七十七話「ミシェの知見:前編」
ケイト君達と別れてから数日後。
暴動を治める戦力という名目でディベリア神聖国に連れて来られてしまった。
本当は来たくなかったし、誰かに頭を垂れて付き従うなんて嫌だったけど、僕が抵抗すると師匠に迷惑が掛かりそうだったから渋々ながら従った。
いつか帰れるのかな。
もっと色々学びたかったし、まだ恩返し出来てないのに。
師匠、ちゃんと家の掃除とかしてくれるかな。
ご飯も食べてくれてたらいいけど、、、。
「本来であれば貴様のようなゴミはいらんが、仕方なく戦力として扱ってやろう。感謝するんだな」
今居るのはディベリア神聖国聖都の入口付近の転移塔。
馬車乗り場まで歩いて行っている途中で師匠の幼馴染みらしいクラムドさんからそんな悪態を吐かれてしまった。
来たくて来たわけではないのに、感謝なんかするわけないと思うんだけど、、、。
家に来た時から気付いてはいたけど、この人は常にこういう高慢な態度の人みたいだ。
苦手だな、、。
「早く乗れ」
小さい馬車の荷台に荷物と一緒に僕を含めて五人、ぎゅうぎゅうに詰め込まれて出発した。
手枷だけの僕と違い、同乗した他の人は足枷も付けられ、口には猿轡を着けられてる。
それでも尚抵抗して暴れてるけど、大丈夫なのかな。
下手な事をして怒らせるような事はしないほうがいいと思うんだけど。
ディベリア神聖国は教徒以外の命を何とも思ってないみたいだし、自分の命が惜しいなら何もせずに従っているほうがいいだろうからね。
ぬくぬくと育てられた貴族達みたいだから、自分の身を守る手段が分からないだけかもしれないけど。
日本みたいに、連帯責任なんて面倒な事が起こらないように祈っておこう。
(あれ?)
辛うじて見えた外の景色を見て、おかしい事に気付いた。
クラムドさんが乗ってた馬車は聖都の中心部へ向かってるのに、僕が乗る場所は聖都の外縁に沿って、別の場所に向かっている。
ディベリア神聖国の別の都市へ向かうなら途中の転移魔法陣で降ろしているだろうし、これはどこに向かってるんだろう。
何かあった時の為に、場所を記憶しておいたほうが賢明かな。
「うわっとっと」
「何をしている!」
「すみません。よろけてしまって」
「勝手な行動は慎め!」
無理な体勢で窓の外を見ていたせいで、馬車の揺れに体勢を保てずにコケてしまった。
魔術の行使を防ぐ手枷を着けられている事を忘れて魔術で体勢を立て直そうとしなければ、余裕を持ってどこかに捕まる事が出来たのに、、。
あまり魔術頼りばかりなのも駄目かもしれない。
「降りろ」
(塔、、?)
高慢な態度の男に指示されて降りたのは、背の低い尖塔の前。
中に入るとそこには武器を構えた兵士が二人立っていて、その奥、足元には下へと続く階段が見えた。
上には何もないみたいだし、建物自体はこの地下に続く階段を隠す為だけに造られたハリボテみたいだ。
これはもしかして、師匠も知らない場所なんじゃないかな?
新しく発見したと思ったものでもいつも先に知ってる師匠の先を越せるチャンスかもしれない。
お願いせずとも地下に連れて行ってくれるみたいだし、この施設を調べさせてもらおう。
調べ終えたらいつか、自慢しようかな。
師匠より先に知った事を。
「ゔー!ゔー!」
「騒ぐな!」
塔の地下は巨大な施設になっていた。
地上にある塔の小ささからは想像も出来ない広さをしてる。
その中に幾つかある大きい牢屋で、僕達の姿を見た罪人?が猿轡を嵌められたままうーうーと唸って必死に牢屋の鉄柵に顔を擦り付けていた。
表情から察するに助けを求めてるんだとは思うけど、同じように手枷を嵌められた僕達に助けを求める程、切羽詰まった状態なのかな。
それにしては助けを求めてくるのは数人だし、同じ牢屋に見える残りの数十人は助けを求める様子はなくて、現状に絶望もしてなさそうだ。
どちらかというと、幸せそうな表情をしてる気がする。
牢屋に入れられて幸せなんて事は絶対ないと思うけど。
(、、、あれ?)
