表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
八章
76/104

七十三話「決意と深化」



集落に着いた翌日。

俺は集落から一時間程歩いた場所にある山に来ていた。

一人ではなく、ロルのいとこであるゾルと共に。



「うーん。足跡があるからこの辺りやと思うんやけど、、」



何故か、ロンドルフ一族の中でこのゾルだけが関西弁だった。

理人が伝承したんだろうか。



「聞いとる?ケイト君」

「あ、すみません」



ついつい関西弁が気になって集中が欠けてしまっていた。

山へ来ているのは狩りの為。

何か手伝いたいと申し出た俺を、狩りに行くというゾルが同行させてくれた。

とはいっても、今日は見学のみらしいが。



「これ見える?」



ゾルがいつの間にか拾っていた木の枝で指しているのは、木の根元。

よく見れば小さく地面が窪んでいるように見えるが、これが何か重要なものなんだろうか。



「これが鹿の足跡や」

「そうなんですか?」

「そうや。こういうのを見つけて辿って行くんやで」



この小さい足跡、しかも葉っぱで半分程隠れて余計に見つけ辛くなっているものを、歩きながら見つける、、?

難し過ぎないか?

魔人域では魔物や獣が向こうから襲ってきてくれるのを討伐するだけだったから楽だったが、これは中々に大変だぞ、、、。

拡大鏡が欲しい。




「止まって」




湿った雑草で足をすべらせそうになりながらも、掛けられた制止の声に反応して立ち止まる。

目の前に突然手の平が覆い被さってびっくりしてしまった。



「あそこにおるの見える?」



ゾルが指差す先、そこには一頭、いや、少し離れた位置にいる個体も含めれば三頭の鹿が居た。

彼我の距離は100mくらいだろうか。

猟銃が無ければ、この距離で仕留めるのは難しいように思える。

魔術なら込める魔力量によっては気付かれずに仕留める事が出来るかもしれないが、精密なコントロールが難しい。

変なところに傷を作ってしまったら解体作業などの後処理が面倒そうだし、やらないほうがいいだろう。

ゾルはどうやって仕留めるんだろうか。





「ふぅー、、、、、。【深度Ⅲ】」





意味あり気に呟いて、深く息を吐くゾル。

吐く息に合わせて全身を脱力させながらも、目は真っすぐに標的である鹿を捉えている。




ず───ずずずず─────。




小さく、鈍い音を立てながらゾルの体の肌色の部分が失われていく。

元々生えていた尻尾は毛量が増えて逞しくなり、足は骨格から変わったのかつま先立ちのような状態になり、顔はゾルの面影を残しながらも俺が知る狼のそれに変貌した。

突然体が変化を始めた事に驚いて声が出そうになったが、急いで口を塞いで何とか声を上げずに済んだ。

狩りの邪魔をしてはいけない。



「見といてな」



立派な鬣を一度ふわりと逆立て、僅かな音と共にその場から姿を消すゾル。

どこに行った?




ミイィィィィ─────。





消えたゾルを探す俺の耳に、軋む扉のような不思議な鳴き声が聞こえる。

鳴き声が聞こえた方向を見やると、そこには二匹の鹿の首根っこを掴んだゾルの姿が。



「獲れたでー」



それなりに危機感知能力も逃げ足の速さもある鹿を二頭、罠も武器も使わず一瞬で確保、、?

人外か、、、、?

