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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
八章
73/104

七十話「最強の盾」



久し振りに、夢を見た。

暗闇で一人すすり泣く少女の手を引いて、どこにあるかも分からない光を探す夢。

結局光は見つけられたのか、少女が誰だったのかどんな顔だったのか、それらは目が覚めた途端にどこか記憶の彼方へと消え去ってしまった。

確か、絵画から出てきたような綺麗な顔をした少女だったとは思うんだが、どうにも思い出せない。

それに、何というか。

とても、悲しい夢だった気がする。

探していた光はおそらく希望の比喩だと思うから、それを探していたというのは前向きな話だったんじゃないかと思うんだが、、、。

それでも悲しいという感情が残っているという事は、結局光を見つけられずに終わってしまったんだろうか。

今すぐにもう一度寝ればもしかすれば続きを見られるかもしれないが、何故か続きを見ようと思えないんだよな、、、。

たかだか夢の話だ。

深く考えるべきではないんだろうけど。



「ケイトおは、、、、泣いてるの?」

「え、、?」



仰向けで寝る俺の顔を覗き込んだリビィに指摘されて、漸く頬を滴る一条の涙の存在に気が付いた。

渇いていないから、おそらくついさっき流したものだとは思うんだが、起きたのは今だし寝ている間に流したんだろうか。

益々、見た夢の内容が気になる。

少女の正体と、結末と。

また見る機会があれば、その時は起きてからも覚えておけるようにしよう。



「おはようございます、リビィさん」



涙の痕を拭って上体を起こし、リビィに朝の挨拶をする。

場所は昨晩訪れた村の、村長の家の一室。

布団を貸してくれたおかげで、久しぶりにちゃんと体の疲れが取れたような気がする。

ココットの宿に泊まった時は、屋内ではあったが床に直接寝たしな。



「大丈夫なの?」

「はい。なんで涙が出てたのかも分からないくらいです」



うん。

嘘は吐いてない。

夢の内容は覚えてないから、詳細な理由は分からないしな。

尚もリビィは心配を表情に貼り付けていたが、無理矢理自分を納得させてバオジャイを起こしに行った。

あまり追及されても答えられる事がないし助かった。



「よく眠れましたかの?」



三人で軽食を食べていると、杖をついた村長がやってきた。

もう、すぐにでも倒れそうな弱々しさは見られない。

やっぱり昨日のあれは演技だったんだろう。

重力を上げられても最後まで膝を着く事はなかったし、本当はかなり足腰が強いんだと思う。

シンプルな力比べをしたとしても負けてしまいそうだ。



「おかげさまで。布団はどこに置いておきましょう?」

「元より余っているものじゃ。持って行って下され」

「いいんですか?」

「よいよい。理人に使ってもらえるというのであれば、今まで仕舞われていたその布団も報われるじゃろう」



何というか。

忌避される存在であるという認識に慣れていたから、何もしていないのに敬われるというのは少しむず痒い。

武人域に技術や知識を伝えた先人達に感謝をしないといけないな。









「もう行くの、、?」

「ん」


村長と別れを済ませ、村を出ようとしたところ、村長の家の前から後ろをとことこと付いて来ていたイリ少年が、バオジャイの服の裾をチョンと掴んで寂しそうな表情を浮かべた。

昨日、バオジャイの境遇を聞いてから思うところがあったのか、初対面で襲い掛かろうとしてきていた少年とは思えない程、しおらしくなった。

相当な暗器の使い手であるという前情報がなければ、無害な小動物のようにも見えてくる。



「その、えっと、、」



バオジャイの服の裾を掴んだまま、イリ少年が何かを言おうともじもじしている。

昨日のように暴言を吐く事はないと思うが、何を言おうとしてるんだろうか。



「昨日は、ごめんなさい!!その、システィオーナお姉ちゃんの事全く知らなくて、魔人だって勝手に決め付けて、、、。本当に、ごめんなさい、、、」



どうやらイリ少年は、わざわざ謝る為だけに朝早くに起きて村長の家の前で待っていたらしい。

ここまで来ると、本当に昨日と同じ人物なのかと不安になってくる。

まあおそらく、そこまで人を変えてしまう程、この村の人達にとって魔人への恨みというのは大きいものなんだろう。

イリ少年も、本当は見境なく襲ったりなんてしたくなかったのかもしれない。



「ん。怒ってない」

「ほんとに?」

「ん」

「ほんとのほんとに?」

「ん」



ん?

