表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
十章
88/104

八十五話「三賢者VSクラムド」



原初の命。

始まりの木に見守られる中、人類の存亡を賭けた戦いが行われようとしていた。

向き合うのは三賢者と、魔力総量さえ多ければ三賢者に数えられていた可能性が高いと言われているクラムド。

奇しくも、魔人の四天王と言うべき者達がこの場に揃っている事になる。

だが、クラムドが四番手であったのは、あくまで人の枠に収まっていた時の話。

腐王との契約、精霊の支配、不死身にも思える体。

それらを手に入れた時、既にクラムドは埒外の存在となっている。


──只人が埒外の存在になど、届くわけがなかった。


実際。

魔人、武人、両種族を合わせても頂点に立つバオジャイでさえ、自力では傷一つ付ける事さえ叶わなかった。

それでも、三賢者の目は誰一人として死んでいない。

分析するメヒト。

勝ち筋を探るバオジャイ。

守護の為の警戒を張り詰めるウル。

全員がそれぞれの役割を理解し、言葉を交わす前から敵を打ち倒す為の行動に移っていた。


この時間が、クラムドの気まぐれによって与えられているものだと分かりながらも、侮られていると分かっていながらも、その事実に激昂せず、ただただ利用する。

幼馴染みに目を覚まさせる為に。

研究対象であるもの達に手を掛けさせない為に。

家族を侮辱した罪を償わせる為に。


根幹にあるものは違うが、それぞれの利害は一致していた。

望むべくは一点。

クラムドを打ち倒す事。

それぞれの思いを胸に、三人の賢者が結託した。








「あの黒い靄はなんだい?」


おそらくそうだろうという解答を持ちながらも、確かな情報を得る為にメヒトが尋ねる。

推測だけでは、足元を掬われかねない。

情報至上主義のメヒトならではの考え方だった。



「腐敗の魔術。触れたら、魔術もそれ以外も腐る。私の精霊魔術も駄目だった」

「あんなところに池はないはずだと思っていたが、そういう事か、、、」



度重なる落雷の衝撃で出来た穴。

そこに水龍の残骸が流れ込む事で、始まりの木の近くにはないはずの池が出来ていた。

数百人が自由に泳ぎ回ったとしても、一度もぶつからずにいられるであろう程、大きな池が。

バオジャイの攻撃は、自然災害そのもののようだった。



「腐敗、、、。という事は、まず間違いなく、腐王と契約しているようだね」



腐王。

それは、理不尽に殺された精霊王の転生体が、怨恨を糧として成った姿。

全てを腐敗させる力を持っている存在。



「ん。そう言ってた」

「確か、幻霊林にいる化け物だったか?」

「そうだね。腐王自体には高い知能がないからおそらく私一人でも倒せるけれど、クラムド君程頭の切れる存在が腐敗の力を自在に操れるとなれば、相当厄介だね。魔装の袖が片方ないのはどうしてだい?」