そうか、人外だったな。



「どやった?」



暴れる鹿を物ともしない笑顔で俺に尋ねるゾル。

どうだったかと聞かれても、一瞬で姿を消して捕獲するシーンを見られなかったから、何とも答えようがない。

それに、おそらく直線で飛び掛かって素手で首根っこを掴んで捕獲したんだろうが、獣人ではない俺がそれをどう真似ればいいというんだ。

100mの距離を一瞬で詰めるなんて事をしない、もっと知識と成人男性の平均膂力くらいがあれば誰でも出来る狩りの方法を教えてほしかった、、、。

傷を付けずに生きたまま捕獲したほうがいいというのは、理解しているが。





「獣化すればええんやない?」


近くにあった沢で、簡単な処置をした鹿を冷却しながら俺にあった狩りの方法を聞いた時にゾルから言われたのが先の言葉だ。

獣化は武人でなくても出来るものなのか。

魔人ではないのに魔術を使えている時点で、薄々勘付いてはいたが。

でも確か、獣化って相当量の体力を必要とするんだよな、、。



「あー、確かに獣化はしんどいなぁ。僕がさっき見せた深化が部分獣化に近い体力の消耗加減なんやけど、あんまりやりたないからね」



深化とは、鹿を狩る際にゾルの姿が変貌したあの技の事らしい。

深度ごとに強さが上がるそうなんだが、身の丈に合わない深度を使う、もしくは長時間深化し過ぎると、理性の無い獣になって戻ってこられなくなるそうだ。

通常状態を【深度Ⅰ】とするそうで、深化は【深度Ⅱ】から。

今まで観測されている中では、現獣王の【深度Ⅷ】が最高らしい。

獣王はやっぱりライオンの獣人かなと思って聞いてみたら、ゾルに笑って否定された。

もう何千年も、同じ猿の獣人が獣王を務めているそうだ。

以外だなと思うと同時に、獣人の寿命に驚かされた。

何歳まで生きるんだ、、?



「魔人と武人はすぐ死ぬみたいやけど、獣人は種族、個体によっては一万年くらい生きるらしいで。僕ら狼の獣人は長くて二百年くらいやったかな」



地球では何百年か生きた貝が最高齢だと何かで見た気がする。

流し見ただけだからきちんと覚えていないが、間違いなく一万年も生きた生き物はいなかったんじゃないだろうか。

もう樹齢とかのレベルになってくるよな、、、。



「ゾルさんは何歳なんですか?」

「何歳やったかな、、、。80くらいやったと思う」



長命な獣人は、誕生日を祝うという習慣がない事もあり、自分の年齢を正確に把握している者は殆どいないんだそう。

人間ですらたまに自分の年齢を忘れている人はいるし、仕方のない事なんだろう。



「話戻すけど、どう?獣化の契約してみる?」

「そんな簡単に出来るものなんですか?」

「当人同士の了承があれば、簡単な儀式をするだけで契約出来るからね。すぐに終わるよ」



獣化か、、。

正直なところ、魅力的な誘いではある。

魔力水で補充しなければならない魔力と違って、獣化はスタミナさえつければ大丈夫。

さっき見たゾルの素早さを手に入れられれば、強くなれる事は間違いない。

だが、、、。



「少し、考えさせてください」



俺は返答を先延ばしにした。

スタミナがないという事や近接戦闘で人を傷つける手の感触がありそうで嫌という思いも勿論、返答を先延ばしにする要素になった。

だが一番は、一時的とはいっても自分の見た目が大きく変わるのが怖かったから。

深化と違って戻れなくなる可能性はないといっても、やっぱり怖いものは怖い。

自分が獣に近しい見た目に変貌してしまうのは、想像するのも嫌だ。

常に全装獣化くらいの見た目のゾルには、そんな事口が裂けても言えないけど。



「これから一緒に暮らすんや。ゆっくり考え」



優しくそう言ってくれるゾルに、失礼な感情を抱いている事が申し訳なくなってしまった。

自分以外が獣化してるのは素直にかっこいいと感じるんだけどな、、、。

いつ戦闘が起こるか分からないこの世界では身を守る術は多いほうがいいのは確実だし、頼めば契約させてくれる人がいるという事は覚えておいて、出来るだけ前向きに考えよう。

