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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
八章
67/104

六十四話「浸透する科学」



「車、、だよね?」

「そう、、ですね」


すぐ近くまでやってきた車を見て、確証を持てずにそう聞いてくるリビィに、半信半疑で答える。

近代の、箱のような見た目の車ではない。

扉は上半身を隠せていないし、ガスの元栓のようなつまみがあるし、運転席前方の下部から、車の下を撫でるように蒸気が出ている。

それでも尚車と分かる事が出来たのは、タイヤが四輪付いているという事もそうだが、昔に社会の教科書で似た見た目のものを見た事があるからだ。

確か、蒸気自動車という名称だっただろうか。

四輪で運転席を初めとして座席が四席設けられており、運転中は蒸気が出ている。

それだけの条件が揃っていて見た目も既知のものであるなら、即座に答えを導き出せても不思議ではないか。



「よいしょっと。運転手も一緒に連れてきましたので運転は任せてください」

「ん。ありがとう」

「運転手を務めさせていただきますアドットと申します。駅までの短い道のりではありますが、宜しくお願い致します」



車を降りて腰の低い丁寧な挨拶をしてきたアドットは、適度に筋肉のある老紳士。

見た目もそうだが、発せられる渋い声も相まって同性でも分かる程の色気を放っている。


(この世界には美形が多いのか、、、?)


ハリーはアジア系の顔立ちで、身内であればカッコイイと言うであろう程度の顔だが、リビィもバオジャイもアドットも、今から車に乗る人は俺以外全員美形だ。

普通くらいのハリーですら俺より断然カッコイイのだから、必然的にこの場で一番顔面偏差値が低いのが俺になるわけだが、、、。

何となく、やるせない気持ちになった。



「お足元、お気を付けください」



アドットの丁寧な対応に、身分が高くなったような感覚が味わいながら後部座席へ乗り込む。

初めて乗る蒸気自動車は今まで乗り慣れて来た車程隣の座席との距離が空いておらず、隣に座ったリビィと、気を付けていなければ肩が当たってしまいそうな近さだ。

初めの頃よりは慣れたつもりでいるが、まだこの距離まで近付くと緊張するな、、、。

リビィは横顔もやはり美人だ。



「どうしたの?」

「いや、なんでもないです」



つい見惚れてしまっていたら、リビィに気付かれてしまった。

絵画を見ているような気分になって、じっと見てしまうんだよな、、、。

顔が整い過ぎてるリビィが悪いと、心の中で理不尽な悪態を吐いた。



「蒸気自動車なんて初めてですね」

「そうだね」

「武人域へ来られるのは初めてですか?」



危なかった。

アドットが運転席に居る事を忘れて、前の世界での自動車の話をするところだった。

タクシーで話し掛けられるのは苦手だが、今回ばかりは運転手の気遣いに助けられたな、、。

武人域では腐愚民排斥派があまり居ないとはいえ、隠しておくに越した事はないだろう。



「ええ、初めてです。ずっと馬車だったので」

「武人域でも、五十年程前は馬車が主流だったんですがね。長い年月を掛けてゆっくりと自動車へと移行してきたのです。乗り心地は悪くないですか?」

「はい」



今までに乗って来た自動車程の安定性はないが、昔乗せてもらった大型バイク程度の安定性はある。

気になる事があるとすれば、時折蒸気が上がってきて顔を掠めていく事くらいだろうか。

特にその蒸気が不快という事もないし、連続して鳴り続ける音も慣れてしまえば心地良い。

これだけ乗り心地が良いなら、魔人域でも馬車を廃止して自動車を普及させればいいのにと思うんだが、そう簡単にもいかないのか?