バオジャイに頭を撫でられるイリ少年の表情に、ほんの少し違和感を覚えた。

何故頬を染めているんだイリ少年。

純粋に謝りに来ただけかと思ったが、そういうわけではないのかもしれない。

小さくても男、なんだな。

年の差はかなりあると思うけど、応援してるよ、イリ少年。



「またね」

「うん!また来てね、システィオーナお姉ちゃんにリビィお姉ちゃん!!」



あっれー、、おかしいな、、。

俺も名前を伝えたはずなんだけど、、、。

もしかしたらだけど、一緒に旅をしているというだけで恋敵認定されてしまったのかもしれない。

俺がこんな美女達と付き合えるわけないだろ!!

と声高に主張したかったが、悲しくなるからやめた。


今日は、何もない平和な一日になるといいな。






「に、逃げろおおおおおお!!!」






村を出発して暫く。

遠くから叫び声が聞こえる。

変なフラグを立てるんじゃなかった、、。

いつになったら俺は、平和に暮らす事が出来るんだ。



「何かあったのかな、、、」



不安そうな表情を浮かべるリビィを守る形で前を歩き、叫び声が聞こえた方向、町へと歩いていく。

しおらしくなったイリ少年を見て緩んだ気を、引き締めないといけないかもしれない。

なぜなら、叫び声の中に微かに、銃声が混じっているのが聞こえたから。

ほぼ間違いなく、街中で銃の国の人間が暴れているんだろう。

騒ぎが収まるまで離れていたほうがいいんだと思うが、銃の国の人間が捕まったかどうか目で見て確認しておかないと、汽車に乗っている間もずっと不安だしな。

危険はあるかもしれないが、慎重に、騒動の確認をしに行こう。



「ケイト。こっち」



先行していたバオジャイが、駅の外壁に身を隠して手招きする。

こそこそとホームを覗き込んでいるが、まさかそこでテロが行われてるのか、、?