その前に、スタミナ付けないとな。








「けん、、、、か?」

「おー、やっとるね。修行やと思うよ」


集落に帰った俺の目に飛び込んできたのは、深化した狼の獣人と全装獣化したバオジャイが高速で殴る蹴るの攻防をする様子。

昨日の宴会の時のような、本気を出しながらも和気あいあいとした様子はない。

どちらも真剣だ。



「ロル兄も本気やね」

「あれロルさんなんですか、、?」

「せやで?」



バオジャイと戦っている獣人は、ロルらしい。

真剣で鋭い眼光は、昨日バオジャイの事を話している時の穏やかな様子とは全く違っていて、ゾルに言われるまで気付く事が出来なかった。



「っらああああああ!!!」



繰り出されたロルの強烈なパンチを、バオジャイが腕をクロスさせて受け止める。

その手には、セジンに加工してもらったあの篭手が着けられていた。



「ケイト君は、どっちが優勢や思う?」



繰り広げられる攻防のスピードが早過ぎて判断材料が少ないんだが、バオジャイは攻撃より防御の数のほうが多く見えるし、優勢なのはロルなんじゃないかと思う。

体格が大きい分、一撃ごとの威力も凄いだろうし。



「うーん。実はちょっとバオジャイちゃんのほうが優勢なんよ」

「そうなんですか?ロルさんのほうが攻撃を繰り出せているように見えますけど、、」

「攻撃の量は確かにそうやね。でも、有効打になってるのはバオジャイちゃんのほうが多いんよ」



ゾル曰く、バオジャイはガードと回避をメインにして相手の隙をつくタイプらしい。

ロルの攻撃で押されているように見えるが、あれはガードに打たせつつ好機を待っているんだそう。

ガードの上からでも充分痛そうに見えるんだが、獣化をしていればあれくらい防げるんだろうか。

何度もロルの拳を打ち込まれている篭手が壊れていないのが不思議なくらいの威力だ。

俺くらい貧弱なら、一撃でももらえば死にそうだな。



「やっぱり強いもん同士の戦いを見るのはええね」



楽しそうにそう言いながら目を爛々と輝かせるゾルを見て獣人も戦闘民族なのかと少しげんなりしたが、実をいうと俺も二人の戦いに見入っていた。

弾幕攻撃の如く四肢をバオジャイに打ち付けるロルと、それを掻い潜って隙を付くバオジャイ。

その二人の攻防は、戦闘や格闘に関してよく分からない俺でも、凄いものだと断言できる程のもの。

手に汗握る戦いとは、こういうものを言うんだろう。

テレビで格闘技が映る度にチャンネルを変えるくらい、見るだけでも嫌だったはずなんだけどな、、。

魔術を使った戦闘を繰り返している内に、俺も少し、この世界に毒されてきているんだろうか。

平和を好む俺にとってはその変化は喜ばしくない事であるし、すぐにでも否定したいが、今はそんな余計な事に頭を使うのはやめておこう。

強者同士の隙のない応酬を見るのには、どんな些末な考え事も邪魔立てにしかならない。

何も考えず、純粋に楽しもう。









「はあ、、、はあ、、、、。お疲、、れ」

「ロル兄のほうこそお疲れ。どうやった?」

「ほぼ、、、互角、、、だな」


作り込まれた一本の映画のような二人の戦闘は、体感にして一瞬で終わってしまった。

結果は両者の体力切れで引き分け。

ゾル曰く、もう少し続いていればバオジャイが勝っていたそうだが、ロルは深化を後一段階残していたそうだし、それを考慮すると引き分けという結果でも間違いではないのかな?

