六十三話「仮説集落」
「着いたあぁ~」
「ん。到着」
転移魔法陣を乗り継ぎ、到着した武人域。
聖魔の社と同じような造りをした聖武の社を出て少し歩くと、大きな格子門の手前に、いくつかのテントで構成された集落があった。
門の少し横辺りにあるので通る分には邪魔にならないが、あんなところに集落を作って何をしているんだろうか?と、少し気になる。
町に入る事が出来ないのだろうか。
「あんなところに集落があるんですね」
「初めて見た」
「そうなんですか?」
「ん。寄る」
半年前まで武人域に暮らしていたというバオジャイでさえ、ぽつんと出来たあの集落を見るのは初めてらしい。
という事は、半年の間に急造されたものだという事は確実。
規模を考えるとそれ自体はなんら不思議な事ではないのに、どうしてもあの集落には何かがあるという考えが拭えなかった。
大きな門のすぐ側という立地が関係しているのか、武人域に入ったばかりで慎重になっているのか、はたまたそれ以外か。
どの要因によってそう考えさせられているのかは分からない。
だがまあ、何か問題があって揉め事が起こったとしても、武人域に詳しく、戦闘で負ける心配のないバオジャイが一緒であれば安心だろう。
「何か用かの?」
特に入口も無い集落に警戒もなく近寄った俺達に声を掛けてきたのは、立派な白鬚を蓄えた老人。
名前はジブルドというらしい。
老人らしく線が細いが、服の隙間に見える体にはしっかり筋肉がついている。
その筋肉も相まって健康体に見えるが、よく見ると表情には疲労が蓄積しているのが分かる。
やはり、何か訳アリの集落なんだろうか。
「ここ、何?」
「何、というのはどういう事じゃろうか、、、」
「えっと、以前来た時は無かった集落が突然出来ているものですから、何かあったのかなと思いまして」
バオジャイの短い言葉を、通訳のように分かり易く訳してジブルドに伝える。
以前ここを通ったのは俺ではなくバオジャイなのだが、それは伝えなくてもいい事だろう。
あまり長く会話をして何かボロが出てしまっては面倒だ。
「この集落は魔人域から追い出され、行く宛ての無い者達が受け入れ先が見つかるまで肩を寄せ合っている場所じゃ。家族が亡くなった者から、村ごと災害で無くなってしまった者、勘当されて家には戻れない者。理由は様々じゃよ」
集落の中には、軽く見回した限りでも老若男女様々な人達が生活している。
その年齢の幅はかなりのものだ。
殆どの人達が、シブルドのように疲れた表情をしている。
武人域に追い出す計画は腐愚民炙り出し計画と同時に行われたようだから、あれから約二か月も経てば疲れた表情になるのは仕方のない事だろう。
この集落で現在生活しているのは約五十人。
これでも大半の受け入れ先が見つかったというのだから、どれだけの数が強制的に追い出されたのか、、。
改めてディベリア神聖国及び新教皇のやり方には反感を覚えざるを得ない。
リネリスの住人があれだけ荒れていたのも、この実情を知ってしまうと納得だ。
「ケイト。もしかしたらここに、、」
その先を聞かずとも、リビィの言おうとしている事は分かった。
きっと、セナリがここに居るかもしれないと考えたのだろう。
俺も真っ先にその考えが思い浮かんで周囲を見回したが、セナリの姿は見受けられなかった。
だがまだ分からない。
まだ、テントの中に居る可能性がある。
もしかしたらすぐに安否を確認出来るかもしれないという希望を抱いて、テントの中で休ませてくれるというシブルドの後ろを付いて行った。
セナリ、大丈夫だろうか。
「センダ茶です。熱いのでお気を付けて」
「ありがとうございます」
シブルドに案内されたテントには20代程の男が二人いて、その内の片方、細身の男がお茶を入れてくれた。
モデル体型のリビィと同じくらい細いというのに、水で9割程を満たされたドラム缶サイズの水瓶をひょいと持ち上げて移動していて唖然とさせられた。
あの細い腕のどこに、そんな力があるというのか。
「私は、いい」
腰掛けた絨毯の上で湯呑みを俺の前まですべらせ、そう言うバオジャイ。
セッタという名前らしい男が入れてくれたセンダ茶は何とも懐かしい緑茶だったのだが、バオジャイはこの味が苦手なようだ。
