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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
七章
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六十二話「独裁の傷跡」



⦅、、指輪の主であるな?⦆

『ご名答だ。我が名はディベノ。過去に数多の精霊を支配し精霊王に重症を負わせた功績を称え、今はまだ、対等に接する事を許そう』

⦅ふはは。よもや、それ程の月日を生きる魔人と出会う事があろうとは⦆

『魔人ではない。巨人だ』

⦅巨人?聞き覚えのない⦆

『精霊、魔人、獣人、武人に異界の民。全ての祖だ』



クラムドの声で、ディベノは苦々しげにそう答えた。

二世界の全ての生命が、裁きを受けた巨人の成れの果ての生まれ変わり。

そう。

【世界の成り立ちと英雄達の物語】は、メヒトの推測通り、実際にあった事を書き記したものだったのだ。



⦅我の先祖でもあるとな⦆

『その通りだ。敬うがいい』

⦅遠慮をしておこう。敬うとは、自らを弱者と認める行為であるからな⦆

『理解のある獣だ』



幻霊王から得られた返答に、ディベノは嬉々として口の端を吊り上げた。

その姿はクラムドと似通っているが、全く別物の粘性の強い暗さを孕んでいる。



⦅して、ディベノとやらよ。貴殿は何を望み、我の力を欲する?⦆

『目的はただ一つ。神へと昇華する事だ』

⦅精霊王にすら後一つ届かぬ我の力で神を目指すか⦆

『支配の力はあくまで駒の一つに過ぎん』

⦅ほう。駒とやらが全て揃えば神へと至る事が出来る、とな⦆

『至るだけでは飽き足らん。あの憎き神は、必ず地に落とす』



ディベノから、怒りが溢れ出す。

ただ一人の小さな感情の枠には収まらない程の、多くの怒りが。



『それと一つ、朗報をやろう。貴様が重症を負わせた精霊王は屠っておいた』

⦅ほう?精霊域に、精霊王と名乗る者がおるようだが?⦆

『あんなものは代理に過ぎん。記憶魔術の使い手如きが精霊王と成れるわけがないだろう』

⦅記憶魔術、、。ふむ。フラミリアの小僧か⦆



記憶魔術は、決して馬鹿にされるような程度の低い魔術ではない。

ひとたびその記憶魔術を使用すれば、記憶の消去、改竄、作成。

慣れるまでは特定部分を消去するまでが関の山だが、慣れてしまえば敵を味方に、味方を敵に。

人が関わるもの全てを、自らの思い通りにする事が出来る。

それでも尚、ディベノは記憶魔術の使い手程度では、精霊王に成れないと言う。

全ての魔人から批判されてもおかしくないと思える発言だったが、幻霊王は疑りもせずにどこか納得した様子を浮かべた。

どんな識者が言うよりも信憑性のある一人と一体の言葉。

なぜならそこには、実際に精霊王に会った事があるという確かな裏付けがあるから。



⦅愉悦に水を差すようだが、精霊王であれば、依代を見つけ復活を果たす事など造作もないぞ?⦆

『問題ない。必ず我が国で復活するように。それに加え、見つけ次第手を下すように国民には強いている』

⦅その中の一つの転生体が〝腐王〟という事か?⦆

『成った瞬間を見たわけではないが、魔術の性質、腐王の発生時期を考えればおそらくな。十中八九、理不尽に殺された怒り、憎しみが暴走してあの姿になったのだろう。想定外ではあったが、悪い事ばかりではなかった』

