表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
一章
6/104

六話「外殻の形成と魔術ギルド」



「はあ、、、はあ、、、、」



陽光が窓から強く差し込む中、寝入って数時間で体を飛び起こさせる。

悪夢を見たわけではないというのに、息は乱れ、手にはじっとりと汗を掻いていた。



(怖い、、、、のか)



そうなんだろうな、、、、やっぱり。

表層に出てきてしまうほどに、恐れてしまっているんだろう。


一体何を?

無知のまま外に出ることを?

衆目に晒されてしまうことを?


おそらくはもっと根本的な事。




記憶に新しい日本、大きく考えて地球を俺が認識していた世界だとしよう。

それと同等かその少し下ぐらいの認識で、俺はこの家の中を一つの世界だと思っている。

俺はその世界から出るのが怖い。

ただただ怖い。

唯一の世界だと思っていたものから(あぶ)れて、小さいながらも新しく形成した世界からも出てしまったらどうなるのだろうか。

またこの世界に戻ってこれるのだろうか。

新しい世界を認識出来るのだろうか。


散々馬鹿にしてきた引きこもりの感情が少し、理解出来た気がする。

彼らは、自分の部屋という世界の認識を深くし過ぎてしまったが故に、そこから出て新しい世界を認識するのが、他の人や物で形成された世界に自分の認識を持ち込むのが怖いのだ。

今なら分かる。今だから分かる。

彼らの気持ちが。



「はっ、、。情けないな、、」



視線を落とすと、そこにあった手が少し震えていた。

心なしか、全身が微細な震えを持っている気がする。

これが武者震いならどれだけよかったことか、、。



「ふぅー、、、。ふぅー、、、」


(収まれ。収まってくれ、、)



遠くで扉の開く音がした。

もう少し、もう少しだけこの殻に閉じ籠っていたい。

せめて、震えが止まるまでは。

いつまで掛かるかは検討もつかないけど。

でも、もう時間はないんだろうな。

近付いてくる足音が通り過ぎる事はないだろう。


(もう、すぐそこまで来てるな、、)


自室の扉が開く数秒前、一度だけ小さく鼻で笑って、震える体を隠すように仮面を着けた。

急造した、自分を偽る為の仮面を。




コンコンッ──。



「入るぞ」

「おはようございますウルさん」

「早いな。もう起きてたのか」

「さっき起きたばかりですけどね。目が冴えてしまって」

「まあ丁度良い。起こす手間が省けた。下で顔を洗ったら、そこのクローゼットに入ってる服に着替えておけ。ローブだけは出掛ける直前で良い」

「分かりました」




ウルが部屋を出たのを確認出来てから、伸ばしていた膝を曲げて体に寄せ、数秒かけてじんわりと強く抱きしめた。

じんわりじんわり、震えを抑え込むように力を込めていく。


(、、、よし)