ほんのり苦味があって美味しいと思うんだが、、。
そう感じるのは、日本人の感性故なんだろうか。
「美味しいですね」
「ほう。お若い方に気に入っていただけたのは初めてじゃ」
それなのに何故このお茶を出した、、。
そう思いこそすれ、裕福でない生活であろうにお茶を出してくれたのだから文句は言うまい。
バオジャイは苦手らしいが、俺は好きだしな。
「あつつっ、、」
それに、センダ茶のおかげで猫舌のリビィの舌の先を少し出す可愛い仕草を見れたから感謝をしよう。
する人によってはあざとく見える仕草なのに、リビィがすると嫌らしさが全くない。
「リビィ可愛い」
「もう。バオジャイさんも飲みなよ」
「喉渇いてない」
「そんな事言って、、。苦いの苦手なの知ってるんだからね?この前も野菜──」
「リビィ。それ内緒って言った」
「む。もめんなはい」
何かを暴露しようとしたリビィの口をバオジャイが小さい手を両方使って必死に防ぐ。
この可愛いやり取りはなんなんだろうか。
永遠に見ていられるな。
録画出来る機材が無いのが悔やまれる。
「ほっほっほ。可愛いお嬢さん達じゃの」
ジブルドの意見に、深く頷いた。
俺の前に座ったセッタも同じように頷いている。
頬を染めている気がするが気のせいだろうか?
セッタの表情を見てほんの少し、胸の辺りにモヤモヤとした感覚を覚えた。
センダ茶を一口飲む事で流せたから、きっと食道にでも何か詰まっていたのだろう。
「見た所荷物は少ないようじゃが、お客人方はワシらと同じ境遇ではないのかの?」
「同じ」
「ふむ。行く宛てがあろうとも、その荷物では今日の寝床すらないじゃろ。集落に泊まっていきなさい」
「そ、それならこのテントに!」
「馬鹿者。この美人さんらは、お前にはちと刺激が強い」
あからさまに落ち込んだセッタが恨めし気な視線を俺に投げてくる。
そんな目で見られても、三人で旅をするというこの幸せな状況は代わってあげられない。
代われたとしても、代わるつもりもないしな。
未だに美女二人と共に旅をしているというのはいまいち実感が沸かず、夢の中のようなふわふわした気分になる事がある。
ジブルドの言う刺激が強いというのは、俺にも当て嵌まっている事なのかもしれないな。
それもそうだ。
女性経験なんて無いのだから。
「泊まる場所は、決まってる」
「そうなんですか?」
「ん」
誰よりも先んじて、バオジャイの言葉に疑問符を投げてしまった。
これからメヒトの手紙を届けに行くという事は聞いていたのだが、それ以外は手紙の送付先であるジーンに会ってからでないと決められないらしく、何も聞かずに任せきりでここまで付いて来た。
王都でネムの宿へ泊まったように、バオジャイにもこの近辺で知り合いが経営している宿でもあるんだろうか?
空きがあるのならこの集落の人達の仮住まいにしてあげてほしいとも思ったが、それを言ってしまっては自分達が泊まる場所がなくなってしまう。
そろそろきちんとした部屋で休みたいんだ。
この集落の人達には申し訳ないが、自分の願望を優先させてもらおう。
「決まっているのなら仕方ないのう。出立するまでは、ゆっくりしなさい」
「ありがとうございます」
「あ、あの、、」
厚意に甘えて、センダ茶が飲み終わるまではゆっくりさせてもらおうと湯呑を傾けると、視界の端でリビィがおずおずとジブルドに会話を切り出した。
そうだ。
聞かなければならない事があったんだ。
二口目を飲もうとしていた湯呑をそっと置いて、会話に耳を傾ける。
「この集落に、セナリという獣人と魔人のハーフの子はいませんでしたか?」
「ハーフ、とな?」
「あ、えっと、、、混血?です」
「混血で名がセナリ、、、。いくつの子じゃ?」
「11歳です」
「ふむ、、、」
前に誰かにハーフと言って伝わった気はするんだが、世間一般に知られている言葉ではないのだろうか。
俺が持つ少ない語彙力を使って、リビィの会話を補助しておいた。
「この集落を見て薄々勘付いとるかもしらんが、15歳未満の成人しておらん子供は皆、先に受け入れ先を決められておっての。親戚の家に行った者もおれば、孤児院や教会に引き取られた者もおる。生憎じゃが現在この集落にも、ワシの記憶にも、セナリという子はおらんの、、、」
