八十七話「潰える希望と知らされる悲劇」
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メヒトにロントマルクへ向かえと言われた。
それは別にいい。
一度は行った事があるところだし、転移先によっては行き方も分かる。
だが問題は、その目的と会いに行く相手。
ベルには会いたかったし今から会いに行けるというのは素直に嬉しいんだが、ベルがミシェを生き返らせる事が出来るかもしれないというのは俄かに信じられない。
ベルからは人とは違うものを感じる事はあったけど、それでも死者を蘇らせる事なんて、、、。
死んでしまえば蘇らない。
それは、この世界でも前の世界でもわざわざ学ぶまでもない常識だ。
失われた命は、どう足掻いても戻って来る事はない。
その常識すら、変えてしまえる力がベルにはあるんだろうか。
メヒトが何の根拠もなく、非常事態に僅かでも無駄な行動をさせるとは思えない。
期待して、いいんだろうか、、。
「ケイト?」
リビィの声で、思考の渦から復帰する。
走る事に集中していなかったから、いつの間にか壁にぶつかりそうな程に近付いてしまっていた。
危ない危ない、、。
走りながら思考に没頭するのは良くないな。
コンコンッ───。
メヒトから教えてもらった通りに、突き当りの部屋の扉を二回ノックする。
ノックの回数を間違えたら敵として認識されるそうだから、慎重にいかなくてはならない。
コンコンコンッ────。
向こう側から、ノックが三回返ってくる。
うん。
メヒトから聞いていた通り。
流石に今回は、出任せではなかったようだ。
「風よ」
「花よ」
俺の言葉に反応して、声が返ってくる。
こういうのは向こうから問い掛けられると勝手に決め付けていたんだが、こっちのほうが効果はありそうだな。
ノックはたまたまでも出来てしまうが、こっちから声を掛けなければいけないというのは、知っていなければ対応出来ない。
「合いの子は」
「理不尽を持つ」
ガチャッ──。
「入れ」
たった二度の掛け合いを終えた後に開けられた扉から中に入る。
二つ目の掛け合いは、バオジャイの理不尽なまでの戦闘力に圧倒され、その感情のままに作ったものなんだそう。
とりあえずは敵か味方かを見極められればいいんだから、内容なんてどうでもいいよな。
それにしても、適当過ぎる気がするけど。
「ロントマルクの近くまで送っていただきたいんですが、、」
「魔力はどうする?」
「出来れば負担していただけるとありがたいです」
「分かった」
対応してくれたのは右目に眼帯を着けた不愛想な髭面の男。
入ってきた俺達を訝しむように見てきたが、敵意はないようだ。
まあそうじゃないと、ここに入れてくれてないだろうしな。
「準備が出来た。入ってくれ」
約一分後。
髭面の男の後ろへ付いて隣の部屋に入ると、そこには魔法陣と、その周囲を囲む四人の男が居た。
皆一様に、拘りのありそうな整えられた髭を蓄えている。
「中央へ」
サイズはメヒトの家の地下にある転移魔法陣と同じくらいだろうか?
その中央に立つと、周囲の男達が目配せをし合い、魔力を注ぎ始める。
魔力を注ぎ始めて一秒にも満たない時間の後、魔法陣の端から徐々に光を帯びていき、全ての模様が光ってすぐに、視界は淡青色の光に塗り潰された。
向かうのは、ロントマルクから20km程離れた古代遺跡の地下にあるのだという転移魔法陣。
ミシェを背負いながらであっても、ロントマルクまでは30分もあれば辿り着けるだろう。
、、、、ん?
そういえばリビィは飛翔の魔術を使えなかったよな?
