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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
八章
69/104

六十六話「戦雲」



────バァン!!!!!


「がっはっは!!久しいなシスティオーナ!壮健か!?」

「、、、ん」


ココットの宿を出た後、セジンの店に寄り、約束の時間より少し早くやってきた総統府。

通された応接室にやってきたのは、豪快という言葉を体現したような男。

ウルと同等の背の高さで、軍服の上からでも分かる頑強な筋肉を携えている。

ダークブロンドの髪は短く切り揃えられ、彫りの深い顔立ちによく似合う白に茶混じりの髭が口周りで控え目に主張している。

年齢は30歳~40歳くらいか。

一人で入って来たし、この人がジーンと見て間違いないだろう。

バオジャイが悪感情を隠そうともしない相手というのは珍しい。

苦い野菜相手くらいにしかした事のない表情をしている。

ジーンの豪快な感じは別に嫌いじゃないし、悪い人ではないと思うんだが、、、。

何か嫌うべく理由があるんだろうか。



「戦うか!!」

「いや」



成程。

シェリルと同じタイプのようだ。

背負っている大剣の柄に手を掛けながら意気揚々と戦いに誘うジーンを、バオジャイはすげなく断った。

メヒトの手紙で大まかな要件は伝わっていたはずなんだが、何で何よりも戦う事を優先するんだ、、。

この人は戦闘民族か何かなんだろうか。

まあ、あのメヒトが書いた手紙だ。

要件を伝えようとすらしていない可能性も充分にあり得る。



「ん?お前らは誰だ?」

「ケイトです」

「リビィです」

「私の友達」

「お前に魔人の友達、、?がっはっは!!笑わせよる!」



それ以上笑うのはやめてほしい。

バオジャイの機嫌が分かり易く悪くなっていってるから。

やっぱり戦うとか言われたら困る。



「まあいい。要件を聞こう」



ジーンが豪快に、机を挟んで向こう側にあるソファに腰掛ける。

ソファの隙間から、圧力に押されて多量の空気が漏れ出す音がした。



「手紙は読んだ?」

「あん?あー、フィオの小僧からの手紙か。軽く目は通したが大して覚えとらんな。お前が直接来るのであれば、手紙を読む必要もなかろうよ」

「はあ、、、、」



盛大な溜め息がバオジャイから漏れ出した。

うん。気持ちは分かる。

読まずに燃やそうとしていたバオジャイも同じようなものじゃないかと思ったが、それは言わずにおいた。

順調に蓄積されていってるストレスの矛先にされたくないからな。



「住む場所を提供してほしい」

「お前も武人域を追い出されたタチか?」

「ん」

「そういえば武人の血が入ってたな」



溜め息を吐き、豪快な動きで頭をボリボリと掻くジーン。

不潔に思えるそんな動作でさえ、この男には似合ってしまう。



「結論から言う。無理だ。住む場所は提供出来ない」



齎された答えは、今朝方予め予想していたものだった。



「なんで」

「この国は何とか抑え込んでるが、他国ではディベリア神聖国や神王様のやり方に反感を覚える輩どもが暴徒と化している。その影響で各地で暴動が起こり、逃げて来たやつらで宿が埋まり、結果、魔人域から追い出された連中の受け入れ先すら確保出来ない状況に追い込まれてる。暴徒如き力で抑え込むのは簡単だが、発生している範囲が多過ぎて手が回らんのが現状だな」



神王へ反感は覚えようとも、神王を交代させるべきだと訴える者はいないらしい。

あくまで暴徒の怒りの矛先は、ディベリア神聖国。

同じ武人達が強制的に追い出された事に怒りを覚え、無理矢理にでも魔人域に攻め込んで戦争を起こすべきだと、場当たり的に感情のままに声を上げる暴徒が後を絶たないそう。

声を上げるだけなら日本でも見かけるデモ活動のようなものと同じで実害はないと思うが、怒りを抑えきれない暴徒が各地で力の限りに暴れ回っているせいで、仮説集落の人達を受け入れられる安全な場所が中々無いのだという。

アルムハルトの宿が満室ばかりなのは時期的なものではなく、その暴動のせいなんだな、、。

謎が一つ解けたと同時に、自分の力では解決が出来そうもない問題に直面させられた。

他国で発生しているという暴動を収めなければ、いくら待っていても宿の空きは出来ない。

アルムハルトを出て別の国で宿を取れないものかと考えてもいたんだが、魔人に対して良い感情を持っていない暴徒が多く居る場所で宿を取るというのは、絶望的なまでに難しいだろう。

