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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
八章
71/104

六十八話「怪しい雲行き」



「──ト、──イト、────ケイト!」

「ふわっ!?」


名前を呼ばれる声で、覚醒には程遠い状態で目覚める。

夢を見ていたわけではないが、頭と体が夢と現実の狭間にいるような感覚に陥っている。

現実、、、だよな?

急に上体を起こしたから頭がくらくらする。

何とかして意識を覚醒させようとしているが、どうにも上手くいかずにボーッとしてしまう。

駄目だ。

もう少し、睡眠を摂らないと。

体が出してくる要求に素直に従って砂のベッドに再度体を預ける。

すぐにでも眠ってしまいそうだ、、、。




「ケイト!」

「ふぁいッ!?」




微睡む幸せは、耳元で発せられた大声によって一瞬で掻き消されてしまった。

ああ、、、寝たかった、、。

だがきっと、また寝転んでも同じ事の繰り返しになるんだろうな。

頑張って起きよう。



「ケイト、これ見て」



挨拶もそこそこに、砂のベッドに座る俺にリビィが差し出してきたのは、一枚の紙。



「敵の殲滅に始まり、護衛の受諾、寝床の用意。初対面の我々に何から何まで、本当に有り難うございました。直接の礼ではなく、こうして手紙でのご挨拶となってしまった無礼を、どうかお許しください」



リビィから受け取った一枚の紙に書かれていたのは、感謝と謝罪。

文章の内容からも分かる通り、差出人はエミアだった。

間違いなく、俺達に宛てられた手紙だろう。

直接言わずに手紙での挨拶になった理由は、立場上今まで何の要求もなく親切を尽くされた事がなく、俺達の行動に裏がないと分かっていながらも根拠のない不安が勝ってしまい、先に出立する運びとなってしまったからなんだそう。

施しを受けておきながら勝手に不安を抱いて申し訳ないと、つらつらと手紙に謝罪の言葉が書かれていた。

実際に謝罪を口にしながら手紙を書き綴るエミアの姿が思い浮かぶような文章だ。



「救命の対価としては足りないと重々承知しておりますが、ご用意出来る限りの金銭と、我がリヒ家の紋章を刻んだメダルを置いておきます。ネヒディアで何か問題に巻き込まれた際は、どうぞ遠慮なくこのメダルをお使いください。きっと、お力添え出来るかと思います。あなた方の旅路に、竜神様の加護があらんことを。エミア・リヒ」



小さな文字でびっしりと書かれたエミアからの手紙を音読し終え、右下に書かれた名前を無為に指でなぞる。

名前を明かせないと言っていたのに、最後の最後で手紙に書いてしまうあたり、律儀というかなんというか。

滲み出る謝罪も、謝礼も書き記された名前も、皆一様にエミアの人柄を表しているようだった。



「メダルっていうのは、、」

「これがそうだと思う、、」



リビィが見せてくれたのは、スコタディから貰った500円玉サイズのメダルとは違う、コースター程のサイズのもの。

大理石のようなつるつるとした触り心地に、エミアの持っていた盾と同じ竜の紋章が彫られていて、所々に金属で細工が施されている。

これ一つでそれなりの値段がしそうだ。

だが、いくら装飾が綺麗だからといってこのメダル一枚でそれなりの影響力を持つとは、、、。

エミアの素性というのは推して知るべし、だな。



「お別れの挨拶くらいしたかったですね」

「うん、、」



同年代の女性同士で馬が合ったのか、昨晩は夕食を食べながら結界越しに話が盛り上がっていた。

お互いの事情に触れない、当たり障りのない話。

話の内容や結界を隔てるという状況によって双方に心の距離がある事は察したが、それでもその中で限界まで打ち解けているような盛り上がり具合だったと思う。

女性特有の会話で盛り上がって、俺一人が疎外感を感じてしまう程に。

いや、恋の話になった時点でリッシュは俺側の立場になってたっけか。


ラッシュの妹であるらしいリッシュは、三歳上の姉に追い付く為に必死に修行をしてきてばかりだったから恋というものがよく分からないらしく、結界越しに俺と横並びになって三角座りをしていた。