二人背負うのは大変そうだな、、、、。
「ロントマルクはどっちですか?」
転移した先の古代遺跡で古びた階段を上がり地上へ出てから、そそくさと地下に戻ろうとする魔法陣の管理をしている賊の少年にそう尋ねた。
てっきり街道が整備されていてそれに沿って行けばロントマルクに辿り着くと思っていたのだが、よく考えればそんな目立つ場所にある魔法陣をメヒトが個人的に管理出来るわけなどなかった。
周囲は1.5m程の草が伸び放題の草原だ。
ロントマルクどころか、地肌を見つける事すらままならない。
「あっち」
一方を指差しながら、短い言葉でそう教えてくれる。
お礼を言おうと振り返る頃には、少年はこの場から姿を消してしまっていた。
何というか、そのサイズ感も相まってバオジャイを想起させられる。
性別も年齢も違うけど。
まあそんな事、今はどうでもいい。
距離は分かっている、方向も分かった。
問題は、、、。
「ケイト、だ、大丈夫?」
「、、、はい」
リビィとミシェをどう運ぶか。
その問題が残っている。
試しに俺がリビィを背負い、リビィがミシェを背負うという方法を試してみたが、バランスも悪いし中々に重い。
リビィを思って重いとは言わずにおいたが、本音としてはすぐにでも降ろしたい。
獣人域で鍛えていなければ、一度ですら持ち上げられなかっただろう。
このままでは、重力を調整して飛んで行ったとて、空中でバランスを崩してしまいそうだ。
キュイも今は限りなく小さくなってしまっているし、、、。
(あ、、、)
どうしようかと迷っている俺の頭に、格納袋にキュイを入れた時の情景が思い浮かんだ。
もしかすれば、、。
「リビィさん。一度降りてもらえますか?」
「は、はい。重かったよね?ごめんね、、」
「あ、いえ。重さはそんなに」
重かったけど。
それは二人分だからだ、きっと。
リビィは身長は高くとも女性の中でも細身なほうだからな。
(でも、ミシェも細身なんだよな、、)
もしかしたら、単に俺の筋力がないだけなんじゃないか?
マグ君に勝って修行を終えたつもりになってたけど、落ち着いたらまた鍛え直そう。
少なくとも、二人を背負って50m走れるくらいには。
「考えてみたんですけど、ミシェを格納袋に仕舞えないですかね?」
「ミシェを?」
「はい」
あの時、あのサイズのキュイが窮屈さを感じずに格納袋の中に入る事が出来たんだ。
細身で特段高身長というわけではないミシェなら、入れたとしてもおかしくはない。
ミシェを背負ってリビィに中に入ってもらうのでも問題ないと思うんだが、生きている人を入れるのは抵抗があるし、ロントマルクの人に俺の顔を覚えてもらえていない可能性を考慮しておきたい。
俺とリビィなら、間違いなくリビィのほうが覚えやすいからな。
なんたって、モブと女神だ。
どっちを覚えておくかなんて、問うまでもないだろう。
「あ、入れるみたい」
ちょっと試すのが早くないですかねリビィさん。
俺が逡巡している内に、リビィは俺の懐から格納袋を取り出してミシェを入れてしまっていた。
リビィの格納袋に入れなかったのは、食料が中に入っているからだ。
ある程度入れる位置が決められるとはいえ、自身の意思で体勢を保てないミシェが食料品に倒れて匂いが移ってしまっては可哀想だからな。
そうでなくても、格納袋の中は香辛料の匂いが充満しているだろうというのに。
「キュイ。中に入って、ミシェの安全を確認してきてもらっていいか?出来れば寝かせておいてくれ」
『キュイ!』
手慣れた手付きでキュイを格納袋に入れて、その場で数分待つ。
中での生活に慣れているキュイに任せておけば安心だろう。
「ウル達、大丈夫かな、、、」
キュイを待っている間、遺跡の入口近くにあるトーテムポールのようなオブジェに凭れ掛かりながら、リビィが不安を零した。
三賢者が揃っている。
この条件であれば、不安を持てと言われるほうが難しいと考えるのが普通だ。
「どう、ですかね、、、」
だが俺は、大丈夫だと即答する事が出来なかった。
三賢者が揃っていれば、第零部隊と聖魔術師が全員で掛かってきても余裕を持って倒せると思う。
問題は、ウルとメヒトの同級生であるというクラムド。
会った事はないしどれほどの実力を持つかは分からないけど、聖都のあの惨状を見れば、それを生み出したクラムドの危険性は自ずと理解出来てしまう。
いくら三賢者でも、五百万人の命を同時に奪えてしまう存在相手では、、、。
