全てが、息をしていないように感じられた。

勿論、動物なんてものは見られない。

黒々とした湖を見える範囲で覗いてみても、小魚の一匹すら見られなかった。



「死んでるみたい、、だね、、」



そう零したのはリビィ。

ベルも同じ気持ちだったのか、小さく頷いていたのが横目に見えた。



『此処は、精霊王様が自らを封じた場所』

『不在故の死、でございます』



という事はここも元は、綺麗な場所だったのだろうか。

ベルが儀式をする事で、元の姿を取り戻すのかもしれない。



『精霊王様、中央舞台へ』

『其方で必要な儀式が出来ます故』



中央舞台というのは、あの湖の真ん中にある円形の足場の事だと思う。

何もないように見えるが、あそこで何をするんだろうか、、。



「は、はいッ!」



緊張の面持ちで、ベルが立っていた草の生い茂る足場(・・・・・・・・)から一歩踏み出す。


(、、、ん?)


ベルが居た場所、階段を降りてすぐの場所には、俺が居た時は草の一本も生えていなかったはずだ。

魔術を行使した様子はなかったし、一体いつのまに生えたんだ、、?




トン───サアァァ──────。




ベルが一歩踏み出すと、柔らかい風が駆け抜け、ベルの足元の死んでいた土壌が蘇る。

土が本来の色を取り戻し、そこに青々とした草花が力強く生えてきた。

二歩、三歩、、。

ベルが歩く度に風が吹き、枯れ果てた地面に生命が宿る。

心なしか、空気も澄んできたような気がする。



「綺麗、、、」



リビィが、無意識にそう零した。

気持ちは同じだ。

見た目は変わっていないのに、今のベルからは神秘的で幻想的な雰囲気が感じ取れる。

まるで、どこか遠くへ行ってしまったような、それ程の存在感を有していた。

ベルが離れてしまうのは、記憶が無くなってしまうのは寂しい。

でも、快く送り出してあげなくては。

それがきっと、ベルが心の安寧を得る為には必要な事だと思うから。

優しいベルは、精霊を放置して帰ったら一生後悔してしまいそうだからな。

俺の少しの我慢や努力でそれを回避出来るのであれば、それはとても嬉しい事だ。


嬉しい事、、、、、だよな。


うん。

大丈夫。

嬉しい事に違いない。

そう、自分を言い聞かせるしかなかった。




トン────ピチョン─────。




ベルが湖の上の道に足を踏み出すと、道は草花が生い茂り、その周囲の湖には波紋が広がり、広がった部分から透き通った綺麗な水へと生まれ変わっていった。

地面と同様、ベルによって湖も命を吹き返したようだ。

湖はベルの足のすぐ側だけというわけではなく、ひとたび波紋が広がると広範囲に透き通っていって、舞台まで後半分の辺りまで来た今では、湖の3割程が浄化されているのが見て取れた。

浄化された水とされていない水の境目は、まるで生と死が隣接しているかのようにも見える。

あながち、その表現は間違いでないのかもしれないけど。




ザバァッ────ザブンッ──。


「、、、、魚?」




透き通って底まで見えてしまう湖から飛び上がったのは、白銀の体表にエメラルド色の柄が入った魚。

さっきまではいなかったのに、何処からともなく突然現れた。

一匹だけではない。

水から飛び上がっている姿を確認出来たのは5~10匹。

全てが同じ模様、同じサイズの魚だ。

元の世界では見た事のない神々しさを持っている。

魚であるとは認識出来るのに、食べたいと思えないのはなんでだろう、、。

不味そうというわけではないんだけどな。




サアァァァ─────。




ベルが中央の舞台に到達する。

それを合図に一段と強い風が駆け抜け、波紋は湖の全体まで広がってその全てを浄化した。

来た時のままなのは、俺達が現在立っている場所の半分以上と、湖の周囲を囲う木々とその土壌のみだ。

湖とそのヘリで、新しい生死の境目が作られたように見える。



「ベルちゃん、他とは違う気はしてたけど、やっぱり凄い子だったんだね、、」

「そう、、、ですね。でも、僕は変わらずに友達でいたいと思います」

「それは勿論私もね」



湖の水が意思を持ったように動いて一部が浮き上がり、ベルの手元に集まっていく幻想的な光景を見ながらリビィとそんな会話をする。

一秒ごとに只人から離れていっているように見えるベルだが、心の距離までは離してはいけない。

約束、したもんな。


やがて、ベルの手元に集まった水は自らを凝縮させ、ベルの手元でバスケットボール程のサイズの水球と成った。

風で表面を揺らしながらその場に浮き上がる姿は、ただの水球なのに生きているようにも見える。




「な、なにこれ、、」

「なん、、でしょう、、」




この場の誰もが釘付けにされる存在感を持つ水球から、不可視の感情の波紋のようなものが広がり、体の中を駆け抜けた。

目の前にいるベルに話し掛けるようで、それでいてこの空間全てに呼び掛けているような感情の波紋。

害のあるものでないという事だけは、直感で理解出来た。

なんだったんだ、、、。






《《《《《喜び》》》》》






害のないものと理解して心を落ち着けると、今度はしっかりと理解出来た。

波紋のように広がって体の中を抜けていった感情は〝喜び〟

見た目は変わらずともあの水球が喜んでいるというのが伝わってきた。





《《《《《謝罪》》》》》


《《《《《感謝》》》》》






次に伝わってきたのは〝謝罪〟と〝感謝〟

もしかして、あの水球は初代精霊王の意思を持ったものなのか?

