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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
一章
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九話「家族の役割」




「よう、ウル坊。今日の修行はもう終わりか?」

「ああ。魔力が枯渇されても面倒だからな」

「初めての弟子はどうだ?中々面白いもんだろう?」

「そうか?金輪際弟子はごめんだ。嫌に疲れる」

「かっかっか!そうかそうか。だがそういうんは弟子の目の前で言うもんじゃねえぜ?愚痴なら酒場でいくらでも聞いてやるから、弟子の前では良い師匠を演じとけよ?」

「そこまで気を張るつもりはない。それに、こいつはそんなものを気にする奴じゃない」


初めての魔術訓練の帰り。

ウルの家から程近い転移塔で、陽が暮れてきているにも関わらず、未だにアッシュは働いていた。

この世界では、何歳でも長く働くものなんだろうか。

それなりの歳だと思うんだが。



「へ?あ、はい。大丈夫ですよ。気にしません」



考え事をして詳しく聞いていなかったが、おそらく今の返事で大丈夫なはず。

大丈夫、、だよな?



「なるほどな。お前さんもウル坊の照れ隠しに気付いた口か」

「ええ、まだ何となくですが」

「おい、なんの話だ」

「なんでもねえよ。さあ行った行った!ここは喋り場じゃねえ」

「ったく。また来る」

「はいよ!」



一番話していたアッシュに言われるのはおかしい気がしたが、揚げ足を取るような事はせずに会釈で返して転移塔を出る。

帰っている途中、行きと違う道を通っている気がしてウルに尋ねてみると〝短時間でサシャに2度も会うのはごめんだ〟と答えが返ってきた。

嫌っているわけではなさそうなので、おそらく古くからの知り合いに慣れない姿を見せるのは気恥ずかしいんだろう。

まだ、自慢出来る弟子でもないだろうしな。














「ただいま帰りました。、、、、、あれ?」


鍵を開けて中に入るも、何の物音も聞こえてこない。

留守、、かな?