獣王の話を聞かなければ、バオジャイ以上に強い存在はいないと、安心して三人の帰りを待つ事が出来たんだけどな。
大した戦力にならない俺では、信じて待つ事しか出来ない。
何とか、何とか生きて帰ってきてほしい。
ウルは魔術の、メヒトは知識の、バオジャイは戦い方の。
俺にとってはそれぞれがそれぞれの先生であり師匠だから。
誰一人として、欠けてほしくはない。
「もうそろそろかな、、、。キュイー」
リビィと他愛もない会話に興じて数分。
格納袋に手を入れてキュイに話し掛けてみる。
声は届かないが、何となくだ。
『キュイ♪』
手を突くキュイを引き上げて問題なかったか聞いてみると、上機嫌に鳴いて頷いてくれた。
動物の声や表情で何を考えているのか見極める才能はないから、こうして分かり易く教えてくれるのは助かる。
「よし。じゃあ行きますか」
「お、お願いします」
先程の俺の気遣いを感じ取っていたのか、リビィは再度背負ってもらう事を少し躊躇っている様子だった。
だが、リビィ一人であれば全く問題ない。
バランスも悪くないし、そもそもの重力が軽い。
これならば、問題なく30分程度でロントマルクへ辿り着く事が出来るだろう。
「しっかり掴んでてくださいね」
「はいッ」
リビィの緊張を背中で感じながら、その場で浮かび上がり、風で勢いを付けてロントマルクがあるという方向へ飛んで行く。
人を背負って飛ぶのは初めてで意外とバランスを取るのが難しかったが、飛び始めて一分にも満たない間に慣れてしまった。
この調子なら、15分程度で着けるかもしれない。
「ケ、ケイト。出来ればもう少しゆっくり、、」
当初の予定通りの速度でいこう。
リビィを怖がらせてしまってはいけないからな。
それに、飛翔中に突然耳元で話し掛けられるのは辛いものがある。
危うく墜落してしまうところだった。
『キュイキュイ』
キュイ!
揶揄うように羽で頬を突くのはやめなさい!
全く。
この鳥はどこまで人間味があるんだ、、。
まあ、親しみやすくていいんだが。
「到着。大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫、、、」
降り立ったのはロントマルクから200m程離れた地点。
出来るだけ地面に近い位置を飛んでいたし、念の為離れた位置に降りたし、人型の珍生物だと認定されて敵対視されていない事を願おう。
入口に向かって歩き出すのは、リビィが心臓を落ち着けてからでいいか。
一度は速度を落としたものの、ついいつもの癖で加速させてしまい、結果、リビィは声を失った。
背負われた状態での高速飛行は、中々に堪えたようだ。
俺も、ゴーグルをしてなかったせいで目が乾いてしまった。
せっかく武人域で買っておいたのに、、。
「ごめんね。行こっか」
数分後。
落ち着いたリビィを伴ってロントマルクへ向かう。
もう、青白くなっていた顔色も元に戻っている。
切り替えの早いのは流石リビィといったところか。
「あれ?」
久し振りにやってきたロントマルク。
常時解放されているはずの入口は、木製の門と外に居る門番によって、侵入者を阻むようになっていた。
武器を嫌うはずのロントマルクの入口だというのに門番は槍を持っていて、それを交差させて前方の街道を睨んでいる。
結構近付いてるけど、気付いてくれないのかな。
念の為、少し離れた位置から声を掛けてみるか。
「あのー」
「な、何者だ!?」
街道以外のところから声を掛けられたからって、そんなに驚かなくても、、、。
声を掛けた瞬間、二人の門番は槍を腰だめに構えた。
ここまで警戒されるなら、離れておいて正解だったな。
「ロントマルクへは入れませんか?」
門番を気にせず入ろうとすれば、確実に止められる。
そう考えて先に確認するという手段を取ってはみたが、おそらくこれでも止められるだろう。
「通さん!」
やっぱりな。
来る者拒まずの精神だったのに、何かあったんだろうか。
「ロントマルクの民以外、例外なくここを通すわけにはいかない!即刻立ち去れ!!」
もう一人の門番が、語気を強めてそう言う。
おそらくこの二人もロントマルクの人達なんだろうが、あの穏やかな町民達がここまで変貌するとは、、、。
益々、何があったのか気になる。
それに、ロントマルクの町民以外の侵入を拒んでいるというのに、どうしてベルはここに居るんだ?
