八話「それぞれの牽制」
ウルに、セナリをどこかに連れて行ってくれと頼まれた。
セナリのことは大好きだから特に何も考えずに頷いたけど、何処に行けばいいんだろ、、。
普段行かないところで、尚且つ街の外には出ない程度の遠出。
条件は固まってるのに、思い当たる選択肢がほとんどない。
でも、それも仕方ない事かもしれない。
ここに住むようになってまだ三年。
地理に関してはセナリのほうが圧倒的に詳しいし。
「ただいまです!」
「ふわぁ。おかえりセナリ。買い物行ってくれてたの?」
「はいです!お野菜をおまけしてもらえました!」
「ふふふ。よかったね。セナリはみんなの人気者だね」
「市場の人達は優しくて大好きです!」
(あ、またこの顔だ)
セナリは私とウルによく、ある表情を向ける。
飛び上がりそうなほど嬉しい事を言われた時に、にやけきってしまうのをグッと堪えて作った偽物の笑顔。
直接聞いたわけじゃないから確証はないけど、おそらく気の緩み過ぎた表情を主人に見せるのは、セナリの中の使用人像に反するんだと思う。
勿論ウルも私も、セナリの事を使用人だなんて思ってなくて、大事な大事な家族だと思ってる。
私には、セナリが気を遣う根本的な考えのようなものは理解出来ない。
私達はあくまで家族だから。
セナリは、断固としてそれを良しとしないけど。
「先程街でご主人様とケイト様をお見掛けしましたが、何処か出掛けられたんでしょうか?」
「うん。リネリット魔術ギルドまで行くみたいだよ。ケイトの魔術訓練にね。相当気合い入ってたから、遅くまで帰ってこないかも」
「そうでしたか、、」
私の言葉に、セナリがあからさまに落ち込んだ。
すぐに笑顔を作って食料庫へ駆けて行ったけど、一瞬の表情が物珍しさからか脳裏に焼き付いてしまった。
ケイトに遊んでもらおうと思っていたのかな、、。
聞いてないけど、多分そうだと思う。
私が居なくても、ウルが居なくても、あんな表情を見せてくれたことはない。
もしかすると一人で居る時は寂しい表情を浮かべて時間をやり過ごすことがあったかもしれないけど、それは確認のしようがない。
(もっと、素直に色んな表情を見せてほしいのに、、)
セナリは器用だとよく言われる。
確かに、家事全般そつなく熟すし、コミュニケーション能力も高くて、魔術も人並みに使える。
それだけ見れば確かに器用だと思う。誰の目から見ても。
でもそうじゃない。
セナリの本質は、心の中は器用じゃない。
どうしようもなく不器用なんだと、一緒に住む私だからこそ知ってる。
周りから向けられた差別的な視線のせいか、誰かに言い含められたからなのか。
どれのせいでああなってしまったのかは分からないけど。
ケイトが住むようになってからほんの少しだけ緊張が緩んだ気はするけど、それでもまだまだ私とウル相手には一定以上馴れ合おうとしない。
いっそ、ケイトに任せてしまおうかとも思った。
ケイトが魔術を覚えてこっちでの生活に慣れたら、近くに家を買ってセナリと一緒に住んでもらう。
ウルには反対されるかもしれないけど、そのほうがセナリものびのび過ごせる気がするから。
「リビィ様?スープお口に合わなかったでしょうか?」
頭を使う事に必死になり過ぎて、食事中だと忘れてしまってた。
不安にさせてしまったのが申し訳なくて、お詫びにセナリの頭をわしわしと撫でてあげる。
私が撫でたかっただけっていうのも勿論あるけど。
「はわわ!く、くすぐったいですリビィ様」