引率の聖魔術士が牢屋に近付いた事で、薄暗さが晴れて中の人達の顔がよく見えた。
大勢の見慣れた顔立ちが。
見間違いじゃなければ、牢屋にいるのは全員腐愚民だと思う。
武人には見た目が似てる人が多いから武人である可能性はゼロじゃないと思うけど、武人も獣人も魔人域から追い出されたみたいだし、限りなくゼロに近い。
魔人域中から回収した腐愚民をこんなところに集めて何してるんだろう。
それに、僕達を見た時の反応に大きな違いがあるのも気になる。
牢屋に入れられてるのに嫌そうな顔をしてない人は、もしかしたら洗脳されたのかな?
でもそれなら、洗脳されてない人がいるのは変か。
移動中、複数牢屋があったけど、その中にも同じように腐愚民達がいた。
最初のところ以外は少し離れた位置にある小さめの牢屋以外、全ての牢屋にいる腐愚民が、嫌な表情一つ浮かべてなかった。
でも、最後の小さい牢屋だけ、全員が体中を拘束されて猿轡を嵌められている。
今は、騒ぐ腐愚民達を引率の聖魔術士が抑えているのを待っているところ。
うーん。
何かある事は間違いないと思うんだけど、不確定要素が多過ぎて集められた理由も反応の違いの原因も、まだ分からない。
抵抗する腐愚民達が集められた牢屋が辛うじて見える牢屋に入れられるみたいだし、ここから観察をしておこうかな。
もしかしたら、何か分かるかもしれない。
それにしても、、、。
(ここ、臭いなあ、、、)
生乾きの洗濯物みたいな匂いがする。
耐えられない程強烈なものじゃないけど、早く出たいかな、、、。
脱走は出来ないだろうか。
「食事は一日一回。代表してお前が上まで取りに来い。時間になれば、鈴を鳴らす」
僕以外が全員猿轡を着けられてるこの状況なら、僕にその役目が回って来るのは仕方ないか、、、。
高慢な態度で吐き捨てるように命令してくる聖魔術士に了承の意思を示して、部屋の隅で壁に凭れ掛かった。
「ゔー!ゔー!!」
こんなまともに会話も出来ない状態の人ばっかりと同部屋は嫌だなあ、、、。
ベッドも布団もないし、トイレらしきバケツは木の板一枚で仕切られただけ。
壁と板のおかげで左右と後ろからは見えないようになってるけど、正面からは普通に見える。
益々出たくなってきた、、、。
師匠、助けに来ないかな。
来ないよなあ、、、。
「早く歩け」
早くも帰りたさが限界を迎えようとしていた翌日早朝、僅かに見える腐愚民の牢屋から、全員が釈放される物音で目が覚めた。
普段は一度寝たら中々目覚める事はないのに、、、。
冷たくて固い床で碌に深い眠りにつけなかったからだろうか。
パシィン!!
