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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
八章
72/104

六十九話「理人」




「おうおう。中々にべっぴんな姉ちゃんじゃねえか?相手、させてやろうか?」


前日とは違い通常通りに座れた客席で、リビィの全身を視線で嘗め回した二人組の男が下衆な声を掛けてくる。

既に数組、無視を決め込むという対処方法で撃退しているんだが、この二人組は無視をし続けても中々離れていこうとしない。

なんで出発してから二時間程度でこんなに絡まれるんだ、、、。

まだ朝も早い時間だというのに、武人は随分元気だな。



「無視してんじゃねえ───」


ドンッ───!!!


「がはッ」



リビィに掴み掛ろうとした片方の男が、バオジャイのエアバーストで吹き飛ばされて、鈍い音を立てて壁にぶち当たる。

加護が付いてるしあれくらいなら大丈夫だろう。



「てめッ───」


ドンッ!───ドサッ────。



手を出していいと分かった途端、散々絡まれて溜まっていたストレスをエアバーストに乗せてもう一人の男にぶつける。

男は体をくの字に曲げて浮き上がった後、天井にぶつかって重力に従うままに落ちてきた。

うん。

ほんの少しだけすっきりした。

リビィに手を出そうとする男に手加減なんてする必要ないよな。

簡単に意識を手放した男を尻目に、バオジャイと目を合わせ合ってサムズアップをした。

いい連携だったな、うんうん。



「二人ともありがとう」



リビィが感謝を告げながら微笑む。

誇張ではなく、女神像か何かかと思った。

美人もここまでいくと、直視出来てしまうな。

人として認識しているかと言われれば、首を傾げざるをえないが。





「平和ですね~」

「ん」

「そ、そうだね、、」


その後も次々にやって来る失礼な武人達を撃退していたら、いつの間にか車両の隅に武人の山が出来上がってしまった。

作品名は ~失礼な武人の山盛り 汽車の音色と共に~ といったところだろうか。

何の捻りも無い。

全くもって平和さは感じられないんだが、こういう状況で〝平和ですね~〟と言うのをやってみたかったんだ。

案の定リビィは引いているが、意外にもバオジャイは乗ってくれた。




「間もなく~、アダムハイン~、アダムハイン~、です」




異常な雰囲気の車内で暫く揺られていると、伝声管から駅員の声が聞こえてきた。

アダムハインというのは確か、盾の国ネヒディアの首都だったはずだ。


(ネヒディアか、、、)


エミア、元気にしてるかな、、。

無事にアルムハルトまで辿り着いていればいいが。




「なんだ?この山は」




アダムハインで乗ってきたのは、体のラインが出る部分鎧に身を包んだ集団。

背中には、布に包まれた大盾が見える。

明らかに、今まで突っかかってきた集団とは纏う雰囲気が違う。

エアバーストで飛ばせるか?