宿が取れたとしても、同じ国の人間にすら牙を剥く暴徒達が俺達に牙を剥かないとは考え辛い。

そうなれば、野宿以上に周囲の警戒を怠れない生活になってくる。



「ボドルコでも難しい?」

「無理だろうな。ボドルコに限らず、他の国でも数か月は泊まれん」



ボドルコというのは別名槍の国というそうで、アルムハルトの隣国らしい。



「場所によっては、魔人というだけで迫害され、虐殺されたという報告も上がっている。お前が簡単にやられるとは思わんが、、」



そう言って顎髭をしごきながら、ジーンはちらりと俺とリビィを見た。

その目にはこれからの事を心配する優しさなどは微塵も感じられない。

足手まといを見るような、吐き捨てる視線に見える。

聞いた限りでは武人というのは弱肉強食で強さを至上とするらしいから、向けられる視線は仕方のないものなのかもしれない。

魔人域ではそれなりに強かった自信はあるが、バオジャイと比べられてしまっては、消えてしまいそうなほどに存在が霞んでしまう。



「獣人域は?」

「安全だ」



獣人域へ行くには暴動が起こっている国々を通過しなくてはならないんだが、それでもいつまでも野宿をしているよりはマシだという判断だろう。

バオジャイの育ての親が居るという集落もあるらしいし、安全は確保出来ると思う。

、、、ん?

よく考えたら、メヒトはこの事態を見越してバオジャイの育ての親への手土産を持たせたのか?

酒樽は格納袋を持っていないバオジャイが一人で獣人域まで運ぶのは大変そうだし、きっと俺達が獣人域まで同行する事態になるというのを見越していたんだと思う。

どこまで先見の明が冴えているんだ。

それとも、武人域の現状をどこかから知り得ていたとか?