メヒトはここにベルがいると確信を持っている様子だったし、居ないという事はないんだろうが、、。
「セプタ領からこっちに来ている友人を探しに来たんです。あなた達に危害を加える気はありません。ご迷惑なら入りませんから、友人を連れてきてもらえませんか?」
「、、、、ロントマルクの民以外は存在しない!」
今の不自然な間。
存在はするが秘匿していると考えたほうが良さそうだな。
何故ここに居るのか、何故秘匿されているのか。
謎が沢山だ。
だがひとまずは、物騒な様子ではあるけど生かされてると考えて大丈夫な気がする。
会うまで安心は出来ないけど。
「お願いします!入れてください!」
「駄目だ!絶対に入れない!」
「そこを何とか!」
「駄目だ駄目だ!それ以上近付くな!」
傍から見たら滑稽なやり取りをしながら、何とかごり押しで入れてもらえないものかと試みたが、門番の決意は中々に固い。
一定以上の距離を詰めれば、槍で横から叩いて敵意を剥き出しにしてくる。
それでも問答無用で突きを放ってこないところを見るに、槍を持ってはいるがロントマルクの民の根本にある優しさは残っていそうだな、、。
何とか、そこを突いて篭絡させられないだろうか。
「何を騒いでいる!」
門番とのやり取りが楽しく感じ始めた頃。
町の中から声が聞こえてきた。
ギィと短い音を立てて開けられる扉から出て来たのは、、
「町長?」
そう。
ロントマルクの町長だった。
精霊との契約時に出迎えてくれた老人ではない。
40代程の柔らかい顔立ちをした隠れ肥満の町長だ。
契約をした日の晩、家に泊めてもらって遅くまで色々な話をしたから、顔を覚えている。
「こ、この者達が町へ侵入しようとしていたので追い返そうと、、、」
「なに?こんな時間に誰が、、、」
こんな時間、、?
そうか。
明るいままだから忘れかけていたが、今はもう夜だ。
ここへ来るまでの街道には明かりが無いから、こんな時間での来客は珍しいんだろう。
「お久しぶりです町長さん」
「ん?誰だ?」
すっかり、忘れてしまっていた。
俺達の記憶が失われているという事を。
知り合いに誰何されるというのは、辛いものだな。
「以前ロントマルクへ来た事があるんです。その時に町長をお見かけしたので、一方的に覚えてました」
何とか、詰まらずに滑らかに嘘を吐く事が出来た。
まだ訝しんでいる様子はあるが、ひとまずは納得してくれた、と思いたい。
「どういったご用向きで??」
「セプタ領からここへ来ている友人へ用があって、、」
「ほうほう。セプタ領から、、、」
髭の生えていない顎を扱きながら何かを考える町長。
町に該当する人物が居たかどうか、思い返してくれているのだろうか。
「こんなところで立ち話もなんです。どうぞ中へ」
「なッ!?町長!こんな得体の知れない者達を何故!」
「私も分からん。だが何となく、信用に値するものを感じる。理由はそれだけだ」
「そんな、、」
門番は納得のいっていない様子だったが、それでも町長の指示には逆らえないのだろう。
渋々といった様子で通してくれた。
記憶はなくとも、ぼんやりと残る感情で、俺達に害が無い事を察知してくれたんだろうか。