「そう、、ですか、、」
武人域に来て早速得られると思ったセナリの情報は、子供の受け入れ先を早急に決めるという国の対応の速さのせいで過去に捨て去られてしまっていた。
なにも対応してくれない場所に放置されたよりは断然良い事ではあるんだが、心の安寧の為に確かな安否の情報を見聞きしたかった。
武人域の孤児院や教会を虱潰しに回るか、受け入れ先のリストを持っていそうな人達に聞いて回るか。
自分達のこれからを決めながら、そのどちらかでセナリの受け入れ先を探すしかないか───
「ジブ爺。それってあの羊の獣人の子じゃない?」
そう声を掛けてきたのは、テントの中にもう一人居た小太りの男。
寝ている様子だったが、いつの間にか起きていたようだ。
「ゴンザ、知っておるのか?」
「確か、この集落を作ってる時に受け入れ先が決まってるにも拘らず最後まで手伝ってくれた子っちゃね。俺っちも一緒にテントを建ててたから覚えてるさ」
羊の獣人という情報、その時期、自分より周りの事を考えて親切に出来る優しさ。
それら全てを鑑みると、今ゴンザの頭に浮かんでいる人物はセナリで間違いないだろう。
妙な一人称が気になって話が入ってこないところだったが、聞き洩らしがないように気を付けよう。
受け入れ先が決まっているなら大丈夫だろうけど、欲を言うならば、直接会いに行って安否を確認したい。
安否だけじゃなく、新しい環境で上手くやれてるのか、笑顔で過ごせているのか。
確認したところで何を出来るわけでもないけど、あまりにも酷い環境ならバオジャイに相談して別の受け入れ先を探してくれるように打診してもらおう。
偉い人との繋がりがあるのなら、きっと対応してくれるだろう。
「その、セナリはどこにいるか分かりますか?」
「そこまでは分からんさね、、。力になれず申し訳ねえけど」
どうやら、詳しい受け入れ先はその当時セナリ本人も知らなかったようで、聞く事が出来なかったんだそうだ。
流石に、武人域に来てものの数十分で詳しい所在まで知る事は叶わなかったか、、。
だがまあ、武人域に辿り着いて、きちんとしているであろう受け入れ先にまで行く事が出来たという確認は取れた。
今すぐ身の危険のあるような出来事に巻き込まれているような心配はないだろう。
ひとまずは安心、でいいかな。
「情報ありがとうございます。良ければ分かる範囲でいいので、色々と教えていただけませんか?」
そこから、バオジャイに貰った分も合わせて二杯分のセンダ茶を飲み切るまでの間、魔人域で起こった事、武人域の現状、それに加えて各々の身の上話まで、短い時間ではあったが沢山の事を聞かせてもらった。
前の世界では人見知りをするほうだったはずなのに、今は全くの初対面であっても臆さずに話す事が出来ている。
人見知りなんて言っていられない環境にずっといたからだろうけど、自分でも気付かない内にコミュニケーション能力が向上している事に感動さえ覚えた。
それでも、周囲に関心のないあの国に戻って同じような事が出来るかと聞かれれば、ノーと言わざるを得ない。
俺が社交性を持っていられるのは、あくまで周囲の環境やそこに居る人々の存在があってこそだ。
前の世界で得たものがこの世界で通用しないように、この世界で得たものが前の世界で通用しない事も十全に有り得る。
まあでも、店員に笑顔でお礼を言える程度には、社交性を身に着けられているかな。
もし日本へ帰る事が出来たら、自分の変化のあれこれを見つけて楽しもう。
「それでは、これで」
「気を付けての」
「その、あの、リビィさん!また会いたいです!」
「へ!?あ、えーと、、、」
集落から出る段に至り、テントの外でジブルドとセッタの二人と別れの挨拶をしている最中、リビィを抱きしめる勢いでセッタが迫る。
いつでもどこでも繋がれない世界だからこそ、一度の出会いやそこで芽生えた恋心を重要視して、こうして感情を隠しもせず迫れるのかもしれない。
むしろ、そうせざるを得ないのか。
好意を剥き出しに出来るのは、少し羨ましい。
「えっと、、、、」
それはそうと、困り顔を向けてくるリビィに助け船を出さないとな。
リビィは類稀な美貌を持っているというのに、こうして分かり易い好意を向けられるのは慣れていないようだ。
