七十八話「ミシェの知見:後編」
トントントン───。
「ほっ、ほっ、ほっ」
使用人になって二週間経ったとある夜。
イースト家の敷地内、馬房の一角にある隠し階段から地下に降りる。
もう慣れたけど、最初はどこに連れて行かれるのかと気が気じゃなかった。
地下の階段は螺旋階段になっていて、照明がなく真っ暗で、上り下りするだけで疲れてしまう程に長い。
感覚的にはどうだろう。
地下5階くらいの深さはあるんだと思う。
階段の終着点、すぐ左手にある扉が僕に与えられた部屋。
使用人と一括りに言ってもその中に序列はあって、新人の僕は最下位の下っ端。
使用人棟に住む事すら、許されてない。
この場所はイースト家のごく一部の人間しか知らないみたいだし、ディベリア神聖国で得た情報を隠れて紙に書き留めておくのに都合が良いからいいんだけどね。
「部屋に戻る前に、、」
この、地下に設けられた狭い空間には、物置きのような僕の部屋ともう一つ、部屋がある。
それは、僕の部屋より少し広い独房。
独房よりも自分の部屋が狭いと知った時は悲しかったけど、狭いところは嫌いではないしそれは別にいい。
その独房には、罪に問われた一人の女性が捕らえられてる。
女性の存在こそが、この場所がごく一部の人間にしか知られずに秘匿されている理由。
自分の母親くらいの年齢の〝ハエル〟という女性。
この女性の世話も、僕の仕事になってる。
「遅くなってすみません。ハエルさん」
「ありがとう」
「食欲はありますか?」
「いただくわ」
最初こそ何も話してくれなかったけど、薄汚かった部屋の清掃なんかをしている内に、少しずつ色んな事を話してくれるようになった。
カビは好き放題生えていて虫は湧いてたし、蜘蛛の巣や埃も山ほどあって、こんなところに住みたくない!っていう一心で掃除をしてただけなんだけど、結果的にハエルさんが気を許してくれて、今は話し相手になってもらってる。
じめじめしたこの空間で、眠りにつくまでの少しの間でも一人で居続けると鬱になりそうだからね。
「ハエルさんは、どうしてこんなところに閉じ込められてるんですか?」
背中越しにハエルさんが体を拭いてるのを感じながら、ずっと聞けなかったその質問を投げかけてみた。
年齢や名前なんかは話してくれるようになったけど、これは気になりながらも聞けずにいたんだよね。
自分にもまだデリカシーが存在してて安心した。
「昔、もう何十年も前になると思うけど、武人との間に子供が出来たの」
体を拭く音が聞こえなくなり、静かになった空間でハエルさんがぽつりぽつりと過去の話をしてくれた。
セプタ領で出会った武人と飲み仲間になり、武人は悪い人じゃないんだと知って、父親にその事を話した事。
それを聞いた父親に自分が武人に感じたものを全否定されて大喧嘩をして人生初の家出をした事。
家出した先で飲み仲間だった武人と恋に落ちて、その武人との間に出来た子供を産んだ事。
何十年も前にあった出来事とは思えない程、ハエルさんの回想には鮮明な映像が乗ってる気がした。
「暫くの間はひっそり平和に暮らしてたんだけどね、子供が二歳と少しの頃だったかな。私の事を捜索してたイースト家の人に見つかって、逃亡生活が始まったの」
その逃亡生活は長く続かず、一年後にハエルさんはあえなく捕縛。
旦那に子供は任せたそうだけど、この独房で数日後に首だけになった旦那の姿を見せられたらしい。
あんまり人の為に怒れるタイプではないけど、ハエルさんの話を聞いて、腸が煮えくり返る思いというのを初めて味わった。
武人と付き合うだけで、触れ合うだけで、ディベリア教徒は罪に問われるらしい。
それを知ってて駆け落ちした私が悪いのよ、とハエルさんは言った。
一度鼻を、スンと鳴らしながら。
「子供の首は見せられなかったけど、どうやって殺したのか、事細かに教えられたわ、、、。生きたまま魔物の餌にしてその様子を旦那に協力してた武人達に見せつけてやったって、、、。何の罪もないあの子がなんでそんな目に、、、。ごめんなさいバオジャイ。ごめんなさい、、、」
、、、あれ?
