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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
八章
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七十二話「鬼人の郷里」



「ケイト。起きて。ケイト」

「んぅ、、。リビィさん?」


見慣れない部屋で目が覚める。

それが昨日から泊まっている羊の集落で貸してもらった家だとはすぐに理解出来たが、リビィは確か、別の部屋で寝てたんじゃなかったっけか?

リビィと同部屋で寝ていたバオジャイの姿も、部屋の入口辺りに見える。

寝惚けて迷い込んだ、、、?



「眠いと思うけど起きて。出発するよ」

「へ?あ、はい」



何が何だか分からないまま、リビィ達が部屋を出るのを待って着替え、頬を抓って気持ちばかりマシになった眠気を持って三人で家を出た。

鍵はないから戸締りはいいよな?

書き置きを残しておいたらしいし、突然いなくなったからといってタットが驚く事はないだろう。

同じ家の別の部屋に泊まっていたセナリにだけでも挨拶をして出発したいが、、。



「ごめん。まだ怖いの」



弱く首を横に振ってそう言うリビィの気持ちを尊重して、セナリへの挨拶はやめておく事にした。

目的であった安否の確認は出来たし、贅沢は言わないでおこう。

どのみち、暫くは獣人域にいる。

またリビィが落ち着き次第、遊びに来ればいいだろう。


それにしても、まだ陽が昇っていないが何時なんだ、、?

眠い、、、。










「おはようございます。どちらまで?」


日の出と共に到着したのは、昨日トンネルを抜けて来た先、獣人域の出口の近くにある物見櫓。

上へと至る梯子の下で腕を組んで立ったまま瞑想していた獣人が、俺達の気配を感じて話し掛けてきた。

全装獣化した状態のピノと同じような見た目をしているし、鷲の獣人で間違いないと思う。

口元には、厨二心が擽られるペストマスクが装着されている。

あの中に嘴が隠れているんだろうか?

だとしたら、随分窮屈そうだ。



「ロンドルフ一族の集落まで。頼める?」

「問題ありません。準備をして参りますので、こちらで少々お待ちください」



そう言って鷲の獣人は梯子を上っていった。

せっかく立派な翼が生えてるのに、飛んで行かないんだな。

飛んでいる姿はさぞかしかっこいいだろうに。






ピィーーーーーー。






口笛?

物見櫓の上のほうから、高く、張りのある耳鳴りにも似た口笛のようなものが聞こえてきた。

その音が少し離れた位置にある山に当たり、山びことなって返ってくる。






ピィーーーーーー。






聞こえるごとに弱くなっていく山びこが収まったと思うと、すぐさま同じような音がどこからか聞こえてきた。

はっきりとした音だし、山びこではないと思う。

音で信号を送り合ってるのだろうか。

メヒトが使っている、共鳴の鈴のように。




バサァッ───。


「お待たせしました」




もう音は聞こえないのかなとキョロキョロと辺りを見回していると、上から先程の獣人が舞い降りてくる。

降りてくる時は翼を使うのか、、、。

俺が魔力を温存しているように、この獣人も力を温存しているのかもしれない。

ただ単に、手に持っている気球のバスケットのようなものが邪魔で梯子を降りられなかっただけかもしれないが。


、、、ん?


バオジャイが移動先を伝えた。

相手は鷲の獣人。

持ってきたのが気球のバスケット。

もしかしてかなり原始的な移動方法を今からするんじゃないか、、?



「どうぞ中へ」



うん。

嫌な予感が加速する。

半分から上に取り付けられた扉を開けて、少し窮屈に感じるバスケットに三人で入る(・・)

乗る、ではない、入るだ。

その時が来るまで、決して目を逸らす事を止めないからな。



「それでは、出発します。あまり身を乗り出しませんよう、お願い致します」



パイロットが着けるようなゴーグルを着けた鷲の獣人が、バスケットの対になる二辺をがっしり掴む。

頑丈な素材で作ってあるのか、鋭い爪が食い込む様子はない。





バサッ───バサッ───。





鷲の獣人が、準備運動のようにゆっくり翼を上下に揺らす。



「え、ちょ、ちょっと、どこ掴んでたらいい!?ねえ、ケイト!」



声を張る元気が出てきたようで何よりだが、やめてくれリビィ。

俺は今現実逃避の真っ最中なんだ。

決して認めてはいけない。

まだ大丈夫。

まだ俺が想像している結末以外を迎える確率はある。





バサッッ───!!!!