ウルの愛情は、分かり易い直球ではなかったし。
「セッタさん」
「な、なんですか」
リビィとセッタの間に、通せんぼをするように体を入れ込む。
修羅場が来たかと楽しむバオジャイの視線も、若者の恋模様を温かく見守るジブルドの視線も、あまり心地良くない。
セッタは確実にリビィを好いているが、俺はそうではないからな。
今はまだ、きっと。
「いきなりそんな距離に近付かれてリビィさんが困ってます。伝えたい事があるなら、せめてお互いの上半身が難なく見れるくらいの距離までは離れてあげてください」
その言葉で漸く自分とリビィの距離の近さを把握したのか、セッタは素直に一歩下がった。
惚れた女性に行ってほしくない一心で、勢いをつけて近付き過ぎてしまったのかもしれない。
知らない人同士なら情熱的で素敵だと思うかもしれないが、相手はリビィだ。
リビィが困っているなら、柄じゃないけど介入させてもらおう。
女性と付き合った事のない俺が人の恋愛についてとやかく言う立場になるとは、思いもしなかった。
「リビィさん。眩しい程に美しい貴女に一目惚れしました。今はまだ受け入れ先すら決まらない状態ですが、その内貴女の為に立派な家を建てるとお約束します。どうか!僕の伴侶になってくれないでしょうか!」
、、、ん?
さっきはまた会いたいとしか言ってなかったはずだが、一旦距離を置いて冷静になったはずのセッタが、精神面での距離をグンと縮めた発言をした。
いや、悪い事ではないんだが、予測をしていなかった分驚かされた。
自分でも見落としそうになるほどの一瞬、断ってほしいと思ってしまったのは何故だろうか。
「お気持ちは嬉しいです、、。でも、ごめんなさい」
「そんな、、なんで、、」
「今は恋愛に頭を使う余裕はないんです」
大きくはない声。
それでも力強く告げられたリビィの返答。
力強い返答は、知らず知らずの内に浮かれていた自分の心に響いた。
セナリの事、キュイの事、自分達の今後。
考えなければならない事は山ほどある。
分かっているつもりが分かっていなかった。
見なければならない事から目を逸らして、楽しいほうへと体が、意識が吸い寄せられてしまうのは昔からの悪い癖だ。
リビィやバオジャイに任せきりになるのではなく、自分でももう少し考えなくてはならないな。
「行きましょうか」
玉砕して意気消沈しているセッタを見ていられず、沈黙が広がる場で出発を切り出した。
セッタは決してモテなさそうな見た目をしているわけではない。
誰もが羨むイケメン、というわけではないが、日本であれば彼女がいないと言えば不思議がられるくらいにはイケメンだ。
それに加えて身長も180cm程あり、細身だが力持ち。
男としての魅力は充分に備えている。
会ったばかりで性格まではよく分からないが、きっと悪い人ではないんだろうという事は理解出来る。
リビィはたまたま置かれている現状で断らざるを得なかったが、セッタならすぐに良い人が見つかるだろう。
影ながら、応援しよう。
「おや?システィオーナさんじゃないですか」
「ん。久しぶり」
集落から歩いてすぐ。
格子門横にある、都会の立体駐車場のような、縦長ののっぺりとした建物の入口に立っていた兵士らしき人に話し掛ける。
ここは門番の詰め所だそうだ。
入口に立っていた兵士は軍服を着ていて、腰には長剣を差している。
魔人域でローブやマントを着た人が町を闊歩しているのも中二病心が擽られたが、個人的にはこういう軍服のほうが好きだな、、。
大仰な装飾はなく、シンプルな造りの軍服。
素材はただの布だと思うんだが、頑丈そうに見えるのは何故だろうか。
兵士を観察してそんな事を考えながら、久しぶりに再会したらしいバオジャイと兵士の会話に耳を傾けた。
「そういえばシスティオーナさんは武人の血が入ってましたもんね、、」
「ん」
「そちらの二人も同じようなものですか?」
「似たようなもの」
「それはそれは。大変でしたね」
魔人域で暮らし辛いという点では、似たようなものなんだろうか。
騙しているようで若干気が引けてしまったが、大して否定はせずに簡単な自己紹介を済ませた。
「ケイト」
「はい」
「手紙」
手紙、、?