セナリを外に連れ出してくれって頼まれてたし、まだ戻ってないのかもしれない。



「出掛けてるんですかね?」

「もう戻ってると思うが、、。上を見てくる」

「あ、じゃあ下を見て回ります」

「お前は休んでおけ。魔術を覚えるのは、自分が把握している以上に疲れが溜まる」

「ありがとうございます」



ウルにしては珍しく、ストレートに気を使ってくれた。

珍しいかどうか分かる程、長い付き合いではないけど。

大人しく従って、リビングで独り、待つ事にした

















────────────────────────────





「俺の部屋に居たのか。横に居るのは、、、セナリ?珍しいな」


今日、リビィにセナリを連れ出すよう頼んだのは、ケイトが家に来たことによってセナリの警戒が緩んだから。

それを好機と捉え、今の内にリビィとの距離を縮めさせようと考えたからだ。


俺とセナリの関係は、おそらくもう縮まらない。

雇い主と使用人。

礼儀の必要な雇用関係。

引き取ったばかりの頃は色々と試してみたが、今では殆ど諦めている。

セナリには肩肘張らずに生活してほしいと思う。

だが、その為に何をすればいいのかは分からない。


俺は今のままでも仕方ないと思うが、リビィとセナリの距離は縮めてやりたい。

リビィ自身がそれを強く望んでいるし、俺とセナリの関係に巻き込むのは申し訳ないからな。

そう思ったからこそ、この機会に二人の時間を作ってみたのだが、、、、。


こうも上手くいくとは思ってもいなかった。

俺が王都に居る間は別かもしれんが、セナリは俺かリビィが起きている間に寝る事がない。

ましてや一緒に昼寝するなど、今まで考えられなかった。



「それだけケイトの存在が、セナリに良い変化を与えたという事か、、。癪だが、感謝するしかない」



せっかくセナリが気を許しているんだ。

邪魔をするのも悪いだろう。

起こすのは後にして、今は戻るか、、、。





──ガチャッ。



「うぅん、、。あ、ウルおかえり」

「ああ。悪いな。寝てて大丈夫だぞ」

「ふわぁ、、。大丈夫。これ以上寝たら夜寝れなくなっちゃう」

「それもそうか。手、貸すぞ。セナリに当たらないようにこっちへ降りられるか?」

「一人じゃ無理かも。お言葉に甘えるね」



リビィの繊手が、分厚い皮の上から触れられる。

今の心情を悟られたら、子供だと馬鹿にされてしまうかもしれない。

早鐘を打つ胸を抑え付け、リビィがセナリを跨いでベッドを降りるのを待った。



「んっしょ。いけたっ。ありがとうウル」

「気にしなくていい。それよりどうした?そんなにニヤけて」

「ふふふーん。いいでしょ?セナリと一緒にお昼寝してたの」

「正直驚いた。何かあったのか?」

「うーん。いつもよりちょっと強引にお願いしてみたっていうのもあると思うけど、やっぱりケイトのおかげだと思う。なんだか嬉しいなぁ。ふふふ」



いつぶりだろうか。

リビィのこんなに幸せそうな顔を見るのは。

それを与えられたのが自分ではないという悔しさは募るが、リビィの事を考えれば素直に喜ぶほうがいいだろう。

また、ケイトに感謝しなくてはならないことが増えてしまった。

もう少し優しくしてやるか、、、。



「ねえウル。今日すごく楽しかったんだ。だからね、いっぱい自慢してもいい?」

「ああ。ここではセナリが起きる。下で聞こう」

「うん。えへへ。いっぱい自慢するね」



相変わらず、綺麗さと可憐さを持ち合わせている。

リビィと出会うまでは、こんな感情持ち合わせていなかったはずなんだが、、、。

まあ、惚れた弱みとして諦めるか。











───────────────────────────────



「ケイトおかえり」

「あ、リビィさん。ただいま戻りました」


二階から、楽しそうなリビィと複雑な表情をしたウルが降りてくる。

この短時間に何があったんだ、、、。

一個や二個じゃない。

幾つもの感情が綯い交ぜになっているように見える。



「初めて使う魔術はどうだった?」

「まだ使えたという実感はあんまりないです。もっと使えるようになったら、何か感じるものがあるかもしれないですけど」

「ふふふっ」

「どうしました?」

「あ、ごめんね。私が初めて魔術使った時と同じ事考えてるなって思って。そしたらちょっと嬉しくなっちゃった」

「そうだったんですね。リビィさんは魔術得意なほうなんですか?」

「うーん、あんまりかな。ウルと一緒に居たら殆ど使う機会ないしね。全部先回りしてやってくれるから」



そういえば、リビィが魔術を使っているところを見た事ない気がする。

料理はセナリがやっているし、日常的に荒事があるわけではなさそうだから、当然といえば当然か。

いや、水を入れてくれた時は多分魔術で入れてたよな、、?