「魔人域には転移魔法陣がありますし、短い距離であれば馬車、もしくは空を飛ぶ事で早く移動出来ます。製造法を持ち帰った外交官もいるそうですが、普及しなかったようですね」



その外交官は既に引退しているらしいが、年代を聞く限り、ウルの前任の人物だったんじゃないかと思う。

転移魔法陣があれば長距離の移動が一瞬で出来るし、車を必要としなかったのかもしれない。

もしくは、馬車で生計を立てている人達からの猛抗議があったとか。

武人域でも馬車から車へ以降する時に猛反発があったそうだから、魔人域で同じ事が起こっていてもおかしくはない。




「おお、、、」


馬力は大丈夫なのかと心配していたが、それなりに急な坂もスピードを落とす事なく問題なく上れている。

ついつい感嘆の声が零れてアドットに笑われてしまった。

馬鹿にするような笑いでなかった事が唯一の救いか。

イケメン老紳士は、笑っている姿も様になる。


驚いたのは車の性能だけではない。

流れていく街の景色を見ていて気付いた事がある。

なんと、鉄筋コンクリートで建てられたであろう家が多く見られた。

勿論全部が全部同じ造りをしていたわけではないし、魔人域と同じような石造りやレンガ造りの家も多くあったが、それでもコンクリートの壁を見るだけで、何故かグッと近代に近付いたような感覚を覚える。

途中通った商業街にはガラス張りのお洒落なお店があったりと、見慣れたもののはずなのに何故かワクワクさせられた。

田舎から都会に出て来たばかりの少年のような気持ちだ。

見るもの全てが目新しい興奮を覚えさせてくれる。

その内、今走っている地面がアスファルトに変わっていったりするんだろう。

そうなれば、一段と俺が知る世界に近付く。

変わっていってしまうのは多分時間の問題。


(今の内に、この景色を目に焼き付けておこう)


と思ったが、よく考えたら日本でもオシャレな街ならこんな景色も別段珍しくなかったな。






「もう間もなく到着致します」


通用口を出発して数十分。

景色を眺める事に夢中になっていたら、アドットが優しくそう声を掛けてきた。

なんだろう。

孫のように思われている気がしてならない。

嫌ではないんだが、少し気恥ずかしいな。



「駅、どんなだろうね」

「楽しみですね」



リビィに掛けられた声に、当たり障りのない返答をする。

駅と言われれば何度も利用した事があるのだから簡単に想像する事が出来るが、この世界での駅を見るのは初めてだ。

前の世界と同じような見た目をしているのか、それとも一風変わった見た目なのか。

年甲斐もなく(はしゃ)いでしまいそうになる気持ちをぐっと堪え、もうすぐ見られるという駅の姿を想像して心を弾ませた。






「それでは、私はこれで」

「ん。これ」

「今後ともご贔屓に」


バオジャイから代金を受け取るアドットを横目で見ながら、到着した駅を呆然と眺める。

流石に、よく見る都会の駅のような形はしていない。

だが、想像していたよりもかなり立派だ。

横長で四階建てくらいの高さのある灰色の石造りの建物に、柔らかい黒色の屋根。

建物の真ん中に4~5m程の三角屋根の時計塔がある。

いや、建物も合わせて時計台というんだったか?