聖域は腐愚民炙り出し計画以後一方通行らしいし、それは不可能だと思うが、、、。

だがメヒトなら、個人で武人域まで渡る魔法陣くらい作っていそうだな。

そんな魔法陣が本当にあるなら、使わせてほしかった。

三人での旅が楽しくなかったわけではないが、野宿は快適ではないからな。



「分かった。行ってくる」

「獣人域までか?」

「ん」

「お守りしながらはお薦めせんぞ」



ここまで直球で言われると、いっそ清々しいな。

一緒に行動してくれるのが当たり前になっていたが、対価を払っているわけではないし、バオジャイが俺とリビィに世話を焼く義務はない。

勿論一緒に居てくれたほうが心強いし有り難いが、突然一人で行動しだすと言っても、引き留められる材料がないんだよな、、。

ネイディアの雫がバオジャイの愛してやまないお酒だと知っていたら、目的遂行後の報酬に残しておいて交渉する事も出来たのに。

、、、いや、そんな先を見越した駆け引きなんて、俺に出来るはずないか。

俺に出来るのは、バオジャイを信じる事だけだ。

きっと、安全が確保出来るまでは一緒に居てくれると。



「私が守らなくても大丈夫」

「ほう?」



バオジャイの信頼は嬉しいが、肩を軽く叩きながらジーンに弟子を自慢するように見せつけるのはやめてほしい。

戦闘狂からの探るような視線は嫌な思い出があるんだ。



「戦うか?」



ほらやっぱり。

シェリルと同類だこの人は。

武人域で一番強い人になんて、勝てるわけがないのに。

戦った事はないそうだが、ジーンはウルが軽傷を負わせるのがやっとの強さらしい。

そんな化け物と戦えば、三途の川をモーターボートで渡ってしまいそうだ。



「ふん。逃げ腰か」



何とでも言ってくれ。

死ぬか挑発に耐えるかどちらかと言われれば、考えるまでもなく後者を選ぶ。

キュイの力を借りれば、全速力で逃げ切る事くらいは出来そうな気はするけど。



「武人域では、許可なく挑んでくる輩が五万といる。魔人に対して悪感情を抱いている者が多い今なら尚更な。後手に回っては守るべきものすら守れん事を肝に銘じておけ」

「、、、はい」



ジーンの忠告は、無下にせずに覚えておこう。

リビィを失うような事態になってしまっては、悔やんでも悔やみきれないからな。











「買い出し?」

「ん」


最後の最後でバオジャイと戦おうと剣を抜いたジーンだったが、戻りが遅いと激昂した部下に連れ去られていったおかげで、無駄な時間を食わずに済んだ。

仕事が山ほどあるだろうし、部下が激昂していたのも仕方のない事だろう。

話す時間を作ってもらっておいた側が言うのはなんだが、早々に連れ去ってくれて助かった。


今居るのはアルムハルトの商業街、サンペルト通りの一角。

獣人域へ向かうには約一週間の汽車での移動をする必要があり、その間野宿するのに必要なものを買い出しに来ている。

粉ではないきちんとした石鹸があったり、木炭や七輪があったり。

魔人域でしていたよりは、格段に快適な野宿になりそうだ。

七輪より便利な魔力駆動式のコンロがあるのだが、魔力は節約しておくに越した事はない。

後は替えの下着なんかも欲しいな、、、。



「ねえねえバオジャイさん」

「なに?」

「私、野菜が売ってるところに連れて行ってほしいって言ったんだけど」

「ん。ここ」

「ここは果物屋さんだよ、、、」



買い出しを手早く済ませる為に、アルムハルトに住んでいた事があるというバオジャイに道案内を頼んでいるのだが、リビィがどう頼もうと八百屋に連れて行こうとしない。

そんなに野菜嫌いなのか、、、。

うっかり間違えてしまったみたいな表情をしているが、これは確実にわざとだな。

野菜が特別好きというわけではないけど、全くないのは辛いし自分なりに探してみるか。



「リビィさん。あれ野菜じゃないですか?」

「え?あ、ホントだ」



バオジャイが絶望したような表情をしようと関係ない。

俺はたまには野菜も食べたいんだ。

偏った食生活をして痛い目を見るのは、一人暮らしをし始めたばかりの頃だけで充分だからな。

あの時はいつも体調を崩していた気がするが、あれはきっと、食生活が大きく関わっているのだと思う。

毎食のようにカップラーメンを食べていたら、それは体調を崩しても仕方ない。



「ケイト、これ持って」



リビィから竹編みの籠を受け取る。

入口付近に積んであったし、これに買うものを入れてレジまで持って行くんだろう。

レジスターはないが、カウンターの近くに人が立っているし、おそらくあそこでお会計をするのだと思う。

レジ番の女性は、手に持ったそろばんで肩を叩いていて暇そうだ。


(、、ん?)


次々に籠に入れられていく野菜。

その中に、既視感のある野菜があった。

白い棒状で、頭の辺りには緑色の髪の毛にも見える葉が生えている。

間違いない。大根だ。

大根はそこまで好きな野菜ではないのだが、久しぶりに食べられるとなったらまた話は別だ。

出汁を取れるのであれば、おでんなんかも食べてみたいな。

野菜メインだし、バオジャイが嫌がりそうだけど。



「しめて銀貨一枚だね」

「銀貨、、、。はい。これでお願いします」

「毎度あり」



武人域の共通貨幣は、

銭貨、小銅貨、銅貨、大銅貨、小銀貨、銀貨、金貨の六種類。

日本円に換算すると、

小銅貨・・・10円

銅貨・・・50円

大銅貨・・・500円

小銀貨・・・1000円

銀貨・・・5000円

金貨・・・10000円

といったところだろうか。

籠に入れられた商品を見ながらそろばんを弾く指を見た限りでは、大体合ってると思う。

そろばんの形や球の数、配列は一緒だったし、計算方法も一緒だろう。

たったの数か月で辞めてしまったそろばんが、こんなところで役に立つとは。


(もしこの計算が合っていたとして、野菜と少しの果物だけで5000円を超えるとは中々の買い物だったな、、、)


通りで籠がずっしりと重かったわけだ。

まあ、格納袋に入れてしまえば重さなんて感じずに持ち運びが出来るんだが。

格納袋様様だな。

ちなみに、共通貨幣以外にもそれぞれの国のみで使われている貨幣もあるらしく、共通貨幣のレートは、その国独自の貨幣に依存するらしい。

バオジャイ曰くそこまで大きく変わる事はないらしいし、あまり気にしなくてもいいだろう。

移動する度に換金をする手間は掛けたくない。





「次は、、。干し肉とか干し魚売ってるところある?」

「ん。案内する」


野菜の時とは打って変わって、食い気味に案内を開始するバオジャイ。

分かり易い、、。

初対面の時に感じた恐怖は、もう殆ど薄れてきていた。



「え!?これ一つで金貨一枚ですか!?」

「ああ。それが嫌ならとっとと帰るんだな」



リビィが手に持っているのは、薄くスライスした干し肉。

それが200gくらい?入った紙袋だ。

確かに、あれだけで金貨一枚、一万円というのは高過ぎる。

特別高級な肉というわけではなさそうだし、魔人域では同じ量で六分の一くらいの値段で購入出来ると思う。

もうちょっと安かったかな?