今、よく知った名前がハエルさんの口から告げられた気がする。
聞き間違いかな?
「今なんて言いました?」
「え?ごめんなさいって、、、」
「あー、えっとその前です。その、子供の名前を言ってたと思うんですけど」
「子供の名前は、バオジャイよ。旦那の国に言い伝えられてる女性の英雄の名前らしいわ」
やっぱり、聞き間違いじゃなかった。
母親は生きているし少しずつ聞いていたものと違うところもあるけど、僕の知ってるバオジャイさんとハエルさんの子供であるバオジャイさんは一緒だと思う。
子供を魔物に食べさせたっていうのは、ハエルさんを絶望させる為に吐いた嘘だったんだろう。
救いようのない物語だったハエルさんの過去の話に、ほんの少しだけかもしれないけど光を差してあげる事が出来る。
それが嬉しくて、僕は嬉々として口を開いた。
念の為、身体的特徴だけでも確認しとかないとね。
「そのバオジャイさんって、金髪に銀目で、肌は褐色でしたか?」
「目は濃いねずみ色だったと思うけど金髪に褐色だったわね。バオジャイの事、誰かから聞いてたの?イースト家の人間がバオジャイの事を話そうとするとは思えないけど、、」
「いえ。バオジャイさん本人にあった事があります」
「?そんな年齢に見えないのだけど?」
ハエルさんは、声だけ聞いても分かる程に僕が言った事を訝しんでいる。
当然だと思う。
僕の見た目は18歳だし、バオジャイさんとは10歳くらい離れてる。
そんな僕が3歳の頃に死んだバオジャイさんと会った事があるというのは、悪質な嘘にしか聞こえない。
ハエルさんは優しいから訝しむだけで済んでるけど、普通なら怒鳴り散らされて口を聞いてくれなくなってもおかしくないくらいだと思う。
こんなところに何十年も閉じ込められて酷い扱いを受けてるのに優しさを忘れないなんて、ハエルさんはどれだけ心の綺麗な人なんだろうか。
益々、僕が与える情報で喜んでほしくなった。
「信じられないかもしれませんが、バオジャイさんは生きてます。バオジャイ・システィオーナという名前で、今は三賢者にまで上り詰めてますよ」
この話は許容出来なかったのかな。
ハエルさんからは、沈黙しか返って来なかった。
でも、体を拭き終わった様子はないから振り返れないんだよね、、、。
「三賢者どころか人類最強と言われてるんですよ。十四年前に行われた聖戦で代表になって出場して、武人最強の人を倒したんです。今は僕の友達と一緒に旅に───」
「ちょ、ちょっと待って。待って待って。分からない。分からないのあなたの言ってる事が」
無言が辛くて連ねた言葉を、肩に手を添えたハエルさんに止められてしまった。
力の入れられ方からして振り向かせようとしてるんだと思うけど、服着てくれてるのかな。
ハエルさんは40歳前半で僕の母親より歳が上なのにも拘らずスタイルがいいから、裸は目に毒だ。
振り向こうかなどうしようかな。
暗い雰囲気が蔓延してる中で場違いな事を考えてるとは思うけど、思春期に於ける悪魔の囁きというのはどうしようもなく強い。
元々年上が好きだし、正直なところ振り向きたい気持ちでいっぱいだった。
「ねえお願い。こっちを向いて教えて。あなたは何を言っているの、、、、?」
振り返った先、目の前にあった顔を見て、考えを改めさせられた。