昔学んだはずなんだが、もう忘れてしまった。


今居る場所は駅前の噴水広場の一角で、駅まで100m程距離があるが、それでもはっきりと時間が分かる程時計は大きい。

どことなく、ビッグ・ベンと似ているような印象を受ける。

針の動きがぎこちない気がするが、そのほうが何となく男心を擽られるのでむしろ良い。

裏には緻密な計算の下重ね合わされた歯車があるんだろうか。

気になる、、。



「凄い?」



バオジャイが自慢気に鼻を鳴らして、駅を見て感嘆の息を洩らす俺とリビィに聞いてくる。

ここで前の世界のほうが凄かったですけどね、と返すのは勿論不正解だ。

凄いと思ったのは事実だし、ここはバオジャイを立てておこう。



「凄いですね。何というか、男心を擽られるカッコイイ見た目です」

「ん。よく分かってる」



バオジャイが分かり易く嬉しそうな表情を浮かべる。

身長も相まって、自慢をする女子中学生のようで可愛い。



「、、、失礼な事考えた?」

「いえ。何も」



疑惑は即座に否定しておかないとややこしくなるからな。うんうん。

見た目が小さくとも、女性の勘というのは怖い。

余計な事は考えずに早く駅へ行こう。






「どちらまで?」

「レオンバルト」


ビッ──カシャッ──


「どうぞ」


時計の真下付近に開いた半円状の入口、仕切りで作られた四つの道の内一つを通って中へ入る。

勿論、切符を吸い込んで自動で穴を開けてくれるような機会も、タッチするだけでお金が引き落とされるカードがあるわけもなく、改札を通る際に必要な動作は全て手動だった。

それぞれの入口通路横の小部屋にいる駅員さんに行先を伝えて、伝えた行先の書いた小さい切符に穴を一つ開けてもらい、それを受け取って改札を抜ける。

念の為バオジャイに確認をしてもらったし、買い間違えているという事はなさそうだ。


手動である事以外はよく知る駅と大して変わらない。

それなのに、行先を伝える時に盛大に噛んでしまった。

こんな事なら、バオジャイに練習の為に自分で買うかと聞かれた時に断っておけばよかった。

後ろに並んでた子供に生暖かい目で見られたのは少し精神に来たな、、、。





「わあ、、。駅だね」


改札を抜けて数段の階段を上がった先で、リビィがそんな当然の事を漏らして周囲にくすくすと笑われていた。

おそらく、俺と同等の精神ダメージを受けているところだろう。

だが、リビィが言わなければ俺が言ってしまっていたかもしれない。

それ程までに、今居るこの場所は駅だった。

、、、、いやまあ駅なんだから当然なんだけど。


ホームがあって屋根があって線路があって、線路を挟んだ向こう側にもホームがあって。

おまけに食べ物や新聞を売っている売店まである。

電光掲示板なんかは勿論ないけど、それでも駅だと充分に分かり得る造りをしている。

通用門近くで駅に行くと聞かされた時はきっと名前が一緒なだけで違う用途のものだろうと思ったが、ここまでの造りをしていたら流石にその認識を改めざるを得ない。

別に鉄道オタクだったとかそういう経歴はないけど、それでもこの世界で見る事のないと思っていたものに出会うと、どうしても感動してしまう。




「プリンー、プリンはいらんかねー」


プリン!?

聞こえてきた声に反応して首を回して、つい売り子と目が合ってしまった。

にこにことこっちを見ているが、買わないからな。

絶対に。

気にはなるけど、、、。



「食べる?」

「プリンだ、、」



田舎者感丸出しの発言に、周囲から面白いものを見る目を向けられる。

さっきのリビィと同じ状況だ。

バオジャイの手には鉄のコップに作られたプリンが持たれていた。

いつの間に買ってきたんだ?



「一口いただきます」

「ん」



リビィにスプーンを出してもらい、バオジャイが持っていたプリンを一口食べる。

スプーンが大きく、一口と言えない量を掬ってバオジャイに睨まれてしまったが、悪いのは俺ではなくてスプーンだ。

だから、口に運ぶ様子をそんなにじっと見ないでほしい。

食べ辛い。



「ん、、?プリンだ、、」



プリンは、見た目、味ともにプリンだった。

自分で言っておいて何を言っているのか分からないが、今した体験を言葉に表すならそれしかない。

ちなみに、俺と同時に食べたリビィも同じ感想を零していた。

一緒に旅をしている間に、似てきたのかもしれない。

もう少し別のところが似たかった気がするが、絵画から出てきたような美女と似ているというのなら、どんな点でも喜ぼう。

それにしても、、。



「ねえ、ケイト。これってやっぱりさ」



小声で話し掛けてくるリビィに頷く。

車や駅が見知ったものと近いという時点で怪しいと思っていたが、プリンの存在によって疑念は確信に変わった。

武人域では、同郷の人の技術や知識が浸透している。

車も駅もプリンも、それの影響で作られたものだろう。

異なる世界の知識を取り入れているからこそ武人域は魔人域と文明の進み具合がこうまで違うんだ。

それでも現代の地球の技術には遠く及ばない気はするが、たまたま技術や知識の多くを持った人が転移してくる可能性なんて限りなく低いだろうし、現状まで進んでいるだけでも充分過ぎる程だろう。