記憶が曖昧だ。



「素敵な関係ですね。良い旦那さんと良い奥さん。セナリはお二人のお子さんみたいに見えますし、僕の理想の家族像です」

「ケイトも家族だよ。セナリのお兄ちゃんとかかな?」

「こいつが息子はごめんだ」

「もう。でも、確かにね。私と年齢同じだし、ウルともそんなに変わらないしね」

「え!?リビィさん同い年なんですか!?」



リビィは、その氷のような涼やかな見た目が邪魔して、年齢の判別がとても難しい。

それでも辛うじて20代前半だろうなとは思っていたが、まさか同い年だとは、、、。

確かに、中身はそれくらいな気もするが。



「どこに驚くところがある?返答によっては魔術訓練の続きをやることになるが」

「あ、悪い意味ではないです!見た目は少し下か同い年くらいだろうなって思ってたんですけど、雰囲気が凄く大人っぽかったので」

「ありがとう。中身は全然大人っぽくないんだけどね」

「そうか?」

「うん」



どちらかと言えばウルのほうが子供っぽいような気がする、、、

と言おうとは思ったが、言わずに心に留めておいた。

理由は、単純に怖いからだ。



「そうだ!今日ね、セナリに家事休んでもらおうと思って晩御飯作ってなくて、、。外食でもいい?」

「問題ない。後でセナリを起こして行こう」

「ありがとうウル。ケイトもいい?」

「僕は勿論大丈夫ですよ。居候の身ですから、食べさせていただけるなら何でも嬉しいです」



遜り過ぎた言い方かな?とも思ったが、実際そうだし訂正はしないでおいた。

魔術や読み書きを教えてくれる上に、衣食住まで完璧にサポートしてくれてるんだもんな。

出会ったばっかりなのに。



「居候なんて思わなくていいよ。昨日も料理手伝ってくれたし、何より、ケイトのおかげでセナリと距離が縮められたしね」

「そうなんですか?」

「うん。今日セナリと出掛けてたんだけど、凄く楽しかったんだ。前は買い物手伝うのですら拒まれたのに」

「少しでも力になれたなら良かったです。この世界でリビィさんやウルさんに何が出来るのか、まだ分からないですからね。僕に出来る範囲で力になれることがあれば何でも言って下さい」

「その時はまたお願いするね。でも、そんなに気を張らなくていいよ」

「ああ。その時が来れば存分にコキを使ってやろう。だが、何も頼まれてない時ぐらいはゆっくりしておけ」



ウルの不器用な気遣いがくすぐったい。

独り暮らしをしてから感じていなかった温かさを感じる。



「ありがとうございます。そう出来るように頑張ります」

「そうだね。急に考え方を変えるのは難しいもんね。ゆっくりでもいいから、気を緩めてくれたら嬉しいな」

「はい」

「あ、そうだ!早速一つお願いがあるんだった」

「なんでしょう?」

「今日ね、セナリとお出掛けして凄く楽しかったから、今からウルに自慢しようと思ってたの。ケイトにも一緒に自慢していい?」

「勿論。是非聞かせてください」



魔術の訓練がてら三人分の水を入れて、セナリを起こすまでの間、リビィの話を聞いた。

セナリと買い物に行った事、欲しい物を言ってくれて嬉しかった事。

無邪気に話すリビィは本当に楽しそうで、聞いてるだけで何故か俺も嬉しい気持ちになった。

途中、話をウルに振ったりしたせいで若干の気疲れは残ったが、、。

ちょっとリビィが俺にばっかり話すからって不貞腐れないでほしい。



「ふふっ。いっぱい喋っちゃった。そろそろご飯食べに行く?」

「ああ、そうだな」

「じゃあセナリを起こしてきますね」

「うん。お願いするね」



(セナリは、、、、ここかな?)