パァン───。


「くくくっ、、はーはっはっ!!簡単に死にやがるなゴミ屑ども!やはり銃は最高じゃないか!!」




銃声が響き渡り、逃げようとしていた駅員が撃たれる。

倒れ伏して少しもがいた後、ピタリと動かなくなってしまった。

同じ様に血溜まりに伏して動かなくなっている人がホームに十数人見られる。


だが、見た限りでは事態は収束に向かっているのだと思う。

銃の国の人間らしき人物はほとんどが倒れ伏していて一人しか立っていないし、その周囲は昨日の高圧男の一向が囲っている。

距離を詰められずにいるのは、人質を取られているからだろう。



パァン───。


「ぐッ!」

「近付くんじゃねえ!!一歩でも近付く度に、こいつの体に穴が増えるぞ!!」

「私の事は気にせず、この男を───」


パァン───。


「つッ、、!」

「うるせえんだよ」



人質に取られているのは、高圧男の仲間。

長引けば失血死してしまうし、近付いても仲間の体に穴を増やしてその内死に至ってしまう。

ここから動きがあるとすれば、仲間を犠牲にして特攻するか、大人しく引いて相手を逃がすか、そのどちらかだろう。

だが、遠距離から気付かれずに発動出来る魔術があれば話は別。

今居る場所からは届かないが、近付けばこれ以上人質の傷を増やさずに犯人を無力化する事が可能だ。



「バオジャイさん。どうしますか?」

「ここで待つ」



バオジャイの返答は、意外なものだった。

助けられる命があるなら助けたほうがいいと思うんだが、、、。

本当は、今すぐにでも犯人の背後に回って奇襲を仕掛けたいところではあるが、俺にはカマドウマに襲われた時に短慮でバオジャイに迷惑を掛けた前科がある。

助けに入って悪化するようになっては目も当てられないし、ここは素直に従ってじっとしておこう。



「人質なら、俺が代わろう。そいつを離してやってくれ」

「なッ!?団長!いけません!」


パァン───。


「うるせえな。黙ってやがれ」



団長と呼ばれたのは俺達を貨物車両に追いやったあの高圧男。

人道的ではない考えの持ち主だと思っていたが、仲間は大事にするらしい。

犯人を刺激しないようにそっと盾を下に置き、自分が人質になると申し出た。



「はっ!そんな手に乗るかよ。盾を置いたまま後ろを向いて、ゆっくりその場を去れ。おい!周りにいるおめえらもだよ!ぐずぐずすんじゃねえ!!」



人質を代わると申し出たのは悪手だったのかもしれない。

仲間を思いやる気持ちが強いと確信した犯人は、人質のこめかみに銃の先端を押し付けて言いたい放題の要求をした。

どうせ、後ろを向いた瞬間に自分を囲っている者達を撃ち抜くに違いない。

高圧男も同じ考えなのか、決して後ろを向こうとしない。

何か考えがあるのか、ただ危険を感じて反抗しているのか。

どちらにせよ、何かしらの行動は起こさないといけない。

こうしている間にも、人質の出血量は増えていっているのだから。

流れ出る血の量を見る限りでは、もう既に気を失っていてもおかしくないと思うんだが、、、。



「後ろを向けっつってんだよ!ぐずぐずしてんじゃ──」

「分かった。後ろを向こう」



数秒の逡巡の後、高圧男が出した答えは従順。

その答えと、後ろを向く為に体を捻った動作を見て、犯人は高圧男の頭に照準を合わせて、下卑た笑みを浮かべた。




ドンッ────。


「がっ、、、はっ、、、」


────ドサッ。




一瞬だった。

一瞬で、事態は解決した。

後ろを向くかと思われた高圧男が、銃口が人質から離された事を感じ取って一気に犯人に詰め寄り、驚き、呆気にとられる犯人を強烈な体当たりで吹き飛ばし、意識を手放させた。

その動きを予見していたのか、人質は犯人の腕で首を締めあげられていたにも拘らず、しっかりと踏ん張っていて一緒に飛ばされていない。

最後の力を振り絞って限界が来たのか、犯人が気絶したのを確認する余裕もなく膝から崩れ落ちてしまったが。

バオジャイは、こうなる事態を予見していたんだろうか。



「バオジャイさ────あれ?」



いつの間にか、バオジャイはホームに上がり込んで、高圧男へ近付いて行っていた。

ここで待ってたほうがいい、、のか?



「その子、生きてる?」

「昨日の仕返しか?弱っている時を狙ってくるとは、姑息な魔人らし───」

「生きてる?」

「生きてッ、、がはっ、、。生きていると、言ったらどうするつもりだ、、」

「もう喋らなくていい。無理をするな。バオジャイ・システィオーナ。早く立ち去れ。仲間を傷付けられた怒りを、その身に刻まれたくないならな」



高圧男の指示通りに、バオジャイがその場を立ち去って戻ってくる。

結局、何をしに行ったんだ?



「付いて来て」

「え、あ、はい。リビィさんはここに残って──」

「リビィも」



リビィも、、?