⦅腐王の存在故に、我を見つける事が出来た、と⦆

『その通りだ』



一般的に、ひとたび幻霊林に入ってしまえば一生出てこられないと言われている。

今でこそ、帰って来る事が出来ないのは圧倒的強者である腐王の存在故だとされているが、元々、帰って来られないのには別の理由があった。

それは、幻霊王を見つけ、その力を悪用する者がいないようにと精霊王が幻霊林全体に展開した濃霧。

濃霧には幻覚魔術を付与しており、ひとたび幻霊林に踏み込めば、出口まで辿り着けずに死ぬまで彷徨う。

だが、腐王の力で濃霧は腐り果て、本来の効果を発揮出来なくなってしまった。

幻霊王を探す為の調査を幾度も阻んだ存在であるが、その存在がなければ見つけ出す事も辿り着く事も出来なかったのだから、ディベノが持つ腐王に対する感情は複雑なものだ。

感謝をする程ではなく、怒りを覚える程ではない。

反対に、精霊王を復活させまいと理不尽に殺された怒りで異形へと成ったのだから、腐王からディベノへは当然、溢れんばかりの憤りを向けられている。

自我など、腐王へと成り果てた際に真っ先に腐らせてしまっているのだが。



『先程与えた腐愚民は、後五百程用意してある。封印を解く足掛かりにでもするがいい』

⦅感謝しよう⦆

『封印を解いた暁には、神へと昇華した姿を目に映す栄誉をやろう』



ディベノがにやりと口元を歪める。

貼り付くのは嫌らしい笑み。

そこには、得られると信じて止まない未来の自分の姿を想像し、愉悦に浸る心情が多分に含まれていた。



『そろそろ時間のようだな』



一言だけそう零すと、ディベノは首をカクンと落とし、既視感のある動作でその場でゆらゆらと揺れ始めた。

その姿は変わらず、不気味な雰囲気を醸し出している。



「ふー、、、」



揺れていた体をピタリと止め、視線を上げる。

脂汗を掻き、心臓を抑えながら息を深く吐くその姿にはディベノの影はなく、心身ともにクラムドのものへと戻った事を、纏う雰囲気で物語っていた。



「セドナ!」



息を整え切る前に声を張り上げて呼びつけたセドナに命じたのは、幻霊王が腐愚民を食し終えるまでここに残り、腐愚民に餌を与えておけ、というもの。

幻霊王が一日に食す事が出来る腐愚民は十人まで。

毎日繰り返したとしても、五十日掛かってしまう。

腐愚民が餓死する事は無いとはいえ、内包される膨大な魔力が食事の代わりをしてしまっては、いざ幻霊王が食すという時に得られる魔力量が減る。

それを防ぐ為の策。

胸中に不安を抱えこそすれ、クラムドの指示に逆らえないセドナは首を縦に振った。

聖魔術士にとって、クラムドから与えられる指示はどんなものであっても拒む事が出来ない。

指示を与えられる事自体が栄誉だとかそういう事ではなく、聖魔術士に任命されて数か月もすると、誰もが教皇の従順な僕になるのだ。

彼らは知らなかった。

それが、ディベノによる古代の洗脳術によるものだという事を。

歴代の聖魔術士達の不自然な程の忠誠に感じていた違和感を、いつの間にか忘れてしまっている事を。




「次は精霊域、、」




帰りの馬車の中でクラムドは一人、手を握り締めてそう零した。

次に得るものを、握り締めた手の中に映して。















「防人はどこだ」


ケイト一行が武人域に渡る前日。

精霊の町ロントマルクで町民に高圧的な態度でそう尋ねたのは、ディベリア神聖国の兵士の姿をしたシェリル。

その後ろにはクラムドの姿があった。

クラムドを守護するシェリルの目には元の輝きはなく、どこか濁っている。

それが幻霊林から帰ったクラムドが行使した魔術によるものだという事は、当人達しか知り得ない。

輝きを失い、どんよりと曇った目には、本来仕えるべき主君であるユリティスへの忠義など微塵も感じられなかった。



「何か御用かな?」



町民に案内された食事処にやって来たのはケイトを案内した男の防人。

その後ろには、全身から不機嫌な感情を溢れさせている女の防人もいる。

初対面で食って掛からないのは、ケイトへの接し方を長老にこっぴどく叱られて成長したからだろう。

それでも男防人と一緒でなければ、いまだに契約者と揉めてしまう事はあるようだが。



「契約の泉へ案内しろ」

「精霊様との契約をお望み、という事で?」

「、、、、ああ」



シェリルの返事には不自然な間があったが、変わった者達を幾度も相手してきた男防人は気にせず諾と答え、契約の泉への案内を開始した。





「ここからは我々が前後に付く。御二方は間に入って、決して道から外れないように付いて来てくれ」


草木が生い茂る森の入口。