「ごめんごめん。ちょっと考え事しててね。いつも美味しいご飯をありがとう。今日のスープも凄く美味しいよ」
「あ、ありがとうございますです!」
「こちらこそ」
可愛いなあ、セナリは。
頭を撫でてあげると少しだけ口角を上げて、それが緩みきらないように唇をきゅっと固く結んだ。
気を許してもらえてないのは寂しいけど、それでも漏れ出た可愛さでいつも癒される。
「セナリ」
「はいです」
「何処か行きたいところある?」
「行きたいところ、、ですか?」
「うん。リネリスの街の中なら何処でもいいよ。二人が帰ってくるまでの間でなら、何処へでも連れて行ってあげる」
「あうあう。で、でも、お掃除もお洗濯もありますし。お夕飯の準備も、、」
やっぱり、素直には甘えてくれないか、、、。
ウルに頼まれた時から、こうなるのは分かってたけどね。
「夕飯は皆で何処か食べに行こう。掃除と洗濯は明日まとめてすればいいよ。私も手伝うからさ。ね?」
「でも、、」
「私と出掛けるのは嫌?」
「嫌じゃないです!リビィ様のことは大好きなので嫌じゃないです!!」
大好き。
ふふふ。
そっか、大好きか、、。
セナリの言葉が嬉しくて、ついついニヤけてしまった。
「ふふふ。ありがとう。じゃあ決まりね。私着替えてくるから、それまでに何処に行くか考えておいて」
「あ、、えと」
「分かった?」
「うぅ、、はいです」
「じゃあ待っててね」
さて。
無事に出掛ける約束は出来たけど、セナリの行きたいところは何処だろう。
同い年ぐらいの男の子なら見世物小屋街か闘技場辺りかな、、。
セナリにその定義が当て嵌まるとは思えないけど。
「お待たせ。行きたい所決まった?」
「えと、思い付かなくて、、。ごめんなさいです、、」
「そっか。大丈夫だよ。じゃあ、とりあえず散歩してみる?何か行きたい所が見つかるかもしれないし」
「はいです」
あんまり、乗り気じゃないように見える。
単に家事が残ってるのを気にしているのか、私に気を使ってるのか。
おそらく後者だろうというのは、違和感のある笑顔を見れば分かってしまう。
「よし!じゃあまず右と左どっちに行こうか」
「左がいいです!新しい箒を見たいので!」
「そういうのはダメ。今日は仕事の事気にするのは禁止。何があるとかは考えずに、右か左かどっちがいいかだけ教えて」
「あうあう、、。み、右でお願いしますです」
「うん。じゃあ行こっか」
リネリスの数か所に点在する住宅街。
その内のひとつにウルの家はある。
どちらかといえば静かなほうが好きなウルが、この騒がしい商業都市に住まいを構えたのはとある理由があった。
その理由とは、住宅街全域に張られた風魔術を利用した防音結界と、住居前に敷き詰められた特殊吸音レンガ。
防音結界で外の騒音は防がれ、結界の中で発された一定以上大きな音は特殊吸音レンガに吸収される。
この2つによって、騒々しいリネリスにおいても静けさが確約されてる、らしい。
後はまあ、職業上という理由もあると思うけど、仕事の話をあまり詳しく聞いた事がないからその辺りは分からない。
「らっしゃい!らっしゃい!いい反物入ってるよ!今ならサービスしとくよ!」
「魔装具はいらんかね?まけてくれ?バカ言ってんじゃないよ!冷やかしなら帰っておくれ」
「そこの兄ちゃん!随分マントの端がほつれてるじゃないか。うちで直していかないか?」
住宅街の端。
目に見えない結界を抜けるとすぐに、耳いっぱいの心地良い雑多な声達が周囲を包む。