「きびきび歩け!!」
抵抗する腐愚民を、苛立った様子の魔術師らしき人物がムチで叩く。
「ったく。なんでこんな早朝から腐愚民を全員出さねーといけねーんだよ」
「聖魔術士様の指示だ、仕方ないだろう?」
「わかってっけどよ~、、。なんだって腐愚民五百人も幻霊林に運ぶんだろうな」
「さあな。上が考えてる事は俺達には分からないさ」
どうやら、あの大勢の腐愚民達は幻霊林で何かしらに使われるらしい。
気付かれないように寝たフリをしながら耳を傾けたけど、それ以上の情報は得られなかった。
幻霊林、、、幻霊林か、、。
師匠と一緒に何度か行った事はあるけど、珍しい素材がある事と腐王がいる事くらいしか知らない。
そこで腐愚民を使ってする事なんて、検討もつかない。
あー、分からない事が多過ぎてモヤモヤする。
前までは分からない事があってもすぐに諦めがついたのに、師匠に似てきてしまったんだろうか。
とりあえず、幻霊林で腐愚民を使った何かが行われているようだという事を、靴の中に忍ばせた紙とペンで書き記しておいたほうがいいかな。
いや、身ぐるみを剥がれる可能性もあるし、その時に見つかったら良くないか。
今はまだ、頭の中にだけ入れておこう。
「跪け!猊下の御前だぞ!!」
ずっと牢屋生活だと思って絶望していたのに、思いの外早く出る事が出来た。
とはいっても、地下の牢屋に行く前の尖塔でクラムドさんの前で跪かされているだけで、まだ外に出られるって決まったわけじゃないけど。
時刻は夜の8時くらいだろうか。
数日前に出て行った腐愚民達は、誰一人として戻って来てない。
「誰が跪くか!穢れたフェリア家の人間如きに!!!」
「貴様!!」
「下がれ」
「し、しかし」
「下がれ、と言ったぞ?」
「し、失礼致しました」
後ろ手に手枷を着けられて碌に抵抗出来ないにも拘らず、僕以外の四人は全員クラムドさんへ敵意を露わにして指示に従おうとしない。
まるで、一人だけ素直に従って跪いた僕が間違ってるみたいじゃないか。
目立つのはあんまり好きじゃないんだけど。
「ふっ。三賢者の弟子というプライドもなく、抵抗もせずに跪くか。所詮は家を追い出された者の弟子だな」
危うく、掴み掛かりそうになってしまった。
だめだだめだ。
冷静にいかないと。
感情に任せて情報を得る機会を逃してしまっては、それこそ師匠の顔に泥を塗ってしまう。
師匠が馬鹿にされて腹が立ったけど、ここは抑えないと。
「つまらん」
何も怒らずヘラヘラしていたら、クラムドさんは不機嫌を分かり易く顔に出した。
うん。
少しだけだけどすっきりした。
言い返したりしなくても、こうしてやり返す事も出来るんだね。
「離れておけ」
「はッ!」
逃げ出そうとする他の四人が重力魔術で一塊に固定されて、聖魔術士とクラムドさんが少し距離を置く。
嫌な予感がするけど、何となく殺されない気はするんだよね。
楽観的なのかな。
「【古に生まれし支配者、アルフレリック・ロード・インペリウムよ。支配の資格を持つ我の願いを今、聞き届けん。その身に宿しし唯一無二の権能を、供物としたる魔力を媒体に顕現させ給へ 〝隷化〟 】」
パキン───。
魔水晶を両手で作った器に置いて、クラムドさんが精霊魔術を行使する。
聞いた事のない詠唱だったけど、間違いなく精霊魔術だと思う。
魔術の行使の直後、お腹の中で、師匠に無理矢理飲まされた魔耐鉱の欠片が割れる音が聞こえた。
抵抗出来たおかげで何の変化もないけど、どういう魔術だったんだろう。
「貴方様への忠誠を誓います」
一番右端に居た男、確かどこかの貴族の次期当主だったと思う。
寸前まで暴れて従うのを拒絶して、重力魔術で無理矢理地面に縫い付けられてたのに、魔術の行使が終わった途端にまるで態度が反転したかのように従順になった。
動きが鈍くないし、多分重力魔術は解除されてるんだと思う。