ランタンを持った男防人を先頭に、クラムドとシェリルが横並びになって付いて行く。

その後ろには、相変わらず機嫌の悪い女防人。

だが誰も、それに触れる様子はない。

その扱いが、女防人の怒りを継続させている一つの要因であるとは気付かずに。

気付いて声を掛けてくれるまで不機嫌を継続させるというのは、随分とやっかいな性格をしている。

女性慣れしていないケイトとそりが合わないのもこの性格故なのかもしれない。






「猊下、お気を付けて」


辿り着いた契約の泉のある大樹。

シェリルはクラムドに一礼した後、女防人の進路を妨げるように音もなく体の位置をずらした。



メキ──メキメキメキ───



男防人が大樹にランタンを翳し、幹が広がり洞が出来上がっていく。

その様子に驚く者は、ここには一人としていない。



「では、契約者のみ私と共に中へ」



外から見れば真っ暗闇の洞へ、男防人とクラムドが憶する事なく入る。

入口が閉じた後はランタンと灯火達によって内部は柔らかく照らされ、徐々に、中心にある契約の泉が視認出来る程の明るさになっていった。



「これより、契約の儀を始める。契約者、泉の前へ」



男防人の指示に従い、契約の泉のすぐ手前まで移動するクラムド。

俯き気味のその顔には、悪だくみをする嫌らしい笑みが貼り付いていた。



「契約者よ、泉に手を翳し、魔力を注ぎ給へ」



笑みを強めたクラムドが泉に手を翳す。

だが、数秒待ったところで魔力を注ぐ様子はない。

魔力を注ぐ程度の事は物心がついた魔人であれば誰でも出来る事で、クラムドも御多分に洩れずその程度の事は意識せずとも出来る。

それなのにも拘らず、一向に魔力を注がない。

男防人は不思議に思いつつも、契約の儀の形式を重んじ、身動きをせずじっと待った。

クラムドが翳した手から魔力を注ぐ事を。





「【古に生まれし支配者、アルフレリック・ロード・インペリウムよ】」





男防人の眉が、ベールの裏でピクリと動く。

おそらく詠唱であろう事を理解し自らの身を守る為に防御結界の魔道具を懐で作動させるも、クラムドの事を止めようとはしなかった。

契約の儀の形式を重んじたという事も理由の一つであるが主な理由は、精霊域に現存する名付きの精霊を全て暗記しているにも拘わらず、クラムドの詠唱に含まれていた名前は聞いた事のないものだったから。

どうせ詠唱に似せた出鱈目を言っているだけだろうと高を括って、男防人は自衛手段だけを念の為に整えた。



「【支配の資格を持つ我の願いを今、聞き届けん。その身に宿しし唯一無二の権能を、供物としたる魔力を媒体に顕現させ給へ 〝隷化(ロード)〟 】」



パキイィィッッン!

ボト───ボトボトッ───



契約の泉がまばゆい閃光を放ち、それと同時にクラムドの魔装の内側で割れた大量の魔水晶がボトボトと地面に落ちる。



「くっくっく、、、」

「な、なんだ!何をした!?」



唐突な閃光のせいで目を眩ませながらも、聞こえて来たクラムドの噛み殺すような笑い声に反応する男防人。

聞いた事のない精霊の名前ではあったものの、精霊魔術を行使した事は確か。

だが、男防人の体にはどこにも痛みがなく、精神を侵された様子もない。

ゆっくり回復していく視界でクラムドを捉えるも、足元に魔水晶が大量に落ちている事以外は何か変わっている様子はない。


〝この男は今何をしたんだ、、?〟


男防人の胸中に、そんな純粋な疑問が浮かんで蔓延した。



「答えろ!」

「無礼だな」


───ドンッ!


「がはッ!」



掴み掛って来た男防人を、クラムドがエアバーストを使い弾き飛ばす。

魔術を発動する際に得られた感触に、笑みは口の端が裂けそうな程に深められた。



「くっく、、、」



睨みつけられている事など意にも留めず、噛み殺した笑い声を洞に広げる。

クラムドが泉に使用した魔術は、幻霊王のもの。

契約の泉を通して、精霊域に居る幻霊王より位の低い全ての精霊と一方的な契約を結んだ。

選択肢から除外されたのが精霊王だけである事は、魔術を行使したクラムドであれ知らない。


契約の内容は、その身に宿す魔力、権能を全てクラムドに捧げるというもの。

クラムドは詠唱をする事も自らの魔力を消費する事もなく、全ての精霊の魔術を使えるようになった。

精霊魔術を使う際だけでなく、自家魔術を使う際、魔道具へ魔力を注ぐ際もクラムドの負担はない。

魔力のみで体を構成している精霊達が全て死んでしまえば供給源が無くなり、自身で負担しなくてはならなくなるが、クラムドの計算では、神へと至るまでに全てを使い切ってしまう事は万に一つもない。