「嘘。ちゃんとした値段で売って」

「あ゛あ゛!?なんか文句でも──」

「なに?」

「き、鬼人じゃねえか」



鬼人?

そういえば、昨日街中に居た主婦もバオジャイの事を鬼人と呼んでたな。

見た目も中身も鬼人と呼ばれるような要素はないのになと思ったが、怒った時は髪が風で逆立って般若のような表情をしていた事を思い出した。

あの状態なら、鬼人と呼ばれていたとしてもなんら不思議ではないか。



「値段。下げるの?下げないの?」

「ま、待ってくれ!分かった!分かったから!!」



不機嫌を全面に出し、手の平に炎を浮かべて値切りという名の脅しをするバオジャイに店主が折れ、結局本来の価格より安い値段で買う事が出来た。

干し肉や干し魚に加え、売り物ではない店主が隠していた香辛料まで。

八百屋に中々案内してくれなかった時は大丈夫か?と思ったが、バオジャイが居てくれて良かった。

安く買い物が出来て、リビィもご満悦だ。



「バオジャイさんが居てくれれば、安全な旅路になるんじゃないですか?」



さっきの店主の反応を見て、思った事を聞いてみた。

顔を見ただけで怯えて値引きまでしてくれるのであれば、バオジャイの存在が牽制になって、暴徒が襲ってくる事もなさそうだ。

そうなれば無為に戦う必要もなくなるし、安全な旅が出来る。



「それは無理。怯えるのはアルムハルトの人だけ」

「何したの、、」

「秘密」



バオジャイの存在や名声を有効活用出来るのは、アルムハルトだけらしい。

ここに住んでいた事があると言っていたし、その時に何か問題を起こしたのかもしれない。

大方、失礼な事を言われて暴れたとかだろう。

怒ったバオジャイの姿は、素の姿を知らなければトラウマになる事間違いなしだからな。

俺と同じく被害にあった人なんだと考えると、さっきの乾物屋の店主にもなんだか仲間意識が芽生えてきた。

被害者の会でも立ち上げようかな、、、、。

まあ、俺の場合はバオジャイではなく、メヒト相手の被害者の会を立ち上げたいけど。

それなら、賛同してくれる人が沢山いそうだ。






「買い物終わり?」

「うーん、、。うん。もう大丈夫だと思う」

「ん。セジンのお店寄って出発する」


朝、セジンの店に立ち寄ったのだが、徹夜をしたのかセジンは作業場で屍のように爆睡していた。

そのすぐ近くに完成品らしき篭手はあったのだが、何も言わずに取っていくのは悪いし、気持ちよさそうに寝ているところを邪魔するのも申し訳ないという事で、結局朝は受け取る事が出来なかった。