一瞥しただけでそんな物騒な考えが過ったが、よく考えてみればまだ絡まれると決まったわけではない。



「何故、こんなところに魔人がいる」



やっぱりそうなるか、、。

リビィ目的ではなかったが、高圧的な態度で、集団のリーダーらしき人物が上から声を降らしてきた。

格好を見る限り兵士だろうし、無視をすれば問題になるだろうか。



「獣人域に行くだけ」

「ん?その顔、どこかで見た事があるな」



男の興味が、通路側に座っていた俺から、窓際にいるバオジャイへと移動する。

言葉通りにバオジャイの事を知っていてくれれば、揉めずに立ち去ってくれるかもしれない。



「バオジャイ・システィオーナ」

「バオジャイ・システィオーナ、、、?鬼人か?」

「、、、ん」



不本意な呼び名だったのか、バオジャイは逡巡した後、問い掛けに頷いた。



「鬼人がいるというのであれば、あの惨状も頷ける」



そう言って、男は気絶した武人の山へ目を向けた。

半分は自分の仕業ですと素直に白状しようとしたが、バオジャイに制されてしまった。

このままでは、全てバオジャイの責任になるというのに。



「客車から去れ」

「なッ!?」

「ケイト」

「バオジャイさん、、」



感情のない目で冷たく言い放つ男。

反抗しようとした俺を、バオジャイは手で制した。



「各地で起こっている暴動の原因である魔人が我が国に入っているというだけでも忌々しき事態であるというのに、その魔人がどんな理由であれ同士である武人に手を出したという。本来であれば連れ帰り、然るべき処罰を与えるところではあるが、生憎今は貴様らを連れ帰る僅かな時間すら惜しい。処罰を与えない事が、せめてもの慈悲だと思え」



そもそもは喧嘩を売られたから買ったわけであって、全て正当防衛だったとか。

なんで初対面なのにそんなに偉そうにされなくちゃいけないんだとか。

胸中には色々な文句が浮かんでいたが、何の抵抗もせずに俺とリビィの手を引っ張って貨物車両へと向かうバオジャイの気持ちを汲み取って全て飲み込んだ。

あの男がどれだけ強いとしても、バオジャイなら簡単にオブジェの仲間入りをさせる事が出来そうなのに。




「バオジャイさん。良かったんですか?言われっぱなしで」


この時俺は、武人を何人も気絶させて調子に乗っていたのだと思う。

揉め事を避けて解決出来るなら、当然それが一番なのに。



「あの男はジーンより弱い。でも、それに近しい実力がある」

「それなら勝てたんじゃ、、」

「汽車も駅も壊れる」

「あ、、、」



そういえば、ジーンには怒り狂って暴れた末に勝利したと言っていた。

バオジャイが暴走するまでは、ジーンの優勢だったらしい。

それに近しい実力を持つ者と本気の戦いに発展したとすれば?

結果は目に見えている。

間違いなく、俺やリビィ、他の乗客も巻き込まれ、汽車は原形を留めない程に壊れてしまうだろう。

俺は、目の前の事しか見えていなかったんだな、、。



「すみません。気が回らなくて」

「大丈夫。外で戦えば、勝ってた」

「バオジャイさん、、、」



短慮な言動を恥じた俺を励ますように、バオジャイがお道化た様子で冗談を言う。

いや、実際に勝てるのだから冗談ではないのか。

だがまあ、気を遣わせてしまった事は確かだ。

こんなに小さいのにしっかりお姉さんなんだ────



「ん?」



バオジャイは見た目も中身も素敵なお姉さんだ。

お姉さん以外の何者でもないな、うんうん。








「次は~、ヤトン~。ヤトン~、です。当列車はこの駅止まりで~、ございます」


今日の移動はここまでか、、。

また貨物車両に乗らなくてはいけないとなった時はどうなる事かと思ったが、思ったより空いていて、無駄に絡まれる客車よりも快適に過ごす事が出来た。

これくらい空いているなら、ずっと貨物車両でもいいな。



「あっち」


汽車を下り、高圧的な物言いをしてきた男を見てあからさまに嫌そうな顔をしたバオジャイに手を引かれるがままに付いて行く。

向かうのは、高圧男とは線路を挟んで逆方向だ。

いつも通り、町から遠ざかっていっている。

夜遅くにも拘らず、本来寝泊まりする場所であるべき町から遠ざかるというのは、三度目であっても不思議な感覚だ。

灯りがどんどんと遠くなっていくのが、少し寂しい。



「あれは、、、海、、?」



湿気を孕んだ冷ややかな風が肌を撫で、近くに川でもあるのかと風がやってきた方向へ光石を向けると、すぐ近くに照らし切れない漆黒の海があった。

この世界に海が無い事は分かっているんだが、果てが見えないとどうしても海だと決め付けてしまいたくなる。

どこまで続いているんだろうか。



「川」



バオジャイが、俺の疑問に短い単語で答えた。

うん、まあ川だよな。

どれくらいの幅なのかと思って試しに小さな火の玉を飛ばしてみたが、50m程先まで飛ばしても照らし切れなかった。


(やっぱり海なんじゃないか、、、?)