リッシュは俺と同い年らしいから恋が盛んな思春期はとうに過ぎている。

自分が分からずとも今まで誰かに言い寄られる事はなかったのかなと思ってふと聞いてみると、決闘に勝ったら付き合ってほしいと申し込まれる事は何度かあったんだそう。

だが、幼い頃からわき目も振らずに訓練してきたリッシュは、挑んでくる同い年の男共をバッタバッタと薙ぎ倒し、その内挑んでくる者がいなくなっていったらしい。

やはり、伴侶になるのであれば自分より強い雄がいいですね。と語るリッシュの目は、獲物を狩る獣のようにギラギラと輝いていた。

誰かと付き合うという事より、決闘のほうがメインで考えてそうだなと感じたが、あえて口には出さなかった。

下手な事を言ってジーンのように戦いを申し込んできたら嫌だったから。



そんな、短くも濃密な時間を過ごしたからこそ、三人にはきちんとお別れをしておきたかった。

何というか最近は、意思をゆっくり固める間もなく別れる事ばかりだな。

セナリやウル、同行すると勝手に思っていたミシェ。

ロメとエミリアに、エミア達。

その内、バオジャイとも別れをしなくてはいけない時が来るんだろうか。

やっと、短く切られる言葉にも慣れてきたところだというのに。

どうせ唐突に別れが来るのであれば、深く入れ込まないほうがいいんじゃないかとさえ思える。

そうすれば、別れの意思を固められなくとも落ち込む事はなくなるだろう。

誰とも仲良くなろうとしない、寂しい人間になりそうだけど。



「仕方ないですけどね」

「そうだよね、、。エミアさんはきっと立場がある人だから」



そう。

エミア達には守らなければならない立場がある。

この突然の別れも、仕方のない事なんだ。



「よし!切り替えてご飯作るね!」

「手伝いますよ」

「ありがとう」



いつまでも引き摺っていても仕方ない。

リビィと同じくそう考えた俺は、とりあえず体を動かして暗い考えを追い払う事にした。

ちなみに、それなりの声量で話していたのにバオジャイはまだ気持ち良さそうに寝ている。

敵が来たらすぐに察知して起き上がって撃退するが、そうでなければいつも大体こんな感じだ。

武人域に入ってから右も左も分からない俺とリビィを連れての旅で相当気を張ってると思うし、限界まで寝かせておこう。

でも、寝顔を少し見るくらい、怒られないよな。



「ケイト?」



ナ ニ モ ミ テ マ セ ン。

やっぱり、リビィの勘は鋭いな。

















「あー、だめだめ。共通貨幣では切符買えないよ」


汽車に揺られて数時間。

辿り着いたトリアーナで乗り換えの為に別の駅に入ろうとしたところ、面倒くさそうな表情をした駅員にそんな言葉で止められた。

さっきまで使っていた路線と今から乗る路線は鉄道会社が違うらしいから、切符の購入条件もまた違うのかもしれない。

元々乗ってきた路線は獣人域から離れていくルートしかないし、素直に従って換金してくるしかないか。

換金所は、、、。








「魔人が何の用だ」


駅のすぐ近くにあった換金所。

入ったそばから中に居る全員に敵意を剥き出しにされた。

アルムハルトから離れる程に、魔人へ対する当たりが強くなってきているように感じる。

敵意を剥き出しにされるくらいなら別に問題はないんだが、襲い掛かって来られたら面倒だな。

警戒は怠らないようにしておこう。



「換金」



周囲の視線など気にしていない様子で、バオジャイが共通貨幣を受付のカウンターに置く。

置かれた額は、次に乗り換えをする駅までの切符の料金よりは少し多めだ。

足元を見られた時用に、念の為多く換金しておくんだろう。