あ、バオジャイが燃やそうとしたあの手紙か。
一瞬の思案の後、手紙を取り出す為に格納袋に手を入れる。
何か硬質なものに突かれる感覚があったが、これは十中八九キュイの嘴だろう。
窮屈だろうが、出すのはもう少し待っていてほしい。
ひとまずの落ち着き先に到着するまでは出す訳にはいかない。
もう、ペットと呼ぶには難しいサイズだからな。
「これは、、?」
「ジーンへの手紙。飛脚に渡して」
「ギルドラド総統閣下にですか?」
「ん」
「差出人は、、、、メヒト・ヴィルボーク・フィオ、、、。ってあの三賢者の人ですよね、確か魔装を着た変人でしたっけ」
武人域にまでその異名が轟いてるのか、、。
実際に会ったらそんな事無かったですよと否定してあげたい気持ちもあるが、異名通りの人物だったから何とも言えない。
因果応報だと思って諦めてもらおう。
「急ぎでしたら飛翔便でも大丈夫ですけど、どうされます?」
「飛翔便でお願い」
「承りました。おい!ピノ!」
「は~い」
呼ばれて出てきたのは、何とも気の抜ける返事をするピノという兵士。
軍服のボタンを掛け違えていて、少しだらしない。
上着には大きいボタンが二つあるだけなのに、どうして掛け違えるんだろうか、、。
「お前、、、またボタン掛け違えてるぞ、、」
「あはは。ホントだ。難しくない?この服」
「ボタンが二つしかないのに掛け間違えるのはお前くらいのもんだ」
「そうかな~」
「それと。上官にはきちんとした言葉遣いをしろとあれほど」
「いいじゃんか~。幼馴染みなんだしさ」
「公私混同をするな!」
「ハリーのけち~」
「ハリー曹長!だ!」
「一緒じゃんか~」
俺は今、何を見せられているんだろうか。
幼馴染み同士だというハリーとピノの仲睦まじい様子を、よく分からない感情で眺める。
俺達の事、忘れてない?
「すみません。このアホ、、ピノが鷲の獣人と契約しておりますので、最短で三時間程で総統府まで届ける事が出来るかと」
「あー!アホって言ったー!!」
「ん。お願い」
仲の良さが滲み出る言い合いを、そこから暫く眺めた。
手紙を渡したのに動きだす様子はないし、本当に伝わっているのか心配だ。
でもまあ、わざわざそこを突いて流れる和やかな雰囲気を壊す事もないだろう。
言い合いが収まって手紙を運んでくれるまで待とう。
「おほん!お見苦しいところをお見せしました」
「あ、いえ、大丈夫ですよ。仲良いんですね」
「小さい頃からの腐れ縁で、妹のようなものです」
「お!な!い!と!し!でしょ!」
ハリーに比べて、ピノの顔は幼い。
本当に妹くらいの年齢差があるのかと思ってしまったがそうではないようだ。
「ピノ、よろしく。手紙の返事はここに」
「げっ。システィオーナさんじゃないの」
そう言いながら、手紙と受取先を書いたメモを懐に仕舞ったピノがハリーの背に隠れた。
バオジャイは魔人域で恐れられ避けられていると言っていたが、武人域でもそうなのだろうか。
だが、警戒する猫のようなピノに向けるバオジャイの視線は温かく、優しい。
それこそ、妹に向けるようなものに近しい感じがする。
ピノの様子がバオジャイを恐れているというより、大好きなお兄ちゃんを取られたくない妹、といった感じだからかもしれない。
「ピノ。早く行ってこい」
「は~い」
渋々といった様子でピノが帽子を脱いでハリーに預ける。
短く切り揃えられた銀髪が流れ出て風に揺れた。
彫りの深い綺麗な顔立ちに、靡く銀がよく似合う。
「【全装獣化:ジャン・ジャンボルガ】」
何かを唱えたピノが、淡緑色の光に包まれて姿を隠す。
おそらく、魔人域で言うところの精霊魔術のようなものを行使したのだと思うが、光が晴れるまではどんな変化をしているのか分かり得ない。
見えないという事が、嫌が応にも期待を募らせる。
何というか、特撮ものの変身シーンを実写で見ているような気持ちだ。
「おお、、、」
光が晴れた事によって見えたピノの姿に、思わずそんな声が漏れた。
背中からは艶のある黒い立派な翼が生え、首全体と顔の一部は、折り重なった白い羽根に覆われている。
それ以外にも手首から指までが幾重にも重ねられた脚鱗に覆われていて、指先には凶悪な鉤爪があるのが見えた。
変化した部分の軍服は、どこかに仕舞われているんだろうか?