数十秒後、少し弱まった震えを持って、自室を後にした。





下に降りて顔を洗って自室に戻り、言われた通りにクローゼットに入っていた服に着替える。

薄手の白い長袖シャツに黒の長ズボン。

ベルトもゴム紐も無いが、不思議とずれ落ちずにフィットしている。

ここに来る前に来ていた服と持っていた携帯なども同じクローゼットに入っていたが、それらからはそっと目を逸らした。



「着替え終わりました」

「サイズは大丈夫そうだな」

「はい。ちょうどいいです」



着替え終えてリビングに行くと、ウルが朝食を食べていた。

朝食は、昨日のスープの残りとテーブルにまとめて置かれたバケットだ。



「お前の分も温めておいた。冷めないうちに食え」

「はい。ありがとうございます」



なんでだろうか。

美味しそうなのにあまり食欲が湧いてくれない。

でも食べておかないとな、、、。

昨日のあれ、なんだっけか。

いただきますみたいなやつ。

確か、、、、。



「食に感謝を。魔力の源に感謝を。変わらぬ大地の恩恵に此度も授かります」



思い出しながら、両手を胸の上で重ねて言葉を並べる。

確かこんな感じだったはず。



「いつの間に覚えたんだ?」

「昨日リビィさんとセナリがやってるのを見て見様見真似で。あってますか?」

「問題ない。そのまま覚えておくといい」



合っていたみたいだ。良かった。

軽く会話を交わして、少し熱いスープと冷めたバケットを交互に口に運ぶ。

心情のせいか、昨日のような美味しさは感じられなかった。

だが、何とか一人前は食べられそうだ。





───トントントンッ。


「ふわぁ、、、。おはよう二人とも。早いね」





軽やかな足音を響かせ階段を降りて来たのは、寝惚け眼を擦るリビィ。

無防備な姿を、余裕のある時であれば嬉々として網膜に焼き付ける事が出来たのだろうか。



「そういえば昨日ギルドに行くって言ってたね。どこのギルド行くの?」

「急ぎだからな。近場で済ませる」

「じゃあリネリット魔術ギルド?」

「ああ」

「私も行っていい?久しぶりにネルバさんに会いたい」

「あー。そうか話してなかったな。ネルバは別のギルドのギルド長付きになったぞ」

「そうなの!?知らなかった、、」



二人の会話を、バケットを食べながら流し聞く。

どうやら今から行くのは、リネリット魔術ギルドというところらしい。



「今日予定はあるか?」

「特に無いかな、、、。どうしたの?」

「セナリを息抜きに連れ出してやってほしい」

「勿論いいよ。どこでもいい?」

「ああ。あまり遠くへは行かないようにしてくれ」

「うん、分かった。街からは出ないようにするね」



二人のやり取りは、過保護な親と子のような会話にも聞こえる。

年齢は確か、二人とも20代だったはずだが。



「頼んだ。スープ飲むか?温めるぞ」

「じゃあお願いしようかな。顔洗ってくるね」

「ああ。用意しておく」



スープが沸く音と、リビィが顔を洗う音を聞きながら朝食を食べ終える。

急造した仮面は案外優れもので、家を出る数分前には体を覆い尽くす不安を感じにくくさせてくれていた。

意識してしまえば、今にも恐怖に覆われてしまいそうだが。



「そろそろ出るか」

「はい」


掛けられた言葉に、ドクンと胸が一つ高く打つ。

いよいよか、、、。



「行ってらっしゃい」

「行ってきます」

「セナリの事、よろしく頼む」

「うん。任せて」



異世界に来てから初めて外に出る。

そう考えて散々体を強張らせた心情は、足を一歩前に出すという一動作を合図に、心の内側に閉じ込める事が出来た。

あくまで、一時的な措置に過ぎないだろうけど。
























──────────────────





貿易拠点セプタ領の最西端に位置する商業都市リネリス。

街路は碁盤目状に整えられており、それぞれの通りの両脇には所狭しと様々な商店、食事処、宿屋等が整然と並べられている。


その一角には、かの有名な三賢者のウル・ゼビア・ドルトンが住居を構えているそうだ。

人付き合いが苦手で有名な彼が何故この活気溢れる都市に住居を構えているのかと疑問に思う者も多いが、それは一重に、彼の外交官という仕事が影響しているからだろう。






──────────────────ゼン・フォートライト著 「シルム王国という国」より抜粋



















「どうした?」

「あ、いえ。何もないです」

「そうか。離れるなよ?」

「はい」


外へ出ると、道を挟んだ向こう側にも住居らしき建物が立ち並んでいた。

ウルの家の左右にも、数件の家らしき建物が見られる

それらの家から僅かに漏れ出る音以外、通りの外は不気味な程に静かだ。

まるで、誰も活動していないようにさえ感じさせられる。

商業都市と聞いていた割に活気が無いような気がするが─────







「らっしゃいらっしゃい!!安いよ安いよー!!」


「そこの兄さん!どうぞウチ寄ってってー!」


「今日限定の大特価!見てかなきゃ損損!!」







俺が家を出て感じた感想は間違ったものだったと、すぐに理解させられた。

家の前の石畳の道を右に真っすぐ進むと、空気の膜を抜けるような感覚の後、市場のような心地よい喧騒が襲い掛かってくる。

ついさっきまでの静けさなど、微塵も感じられない。

まるで、全く別の場所へ転移させられたかのようだ。


(そこまで離れているわけではないのに、この喧噪が家まで聞こえてこないのはなんでだろう?)


特殊な防音壁でも使ってるんだろうか。

多分、さっき抜けた空気の膜のようなものが原因だとは思うけど。



「凄い活気ですね」

「ああ。魔人域一と言っても過言ではないだろう。セプタ領には武人排斥派の貴族もいないからな。魔人に限らず武人もよく見かける」

「色んな種族が共存してるってことですか?」

「簡単に言えばそうだ。武器を持っていなければ区別は付き辛いがな」



確かに色んな人がいる。

子供からお年寄りまで。大きい人も居れば小さい人も。

透き通るように白い肌の人が居れば、それに対抗するように黒い肌の人も居る。

服装も髪型も髪色も人それぞれだ。


(どこからどう見ても日本ではないな、、)


身体的特徴はあっても個々の違いがないあの光景とは大違いだ。

見て分かる違い以上に、目に映る全員がそれぞれに個性を持っているのが感じ取れる。

オーラなんて見えるわけないので、あくまで何となくだが。


そんな群衆の中に、数は多くないが、アジア系の顔立ちの人をちらほら見かけた。

知り合いではないが、何となく親近感に近しいものを覚える。



「ウルさん。気のせいかもしれませんが、顔立ちが僕に似ている人達がいる気がするんですけど、あの人達も腐愚民ですか?」

「いや、あれは武人だ。全員では無いが、武人にはああいった顔立ちのやつがそれなりにいる」

「そうなんですね。なんだか少し親近感が湧きます」

「そうか。それと、極力自分が腐愚民だとバレるような発言は控えろ。体や意思の自由を奪われたくないならな」



大柄な見た目に似合わない小声で、ウルに注意される。

そうだ、迂闊だった。

俺の自由が許されるのは、あの家の中だけなんだ。



「すみません」

「ああ、気を付けろ」




「おう!ウル!朝っぱらからデートか!?」





(───ッ!?!?)