あんな危険地帯へ連れて行ってどうするつもりだ。

ジーンに近しい実力を持つという高圧男が怒りで暴れたら、リビィを守り通せる自信はないぞ、、。



「治療」

「どうやら、どうしても俺の神経を逆撫でしたいようだな、バオジャイ・システィオーナ。これだけの傷、出血量で、治療など出来るわけがないだろう」

「リビィ」

「話を聞いているのかバオジャイ・システィオーナ!!!!!」



なるほど。

リビィを連れて来たのはそういう理由か。

この中で治癒魔術を使えるのはリビィだけだしな。

青筋を立てる高圧男が怖いが、リビィの治療が終われば大人しくなるだろう。

それまで、守りに徹しないと。

幸い、高圧男の視線はバオジャイに固定されているし、俺はその他の雑兵だけを注視しておけばいい。

全員が強いなんてオチはやめてくれよ。



「【傷痍掃いし癒しの者よ。】」


「やっ、、めろ、、、。楽に、死なせてくれ、、、」



襲い掛かって来る雑兵。

詠唱を始めるリビィ。

死を懇願する人質だった男。



「【盟約の下に救いの声を今聞き届け、】」


「させるか───」


「〝瀑布(グラブ)〟」


「ぐっ」



数倍に引き上げた重力が、飛び掛かって来ていた雑兵をその場で膝から崩れ落ちさせる。

地に両足を着けていた者達は足を縫い止められるだけで済んでいるが、それでも、魔術の行使が終わるまでは襲い掛かってこれないだろう。

今にも始まってしまいそうなバオジャイと高圧男の戦いの余波が来る前に、治療は間に合うだろうか。



「【我が魔力を持ちて此の者の身を癒し給へ。 〝上治癒(ヒーリア)〟 】」



リビィが詠唱を終え、柔らかい光が傷付いた男を包み込む。

その光景に雑兵達も、止める事を忘れて見入っている様子だ。

気持ちは分かる。

神秘的だもんな。



「【全装獣化!ラナゲイン───」

「団長!お待ちください!!」



魔術で仲間を苦しめていると思ったのか、本来奥の手である獣化を使ってまで怒りをぶつけようとする高圧男を、治療を終えた人質の男が止める。

気を失う寸前だっただろうからまだ回復し切ってないと思うんだが、よく声を張り上げられたな。



「無事なのか、、?」

「はい。怠さは残っておりますか、傷口は塞がっております。ジータ、肩を貸してもらえますか?」

「すみません、、、う、動けなくて、、、」



あ、魔術を行使したままだった。

リビィを肩に抱えてその場を離れ、掛けていた重力魔術を解く。



「リビィ、ありがとう」

「ううん。私も見殺しには出来なかったから。他の人はもう、、、治せないよね、、」

「ん」



人質だった男に集まる一向を横目で警戒しながら、駅のホームや線路に倒れ伏す被害者達を見やる。

十数人の犠牲者達は、一人の例外もなく血溜まりの枠を広げていくだけでピクリとも動こうとしなかった。

もっと早く来ていれば、犠牲が出る前に止められたかもしれない。

でも、自分達が犠牲にあっていたかもしれない。


胸中には見ず知らずの人達を助けられなかったという悔しさより、自分が巻き込まれなくて良かったという安堵が強く滲んでいた。

勿論、それが悪い事だとは思わない。

他人の命より自分の命のほうが大事だと考えるのは自然な事だと思う。

だが何となく、自分の命を擲ってでも仲間の仇討ちをしようと敵意を剥き出しにしていた村民達の姿を思い出してしまうと、それが凄く薄情な事のように思えた。

自分の考え方に自信を持てないのは、昔から変わらないな、、、。



「バオジャイ・システィオーナ」



