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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
七章
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五十七話「不協和音」



「一人になったか、、」


セナリを見送った後、リビングで椅子に掛け、一人になった家を見回す。

大きさは変わっていない。

今までも一人でリビングに居る事はあった。

それでも、何故か広く感じてしまう。

もうケイトが前に座る事も、リビィが横に座る事も、セナリが料理を持ってくる事もない。

唯一の救い、と言っていいのかは分からないが、仕事で王都に戻らなければいけない身の俺は、この家で食事をする事はもうほとんどないのだが。

いっその事、ユリティス王やデリンさんの薦め通り、王都に住んでみるのもいいかもしれない。

引っ越さずとも、自然、そうなっていきそうな気はするが。



「、、相変わらず美味いな」



クラムドがほとんど手を付けなかったセナリの手料理を、咀嚼された後の残骸が付着した部分を避けて食べる。

もう、作ってもらう事は出来ない味だ。

勉強熱心なセナリが俺やリビィに喜んでもらおうと、好みの味を探りながら少しずつ会得していった料理の技術と知識。

ただでさえ料理が上手いセナリが好みに沿おうと必死になってくれたんだ、その手から生み出される気遣いの込められた料理は、好みを知られた者にとって最上級の味となる。

それをクラムドは、、、。

思い出すと腹が立ってきたが、過ぎた事で文句はいうまい。

だが、次会った時に俺のほうが位が高ければ、一度くらいは殴ってやる。



「、、、眠いな」



守らなければならないと思っていた対象が全員家を出て体から色々なものが抜け落ちた影響か、連日の仕事の疲れが突然襲ってきた。

幸い、ユリティス王からは今日一日休みを頂戴している。

休んでも文句を言う者はいないんだが、こんな時に俺が休んでいてもいいのだろうか。

だがまあ、これだけ体が怠く無気力な状態で仕事に向かうのは、却って迷惑を掛けるだけだろう。

夕方か夜には王都に戻るとして、それまで睡眠を摂るとしようか。

考えなければならない事は、全て後に回そう。











「ん、、、あ゛?」


家の前を通る子供の騒がしい声で目が覚める。

どうやら、部屋には行かずにリビングの椅子でそのまま寝落ちてしまっていたようだ。

長時間座った姿勢のままだったせいで、体のあちこちが痛む。

普段から運動をしていればここまで全身が痛む事はなかったんだろうが、体を動かしていなかったツケが回ってきた。

最近の仕事はデスクワークやお貴族どもへのごま摺りばかりだったからな、、。

時間があれば、魔物の掃討作戦や国軍兵相手の訓練でも引き受けよう。

シェリルであれば、一対一であっても楽しませてくれるに違いない。



「、、行くか」



口の中に生成した水を飲み干してすぐ、着の身着のまま家を出て王都へ向かう。

神王様の決定から既に数日経つというのに、外には未だに朝から酔い潰れ、人目も気にせず路地で眠りにつく市民達がいる。

だらしないと一言で切って捨てたいところではあるが、それだけユリティス王へ厚い信頼を寄せていてくれていたのだろうと思うと、どうにも無碍に出来ない。

俺自身も、厚い信頼を寄せている一人だからな。

だがまあ、防音結界の中にまで入ってきている邪魔な酔いどれを外に出すくらいの事はしてもいいだろう。

騒がれては面倒だ。



「なあ゛にすんだッ!」

「あ゛?」

「ひっ!?ド、ドルトンッ!?」



こういう時だけは、己が人相の悪さが有り難く思える。

無駄な武力行使をせずに済むからな。

加減は面倒だ。








「やめろ!!離せ!!!俺は、俺はディベリア神聖国へ復讐をしに行くんだ!!!」







転移塔の近く、教会の横辺りに出来た人だかりからそんな声が聞こえて来た。

物騒な内容が聞こえてきたが、見た限り保安官二人がかりで押さえられているようだ。

放っておいても問題ないだろう。



「〝炎弾(ファイアボール)〟!!!」

「危ないっ!避けてください!!」



人だかりを通り抜けようとしていると流れ弾が飛んできた。

目立って巻き込まれるのは面倒だが、、、。



「〝(シール)〟」



街中で無差別に魔術を放つようなやつの手助けをしてやる道理はない。

炎弾は俺が前方に繰り出した防御結界の盾に当たり、その場で霧散した。



「ド、ドルトン殿、、、、?」

「早く捕縛しろ」

「は、はいッ!」



無差別に魔術を放った男を押さえていたのは、確かケイトが治癒院で療養中に横に居た女の保安官だったはずだ。

顔は覚えているが、名前は覚えていない。

見た所、まだ目と耳の怪我が治っていないというのに、、、。

連日の暴動騒ぎのせいで、各地で引退した保安官まで出動せざるを得なくなっているという現状。

助けてやりたいところではあるが、リネリスは保安官の数も多い。

大変ではあろうが、自力で暴徒を収めていってもらう他ない。

だがまあ、ケイトへ献身的になってくれていた恩くらい、返しておいてもいいか。



「【傷痍掃いし癒しの者よ。盟約の下に救いの声を今聞き届け、我が魔力を持ちて此の者の身を癒し給へ 〝上治癒(ヒーリア)〟 】」


「こ、これはッ!?左耳が、、ある。、、目も、、」

「これで借りは返した」

「借り、、、ですか?」



ケイトの記憶が無くなっているという事を失念していた。

気を付けておかないと、リビィが苦渋の決断で使った魔術を無駄にしてしまいかねない。



「いや、気にするな。単なる気まぐれだ」

「気まぐれですか、、?あ、いや。せっかく治療していただいたのです。どんな理由であれ、感謝致します。このお礼は必ず」

「礼はいらん。それより、これはどういう騒ぎだ?」

「それはですね───」

「俺はッ!正義を執行したまで───」


ドンッ───!!