むしろ、蒸気自動車を作れる人がピンポイントで転移してきたのは凄い気がする。

プリンはまあ、お菓子作りが得意な人なら沢山いるだろうし、そこまで驚かない。

問題は、その腐愚民が強制されて車やプリンを作ったのか、きちんと仕事として、一人の人としての人権を持った状態で知識や技術を広めているのか。

後者であれば、武人域というのは俺が思っていた以上に住みやすい場所だ。

魔人域とは比べ物にならない程の。

真相の分からない現状では、隠れて探る事しか出来ないのが痛手だな。

今はまだ、魔人域と同じように身を潜めておかなくてはならない。








プオオォォォォオオ───タンタン──タンタン───






プリンを食べ終わり駅構内を見回していると、汽笛の後に小気味良いリズムを奏でながら、汽車が駅に入って来た。

ホームが煙塗れになるかもしれないと勝手な想像をしていたが、それくらいは当然対策をしてるか。

煙は線路の上の開けた部分から余さず抜けていった。

、、、と思ったが、薄く広がった煙が、線路近くのホームまで流れ込んできていた。

だが、武人達は慣れているのだろう。

皆一様に線路から距離を置いていて、煤を被っている人は見当たらない。

プリンがなければ、俺は線路を見る為に近付いて煤を被ってしまっていたかもしれない。

良かった、、。

ありがとうプリン。



「乗る」

「あ、はい」



プリンに感謝しながらボーッとしていると、いつの間にか汽車が停車位置に停まっていた。

バオジャイにローブを引かれて我に返り、汽車に乗り込んでいく列に並ぶ。



「しゅっぽっぽー!たたんたたーん!!凄いね!汽車凄いね!」

「そうだねー」



前に並んでいる親子が可愛い。

いつか子供が出来て、子供と一緒に初めて電車に乗る時、俺もこういうやり取りをする事になるんだろうか。

そんな時、前に居る子供を片腕で抱えた母親のように冷静に返せる自信がない。

2、3歳の小さい子。

それも自分の子にあんな可愛い事を言われながらきらきらした目を向けられたら、気持ち悪いくらいにデレデレした顔になるだろう。

躾とか、出来るのかな、、。

おねだりされたら甘やかして何でも与えてしまいそうだ。

まあ、結婚どころか彼女が出来る予定すら未定なんだが。





(うん。なんの変哲もない電車だ)


中は木を基調とした造りになっていて、車両に入ったすぐの所に通路を挟んで四人掛けのボックス席が二つ。

後は全て二人用の席になっている。

乗り慣れた電車の座席程座り心地はよくないが、それでも長時間乗ってもお尻は痛くならなそうなくらいにはふかふかだ。

肌触りもサラサラしていて気持ちいい。




ピイィィィ────




車掌の笛の音が響き、その少し後に扉が閉まって汽笛と共に汽車が動き出す。

窓の外にほんの少し煙が下りてきたが、注視していなければ分からない程だったので特に害はない。



「なんか、魔人域と違うね」



次の駅へと向かう汽車、窓の外の景色を見て、リビィがそう零した。

外の景色を見ようとしたら必ずリビィの姿が目に入るから、いやに緊張してあんまり見られないんだよな、、、。

四人掛けのボックス席は全て埋まっていて、バオジャイが既に一人座っていた座席で相席。

俺とリビィがその後ろの席で二人で座っている。

バオジャイとリビィの二人で座ってもらおうと思ったんだが、何故かバオジャイが前に行きたがった。

満足気な表情を浮かべていたが、何か企んでいるんだろうか。


(おぉ、、。壮観だ、、)


窓の外を見ると、少し高い位置から見下ろす町並みは、確かに魔人域のものと少し違っている気がした。

建物の構造や色使いなんかはそこまで変わらないとは思うんだが、何にそう思わせられるんだろうか。



「緑、かな」



そうか、緑だ。

城壁の近くにあった街路樹を始めとして、街の中にちらほら木が植えられている場所がある。

パッと見た感じでいくと、街の5%くらいが緑だろうか?

まだ経済発展中だろうに、適度な緑化も忘れないとは、、、。

武人域の発展に力を貸した人の口添えかな?