幅何メートルまでを川と呼称するのかは分からないが少なくとも、視線の先にあるこの水の道を普通の川と呼ぶのは違うような気がした。

かといって相応しい新語を作れる気はしないから、気休め程度ではあるが大河と呼んでおこう。

それならまだ、幅の広い川という感じが表現出来るだろう。







「や、やめろッ!はーなーせー!!!」







ジタバタともがく子供の声で意識を戻し、視線を大河から声のするほうへと向ける。

そこにいたのは、じたばたもがく小学校低学年くらいの子供と、その子供を組み伏せるバオジャイ。

いつの間にか、数10メートル先行している。

土地勘のない場所で取り残されるところだった。

危ない危ない、、。



「えっと、、、、。どこの子でしょう?」



我ながら、馬鹿みたいな質問の仕方だと思う。

だが、これ以外にどう聞いたらいいのか分からない。

バオジャイの知り合いではなさそうだという事は分かるんだが、、、。



「魔人なんて!魔人なんて!!みんな死んじゃえばいいんだ!!!!」



どうやら、あまり穏やかではないらしい。

不穏な足音を聞き取ったバオジャイが牽制の意味を込めて周辺の重力を上げたところ、アイスピックのようなものを持ったこの子が地面に縫い付けられていたそうだ。

家事に使うようなものだけで挑んでくるとは中々無謀だなと思ったが、そういえばここは暗器の国だった。

簡単に隠せてしまう武器を主として扱い、奇襲を得意とする国民性。

たまたまバオジャイの一番近くに居たから捕らえる事が出来たが、大河の近くでボーッとしていた俺が狙われていたら、確実に死んでいたな、、、。

一昨日も死が近くにあったばかりだというのに、既に気が緩み始めている事に気が付いた。

しっかりしなければいけない。

暗器の国だとはいっても、常日頃から誰かの命を狙っているような殺伐とした国というわけではないらしいけど。

目を付けられないように気を付けよう。



「どこから来たの?」

「魔人に話す事なんて───」

「どこから、来たの?」

「ぐっ、、、卑怯だぞ、、」



バオジャイが少年の上から降り、尋問を開始する。

ただ同じ事を聞いているだけで何も変わっていないように見えるが、あれは多分、少年に掛かる重力を徐々に上げていってるな。

子供相手でも容赦がない、、、。

まあ、自分の命を狙ってきた相手に容赦する必要なんてないんだろうけど。

そう頭で分かっていながらも少年が可哀想だと思ってしまうのは、俺が甘い考えの持ち主だからだろう。



「かっ、、はっ、、、はあはあ、、、」



魔術の負荷から解放された少年がすぐに立ち上がろうとするも、上手く力が入らないようで、産まれたての小鹿のようになっている。

いや、小鹿のほうがちゃんと立てているか。



「はっはっは。ばーかばーか。この程度で話すと思ったか!魔術から解放した事を後悔───」

「〝水貫(ウォーバランス)〟」

「えっ、ちょ、えぇ!?」



(いやぁ、、、やっぱり容赦ないな、、)