「静かにしておけ」



男が騒いだままでは碌に話も聞けない。

重力を上げて地面に縫い付けておけば、少しは静かになるだろう。

かなりの音を立てて地面に倒れ込んだが、まあ正当に裁かれるまで命が持てばそれでいい。



「ホッジさん。ここでは市民の目があります。話すのであれば教会の中で」



仕切り直して話そうとしてくれた女の保安官を、後ろに居た別の保安官が止める。

ただ暴徒と化した男が街中で無差別に魔術を使っただけの騒ぎかと思っていたが、そう簡単なものでもないのかもしれない。

保安官二人の渋い表情を見る限り、何かしらの犠牲も出ているのだろう。

重力魔術を解き、暴徒の身柄を男の保安官に任せて、俺は案内されるまま女の保安官と二人、教会の中へと入った。



「改めまして、先程は治癒魔術を行使していただき感謝致します。保安官のキーピー・ホッジと申します」

「ウル・ゼビア・ドルトンだ」



女の保安官の名前は、ホッジというらしい。

もう借りは返し終えたが、一応覚えておこう。

リネリスに住む間は、共に仕事をする事もあるかもしれない。



「こちらを、ご覧いただけますか?」

「、、血?」



ホッジが指し示した場所にあったのは、整然と並べられた長椅子の一つにべったりと付く大量の血。

おそらく一人分のものでないそれは、床に流れて大きな血溜まりを作っていた。

十中八九、先程の暴徒が誰かを殺めた時に出来たものだろう。

そしてその誰かとは。

教会に入っているのに誰も近寄って来ない事を考えれば察しが付く。



「司祭か、、」

「はい。それと、修道女も犠牲になっています」

「犯行理由はもう分かってるのか?」

「男の話を聞く限りでは、武人の妻と二人の子供がディベリア神聖国に連れ去られた腹いせ、だと」



許されない行為をした男の気持ちを、分かってしまう自分がいた。

あの男の家にも今朝の俺のようにディベリア神聖国の人間がやってきて、武人と、その血を引く子供達を強制的に連れ去って行ったんだろう。

自制の効かない若い頃であれば、そんな事をされれば同じ行動を取っていた自信がある。

俺が止まれたのは、セナリの事を考えたのは勿論、自身の立場上、迷惑を掛ける人数が多過ぎるからだ。

ディベリア神聖国に被害が出るような行為を何かすればおそらく、それを出汁に色々と無茶な要求をされてしまう事だろう。

自身の感情を取るか、自国の安寧を取るか。

そんなもの、考えるまでもない。


だが、家族を失った先程の暴徒が暴れたところで、国自体が何か影響を受ける事はない。

影響や被害があるのは、あの暴徒の親族くらいのものだろう。

ディベリア教徒が話を知り、復讐心に駆り立てられたのであれば、職場や知り合いにまで被害が出てくるかもしれないが、それでもその程度の被害範囲だ。

自制出来る要素が少ない中、家族を失って失意の男が暴徒と化すのは少し考えれば想像出来る未来。

それくらい、神王様も予測が付いたと思うんだが、、。


、、、いや。

いつ実行するか、それを布告してから行うか決めたのはディベリア神聖国か、、。

魔人の中でメヒトの次に頭の切れるクラムドが、この事態を想定出来なかったとは思えない。

わざと被害を出そうとしていたと考えれば狙い通りなんだろうが、一市民がディベリア教徒を襲ったところで何の旨味もないだろうに、その状況を作り出そうとする意味が分からない。


(何か裏があるのか、、?)


そんな確証のない考えが正しいと思えてしまう程、ディベリア神聖国の狙いは予測の付けようが無かった。

途方もない何かが動き始めていると感じるのは、考え過ぎというものだろうか。



「被害はここだけか?」

「昼過ぎにはこの教会での事件を確認出来ていましたので、その他の教会の方達には国の管理下の施設に避難していただいております。教会自体には暴徒が押しかけている所もあるようですが、人的被害は確認出来ている範囲ではここだけです」