まだ慣れない家で戸惑いながらも、何とか突き止めたウルの部屋に入る。

そこには、大きいベッドで気持ち良さそうに眠るセナリの姿があった。



「セナリー。起きてるかー?」



しゃがんで声を掛けてみるが、返事はない。



「寝てる、、か」



幸せそうな顔して寝てるな、、。

シーツを掴んで横向きで膝を曲げて眠るセナリの姿は遊び疲れて眠る子供のそれと同じで、とてもじゃないがこの広い家の家事を全て熟している凄腕の使用人には見えなかった。



「セナリ。起きれるか?」



ずっと見ていたい気持ちを抑え、寝ているセナリの体を軽く揺すって声を掛ける。

興味本位で柔らかそうな頬を少し突いたのはバレてないと思いたい。



「むにゃむにゃ、、うーん、、。ケイト、、様?」

「うん。気持ち良さそうに寝てるところ悪いな。今から外にご飯食べに行くみたいでさ。起きれそうか?」

「ふわぁぁ。はいです、、。今起き上がりますです、、」

「ゆっくりな。ほら、手貸すぞ?」



セナリは遠慮する事なく、手を取ってくれた。

二人よりもセナリとの距離が近い気がして、自慢しようと頭の中にこの出来事をメモしておく。



「へへへ。ありがとうございますです、、。うんしょっ。ケイト様。おはようございますです」

「ああ、おはようセナリ。よく眠れたか?」

「はいです。幸せな夢を見た気がしますです」

「どんな夢だったんだ?」

「どんな夢、、、はっ!?忘れてしまいましたです、、」

「ははは。そっか。また思い出したら聞かせてくれ」

「はいです!」



きっと、それはそれは幸せな夢だったんだろう。

幸せそうな寝顔を見た後であれば、容易に理解し得る。

いつか、思い出したら聞かせてもらおう。





「セナリ、おはよう」

「リビィ様、おはようございますです!ご主人様お帰りなさいませです!お迎え出来ずごめんなさいです、、、、」

「気にするな。それよりセナリ。何か食べたいものはあるか?」

「ふぇ!?あ、えーと、、。ごめんなさいです。思い付かないです、、」

「謝らなくていい。すぐに出る。顔を洗って準備してこい」

「はいです!」


ウルに促されて、セナリは早足で顔を洗いに行った。

気のせいだろうか。

セナリに対するウルの態度が、少し軟化した気がする。

何がそうさせたのかは分からないけど、気のせいじゃなければ嬉しいな、、。
















「へいらっしゃい!おっ!こりゃ珍しいお客さんだ!奥の広いとこ空いてますぜ。良かったら使ってくだせえ」


リネリスに幾つも点在する飲食街の一つにあるこの店の名前は、〝緑の音楽亭〟。

毎夜のように色んな吟遊詩人がやって来て自作の歌を披露するという、音楽に身近な料理屋だ。

見た目こそスナックや居酒屋に酷似しているが、リビィ曰く、家族連れで子供もよく来るというらしい。

話を聞く限り、ファミレスと居酒屋を足したような感じなんだと思う。

まあ、セナリみたいな小さい子を居酒屋には連れて行かないか。



「お待ちどう!今日はどんな感じにするんで?」

「そうだな、、。リビィ、どれくらい食べられそうだ?」

「うーん、、。お昼遅かったからあんまり。セナリは?」

「セナリはご主人様にお任せしますです!」

「分かった。ケイト、お前はどんな感じだ?」

「そこまで空いてない、、です」



本当はかなりお腹が空いていた。

今も、五月蠅く鳴きそうなお腹を押さえる為に必死で無い腹筋に力を込めている。

だが、ここ数日の料理の量を見るに、この世界の料理の量の基準は元の世界より多い。

控え目に言っておかないと食べ切れなくなるのは目に見えてる。



「そうか。適当に四人前運んでくれ。予算も任せる。飲み物は、、どうするか」

「良い酒が入ってますぜ。どうだい?」

「いや、酒はいい。空のグラスを4つくれ」

「あいよ!そこの坊ちゃんにおススメの甘いのがあるんだがどうだい?最近収穫量が減っちまったウイメロの絞り汁だ。甘くて美味しいぜ?」

「セナリ、どうする?、、、セナリ?」

「はっ!?だ、大丈夫です!」



涎を垂らしそうな顔でぼーっとしていたセナリが慌てふためく。

ウルに声を掛けられて我に戻ったが、この場に居る全員がその顔を見ていた。