それ程までに精霊の数は多く、一体ずつが内包する魔力の量も多い。

それに加え、精霊の魔力の回復速度は魔人の比ではなく、多少奪い取ろうとも数時間もすれば飽和状態まで回復する事が出来る。

クラムドが回復する隙を与えれば、の話だが。



「は、早く話せッ」

「何故貴様如きの矮小な存在に私が解説してやらねばならん」

「話さないというのであれば、餓死するまでここに居るといい。ここは、一度閉じてしまえば、私の意思関係なく出口が開く事はないからな」

「そうか。それは重畳」

「なんだと?」




「【古に生まれし支配者、アルフレリック・ロード・インペリウムよ】」




「くっ!やめろ!その魔術を止めるんだ!」



自らの直感に従い、魔道具に込める魔力を強める男防人。

魔術を行使されたにも拘らず何もなかったという、つい数分前の経験から防御魔術で防げるものだと決めつけてしまった故の行動。

冷静ではない今の状況では、支配の魔術が防御結界で防げないという考えには、至る事が出来なかった。



「【支配の資格を持つ我の願いを今、聞き届けん。その身に宿しし唯一無二の権能を、供物としたる魔力を媒体に顕現させ給へ 〝隷化(ロード) 〟】」



「や、、め、、」



魔術の行使と共に全身を淡い光が撫でた男防人が、その場で膝から崩れ落ちる。

全身を脱力させ、ディベノが乗り移った時のクラムドのように、首をカクンと落とした。



「立て」

「はい」

「出口を造れ」

「仰せのままに」



指示通りに立ち上がり、先程とは全く違う様相を浮かべる男防人。

表情は抜け落ち、ベールに隠れた目からは、シェリルと同じく光が失われていた。



メキメキメキ────



ランタンの光で出口が生み出される。

洞を出た先に待っていたのは───



「貴様!!中で何をしていた!言え!精霊様や私の仲間に何をした!!!」



シェリルに組み伏せられながらも敵意を剥き出しにして吠える女防人の姿があった。

クラムドが一度目に魔術を使用した際の光は外まで漏れており、それを見た女防人が元々募らせていた怒りを爆発させて乱入しようとしたところをシェリルが組み伏せた、という構図だ。