扉の鍵を閉める事も忘れて徹夜で作業をしてくれていたというのは、何ともセジンの人柄を感じさせられる。

口は悪いが、情に厚く、仕事熱心なタイプなんだろう。






「おぉん?来よったか」

「ん」

「置手紙なんぞしよって」


相変わらず、職人気質の不器用な対応だ。

買い物を終えてやって来ると、セジンは椅子に座ってカウンターに肩肘をついて暇そうにしていた。

暇なはずはないんだが、こんなにゆっくりしていて大丈夫なんだろうか。

セジンの言う置手紙とは、朝の内に取りに来なくても心配しないようにとバオジャイが書き置いたもの。

流石に、篭手の上に置いていたから気付いてくれたようだ。



「出来とるぞ」



そう言ってセジンがカウンターの引き出しから木の箱を取り出し、中に入った篭手をバオジャイへ渡す。

大きくサイズも変わり、破れた皮の部分は張り替えられて使用感は薄れているが、それでも元々の篭手の名残りは残っている。

雰囲気というか何というか。

かといって古びた感じがあるわけではなく、性能は問題がなさそうだ。



「ん。満足」



篭手を胸元で抱きしめて、バオジャイが柔らかい笑みを浮かべて一言、そう零した。

性能を取り戻しつつも名残りを残している篭手の仕上がりに、ご満悦なようだ。





「暫くはアルムハルトか?」


篭手をローブの内側に仕舞ったバオジャイに、セジンが問う。

何となく、娘を心配する親のような優しさを感じられる。

バオジャイから受け取ったばかりのネイディアの雫を煽って上機嫌になっていなければ、良いお父さんのように見えるんだがな、、。

何とも締まらない。



「もう出発する」

「どこに?」

「獣人域」

「まあ、それが無難か」



獣人域に行くという案は、セジンも賛成のようだ。

武人域の現状を知っているであろうセジンが賛成してくれると心強い。



「アッセムには寄るのか?」

「落ち着いたら」

「そうしろ。あの国は暴動が一番ひでぇ」



アッセムというのは斧の国らしく、バオジャイの亡くなった父親の生まれ育った国らしい。

お墓があるそうだから寄ってあげたいが、暴徒に囲まれたら確実に俺が迷惑を掛ける事になるだろうし、自分からは誘い辛いな。





「行ってくる」


無言でひらひらと手を振るセジンの背を見ながら、店を出る。

これで、全て準備は整った。

後は獣人域へ向かって出発するだけ。


(大丈夫だろうか、、、)


正直なところ、かなり不安がある。

暫くは移動続きで野宿になるだろうし、その野宿すら安全な場所を確保出来るかどうか分からない。

ただでさえ武人域についての知識が殆どないというのに、そんな中、不安を色々抱えて旅をしなくてはならないんだ。



「バオジャイさん。本屋さんだけ寄ってもいいですか?」

「買いたい本あるの?」

「はい。武人域について学んでおこうと思って」

「ん。あっち」



せめて、道中買った本を読んで勉強しておこう。

こんな事なら、メヒトの家で武人域について書かれてある本を数冊借りておけばよかった。

良い本が見つかればいいけど、、。





「ぎゃああああ!あっしの書類がああああ!!」





本屋へ向かう最中、後ろから聞こえてきたのは見知らぬ男の嗄がれた叫び声。

男の視線を辿って行くと、屋根より高い中空に3枚の紙が風に乗って漂っていた。

一度でも強く風が吹けば、手の届かない範囲まであっという間に飛んで行ってしまいそうだ。


必死に店屋の壁を登って取りに行こうとする男を、誰も助ける様子はない。

何というか、昔一度言った東京の中心部のような印象を受ける。

誰かが助けるだろうと自分から動こうとはしない冷たさを、その場にいる全員から感じられるようなそんな印象。

魔力は無駄使いしたくないんだが、、、、。




「よっと」




足に力を込めて飛び上がり、たった今風に煽られて遠くへ飛んで行きそうだった一枚の書類を掴む。

勢いよく掴んだせいで多少シワは入ってしまったが、これくらいは勘弁してもらおう。

あと二枚は、、、。


(あれだな)


店屋の屋根に付いている風見鶏に引っ掛かっている書類に狙いを定め、空中に作った足場を蹴るイメージで勢いを付けて掴み取る。

危うく自分の動きで発生した風で吹き飛ばしてしまうところだった、、。

残り一枚は天高く舞い上がっているが、あれくらいの高さ、どうという事もない。

最後の一枚を回収しながら、高所恐怖症でなくて良かったと心から思った。



「うわっとっと、、」

「ケイト!大丈夫!?」

「だ、大丈夫です」



下から見上げてくるギャラリーの為に格好良く着地しようと中空で一回転した事がアダとなり、尻もちを着いてしまった。

恥ずかしい、、、。



「あ、ありがとうごぜえます!見知らぬ旦那!」

「いえいえ」



回収した書類を受け取った後、俺の手を握って上下に激しく揺さぶる男。

感謝をしてくれるのは有り難いんだが、出来れば早くこの場を立ち去りたい。

最後の尻もちのせいで周囲から向けられる視線が痛いんだ。



「本当に、本当にありがとうごぜえやす!これがなくなっちまっては、あっしはもー!どうしたらいいものかと!!」



分かった。分かったから!!

往来で大きな声を上げるのは勘弁してくれ!

無理矢理引き剥がして逃げるか、、?