きっと飲みたいんだろうな。

さっき言ってた、なんだっけ。

ウ、、ウイ、、、、ウイメロの絞り汁とかいうの。

聞いた事のない名前だが、多分果物だろう。



「遠慮しなくていい。それを一つ頼む」

「そ、そんな!」

「はいよ!少々お待ち!」

「ご主人様!そんな、、、。セナリだけいいんでしょうか?」

「ああ。俺は必要ない」

「私もお水でいいかな」

「え、えと、ならケイト様は、、」



じっと見てくるセナリに、小さく首を横に振る。

ちょっと興味はあるけど、空気を読んだ。



「うう、、。いいんでしょうか、、」

「ああ。嫌だったか?」

「嫌ではないです!ただ、申し訳なくて、、、」



セナリは、嬉しいのと遠慮しなくてはならないという気持ちが混ざったような、複雑な表情をしている。

ウルは、、、あ。

これは多分、フォローしようと必死に思考を回してるけど何も思い付かない顔だ。

眉間に皺が寄って、ちょっと怖い顔になってる。

初対面で見ると、怒っていると勘違いしてしまいそうな形相だな、、。

その横で、リビィは俺をチラチラ見ていた。

これはあれか?

俺が何かフォローしないと駄目なやつか?

この三人の事に俺が首を突っ込むのはお門違いな気がするが、世話になってる以上何もしないわけにはいかない。

ひとまず、ぼんやりとフォローの言葉が浮かんだところで、整理しながらセナリに声を掛けた。



「セナリ。これはセナリだけが贅沢をする為に飲むんじゃないんだよ」

「どういうことでしょうか、、?」

「セナリはウ、、、ウイメロ?の絞り汁を飲んだ事はあるのか?」

「ないです、、」

「じゃあ味の勉強になるんじゃないか?家でご飯を作るのは殆どセナリだからさ。色んな味を知れば知る程セナリの料理の幅も広がって、ウルさんにもリビィさんにも食べた事の無いような美味しいご飯をもっと食べさせられるんじゃないか?」

「そ、そうですね!」

「うん。だからちゃんと味わって飲んで、料理に活かそう!」

「はいです!」



ひとまず上手くいった、、かな?

リビィもセナリも笑顔になってくれた。

まあ、ウルは表情が変わらないまま固まってるけど。

きっと考え過ぎて思考停止してるんだろう。

あまり触れないでおこう。




「お待ちどう!旬の野菜サラダ盛り合わせと、ベポ肉の串焼き。あと、サンマの造りだ」




サンマ!

やっとこっちの世界で馴染みのある名称の食べ物に巡り会えた、、、、。

でも、サンマの造りって食べたことない気がする。

新鮮なら造りが一番美味しいとかそういう事かもしれない。


まあ細かい事はいいんだ。

早速サンマを、、、っとその前に。




「「「「食に感謝を。魔力の源に感謝を。変わらぬ大地の恩恵に此度も授かります」」」」




まだ数回しか言ってないけど、何となく言い慣れた気がする。

それにしてもこの文言。

食に感謝と大地の恩恵っていうところは分かるけど、魔力の源っていうのは何の事だろう。

食べ物自体に魔力が含まれていて、食べると魔力が回復するとかかな?

その場合、魔力を持たない俺はやはりローブに吸収されるんだろうか。


考えたところで、俺では答えを出せないんだけど。

諦めて、目の前のサンマへ集中した。

サンマのお造り。

食べた事ないけどどんな味なんだろうか。


(いただきま、、、ん?)


これ、サンマ?

色が真っ白で、どちらかと言うと、火を軽く通した鯛みたいな見た目をしてる。

味は、、、うん。

質の良い鯛の味がする。

安いのしか食べた事ないけど、多分合ってる。


そうか、、、、。

せっかく慣れ親しんだ物が食べれると思ったのに、名前が一緒なだけか、、、。

でもまあ、美味しいものに罪はない。



「どうしたケイト?」

「あ、いえ、なんでもないです。美味しいなと思って」

「ケイト様はサンマが好きでしたか!今度サンマを使った料理を作りますです!」

「ありがとう。楽しみにしてる」

「私も食べたいな」

「はいです!頑張りますです!」


「お待ちどう!次は───」



その後も、四人前と言った割には少し多く感じる量の料理が運ばれてきた。

俺とウルもそこそこ食べたが、おそらくセナリが一番食べていただろう。

やっぱり成長期だからだろうか?