獣になる危険性があるそうで、あまり頻繁に最大深度までは使わないようにしているらしい。



「お疲れ様」

「お疲れ様ですバオジャイさん。もう動いて大丈夫なんですか?」

「ん」



息を切らしながら立ち上がってゾルと会話するロルに対抗してか、俺が近付くとバオジャイは疲れているとは思えない程軽やかに立ち上がった。

だが俺には分かる。

立ち上がる時に重力魔術と風魔術を補助に使った事が。

見栄を張る為だけに無駄遣いをするとは、、、。

まあ魔人は体を休めるだけである程度魔力が回復するらしいし、これくらい消費した内には入らないんだろうけど。



「バオジャイ姉ちゃんかっこよかったー!僕も戦いたい!!」

「私も私も!!ね!戦お!ね!」



魔術で体勢を保ちながら息を整えるバオジャイに、子供達が群がって来る。

ロルのほうには一人も寄って行かない。

ほんの少し、寂しそうだ。

しょんぼりするロルの姿を見てバオジャイがにやにやしていたが、それに激怒して第二ラウンドが始まらない事を祈っておこう。

勢い余ってバオジャイが魔術を使ったら、この集落が簡単に吹き飛ばされるからな。



「そういえば、ケイト君はどれくらい強いん?」



ふと投げ掛けられたこの質問には、どう返すべきだろうか。

戦闘狂の気のあるゾルには、下手な返しが出来ない。



「魔術を使わないと負ける」

「ほぉ~。バオジャイちゃんがそう言うって事は、中々やね」



俺が逡巡している間にバオジャイが答えてしまったせいで、ゾルの目が爛々と輝いてしまった。

何て事をするんだ、、、。

魔力を温存したいという打算的な考えとは別に、近接戦闘タイプと戦うのは純粋に怖いから嫌なのに。

狩りの時のような速度で距離を詰められたら避けられる気がしないぞ。



「精霊の力を借りれば、もっと強い」

「精霊の力?精霊魔術の事?」



おーいバオジャイさーん。

俺の評価を上げて戦闘フラグを立てるのはやめてくださーい。

と心の中で言ってみたが、どうやらゾルの興味は精霊のほうに移ったみたいだ。

これは、頃合いを見て紹介しようと思っていたキュイを出してあげる良い機会かな?