一人の暴徒相手に二人がかりで情けない事だと思ったが、保安官も中々に仕事が早いようだ。

早朝に突然魔人以外の追放が知らされ、その被害の推測、事件の把握、その後の対策までを昼過ぎには終わらせた。

勿論被害はゼロのほうが良かったが、全てを予測して防ぎ切れというのはあまりにも酷だろう。

未来予知の精霊魔術を使えない限り、そんな事は出来ようもない。

あの魔術があっても、相応の魔力量がないと数時間先の未来までしか見られないはずだしな。

それこそ、魔水晶が幾つも必要になってくるだろう。

国防の為とはいえ、数が少なくなってきている魔水晶を、不確定な未来を予見する為に頻繁に使うのが得策だとは思えない。



「情報提供感謝する。引き続き被害の抑止に努めてくれ」

「はッ!!」



おそらく、王都でも同じような被害が出ているだろう。

常駐している国軍兵の存在が抑止力になるとは思うが、果たしてそれがどこまでの効力を持つか、、。

ただでさえ仕事が多いというのに。














「馬はあるか?」

「ありやすよ。ちょいとお待ち」


小さい騒動にいくつか巻き込まれながらも問題なく辿り着いた王都。

正門のすぐ近くで、登城する為にいつも通り馬を借りる。

神王様崩御の翌日でさえ、この【馬貸し】はいつも通り営業していた。

馬を放置するわけにはいかないという気持ちは分かるんだが、それでも、馬の世話だけでなく営業までしてしまうのはそうそう出来る事ではない。

まあ、オーナー以外の従業員は見られないんだが。



「お?代金が多いですぜ、旦那」

「いつも世話になっている礼だ。色々と大変だろう」

「受け取れねえって言いたいところだが、現状を考えればそういうわけにもいかねえ。有り難く受け取っておきやすよ」

「ああ」



この店がなくなれば、王城へは歩いて行かなくてはならなくなってしまう。

金貨の一枚くらい、いつも良い馬を出してくれる事を考えれば安いものだ。

次に来た時に潰れていない事を祈っておこう。




「お待ちしておりました」



王城で出迎えてくれたのは、二つの列を作る複数のメイドとその前に一人立ったデリン。

今日、俺は非番だと伝えていたはずだが、どこかから登城していると話が通っていたんだろうか。

ここに来る道中、馬の上から片手間に暴徒の鎮圧に助力してきたが、その内のどこからか話がいっていたのかもしれない。



「ドルトン様であれば、おそらく来られるだろうと予想をしておりましたので」



相変わらず、頭の切れる執事だ。

俺のような若輩者の行動を予測する事など、この人にとっては他愛もないのかもしれない。

今までも何度も、未来予知を出来るんじゃないかと思う行動をされた事がある。

伝えてはいないが求めていたものが既に用意されていたり、行く先々にデリンの姿があったり。

流石は前王の代から王城で勤めているだけはある。

デリンの能力の数々は、勤続年数によるものだけでは無い気もするが。



「随分しんとしていますが、何かあったんですか?」



王城内にある渡り廊下。

いつもそれなりにある話し声や物音が何故か聞こえず、横を歩くデリンへ尋ねた。

何か、嫌な予感がする。



「私からお話してもいいのですが、、」