同じ状況に置かれた時の為に、バオジャイが取る行動をしっかりと覚えておこう。



「はっ!魔人が持って来た小汚ねえ貨幣を換金!?んなことするわけねえだろ!なあおめえら!」

「「「「そうだそうだ!!がっはっはっは!!」」」」



受付の男が、嘲笑いながらバオジャイに貨幣を突き返す。

言うまでもなく、バオジャイが出した貨幣は小汚くなどない。

色は少しくすんでるが、目立つ汚れは一つも付いてないからな。

まあ、受付の男が言ったのはそういう意味ではないんだろうが。


受付の態度といい、他の職員の嘲る笑いといい。

この場所は居れば居る程ストレスが溜まりそうだ。

だが俺のストレスどうこうよりも、立ち位置的に顔の見えないバオジャイが怒りで我を失わないかが不安だ。

少なくとも、室内で高威力の魔術は使わないと思うが───



「ケイト」

「は、はい」



怒気を孕んだような冷たい声に背中が粟立ちながらも、何とか返事を返してバオジャイの横に並ぶ。

ちらりと見えた目からは、表情が抜け落ちていた。

怒ってるな、、、。



「メダル」



何の事かと思いながらもバオジャイをこれ以上怒らせまいと必死に考えを巡らせ、投げつけられた短い言葉の意図を汲み取る。

そうだ、ここはトリアーナの換金所だ。

という事は、スコタディから貰ったメダルの出番じゃないか。

バオジャイの怒りが暴発しないように、ここからは俺が対処しよう。

完全アウェーで正直逃げ出したいが、バオジャイが怒り狂った時に比べれば今の状況のほうが何倍もマシだ。



「すみません」

「あ?なんだ?坊主」



カウンターに片肘をつきながら、横目で俺を見てやる気のない対応をする受付の男。

後ろで見ていた時から分かっていたが、やはり近くに来たほうが感じるストレスは大きいな。

精神が乱されないように、早めに片付けよう。



「レブロンさんは居ますか?」

「なんでてめえにそんな事────」

「レブロンさんはいらっしゃいませんかー!?」

「坊主、てめえ!!」



取り付く島もない態度の男に痺れを切らし、受付の奥にいる職員にも聞こえる大声で目当ての人物を探す。

名前を出した時の態度から、受付の男がレブロンでない事は分かっている。

分かってしまえば、態度が悪いだけの受付なんぞに興味はない。

実のところ、少し足が震えてるんだが、何とか交渉が終わるまでは気付かれないようにしないとな。



「私がレブロンだが、何か御用かな?薄汚い魔人殿」



受付の男を押し退けて奥からやって来たのは、筋骨隆々で今にも制服のボタンが弾け飛びそうなスキンヘッドの男。

顔には大きな傷があり、眼光は鋭い。

何というか、如何にも、という感じだな。

言葉は丁寧だが、それ故に軽蔑する感情が浮き彫りになっている。

その容姿や発せられる低い声に気後れしてしまいそうになったが、太ももを思い切り抓って何とか踏み止まった。

一小市民にこんな強面の相手は荷が重いが、頑張らないと、、。



「これを」

「ん?これをどこで、、」

「レオンバルトで、スコタディさんから頂きました」



俺がこのメダルを出してくる事は予想外だったのだろう。

レブロンがあからさまに驚愕を浮かべた。

驚いた顔も恐ろしいから、あまりこっちを見ないでほしい。

後退りしてしまいそうだ。



「はっ!何を言おうと換金なんてするわけ───」

「ドルーシ」

「は、はい。なんでしょうレブロンさん」

「多めに換金しろ」

「な!?なんでですか!?小汚い魔人なんかに──」

「私の指示が、聞こえなかったか?」



ドルーシというらしい受付の男に、レブロンが至近距離で凄む。