あれは、初対面の時にバオジャイが怒り狂って俺に使ってきた魔術だ。

俺はああいう魔術があると知ってたからまだ冷静でいられたが、知識のない全くの初見で水の槍に囲まれたら今の少年のようにあたふたしてしまうのは自然な反応だろうな。

バオジャイが怒ってない分あの時より槍の本数は少ないが、それでも二十本近い水の槍が逃げる間もなく形成された。

相変わらず、出鱈目な魔術の規模と形成速度だ。



「はッ!こんな脅し如きで話すわけ──」


キュウゥゥゥ───



余裕なフリをする少年に聞かせるように、水の槍が圧縮されて軋む音が場を支配する。

ああ、トラウマが蘇る。



「ごめんなさい。全て話します」



軋みながら徐々に距離を縮めてくる水の槍に観念して、少年は土下座をして謝罪した。

気持ちは痛い程分かる。










「この先です」


驚く程素直になったずぶ濡れの少年が案内してくれたのは、自分が住んでいるという小さな村。

町からは2km程離れていて、どのみち俺達の進行方向にあるようだった。

少年がずぶ濡れになったのは言わずもがな、バオジャイが形成していた水の槍をまとめて頭から掛けたからだ。

見るのはまだ二回目だが、最早恒例行事を見ているような気分になった。







「イリ、こんな遅くにどこまで、、、、、。ん?誰だ?」


石垣で覆われて小上がりになっている村の入口で出迎えてくれたのは、高校生ぐらいの女の子。

快活な印象の見た目からは、暗器を扱う種族だとは到底想像がつかない。

どちらかというと、拳で語り合うタイプの熱い人間に見える。

そんな熱血女子高生の元へ飛んで行こうとするイリ少年だったが、バオジャイの反応が気になって行くに行けないようだ。

勝手な行動をとったら殺されるとでも思っているのか。

失礼な話だが、あんな事をされたばかりではそう思っても仕方ない事なのかもしれない。

俺もバオジャイと出会って数日は、生きた心地がしなかったからな。

今はもう、安心しているどころか命運を預けてすらいるけど。



「お姉ちゃん、村長どこ?」

「村長、、?何か用があるのか?」

「うん」



どうやら、熱血女子高生はイリ少年のお姉ちゃんだったらしい。

あんまり顔が似てない気がするけど、そういう姉弟もいるだろう。







「おやおや。こんな夜分に珍しいお客人じゃのう」


待つ事数分。

村の最奥から、杖をついたよぼよぼのお爺ちゃんが出てきた。

今にでも倒れてしまいそうに見えるが、俺は油断しない。

きっとあの杖は仕込み刀か何かだ。



「何か御用かの?」



そういえば。

バオジャイはここに何をしに来たんだろう。

命を狙った罪を償わせるとか?

まあ、そんな事をするとは微塵も思ってないけど。

殺人未遂ではあったんだし、金銭くらい要求しても問題はないと思うが。



「この辺りで野宿出来るところ、ない?」



どうやら、そういう事らしかった。

驚く事にこの場所はさっきの駅やその近くの町を含めて巨大な川の中州らしく、町の監視網が届かないのはこの村がある位置から更に奥に進んだ場所くらいらしい。

本来の予定であれば、この次の駅まで進んでそこで野宿をするはずだったらしいが、おそらく、途中で汽車に不具合が見られて数十分停車してしまった事が影響したんだろうな、、。