神妙な面持ちを浮かべるデリンにより、不安が掻き立てられる。

まさか、、、。



「陛下に、何かあったんですか?」

「いえ、そういうわけではありません」



即時否定された事により、ひとまずの安心を胸中に浮かべる。

だが、デリンは変わらず神妙な面持ちのままだ。



「陛下は私室におられます。直接お聞きになったほうがよろしいかと」



考え事をしながら歩いていると、いつの間にかユリティス王の私室の前まで来ていた。

仕事をする時、滅多にこの部屋を使わないはずだが、、。

山程する事がある中、ユリティス王が仕事をせずにいるとは思えない。



コンコンッ───


「ドルトン様をお連れしました」



デリンが声を上げるも、ユリティス王からの返事は無い。

それどころか、何か物音が聞こえてくる事すらも。



「お気を付けて」



扉を開けたデリンのそんな言葉で、より一層不安が掻き立てられる。

何に対しての言葉なのか、まだ部屋の中が見えない位置に居る俺には予測が出来なかった。

何が、待ち構えているんだ、、。





「・・・・・」





入った部屋の中の惨状に絶句して、言葉を失った。

山程ある書類が部屋中に散らかり、棚は倒され、壺を始めとした調度品は割れて散乱している。

あまりにも惨憺たる有様。

いつも、その豪胆な性格からは想像も出来ない程綺麗に整頓されていた部屋とは到底思えない。

デリンが部屋を間違えたのかと、そう疑ってしまう程に。

部屋の位置、扉の形、色。

その全てに間違いはなく、ここがユリティス王の私室である事は疑いようがないのだが。



「陛下、、。これは一体、、、」



大量の書類の前、ソファで項垂れたユリティス王に視線で促されるまま、対面にあるもう一つのソファに掛ける。

部屋をこれだけの惨状にしたのは、間違いなくユリティス王本人だろう。

豪快ではあるが常に冷静沈着なユリティス王がここまでの惨状になるまで荒れるとは、、、。

緩く閉じた口から何が告げられるのか。

張り詰められた空気に、固唾を飲んだ。



「第零部隊がディベリア神聖国に出向を命じられ、朝方王都を出た」

「第零部隊が、、、」



第零部隊は、王城の守護、近隣の魔物の討伐、暴動の鎮圧、王国軍全体の統轄。

様々な仕事を受け持っている。

加えて、その実力が恐れられているが故に、第零部隊が王都を見回っているだけで、犯罪の抑止力となっている。

他領にいる部隊をいくつか王都に召集すれば第零部隊の居ない穴は埋める事が出来るが、それをしてしまえば、王都以外の領地に兵を回す事が出来ない。


ここへ来るまでに通ったトスターニア領、ウェンバイ領には国軍兵の姿が見られた。

という事は、ユリティス王は王都に王国軍を集結させて第零部隊の居なくなった穴を埋める事を捨てたのだろう。

今王都にいる人員だけで、増えた仕事を回そうとしているという事だ。

無謀にも思えるが、王都の人間に無理をさせるか、他領を切り捨てるか悩んだ末の決断なのだろう。



「教皇自らやって来てな。ディベリア神聖国周辺に発生した大量の魔物の掃討、国内で暴れる暴徒の鎮圧、という名目だそうだ。それらが事実なのだとしても、おそらく自国の戦力で事足りるものなのだろうがな」