ハエルさんの口元が震え、目尻が下がり、目は動揺からか焦点が定まらずに上下左右にブレてる。
僕の腕を掴んだ手も、弱々しく震えていた。
こんな必死な姿を見せられて尚も自分の欲望を最優先に出来る程、僕は人の心を捨ててない。
さっきまで抱いてた感情に罪悪感を感じながらも、震えるハエルさんの手にそっと手を添えて、真っすぐに目を見た。
早く、事実を伝えて安心させてあげないと。
「今から言う事は全て本当です。ゆっくり言うので、聞き逃しがないようにしてください」
震える唇をきゅっと結んで、ハエルさんが目を見たまま頷く。
心なしか、手の震えが強くなった気がする。
「ハエルさんのお子さんは、生きてます。どうやって追手から逃げ切ったのかは知りません。でも、幼少期を獣人域で過ごして、その後は魔人域、武人域を転々としながら今まで過ごしてきたと聞いてます。もう一度言います。ハエルさんのお子さん、バオジャイさんは生きてます。勿論、大きな怪我をする事もなく」
「う、、うそ、、ほんとに、、?」
「はい。嘘は一つも吐いてません。実際にこの目で姿を見た事もあります」
「そ、そんな、、、。あの子が、バオジャイが生きてた、、、?うそ、そんな、なんで、、、」
震えを増したハエルさんの手が、僕の腕から滑り落ちた。
俯きがちになった目は、さっきよりもブレが強くなってる。
「私、もうずっとあの子は死んだと、ずっと忘れようと思ってたの、、、。それが今になって急に、、、。どうしたらいいの、、、」
どう、声を掛けたらいいのかな。
あんまり、こういう状況に置かれた事がないから、どんな言葉を選択したらいいのか分からない。
もしかしたら、何も言わないのが正解なのかもしれない。
力にはなってあげたいけど、、、。
「再会したいですか?」
この質問が相応しいのかは分からないけど、何も言わずには居れなくて、深く考える前に発してしまった。
「したいわ、、。それはとても。でもね?怖いの。あの子は私の顔なんて覚えてないはずだから、何の悪意もなく初めましてって言われるのが。それに、、、。きっと恨まれてるわ。辛い人生を強いた事。会いたいのよ。とても会いたいの。でもそれと同じくらい、怖いの、、、」
又聞きだけど、バオジャイさんの両親は物心つく前に亡くなったって聞いた。
亡くなったと思ってた両親に恨みも何も持ってないとは思うけど、、、。
直接聞いてないし正しい事は分からない。
「ねえ、教えて、、?私は、、あの子に許してもらえるの、、?」
「それは、ハエルさんが直接聞かないと分かりません。僕はバオジャイさんじゃないので」
「そんな、、、。出られる見込みすらないのよ、、?どうすれば、、」
「確信はありません。でもきっと、何とかなると思います。僕の勘、意外と当たるんですよ?」
「ミシェ君、、、」
師匠にそれはないと否定された事であっても、勘に従って動いたら上手くいく事がよくあった。
運任せで確実性はないけど、何となく、ハエルさんはバオジャイさんと再会出来る気がするんだよね。
勿論、二人とも生きた状態で。
ハエルさんどころか僕まで出る目途が立ってない今の状況では、本当に叶うのかどうか怪しいところではあるけど。
もしかしたら今は全く想像もつかない外的要因が働いて、一気に光明が差すのかもしれない。
あれかな?