(契約の魔術に近しいものだとは思うけどちょっと毛色が違う、、、?もっと強制力が強いものかな)
推測しながら、右から二番目の男が同じように忠誠を捧げるのを流し聞く。
詠唱で支配なんて文言があったくらいだし、支配の魔術なのかもしれない。
一度、師匠の部屋を掃除してた時に契約の魔術の上位種として書かれていた気がするけど、まだ仮定の仮定の段階で詳しく書かれてなかったんだよね、、、、。
三人目も同じような文言で忠誠を誓ってるみたいだし、ここは合わせておくのが無難かな。
「貴方様への忠誠を誓います」
本当は嘘でも言いたくなかったけど、折角ディベリア神聖国の中枢に近付けたんだ。
師匠はこの国が何かきな臭い事をしてるって言ってたし、その調査の補助をする為に従っているフリをして情報を収集しよう。
隠れて書き留めておけば、いつか帰る事が出来た時に渡す事が出来る。
念の為に、靴の中にペンと紙を隠し持っておいて良かった。
書くのは、もう少し隙を見つけてからだけど。
「ジャヌーの討伐は、まだだったな?」
「は、はい。明日には討伐隊を組む事が出来るかと」
「今からこいつらを連れて向かえ」
「い、今からですか!?危険がありすぎま───」
「従え」
「しょ、承知致しました」
「お前は戦わずともよい。こいつらが使えるかどうかの試験のようなものだ」
クラムドさんは最後に、〝殺しても構わん〟と言って去って行った。
指示に従った聖魔術士のテンタさん曰く、これから向かう先には10頭程のジャヌーの群れがあるそうだし、テンタさんの協力がないなら、本当に全滅する可能性もあり得る。
ジャヌーは日が昇ってからしか行動しないから、寝込みを襲えば何とかなると思うけど、大丈夫かな、、、。
見たところ、同行してる四人は闘技会二回戦敗退レベルなんだよね。
ここにケイト君がいれば、楽に倒せたんだろうけど、、、。
手枷が外れてるし、ジャヌーに倒された体にしてこの場の全員を倒して逃げたら駄目かな。
ケイト君との修行で強くなったし、聖魔術士にも勝てる気がする。
うーん。
土地勘がある場所ならこの選択肢を取ってたかもしれないけど、ディベリア神聖国は危険度が高過ぎてあんまり近寄らないようにしてたんだよね。
地図は何度も読んでいざという時の為にある程度の都市の配置なんかは覚えてるけど、深い森の中心部なんかで一人になってしまったら出られない気がする。
出られたとしても、出た先にすぐ人里があったりしたら捕まる危険性があるから、やめておいたほうがいいかもしれない。
ひとまずは、ジャヌーを倒す方向性でいこう。
「あれだ。私はここで見ている。殲滅しろ」
辿り着いたのは、森を抜けた先にあった岩石地帯の一角。
大きな岩の側で、10体のジャヌーが眠ってる。
サイズこそ大きいけど、ジャヌーは寝ていたら顔は可愛いんだよね、、。
師匠にそれを言ったら理解不能だっていう顔をされたけど。
「作戦会議をしましょう」
ジャヌーとの距離が10m程のところまで近付いて、出来るだけ安全に一網打尽にする為に、協調性のなさそうな同行者達にそう提案してみる。
寝込みを一斉に攻撃出来れば、精霊魔術がなかったとしても一気に半分くらいまでは減らせるはず。
全員が生き延びるには協力が不可欠、、、、というのは建前で、出来れば実力を隠しておきたいんだよね。
本当は、ジャヌー10頭くらい、一人で倒せる。
でも、悪目立ちをしてしまったら、もっと生存確率が低い任務をさせられるかもしれない。
他の四人の実力にもよるけど、全員で力を合わせれば大体五割の力を出すだけでジャヌーを倒せるかな?
「そうはさせるか。武功を立て、教皇猊下に取り立てていただくのはこの私だ」
「抜け駆けはよせ!私こそ、教皇猊下の右腕に相応しい!」
「いや俺が!」
「間違いなく僕だね!」
「ちょちょちょっと、静かにしないとジャヌーが起きます────」
クエエェェェェェェェ!!!!