ウルは騒がしいだけだというけど、私は街中が活き活きしている気がして、いつ体感しても嬉しい気持ちになる。
「おっ!リビィちゃんとセナリ坊じゃねえか。お出掛けか?」
「はい」
「はいです!」
「そうかそうか。セナリ坊も大変だな。ウルの弟子が住み込みで修行してるらしいじゃねえか。飯の量も増えただろ」
「お料理を作るのは好きなので楽しいです!ケイト様もすごくすごくいい方なんですよ!」
サシャさんに、ケイトの事を嬉しそうに話すセナリ。
その姿に、少し嫉妬を覚えてしまった。
私にも早くあの表情を向けて欲しいな、、。
「はっはっは!そりゃよかったな。早速懐かれるなんてあの兄ちゃんもやるじゃねえか」
「そうですね。凄く助かってます」
「リビィちゃん。浮気はやめとけよ?あいつがキレたらこの辺一帯焼け野原になるからな」
「ふふふ。しませんよ。サシャさんじゃありませんし」
「うっ。それを言うなよ、、」
「奥さんとはまだ喧嘩中ですか?」
「ああ。飯は作ってくれるようになったんだけどな、、、。会話は相変わらず最低限だ。何とかならねえかな?」
「他の女性と関係を持つサシャさんがいけないんですよ?でも、ケイトの魔装のお礼に、今度会った時にフォローぐらいならしておきます」
サシャさんは10日程前に綺麗な女性がお酌をしてくれるお店で朝まで飲み明かして以来、奥さんと絶賛喧嘩中だそう。
それだけなら説教だけで済んだそうだけど、問題は帰ってきた時の状況。
仕事用ではなく、私服で頬を染めたお店の女性と一緒に帰宅したらしい。
サシャさん曰く何も無かったそうだけど、どうやら記憶がないみたいで、言い訳出来ずに喧嘩が長引いているみたい。
いつもお世話になってるから何か力になれればいいけど、、。
「相変わらず律儀だな。そんなこと気にしなくていいのによ。まあだが、今回ばかりはお言葉に甘えさせてもらうぜ。よろしく頼む」
「はい。出来る限りお力になりますね」
「セナリもサシャさんのお力になりますです!」
「ありがとうなセナリ坊。だがな?こればっかりはリビィちゃんに任せた方がいい。女っていうのは男には理解出来ない生き物だからな」
「はわわ!そうなんですか?セナリには難しそうです、、」
そういう考えを持ってるから喧嘩になると思うんだけど、、。
私は女だからあんまり分からないけど、女心ってやっぱり男の人には伝わらないものなのかな?
「今の言葉も奥さんに伝えた方がいいですか?」
「いや、やめてくれ。これ以上小遣い減らされんのは辛い」
「考えておきます。それじゃあ、また」
「行ってきますですサシャさん!」
「おう!行ってらっしゃい!リビィちゃん頼んだよ!」
家を出て、右方向にある防音結界を抜けた先の大通り。
ここにはサシャさんの仕立て屋を始め、服飾関係の店が多く集まってる。
特に区分したわけではないらしいけど、リネリスの商業街は、こうして業種や販売物の違いによって店を構える場所が自然と分かれていったんだそう。
何年か前に販売物の垣根を無くした商業塔が出来たみたいだけど、すぐに廃れて無くなってしまったらしい。
ウル曰く、中途半端な安い物を買うぐらいなら、多少無理をしても一ついい物を買うべき、だそうだ。
そういうものなのかな?
私としては中途半端な安い物もそれはそれで良いと思うけど、この街ではその考えはあまり受け入れられないみたい。
このままこの通りでセナリと買い物するのもいいかな?