何を感じ取ったのかは分からないが、遠慮なく町長の決定に甘えさせてもらおう。
向かう先で、何か得られると信じて。
「やだ、部外者よ」
「ほんとだわ。きっとあの人も野蛮なのよ」
ロントマルクに入り、向かっているのは町長の家。
その道中、決して良い意味ではなさそうなひそひそ話が聞こえてきた。
野蛮であった事はないと思うけど、穏やかな気性のロントマルクの人々からすれば、マグ君との戦いを楽しんでいた俺は野蛮な部類に入るのだろうか。
いや、相手が誰であれ、仕事でもないのに戦いを楽しんでいたというのは野蛮以外のなにものでもないな。
日本に居た頃の自分に聞かれれば引かれそうだ。
それとは関係なく、ロントマルクに入ってからキュイが落ち着かない様子で足踏みをしたり周囲を見回したりしている。
何か気になるものでもあったのだろうか。
時折当たる羽がくすぐったい。
「おっひょっひょ。夜更けにお客人かな?」
到着した家で出迎えてくれたのは、前町長。
相変わらず変な笑い方をしているが、陽気な様子は失われている気がする。
どこか無理に笑っているような、そんな雰囲気が感じ取れる。
それに加え、訝しむような視線を向けられているような感覚も得た。
閉鎖しているのに突然町民以外の人がやってきたらそれは怪しいよな、、。
「客人だ。セプタ領から来た友人を探しに来たらしい」
「お前の見立てであれば問題はないの、、」
町長のおかげで、前町長の警戒はほんの少しを残して薄れた。
有り難い。
ここで下手な問答をして追い出されてしまっては、手掛かりを得られずに終わってしまうからな。
だがまだ、前町長の表情には以前あった陽気さが戻ってきていない。
表情を曇らせているのには、俺達が来たのとは何か別の要因があるのか、、?
閉鎖していた事や町民の雰囲気が変わっていた事と、何か関係しているのかもしれない。
「何か、あったんですか、、?」
用意された座布団に腰掛けて町長らに問い掛けたのはリビィ。
ベルの事を優先したいところではあるが、正直なところ俺も気になっていたし聞いておいたほうがいいだろう。
陽気で穏やかな町だという印象だったロントマルクが、ここまで変わり果ててしまった理由を。
自分が野蛮である事は認めるが、以前ならひそひそ話をされる事すらなかったからな。
それに、前町長の表情の変化も気になる。
「実は、、、、、、。今からひと月と少し前。防人様が食料の受け取り以外で町に来て下さらなくなったのです。不思議に思い、防人様に頼み、食料を運ぶという名目で集落まで同行させていただいたんですが、、」
「防人様の集落は、全てが失われておったのです」
部外者に話してもいいものかと渋りながらも、ぽつりぽつりとロントマルクが変化した理由を聞かせてくれた。
曰く、集落には二人の防人以外人も建物も物も、全てが失われていて、森の中に拓けたスペースに、少量の瓦礫が散乱しているだけだったという。
建物や物が無くなるのは分かる。
改装などで一度全て捨て去ってしまったのかもしれない。
だが、人も居なくなるというのはどういう事だ、、?
閉鎖的な考えを持つ防人が突然家出するような事は考えられないと思うが。
集落の場所を移した、とか?