ああもう、、、。
騒いだせいで、ジャヌーに気付かれてしまった。
一度気付かれてしまったのなら、奇襲は出来ない。
夜目が利かないのがせめてもの救いかな。
ジャヌーは敵が来た事自体には気付きこそすれ、まだこっちをじっと見ているだけで、詳細な場所までは掴めずにいるみたいだ。
今度こそ、今度こそ協調性を、、、。
「〝風刃〟!!」
「「〝水矢〟」」
「ず、ずるいよ!僕も!〝石礫〟!」
もう協調性を期待するのはやめとこう。
攻撃のタイミングもバラバラだし、打ち出す場所が近過ぎて届かずに相殺してるものもあるし、協力してるのか味方同士で潰し合ってるのか分からない。
けどまあ、おかげでジャヌーはこの場所を突き止めたみたいだし、四人を囮にして奥のジャヌーでも相手にしに行こうかな。
「〝石礫〟」
クエエエェェェェェ!!
「そうそう。良い子だからこっちにおいで」
比較的明るい場所まで一気に飛び立って、牽制をしながら後列にいたジャヌーの注意を引き付ける。
五匹釣るつもりが三匹しか釣れなかったけど、思ってたより暗くて戦いにくいし、慣れる為にはこれくらいの数から始めたほうが安全かもしれない。
(よし。付いて来てる)
岩の間を縫いながら飛び周り、中々追い付けない苛立ちをジャヌーに与える。
落ち着いた状態で連携を取られたら面倒だし、魔力の消費量も多い。
出来るだけ苛立たせて、一気に襲い掛かってきたところで、、、、、
「〝竜巻〟」
グギャアアァァァァ!!
作り出した竜巻で、三匹のジャヌーが錐揉みになる。
思いの外素早くて一匹範囲外に逃げそうになったけど、何とか三匹とも片付ける事が出来た。
よし。
予定は崩れたけど作戦は上手くいった。
あと七匹。
「う、うわああああ!来るな!来るなああああ!!」
グキャッ!グキャッ!
残る七匹は、全て四人のところへ行っていた。
まだ数分しか経ってないのに、既に一人血塗れで倒れてる。
(流石に早過ぎないかな、、、)
ジャヌーを辛うじて一匹倒す事が出来てるものの、味方がやられた事に対する恐怖で、残る三人はもう戦意を失ってへっぴり腰になってる。
もう既に諦めてたけど、どう努力しても共闘は出来なさそう。
巻き込んでもいいなら六匹纏めて片付けられるんだけど、それはさすがに抵抗があるから、何とかこっちに注意を引きたい。
危険が伴うけど、近くを飛び回ったら注意を向けてくれるかな?
「こっちこっち。こっちだよ」
グッ、グギャッ──。
僅かな明かりしかない中、六匹のジャヌーの隙間を攻撃を受けないように飛び回るのは中々難しい。
でも、リスクを負った甲斐あって三人から引き離す事は出来た。
ジャヌーを倒す前にとりあえず、、、。
「〝三角塔〟」
ドンッ───ズズズズズズズズ───。
「な、なんだ!?何をす───」
三人の周囲の地面が盛り上がり、音を立てながらとぐろを巻いて結合し、土と石で出来た円錐のオブジェが出来上がる。
結界程の防御力はないしジャヌーならすぐに壊せてしまうと思うけど、六匹ともがこっちに注意を向いてる間に形成したから、ジャヌー達からすれば突然三人が消えたように見えるはず。
暗いからオブジェの全貌もいまいち見えないしね。
後は少し離れた場所に引き付けて、、、。
「〝雨〟」
まずは下準備。
まだもう少しそれぞれが近付いてくれないと、一気に片付けられない。
気持ち程度バラけたジャヌーの頭上に雲を作り、雨を降らせる。
突然降り出して動揺しているジャヌーの隙間を飛び周って挑発して、ぶつかる寸前まで六匹の距離を近付ける。
(もう少し、、もう少し、、、、)
、、、よし!今!
「〝雷〟」
カッ───ドッゴオォォォォォォォン!!!!