ハエルさん以外のディベリア教徒が一斉に亡くなって、追われる心配もなくバオジャイさんと再会出来る、とか。
まるで夢物語みたいだけど、そうなれば嬉しいかな。
見ず知らずの人達が亡くなる事にあまり抵抗はないし、自分が手を下すわけじゃないなら大して心は動かされない。
ディベリア教徒がみんな亡くなる悲しみと、ハエルさんがバオジャイさんと再会出来る喜びなら、後者のほうが比重が大きいから、そうなってくれれば素直に喜べそうだなあ、、、。
まあ、短期間でそんな事が起こる確率なんて、ゼロ以下だと思うけどね。
そんな大そうなものじゃなくて、もっと身近なところに再会出来る可能性が転がってるのかもしれない。
寝る前の時間を使って秘密裡に街に繰り出して少しずつ情報収集が進んでいってるし、その可能性についても探りをいれてみよう。
「そうね、、。何が起こるか分からないもの。ミシェ君からは不思議な何かを感じるし、信じてみるわ」
「疑わないんですか?」
「完全に信じ切ってるわけじゃないわ。でも、どんな結果であっても、ここに死ぬまで住み続ける事よりは素敵な事だと思うの。辛い結果でも、嬉しい結果でも。それと、この信用はお礼でもあるのよ?」
「お礼ですか?」
「そう。掃除やお世話もそうだけど、体を拭く時にいつも紳士に見ないようにしてくれるミシェ君へのね」
「本当は見たいんですけどね」
「だからこそ、よ」
見たいと思いながらも我慢して背中を向けてた事が、どうやらハエルさんにはバレてたみたい。
別にバレてたからといって何か不都合があるわけじゃないけど、ちょっと気恥ずかしい。
「僕は出来るだけ早くここから逃げ出そうと思ってるんです。時期が来たら、その時は一緒に逃げましょう」
「自分を最優先にね?」
「はい」
いざとなったら気にせず自分を置いて逃げてと言われてる気がした。
まだ出会って間もないけどハエルさんには相当気を許してるし、放置して自分だけ逃げるような事はしないと思う。でも、とりあえず頷いておいた。
もし一人だけ逃げなければならない事態になったら、その時は改めて迎えに来よう。
師匠なら、何か良い手を思い付いてくれるかもしれないしね。
本当は、自分一人の手柄だけで助け出してあげたいけど。
なんでこんなに色々してあげたいと思うんだろう?
思ってるより僕は、人に優しく出来る性格なのかな?
、、、それはないか。
「適当な所に馬車を停めて、付いて来て」
使用人になって二か月弱。
ディベリア教徒を全員聖都に集めるというよく分からない仕事を手伝った後、仕事の完了報告へ行く途中でアルカディック君にそう言われて、馬車を停めて人気のない路地裏に入った。
「灯り、点けますか?」
「いや、見つかったら拙いから、そのままでいいよ」
見つかったら拙い、、?
何をするんだろう。
灯りがなくて隣で壁に凭れるアルカディック君の表情すら読み取れないから、何を考えてるのか分からない。
「単刀直入に聞くよ?君、猊下に洗脳されてないよね?」
上手く隠せていると思ってたのに、アルカディック君はいつの間に気付いたんだろう。
少なくとも、他の人には一切気付かれてないと思う。
もう確信を持ってるみたいだし、誤魔化すのは難しそうかな。
「どうしてそう思ったんですか?」
「洗脳された他の人達は、最低限の生命維持活動と、言われた事しか出来ないからね。君みたいに気遣いで水を用意したり、頼んでないのに仕事を手伝ったり、馬車を整備してくれてたり。そういうの、洗脳されてる人達は出来ないからさ」
ついつい師匠の手伝いをしてる時の癖で、色々と言われてない事をしてしまってた。
他の洗脳されてる人達とはすぐに別れてしまったから、あんまりどうやって振る舞えば良かったのか分からなかったのもあるけどね。
あれ?
でも、クラムドさんに気にいられようと躍起になってジャヌー狩りをしてたのは、自分で考えて行動したのとは違うのかな。
思ってるより複雑に設定出来るのかもしれない。
「頷かない、、か」
考え事をしてたせいで、反応するのを忘れてた。
認めたくなくて黙してるわけじゃなかったんだけど、アルカディック君は僕が隠そうとしてると取ったみたいだ。
「これは言う気なかったんだけどね、、、、」
空白の時間を作ってよかった。
アルカディック君は何か情報をくれるみたいだ。
「他の聖魔術士と違って、僕は洗脳されてないんだよ」
師匠が前に話していた、聖魔術士が洗脳されている可能性。
この国に来てから聖魔術士の忠誠具合を見てそうだろうとは思ってたけど、やっぱりそうみたいだ。
でも、なんでアルカディック君だけ洗脳されてないのかな。
一番強いから?