バオジャイも、この場所で野宿する事になるのは予想外だったみたいだ。

最悪大河を飛んで越えていけばいいと思うが、汽車の中で散々魔術を使ったし昨日の異態の例もあるから、出来るだけ魔力の消費は抑えておきたい。

ついさっき興味本位で火の玉は出してしまったけど、あれくらいは消費した内に入らない、と思いたい。



「この先は村が点在しておりましての、それぞれが縄張りにうるさいんじゃ。野宿は諦めたほうがええ」



ここまで来たのは無駄骨になってしまったか。

大人しく大河を渡ろう。



「こらこら。何処へ行きますのじゃ」


カラン───カランカラン─────。



やっぱり、あの杖は仕込み刀だったか、、、。

刀を抜いた村長は、先程までと違って強者特有の覇気を纏っている。


抜刀するだけしてすぐに襲い掛かってこないなんて随分余裕だなと思ったが、村長の足元を見て納得した。

足の周辺の地面がほんの少しだけ窪んでいる。

剣を抜く途中くらいで、いつの間にかバオジャイが対処してくれていたんだろう。

相変わらず、頼りになり過ぎる。



「ほっほっほ。これは中々。お前達」


ザッ───ザッザッ────。



重力を上げられているにも拘らず、村長が怯む様子はない。

寧ろ、ちょっと楽しそうだ。

なんでこう武人というのは戦闘狂ばかりなのかな。

魔人域が恋しくなってくる。



「リビィさん、結界の準備──」

「指示もらえればいつでも張れるよ」



囲まれている気配を感じてリビィに指示を出そうと思ったが、もう既に魔道具を取り出して魔力を注ぐところまでは済ませていたらしい。

戦闘は俺以上に慣れていないだろうに、素晴らしい順応速度だ。



「じゃあ結界を───」

「待って」



俺の指示を、リビィの動作を制したのはバオジャイ。

何か策があるのか?



「なんで私達を狙うの?」



交渉か。

確かに、戦闘を避けられるのであればそれが一番いいが、大丈夫なのか、、?

周辺の警戒は怠らず、いつでも魔術を放てるようにしておこう。

キュイは、、、、まだ出さなくていいか。

交渉の邪魔になりそうだし。



「そなたらが魔人故に、じゃ」

「理由」

「説明が必要かの?」

「ん」

「ほっほっほ。物怖じしない、よい目じゃ。よいじゃろう。説明してやろう」



敵意を潜める集団に囲まれた異様な状態で、村長による説明が始まった。

時間にして数分だったか。

村長が話してくれた内容は、魔人を恨んでも仕方がないと思えるようなものだった。


なんでも、二年前、イリ少年の両親を初めてとしたこの村の大人達が十人程、魔人域に一年間の旅に行ったんだそう。

だが、旅から帰って来る予定の日。

お土産話や魔人域の特産品を待ち望む村民達に届けられたのは、魔人域へ行った仲間達全員の訃報。

死因は、武人を嫌う魔人による理不尽な迫害。

個人は突き止められていないらしいが、遺体を発見した人物が犯人が魔人だと決定づけたのは確たる証左からくるものらしい。

訃報を報せる手紙に書かれていたのは犯行の手口は、村民を結界で閉じ込めて火炙りにした、というもの。

現場の燃焼痕、熱さから逃げようともがいてその場から離れた痕跡がない事から、そう断定したそうだ。

惨い殺し方だ、、、、。


それでも、魔人域に復讐しに行くという残された村民達を、村長は何とか宥めたらしい。

自分が一番復讐をしに行きたいという気持ちを堪えて。



「そんな中で起こったのが、十日程前の事件じゃ」



落ち込みながらも何とか気持ちを持ち直し、数か月前程からは村民の表情が明るくなってきていたんだそう。

これなら時間が経過すれば心の傷も癒える。

そう思っていた矢先に、魔人のやり方に反発する武人の暴動に巻き込まれ、村民が五人死に絶え、三人が重症を負って今も治療中なんだそう。



「暴動を起こしたのが武人というのは分かっておる。家族同然の子らを手に掛けたのが魔人でないというのも分かっておる。それでものぉ、心を闇に落とす寸前でそんな出来事が起こってしまうと、どうにも正常な判断が出来んのじゃ。儂も、家族を失った者達もの」