「再生」

「ミシェの報告通りのようだね、、」



バオジャイが報告出来たのはこの二つだけ。

理性を失っていなければ、もう少し有益な情報を得られたかもしてない。

そう考えてバオジャイは気を落とした。



「これは推測だけれど、腐敗、自己再生に加えて、全ての精霊魔術を詠唱も無しに扱えるようになっている可能性が高いよ。それも、魔力は精霊持ちで、ね」

「化け物じゃねえか、、、」



精霊魔術とは、ものによっては災害そのもの。

それ故に、必要とする魔力の量も多い。

メヒトの推測が表すものは、クラムドは必須の対価さえ払わず、意思一つで災害を起こせるというもの。

三賢者と言えども全員が人の子。

たかだか三人が結託したところで、災害に立ち向かうのは無理があるように思えた。



「でも倒さないと駄目」

「その通り。残念ながら、ここに居る三人が防波堤という事実に変化はないからね」

「腹をくくるしかねえな」



やってみなければ可能性はゼロではない。

どれだけ絶望的な状況であろうとも、三人はそう考えて心を決めるしかなかった。



「だがどうする?」

「考えがあるよ。耳を貸して」

「ん」

「まずは────」



メヒトが二人へ、思い付いた作戦を伝える。

その間クラムドは、目を閉じ、黙して動こうとしない。

周囲へは相変わらず黒い靄を漂わせているが、攻勢に移る意思はないように見える。

圧倒的強者故の油断。

三人が突き崩せる隙があるとすれば、クラムドのこの油断のように思えた。






「作戦会議は終わったか?」






ゆっくりと目を開け、嘲るように言うクラムド。

狙ってか偶然か、ちょうどメヒトが二人に作戦を伝え終えたタイミングでの言葉だった。



「ありがとう。懐の深い教皇猊下のおかげで、じっくりと作戦を練る事が出来たよ」

「ふっ。その通りだ。存分に感謝するといい」



視線の高さは同一だというのに、まるで見下ろす様にクラムドが鼻で笑う。

その目には、僅か数か月前に強く心を支配していた三賢者への劣等感は失われていた。

溢れんばかりの自負、蔑む態度。

それら全てが、一人の人間が持つには過剰な力によって齎されたものだった。



「少しは、楽しませてみせろ」



言い放ち、口角を吊り上げて犬歯を覗かせるクラムド。

言葉を受けて集中を高め、魔術を練り上げる三賢者。

クラムドとの第二ラウンドが、今始まる。


















「〝白炎(ボア)〟」

「〝岩針(フォレスティグ)〟」

「〝落岩(クラッシュ)〟」



ウルのあらゆるものを灰に帰す炎が、バオジャイの竜をも穿つ牙が、メヒトの逃げ場を奪う大質量岩の雨が、一斉にクラムドへ襲い掛かる。

あくまで牽制。

三者とも、これで傷を負わせられるなど微塵も思っていない。

その程度の存在であれば、バオジャイがとうに屠っているから。

放った魔術が力を全て発揮する前に、三人はクラムドへ近付き、メヒトが正面、ウルが向かって左、バオジャイがその反対側。

それぞれ作戦で決まって配置へ着く。

10m程離れたウル、バオジャイの両名と違い、メヒトは今にも自分達が行使した魔術に巻き込まれそうなほどまで接近する。

そしてそのまま特攻し、現在進行形で魔術を腐敗させ続けるクラムドの懐に潜り込んだ。

狙い通り、弾幕攻撃の隙としてわざと開けていた正面には靄がない。

流動的に動く靄の隙間へメヒトが狙いを定め、、、




「〝水矢(アロー)〟」


ジュッ──。




放った魔術は、隙間を埋めるようにうぞうぞと動いた靄によって防がれる。

だがメヒトは見逃さなかった。

消し切れなかった水が、クラムドの魔装を濡らす瞬間を。


──この靄は絶対防御ではない。


その事実は、暗く長い洞窟の先の、一筋の光明となる。

指が一本辛うじて通るかどうかといった大きさの、小さな小さな穴から差し込む光明。

決して選択肢を誤ってはいけない。

誤れば、その穴さえ塞がってしまうから。

こじ開ける為に、メヒトは更に一歩踏み込み、クラムドの靄に手を押し当てる。

魔吸(アブルソ)〟の効果を付与した魔装を信じて。




ズ───。




腐敗と魔吸の勝負。

軍配は、僅かに魔吸に上がった。

薄い箇所ではあったが、魔吸はメヒトの手の周囲の靄を、魔力に変換して吸い取った。



──少し、光明を差し込む穴が広がった。



得られた実験結果にメヒトは口角を上げ、魔術を────





「〝土壁(ウォール)〟」

「ぐッ」





靄を吸い取ったのとほぼ同時に、クラムドがメヒトの腹部に当たるように土壁を発生させる。

続いて嗾けられる靄に冷や汗を掻きながらも、左右から殺到させられた魔術によって、メヒトは距離を置く事に成功した。