抵抗虚しく、想定していた通りの結末を迎えてしまった。

鷲の獣人が一際大きく音を立てて翼を下へ打ち下ろすと、マンションの10階くらいの高さはある物見櫓の上付近までほぼ垂直に飛び上がった。

空中とはいってもバスケットが傾けられているわけではないし安定感はあるんだが、、、。



「ひっ、、。怖い、、」



飛翔魔術を習得していないリビィは怖いよな。

習得している俺でさえ、他人に空中で運ばれるのは怖い。

リビィは俺の服を掴んで、昨日とは違う感情で体を震わせていた。



「ちっ」



なんで舌打ちしたの鷲の獣人さん。

狙ってやってるわけじゃないのに。

絶世の美女であるリビィがすぐ近くにいる今の状況に、幸せは感じてるけど。

そう考えたのが悪かったのか、それとも元々そういうアトラクション的要素を含む乗り物なのか、バスケットは高度を保ったまま、かなりのスピードで中空を進んでいった。

たまたま掴んでた手を緩めたタイミングで急加速したせいで、ちょっと体が浮いて生きた心地がしなかった。

落ちたとしても自分で飛べるというのに、何故こんなにも怖いんだ。

何というか、古いタイプの個室になっていない観覧車に乗っている気分だ。

高速移動付きな分、こっちのほうが恐怖感はあるが。






「良い景色だね、、、」


加速の後に速度を緩められた空の旅。

出発から30分くらいだろうか。

安定感に安心してバスケットに取り付けられた小窓から顔を出すまでに慣れたリビィが、景色を見下ろしながらそう言った。

リビィの言う通り、広大な自然の広がる獣人域の景色は、中々に壮観だった。

武人域や魔人域にも自然の豊かなところは勿論あったが、そのどれとも違う気がする。

どこが違うのかと聞かれても、明確な答えは出せないんだが。


獣人域は森や山や、水場や平原。

そういった自然のものだけでなく、人工的に拓かれた空間に造られた集落や、その周辺にある牧場や農場も点在している。

その全てが馬車で移動が必要な程の距離を保っているのは、やはり縄張り意識のようなものが強くあるからなんだろうか。

これからバオジャイの育ての親の集落で生活させてもらう事を考えれば、どこからは他の種族の縄張りなのかという事も教えてもらわなくてはいけないかもしれない。

間違って縄張りに入ってしまって襲われたとしても、悪いのはルールを無視したこっちで、向こうからすれば正当な権力の主張、力の振るい方だからな。

揉め事になればバオジャイやお世話になる集落の人達にも迷惑が掛かるし、ふらふらしないように気を付けよう。


(あ、そうだ)


ふと思い付いて、鞄から格納袋を取り出す。

驚かせないように、念の為確認は取っておいたほうがいいか。



「すみませーん」



鷲の獣人に話し掛けてみたが、反応はない。

聞こえてないのか、無視されてるのか。



「どうしたの?」

「せっかくの機会ですし、キュイを一緒に飛ばせてあげようと思って」

「ん。聞いてみる。ジョン!」

「なんでしょう?」



バオジャイが呼ぶ声に反応して、鷲の獣人が飛んだまま顔だけを向けてくる。

ペストマスクの先端が近付いた。

ちょっと怖い。



「ケイト」

「あ、はい。ペット、、というか相棒の鳥を一緒に飛ばせてあげようと思うんですが、いいですか?」

「意思疎通の出来ない獣とは、共に飛ぶ事は出来ませんよ」

「獣というか何というか。見た目は鳥ですし実体もあって意思疎通も出来る精霊です」

「意思疎通が出来て実体のある精霊、、ですか?」

「はい」

「俄かには信じ難いですが、、、、。まあいいでしょう」



精霊とそれなりに関わりのある魔人から見ても、キュイという存在は特異なんだ。

遠く離れた場所に住む獣人からすれば、俺が嘘を吐いているようにしか思えないだろう。

疑われている状態でキュイを出して驚かれたら、バスケットが揺れそうで怖いんだけどな、、、。

まあ、考えていても仕方ないか。


(キュイ―、出ておいで―)