「おい」

「はい」



パシイィィン───



勢い良く振り抜かれた平手打ちの音が響く。

平手打ちをしたのは男防人、それを受けたのは女防人。

痛みか内への衝撃か、そのどちらかのせいで女防人は黙す事を必然とさせられた。



「な、、んで?なんで叩いたの、、?」

「猊下に無礼を働いたからな」

「げい、、か?なんで?なんで精霊様と長老様以外に従順になってるのよ!!なんでそんなやつに!!」



パシイィィン───



二度目の平手打ちは反対の頬。

短時間で女防人は両頬を、赤くさせられた。

暴力など振るわない、家族同然の優しい仲間の手によって。

今までも契約者に失礼な物言いをして怒られる事はあった。

それでも決して、男防人から手を上げられる事はなかった。

にも拘わらず、今は出会ったばかりの男に従い、小さい頃から共に過ごしてきた女防人に躊躇せず手を上げている。

女防人は何が起きているか分からず、ただ口を茫然と開けて疑問を吐露する事しか出来なかった。



「町まで案内しろ。ミストリア。そいつはもう離せ」

「はッ!」



パシンッ───



男防人のものよりも少しだけ控え目な打音が響く。

平手打ちをしたのは女防人。

その対象は必然───



「防人風情が」



冷めた目で自身の頬を叩いた女防人を見下ろすクラムド。

その頬はほんのりと赤みが滲んでいた。



「ミストリア」

「はッ!」


ドッ───


「がっ、はっ、、、」


ドサッ───



腹部への一撃で女防人が膝から崩れ落ち、蹲って胃の内容物を吐き出す。

シェリルが本気で拳を打ち込めば、女防人は間違いなく意識を手放していた。

そんな中であえて手加減をしたのは、言葉を交わさずとも主君の意を汲み取った証左。

意識を刈り取れるにも拘らず、あえて自由に身動き出来ない程度に抑える。

それが意味するものなど、碌でもない事に違いない事を、女防人は理解していた。



「気が変わった。貴様らの集落に案内しろ」

「仰せのままに」

「そ、それは、、、だめ、、だ、、やめてくれ、、」

「灯りよ、寝屋へ」

「やめて、、くれ、、」



シェリルの肩に担がれた女防人の懇願には誰も耳を傾けず、黙々とランタンに照らし出される道を進んでいく。

途中、何とか止めようと体を捩って抵抗する女防人だったが、その度に意識を失わない絶妙な力加減でシェリルに御され、集落に着く頃には満身創痍になっていた。

それでも尚抵抗を止めないのは、クラムドの表情に見える底の見えない暗さに拭い去れない不安を覚えたから。

集落に着いたら何をされるのか。

仲間に何をする気なのか。

そんな不安が女防人の体を支配して、満身創痍ながらも、無謀だと分かっていながらも、動かせる範囲で抵抗を続ける事をやめさせようとはしなかった。



「こちらです」

「あぁ、、、。なんで、、」



女防人の抵抗は、無駄に終わった。

体の痛みに思考を占領されて、もう何を不安に思っていたかすら思い出せない。

そんな状況でも、地面に雑然と捨てられ、口の中に砂利が入ろうとも、女防人はズカズカと集落に入っていくクラムドの背中を睨みつける事だけは止めなかった。



「防人は全員家の中に居るな?」

「はい」

「そうか。今から行われる全てを、その目に焼き付けておけ」



にやりと笑い、右腕を伸ばして開いた手を集落の中心に向けるクラムド。

そのすぐ横には、クラムドの指示通りに集落を真っすぐに見る男防人が立っている。



「どれを使うか、、、」

「な、、にを、、する気だッ、、、。やめろ、、」

「そうだな。いつまでも無礼な貴様に絶望を与えてやろう」



這いずって近付こうとする女防人を見て、何かを思い付いたクラムドが一段と笑みを深める。

その表情には、底の知れない悪意が貼り付いている。




「力を貸せ。重力の主よ」


ボコ──ボコボコ───




クラムドが伸ばした手の先、集落の中心、中空に黒球が発生する。

その禍々しさに、女防人は這いずる事も声を上げて講義する事も忘れ、茫然と口を開いた。

何か不気味な紋様があるわけではない。

馬鹿でかい騒音を撒き散らすわけでもない。

ただ淡に黒一色の直径30cm程の球。

何の変哲もないただそれだけのものが、一瞬でその場を支配した。

誰も声を発さず、動きを止める。

風や草木ですら、音を立てる事を自重しているようにさえ思える。



バキ──バキバキ──


「な、なんだッ!?!?!?」

「家が!!!」



そんな無音の均衡を破ったのは、その身を大きくした黒球が、届かない範囲にある家の外壁を剥がした音と、それに気付き騒ぎ始めた防人の声。

剥がれた木や藁は音も立てずその身を黒球に捧げていく。

少しずつ少しずつ、黒球は威力の及ぶ範囲を広げてゆき、家では飽き足らずに、その身に防人も取り込まんと蠢く。



「や、やめッ───」



声を上げた防人が、黒球にその身を捧げる。



「助けてええええ!!!!」



助けを求めた防人が、音もなく体を折りたたんで黒球に吸い込まれる。

誰も、突如現れたその厄災を止める事は出来なかった。




「やめろッ、、!家族を、仲間を、、、、、、ぎざま゛ああああああああああああああ」




目の前で大事な人達がいとも簡単に殺されていく。

そしてそれを、身動きも出来ずに眺めるしかない。