去り際にしっかりと、土壁に含まれる魔力は吸収し終えている。

タダではダメージを受けない、メヒトからそんな気概が見られた。





「〝水貫(ウォーバランス)〟」

「〝紫電(エレクト)〟」





ウルの紫電を纏ったバオジャイの水貫がクラムドに殺到する。

一陣、二陣、三陣。

その間にメヒトは隙を見つけては魔吸で靄をこじ開け、攻撃の補助に回る。

クラムドのすぐ側で動き回るメヒトが水の槍に貫かれてもおかしくないというのに、ただの一つとして、二人の攻撃がメヒトへ向かう事はなかった。

靄をこじ開け、メヒトがその場を離れると同時に、水の槍が殺到する。

ウルの紫電も、水の槍から剥がれてメヒトの邪魔になってしまわない範囲。

共闘するのが初めてとは思えない程、三人の動きには無駄がなく連携が取れていた。

だが未だ、クラムドへまともにダメージは入っていない。

少しずつ、少しずつ、濡れる範囲が大きくなっているものの、それ以上に進めない。


──このままではじり貧。


そう考えたメヒトは、自身の防衛を捨てて上半身の魔装を脱ぎ、腕に巻きつけた。

一度でより多くの靄を吸い取れるように。

知略で敵を追い込むメヒトらしくない、捨て身の技だった。





ズズ────。





また一つ。

光明の差し込む穴が広がった。

靄の隙間を広げた事により差し込まれた水の槍の先端が、クラムドに届かずとも体の直近までは辿り着けた。

あと10数センチ。

それだけ先へ進めば、威力を保ったまま水の槍をクラムドに届かせる事が出来る。

もう少し、もう少し、、、。


──あと数センチ。


魔装を腕に巻き付けて約一分。

同じ攻撃を続ける事で、もう後僅かでクラムドに攻撃を届かせられるというところまできた。

息を切らしながらも、この期を逃してはならないと三人の攻撃は勢いを増し、苛烈を極める。



5、、、4、、、3、、、2、、、。



メヒトは、おおよその見立てで水の槍がクラムドに届くまでの距離を算出していた。

残る距離は爪一つ分。

一度攻撃が届けば、後はそれを繰り返せば倒し切れる。

確信を持ったメヒトは、一番の危険地帯、クラムドの側で捨て身の攻撃を続けた。

勝利への道を、切り開く為に。






「失せろ」



ブワッ───。



「ッッ!?!?」






勝利は、確約されていなかった。

クラムドが苛立ちを乗せるように放った一言と同時に、黒い靄は一気に何倍にも膨れ上がり、陣地を広げる。

まるで、ここから先に入るなと言わんばかりに。

その規模直径10数メートル程。

懐に飛び込んでいたメヒトだけでなく、ある程度距離を置いていたウルとバオジャイさえ、僅かに後退りさせられてしまう。

となると当然、一番近くに居たメヒトが無事であるわけはなく。





「かはッ、、」





緊急回避する為に、自らが発生させたエアバーストを腹部に打ち込み、靄の効果範囲外に逃げ(おお)せたメヒト。

代償は骨を数本。

それと、勢力を増した靄によって腐敗させられた魔装。

その身まで腐敗させられなかったのは、不幸中の幸いだった。




「【傷痍掃いし癒しの者よ。盟約の下に救いの声を今聞き届け、我が魔力を持ちて此の者の身を癒し給へ 〝上治癒(ヒーリア)〟】」




すぐに駆け寄ったウルにより、メヒトの骨が癒着し、体の至る所に負った小さな傷達が癒される。




「感謝するよ」

「ああ」

「大丈夫?」

「体は何とかね」




立ち上がり、漆黒の魔装を脱ぎ捨て、格納袋から出した別の魔装を羽織るメヒト。

漆黒の魔装が使い物にならなくなる事態も、またメヒトの想定していたものの内の一つだった。



「どこまで広げられるんだ?あの靄は」



魔力水を豪快に飲み干し、瓶を投げ捨てたウルがメヒトに問う。



「推測だけれど、あれが限界ではないと思う」

「最低でも倍」



メヒトが根拠に基づく推測を、バオジャイが直感に基づく予測を教え合う。

そのどちらも、絶望に近しい要素を含んでいた。



「大きく広げたせいで薄くなってる、というのは考えない方がいいだろうな」

「そのほうが賢明だね。明らかに靄の濃さが増しているよ」



どちらかと言うと灰色に近い黒だった靄も、今ではメヒトの魔装のように黒々としている。

見た目だけの問題ではない。

その威力も、黒に近くなる程に増していた。






「届くと思ったか?勝てると思ったか?弱者の浅知恵が、強者に届くと思ったか?笑わせるな。弱者は何人集まろうと弱者だ。現実に絶望し、許しを請い、平伏しろ。今ならまだ、私を濡らした罪を許し、配下に加えてやろう。逆らえず、殺戮を続けるだけの傀儡程度にならしてやるぞ」