降り注いだ雷に、一塊になったジャヌーが五匹、巻き込まれる。
(あれ?一匹ぎりぎりで避けてる?でもまあ一匹くらいなら、、)
仲間の敵をとる為に、片翼に傷を負いながらも飛び掛かって来るジャヌーに、冷静に伸ばした右手の平を向ける。
今度は外さないように、近くまで来たところで、、
「〝風刃〟」
グッ、、ギャッ───。
ドサッ───ドサッドサッ────。
放たれた風刃でジャヌーは縦半分に割れ、あっけなく雨で濡れた地面に落ちていった。
雷が直撃した他のジャヌーも、問題なく死に絶えている。
(結局一人で倒す事になるんだね、、、)
薄々そんな気はしてたけど、実際そうなってしまうと何となくやるせない。
どうせこうなるなら、初めから隠れててくれれば、あの一人も無駄に命を落とす事はなかったのに。
目立ちたくなかったのになあ、、、。
でもまあ、精霊魔術は使わずに済んだし、及第点かな。
サアァァァァァァァ────。
「もう終わったから出ても大丈夫ですよ」
円錐のオブジェを砂に変質させて風で飛ばし、三人を出してあげる。
さっきは気付かなかったけど、全員がそれなりの怪我をしてた。
助けてもらっておきながらやれ治療をしろだの、なんで助けなかっただのうるさかったけど、面倒だったから相手にしなかった。
助けたのは失敗だったかな?
ケイト君とは違って、僕は誰彼構わず助ける程、優しい心は持ってないからね。
「確か、三賢者フィオの弟子だったか?」
「はい」
喚き続けてた三人は、全てを見てたテンタさんが静かにさせてくれた。
睡眠薬を飲ませるという強引な方法で。
高いはずなのに、勿体無い。
「見事だった」
テンタさんからは、ここに来るまでに向けられた見下すような視線はもう感じられない。
これは実力を認められたと考えて大丈夫かな?
出来るだけ必死を装って戦ったから、余力を残してる事は気付かれてないとありがたいね。
何となく、見抜かれてる気がするけど。
無いとは思うけど、聖魔術士に取り立てられたりしたら嫌だなあ、、、。
情報はどんな立場になるよりも手に入れられるだろうけど、得られる情報にリスクが見合わない。
うーん。
魔力を消費してでも、もうちょっと時間を掛けるべきだった。
「外へ出掛けられるんですか?」
「そうだね。日課の訓練に付き合ってもらおうと思って」
「僕では相手は務まらないと思いますけど、、」
「遠慮はしなくていいさ。テンタさんから話は聞いてる」
あの、ジャヌーの討伐の後。
朝方に尖塔に舞い戻った僕達は、それぞれ役目を与えられた。
役目と言っていいのか分からない程、酷いものばかりだったけど。
三人の内二人は奴隷市場に出され、一人は男色の気がある貴族の男に買われていった。
もし同じような貴族に買われそうになったら即座に逃げ出そうと考えながら通達を待っていると、僕だけ比較的マシな立場を得る事が出来た。
聖魔術士アルカディック・イーストの使用人兼イースト家の使用人。
馬車の操車から、身の回りのお世話まで。
機嫌を窺ったりして面倒な事ばかりだけど、よく考えたら師匠のところに居た時とやってる事はそんなに変わらない。
食事が質素なのは辛いけど、他の三人とは比べるまでもなく良い境遇だと思う。
それに、歳が近いアルカディック君は、貴族であり聖魔術士でもあるのに飾った感じが一切無い。
勿論敬語は使わないといけないし忖度はしないといけないけど、こき使われる事はないから随分マシだと思う。
イースト家の人達は高圧的な態度の人が多いけど。
一日の殆どをアルカディック君と一緒に行動してるから、それはあまり問題ではない。
そんなアルカディック君が僕を拾ってくれたのは、戦闘訓練を出来る相手を探していたから、らしい。
その事情を知っていたテンタさんがアルカディック君に僕を紹介して、使用人となるに至った。
