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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
九章
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八十一話「聖なる地、明かされる思惑と定まる敵」



広大な平原。

そこにある透き通る湖の中心に、頂点にある宙に浮く透明の扉を終点とした白亜の螺旋階段がある。

俗世の者が入る事の許されない、神属の社へ至る階段。

少しでも気を緩めれば、極限まで透き通った湖と空気の境目を見失い、気付かぬ内に現世(うつしよ)に別れを告げる。

ここは幽世と現世の境界線。

至れる者の始発点。




───────────────────────♢







「到着だよ」


転移した先。

そこは神王様の暮らす場所、神属の社。

やはり、俺の思い描く場所と同一であった。


相変わらずここは不気味な雰囲気を放ってるな、、。

限られた僅かな人間しかここにはやって来られないが、その殆どがこの場所の雰囲気に何かを感じ、こう言う。


〝現世に興味が無くなった〟


その発言をした後はまるで魂が抜かれたかのように何もしなくなり、食事もせず、緩やかに死を望み、迎え入れる。

死ぬ直前、誰もが笑みを浮かべるのだそうだ。

そんな実情を知る一部の人間に、この不気味な程に透き通る湖は裏で〝死神の口〟と呼ばれている。

大そうな名前に思えるが、実際にこの湖で溺死した者も居れば一度帰ったとしても自ら死を望む者も多く居る事を考えれば、死神の口と言われるのもおかしくない事なのかもしれない。



「ウル」



バオジャイに呼ばれ、気付いた。

いつの間にか足を踏み出しいて、右足の足首までが湖に浸かってしまっている。


───背筋を冷たいものが駆け抜ける。


死神の口に魅了された者達の事を思い出し、自分がそんな事になるわけないと考えていたばかりだというのに。

ここでは、少しの気の緩みが命取りとなる。

長居すれば、それだけ危険は増すか、、、。



「行くぞ」



二度と死神に捕食する機会を与えないよう、必要以上に高く飛び上がり、何故か実際の距離より近く見える螺旋階段を目指す。

死神の口、距離感を狂わせる螺旋階段、一段目から順番に全ての段を踏まなければ姿を消す扉。

その全てが、メヒトでさえ解析をする事が出来ない程に厄介な存在となっている。

神王様を守る為の設備と考えればこれ以上ないものなのだろうが、訪れる者からすれば迷惑なものだな。



「一段目、ここ?」

「そう、、、だね。そこが一段目みたいだ」



登り始めは、必ず自分以外に確認をしてもらわなければいけない。

そうしなければ、ほぼ確実に一段目を飛ばしてしまうのだという。

離れて見れば、どう見ても一段目はここだという事が分かるというのに、実際に登ろうとすれば途端に不安が胸中を支配し、見定めたものは彼方に失せる。


(集中で頭が割れる、、)


そう思う程限界まで集中しなければ、途端に次の段を見失う。

柄には合わないが、ここは慎重に、、、、。

今は、少しの時間のロスも惜しい。

もう世界が暗転していてもおかしくない時間だというのに、分厚い雲に覆われた空は照明が必要ない程に明るい。

それが、これから起こる何かを示唆しているようで、気が気でならなかった。



「二人とも、この扉は見えているかい?」

「ああ」

「ん」



辿り着いた頂上、光の加減で微かに見える扉があった。

見えていなければ、例え同行者が入った後を付いて行っても螺旋階段の一段目まで戻される、らしい。

実際に体験した事はない。

というより、湖を渡る事も、この螺旋階段を登る事も、今回が初めてだ。

聖戦で同行した際、ある程度近くで見た事があるだけだった。

噂や文献で色々知識はあったが、実際に訪れるとなるとこうも厄介なものだとは、、、。



「ん?どうした?」



メヒトに続き、取っ手に手を掛けて扉を開ける直前、バオジャイが身を震わせる。

あいつは普通に開けていたが、何か仕掛けがあったのか?




「何か居る、、」




恐れを僅かに乗せた言葉が発せられた。

〝何か〟とはおそらくクラムドの事なんだろうが、今のあいつはバオジャイが恐怖を覚えるような存在にまでなっているのか、、、?