あんな強面に顔を近付けられるなんて可哀想だが、粗悪な態度を取った報いだと思ってもらおう。


ドルーシが持ってきたこの国の貨幣の額が間違っていないかバオジャイに確認してもらい、懐に仕舞う。

少し多めに渡してくれたらしいが、共通貨幣の正しいレートすらいまいち分かっていない俺に、そんな判別がつくわけない。

まあ、バオジャイが大丈夫だと言っているし、問題はないんだろう。



「小僧」



お金と取引明細書を受け取ってすぐに立ち去ろうとすると、レブロンに声を掛けられ、耳を貸すように指示される。

取って食われるような事はないだろうな。



「スコタディというのは、俺が仕えている御仁であり、武人域の裏社会を牛耳っているお方の名前だ。その名前は、薬にもなるが毒にもなる。下手に使い過ぎぬよう、肝に銘じておけ」



スコタディが裏社会のドン?

腰の低いただのおじさんに見えたあの人が?

俄かには信じ難いが、レブロンはわざわざ周囲に聞こえないように気を配ってまで嘘をつくような人間には見えないし、信じずともスコタディという名前を下手に使い過ぎないようにするのが賢明だろう。

どっちかというと、レブロンのほうが裏社会のドンに相応しい見た目をしていると思うんだが、、、。



「覚えておきます」



ひとまず当たり障りのない返事をして、相変わらず敵意剥き出しの視線を浴びながら換金所を出る。

たった数分の時間だったというのに、ドッと疲れてしまった。



「かっこよかったよ」

「ん」



そんな二人の称賛は照れ臭かったが、おかげで強張っていた体を少し弛緩させる事が出来た。

美女二人に褒めてもらえるのなら、頑張った甲斐があるというものだ。









「また来たのかい?いいかい?その耳をかっぽじってよーくお聞き。この駅では、共通貨幣では切符を買えな───」

「これで足りますよね?」

「な、、、。ど、どこかで盗んできたんだろう!?そんなものでは切符を売れないよ!」


再び訪れた駅の改札。

いちゃもんをつけて切符を売ろうとしない駅員に、換金所で書いてもらった取引明細書を見せる。

普段領収書系は受け取らないんだが、今回ばかりはしっかりと受け取っておいてよかったな。

明細書を見た駅員の表情は、分かり易く一変した。



「ちっ!分かった。分かったよもう!三人分の切符だ。持って行きな!」


バンッ!



机に叩きつけられた三枚の切符を受け取り、リビィとバオジャイに一枚ずつ配る。

良かった。

何とかなった。



「だがねえ!いくら切符を持っているからといって、魔人を乗客用の車両に乗せるわけにはいかないよ。あんたらは貨物車両に乗りな」

「なッ、、、」

「それが嫌ならとっとと帰るんだね!」



スコタディの名前を出して解決出来ないかな、と考えもしたが、レブロンに忠告されたばかりだし、口にしないほうがいいだろう。

バオジャイも反抗する気はないようだし、素直に貨物車両に乗っておくか。














「いつつ、、」

「大丈夫?」

「はい。何とか」


貨物車両で無理な体勢で揺られる事数時間。

陽が落ちて来たところで移動を止め、今日野宿する場所を探す事になった。

大量の木箱の隙間で身を捩り続けていたせいであちこちが痛いが、座れるスペースはリビィとバオジャイの二人分しかなかったし、仕方のない事だろう。

元の世界では苦手だったレディファーストも、中々身に付いてきてるんじゃないだろうか。

女性を大切にするというのは、こんなにも大変なんだな、、。






「止まって」


野宿する場所を目指して歩き始めて数十分。

突如立ち止まったバオジャイに合わせて、俺とリビィも制止する。

もしや、また銃の国か?