心の中で呼び掛けながら、バスケットの外で格納袋を(まさぐ)る。

体が飛び出ないようにリビィに掴んでもらっているが、それでも半身を乗り出すのはちょっと怖い。

自分の体もそうだが、格納袋も落とさないように気を付けないと。





『キュウゥイ♪♪』


「あっ、あぶなッ」





フラグなんて立てるんじゃなかった。

俺の心配通り、キュイが横に並んだ途端、その姿に驚いたジョンが体勢を崩した。

リビィが必死に体を押さえてくれていたおかげで落ちずに済んだが、流石に肝が消えたな、、、。



『キュキュイ♪』



だが、その対価にずっと窮屈な思いをさせていたキュイの羽を伸ばしてあげられたんだ、怪我をしたわけではないし、これくらいは我慢しよう。

そこから暫くの間、バスケットから顔を出す事すら出来なかったのは仕方のない事だと思う。







「ぜぇ、はぁ、、。中々、、、やりますね、、、」

『キュゥイ♪』


何故かキュイにライバル意識を燃やしたジョンによるレースが行われたせいで、目的地の最寄りの物見櫓に着く頃にはキュイとバオジャイ以外がげっそりとしていた。

勿論、俺も例外ではない。

キュイの力を借りて全力で飛び回る時の半分以下のスピードしか出てなかったはずなのに、なんでこんなにも疲れるんだ。

それと、なんでバオジャイは平気どころかちょっと楽しそうなんだ。

キュイがまたやりたそうに俺をじっと見つめてくるが、もう絶対にやらない。

もしやるとしても、魔力に余裕がある時で、俺はバスケットに乗らずに並走する。

予想外の揺れ方で振り回されるのはもうこりごりだ。



「行きましょうか」

「ん」



息を整えるのを待たずに飛び去ったジョンを見送り、バオジャイの案内で歩いて1時間程だという集落へ向かう。

日本に居た頃は1時間も歩いて移動するなんて考えられなかったが、徒歩での移動に慣れたからか、1時間でも短いとさえ感じるようになってきていた。



「キュイ、拗ねてたね」

「そうですね。珍しく」



そのまま飛んで行こうとしていたキュイだったが、ジョンに聞いてみると、外的だと思われて襲われかねないという事だったので、再度格納袋に入ってもらっている。

特段、抵抗らしい抵抗はなかったが、格納袋へ嘴を入れるキュイの目は少ししょんぼりとしていた。

罪悪感はあるが、これもキュイの身の安全を思っての事なんだ、、、。

今度沢山飛ばせてあげるから、今は暫く我慢していてくれ、、。

到着後に許可が貰えたら、真っ先に出してあげよう。

そんな考えが何となく、子供の機嫌を取る親のもののように思えた。

体のサイズは、もうキュイのほうが大きいけどな。





「あれ」


バオジャイが指差す先、見えてきたのは木々の隙間の向こうに見える開けた場所。

まだ100m程先だが、中々に規模が大きいのが分かる。

羊の獣人の集落よりは広いんじゃないだろうか。



「とーちゃく」



珍しくご機嫌を隠そうともしないバオジャイが、二本の木の間から軽くジャンプして、集落に両足で降り立つ。

助走も付けずに軽く飛んだだけなのにも関わらず50cm近くの高さが出ていたのは、やはり武人の血が入っているからなんだろうか。

試しに飛んでみたら、着地点にあった木の根っこで足をぐねりそうになった。

慣れない事はするもんじゃない。



「バオジャイちゃん!バオジャイちゃんじゃない!!」

「ん。ただいま」



出迎えてくれたのは軒先で洗濯物を干していた若奥様風の獣人。

柔らかく微笑み〝ただいま〟と言うバオジャイは、今まで見てきた中で一番幸せそうな表情をしている。

いや、一番幸せそうな表情だったのはローストビーフを初めて食べた時かな?