「ま、待ってくだせえ!せめて!せめてお礼を!」




何も言わずに去ろうと思ったが、去り際に聞こえたそんな言葉に足を止めさせられた。

別にお礼がしてほしくて助けたわけじゃないが、貰えるというのなら貰っておいたほうがいい、かな。

貴重な魔力を消費してまで手助けをしたんだし。



「何か欲しい物はありやすかい?手持ちは大してありやせんが、倉庫まで取りにいかせてもらえるってんだったら、大抵の物は用意出来やすぜ」

「それなら、、、」



自信たっぷりに大抵の物を用意出来ると豪語する男に、武人域や武人について学べる本をリクエストしてみる。

倉庫がどこにあるのかは知らないが、出来れば背負っている大きなリュックに入っていてくれたら嬉しい。

取りに行くのに時間が掛かっては、今日中に移動距離が稼げないからな。



「そんなものでいいんですかい?」

「はい。出来れば数冊いただければ」

「ちょいとお待ちください」



人の邪魔にならない路地裏で重そうなリュックを降ろした男が、中をがさごそと探り出す。

リクエストした本は、どうやらリュックの中にあるようだ。

倉庫まで付いて来てくれと面倒な願い事をされなくて良かった。



「ああ、、。一冊しかありやせん、、」

「それで充分ですよ」

「いや!それではあっしの気が済みません!倉庫に行けばまだ何冊もありやすので是非!!」



せっかくこの場で済ませられると思ったのに、結局そうなるのか、、、。

自他共に認めるノーと言えない日本人だが、ここは勇気を出して断ろう。

面倒事には出来るだけ巻き込まれたくないんだ。



「急ぎで行かなくてはならないところがあるので、時間は取れないんです」



今から本屋に行こうとしていたくせに何を言っているんだと思いながら、そう言い訳をして断った。

すると、数合いのやり取りの後、思いの外あっさりと倉庫へ連れて行く事を諦めてくれた。

その代わりと言って護身用の短剣を渡されたが、解体用のナイフはあるし使う機会はないだろう。

魔術で人を殺めるのも嫌なのに、確かな感触のあるナイフで人を殺めるなんて、考える事すらしたくない。

まあ、受け取らなかったら解放してくれなさそうだし、一応貰っておこう。




「これからどこへ行かれるんです?」


剣の受け取りも終わり、そろそろ駅に向かおうとしたところで、男がそんな事を聞いてきた。

特に隠す必要もないか。

そう考えて、理由は伝えずに、獣人域へ向かうという事だけを教えた。



「獣人域、、、。それなら、トリアーナは通りやすよね?」



どこかの地名なんだと思うが、武人域に詳しくない俺には勿論分からない。

助けてほしいという意味を込めてバオジャイに視線を向けると頷いてくれたし、きっとトリアーナというところは通るのだろう。



「よっぽどの理由が無けりゃ、今向かうのはお薦めしやせん。トリアーナはネヒディアで一番と言っていいほど暴動が広がってやす。魔人である旦那方が向かえば、無事でいられるかどうか、、」

「大丈夫」



胸を張ってそう答えたのはバオジャイ。

確かに、バオジャイがいれば暴徒くらいどうという事はない。



「武力では解決出来ない問題も多くありやすぜ?」



買い物をさせてもらえない、食事を摂らせてもらえない、汽車に乗せてもらえない。

暴動に巻き込まれるだけでなく、そういった街を上げての嫌がらせがトリアーナでは多数発生しているらしい。

買い物や食事は大丈夫だとは思うが、汽車に乗れないというのは痛いな。

汽車に乗せてもらえないという事は、自動車や馬車にも乗せてもらえないと考えたほうがいいだろう。

そうなれば、徒歩か空を飛んで行くかしかない。

どれだけの時間が掛かる事か、、、。



「旦那。これを」



そう言って男に渡されたのは、一枚のメダル。

メダルの片面には、裏向けられたトランプの絵柄が彫られている。



「トリアーナで困り事があれば、駅近くの換金所へ寄ってくだせえ。そこでレブロンという男にこのメダルを見せてあっしの名前を言えば、きっと力になれやす」



何というか、隠し切れない怪しい匂いがするんだが、親切心で言ってくれているのだろうし、書いてくれた換金所の地図と一緒に受け取っておこう。

地図を受け取るのと同時に教えてもらった男の名前は〝スコタディ〟。

忘れないように地図の端にでも書いておくか。

何の問題もなく汽車に乗れるのが一番だが、何かあれば遠慮なく名前とメダルを使わせてもらおう。



「それではあっしはこれで」

「はい。ありがとうございました」

「これくらいお安いもんでさあ」



スコタディを見送り、今度こそ駅へと向かう。

アルムハルトを出ればバオジャイの威光が意味を成さない。

戦って解決出来ない問題もある。

正直なところ、そんな環境に一週間も置かれるというのはかなりの不安があるが、、。


(行かないわけにはいかないよな、、、)


とりあえず獣人域に着くまでの一週間、気を張っておこう。

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