「任命される前から気付いてたんだよ。聖魔術士が教皇様の都合の良い駒になる為に、反乱の意思を持たないように洗脳されてる事をね。だから、就任式の前に洗脳に掛からないように特訓したり、魔術を使われても大丈夫なように魔耐鉱を飲み込んでおいたり、洗脳しなくても大丈夫だと思われるように全力で媚を売ったりしてたんだ。そしたら、魔術を使わない洗脳らしきものは一度されたけど、何とか耐えられたんだよ。誰にも言ってないから、秘密だよ?」
アルカディック君は、何も考えてないように見えてかなり頭が切れる。
知識という点では遠く及ばないけど、頭の切れの良さは師匠に近いものを感じる。
情報収集を経た予測、予測を確定と捉えての最大限の対策。
周囲にバレずにそれらを全て一人で出来るなんて、相当凄いと思う。
何も考えてないように見えるのも、頭の良さを悟られない為の作戦なのかもしれない。
変に頭が切れる人よりは、何も考えて無さそうで使える人のほうが信用は得られるし、使い勝手が良いからね。
「分かりました。誰にも話しません。それと、僕が洗脳されてないと知ってどうするつもりなんですか?」
「どうもしないよ?」
「え?口封じの為に殺すとか、誰かに報告するとかしないんですか?」
「洗脳されてる聖魔術士なら、間違いなくそうするだろうね。歳が近くて実力が殆ど一緒の存在は希少だし、そんな相手を殺すなんて勿体無い事はしないよ。君と訓練を始めてから、強くなってきてる実感があるしね」
実はアルカディック君は、かなり早い段階で僕が洗脳されてない事に気付いてたらしい。
言ってしまったら警戒されて逃げられるかもしれないと、今日まで隠していたみたいだ。
それなのになんで話してくれたんだろう。
「話した理由?」
「はい」
「これも本来話したら駄目なんだけど、秘密に出来る?」
「誰にも話しませんよ」
着々と集まりつつある情報をまとめた調査書には書くけどね。
「明日、猊下が聖都に集めたディベリア教徒を使って何かするみたいなんだ。何をするかは知らないけど、とても嫌な予感がするんだよね。猊下は、人の命を何とも思ってないから」
訓練で何人も屠ってきたアルカディック君がそれを言うかと思ったが、話は続いてそうだったしグッと我慢した。
訓練の相手は死刑になってもおかしくない犯罪者ばかりだったらしいし、何の感慨もなく殺めてしまうのも仕方ない事なのかもしれない。
「だから、君にはこれを渡しておこうと思って」
アルカディック君から渡された魔道具を受け取る。
この魔道具は確か、、。
「防御結界の魔道具ですか?」
「予想通り、君は頭が良いみたいだね。流石はフィオさんの弟子だ」
師匠が褒められるのは、気分が良い。
元々それなりに高かったアルカディック君の好感度がさらに上がった。
「明日、大聖堂へ僕を送った後、君は人目に付かない場所でこの防御結界の中に身を潜めていてほしいんだ。家族もおらず、家の人達も苦手な僕にとっては、同世代で訓練に付き合ってくれてこうして話も出来る君には死んでほしくないんだよ」
「イースト家の当主様が父親ではないんですか、、?」
「違うよ。母親も違う。どこかの弱小貴族と罪人の女性の子供って話を胎内にいる時に聞いた記憶があるんだ」
「え?お腹の中に居た時の記憶があるんですか?」
「鮮明に覚えてるわけじゃないけどね」
胎内記憶を持って生まれてきた子供の話を題材にした映画を見た事あるけど、あれはてっきりフィクションだと思ってた。
ノンフィクションを謳ってるけどこれはどうせ嘘だろうと、あの時は疑ってたんだよね、、、。
まさか本当に胎内記憶がある人に出会うとは。
「両親はどこにいるんですか?」
「大々的には捜索出来なくて、手掛かりも掴めずなんだよね、、、。母親らしき名前は聞いた記憶があるんだけど、いまいち思い出せなくて」
手掛かりは弱小貴族の男性と、罪人の女性、という事だけ。
それだけでは、あまりにも範囲が広すぎる。