苛立ちを見せるクラムドが、先程の〝楽しませてみろ〟という発言が嘘かのような言葉を吐く。

願い通りに僅かだが伸ばした手を届かせ、楽しませる要素を作り上げたというのに。


現在のクラムドの胸中には、ここまでの準備をしても只人の攻撃を全て防ぐ事は出来ない。

そんな事実へ対する苛立ちが蔓延していた。

今まで劣等感を感じていた三賢者。

新たな力を手に入れ、その存在達を圧倒出来ると、簡単に絶望させられると思っていたのに。

三賢者最強を圧倒しようとも、縋っていた魔装を失おうとも、未だに三賢者の目は死んでいない。

誰一人として、勝ちから目を逸らしていない。


何故だ。何故奴らは諦めない。


強い意思を持つ目に疑問を覚え、それが原因となって苛立ちを加速させた。

自分が平伏せさせる事の出来ない、小さな存在への苛立ちを。




「断る」

「ん」

「当然だね」




即時齎された返答が、更にクラムドの苛立ちを加速させた。

そして、その苛立ちは靄にも伝わり、より黒々と偏食していって、禍々しさを増していく。

目に見えるものだけでない。

見えないものすら飲み込んでしまう、闇の如き絶望の象徴のように。





「そうか」




パチンッ───。





クラムドの指が鳴らされる。

それと同時に、一帯に影が差した。

夜になったわけではない。

影を作っているのは、クラムドが発生させた隕石群。

その一つ一つが、小さな村であれば滅ぼせるであろう程のサイズを誇っている。




「これは拙いかもしれないよ」

「冷静に言ってる場合か」

「迎撃する?」

「いや、ここは、、。ウル」

「簡単に言いやがる」

「出来ない?」

「やるしかないだろ」




三人が選んだのは、防御。

全てを合わせれば一国を滅ぼせそうな程の暴威を、防ぐという。

そしてそれを成し遂げられる可能性を持つのは唯一、ウルである。

メヒトが回避でも迎撃でもなく防御を選んだ理由。

それは、消費魔力と確実性。

回避をしようと思えば転移魔術を選ぶのが無難。

だがそれでは魔力を大きく消費してしまい、尚且つ転移してすぐ攻撃を撃たれ、後手に回る可能性がある。

攻撃が及ばない程遠くまで転移してしまえば、言わずもがなより多くの魔力を消費する。


迎撃の場合は、あの隕石群を作り出すよりは少ないが、それでもかなりの魔力を必要とする。

それに、迎撃中にクラムドに追加の攻撃を放たれれば反応する余裕がない。


それらの可能性を考え、メヒトは一瞬で、防御魔術で耐え抜くという結論を導き出した。

回避と迎撃のように、防御に徹するのにも様々な危険が伴う。

そう分かっていても、メヒトは迷わなかった。

結論を出すに至ったのは、ウルに寄せた全幅の信頼。

この男なら、必ず耐え切ってみせる。

情報や数値を至上とするメヒトらしくない、思い切った決断だった。

そうさせたのは、クラムドから感じ取った脅威。

今のクラムド相手には、自身の戦略だけでは足りない。

それ故の決断。


口には出さないメヒトのそんな想いを、ウルは心のどこかで感じ取っていた。

自分が二人を守り通さねば。

この危機を切り抜けなければ。

そんな強い意思を持って、クラムドを睨み付けた。








「喚く間もなく失せろ」





ゴゴゴゴゴゴゴ──────







隕石が進路上の空気を押し退ける音が周囲に響く。

三人は動じず、一塊になって着弾の時を待つ。