立ち位置を変えて前に立ちふさがるようにしてリビィを守り、周囲を警戒する。



ドッ────ドドドドドドドドドッ──────


「ん?」



意識を注ぎ込んだ耳に、遠くから音が聞こえる。

足音のように聞こえるが、その大きさから考えるとおそらく人のものではないと思う。

もし人だとすれば、音の感覚の短さから察するに、かなりの人数が走って近付いてきている。

音は徐々に近付いてくるが、暗闇ではまだその正体は捉えられない。

どこだ。

どこから来る、、、、。



「リビィ、結界。ケイトは私の後ろで援護」

「分かった!」

「は、はいッ」



姿がまだ見えていないというのに、バオジャイは迫りくるものの推測を済ませたらしい。

指示を出しながらも、視線は真っすぐ前方へと向けられている。



ごくっ───



リビィが後方で結界を張り終えたのを確認しながら、生唾を飲み込む。

使う魔術はまだ決めていない。

だが、何が来ても迎撃する気持ちは整え終えた。

魔物はいないと言っていたから人間か獣だとは思うが───



「なッ!?」



暗闇に幾分か慣れた視界。

その限界地点に見えたのは、猛然と行進してくるトラック程のサイズはある巨大なカマドウマの大群。


(き、気持ち悪い、、、)


発達した三対の足を順に地面に打ち付けて近付いてくる様は気持ち悪いとしか言いようがなかった。




「キュイ!!」

『キュキュイ!』

「待って」

「〝風華(フラエアー)〟!!!」




バオジャイの制止の声も聞かず、格納袋からキュイを出して精霊魔術を放つ。

放たれた幾つもの巨大な風刃が、迫りくるカマドウマへと襲い掛かった。



「当たった、、、?」



行進の音は止まったが、断末魔は聞こえてこない。

必死に目を凝らして数匹のカマドウマが無残に死に絶えているのは見えたが、さっきまで視認出来ていた数と明らかに合わない。

どこに行った、、、?



「上」

「う、うわあああああ」



バオジャイの指の先を辿って行くと、そこには上空に飛び上がったカマドウマの大群が。

こ、腰が抜けた、、。



「そこで見てて」



前方、すぐ近くに降り立つカマドウマ達に肌を粟立たせながら、一歩前へ出たバオジャイの指示に無言でコクコクと頷く。


(なんで何も魔術を放たない!?!?)


迫りくるカマドウマ達を、無言でじっと見据えるバオジャイ。

本当に倒す気があるのか不安になる程、微動だにしない。

だ、大丈夫なんだよな、、?

ギリギリまで来たところで避けて全部俺に押し付けるなんて事ないよな、、、?



「バ、バオジャイさん、、!?まだですか!?」

「ん。静かに見てて」



先頭のカマドウマまでの距離はもう50m程しかない。

早く倒してほしいし一人では大変なのであれば俺が手を貸したいが、下手に魔術を放ってさっきみたいに跳躍されるのは嫌だ。

あの光景は絶対、夢に出てくる。





「〝土壁(ウォール)〟」


────ドンッ!!!





城壁かと見紛う土壁が形成され、カマドウマの大群は勢いそのままに目の前に突然出来たそれにぶち当たり、衝撃音を鳴らして息絶える。

いや、確認はしていないが、相当大きな音だったし、まず間違いなく息絶えていると思う。



「〝瀑布(グラブ)〟」


グシャッッッ───。


「ひっ!」



後方に居て土壁への衝突を避けて飛び上がった数匹のカマドウマを、バオジャイが纏めて地面に叩きつける。

数メートル先に巨大な虫が落ちてきたせいで変な声を出してしまった、、、。


(大丈夫だな?大丈夫だよな?もういないよな?安心していいよな??)


胸中に蔓延した不安を必死に落ち着けながら、目が回りそうな程に首を回す。

動くカマドウマの姿はもう見えないし、足音も聞こえない。


(よかったあ、、、)


どうやら、無事に全てのカマドウマが死に絶えたようだ。

トラウマものだな、あれは。



『キュキュイ♪』



俺の不安を察してか、ただ久々に外へ出られた喜びからか、上機嫌な様子で顔を摺り寄せてくるキュイの頭を撫でる。

精霊魔術を使ったというのに、大きさに変化は見られない。

まあ、一発放ったくらいではそうそう変わるものでもないか。



「戦い方、覚えた?」

「あ、はい」



殲滅を終えた安堵で、バオジャイに気の抜けた返事をする。

もう二度と同じような状況に陥りたくないが、もし、万が一、カマドウマの大群に再度襲われるような事があれば、ギリギリまで引き付けて土壁に衝突させればいいという事は覚えた。