それと同等かそれ以上の感情を今胸中を満たしていると思うが、感じている幸せの質が違うような気がする。

もっと優しくて温かい、例えるならばなんだろうか、、。

バオジャイを抱きしめる獣人と幸せそうに微笑むバオジャイの様子は、家族もののドラマのワンシーンのようにも見える。

実際近くで見ている分、より温かみは感じるが。

久しく温かい感情とは無縁の生活をしていたから、こういうのを見るとほっこりするな。

一瞬、セナリと自分の姿を重ねてしまって心がずきりと痛んだが、すぐに頭を振って映像を追い払った。

あまり、悲観的になるのはよくない。

いつも通りの俺らしく、楽観的に考えていこう。

俺と同じように一度暗い表情を浮かべたリビィの横顔を見て、強くそう言い聞かせた。

弱ってきている自分の心に。




「みんなー!バオジャイちゃんが帰ってきたわよー!!」




すぐ後ろにいた俺とリビィに気付く様子もなく、集落の中心に小走りで向かって行きながらバオジャイの帰還を報せる若奥様風の獣人。

久し振りに会えて嬉しさが爆発してるんだと思うが、気付いてほしかったなー、、、。




「よく帰ったなバオジャ、、、、誰だ貴様らは!?」




やっぱりこうなるか、、、。

警戒心を剥き出しにして、自分達の大事な家族を守ろうとする狼の獣人達に、バオジャイが簡単に説明する。

俺とリビィが理人である事、魔人域に居られなくなった事、これからここに住ませてほしいという事。

分かりにくさのあるバオジャイの短く切られた言葉でも聞き返す事なく、狼の獣人達は時に憐憫の目を俺達に向けながら説明を最後まで真面目に聞いてくれた。

子供の獣人がバオジャイの周りをぐるぐると回っていてなんとも締まらない光景ではあったが。



「辛かったな、、、。ここまでよく頑張った」



そう言って、その逞しい腕からは想像も出来ない程優しく、狼の獣人の男が俺の肩に手を添えてくる。

爪は鋭く、手の甲から背中に掛けてまで狼を想起するような毛に覆われていたが、手の平から脇に掛けては普通の人間と同じだった。



「紹介する。ロル」

「ロル・ロンドルフだ。この集落の長をやらせてもらっている。バオジャイの親でもある」

「ん」



なんと。

真っ先に俺の元へ来て優しく肩に手を置いてくれたのは、バオジャイの育ての親だった。

バオジャイののんびりした感じとは似ても似つかない豪快な印象を受けるが、優しく穏やかな目からは親が持つ特有の包容力のようなものを感じられた。



「ケイトです。これから宜しくお願いします」

「リビィです。お願いします」

「ああ。我らロンドルフ一族は、バオジャイの友、ケイトとリビィを歓迎しよう」



固い握手と共に、歓迎すると受け入れてくれるロル。

初対面だというのに、何とも温かい。

バオジャイは変なやつを連れて来ないだろうという信頼に基づくものなんだと思うが。





「よっしゃあ!お前ら!宴会の準備をしろ!!」

「「「おおおおおおお!!!!酒だ酒だああああ!!」」」





宴会?酒??

まだ昼前なんだけど?



「お祝いの宴会」

「お祝い?」

「ん。二人に出会えた事のお祝い」



嘘を吐く様子もなくバオジャイにそう言われると、何だか少し、むず痒くなった。

バオジャイの視線が運び出される酒に引き寄せられたせいで、言葉の信憑性を疑ってしまったが。

お祝いに託けて、酒を飲みたかっただけなんじゃないのか、、、?