そんな地獄のような状況に耐え兼ね、女防人はシェリルに組み伏せられながらも精一杯の怒りを乗せた叫び声をぶつけた。

咳き込もうと上から掛けられる圧力が増そうとおかまいなしに、何とかクラムドを止めようと声を上げ続ける。

反対に、仲間が何人も殺められようとも、女防人が必死になって声を上げようとも、男防人はその場を動こうとしない。

目の前で繰り広げられる惨状を、クラムドの指示通りにただじっと、見つめ続けた。

家族の死を、仲間の死を、その目に焼き付けるように。






「長老ッ、、!待て!待ってくれ!頼む!!!魔術を止めてく────」


バキ──バキバキ───

バキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキ───


「そん、、、な、、、」






集落の中心に出来た黒球は、必然、一番遠くにある長老の住処を最後に飲み込む。

抵抗する事を諦めて中に居た長老は、死の直前に真っすぐ力強い目で女防人の目を見て何かを訴えた。

何を訴えたのか。

それは長老にしか分からない。

もし他にも分かるものがいるとすれば、視線を投げられた女防人のみだろう。

繰り広げられる惨状に茫然とするばかりで、分かっている様子など欠片も浮かべていないが。




シュウゥゥゥゥン────




集落の全てをその身に取り込んだ黒球が急速に萎んでいく。

その姿には、幾つもの命を奪ったという感慨など、微塵も見られなかった。

肝心の奪われた命も、残骸すら黒球に飲み込まれたまま戻ってこない。

まるで、この場には最初から何も無かったかのように、人が生活していた痕跡を全て消し去っていった。

人も、住処も。




「ぐぞぉ!!ぐぞおぉぉぉぉぉ!!!!!」




何もなくなってしまった防人の集落で、女防人の慟哭が響く。

取り繕うつもりなど微塵もない、ただ感情をぶつけるだけの慟哭。

涙を流し、辛うじて動く手で地面を弱々しく殴りつけ続ける。


流す涙には突如訪れた別れへの悲しみを。

歪ませた表情には止められなかった事への悔しさを。

叩きつける手にはクラムドへの憎しみを。


恥や外聞などは忘れ、その全てを全身で現し続けた。

そんなものが冷酷なクラムドに届くと思ったわけではない。

それでも尚、止める事は出来なかった。

溢れんばかりの思いを、抑える事は出来なかった。



「町へ案内しろ」

「、、、はい」

「なんで!なんでお前は平気なんだよ!?家族が、仲間が殺されたんだぞ!!!」



無慈悲な殺戮をしても尚飄々としているクラムドに素直に従う男防人に、女防人が怒りをぶつける。

おそらくクラムドに洗脳されているんだろうという事は女防人も理解していた。

それでも、洗脳に負けてしまう程、家族や仲間に対する思いは弱かったのか、と這いずりながら訴える。



「何とか言ったらッ───」



ギリッ──



歯軋りの音が、男防人の口元から聞こえてくる。

声を荒げていた女防人の耳にもはっきりと届く程、大きな音で。



「お前、、、」



言葉を零した女防人の目に映ったのは、唇を噛み、血を流しながらも噛み締める力を緩めない男防人の姿。

口元から流れ出る血は、その上から流れて来た涙と混ざって地面にぽとりぽとりと落ちていく。

落ちていく血と涙に引き寄せられるまま女防人が視線を下げると、握り締められた手からも同じように血が流れ出ていた。

クラムドが男防人に魔術でした命令は、指示、意思に従う事。

どんな状況であってもクラムドの指示を最優先事項として扱う事。

決して反感の意思を示さない事。

クラムドが関わった事全てを口外しない事の四つ。

男防人の感情を全て奪い、指示無しでは何も出来ない人形にする事も出来たが、それはあえてしなかった。

クラムドの指示に反感を覚えつつも、それに反抗出来ないという心の矛盾を作り出す為に。

女防人の意識を奪わなかったのもそれと同意。

あえて、仲間が死にゆく様を目に焼き付けさせた。

二度と自分に歯向かおうなどとは思えないように。




「【古に生まれし支配者、アルフレリック・ロード・インペリウムよ】」



「私は、絶対にお前に復讐してやる、、」



「【支配の資格を持つ我の願いを今、聞き届けん。その身に宿しし唯一無二の権能を、供物としたる魔力を媒体に顕現させ給へ 〝隷化(ロード)〟 】」



「私の姿を!家族や仲間を殺された恨みを覚えておけ!!!!」




魔術を行使された女防人が体力の限界を迎え、意識を手放して力なくその身を地面に預ける。

そのすぐ側には、手の形に窪む、一心不乱に叩かれた地面があった。



「集落に引き籠る事しか出来ない矮小な存在が戯言を、、、。行くぞ」

「はッ!」



集落の瓦礫、意識を手放した女防人を置いて、三人はロントマルクの町へと戻る。

笑顔で迎え入れたロントマルクの町民は知らない。

ほんの少し前、目の前に居る人物の手によって防人の一族の集落が壊滅寸前まで追い込まれた事を。

残る防人がどちらも、クラムドの支配下となってしまった事を。




「残るは我が国か、、、」




ロントマルクの出口で口元を歪めただ一言、クラムドがそう零した。

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