自らの転生体であるベルと出会えた喜び、辛い境遇に置かせてしまった、もしくは決断をさせてしまった謝罪。

それと、知った上でここに来る事を選んでくれた感謝、かな?

波紋が広がる度にベルは水球の言っている事が分かるかのように頷いて何かを話しているようだし、そう考えて間違いないかもしれない。

距離が遠くて、何を話してるのかまでは分からないが。






《《《《《悲痛》》》》》






少しの間を開けて伝播してきたのは、精霊域の置かれている現状に対しての〝悲痛〟

封印されて何も出来ない。

それでも現状を理解していた初代精霊王は、独り、人知れずに心痛めていたらしい。



『精霊王様、、、』

『なんと、お優しい』



伝わってくる感情に、裏表の精霊王が巨体からは想像も出来ない声で小さくそう零した。






《《《《《確認》》》》》






これは、感情と言っていいのかどうなのか。

記憶と力を取り戻す事への、只人でなくなる事への〝確認〟をしたのだと思う。

伝わるものが複雑で、全てを理解する事は出来なかった。



「はい」



決して大きいわけではない、それでも、ベルの発した返事は不思議と明瞭に耳に届いた。

初代精霊王の、喜びの感情と共に。







「【帰還を告げます】」



ブワッ───。







ベルが水球に触れて一言零すと、桜吹雪が強く吹き、一帯を駆け抜けた。

身に受けるのは柔らかくも力強い風。

まるで、ベルの優しさと、決意の強さを内包しているかのようだ。



「桜なんてどこに、、、あ」



肩を叩かれ、桜吹雪に包まれて姿を隠すベルからリビィの指差す方向に視線を切り替えると、そこには水辺に立ち並び湖を囲う立派な桜の木達があった。

さっきまでは枯れ果てて今にも朽ちてしまいそうな見た目だったのに、今は立派な幹と枝を携えて、綺麗な花を満開に咲かせている。

日本なら、満開の桜なんて珍しくもない光景なのに、どうしてここまで幻想的だと思わせられるのだろうか。

既視感すら、微塵も覚えられない。

それほど、全く違う異質な何かのように思えた。







ふわり───。






一層温かく柔らかい風が、小さな音と共に全身を包み込む。

音の発生源。

それは、舞台へ辿り着く為の道の出発点。

いつの間にか地肌を全て草花で覆っていたそこには、一人の女性が立っていた。

巫女服を纏い、半透明の翡翠色の羽衣をその身に緩く巻く美女。

見た目は、ベルの背を大きくして髪を薄緑に染めて腰の辺りまで伸ばした感じ。

ベルが擦れる事なく成長して、髪を伸ばしてから染めたらこういう感じになるだろうなという見た目だった。


何というか、惹き込まれるものがある。


神秘的、幻想的。

そんな言葉ですら当て嵌められない程のものを感じる。

この世に存在するどんな言葉でさえ、この存在を言い表せるものは無い気がした。

頭ではほぼ確実にベルだという事は理解出来ているのに、気軽に話し掛ける事など出来そうもない。




⦅フラディウス、クロディウス。よく、私の留守を預かってくれました⦆


『『有り難きお言葉』』




即座に近付いて跪いていた裏表の精霊王に、成長した姿のベルが労いの言葉を掛ける。

本当は、心の中では分かっている。

あれはベルの形をした違う何かだという事を。

それでも、俺はあの存在をベルとして受け止めなければならない。

また、友達になると約束したからな。

話し掛けるどころか、顔の筋肉一つすら動かせない現状で言ったところで、説得力など微塵もないだろうけど。



(なんで見られてるんだ、、、、!?)



裏表の精霊王の頭をふわりと撫でたベルが、薄く目を開けて俺をじっと見つめている。

いや、正確には俺達を、か。

守るように二人の前に立とうと意識していたら、自然と身を寄せ合う形になっていたから、三人の内の誰を見ようとも自分が見られている感覚に陥る。


(誰を見てるんだろうか、、、)


いや、そんな事はどうでもいいか。

問題は、なんで見られているか、だな。

でも何となく、目を離すのは間違いな気がする。

正直なところ、ずっと無意識に目を開けていたせいでかなり乾燥しているんだが、ここは頑張って開け続けよう。

向けられる視線から逃げないように。



(笑った、、?)



ほんの少しの表情の変化。

口角が若干上がっただけの微笑みではあったが、その表情からはベルの喜びのようなものが感じられた。

目を逸らさなかった事へ対する喜び、、、なのか?

それだけでどうして喜びに繋がるのかは分からないけど、、。










⦅初めまして、魔人の子、そして異世界の民よ。私の名は、ウラミリア・ファウスト・キングスフォード。全ての精霊の生みの親であり、導く王でもあります⦆










もう一度柔らかく微笑んで、ベルがそう口上を述べた。

いや、ベルではない。

生命魔術の使い手。

初代精霊王、ウラミリア・ファウスト・キングスフォードが。

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