びっ、、くりした、、、、、。

さっきの発言を聞かれてたのかと思った、、。



「誰が野郎とデートするか」

「野郎ってことは俺が昨日仕立てたやつが早速役立ってんじゃないか?魔術の弟子ってとこか?」

「気付いてたのか」

「お前の隠し事を見抜くくらい寝ながらでも出来るに決まってんだろ。ガキの頃からの連れなんだからよ」

「まあ別に隠してるわけじゃないんだがな。故意に広めようとも思わないが」

「どうせお前が弟子取ったなんて言っても誰も信じないだろうしな。その後ろに隠れてるのが弟子か?」



隠れてたわけじゃないんだが、、、。

ウルが大き過ぎるんだ。



「あ、えっと初めまして。先日からウルさんのところでお世話になっているケイトです」



前に立ち塞がる形になっていたウルの横に立ち、浅いお辞儀をする。

文化によってはお辞儀が違う意味も成す事もあるらしいが、この世界では間違った動作ではないと信じたい。



「おっ、ウルの弟子にしては礼儀正しいな」

「どういうことだサシャてめえ」

「ははは!悪い悪い。サシャ・リングデウムだ。ウルとはガキの頃からの付き合いで、今着てるその服を仕立てたのも俺だ」



意外だった。

適当そうな性格に見えるサシャとは違い、このローブは丁寧に仕立てられてるから。

仕事の時だけ真面目になるタイプなんだろうか。



「そうなんですね。素敵なローブをありがとうございます」

「いいってことよ。ローブの調子はどうだ?サイズは間違いないか?」

「はい。ちょうどいいサイズですし、見た目も凄く気に入ってます」

「そりゃよかった。ウル、てめえもこいつくらい上手い世辞が言えるようになれよ」

「うるせえな。ケイト!早く行くぞ。こんなとこで油を売ってる暇はない」

「あ、はい。じゃあサシャさん、また」

「おうよ!またな!」



サシャさん、良い人そうだったな。

また近くを通ることがあれば話しかけてみよう。

ウルは嫌そうな顔をするかもしれないけど。

















サシャと別れて数十分。

大通りを進んで横道に入って、また別の大通りに出てを何度か繰り返す。

横道に入ればまた住宅街みたいなのがあるかとも思ったがそんなことはなくて、横道も大通りも様々な人や店で賑わっていた。



「入るぞ」



ウルが立ち止まったのは、体育館の2倍程の広さと高さをもつ建物の前。

赤茶色のレンガ造りで、全体像は見えないがおそらく上から見れば正円の形をしているだろう。

円筒形、で合ってるかな。



「ここが魔術ギルドですか?」

「いや、ここはリネリス最大の転移塔だ。この中にある転移魔法陣に乗ればセプタ領の各所に移動する事が出来る」

「という事は、直接家に帰れたりもするんですか?」

「いや。転移先にも魔法陣がなくてはならない」



まあ、転移先を自由に選択出来たら、色々な犯罪に使われる事もあるだろうしな。

脳裏に目が〝3〟の小学生と猫型ロボットが思い浮かんだが、あれは魔法陣じゃなくてドアだった。


(それにしても。転移魔法、、、、か)

異世界物の創作物では定番だな。

魔法陣に乗って魔力を注いだら、予め用意しておいた別の魔法陣に移動出来るってやつだ。

こんな施設があるという事は、それを商売にしてるってことかな?

イメージとしては人も運べる運送屋みたいなものだろうか。




「おっ。ドルトンとこのウル坊。今日はどこまで行くんだ?また王都で仕事か?」




ドアも無く、ウルが前かがみにならずとも悠遊と通る事の出来る大きく開けた入口から中に入ると、敷かれた幅2m程のカーペットの先の建物中央部に円形の番台のようなものがあり、そこに数名の職員が座っていた。

ウルに話し掛けてきたのはその内の一人。

分厚い丸眼鏡をかけた初老の男だ。

というか、番台に座っている男は全員同じくらいの年齢で同じような丸眼鏡を掛けている。

流行ってるのか、、、?