もしかすると、知らない内にお洒落に目覚めてるかもしれないし。
「セナリ。行きたいところあった?」
「あーと、えーと。素敵なお店が多くて見てるだけでも楽しいです!」
「そうだね。私もセナリと一緒にお出掛け出来て楽しいよ」
「あ、ありがとうございますです!」
「そうだ、セナリ。服買いに行こっか」
「服、、ですか?まだセナリの服は全部着れますよ??」
確かにまだ着れる。
ウルが初めに与えた服が想定していたより大きく、背が伸びた今、漸く丁度良くなってきたくらいだ。
それに、セナリの手入れが上手いのか、どれもこれも長く着ているとは思えない程の綺麗さを保ってる。
今着れる服があればいいっていうその考えも分からない事はないけど、、、
「セナリは成長期だからね。またすぐ大きくなると思うし、その時用の服買おうかなって。お洒落でかっこいいの買おうね」
「い、いいんでしょうか?」
「勿論!セナリはお料理もお掃除も完璧にこなしてくれてるのに、子供のお小遣い程度の給料しか渡してないからね」
「そ、それは、持っててもセナリが使い方を分からないので、ご主人様に減らしてもらうようにお願いしたのです、、」
「それを知った上での提案だよ。セナリには我慢せずいっぱい我儘言って欲しいからね。今日はそれの練習だと思って。だからね?ほら行こっ」
「は、はいです!」
多少強引だったが、セナリに了承してもらえた。
服屋を選んだのは、暫く歩かないと服飾関係以外のお店がないのと、セナリが自分で服を選んだことがないから。
服に限らず、雑貨なんかも記憶にある限り自分用のものを買ってるのを見た事がない。
欲が無いわけではないと思うけど、、。
遊び道具や雑貨は必要の無いものと言われて遠慮される可能性が高いから、ひとまずは生活する上で必要な服から。
これなら遠慮されても何とでも言いくるめる事が出来る、、、、、、と思う。
セナリは癖になっているのか断り方のバリエーションが豊富だ。
下手に張り切り過ぎると私が言いくるめられる可能性も充分あり得るから、慎重にいかないと。
「ヘイムさんこんにちは。お久しぶりです」
「うん?誰だったかいな。こんな美人な娘さんの知り合いに覚えはないが、、」
「約一年振りですからね。覚えてないのも仕方ないです。ウル・ゼビア・ドルトンの妻のリビィ・ドルトンです」
「ああ。あの坊ちゃんとこの奥さんかい。すまないねぇ。年取ってからどうにも物覚えが悪くて」
「いえいえ。思い出していただいてありがとうございます」
少し歩いて古びた服屋に入ると、店主のヘイムさんが迎えてくれた。
それなりの高齢なのに毎日欠かさずお店を開けていて、一人で番をしている。
たまに気持ち良さそうに昼寝をしているけど、その時は周囲のお店の店員が見守っていて、服を盗まれたりはしないらしい。
みんなのお母さんのような存在なんだと思う。
「ところで、今日は何を買いに来たんだい?大人用の服は置いておらんよ?」
「今日は私の服じゃなくて、この子の服を探しに来たんです」
「あ、は、初めましてです!ご主人様のところで働かせていただいておりますセナリと申します!です!」
「おやおや、ご丁寧にありがとうね。私はヘイム。しがない服屋の店員さ」
セナリの元気な挨拶に、ヘイムさんが嬉しそうに目を細めた。
孫とお婆ちゃんみたいな雰囲気がある。
「前にウル坊が買っていった服もこの子用かい?」
「おそらく、、。ウルは顔が広いので誰かにプレゼントする用かもしれませんけど」
「まあ、プレゼントにしても子供用だから浮気はないだろうね」
「ふふふ。そうですね。浮気したらすぐ顔に出そうですけど」
「よく分かってるね。あれは無愛想だけど中々良い物件だ。離さないようにしなよ?」
「はい。頑張ります」
浮気という点では心配してない。
顔に出るから分かり易いというのもあるけど、それ以前にウルが浮気をするとは思えない。
自分のことは好きか嫌いかでいえば嫌いだけど、それでもわかる程大き過ぎる好意を寄せてくれているから、他の人に目移りすることは無いと自信を持って言える。
万が一目移りすることがあっても、私は多分そこまで気にしないんだと思う。