だがまあ、時には全て忘れてどんちゃん騒ぎをする事も大事だろう。

深く考えず、宴会に参加しよう。

そうと決まれば、、。



「準備手伝います!」

「私も!手伝います!」



準備から手伝って、恐縮せずに心置きなく宴会を楽しもう。

久し振りのお酒、楽しみだ。











「いけ!ローマー!そこだ!」

「ああ!何やってんだよアルマ!今のは躱せただろ!!」


時刻は夕方。

何故か肉料理と酒だけの宴会は楽しく、開始から数時間は経っていると思えないほど、一切の疲れを感じなかった。

緊張もあってあまり酒を飲んでいない事も関係しているのだと思うが、それでも宴会特有のどんちゃん騒ぎの渦中に放り込まれればいつもすぐに疲れてしまうのに。

でもそういえば、こっちに来てからはこういうの初めてだったな。

自分でも気付かない程心の奥底で、久しぶりの宴会を楽しんでいるのかもしれない。



「必殺!回転蹴りッ!」

「空振ってんぞアルマー!しっかりしろよ!」

「うっせーな!わあってんだよ!」



集落の中心に用意された焚火の側の椅子に座って見ているのは、焚火を挟んで向こう側で行われている決闘。

決闘とはいっても何かをかけた真剣なものではなく、宴会でテンションが上がった獣人同士のじゃれ合いみたいなものだそうだ。

宴会の途中、キレ芸の如く大声を上げて胸倉を掴む様子を見た時はかなり焦ったが、周囲がヘラヘラしていたし問題ないだろうと判断して見ていたらいつの間にか始まっていた。

自分が巻き込まれず、尚且つ双方が楽しんで行っている決闘を見るのは中々に楽しい。

殴り合いながらも笑顔なのはちょっと引くけど。



「ん」

「あ、ありがとうございます」



俺が座っている四人掛けの長椅子。

一人しか座ってないからたっぷりスペースはあるのに、バオジャイは俺のすぐ横に腰掛けて酒の入ったグラスを差し出してきた。

酒好きのバオジャイが酒を渡すなんて珍しい。

正直今は体を休めてる最中だったのであんまり飲みたくないんだがせっかくの好意だ、一口は飲もう。



「んっ!げほげほっ!これ、きついですね、、」

「ん。んふふ」



分かってて渡してきたのか、、、。

俺が望み通りのリアクションをして嬉しいのか、バオジャイは口を結んだまま上機嫌そうにによによしている。

これはあれだな。酔ってるな。

お酒もそうだが、場の雰囲気がバオジャイをいつもと違った雰囲気にしているのだと思う。

斯くいう俺も、凭れ掛かってきて両手でグラスを傾けるバオジャイを何の動揺もなく受け入れられるくらいには、酒で肝が据わり始めているのだが。



「お、お前ら、そそそそ、そういう関係だったのか!?」



薄々勘付いていたが、やはり身を寄せ合う俺とバオジャイの姿は、想いを寄せ合っている男女のそれに見えるらしい。

俺がバオジャイに抱いているものは恋愛感情ではなくて尊敬の念だし、バオジャイも俺の事を弟子くらいにしか思ってないだろう。

良くて友達くらいかな?

だからロルがコップを落としそうなくらい手を震わせて心配するような事はないんだが、親としては娘の恋愛事情というものは必要以上に意識してしまうのかもしれない。



「すー。すー」



そんなロルの心配も、どうやって弁明すれば分かってくれるかなと考える俺の思案も気にせず、バオジャイは俺に凭れ掛かったまま眠ってしまった。

改めて近くで見ても、精巧なビスクドールのような綺麗さがあるな、、。

酒を持ってなければ、だが。



「お、俺はまだ認めたわけじゃないからな!」



ああ。

問題が山積みだ、、。

現実逃避をするように酒を一気に煽ったロルに弁明するのも大事だが、とりあえず先にバオジャイをさっき教えてもらったロルの家まで運ぶか。

この行動のせいでロルの不信が高まり、戻って来た時に弁明するのに時間を要してしまったという事をここに追記しておこう。









「さっきは取り乱してすまなかった、、」

「いえいえ。紛らわしい事をしてすみません」


弁明を終え、ロルと横並びで焚火を眺める。

一度水を挟んだおかげか、もう幾分か落ち着いている様子だ。

肝臓を休ませる間もなく、メヒトに持たされた火酒を傾けているが。

ロルが飲んでいる火酒は、俺にはちょっと強かった。



「あいつの事はな、血は繋がっていないんだが、本当の子供のように思っているんだ」



辺りが暗くなり、騒ぎ疲れて休む者が増えてきた中、ロルが静かにそう呟く。

焚火に照らされた顔は、確かに子供を想う親のものだった。



「あいつの父親が武人だという事は聞いてるか?」

「はい」

「その父親、名をリドルというんだが、あいつは俺の契約者であり、友だった」



過去を振り返り、ロルは寂しそうな表情を浮かべる。

リドルと何度も酒を飲み交わした過去、時には喧嘩をした過去。

守りたい人が出来たから契約を交わしてくれと、頭を下げられた過去。

そんな二人の思い出を、ぽつりぽつりと話してくれた。

俺は余計な口を挟まず、最低限の相槌のみで耳を傾ける。

時には笑いや愚痴を交えながらだったが、ロルの声は終始寂しそうだった。



「出会った頃は自分の事しか考えられなかったような餓鬼だったが、それがいつの間にか色々な事を学んで、ついには守る者を見つけたと言ってきた。そんなものがなくとも俺はあいつと契約を交わすつもりではあったが、その言葉を聞いて受け身ではなく、自分からこいつと契約したい。と思わさせられてな」