見つけられるのなら両親にこの防御結界の魔道具を渡してあげたいところだけど、それは難しいかな。
「まあもう諦めてるんだけどね。気遣いはしなくていいから、明日はその結界で自分の身を守ってて。何もなかったら何もないで、魔道具を隠してそのまま生活してくれたらいいから」
「分かりました」
自分の身を守る為に使ったらいいのにと思ったけど、クラムドさんの前でわざわざ防御結界を張ってる暇はないか。
それこそ、反乱の意思があると捉えられそうだし。
かといって、明日何かあると聞いて大人しく防御結界に引き籠る程、僕は真面目じゃないけどね。
防御結界はハエルさんにでも使ってもらって、僕はこっそり大聖堂に侵入しよう。
消音の精霊魔術を使えば、きっとバレないはず。
「アルカディック様。もう少しで到着です」
「分かった」
全てのディベリア教徒を聖都に集約した翌日。
聖都に溢れた人々を掻き分けて、アルカディック君を乗せた馬車が大聖堂へ近付く。
今日は別の使用人が御者をしていて、馬車の中には僕とアルカディック君の二人。
僕の身を守る為に、色々と話をでっちあげて他の使用人に御者をさせて、到着次第大聖堂から離れるようにと段取りを組んだのはアルカディック君。
どうやら道中では馬車の中で、到着後は大聖堂近くでの仕事を与えられているという事にしてくれたらしい。
それなら操車をしなくても、到着後に一人大聖堂を離れても問題ない。
アルカディック君の帰りの御者も確実に確保出来るしね。
「あ、そういえば。何の手掛かりにならないかもしれないけど、母親の名前を思い出せたんだ」
到着まで後10分弱といったところで、装備品の確認をしながらアルカディック君がそう言ってきた。
御者に聞こえないように、限りなく声を小さくして。
「何ていう名前なんですか?」
「〝ハエル〟っていう名前さ。多分フルネームは、ハエル・イーストじゃないかな?イースト家の人のような会話をしてた記憶もあるし」
予想外の解答が齎された。
罪人の女性、そっか。
ハエルさんと普通に話す様になってすっかり忘れてたけど、ハエルさんは罪人なんだった。
もしかしたら、ハエルさんはアルカディック君の権力を使って無罪放免となって、バオジャイさんと再会出来るのかな?
次期当主らしいし、僕がここで話してしまえばその結末に辿りつけるんじゃないだろうか。
「イースト家の敷地内にある馬房の奥、ごく一部の人しか知らない階段を降りると、地下に独房があるんです」
「そうなんだね、、知らなかった。でも、なんでそれを今?」
「そこにハエルさんがいます。世話係を任されてるので知っています。かなり痩せてますけど、今も元気ですよ」
「ほ、本当に?」
「はい」
「そ、そっか。そうなんだね、、、」
動揺するアルカディック君。
でも、バオジャイさんが生きてると知った時のハエルさん程、強く同情してないように思える。
「父様と母様が何か隠してると思ってたけど、それはきっとその事なんだね。ずっとモヤモヤしてたものが解決したよ、、」
「ハエルさんは先に防御結界に入ってもらってます。今日が無事に終われば、会いますか?」
「うん。うん、そうだね。会う、、かな、、。少し落ち着く時間は欲しいかもしれない」
「分かりました。それまで守り通します」
「ありがとう。君程心強い護衛は中々いないよ」
昨日秘密を話し合ったからか、アルカディック君はかなり心を砕いてくれてる気がする。
ハエルさんもアルカディック君も、僕の中ではどちらも大切な人だ。
大切に思う気持ちの形は違うけど。
ディベリア神聖国にいる間に、出来る限り二人を会わせられるように努力しよう。
その為には、今日行われる何かを見極めて、生き残らないといけないね。
「いたぞ!あいつだ!」
(流石に早いなあ、、、)
予定通り、大聖堂の潜入には成功した。