「わっ」

「ちょ、え、リビィさん!?」


考え事をしながら車内を見回していると、リビィが何かに驚いた拍子に俺に倒れ掛かってきた。

揺れた髪からふわりと良い香りが漂ってきて、鼻腔を擽る。

もっと近くで嗅ぎたい気持ちをぐっと堪え、首をリビィと反対の方向へ捻った。


(痛い、、、、)


勢いよく捻り過ぎて、首の筋を痛めてしまった。

良い香りの髪の毛から意識を引き剥がすには仕方なかった事とはいえ、もう少しゆっくり方向転換をすればよかった、、、。

筋を痛めるし、目が合ったお婆さんに変な目で見られるし散々だ、、。



「いつつ、、、」

「だ、大丈夫、、?ごめんね、急に凭れ掛かって」

「あ、いえそれは嬉しかっ、んっんっ、げほげほッ」

「本当に大丈夫、、?」

「だ、大丈夫です」



危ない。

何とか咳払いで誤魔化せたが、つい嬉しかったと本音を零してしまうところだった。

極度の潔癖症の人でもなければ、リビィに凭れ掛かられて嫌な思いをする男などいるはずがない。

首の筋を痛めようがお婆さんに変な目で見られようが、合計で見ればプラスだ。

女性慣れしてる男の人だったら、咄嗟であっても抱き留めるくらいはしたんだろうな、、、。

まあ、俺がそんな事をしてしまったら確実に鼻の下が伸びるだろうし、次に同じような機会があったとしてもしないと思うけど。

我ながら、何とも情けない事だ。



「何かあったんですか?驚いてたみたいですけど」

「景色見てたら窓の外が真っ暗になってビックリしちゃって、、、」



魔人域での魔物に相当するような化け物でも現れたのかと思ったが、そういうわけではなかったらしい。

窓の外が煙で暗くなるのは俺も見ていたが、トンネルが先に見えていたから特に驚かなかった。



「さっきトンネルの中通りましたからね」

「トンネルが関係あるの?」

「はい。煙の逃げ道がなくなって、窓の外が煙で埋め尽くされるんです。なので、トンネルを通る時に窓を開けると煙が中に入ってきて、車内が煤だらけになります」

「そ、そうなんだね、、。危なかった、、、」



リビィは汽車を写真で数度見た事があるだけだったようで、実物だけでなく、動画なんかでも見た事がなかったらしい。

学校の勉強の過程ではトンネルを通る時に窓を閉めましょうなんて習わないだろうから、知らなくても仕方のない事か。

トンネルが見えてきた辺りで何も言わずとも窓を閉めたからてっきり知っているのだと思っていたが、偶然良いタイミングで閉めてくれただけだったようだ。

危うく全身が煤だらけになるところだった、、、。




「間もなく~、レオンバルト~レオンバルト~です。お降りの方は、お忘れ物ありませんよう、お気を付けください」




車両前方に取り付けられた伝声管から、独特な抑揚の付けられたほんの少しくぐもった声が聞こえてくる。

どこの世界でも、車掌というものは変な抑揚を付けたがるものなんだろうか。

嫌いじゃないけど、前の世界では癖が凄過ぎて聞き取れない事もしばしばあったから、武人域ではそういう車掌に当たらない事を願おう。

まだ武人域の地名を殆ど知らない現状で聞き取れなければ、間違いなく乗り過ごしてしまう。

バオジャイから離れなければ大丈夫だとは思うが、さっき駅で知らぬ間にプリン買ってたりしてたからな、、。

故意に撒かれたら気付かない自信がある。



「んぅ~」



汽車から降り、ホームで伸びをする。

体感で言うと乗っていた時間は30分程度だったんだが、約一か月野外で過ごしてきたせいか、短い時間であっても汽車で移動するというのは実際以上に窮屈に感じさせられた。



「あれ?バオジャイさん。頬に何か付いてますよ?」

「ん。気のせい」



急いで拭って気のせいって言われても、、、。

前の席からがさごそと物音が聞こえるなとは思っていたが、もしかしてバオジャイは一人隠れて何かを食べてたんじゃないだろうか。

食料の管理はリビィに任せているのにいつの間に食べ物を汽車に持ち込んでいたんだと思ったが、おそらくプリンを買った時に同時に買っておいたんだな。

用意周到というか何というか、、。

この小さくて細い体のどこに入るのやら。