まだ、結界は発動していない。



200m、、、、100m、、、、。



着弾の時は、すぐそこまで迫っている。

迎撃する事を選択したか。

そうクラムドが考えた時、ウルがゆっくりと口を開いた。




「〝(シェル)〟、〝(シェル)〟、〝(シェル)〟 」




横向きの半円柱型の小さな結界が、三人の周囲に重ねるように幾重も張られる。

結界同士は、紙すら通らない程密接している。

それが二十枚程。

その分厚さにより、半透明の結界であるというのに、重ねられた殻は三人の姿を隠した。




「〝(ドーム)〟」




もう間もなく接敵する。

そのタイミングでウルが、後一秒以内に隕石に当たりそうな位置に半球状の結界を張った。

この結界では、隕石の一つも碌に防ぐ事は出来ない。

発動したウルが、そんな事は一番分かっている。

打つべき手はもう一手。

単なる防御だけで大人しく出来ない、ウルなりの手があった。






「〝竜槍(スキューア)〟」




ボゴンッ───!






半球状の結界に隕石が衝突する直前、勢いよく生えた電柱程の太さを誇る無数の棘が、隕石を中程まで穿ち、崩れ落ちさせる。

一番初めに到達したものだけではない。

二つ、三つと、衝突した隕石が防御結界の棘に串刺しにされた。

我こそはと後を追うように迫り来る後方の隕石達は、既に棘に刺さっている隕石にぶつかり、その身を崩れ落ちさせる。

ひたすらにその繰り返し。

だが、、、




ビキ───ビキビキビキ────。




いつまでも一枚の結界で大質量の隕石達の猛攻に耐えられるわけもなく、一本の棘が折れたのを皮切りに、一気にヒビが広がっていった。






パリイィィィィィィン────。






ヒビに追撃が入り、結界は呆気なく散る。

残る隕石は7割程。

対して、ウルの結界は小規模なものを20枚のみ。

とても、防ぎ切れるようには思えない。





「無駄な足掻きに終わったな。呆気ない」





迫り来る隕石群で姿の隠れた三人を見て、溜め息を吐いたクラムドがそう零した。

溜め息は呆れか安堵か。

そのどちらから来るものなのかは、誰も分かり得ない。





ズン────ズン───ズドドドドドドドド!!!!!






一つ目、二つ目の隕石が順に着弾し、後は押し合いへし合い。

我先にと隕石が降り注いでいく。

死の雨から逃れようとする、小さき命達へ。






「【契約者ウル・ゼビア・ドルトンが望む。】」

「【地神祀りし社の主よ。】」




「ふっ。くたばったか」






ガラガラと音を立てながら現在進行形で崩れる隕石で出来た小山。

それを見て、クラムドは一言、吐き捨てるようにそう言った。

小山の中で唱えられている詠唱は、クラムドには聞こえていない。






「【貴殿の力を今此処に。糧としたるは我が魔力。】」

「【契約者メヒト・ヴィルボーク・フィオが求む。】」




「さて。刻限までは後少し。社に戻るか、、」






靄を霧散させ、一度天を見つめたクラムドが、ぽつりと零す。

未だ、詠唱は聞こえていない。





「【炎主ディバレイリアの権能の一端を、照らし、知らしめ給え】」

「【我が魔力を糧として此の地に顕現し、猛威振るいて境を無くし給へ】」




「「【〝溶岩流(マグマガッシュ)〟】」」




──────ドゴオォォォォォン!!!!