冷めてるのかと言われればそういうわけではないけど、ウルという存在が大き過ぎて私一人が独占するのは申し訳ない気がするから。
そんな事言ったら、ウルに怒られそうだけど。
「はわわ!リビィ様、服がいっぱいです!」
「そうだね。時間はいっぱいあるからゆっくり見て回っていいよ。気になったのあったら教えてね」
「あ、あの、素敵な物ばかりでセナリだけではどれがいいのかわからないです、、。ごめんなさいです、、」
「じゃあ私と一緒に見て回ろっか。誰かが見たほうが似合ってるかどうか分かり易いからね。付いて行ってもいい?」
「はいです!ありがとうございますです!」
服の多さに圧倒されるセナリと、店内をゆっくり見て回る。
ここビタイト子供服店は元々ヘイムさんの旦那さんが立ち上げて、三十数年この場所で夫婦で営んできたらしい。
けど、五年前の旦那さんの急死に伴って一度は店を閉める事も考えたんだそう。
そんな折、人伝に受け取った旦那さんの遺書を読んで、継続して店を守っていくことを決めたらしい。
遺書の詳しい内容は知らないけど、ヘイムさんに聞くと〝長いこと一緒に居たけど、まさか一人になってからラブレターを渡されるとはねえ〟と答えてくれた。
詳しく聞いてみたかったけど、ヘイムさんの幸せそうな顔を見るとそれだけで気持ちが満たされて、無理に詮索する気はあまり起きなかった。
きっと、何度あの場面を繰り返しても同じことをしたと思う。
興味が無いんじゃなくて、女性には一つや二つ、大切な人との二人きりの思い出が必ずあるものだと思うから。
私に出来るのは無理に聞き出すことじゃなくて、ヘイムさんの幸せそうな笑顔から察してあげる事だ。
「リビィ様!この服すごくひらひらしてます!鳥さんの羽みたいです!」
「そうだね。でも、これ女の子用だね」
「はわわ!そうでしたか!」
まだお洒落は難しかったのかもしれない。
どう考えても、ひらひらの羽根が付いたバレエダンサーみたいな服は、セナリには似合わないと思う。
「うう、、恥ずかしいです」
「恥ずかしがらなくて大丈夫。今みたいに凄いなとか、素敵だなって思うのがあったらどんどん教えてね。セナリがどういうの好きか知りたいから」
「はいです!えーとえーと。これはどうでしょう!この首が少し隠れてるのがかっこいいです!初めて見たです!」
セナリが、少し首元が緩めのハイネックの服を見せてきた。
これから少し寒くなる季節だから、もこもこしてて暖かそうだし、何よりセナリに絶対に似合う。
絶対に可愛い。
「いいね。サイズも丁度良さそうだしそれ買ってみる?」
「えとえと、もう少し見て回ってもいいでしょうか?目移りして一着に選べないのです、、」
「欲しいのは全部言ってくれたらいいよ」
「そんなには申し訳ないです!それに、欲しい物全部選ぶと持ちきれなくなりますです!」
「持ちきれなくなるのは困るね、、。じゃあ、こうしよう!また欲しくなったら連れてきてあげるから、今日は5着まで。それぐらいなら私一人でも持てるしね」
「5着もですか!?そそそそんな、申し訳ないです、、!」
「いいからいいから。ほら早く見ないと日が暮れちゃうよ?ね?ね?」
「は、はい!リビィ様、押さないでくださいですー!」
お店に入ってからどれくらい経っただろうか。
セナリと過ごす時間は楽しくて、あっという間に買い物が終わりを迎えようとしていた。
気付けば店も街もより多くの人で溢れ返っている。
いつの間にか、お腹も空いてきていた。
「よし、これで5着だね。本当にこれでいい?」
「はいです!でも、あの、セナリお金持ってないです、、」
「勿論私が出すから大丈夫。今までのセナリの頑張りに比べたら、服5着なんて安いものだからね。本当はもっと買っても良かったんだけど、セナリまたすぐ身長伸びそうだから」
「ほ、本当にいいんでしょうか?」
「うん!ウルも良いって言ってくれてたからね。だから気にしないで。分かった?」
「うう、はいです、、」
「うん、それで良し。じゃあヘイムさんに軽く包んでもらってくるから入口のところで待ってて」
「あ、あの!リビィ様!」
「ん?どうしたの?」