それと、案の定というべきか見知った食材は出てこなかった。

自由に街中を動き回れるようになったら、一度食材探しでもしてみようか。

もういっそ、似た物でも構わないから、自分が元居た世界を食材から感じたい。

このままこの世界に慣れてしまったら、元居た世界で過ごした二十一年が夢の中の出来事に感じてしまいそうだから。

少しでも、元居た世界を感じられるものが欲しい。

この世界に完全に染まり切ってしまう前に。


















───コンコンッ。


「入るぞ」

「どうされました?」


リビィとセナリが寝静まった後、寝る前に文字を書く練習をしていると、小さいノック音の後にウルが入って来た。

こんな夜更けにどうしたんだろうか。



「話しておかなくてはならない事があってな。いいか?」

「はい」



紙とペンを仕舞い、机を挟んで椅子を二つ置く。

既に寝ているリビィとセナリを気遣ったのか、ウルは物音一つ立てずに椅子に掛けた。



「この前話した事、覚えているか?神王の話だ」

「神王、、。えっと、ウルさんの仕事が忙しくなるって話でしたよね、確か」

「ああ。神王というのがどういう存在であるかは話したか?」

「いえ。詳しくは聞いてないです」

「神王について知らなければ、間違いなく腐愚民である事がバレる。今から教える事を覚えておけ」



ウルが待ってくれている間に、先程直した紙とペンを机の上に出す。

一番上に書いた〝神王について〟という文字は、勿論書き慣れた文字だ。



「神王が全生命の頂点だという話はしたな?」

「はい」

「その神王だが、別に人外の生き物というわけではない。俺と変わらない、ただの人間だ。元から位が高い事が殆どだがな」



魔術がある世界だし、全生命の頂点というのはてっきり、何か凄い力を持つ人だと思ってた。

本格的に、日本で言うところの天皇と同じようなものだと考えて問題なさそうだ。



「神王は二人の王と一人の教皇から選ばれる。俺が仕えているユリティス王もその内の一人だ」

「どうやって選ばれるんですか?国民投票とかでしょうか?」

「投票という点では間違いないが、殆どの国民は神王の選出には何の権限も持ち合わせていない。十人から成る元老院による話し合いで、三人の中から神王が選ばれる。原則として、神王は崩御するまで代替わりする事はない」

「何をする人なんですか?」

「一つの領域全てを巻き込む程大きな問題の解決に際する最終決定権を持つ存在であり、全人類の象徴だ。存在するという事自体が責務であり、使命のな」



存在する事が責務であり使命、、。

一度でいいから言ってみたいな。

だが確か、日本に於ける天皇は政治には関与しないはずだから、最終決定権を持つというのは少し違う点かもしれない。

どの程度大きな問題から扱い始めるのか、どこまで扱えるのか。

その程度は分からないけど。



「細かく話せばキリがないが、ひとまずは今話した事を覚えておけばいい」

「分かりました」



特別難しい事もなかったし、メモも取っておいたから忘れる事はないだろう。

一応、明日起きたら復習しておこう。



「本題に入るぞ。昨晩話したと思うが、今の神王様はもう長くない。つまり、もう間もなく元老院による次の神王を決める話し合いが始まる。俺はユリティス王に仕えるものとして、ユリティス王が優位になれるように動く必要がある。詳しい事は話せないが、端的に言えば元老院周辺への胡麻擂りだ。今からしたところでどれだけの効果が見込めるのかは分からないが、やらないわけにはいかないからな。立場上仕方なくというのもあるが、何より次の神王にはユリティス王になっていただきたい。俺が忙しくなるのは、そういった理由からだ。ここまでは大丈夫か?」

「はい」



細かい事はよく分からなかったが、仕事が増えて忙しくなる。

それだけ理解出来ていればいいだろう。



「忙しくなれば、俺はこの家に帰って来られない事がある。つまり、家を守る存在がいなくなるという事だ。延いては、リビィとセナリを守る存在がいなくなる。だが、仕事を休むわけにもいかず、二人を連れて行く事も出来ない。そこで、お前には、二人を守る役目をしてもらえないかと考えている」



俺が?