その晩に飲んだ酒は今までで一番美味かったと、ロルは教えてくれた。

ほんの少し、気恥ずかしそうに。



「いつか子供を見せるとあいつは約束してくれた。確かにその約束は果たしてくれたんだが、、、」



当時4歳のバオジャイをロルの元へ連れて来たのは、リドラではなくその友人。

ロルは、友人の訃報という悲しみと、子供を見られたという喜びを同時に感じ、自分でもよく分からない感情が心に溢れ返ってしまったんだそう。

バオジャイを育てると決めるまでの数日間の記憶は曖昧でよく思い出せないと、辛そうに零した。



「俺が育てた事があるのは勿論獣人だけだ。バオジャイを育てる事に不安がなかったと言えば嘘になる。

だが、遺言を聞けずして、どうしてリドラの友だと語れようか。数日間悩みに悩んだ後、バオジャイを育てる事を決意した。最後はやけっぱちだったかもしれないがな」



武人同士の子供なら、まだ気楽に育てられたんだがな、とロルは最後に付け足した。

当然魔術の知識のないロルは、俺が教えられるのはこれだけだと、バオジャイの体を鍛え、一人で生きていける術を身に着けさせた。

実の両親にもう会えないのを理解していたバオジャイは、最初こそ内向的でロルを始めとした獣人達を警戒してすぐ泣いてしまうような子だったらしいが、二年の歳月を掛けて徐々に徐々に心の距離を縮めていったらしい。

初めて同じ部屋に布団を敷いてくれた時は、嬉し過ぎて寝られなかったそうだ。

話を聞くだけで、その光景が目に浮かぶな、、。

恥ずかしそうに部屋にやってきて無言で布団を敷き、眠りにつくバオジャイ。

最初は驚きで何が起こったか分からないが、時間を置いて理解し、によによと表情を緩ませるロル。

うん。

浮かぶ光景は完全に親子のそれだ。



「そんなあいつが、世界最強と言われるようになるとはな、、、。祝福が〝敵意感知〟だと分かった時は、一人で生きていけると確信して魔術を学びたいというあいつを快く魔人域に送り出したが、遠く離れた獣人域まで名を轟かせるようになるとは思いもしなかった」



バオジャイが得た祝福は、〝敵意感知〟らしい。

死角からでも、寝ていても、自分に敵意を向ける存在がいれば気付く事が出来るそうだ。

初めて会った時に寝起きでジャヌーを屠ってたのは、この祝福のおかげだろう。


それにしても、やっぱりバオジャイは祝福を持っていたか、、。

魔術の腕だけ考えても手に負えない程の強者なのに。

まるで、異世界物によくあるチート主人公のようだ。

この世界は異世界人に厳しいけどな。



「だがあいつは強くなり過ぎた。武人域ではそうでもないらしいが、魔人域ではほとんどの魔人に恐れられている」



勝手に三賢者に選出されて、今まで散々混血だと馬鹿にしてきたのに聖戦の魔人側の代表にされて、結果、聖域という恵みを魔人に齎した。

その結果としてバオジャイに待ち受けていたのは、殆どの魔人から向けられる理不尽な畏怖。

友達だった人も疎遠になっていき、魔人域に住み辛くなってしまったバオジャイは、武人域へと移住したんだそう。

馬鹿にしていた人を都合よく利用して突き放す。

どこの世界でも、同じような事は起こるものなんだな、、、。



「心の準備が出来ていない分さっきは動揺してしまったが、俺はあいつが心を許せる相手を見つけた事を本当に嬉しく思っている。言葉少なで考えている事が分かり辛く、子供のような見た目で女としての魅力は乏しいかもしれないが、どうかこれからも仲良くしてやってくれ」



それは勿論友人としてだよな?

変な意味じゃないよな??


ロルの言い回しに不安を覚えたが、俺も酔っていたのだろう。

特に否定する事もなく、諾と伝えた。

願わくば、行き過ぎた関係を望まれていない事を祈っておこう。

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