「ありがとうごじゃ、、ございますです!」
「ふふふ。どういたしまして。ちょっとだけ待っててね」
「はいです!」
やっと。
やっと少しだけセナリと近付けた気がする。
本当はもっとゆっくり話せる時間を作って、沢山話して距離を縮めれたらなって考えてたけど、こういう縮め方も悪くないのかもしれない。
人との距離を詰める時に物を使うのは無粋だって思ってたけど、そんなことはなかった。
急に近付き過ぎて気まずくなるのなら、間に何かを挟めばいいんだ。
それが物でも第三者でも。
セナリは私が知らない事を、いっぱい教えてくれる。
小さいのに、本当に凄いなぁ、、。
「セナリ、お昼ご飯どうする?私お腹空いちゃった」
「セナリが作りますです!」
「もう。今日は気を遣わなくていいって言ったでしょ?」
「あ、あの、その、、、。朝おまけしてもらったお野菜、今日が一番美味しいらしいので、リビィ様と一緒に食べたいなあと思って、、。ダメでしょうか、、?」
これは多分気遣いじゃない。
何となく、そう理解出来た。
それと、決して悪い事じゃないけど、オドオドと上目遣いでお願いしてくるのは反則だと思う。
「駄目じゃないよ。ありがとうセナリ。私にも食べさせてくれるんだね」
「はいです!リビィ様に食べてほしいのです!」
「ありがとう。でも一人で作るのはダメ。私と一緒に作ろ?駄目かな?」
「ダメじゃないです!リ、リビィ様と一緒にお料理作りたいです!お願いしてもいいでしょうか、、?」
「うん!色々教えてね」
「はいです!!」
セナリが選んだ服。
狙って選んだのかは分からないけど、全部平均より安かった。
少しは近付けたと思うけど、やっぱりまだ遠慮してるんだろうな、、。
でもきっと。
これからもっと距離を縮めていける気がする。
最初のきっかけさえあれば何とかなると思うから。
焦らなくてもセナリと一緒に居られる時間は沢山ある。
「お待たせ、セナリ。早速お昼ご飯作ろっか」
「はいです!」
帰宅後。
約束通りセナリと二人で昼食を作る事になった。
セナリが来て料理を教えてからは任せっきりだったから、こうやって二人で台所に立つのは久し振りだな、、、。
一緒に料理をする。
ただそれだけの事なのに、ニヤけてしまうのを抑えられないくらいに嬉しい。
「まず何しよっか?」
「このお野菜を皮を向いて食べやすい大きさに切ってほしいのです!」
「うん。わかっ、、何この野菜、、。初めて見た、、」
「ナズニという名前で凄く珍しいのですよ!残り物の一つを譲っていただきました!ラッキーなのです!」
「そうなんだね。頑張ってみる!」
「お願いしますです!」
ナズニか、、。
色んな野菜を市場で見てきたけど、これは初めて見る。
雫型で色は淡い紫で、表面の薄皮を剥くと、、、。
(わあ、、、、、)
中は黄緑色の柔らかい身に黒い水玉。
毒々しい見た目をしてる。
これ、食べられるのかな、、。
「終わったよ。これはどう調理するの?」
「ナズニは生で食べますです!」
聞き間違い、、かな?
この見た目と触感の物体を生で、、?
「えっと、、。生で食べるって言った?」
「はいです!すっごく美味しいのです!」
「そ、そっか。お皿に盛っておくね」
「ありがとうございますです!もうすぐセナリも終わりますので、先に召しあがっててくださいです!」
「座って待ってるよ。一緒に食べよ」
「はい!急ぎますです!」
「ゆっくりね」
一口大に切ってお皿に盛ったナズニと、水を入れたグラスを二つテーブルに運んで椅子に腰掛ける。
毒々しい見た目の野菜越しにセナリが料理の仕上げをする姿を眺めた。
(見た目は子供がお手伝いしてるようにしか見えないのに、いつも凄く美味しい料理作ってくれるんだよなあ)
セナリは大きくなったらきっとモテる気がする。
セナリの奥さん、どんな人になるんだろう。
仲良くなれるかな。
「お待たせしましたです!」
「わあ!美味しそう!これどんなお料理?」
「お魚とお野菜のソテー、スパイスチーズソースがけ、です!」
料理名を聞いただけで涎が、、、出そうになってナズニに止められた。
これ、本当に食べなきゃ駄目かな?