『キュイィ♪』

「な、なんやっ!?どっから出てきよった!?」




格納袋からキュイを取り出すと、一番近くに居たゾルを起点として、伝播するように周囲に居た獣人達に驚きが広がっていった。

格納袋の存在をロルやゾルを始めとした一部の獣人には話していたはずなんだが、それでもその中から生き物が出てくるとは思わないか。

今のキュイは、サイズもそれなりに大きいしな。



「紹介します。これが僕の契約した精霊、キュイです」

『キュイ!』

「こ、これが精霊、、?ほんまに言うてる、、?」



勇猛果敢な狼の獣人とは思えない程、へっぴり腰でそう尋ねてくるゾル。

意外や意外、真っ先に逃げると思っていた子供達は、興味深々にキュイを観察しながら近寄って来た。

まだ色々と知らない年齢な分、怖い事や避けたい事も少ないんだろう。



「お兄ちゃん。触ってもいい?」



俺の背後に隠れてキュイの後ろ姿を観察していた控え目な性格をした女の子が、ローブの裾をちょんと摘まみながらそう尋ねてくる。

服を摘まみながら上目遣いで尋ねてくる子供というのは何とも可愛いらしい、、、。

俺は一度キュイに聞いてから、女の子に許可を出してあげた。



「優しく触ってあげて」

「うん♪ありがとうお兄ちゃん」



許可を貰って恐る恐る触ろうとする女の子を、周囲の獣人が、大人子供関係なく固唾を呑んで見守る。

俺としてはただのほのぼのとした日常の一幕なんだが、注目を集める緊張の一瞬のようになってしまっている。

雰囲気に中てられてか、俺も少し、緊張をさせられた。

何か問題が起こる事はないと、一番分かっているはずなのに。



「うわぁ~、、、。ふかふかだぁ、、、」

『キュイィ♪』



目をキラキラと輝かせてキュイの羽の辺りを撫でる女の子と、気持ち良さそうに目を細めるキュイ。

なんと素敵な光景か。

カメラがあれば、絶対に撮影していた。

気分は動物園に娘と来た父親だ。



「僕も僕も!!」

「私も触りたーい!」



勇気ある女の子のおかげでキュイは打ち解け、子供達から大人達へと、みんなに好かれ始め受け入れられていった。

沢山の人に全身を撫でられてキュイは少し恥ずかしそうだったが、嫌そうにはしていなかったし大丈夫だろう。

またロンドルフ一族の縄張りの範囲をきちんと覚えたら、キュイの好きに飛び回らせてあげよう。




「この精霊の力を借りたら、ケイト君は結構強なるいう事やね」




その話、まだ続いてたのか、、、。



「どう?精霊の力ありで僕とやってみいひん?」

「いや、魔力の消費を抑えたくて、、、」

「ほやったら精霊も魔術も無しでやろうや。手加減はするで」



武人のような加護も祝福もなく、それどころか格闘技すら習った事のない俺がまともに戦えるわけないじゃないか、、、。


〝だが、これから魔力のない状況で戦う事を強いられたらどうする?〟


そんな考えが頭を過って、すぐに返答する事を拒まさせた。

バオジャイやロルのような高度な戦闘を覚えずとも、体の使い方を教えてもらっておけば、いざという時に自分の身を守る術となる。

それは、獣人域だろうと武人域だろうと魔人域だろうと、どこでも同じだ。

そして、戦い方を覚えてスタミナが付けば獣化を習得し、更に強くなれるだろう。

もっと強くなって色んな人と戦いたいなどという戦闘狂まっしぐらな考えではなく、ただ単に自分を守る術を持つべき努力をするというのは良い選択のように思えた。


でも相手はゾルだもんな、、、。

狩りの時のあの姿が頭から離れず、誘いを受ける事すら出来ない。



「でもあれやね。魔術抜き加護、祝福無しやったらケイト君にハンデが多過ぎるから、相手は僕やなくてマグ君でどう?」

「え?僕!?いいの!?!?」



決めかねている俺に、もうひと押しと言わんばかりにゾルが相手の変更を申し出てくる。

やり玉にあげられたのは、6歳の男の子のマグ君。

力加減を知らない子供はそれはそれで怖いなと思ったが、マグ君であれば全力で殴られても大丈夫だとバオジャイが後押しをしてくれた。

そんな事言ってるけど、バオジャイって加護持ちだったよな、、、?

だがまあ、うじうじ悩むのもなんだし、、、。



「お手柔らかにお願いします」

「やったああああ!!やったやった!!」



その場で飛び上がって喜ぶマグ君。

ここまで喜ばれると、悩みながらも受諾した甲斐があるというものだ。

念の為、篭手と脛当てを借り、深化はしないようにと言い含めておいた。



「僕まだ深化出来ないよ?」

「本当に?」

「うん!」



どうやら、嘘を吐いている様子はない。

深化が出来ないというのであれば、少しは安心出来るか。



「頑張って」



背中に優しく手を添えたバオジャイにそう言われ、緊張を隠すように深く息を吐いてマグ君と向き合う。

マグ君は防具を着けておらず、普通の服装をしているだけだ。

それでプライドを傷つけられたかと聞かれれば、即答で否と答える。

むしろ感謝をするレベルだ。

これで、俺がダメージを与える事が出来る可能性も出てきた。






「始め!」


「やあ!」





開始の合図と共に、陸上選手顔負けのスピードでマグ君が真っすぐ突っ込んでくる。

早い。

早いが、避けられない程ではない。


(小さく横に躱しつつ、懐に潜り込んでエアバーストを、、、、。)


もう少しで懐に潜り込める寸前で、そういえば魔術無しの戦いだった事を思い出す。

今まで近接戦闘であれ魔術を使う事を癖付けてたから、無意識に使ってしまうところだった。

だが、せっかく初撃を躱して懐に飛び込む事が出来たんだ。

エアバーストだけ解除して、握りこぶしを作る暇はなさそうだからそのまま掌底をマグ君の腹部に、、、。



「うっ」



丁度掌底が鳩尾に入り、マグ君が小さく声を上げる。

6歳の男の子に手を上げるのが今更になって申し訳なくなってきた、、、。

でも、手は抜かない。

掌底を受けてバランスを崩しながらもその場に着地したマグ君の横腹に蹴りを入れる。

助走も何も付けてない、そこへ足を置いただけの蹴り。

それでもバランスを崩した状態で体重差のある俺から繰り出された蹴りはそれなりの威力があったようで、マグ君は体勢を整えようともがきながら地面に倒れていった。

これで上に乗ってマグ君が参ったと言うまで押さえつければ勝ちだ、、!