「その場から失われていたわけではないのです。この世から、失われていたのです」
「この世から、、?」
「防人様は、二人を残して集落ごと、誰かに殺められた。という事ですな」
犯人はおそらく、精霊との契約に向かった者。
おおよその目星は付いているそうだが、何故か防人は頑なに犯人について語ろうとせず、法に頼ろうにも犯人の特定すら出来ない状況で困っているのだそう。
閉鎖的で誰にも迷惑を掛けずにひっそりと暮らしている防人を、何故殺す必要があったんだ、、。
正当防衛という線は考えなくてもいいだろう。。
まだ見ぬ犯人に、怒りが募った。
俺達を案内してくれたあの二人は、大丈夫なんだろうか。
「犯人が判明した際、身柄の引き渡しなどを有利に進める為、その当時ロントマルクに居た外から来た者達を交渉材料として捕らえ、牢に閉じ込めております」
「無実の者達を捕らえるのは、心が痛みますが、仕方のない事ですの」
おそらく、そこにベルがいるのだろう。
話を聞く限りでは魔術封じの手枷こそ着けれど食事は通常量与えているそうだし、捕らえられているとはいっても問題はない。
「そこに、ベルという白髪の女の子と、フレーメルという女性は居ませんか?」
「どうかの?」
「居たような記憶はありますが、何分管理は任せているもので、、、」
本当に居るかどうかは、記憶が定かでないらしい。
ロントマルクに入ってからキュイのそわそわは、ベルが居るからなんじゃないかと思っている。
キュイとベルは何か通ずるものがあるみたいだから。
姿は見えずとも、気配を感じ取っているのかもしれない。
キュイの言葉は分からないから、予想でしかないけど。
「案内してもらえますか?」
「はい。私が」
そう言ってスッと立ち上がったのは町長。
前町長は付いて来ないようだ。
もう少し渋られると思ったが、案外素直に案内してくれるんだな。
思っている以上に、信頼を得られているのかもしれない。
何をしたわけでもないけど。
「足元お気を付けて」
光石を入れたランタンを持った町長に連れて来られたのは、ロントマルクを囲う木柵の外。
森の中にある地下へと続く階段。
人が十数人は座れそうな大きな岩を退けたら、そこに地下へ続く石階段があった。
ロントマルクの外にある牢なんて交渉の材料にするまでもなく連れ出されてしまうんじゃないだろうかと思っていたが、これなら安心だろう。
普通に捜索して、この大岩の下にある階段が見つけられるとは思えない。
(、、、いや、待てよ?)
メヒトはベルがロントマルクに居る事を知っていたし、もしかしてこの牢の存在も知っていたのか?
どうやって知ったんだ、、、。
『キュキュイ。。』
階段を降り始めてから、キュイのそわそわ度が上がってきている。
あんまり動くと爪が肩に食い込むからじっとしていてほしいんだけどな、、。
まあ、これでも我慢しているようだし、無理にとは言わないけど。
『キュキュイ!!』
「キュイ!」
階段を降りきってすぐ、我慢の出来なくなったキュイが暗闇の中へ飛び去って行ってしまった。
光石では照らし切れないこの闇の先に、何かを見つけ出したんだろうか。
何となく、キュイが飛んで行ったのはベルの元だという確信があるが。
「追いましょう」
暗闇を照らしながら進むと、突き当り右側にある部屋の木製の扉を、必死に嘴で突くキュイの姿があった。
キツツキではないので分厚い木製の扉に穴を開けるような才能はないのだが、それでも必死にキュイは扉を突いていた。
早くこの中に入りたいという意思が、言葉はなくとも伝わってくる。
『キュー!』
「キュイ!?ケイトさんにリビィさん!?!?」
滑らかな動きで開いた扉の先には、やはりベルが居た。
その隣にはフレーメルもいる。
2畳程の部屋を、二人で使っているようだ。
両手首に拘束具が着けられてはいるけど、それらを繋ぐ鎖の長さは行動を制限するようなものではなく、あまり牢に入れられているという感じは見受けられない。
交渉材料でこそあれ罪人ではありませんので、とは町長の言葉だ。
ベルを捕らえたと恨む事にならなくてよかった。
、、、、、いや。
今はそんな事はどうでもいい。
何故、ベルは俺達の事を覚えているんだ、、、?
メヒトのように結界で防いだわけでも、ウルのように魔耐鉱で無効化したわけでもないと思う。
記憶魔術の行使をした時ベルはまだ移動中だっただろうし、俺が渡した路銀では魔耐鉱をほんの小さな欠片しか買えないから。
セプタ領とは真逆の魔人域の端にあるロントマルクの町長の記憶も問題なく失われていたから、効果が届いていなかったという事も考えられない。
じゃあ何故、、?