「失礼な事考えた?」

「人が多いな、と思っただけですよ」



また心を読まれてしまった。

顔に出易いほうではあると思うが、バオジャイの事を小さいと考える時は何も表情に出てないと思うんだけどな、、、、。



「ん?」



ナニモカンガエテナイデス、、、、。

もうこの察知能力は超能力の域に達してると思う。

バオジャイは高身長でスタイル抜群、高身長でスタイル抜群、、、。

よし、これでいい。





「ここからまた車で移動するの?」

「歩く」


レオンバルドの駅前は広場ではなく、緩やかな下り坂の道路になっていた。

どこまでも続くかのような緩やかな下り坂と、その両脇に立ち並ぶ店屋。

それを見下ろすのは中々に壮観だったが、首都という事もあって人通りが多く、ゆっくりは見ていられなかった。



バオジャイに連れられて横道に入り、そこから何本か大通りを横切って、目的地であるターナー通りに辿り着く。

今まで見て来た通りは服屋や食事処が立ち並ぶ通りだったのだろう。オシャレな外観の店ばかりだったのだが、このターナー通りは少し無骨な見た目をした店が多い。

中にはウインドウショッピングの要領で、ショーウィンドーに豪奢な装飾の剣を飾っているところもあるが、殆どの店が中に入らなくては商品が見えないような造りになっている。

老若男女問わず帯剣している人が7割以上いるこの街でも、簡単に目に付くところに武具を置かないように配慮をしているんだろうか。

それとも、単なる防犯面を意識して、かな?



「ぷぷっ。魔人なんかがここに来て何を買うんだろうね。場違い過ぎて笑えてくるよ」

「ほんとほんと。あのひょろっちょくて小さ───」

「しッ!死にたくなかったらその先を言うんじゃないよ。あれは鬼人、システィオーナだよ」

「あれがかい!?それならあの隣の男も強かったり、、」

「あー、あの男はただの腰巾着だろうよ。強者の風格なんてありゃしない」



失敬な。

これでも闘技会では優勝したんですよ。

店の前で井戸端会議をする主婦たちの失礼な会話に、心の中で突っ込む。

あの恰幅の良い主婦がバオジャイを小さいと言わなくてよかった。

言いかけただけでバオジャイから殺気が立ち上るのが分かったから、きっと言葉にしていたらタダじゃおかなかっただろう。

流石にこんな街中では暴れないと思うけど、、、。

暴れない、よな、、?

不安になってきた。



「ここ」



突然立ち止まったバオジャイにぶつかりそうになりながらも何とか急停止して、繊手で指差す先を見てみる。

そこは、この賑やかな通りに似つかわしくないお店だった。

周囲のお店も無骨で華やかさが無いところばかりだが、このお店はその中でも群を抜いている。

意味はほとんど一緒だったと思うが何となく、無骨というより、蛮骨と言ったほうがしっくりくる。

まるで、工場がそのまま店屋街に立ち並んだような違和感を醸し出していた。

形のバラバラな石造りの壁に、煤けたような色の鉄扉。

壁には雑に〝セジン〟と書かれた鉄で出来た大きな横長の看板。

見上げると煙突から濛々と黒煙が立ち上っている。

その勢いは、煙突から入って来るらしいサンタに何か恨みでもあるのだろうかという程。

同郷の人間が広めていなければ、クリスマスもサンタもないんだろうけど。



「お、お邪魔しま~す」



バオジャイに続いて恐る恐る踏み込むリビィの後ろを付いて行く。

たまたまこの並び位置だっただけだ。

決して、リビィに先に入る事を押し付けたわけじゃない。



ギシ───



中に入ると、革靴で木の床が軋む音がした。

正面には気持ち程度の片開きのスイングドアが備え付けられたカウンター。

左右の壁には雑然と、それでいてそのどれもが重ならないように剣や篭手、脛当てや肘当てなどが並べられていた。

武具を製造するところと聞いて付いて来たが、並べられているのはボロボロのものばかり。

失敗作なのか、修理も受けているのか。

何となく、後者である事を祈っておこう。






「んぉあ?お前さんか、よう来たのぉ」






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