残党は重力魔術で地面に叩きつける。

俺が形成する土壁はバオジャイの四分の一程のサイズしかないから、同じくらいの数が襲ってきたらこの作戦では対応し切れないとは思うが、、、。

ギリギリまで引き付けた上で、土壁を避けて飛び上がってくるカマドウマの大群。

想像しただけで身震いが止まらない。

言わずもがな武者震いではない。





「あれは一体なんなんですか、、?普通の虫ではないですよね、、」


リビィと合流して移動を再開し、道中、気になっていた事を聞いてみる。

バオジャイは武人域には魔物がいないと言っていたが、あのカマドウマは魔物と同様の脅威のように思えた。

碌に戦っていないから分からないが、行進速度や跳躍力を見る限り、その強さも魔物と変わらないように思える。

魔物ではなく通常の生き物とも違う。

あれは一体なんなんだろうか。



「多分、異態(いたい)

「異態、、ですか?」

「ん」



名称を聞いただけでは当然、それが何を意味するものなのか理解は出来なかった。



「武人域では稀に、人と同じように祝福を受ける虫や獣がいる。それが異態」

「祝福を受けるだけで、あんなに肥大化するんですか、、、」



仕組みとしては、魔物と似ているような気がする。

変化の基となったのが、魔力であるか加護であるかの違いだけだろう。

あんなのがいるのであれば、先に教えてくれておいたらよかったのに、、。



「あの大きさと数は異常。出没する場所もおかしい」



バオジャイ曰く、本来であれば異態は大した脅威にならない存在なんだという。

数年単位で見れば数匹程度、あれだけ肥大化したカマドウマが出現する事もあるかもしれないそうだが、それはかなり低い確率なんだそう。

稀にしか見ない大きさ、有り得ない大群のせいで、見慣れているはずのバオジャイでさえ異態と言い切る事が出来ない程なんだとか。

誰かが怪しい薬かなんかで異態を生み出したのか、たまたまそういう時期なのか。

人が祝福を譲ったり作成したりする事は絶対に出来ないそうだし、歴史的に見ても異常な状況だというから、どちらも違うのかもしれない。

ただでさえ武人域という慣れない土地に齷齪(あくせく)しているというのに、変なオプションを付けるのはやめてほしい。

カマドウマでは、食料にもならなそうだしな。



「異常事態って事は、これからも似たような状況に陥る可能性があるって事ですか?」

「、、、ん」



少し考えた後、バオジャイが俺の言葉を肯定する。



「異態はさっきの虫限定ですか?」

「虫や獣。色んな種類がいる」



備えあれば憂いなし。

バオジャイから、今までに見聞きした異態の種類を聞いておく。

話を聞く限り、確かにバオジャイが認識しているものは全て通常の獣程度の脅威のようだ。

少し足が速かったり、体が頑丈だったり、力が強かったり。

日本ではニュースになるような内容だろうが、強者の多い武人域では大した問題にならないだろう。

どちらかというと、良い訓練の相手が出来たと嬉々として向かっていく者が多いんだそうだ。

ジーンやリッシュが特別戦いが好きなだけかとも思っていたが、武人イコール脳筋の方程式を頭に書き記しておいても問題なさそうだな。



「私が知ってるのは今教えたのだけ。でも、、」

「あまり参考にしないほうがいい、ですか?」

「、、ん」



何が起こっているのか分からない俺やリビィよりも、事の重大さを明確に理解しているバオジャイのほうが先行きを考えて不安そうな表情を浮かべている。

魔人への強い風当たりに、銃の国に異常な異態の発生。

それらを全て潜り抜けて、無事に獣人域に辿り着けるんだろうか、、、。

ああ。

不安だ。

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