多少強くなろうとも、実力差は明白なはずだが、、。


バオジャイが恐れる存在であれば俺では完全に役不足だが、行かないわけにはいかないだろう。

意を決して飛び込んだバオジャイの後に引き続き、透明な扉に手を掛けて乗り込んだ。

クラムドが待っているであろう場所。

神属の社へと。







「ここもか、、、、」


扉を抜けた先。

そこは、螺旋階段と同じく白亜の内装をしている一本の長い廊下。

どこまで続くか分からない。

浮いているようにも見える直線上の重厚な木製の扉まで距離がある事は分かるんだが、どれ程の距離があるのか、それが正確に認識する事の出来ない不気味な空間。

上を見ると、左右の壁はどこまでも続いている。


(神秘的な空間、とも言い換えられるんだろうが、、、、)


常識に一つも当て嵌まろうとしないこの空間を、そんな称賛で言い表す事は出来ない。

あまりにも、理解の範疇を超え過ぎている。

自分が今本当に生きているのかさえ、疑ってしまいそうだ。




「ウル?早く入るよ?」




メヒトが、俺の斜め前でそう声を掛けてくる。

目の前の扉(・・・・・)へ手を掛けて。



「ちょっと待て。扉はかなり遠くにあったはずじゃなかったか?」

「いや?私は最初からすぐ近くに見えていたよ?」

「私は、少しだけ遠くに見えてた」



正しい位置を認識出来ていたのはメヒトだけか、、、。

あのまま自分の視覚を信じて進んでいれば、それはそれで辿り着けたのかもしれないが、、、。

このままメヒトに続いて入って大丈夫なのか?

不安はあるが、覚悟を決めよう。

バオジャイと二人、メヒトの肩を掴み、扉の先の暗闇に足を踏み入れた。














「クラムド、、、か?」


扉の先にあったのは、床一面に魔法陣が刻まれた部屋。

壁に角はなく、内周に沿って等間隔に聖魔の社にあるものと同様の柱が立てられている。

その部屋の中央、円錐型の階段の、平らな頂点にある椅子に掛けて頬杖を付いている人物が居た。

見た目は、間違いなくクラムドだ。

体躯、顔、髪型。

全て俺の知っているクラムドのもの。

だが、放つ雰囲気が全くもって変わっている。

人が持つ独特の温もりのようなものは、微塵も感じる事が出来なかった。



「やはり、来たか」



ぽつりと、含みを持ってクラムドがそう零す。

それと同時に、閉じていた目がゆっくりと開かれた。



「クラムド、何をするつもりなんだ?」

「貴様!猊下を呼び捨てにするとは────」

「よい」



クラムドに視線を引き寄せられていたせいで、自然、周囲に並んで立っていた聖魔術士、第零部隊の存在に気付けなかった。

出来た空白の時間。

その間に状況を確認すると、聖魔術士の後ろに死体が山積みにされているのが見えた。

正確な数までは分からないが、少なく見積もったとしても二十は下らないだろう。

聖域に死体があるとすれば、それは必然守護者のもの。

聖魔の社でも、守護者達は無残に屠られていた。

その事実に憤りこそ覚えど、特に不思議に思う事はない。

だが、守護者達の死体の山の頂点。

そこに、看過出来ない存在が屍となって雑然と積まれていた。





「お前、、神王様を手に掛けたのか、、?」





そう。

死体の山の頂点にあったのは、現神王様、前教皇のパブロ・リーズリンの屍だ。

ケイトやリビィの件、セナリの件。

色々と神王様が打ち出した計画には思うところがあった。

それでも、神王様というのは誰も手を出していい相手ではない。

そんな当たり前の事は、クラムドも付き従う聖魔術士も第零部隊も、分かっているはずだ。


(そういえば、どちらとも洗脳されているんだったか、、、)


メヒトの弟子、ミシェの調査書には洗脳されているとの旨が書かれていた。

ユリティス王に忠誠を誓っている第零部隊の面々まで簡単に洗脳されてしまうなどありえない。

そう思っていたが、神王様が殺されようと顔色一つ変えずに変わらず仕えているところを見れば、洗脳されているというのは事実なのだろうなと実感させられる。



「同時に幾つも質問するのはよせ」



鼻で笑いながらそう言うクラムドに、苛立ちが募る。



「順に答えてやろう。まず、リーズリンを殺したのは私だ。そこに死体が転がっている」

「何故神王様を手に掛けた、、、、」

「元々、私の助力で一時(ひととき)であっても神王へと成る事が出来たただの木偶だ。守護者に守られながらも、自ら素直に首を差し出す様は、中々に滑稽だったぞ?」

「貴様、、、、、」



神王様を侮辱する事は、この世界の全ての人類に宣戦布告する事と同意だ。

それが分かっていてこいつはこんな事を言っているのか、、、?