確かに、ディベリア神聖国周辺は他国に比べて魔物が発生し易い。

だがそれ故に、対策として多くの兵を抱えている。

そんなディベリア神聖国が戦力が足りないと嘆く程、魔物が大量に発生するとは思えない。

それこそ、神授川近くの強さが桁違いの魔物が襲って来なくてはそんな事態にはならないだろう。

加えて、本当に困っているのなら、聖魔術士や教皇が国を離れるわけがない。

十中八九、第零部隊を出向させる為に作り上げた嘘だ。

だがおそらく、国内の戦力では果たせない何かをするつもりだというのは間違いないと思われる。

権力を笠に着て威張り散らすのが好きなクラムドであっても、自身が愉悦に浸る為だけに第零部隊をわざわざ自国に連れて行くような事は流石にしないだろうからな。



「元々終わる気のせん仕事の量だったが、たったの数時間で倍以上に増えたぞ。はっはっは」



笑い声を上げこそすれ、いつものような豪快な様子はユリティス王から感じ取れない。

全てを投げ捨て、諦観している様子だ。



「陛下。火急の仕事はどちらに」

「テーブルの上のもの。全てだ」



言葉を受けて、テーブルの上の書類にざっと目を通す。

火急どころか、どれも今日中に終わらせなければならない案件ばかりだ。

中には騒動を受けて期限を延ばされたものもあるだろうが、それを一つずつ確認する手間を考えれば、いっその事全て片付けてしまった方が早い。

大量の書類を、ユリティス王に任せなくてはならないもの、自身で片付けられるものに分け、荒れ放題の部屋を簡単に片付ける。

途中、割れた壺の破片が刺さったが、この程度、治療するまでもないだろう。



「確認出来た範囲ではありますが、書類を纏めて重要度ごとに分けておきました。火急の分、陛下の検分が必要なものは全てそちらのテーブルの上に纏めてあります」

「、、、半分程、減っているようだが?」

「私の方で処理しても問題なさそうなものでしたので、受け持ちます。幸い、暫く外交官として各地を飛び回る必要性はなさそうですから」



新たな神王がディベリア神聖国から出た事により、ユリティス王が神王になった時用に用意していたものは全て必要がなくなった。

その分、今の俺は手が空いている。

外交官としてディベリア神聖国へ向かい、各地の惨状を抑えてくれるように訴えたところで、あのクラムドが聞く耳を持つとは思えないしな。

それなら、シルム王国内で出来る仕事に従事するだけだ。

第零部隊が抜けた穴は、俺一人である程度埋められるだろう。



「情けない主君ですまないな」

「少なくとも私は、仕事が増えた事より出向した家臣達を心配して怒りを溢れさせる陛下が、優れていない主君だとは思えません」

「ふっ。お見通しか」

「もう長く、仕えさせていただいておりますので」



どこかすっきりとした様子のユリティス王と、目を合わせて笑いあった。

たかだか一家臣が主君の心情を心配するなど無礼な気もするが、少しでも良い変化を得る助力が出来たのであれば良しとしよう。



「私は、本当に家臣に恵まれているな」

「お褒めいただき、光栄です」

「仕事が一段落すれば、何か褒美をやろう。何を望む?」

「休暇、、でしょうか」

「くっくっく。考えておこう」

「幸甚です」



笑みを零すユリティス王の瞳は、いつもと同様の力強いものへと変わっていた。

自分がその変化の一端を担ったというのは、家臣としてはこれ以上ない程に嬉しいものだ。

今はただ、何も考えずに馬車馬のように働くか、、。

きっとその先に、良い結果が待っている事だろう。





「お見事です」

「デリンさん、、」


部屋を出ると、紅茶と簡単につまめる料理をカートで運んできたデリンと出くわした。

この執事はどこまでも、、。



「こうなることも、予想していましたか?」

「いえ。予想以上です」



そう言って一礼し、ユリティス王の待つ部屋へ入っていくデリン。

来訪時に静まり返っていた廊下は、慌ただしく動く使用人達によって、いつもと同様の騒がしさを取り戻し始めていた。

全ての家臣、使用人達を巧みに操り、ユリティス王の求めるものを創造する。

悪い意味ではないが、ある意味、クラムドよりもデリンのほうが要注意人物かもしれないな、、。




(ん?この書類は、、、)