「少しだけ、外で待機していてもらませんか?」
ベルとフレーメルへの挨拶よりも先に、町長に頼む。
町長は特に文句も言わずに外へ出てくれた。
場合によっては俺達が腐愚民であるという話をしないといけないかもしれないし、それで不審がられて枷を着けられては一大事だ。
それに加えて、ミシェを生き返らせる云々の話をしなくてはならないからな。
もし禁忌に触れるような事であれば、聞かれるのはよくない。
「ベル。どうして俺達の事を覚えてる?」
回りくどい事はせずに、単刀直入に聞く事にした。
記憶のあるベルからすれば意味の分からない質問だと思うが、これ以外にどう聞けばいいのか分からない。
「分から、、ないです。でも、フレーメルさんは忘れてしまってます」
ベルの言葉を受けて試しにフレーメルへ俺の事を覚えているか聞いてみたが、ベルの言う通り、覚えていなかった。
道中俺の話をしたところ、全く忘れてしまっていて気付いたんだそうだ。
フレーメルが忘れていて、自分が覚えている違和感に。
だが、その時はもうセプタ領から離れていて、確実に俺の知り合いであるマレッタに記憶があるかどうか尋ねようとしても戻れない位置まで来てしまっていたんだそう。
そんな状況であれば、自分だけが覚えているというより、フレーメルだけが忘れているという考えのほうが納得出来てしまいそうだ。
実際、ベルもそう考えて自分を納得させたらしい。
「ベル。実は───」
話し辛そうにするリビィに変わって、あの日、セプタ領を出た時の事を話した。
俺とリビィが腐愚民である事も包み隠さず。
声を抑えたから、町長には聞こえていない。
フレーメルには、、、。
確実に聞こえてるだろうが問題はないだろう。
偏見を持つような人ではないと思うし。
嫌悪感を持たれてしまったら、その時はその時だ。
「えぐっ。ひぐっ」
話を聞き終えたベルが、何故か泣き出した。
何故だ、、。
「ベ、ベル?どうした?」
「ベルちゃん、、?」
俺もリビィも、動揺を浮かべる事しか出来ない。
忘れさせようとした事が、悲しかったんだろうか。
「ケイトさんにもリビィさんにも沢山良くしてもらったのに、ぐすっ。私は何も出来なくて、気付けなくて、最後まで記憶残ってて、ひっぐ。この記憶のせいでもし迷惑掛けてたらって、、」
ベルは、今自分が大変な状況に置かれているにも拘らず、俺達の境遇を思って涙を流してくれているらしい。
どれだけ、思いやりのある優しい子なんだ、、、。
「ケ、ケイトさん!?リビィさんまで!?」
自然と、ベルの頭を撫でていた。
リビィも同じように撫でてるし、このまま撫で続けても問題ないだろう。
「ベル」
「は、はいッ」
「ありがとう。覚えててくれて」
「うん。ありがとうベルちゃん」
「ケイトさん、リビィさん、、、」
俺がベルに覚える感情は、感謝のみだった。
覚えていてくれた、俺達を思って涙を流してくれた。
そんな相手を責め立てるなんて、どうして出来ようか。
セナリに再会した時のような情動に、再び襲われなくて良かった。
「ごめんね、ベルちゃん。勝手に記憶消そうとしちゃって、、」
「そ、そんな!」
「俺も、ごめんな。別れの挨拶もちゃんとせずにさ」
「それは!仕方ない事です!」
リビィと二人、ベルの頭を撫でながら謝る。
別れも何もなく勝手に記憶を消されそうだったと知らされれば怒ってもいいと思うんだが、ベルは全くそんな素振りを見せない。
益々、頭を撫でる手に感情が籠った。
「あ、あの。お二人はベルのお知り合いでいらっしゃいますか、、?」
三人だけの空間が出来上がっている中、フレーメルがおずおずと尋ねてきた。
腐愚民であるという話を聞いていたのに、嫌悪されている様子はない。
有り難いな、、。
「私に魔術を教えてくれて、路銀を渡してくれた人ですよ!」