「ぐすっ、、えぐっ、、お前ら魔人は、嫌いだ、、」



両親を失った時のショックを思い出したのか、イリ少年が村長に肩を貸しながら大粒の涙を溢れさせた。

小さい村だからこそ、個人同士の繋がりというのは強固なものなのだろう。

そんな中で、何か悪さをしたわけでもない家族同然の仲間達が何人も、惨たらしい死を遂げさせられたんだ。

俺達がそれをした人間でないと、イリ少年も村長も理解しているんだろうが、それでも抑えられない程の怒りが既に溢れて止まらなくなってしまってるのだと思う。

仲間の命を奪った魔人に復讐する、ではなく、魔人は仲間の命を奪ったから誰であっても復讐する、に変わっていってしまったんだろう。

怒りで、理性を瓦解させられて。

家族が殺された事はないが、想像をすれば、村民達の怒りの一端くらいは分かる事が出来る。

その一端ですら、見知らぬ魔人への怒りを募らせるには充分な材料になるんだ。

村民が抱えている怒りは、どれ程のものなのか。



「恨むなら、ここに降り立った事を恨みなさい」

「待って」

「なんですかの」

「私達三人共、純血の魔人はいないって言ったら?」

「バオジャイさ───」

「大丈夫」



どうやら、バオジャイは村民の怒りが何も生み出さない事を説くでもなく、徹底抗戦するでもなく、正直に自分達の身の上を話す事にしたらしい。


どこまで話すんだろうか。

大丈夫なんだろうか。


不安はあるが、任せるしかない。

いざとなったら、形振り構わず包囲網を突破して逃げ出そう。

二人を抱えて上へ飛び上がれば、ピノのように獣化をしない限り追って来れないだろう。

追って来たとしても、キュイの力を借りれば速度で負ける気がしない。



「どう見ても魔人のように見えるがの」

「私は魔人と武人の混血。それに、両親が魔人に殺されてる」

「じゃ、じゃあ僕と同じ、、、」

「ん」



涙を流しながらバオジャイを睨み付けていたイリ少年が、申し訳なさそうな表情を浮かべた後、視線を下に落とす。

敵だと思っていた相手が自分と同じ境遇だったんだもんな。

急にそんな事を知らされても、どう接すればいいか分からないだろう。



「後ろの二人は理人(リーチ)

「な、、、。理人、、とな、、?」

「ん」



驚き過ぎて村長の目が飛び出しそうになっている。

俺も、気持ちは同じだ。

理人ってなんなんだいバオジャイさんよ。

口裏を合わせようにも、存在すら知らないんだが。



「証明は出来ますかの?」

「どう証明すればいいの?」

「イリ。あれを持ってきなさい」

「う、うん」



村長に肩を貸していたイリ少年が、村の一番奥の家まで走っていく。

何か、理人とやらを見分ける装置でもあるのだろうか。

バオジャイは不安そうにしていないし、俺はどんと構えておけばいいか。

村長とその横にいる熱血女子高生はバオジャイに任せて、俺はイリ少年の帰りを待ちながら、周囲の村民達の警戒だけしておこう。



「村長。これでいいの?」

「そうじゃ。それを渡しなさい」



バオジャイを経由してイリ少年から渡されたのは、B5サイズの一枚の紙。

上から下まで、びっしりと文字が書き込まれている。

読めないなんて事もないし、内容も大した事はない。

だが、一つ問題がある。

それは書かれている文字。



「ケイト、これって、、」

「見間違いじゃないですよね、、」

「ちょっと字が汚くて読みにくいけど、多分間違ってないと思う。これ、日本語だよ」



そう。

この紙に書かれているのは、上から下まで全て日本語だった。

これが理人を見分ける為に使うもの?

という事は、理人というのは日本人という事か?

実は引っ掛けで、読めたらアウトなんてオチはやめてくれよ、、、。

バオジャイを信じて、リビィと一緒に紙に書かれた内容を上から音読していった。



「どうやら、本当に理人のようじゃの、、、」



村長が驚愕の表情でそう零したのは、紙の半分程まで読み進めた時。

最後まで読まずとも、俺とリビィが理人であると判断してくれたらしい。

ところで、理人ってなんなんだ、、?

腐愚民とは違うのか?