聞こえてきた声に、まさかの戦闘再開か?と思ったが、どうやらその心配はないようだ。

高圧男は回復したばかりの男を背負った状態で、どこからどう見てもこれから戦おうとしている人には見えない。

まあ、今の状況なら俺とリビィは逃げるだけでいいし、戦いに発展してもらっても構わないんだが。



「非礼を詫びよう」



一言だけそう言って、高圧男は踵を返して去って行った。

詫びるとは言っても謝罪の言葉はなかったし頭も下げなかったが、バオジャイがそこを言及する様子はないし放っておこう。

頭を下げさせて愉悦に浸りたかったわけではないしな。


ひとまず、遺体と事件の処理は任せて一旦外に出よう。

ちゃんと改札を通らないと。














タタンタタン─────。


汽車の小気味良い音に耳を傾ける。

こうした余裕があるのは、貨物車両ではなく、客車にてボックス席でゆったりと座れているからだろう。

文句を言ってくる高圧男達と乗る汽車をずらしたわけではない。

力技で黙認させたわけでもない。

あの後、面倒事を避ける為に貨物車両に乗ろうとした俺達に、高圧男、、、レアドという名前らしい男が声を掛けてきた。

〝客車に座れ〟と。

、、ツンデレのようにそっぽを向きながら。

二十代中盤くらいのがっちりした体型の男のツンデレなんぞどこに需要があるんだと思ったが、客車に座らせてくれるというのは正直有り難い。

ちらりと見た貨物車両には、ゆったり座れるスペースはなかったからな。




「うぃ~、ひっっく。こんな朝っぱりゃかりゃ、綺麗どころを二人も連れてお盛んだにゃあ、あんちゃん。ひっく」




客席に座ると必然、絡まれる機会はあるわけで。

汽車に揺られる事二時間。

せっかくここまで誰にも絡まれずに平和に来ていたのに、、、。

なんで朝から酔っぱらってるんだこの客は。



「おい」



威圧的な声で短くそう言い放ったのは、俺達の中の誰かでも酔っぱらい爺さんでもない。

何故かすぐ後ろの席に座っていたレアドだ。



「あぁんだぁ!?やんのかこらっ、しゅっしゅ。最近のなまっとる小僧には負けやせんぞぉ。うぃ~、ひっく」



汽車の揺れに合わせて体を左右に振る酔っぱらい爺さんを見ると俺でも倒せそうな気がするが、もしかしたら酔拳の類なのかもしれない。

ふらふらとしながらも倒れるような不安定さは見られないし、実は体幹がしっかりしてそうだ。



「この盾を見ても、まだ無礼な態度を取れるか?ご老人」

「あぁ~?盾がなんだってん、、、、」



巻いていた布を取った盾を見て、分かり易く目を丸くする酔っぱらい爺さん。



「あれ?どこかで見た事ない?あの盾」



リビィと違って斜め後方にレアドがいるから俺は盾が見えないんだが、見なくとも分かる。

バオジャイと向き合っていた時に盾に彫られた絵柄を見ていたからな。

レアドが持っているのは、エミアと同じ竜の彫刻が施された盾。

十中八九、何らかの関係があると考えて相違ないだろう。

それも、親族などのかなり近しい関係が。



「けっ。ガキの癖に大そうな護衛を付けやがって」



最後に悪態を一つ吐いて、酔いが覚めた様子の酔っぱらい爺さんは別の車両へと確かな足取りで歩いていった。

本当に酔ってたのか?



「ありがとうございます。守っていただいて」

「迷惑な客を視界の外に追いやったまでだ」



決して俺の顔を見ず、冷たくそう言い放つレアド。

だから、あなたのツンデレは求めていないんですよ。

何故か自分の席に戻ろうとせずに俺の横に立ってじっとしているが、これは護衛のつもりなんだろうか?

何か話し掛けたほうがいいのかな?