仕えて三日目の今日、ついに初めて訓練に付き合う。
出来れば、怪我をしない範囲での訓練がいいな、、、。
「あそこで停めて」
言われた位置で馬車を停めながら、ひたすらに頭の中でイメージトレーニングをした。
うーん。
イメージの中でもまだまだケイト君には勝てない。
ケイト君とアルカディック君。
どっちが強いのかな。
そう考えると、ちょっとわくわくしてきたかもしれない。
楽しもう。
「じゃあ、ルールを説明するね」
聖都の外れ、人気のない平原で僕はアルカディック君と向き合っていた。
平原ではある、あるんだけど、色々なところが抉れていて、地面が全く平面ではなくなってる。
こんな風に訓練する場所がボロボロになっては場所を変えているらしい。
この場所でもう5か所目なんだそう。
見る限り、ここも後1、2回で使い物にならなくなりそうな気がする。
ギルドには修練場があるけど、アルカディック君は修練場は使いたくないらしい。
より実地に近い場所で戦うからこそ意味があるんだよ、とアルカディック君に熱弁されてしまった。
気持ちは分かるけどね。
ネイディアでの瓦礫で不安定な足場を気にしながらの模擬戦は、良い勉強になった。
結局二人ともずっと飛んでたから、あんまり足場の不安定さは関係なかったかもしれないけど。
「勝負はどちらかの魔力が切れる、もしくはどちらかが降参するまで。来る時に軽く触れたけど、訓練とは言ってもこれは殺し合いだと思ってね。本気で命を刈り取りに来ないと、自分が死ぬと思ったほうがいいよ」
馬車を降りて徒歩でここまで向かってる時、この訓練が殺しもありだと言われた時は自分の耳を疑った。
アルカディック君が一方的に僕を殺す権利を持っているというのであれば分かる。
分かりたくないけど、分かる。
でも、僕もアルカディック君を殺していいというのは分からない。
対等でないと意味がないからねと言われたけど、あんまり上手く会話が成り立ってない気がした。
もし本当に殺してしまったら、どのみち僕の首が刎ねられると思うんだけど、アルカディック君曰くその心配はないらしい。
訓練で自分に何があっても相手を罪に問わないようにと書き記した書類を、この訓練を始めた当初から残しているそう。
今までは相手が先に死んでしまったから、結局書いた意味はないかもしれないけどね、とアルカディック君は言った。
戦うのは好きだけど、相当な実力者相手の死合いか、、、。
実を言うと、少し怖い。
看板の下敷きになった時と、師匠に腹部を貫かれた時の痛みを、まだ鮮明に覚えてるから。
死ぬというのは痛い事だという事を、頭の深いところで理解してるから。
参ったと言えばいいんだけど、それは何となく悔しい気がする。
意地を張って命を落とすなんて、馬鹿馬鹿しいとは思うけどね。
「場外はないけど、少し行ったところに街道もあるし、あまり離れないようにしてね」
「はい」
「それじゃあ始めようか」
ポヒュンッ───。
アルカディック君が頭上に放った極小の花火が合図となって、命懸けの訓練が開始する。
「〝三角塔〟」
ドンッ───ズズズズズズズズズズズ────。
開始の合図とほぼ同時に、周囲の地面から土壁が生え、一瞬で円錐を形成していく。
最後に閉じる直上から出ようと思った頃には重力を上げられていて、碌な抵抗をする間もなく閉じ込められてしまった。
(早いッ──)
過負荷から解放された喜びも束の間、周囲を覆う円錐の内壁から、無数の土の槍が僕を貫かんと迫って来る。
上に逃げるのは間に合わない。
前後左右の壁を抜くのも間に合わない。
となると逃げる道は下だけかな。
「〝奈落〟」
一瞬の無重力を味わい、足元に出来た深さ2m程の穴に落ちる。
対象を失った土の槍達は、向かい側から来る同じ存在と相殺し合って砕け、穴の中へ降り注いだ。
ボドッ───ドッ──ドッ──。