見えている部分以外も変化しているんだろうか?
好奇心に身を委ねて袖を捲りたい気持ちを、ぐっと堪えた。
「それじゃあ行ってくるね~」
バサッ───
翼を一度大きく広げて地面に打ち下ろすように羽ばたかせ、ピノはあっという間に門を超す高さに飛び上がった。
見えない程高く、とまではいかないが、この一瞬で飛び上がったと考えると充分過ぎる程高い。
もっと色々と観察したかった、、。
「これで手紙は問題ないですね。すぐに出立しますか?」
「ん」
「でしたら詰め所の奥にある通用口にご案内します。すぐ近くに仮説集落を設けた影響で、暫くの間、門を開けてはいけない決まりになってるんです」
曰く、魔人域を追い出されて暴れた武人が、通行許可もなく勝手に門を潜ろうとし、兵士と揉める事案が後を絶たなかったそうだ。
その時はまだ仮説集落を作る前だったそうだから、行く宛てもなく寝所もない不安から暴れてしまうのは仕方のない事だったのかもしれない。
あまりの荒れ具合に、兵士にも市民にも死者が数人出てしまったという。
そんな場所に配属されるなんて、ハリーも気の毒だな、、、。
それに加えて妹分らしいピノの世話までしないといけないなんて。
苦労人だ、、、。
ギイィ───
錆びた音をさせて開いた木製の扉の向こうに広がっていたのは、10畳程はありそうな部屋。
おそらく城壁の上に上がる為であろう螺旋階段のせいで自由に動けるスペースは部屋の半分程しかないが、充分に休息は摂れると思う。
階段の向こう側に見える重厚な鉄の扉が、都市へ入る通用口だろうか。
平面でしか見えないというのに、大金が入っている金庫のような分厚さを感じる。
重たそうだ。
「、、、森?」
扉を抜けた先の景色を見た感想がそれだった。
どんな原始的な生活をしているんだと思ったがどうやらそういうわけではないようで、壁のように植えられた街路樹によって向こう側が見えないだけらしい。
視線を落とすと、レンガが敷き詰められた道路がある。
幅は車が二台、余裕を持ってすれ違えるくらいだろうか?
レンガで舗装された道路に大きな街路樹に城壁。
何処となく西洋の雰囲気を感じるが、よく考えれば魔人域も街路樹を除いて同じような感じだったな。
「そういえば、どちらまで行かれるんですか?」
「レオンバルトのターナー通り。セジンってお店」
「セジンって確か、獣化補助用の武具を作ってるところですよね?」
「ん。友達」
「え、あの堅物爺さんとですか、、?」
「?セジンは優しい」
分からない単語ばかりを並べられたが、バオジャイ曰くレオンバルトはこの国の首都で、そこにある武具を製造するところへ今から行くらしい。
今居る場所はウエスティアという都市でレオンバルトとは隣接しているもののそれなりの距離があるらしいが、大丈夫なんだろうか。
そういえば、武人域では馬車が必要ないとバオジャイが言っていた気がするけど、それがあれば目的地まで短時間で着く事が出来るのかな。
「駅まで行かれますか?」
────駅?
随分と聞き慣れた名称を、ハリーが告げた。
今更だし話の流れに全く関係はないが、ハリーという名前で魔術を使えないのは違和感が凄いな。
せめて丸眼鏡は掛けておいてほしい。
「ん。車出して」
KURUMA、、クルマ、、、車?
車ってあの車だよな?
駅だったり車だったり、何故そんなにも聞き馴染みのある名称を聞く事になってるんだ。
リビィも俺と同じように放心して、緩く開いた口を閉じられずにいる。
ハリーがさっきとは別の、木製の大きい両開きの扉を開けて城壁に入っていったが、あそこから何が出てくるんだ、、、。
「車だ、、、、」
俺よりも先に、リビィがそう零した。
そう。
城壁から音と蒸気を出しながら出てきたのは、紛う事なき自動車だった。