「レアドさん」

「なんだ」

「その盾ってエミアさんと同じ────」

「その名をどこで聞いた!?!?!?」

「え!?なに、ちょっ、え!?」



会話の選択を誤っただろうか。

エミアの名前を出した途端、興奮した様子のレアドに胸倉を掴まれた。

く、苦しい、、。



「早く吐け!その名前をどこで──」

「離して」

「す、すまない、、、」

「げほっ、ごほっ!」



間に入ってくれたバオジャイのおかげで助かった。

三途の川で足湯をするところまでいってたぞ全く。

俺は武人のように頑丈じゃないんだ。



「教えてくれないか?どこでその名前を聞いたんだ」



まだ動揺はしているようだが、幾分か落ち着いたレアドへ、バオジャイ越しにエミアと会った時の事を話す。

銃の国の人間に追われていた事。

助けて翌朝まで護衛した事。

アルムハルトの総統府へ行くと言っていた事。

レアドがエミアにとって害悪であればどうしようかと思ったが、どう見ても何か打算的な考えがあって所在を知ろうとしている様子ではないし、教えても問題ないだろう。



「これが、その時に貰ったメダルです」

「確かに、これはエミアが持つ物だ、、、」



俺の話を若干訝しみながら聞いていたレアドだったが、メダルを見せる事で心から信用してくれたようだった。

どうやらこのメダルは施されている装飾で個人を特定出来るものらしく、レアドが見せてくれた同じようなメダルとは、若干見た目が違っていた。

大きさも形も同じでよく見ないと分からない程度の違いだったが、レアドはこれを一目で見分けたのか、、、。



「今の話を、信じよう」

「エミアさんとどういったご関係なんですか?」



レアドのフルネームは、レアド・ファムト・リヒ。

血は繋がっていないが、エミアの兄らしい。

曰く、こうして国を飛び出て旅をしているのも、〝銃の国に追われているので逃げます〟とだけ書かれた置手紙をして行方を晦ましたエミアを探す為らしい。

エミアがいる可能性が高いと思って獣人域方面の汽車に乗ってアルムハルト方面には別動隊を派遣したそうだが、外れだったな。



「エミアを救ってくれた事。心より感謝する」

「私共からも、感謝を申し上げます」



いつの間にかレアドの後ろに集まっていた一向からも謝辞を受け取る。

偉そうにふんぞり返った態度だったのに、随分しおらしくなった。

それだけ、エミアは大事にされている存在だという事か。



「ですが団長。エミア様は無事に受け入れてもらえているでしょうか、、、」

「不安、ではあるな、、」

「受け入れてもらえないというのは、アルムハルトにですか?」

「アルムハルトに入るだけであれば問題ないとは思うが、エミアが避難先に選んだのは総統府。ギルドラド家と我がリヒ家は古くから犬猿の仲だ。受け入れを受諾されるかどうかも怪しいが、受諾されたとして、相応の要求をされる事は間違いない。エミアが何かされているのではないかと不安が募る、、、」



それは、リヒ家の次期当主だというレアドの、打算的な考えを全て破棄した一人の兄としての心配だった。

ジーンが戦闘以外に何かを求める気はしないが、求めないのであれば、宿が全て埋まっている今、野宿をするしかないだろう。

そうなれば、いくら安全だというアルムハルトでも襲われる危険性は格段に増す。

レアドの心配する気持ちは最もだった。



「大丈夫」

「なぜそう思う?」

「私が書いた手紙を持たせてある」



いつの間に、、、。

あの日、先に出て行ったエミア達よりも早く起きたバオジャイは、ジーンへの手紙を認めて持たせていたらしい。

匿ってあげてくれたら今度全力で戦う時間を作る、という旨を書いた手紙を。

ジーンが何よりも喜びそうな褒美だな、、、。

バオジャイ曰く、持たせておいた手紙を出せば、少なくとも一月は匿ってもらえるだろうとの事だ。

それなら俺達の時にその条件を飲んでくれたらよかったのにと愚痴っぽく言ってみたら、ジーンと毎日顔を合わせるなんて絶対嫌と言って断られてしまった。

そういう事情なら仕方ない。

ストレスが溜まったバオジャイに暴れられたら大変だしな。



「重ねて感謝をする。いや、感謝だけでは足りないな」



そう言ってレアドは畏まった様子で半歩引いて片膝を着いた。

上から目線が下から目線に変わると、何となくそわそわしてしまう。



「獣人域まで、護衛をする事を誓おう。汽車内、道中、全てにおいてあらゆる脅威から貴殿らを守る。ここから先、俺の権威があれば寝床の確保も保証出来る」



数日間ずっと一緒なのは邪魔だなと思ったが、宿を取ってくれるというのはこの上なく有り難い。

疲れがしっかり癒せるし、襲われるかもしれないという恐怖に常に怯えなくてよくなる。

レアドがいるだけでそんなに問題が一気に解決出来るのかと疑問には思ったが、どうやら俺が想像している以上にリヒ家というのは影響力のある家らしい。

その中でも、次期当主であり数少ないジーンとまともにやりあえる存在という事もあって、レアドの権威というものは絶大なんだそうだ。

レアドはその権威をフル活用して安全と宿を確保してくれるだけでなく、宿代や食事代も全て負担してくれるという。

至れり尽くせりで有り難いけど、随分大盤振る舞いだな。



「大事な妹を助けてもらい、安全まで確保してもらった。それに報いるのは、当然の事だろう」



そう言うレアドは、シスコンの顔をしていた。

俺達に強く高慢な態度で当たってきていたのも、妹が行方不明でイライラしていたからかもしれないな。

高慢な態度もツンデレも消えて、今ではただの礼儀正しそうなマッチョだ。

只野・マッチョ・リヒ、だ。



「よろしくお願いします」



こうして俺達は、最悪な出会いだと思っていたものが一転して最良の出会いとなり、獣人域までの旅路の安全を確保した。

リビィの美貌に数人の男が鼻の下を伸ばしているのが気になるが、まあ何とかなるだろう。

もし余計な事をしたら、その時は逐一バオジャイに報告しよう。

俺は同じく鼻の下を伸ばしている側だから、何となく気が引けて罰を与える気になれないしな。

バオジャイの成敗が俺に向かないようにだけ気を付けておこう。

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