「ん、、、しょっ!」

「あッぶ!」



押さえつける為に近付いたところ、両手の平をブリッジをする時のように顔の横に置き、膝を曲げて腰を浮かせて勢いを付けたマグ君が、揃えられた両足の蹴りを俺の顔付近目掛けて繰り出してきた。

幸い避ける事は出来たが、振り返るとそこには体勢を整えたマグ君の姿が。

せっかくいい感じに攻撃が入っていたのに、振り出しに戻ってしまった。

次は、どう攻めようか、、。












「そこまで!」


ロルの終了の合図と同時に、大の字で地面に身を預ける。



「ぜぇ、、、、はぁ、、、疲れた、、」



勝ったのはマグ君。

結局、まともに連撃が入ったのは最初だけで、攻撃パターンを読まれてからはマグ君の独壇場だった。

それでもマグ君の攻撃力の低さのおかげで殴られながらも何とか耐える事が出来ていたんだが、体よりも先に体力が限界を迎えてしまった。

縦横無尽な攻撃を必死に躱したり防いだりしていたせいで、足はもうがくがくだ。

しばらくは動けそうもない。



「ありがとうお兄ちゃん!楽しかった!」

「ぐっ、、」



満面の笑みで、寝転ぶ俺の腹部に抱き着いてくるマグ君。

勢いが付き過ぎてお腹の中のものが出るんじゃないかと思った。

腹部を守ってくれる防具も欲しい、、、、。

でもそれだと機動力が下がるのかな?

あれだけ避けていたはずの殴り合いの戦いなのに、いざ終えてみるとどこを改善すればよくなるんだろうかという事ばかりに頭を使っている自分がいた。


(これが戦闘狂の入口か、、、?)


お腹に女の子が乗る某有名映画の三文字のモフモフのような気分を味わいながら、そんな考えを頭を振って追い出した。

マグ君との闘いが楽しかった事は認めるが、俺は決して戦闘狂への第一歩を踏み出したわけではない。



「お疲れ様。どうやった?」

「しんどいですけど、楽しかったです」

「そうかそうか。それはええことや」



まんまと乗せられてしまったが、楽しかった事は事実だし、否定してもどうせ既に隠せていないだろうから認めざるを得ない。



「ケイトも一緒に鍛える?」



鍛える、、、。

うーん、どうしようか。

俺の頭上で三角座りをしたバオジャイからの問い掛けを黙考する。

相手は6歳とはいえ、魔術を使わずでも攻撃を当てられると知れたのは嬉しかった。

鍛えれば、もっと攻撃を当てられるようになるんだろう。

もしかすると、大人は無理だとしてもマグ君やもう少し大きい子供にだって勝てるかもしれない。


(攻撃が数回当たっただけで嬉しかったんだ。勝つ事が出来たらもっと嬉しいんだろうな、、)


そこに獣化や魔術を組み合わされば、どんな手合いであってもある程度自身を防衛する事が出来る。

多くは望まないけど、死の恐怖から自力で逃れられるくらいには強くなりたいよな、、、。



「お願いできますか?」

「ん」



闘いを終えたばかりでハイになっていたのかもしれない。

それでも後悔はない。

今はまだ、ロンドルフ一族で下から3番目くらいの強さしかないマグ君に負ける程度の力量だが、これからこの集落で鍛えていって、魔力が切れても何も出来なくなくなるくらいにはしておこう。

そんな自分の姿は、今はまだ想像出来ないけど。




「ご飯出来ましたよー!」




今はとりあえずご飯を食べて精を付けよう。

お腹空いた、、、。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