突如起こった地震で大聖堂が崩れたのを利用して、消音の精霊魔術を使って自分の周囲で発生する音を消し、脆くなってた壁を砂に変質させて物陰に隠れてクラムドさんが木の繭に包まれるところまでは見れたんだけど、、、。
(詰めが甘いの直らないかな、、、)
消音魔術の効果が切れてる事に気付かずに、クラムドさんから巨大な腕が生えた事に驚いて物音を立ててしまった。
今は、それに気付いたクラムドさんに差し向けられた追手から逃げているところ。
町も人も瓦礫で埋まっていて、隠れられる場所が中々なくて距離を離せない。
それどころか、徐々に距離を詰められてる気がする。
アルカディック君よりは弱いだろうけど、聖魔術士が三人か、、、。
正直、魔力水はないし勝てるかどうかは微妙なところ。
勝てたとしても、怪我は避けられないと思う。
「おっと、、」
背後から飛んできた風刃を避ける。
一人だけ、いつの間にか魔術の届く範囲まで距離を詰めてきていた。
とりあえず、、、。
「〝嵐〟」
発生させた幾つかの竜巻で牽制する。
後ろの二人は足止め出来たけど、一番前の一人は速度すら落とせず寸前で避けられてしまった。
でもそれでいい。
とりあえず一人を分断出来れば三人同時に相手する必要がなくなる。
「〝落岩〟」
「〝突風〟」
降らした岩が、突風で返される。
途中で横方向に重力の負荷を掛けて押し返す事は出来たけど、これだけ冷静な対処をされるのは拙いかもしれない。
それに、逃げながら後方を向いて戦うのは分が悪い。
危険だけど、正面突破を試みるかな、、?
「漸く死ぬ覚悟が出来たか」
「僕が勝つかもしれないよ?」
「ふっ。戯言を」
瓦礫で埋まった広場で、魔術がぎりぎり届かない距離を置いて聖魔術士三人と向き合う。
後ろの二人は飛翔魔術が苦手だったようで、追いかけてくるだけで息切れをしてるし、先手を打つなら今かな?
そう考えて、ケイト君に教わったエアバーストを足裏に発生させ、一気に勢いを付けて距離を詰めた。
「〝風斬〟」
威力の弱い風刃がいくつも形成され、三人に万遍なく襲い掛かる。
どうせ防がれる。
だから、まともに反撃を受けないようにエアバーストで位置を変えて、、、
「〝津波〟」
発生させた津波が、三人の背後から足を取ろうと猛威を振るう。
先に発生させた風斬は、もうほとんど防がれてる。
「〝紫電〟」
バチバチバチンッ───!!
「ぐっ、あっ、貴様ッ!!」
津波はこの魔術の威力を上げ、尚且つ防がれる可能性を潰す為。
二人はまともにくらい、企みに気付いてた一人は少し喰らいながらも津波からの脱出に成功してる。
やっぱり先頭に居たあの人が一番強い。
「〝水貫〟」
「〝紫電〟!!」
「くあッ、、!!」
津波の水を利用した水の槍で、三人の内一人を串刺しにする。
けどその代償に、水に濡れてる事に気付かれてさっきの仕返しを喰らってしまった。
まだ動きが回復出来ず水から出られずに居た味方を巻き込んで、空中に浮き上がってた先頭の男が紫電を放った。
痛い、体が痺れる、、。
でも早く動かないと。
水の槍で串刺しにした男はもう動かない。
紫電を二回喰らった男はまだ動けない。
それでも、先頭の男はもう既に次の魔術を放とうと、空を飛んで近付いてきてる。
頭では分かってても、中々動く事が出来ない。
「〝瀑布〟、〝落石〟」
「がッ、、あッ、、、。〝泥人形〟!!!!!」
何個かは防いだけど、勢いを付けたサッカーボールサイズの岩がいくつか体に当たってしまった。
痺れて感覚が薄れてるというのに、それでも分かる程に痛い。
「くっ、、。いったいなぁ、、、」
泥人形に戦わせてる間に辛うじて痺れが収まってきたというのに、落岩で一番ダメージを受け、変な方向に曲がった右足が動かない。
左足も、動く度に強烈な痛みに襲われる。
痛みで意識を失いそう。
それでも、今すぐ動かないと。
泥人形が片付けられる前に、先に紫電で体を痺れさせてる男を屠らないといけない。
「〝岩針〟」
ドドドドドド────!!!!