王城内に設けられた外交官としての仕事部屋に向かう途中、歩きながら目を通した書類は監視者の自治領の調査についての報告書。

曰く、急激に勢力を増した過激派により穏健派は転移塔の守護権を奪われ、あの事件が起こったそうだ。

元々過激派の連中が勢力を増していた情報は得ていた。

だが、よく考えるとその情報からしておかしいんだ。


穏健派の人間は聡い者が多い。


過激派が再びのさばり勝手な判断で他国へ進行するような事があれば今度こそ立場のない監視者の事を考えて、常に穏健派が舵取りを出来るように努めるはずだ。

竜への生贄を過激派の優秀な人材から優先して選出すれば、過激派が穏健派より優位に立つ事はなくなる。

その程度の簡単に思い付く政策を打ち出していない事はないとは思うのだが、それでも、監視者達の勢力は調査書を見る限りでも過激派がほとんどという実態だった。

それどころか、穏健派は今現在殆ど存在しないという調査結果が記されている。

明らかに不自然な事態であるのに、それ以上調査がされたという報告は上がっていない。

おそらく、何かしらの外的要因によって過激派が勢力を増したのだと思うんだが、、、。


(調査指揮は十二軍団団長ムー・ゲリック、、、か)


報告書に記載されている日時からして、実地で調査されたのが捕らえた監視者の拷問の後である事は間違いない。

あの時、拷問した監視者が気になる事を言っていたはずだ。

転移塔を起動させるタイミングで丁度待ち構えられていたのは神とやらの思し召しで、死ぬ直前に言い放ったのが、〝貴様らにディベノ様の鉄槌が下らん事を〟だったか。

言葉から察するに、奴らは何らかの後ろ盾があり、それによって力を付けてあの時転移塔で待ち構えて襲い掛かるという行動に出たのだろう。

そこまで簡単に察する事が出来るというのに、何故ゲリックはその後ろ盾について調査をしようと思わなかったのか。

大した脅威はないと決めつける短絡的な考えか、それとも上司からの指示か。



王国軍団長の序列は、軍団の頭に付く数字が小さい者のほうが上の立場になる。

団長の統括であるシェリル以外はゲリックの上司ではなく先輩という扱いになるが、調査をしたほうがいいかどうか迷った場合であれば、一人で判断せず、一度持ち帰って上司であるシェリルの前に他の団長に相談くらいはしているだろう。

シェリルまで相談がいっていたのであればまず間違いなく調査は行われているはず。

つまり考えられるのは、ゲリックの独断で調査をせずに終わったか、他の団長に止められたか、それ以外の外的要因が何か関わっているか。

独断ないしは相談した上で決めた事なのであれば、危機管理能力がないという話だけで済むが、外的要因の場合は色々と調査をする必要がある。

その場合はゲリックが監視者達を唆した後ろ盾と繋がっているという考えに至るのが自然ではあるが、、。


(それなら、拷問で後ろ盾がある事を示唆する発言をしていたという事を馬鹿正直に報告するか、、?)


ゲリックは賢い男ではないが、そこまで目も当てられないような馬鹿ではないはず。

おそらく、ゲリックがこの問題のキーとなっているとは思うんだが、この忙しい時期に、気になったというだけでいち団長を尋問に掛ける事は出来ない。

何か一つ、確実に問題行動でも起こしている事が分かれば、それを理由に呼び出して尋問に掛ける事が出来るんだが、、。




「聞いたか?ゲリック団長がディベリア神聖国と繋がってるって噂」



立ち寄った書庫、死角から、そんな会話が聞こえてきた。

どうやら思っていたよりも早く、ゲリックから話を聞く事が出来そうだ。

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