人の身など、容易に浮かしてしまう程の振動が聖域を襲う。

それと同時に、三人から距離を置いていたクラムドの周囲、直径500m程の範囲が地割れを起こし、それによって出来た隙間からマグマが噴出する。

当然、クラムドの足元からも苛烈なマグマの噴流は起こった。

灼熱の雨が、大地の怒りが、限界まで熱された岩石の集中砲火がクラムドを襲う。


二人が放った精霊魔術は、この世に存在しないもの。

別々の魔術を掛け合わせ、一つの大技へと昇華させたのだ。

それを成したのは、知識、経験、研究、信頼。

全てを掛け合わせる事が出来たから。

発動のタイミングが少しでもズレれば、お互いの魔術を邪魔しかねない。

それでも尚、二人は互いの信頼を糧に、成し遂げた。

精霊魔術を二つ掛け合わせる事が出来る事すら知られていない、この時代に。

間違いなく、二人の偉業は歴史に残る事だろう。

生き残る事が、クラムドを止める事が出来れば。






「〝岩針フォレスティグ〟」





追い打ちを掛けるように、地割れの(きわ)まで接近したバオジャイが形成単語を唱え、マグマを纏った灼熱の槍でクラムドに襲い掛かる。

一人の人間にする攻撃としては明らかに過剰。

だが、三賢者の誰一人として、やり過ぎだと心を痛める事はなかった。

もう誰も、クラムドの脅威が人の枠に嵌まるとは思っていなかったから。




「上手くいったようだね」

「ああ」




バオジャイに遅れて瓦礫の山からウルとメヒトが出てくる。

その体には、傷一つ付いていない。

そう。

ウルの防御結界は、見事に隕石群の猛攻を防いで見せたのだ。

三人が身を寄せ合ってぎりぎり入れる程の小さいサイズの結界にしたのは、衝撃の全てを結界が受けてしまわない為。

そうして、覆い被さった隕石によって追随する猛攻の威力を殺した。

結果、結界を5枚ほど残したまま、三人は無傷でクラムドの攻撃を凌ぐ事が出来ていた。




「魔力残量はどれくらいだい?」

「もう精霊魔術の一つも出せないだろうな。お前は?」

「同じくらいかな、、、。小さい魔水晶が残っているけれど、それで回復出来る魔力量は、魔力水一本分くらいだろうね」

「じり貧か、、」

「ん」




もう出し惜しみをしても仕方ない。

そう考えた三人は結界の中で話し合い、魔力の多くを注いだ攻撃を放つ事に決めた。

それが先の精霊魔術であり、追撃の形成単語。


多少の魔力を残しながらも、三人の余力は殆どなかった。

これで何のダメージも負っていなければ、勝利どころか全員の命すら絶望的。

それが三人の共通認識だった。















ズッ──。



「ぐッ、、あ、、」















クラムドは生きていた。

それは、足元から生え、三人を拘束した幾本もの太い蔓が証明していた。

本来の、魔力を吸う効力を持った植物魔術。

拘束された三人は、魔装充填分から体内魔力まで、気を失わない程度に魔力を吸い取られた。

クラムドの手に掛かれば魔力を限界まで吸い取り気絶させる事も可能だったが、あえてそれはしなかった。

出来る限りの絶望を、三人に与える為。

自分に歯向かった事を、後悔させる為に。




「路傍の石程度の存在が。図に乗りよって」




地割れを起こし、一段下がっていたマグマ溜まりから、クラムドが上がってくる。

纏っていた魔装は焼け溶け、新たに細い植物を編み込んだ服を着ていた。

表情には、苛立ちが見られる。





ギチギチギチ────。


「苦しいか?そうだろうな。正しく絶望をしろ」