音を立てて発生した幾本もの岩の針を最初こそ避けていたが、まだ体が痺れてたのだと思う。
不自然に動きを止めた男が断末魔を上げる間もなく息絶えた。
あと一人、、、。
「〝竜巻〟」
「ッ!?」
(痛い。痛い痛いいたいいたいいたい、、、!!!!!!!)
いつの間にか泥人形を倒していた先頭の男が発生させた竜巻。
それを避け切れずに左半身が巻き込まれてしまった。
左腕と左足が、よく分からない方向に曲がってる。
「ふぅー、、、ふぅー、、、、」
唇を噛んで深く息を吐き、寸前のところで意識を繋ぎ止める。
竜巻で姿が見えない内に瓦礫に隠れたおかげで、追撃は来ない。
それでも、後一時間もしない内に何もしなくても僕はきっと死んでしまうと思う。
魔力の残量は、あと精霊魔術一回分。
自分の体を癒したとしても、あの男から逃げる体力も魔力もない。
竜巻が収まった位置に死体が無い事に気付いてるみたいだし、このまま去ってくれる事に掛けるのは難しい。
(死ぬのはやっぱり、怖いね、、、、)
体が痛む。
意識を奪いそうな程に。
すぐにでも回復魔術を使って楽になりたい。
そう思いながらも、僕は相手を倒す事を優先して、徐々に近付いて来る男を瓦礫の隙間から見据えた。
「【唸る者よ叫ぶ者よ。渇望するは、暗々裏に猛威を振るう音の力。遮る全てを透過して、敵の意識を奪い給え。ミシェの名の下に、魔術の行使を許し給う 〝震音〟 】」
「な、なんだ!?なんの音だ!?やめっやめろ!!!!やめてく─────」
ドサッ────。
意識を刈り取る音の精霊魔術で、敵が一人でパニックに陥り、数秒の後に倒れる。
この魔術を人に使うのは初めてだけど、上手くいったみたいだ。
でも、この魔術は意識を奪うだけで命までは刈り取れない。
もう、自家魔術すら使えない程魔力残量は少ないし、トドメは自分で刺さないと、、。
「うぐっ、、ぐすっ、、、」
体の指示のままに涙を流す事で、這いずる事で覚える痛みを僅かに紛れさせた。
凸凹の広場を、右腕だけの力を使って這いずるのは中々難しい。
先にある瓦礫を掴んで体を引っ張ろうとしても、上手く力が入らず、ちょっとずつしか進めない。
それでも少しずつ少しずつ。
前へと進んでいった。
意識がある内に、敵を仕留める為に。
「僕の勝ち、、、だね、、、」
グサッ────ドサ──。
護身用にとアルカディック君に渡されたナイフを持っててよかった。
心臓を刺すと、敵は一度ビクンと体を跳ねさせた後、二度と目覚めない屍となった。
この三人以外は追って来てないみたいだし、これ以上戦闘をする必要はない。
大変だったなあ、、、。
(、、、、あ)
安堵のままに意識を投げ出そうかとしたところで、大事な事を思い出した。
それは、ディベリア神聖国で見聞きしたものについてまとめた調査書。
追われながらも必死に大聖堂近くを通って手に入れたクラムドさん達の移動先も書いてある。
正直なところ、体を襲う痛みでそれどころじゃないけど、これを届けないと師匠達の命も危ない気がするんだよね、、、、。
かといって、もう一歩も動けない僕が自力で届けられるわけがない。
それなら、迷惑を掛けてしまうけど向こうから来てもらおう。
死ぬ前の最後の頼みだし、少しくらい迷惑掛けてもいいよね?
リーン───。
そう考えて僕は、顔のすぐ近くの瓦礫で調査書が飛ばないように固定して、懐から出した鈴で師匠に自分の居場所を報せた。
(助かるなら、助かりたいなあ、、、、、)
そんな限りなくゼロに近い可能性を頭に浮かべながら、僕は意識を手放した。