俺の手を取って、ベルがそう紹介してくれる。
結局魔術は一つも教え切れなかったけどな。
「本当に、実在したのですね、、」
曰く、道中身に覚えのない路銀を手にしている事をフレーメルは疑問に思い、ベルに聞いたのだそう。
その時にベルは俺達の事を話し、結果、記憶がなくなっているという事に気付く事になったらしい。
路銀を与えてくれた事に感謝をしたい、でも貰った相手を思い出せないから感謝のしようがない。
そんな思いを持ち、少しでも思い出すきっかけになればと、ベルから俺の事を色々聞き出していたみたいだ。
結局、今日まで思い出せなかったらしいが。
まあ、それは仕方のない事だろう。
覚えているほうがおかしいのだから。
「ケイト様、心より感謝を──」
「あー、ちょっと待ってください」
また、様付けをされてしまった。
初めて会った時と同じやりとりをし、ある程度砕けた口調に直してもらう。
「ケイトさん、改めて感謝を」
感謝は見送りの日に散々してもらったんだけどなと思いつつ、フレーメルからすれば初めてする感謝だからと黙って受け取っておいた。
ずっと感謝をしようとしてくれていたのに固辞するわけにもいかないしな。
その後、リビィの紹介も簡単に済ませ、予想外に長引いてしまった再会の時間は終わりを迎えた。
「どうしてここに来られたんですか??」
ベルから齎された疑問を皮切りに、本題に入る。
思いもよらない喜びを得られたが、出来るだけ事を急がなくては。
メヒトが何を思ってベルに蘇生の可能性を見出したのかは分からない。
だからこそ、何があるか分からない今は、最善を尽くし続けるべきだ。
「突然変な事を言って困らせるとは思うけど、、」
「?はい」
「ベルは、亡くなった人を生き返らせる事は出来るか?」
キョトンとした顔をするベル。
それはそうだよな。
言っている俺でさえ、同じ表情をしたいくらいだ。
「えっと、その、ごめんなさい。私にはそんな力はありません、、」
「そ、、、っか、、」
唯一あった希望が潰えた。
そんな事出来るわけはないと頭では考えながらも、俺は心の中でミシェが生き返る可能性に希望を抱いていたようだ。
ベルにそんな力はないと分かった途端、落胆に胸中が支配されてしまった。
それはそうだよな、、、。
死という絶対的なものを、覆せる者などいるわけがない。
分かっていたはずなのにな、、、。
「力になれなくてごめんなさい、、、」
「あ、いや。ベルは悪くないんだ」
そう。
ベルは悪くない。
悪いのは、勝手に希望に縋った俺だ。
メヒトも、確証はないと言っていたしな。
「とりあえず、外に出ようか」
現実を受け止めたくなくて、希望が潰えたという事を無理矢理頭の外へ追いやった。
追いやったところで、それが無くなるわけでもないのに。
「外へ出られるのですか?」
「はい。町長へ許可は取ってあります。元々、お二人は何の罪も犯してないですしね」
町長から受け取っていた鍵で枷を外しながら、尋ねてくるフレーメルさんへ答える。
他にも捕らえた人はいるみたいだし、二人くらいなら問題ないと思ったんだろう。
それ以前に、罪を犯してない人を捕らえ続けるという事に罪悪感を覚えていたからかもしれないが。
敬愛する防人が殺されて相当怒っているだろうに、どこまでも優しい。
人によっては、考えが甘いと言うのかもしれないが。
「ありがとうございますケイトさん」
「いいんだ。一緒に出よう」
「はい!」
ここへは、ベルを牢から出す為に来た。
そう考える事にしよう。
それだけなら無事に遂行出来たし、何の抜かりもない。
問題は、この後どうするか。
単独で聖域に向かう気力はあまり湧かない。
三人が、ピンチに陥っているかもしれないのに。
どうしようか、、、。