微小な残存魔力は吸い上げず、絡めた蔦でただただ締め付ける。

三人は、微動だに出来ない事実に苦悶の表情を浮かべていた。

一歩ずつ。

近付く度に、表情を苛立ちから愉悦へと移行させていくクラムド。

万が一当たって呆気なく殺してしまわないよう、周囲には靄を発生させていない。

一歩、また一歩。

苦しむ三人にクラムドが近付いて行く。





「【全装獣化:ロル・ロンドルフ】」



ミシ───ミシミシミシミシ───。



「あああああああ!!!!!」





半獣へと変貌を遂げたバオジャイが、力任せに蔦に隙間を作り、そこから飛び出してクラムドへ殴り掛かる。

靄を発生させるクラムドだが、目にも留まらぬ速さで飛び付いて来たバオジャイの拳を防ぐ事は出来なかった。

威力は上々。

クラムドの首が、あらぬ方向に曲がる。

普通の人間であれば、息絶えているのが普通の重い一撃。

それでもバオジャイは手を緩めず、二撃、三撃とクラムドに膂力を全て込めた拳を振るい続ける。





「〝瀑布グラブ〟」

「ぐッ、、」





バオジャイの猛撃は、幾度かクラムドの命を奪う事が出来た。

それでも、無限に思える程多くの命を持つクラムドの命の根幹には、爪の先すら届く事は叶わなかった。

重力を掛けられ、獣化を解かれ、再び蔓で締め上げられるバオジャイ。

掛けられた加重のせいで全身が痛み、もう獣化をして抜け出す事は出来そうもない。





「穢れた獣の体で私に触れるとは、、、、。いい度胸をしているなシスティオーナ!!!!!」


ギチ───。


「あ、、ぐ、、」





目を見開き、怒りを露わにしたクラムドが、バオジャイに巻き付く蔓を更に締め上げる。

それと同時に、無意識に後ろの二人の蔓も更に締め上げてしまっていた。





メキ────。





誰かの体から、骨の折れる鈍い音がする。

それでも尚、蔓の締まりは強くなっていく。

苦しみ、もがく三人の姿を見ても、クラムドは表情を愉悦へ移行させようとはしなかった。

あるのはただ、最後まで目が死なない、三人へ対する怒りのみ。






パチン───。






クラムドが指を鳴らすと、三人から少し離れた位置、上下左右に大きな風刃が発生した。

これは、ケイトがキュイの力を借りて使えるようになった風華。

一つ一つが、数人を纏めて屠れる程の威力を持つ、殺意の嵐。



「漸く絶望を浮かべたか」



これからあの風の刃が降り注ぐ。

そう認識した途端。

三人の表情から希望が消えた。


もう魔力もない。

動く事も出来ない。

骨もいくつか折れている。


もうこれ以上、前へ進む意思を持つ事は出来なかった。

それでも誰一人として命乞いをせずに腹を括っているのは、三賢者という立場から来る矜持故だろうか。








「死して、細切れになった残骸をここに晒せ。弱者ども────」



フッ──。



「なんだ?」







風の刃が、クラムドの意思関係なく一瞬で消え去る。





ドサドサッ───。





拘束していた蔓も同様に消え、三賢者は晴れて自由の身となった。

深くダメージを負った体では、這いずる事すら叶わないが。





「やめろ、、、やめろ、、。やめろやめろやめろ!!!!」





頭を掻き毟り、何かを拒絶するクラムド。

何があったのか、この場でそれを知るのはクラムドのみ。

地に伏す三人には、想像をする事すら叶わなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