聞きたい事は山ほどある。



「お前達。戻りなさい」


ザッ───ザッザッ────



どうやら、敵としての認識は取り消してくれたみたいだ。

複数の足音がした後、周囲を取り囲む気配が消えた。

気配を察知する能力なんて持ってないはずだから、あくまで何となくではあるが。



「数々の非礼を、失礼致した。どうぞ中へ。ご安心くだされ、もう襲うような事はありませぬ」



魔術を解かれた村長の案内で、漸く村の入口から移動する事が出来た。

村長の目は穏やかになって敵意は感じられないし、もう襲い掛かって来るような事はないだろう。

まだ、心の底から安心するというわけにはいかないが。

今はそんな事よりも、、、。



「バオジャイさん、理人っていうのはなんですか?」



村長の後ろを歩きながら、小声でバオジャイに尋ねた。

聞かれても大丈夫だとは思うが、念の為小声だ。



「腐愚民と一緒」

「それにしては、魔人域に居た時と扱いが違うような気がするんですが、、、」

「それについては、儂からお話しましょう」



小声は何の意味も成していなかったようだ。

いつの間にか立ち止まっていた村長が振り返って、そう宣言してきた。



「理人というのは、異世界から来た者への敬称じゃ。理の側に居る者、という意味合いを持っておる」

「敬称、、、ですか?蔑称ではなく、、?」

「ほっほっほ。愚かな魔人と一緒にされまするな」



曰く、この村だけでなく、武人域全土で蒸気機関や電気などの恩恵を与えてくれた腐愚民は、敬意を込めてそう呼ばれているらしい。

それならまどろっこしい事はせず武人域で最初から理人であると堂々と言えば良かったのにと思ってバオジャイに聞いてみると、どうやらそう簡単にはいかないらしい。

原因は大きく分けて二つ。


一つ目は、最近では理人を敬うどころか貶す人が増えてきているというもの。

二つ目は、敬い過ぎて嘘を吐くなと過激な行動に出る人がいるから。


過激な行動に出る人というのは、おそらく魔人域でいうところの監視者に近い存在だろう。

神聖視するのが竜から理人へと代わっただけ。

貶す人がいるというのは、どうやら与えられる知識を持った理人が激減してきたかららしい。

上下水道が整い、蒸気機関を取り入れて、建物の構造も近代的なものになってきた武人域。

そんな中でたまたま新しい技術を教えられる人が転移してくるというのは、かなり低い確率だ。

何故なら、比較的単純なランタンや蒸気機関の構造と違い、近代の技術というのはどんどん複雑化していっているから。

それ故に、自動車工場で働いているからといって、ゼロから自動車を造れと言われても一人で出来る人なんて殆どいないんじゃないかと思う。

複雑化した近代の技術は、複数の会社、人員でお互いの技術を掛け合わせながら出来上がっていっている。

近年転移してきた理人は、こういうものがあるという知識こそあれど、それをどうやって作ればいいのかは分からない事ばかりらしい。

それ故に、徐々に敬意は薄れ、敬われる存在ではなくなっていったと。

中には、魔人域と同じように腐愚民だと蔑む人もいるんだそう。


そういった者達に狙われるリスクを避ける為に、バオジャイは今まで言わずにおいたのだという。

見せられた紙がたまたま日本語で書かれていたから証明出来たが、あれが読めない言語で書かれていたら証明出来ずにピンチを招いていたし、それがなくとも腐愚民としての扱いを受けるリスクもある。

バオジャイの選択は、正しかったといえるだろう。

知らず知らずの内に、色々と抱えて考えてもらっていたんだな。



「ありがとうございます、色々と」



突然お礼を言ったからか、バオジャイからは胡乱げな視線を向けられるだけで何も返事をしてもらえなかった。

いいんだ、、、。

勝手に感謝をしてるだけだからいいんだ、、、。

無言で気持ち程度離れられたのはちょっと辛いけど、、、、、、、。


もしまだバオジャイが抱えているものがあるのであれば、この旅の途中で聞いておこう。

無知でかける迷惑は、努力次第で確実に防ぐ事が出来るからな。

そんな事を考えながら、眠りにつくまでの間、結界越しに村長の家で四人で色々な話をした。

結界を隔てこそすれ、微睡みに身を任せる頃には、村長へ対する心の壁は取っ払えていたように思う。


今日学んだ事は、明日生かそう。

明日学んだ事は、明後日生かそう。

そうやって少しずつでも成長していけば、きっと前へ進めるよな。

結果が可視化されるのは当分先になるだろうが、地道に頑張っていこう。

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