単なる土の槍ではない。
アルカディック君は土から岩へ変質させていた。
落ちるのが後少し遅ければ、間違いなく体には無数の穴が開いていた事だと思う。
(ふふ、、。駄目だね。にやけてしまう)
ケイト君以来の強敵との対峙に、どうしても頬が緩んでしまった。
つい先程、寸前に死の恐怖があった事さえも、感情を高ぶらせるスパイスとなってしまってる。
(いけないことなんだろうけど、、)
今は少し、高ぶりに身を任せようかな。
牽制の意味合いも込めて頭上の円錐を爆砕して周囲に破片を飛び散らせながら、思考をほんの少し凶暴なものに変質させた。
「〝奈落〟!」
作戦が上手くいき、迫り来る破片で足踏みをさせられていたアルカディック君の足元に、自分が落ちたものの倍程の深さのある穴を作る。
「〝落岩〟、〝瀑布〟、〝津波〟」
重力を上げて加速させた幾つもの岩石。
それらがアルカディック君の落ちた穴目掛けて降り注いでいく。
だがおそらく、それだけでは簡単に防がれてしまう。
着弾を待たずして津波を起こし、穴の中を水で満たしていく。
(これで後は凍らせれば、、、)
凍らせて身動きが取れなくなれば、降参せざるを得なくなる。
着弾するタイミングを見計らって中の水を氷に────
「ッ!?」
足元から少しだけ離れた位置に生えて来たのは、幾本もの岩の針。
飛んでくる岩を防ぐ事よりも周囲を満たす水から脱出する事よりも、おおよその座標の推測で、見ずに攻撃を放ってきた。
少しずれていたおかげで寸前のところで躱す事が出来たけど、真下に発動されていれば、完全に避け切る事は叶わなかったと思う。
全ての攻撃を躱しながら、自分でも気付いてない隙を付いて重い一撃を放ってくるケイト君とは違う。
自分の身を削る覚悟の捨て身の戦い方。
今まで一度も戦った事のないタイプだ。
「〝風刃〟」
穴から無傷で飛び上がってきたアルカディック君の周囲を飛び周りながら、牽制用の威力を抑えたスピード重視の風刃を複数放つ。
無軌道で上下左右に動き回りながらだから、簡単には捕らえられないと思う。
このまま牽制を続けつつ、勝ち筋を探っていこう。
、、、そう考えていたのだけど。
アルカディック君は僕の予想を遥かに上回る強さを持っていた。
数十秒後には僕自身が知らない僕の動きの癖を読み取られ、完全に捕捉されてしまった。
中々に、難しい。
これが駄目なら、次はどの作戦でいこうかな、、、、。
「引き分け、、、、だね」
「そうですね、、、」
一進一退の攻防の行方は、両者ほぼ同時に魔力切れを起こした為、引き分け。
魔力量はアルカディック君のほうが断然多いと踏んで、燃費の良い形成単語を主軸にして戦いを組み立ててよかった。
それがなかったら、引き分けまで持ち込めてない。
回避をメインにしてたというのに、何度も予想外の方向から迫り来る死の恐怖を味わわされてしまった。
でも、今日でアルカディック君の戦い方は覚えた。
次はもう少し、勝ちに近付けると思う。
「この訓練は毎朝行うから、魔力が回復し切らないなら、他の使用人に補填してもらって。手配は後でしておくよ」
「ありがとうございます」
この、血沸き肉躍る戦いが、毎日出来る。
実力が近しいアルカディック君との、手に汗握る攻防が毎日!
表情に出さないながらも、僕は内心、興奮していた。
ケイト君はまだ余力を残していて実力差があるように感じたし、これが本当に実力が拮抗してる相手との初めての戦い。
きっと、アルカディック君と切磋琢磨すれば僕はもっと強くなれる。
頑張って鍛えて強くなったら、いつかまた、ケイト君に再戦を申し出よう。
その時は、まだ引き出した事のない全力を引き出せるといいな。
この時、向けられた期待のせいで、風邪でもないのにクシャミが止まらないとケイトがオロオロしてしまっていたのはまた別の話。