この世界の事もまだ殆ど分かってなくて、魔術も全然覚えてない、戦う術を持たない俺が二人を守る?

自分を守る事ですら、出来るかどうか分からないというのに。



「俺の代わりをしろとまでは言わない。必要なものがあれば与える。二人の事、任されてはくれないか?」



ウルが真剣な表情で、顔を上げたまま浅く頭を下げる。

いつになく鋭い目付きだったが、不思議と怖くはなかった。



「リビィさんとセナリを守りたいのは山々です。二人には沢山助けてもらってますし。でも、僕では力不足だと思います。この世界について何一つ知りませんし、魔力もなく魔術もろくに使えない。むしろ足手まといにしかならないと思います、、」

「転移してきたばかりでこんな頼みをするのはすまないと思っている。だが、現状お前しか頼める奴がいないというのも分かってくれ。知識も魔力も与える。俺が居なくとも大丈夫なよう、魔力水も常に買い与える。魔術も責任をもって教えよう。だから、頼む。俺の仕事が落ち着くまででいい。リビィとセナリを守ってくれ」



ウルの表情は至って真剣。

冗談を言ってるつもりではないと、一目見れば分かる。

分かってしまう。

外交官をしてるぐらいだから顔は広いだろうし、サシャを始めとした幼馴染みとか仕事仲間とか。

いくらでも頼む相手はいるだろうに。


本当は聞きたかったし言いたかった。

なんで僕なんですか?と。

他にいくらでもいるんじゃないですか?と。

そんな大役、僕には無理です。と。

でも、ウルの鋭い眼差しが、目の奥にある悔しさに似た感情が、俺にそれを言う事を許してはくれなかった。



今まで、責任のある役割から逃げてきた。

小学生の時のクラス委員長も、中学の時の部長も、高校の時の生徒会長も。

何故か分からないが頼まれる事は多かった。

だがその全てを、その場で上手く躱してきた。

誰かの為に何かをするのはどちらかと言えば好きだが、責任が伴うものは出来る限り避けたい思う気持ちのほうが強い。

自分がそんな器じゃないのを、誰よりも知っているから。


(でも、避けられないよな、、)


こんな真剣な目を向けられてしまっては。

何より、ウルのこの想いを裏切るのは駄目な気がした。



「、、、分かりました。ウルさんが家を空けている間、リビィさんとセナリを守る為に全力を尽くします。でも、過信はしないで下さい。勿論身を呈して二人を守りますが、それでも僕の魔術の力量が、全魔人の中で下から数えた方が圧倒的に早い事に変わりはありませんから」

「ああ、充分だ。恩に着る」



そう言って、ウルは漸く目の力を緩め、視線を外して深々と頭を下げた。

了承するまで目を離さなかったのは、ウルなりのけじめだったのかもしれない。

多分、打算的な考えでとった行動ではないと思うけど。



「寝る前に邪魔して悪かったな」

「あ、いえ。大丈夫です。明日も朝からギルドですか?」

「すまないが、明日は朝から王都に行かなくてはならない。家を出るまでに室内でも出来る魔術の訓練を書き留めておく。読めない部分はリビィ読んでもらえ。事情は伝えてある」

「何から何までありがとうございます」

「構わない、、、いや、これぐらいはさせてくれ。あまり根を詰め過ぎるなよ?」

「はい」



気のせいだろうか。

ウルの接し方が優しくなった気がする。


少しだけ。

ほんの少しだけだが、三人の家族の一員に近付けた気がした。

家族に入れてなんて図々しい事を言うつもりはないけど、それでも何もない俺に四人の中での役割が出来た事を嬉しく感じた。

責任を負うなんて、今までは微々たるものでも嫌だったはずなのに。

この世界に来てまだ数日だけど、知らない内に感化されてるのかもしれない。

出会った人や、物事達に。

何にいつ影響されるか、分からないものだな、、、。

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