魔術大学に通っていた在りし日の面影は、今のクラムドからは一切感じ取れない。



「幻霊林で姿を消した腐愚民。支配の魔術。吸命。確認出来たのはそれくらいだけれど、君はそれらを使って何を成すつもりなんだい?」

「相変わらず、不気味な情報収集能力をしているな、、、」

「教皇にお褒め頂けるとは、有り難い限りだね」

「抜かせ。だがまあ、語る必要はないが退屈凌ぎの余興だ。ここまで辿り着いた褒美に話してやろう」



言葉が紡がれる度に、クラムドに対する苛立ちが募る。

いつでも魔術が放てる程、手に魔力は集中させている。

だがまだ早い。

企みを語り終えるまでは、生かしておかなくてはならない。

そうして必死に湧き上がる怒りを宥めながら聞いたクラムドの計略は、荒唐無稽なものだった。


(もうすぐ神に一番近付く?手に入れた力で打ち倒し、自らが信仰する主君を新たな神とする?)


あまりにも妄信的。

それに、クラムドが主君と言っているのはディベリア神の事じゃないのか?

昇神どころか、既に神となっているだろうに。


いや、メヒトが言っていた。

ディベリア神というのは巨人族のディベノであると。

それならば、昇神をさせるという点に矛盾はないか。

という事は、神の鉄槌を下され、命からがら転生した巨人族のディベノは、今も何処かで生きているという事か、、、?



「あの本に書かれていた事は、やはり本当だったようだね」

「その推測の正確性、お前は本当に人間か?」



本、というのはおそらく巨人について書かれた本と考えて間違いないだろう。

今更メヒトが齎すものに、いちいち驚く事はしない。


(ん?確か、、、)


神に一番近付くという事も、あの本に書いていたはずだ。

確か、それをしようとした事によって、巨人達は神に裁きを受けた、と。

という事は、、、。



「あいつを止めなければ、巨人族の二の舞になると考えて大丈夫だな?メヒト」

「大正解だよ、ウル。まさか、世界の命運を握る事になるなんて、思いもしなかったね」



メヒトの反応には苛立たされるが、どうやら俺の辿り着いた答えで合っていたようだ。

そうと決まれば、やる事は単純。



「ああ。同級生の誼だ。あの馬鹿の目を覚まさせてやるぞ」

「邪魔だけはしないでおくれよ?」

「言ってろ。バオジャイ」

「ん」



手に込めていた魔力を、魔術に変換する。

全員がクラムドを狙っては、お互いの魔術が途中でぶつかり相殺してしまう可能性がある。

だが、タイミングを計る時間をくれるような事はないだろう。

ここで取るのは一番確実な方法。

それぞれが別の相手を狙う。

合図はせずとも、体の向きで誰が誰を狙うかは、バオジャイ、メヒト共に理解しているはずだ。

バラバラではあるが、だてに何年も共に三賢者を務めていない。




「〝白炎(ボア)〟」

「〝岩針(フォレスティグ)〟」

「〝凍風(ブレスト)〟」





俺の白炎がシェリルに、バオジャイの岩針がクラムドに、メヒトの凍風が聖魔術士に向かっていき、それぞれ無効化された。

これは長引くな、、、。




「ふむ」




未だ頬杖を付いたクラムドが、一言そう零した。

余裕で居られるのも今の内───────






パチンッ───。






クラムドが指を鳴らした瞬間。

視界は光に塗り潰された。

転移魔術の、淡青色の光に。


























「転移させられたようだね」


聖域のとある岩石地帯。

転移させられたメヒトが、冷静に状況を判断した。

周りを囲まれ対峙するのは、シェリル以外の第零部隊二十名と、聖魔術士十名。

全員が、魔術がぎりぎり届くか届かないかの位置にいる。


(多勢に無勢、、だね)


僅かな不安を覚えるメヒト。

だが、多勢を相手にするならば、それ用の戦い方というものがある。

メヒトは慌てる様子を見せず、ただ静かに敵の位置の把握に勤しんだ。





────────────────────────♢








「ちっ」


ウルが転移させられたのは、浅く、流れが穏やかな川の側。

約20m程の幅のある川を挟んで、剣を抜いたシェリルと対峙していた。



「久しく、気分が高揚させられますね」



口角を吊り上げるシェリル、苦々しげな表情を浮かべるウル。

二人の間には、緩く火花が散り始めていた。








────────────────────────♢







「死ぬ覚悟は済ませたか?」


神の鉄槌の以後。

初めて生まれたこの世界の命であり、もっとも有名な樹木である〝始まりの木〟。

薄く透けて物質を透過する半透明の巨木から少し離れた位置で、バオジャイとクラムドが対峙する。

見下すクラムドと、厳しくなるであろう戦闘に意識の全てを傾けるバオジャイ。


──合図は要らない。


戦いはもう既に、始まっている。

後は、どちらが先制をするか。

ただその時を待つのみだ。








────────────────────────♢










聖域の離れた位置にある三所で今、それぞれの戦いの火蓋が、切って落とされようとしていた。










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