「「食に感謝を。魔力の源に感謝を。変わらぬ大地の恩恵に此度も授かります」」
セナリが頬張っているのを見て、恐る恐るナズニに手を伸ばしてみる。
伸ばした手を一旦引いて、水を一口飲む。
一度グラスを置いてもう一口。
セナリが二口目を幸せそうに頬張っているのを見て、意を決してナズニにフォークを近付けてみた。
何の抵抗も無くフォークを受け入れたナズニは、奇しくも間違えて大きく切ってしまったものだったが、セナリの前で行儀が悪いことをするわけにいかず、目をぎゅっと瞑って口に運んだ。
(、、、あれ?美味しい)
そんなまさか。
あの見た目なのに。
不信に思ってもう一切れ口に運ぶ。
(、、、やっぱり美味しい。え!?なんで!なんで美味しいの!?)
触感はお世辞にも良いと言えないのに、味は今まで食べたどんな野菜より美味しい。
自分でお皿に盛ったから特殊な味付けをしてない事は確実だし、、、。
「ナズニ、、美味しいね」
「気に入っていただけてよかったです!セナリはナズニがお野菜の中で一番好きなのです!」
一番好きというのも頷ける。
それほど、この毒々しい見た目の野菜は美味しい。
食わず嫌いはしないほうがいいみたいだ。
少なくとも、食べても害が無いものは。
「よし。片付けは私がやっておくね」
「あ、わ、えとセナリがやりま、、一緒にやりますです!」
「ふふふ。ありがとう。でも大丈夫。セナリは自分の部屋にさっき買った服仕舞っておいで」
「は、はいです!」
食後、膨れたお腹を庇う為にゆっくり動きながら、使った食器をすぐに洗う。
ちょっと食べ過ぎたかもしれない、、。
ナズニもそうだけど、セナリが作ってくれた料理も美味しすぎてついつい手が止まらなくなってしまった。さっきお店の中で歩き回ったのもあって、食欲が満たされてちょっと眠たくなってきたな、、。
「終わりましたです!」
「お疲れ様。こっちも終わったよ」
「ありがとうございますです!」
「ううん。、、ねえセナリ」
「なんでしょうか??」
「お腹いっぱいになったら眠たくなってきちゃった」
食べてすぐ眠くなるなんて小さい子みたいだな、と自分で言っておきながら思った。
でも仕方ない。
眠たいのは眠たいんだ。
「はわわ!ご主人様が帰られたらお呼びしますのでそれまでお休みくださいです!」
「うーん、今日はセナリと一緒にお昼寝したい気分だなあ、、。駄目かな?」
「ふえっ!!リビィ様と一緒にですか!?ご、ご主人様に怒られてしまいますです!」
セナリかあからさまに動揺する。
あたふたしてて可愛い。
「ははは。大丈夫だよ。ケイトは駄目だと思うけど、セナリならウルも怒らないから。それに、さっきセナリには服買ってあげたのになー。お願い聞いてくれないのかなー」
「ううぅ。リビィ様ズルいです、、」
「ふふ。ごめんね?でもたまには一緒にお昼寝しよう?」
「うぅ、、。はいです」
「ありがとう。さっ!この時間はウルの部屋のほうが日当たりがいいからそっちで寝よっ!」
セナリとしたお昼寝は、くっついてたわけでもないのに温かさに包まれたとても心地良いものだった。
先に寝てしまってセナリの寝顔は見れなかったけど、それでもセナリが気を許して横で寝てくれてるんだと思うと、とても幸せな気持ちになることが出来た。
また今度、改めてケイトにお礼を言わないといけない。
ぼんやりとそんな事を考えて、微睡に身を任せた。
おやすみ、セナリ。