「アッシュさん、いい加減坊ちゃんはやめてくれよ、、」



どうやら丸メガネその1、もとい話し掛けて来た男はアッシュというらしい。

何というか、喋り方や動きから剽軽な雰囲気が醸し出されている。



「ははっ、すまんね。今はお偉い外交官様だもんな」

「別に偉かねえが、、」

「そうかいそうかい。そいで?今日は何処に?」

「今日はリネリット魔術ギルドまで頼む」

「魔術ギルド?何か気になる依頼でもあったのか?」

「いや、修練場に用がある。こいつに魔術を教えてやろうと思ってな」



そう言いながら、ウルは半身で俺を指差す。

一歩引いていた俺は、ウルの隣に立ってアッシュと挨拶を交わした。



「はっはっは!あのウル坊が弟子!?こりゃ明日は空から岩が降ってくるな!はっはっは!」

「ドルトンさんとこのが弟子!?なんの冗談だ!?」



丸眼鏡達が手を叩いて爆笑する。

ウルは弟子を取らなそうな性格をしているとはいっても、紹介しただけでここまで大爆笑されるものなのか、、、。

俺が思ってるよりも、ウルを知っている人にとっては珍しい事なのかもしれない。


(あんまり目立たないように心掛けないとな、、、)


俺が目立てばウルが笑われ、恥ずかしい思いをするから。

今も、隣で恥ずかしさと怒りで顔が変な力み方している。



「うるっせえな。いいから!リネリットまでの許可証用意してくれ!」

「はーはー。悪い悪い。ついつい物珍しくてな。ちょっと待ってな」

「、、、ったく」

「ウルさんが弟子をとるのってそんなに珍しい事なんですか?」

「ああ。お前が初めてだ。そもそも、お前の事を弟子だとは思っていないが」

「そうですね。相当ないわくつきですもんね」

「ああ。慣れないだろうが外では弟子として振る舞ってくれ。癪だが、俺も師匠として振る舞う」

「善処します」



と言っても、何かで弟子入りした経験はないんだが。

とりあえず、一歩下がって師匠を立てるみたいな感じでいいのかな?

脳内で着物姿のいい奥さん像が思い浮かんだが、まああながち間違いでもないのかもしれない。



「待たせたな。使用魔力はどうする?」

「いつも通り俺が持つ」

「二人分か?」

「ああ、問題ない」

「はいよ」



アッシュがメモ用紙サイズの紙に何やら記入して、最後に判子をひとつ押してウルに手渡した。



「リネリット行きは俺の真後ろ突き当りにある。気い付けてな」

「ああ。行ってくる」



目は合わせずに番台の足場辺りを見て会釈をし、ウルの後ろを付いて行く。

歩きながら辺りを見回すと、建物の内壁に沿うように等間隔に扉の無い入口が並べられていた。

その内の一つに入ると、中には魔法陣の書かれた正方形の大きい石舞台があり、その四隅に一人ずつ、ローブを着てフードを目深に被った人が立っていた。



「許可証を」



近付いて来たローブ姿の職員に、ウルがアッシュから受け取った紙を渡す。

すぐそこまで寄って来てるのに、フードのせいで顔は見えない。

何というか、黒魔術を使いそうな見た目だ。



「確かに。もう一名、ケイトというのは後ろの御仁で?」

「そうだ」

「チェックさせていただいても?」

「構わない」



ローブの男が目配せをして、別の職員が近寄ってくる。

言われるがまま両手を地面と水平に広げると、ローブの上から体をぽんぽんと叩くように探られた。

くすぐったかったが、何とか変な声を出さずに一通り探られるのを我慢出来た。

触って確かめただけでは腐愚民とバレる事はないみたいだ。



「失礼。問題なかったようなので通行を許可します。魔法陣の起動補助は必要ですか?」

「必要ない。全て受け持つ」

「畏まりました。それでは」



返された紙をウルが受け取ると、職員は浅くお辞儀を一つだけして、定位置に戻っていった。

あの紙がパスポートのようなものなら、この一連の流れは入国審査みたいなものだろうか。

まあ、服着てるだけだし止められることもないか。



「くれぐれも、許可を出すまで魔法陣の外には出るなよ?」

「はい」



魔法陣に乗ると、ウルは中央に描かれた小さい円の上に立ち、左手をローブのポケットに入れたまま右手の平を翳すように魔法陣に向けた。

その姿を見ながらじっと待つ事数秒。

ウルの足元の小さい円が薄く光って、その光が血液のように流れて魔法陣の全ての線に行き渡ると、光は強くなって青白さを帯びた。

それを確認出来たのとほぼ同時に俺の視界も同色の光に覆われ、瞬きの隙に魔法陣の光は失われて元の姿を取り戻していた。

否、別の魔法陣に転移していた。



「到着、、ですか?」

「ああ。魔術ギルドまでは少し歩くが、ひとまず一番近い魔法陣には着いた」



魔法陣を下りると、ローブ姿の女性職員が近づいてきた。

四人居る事に変わりはないが、さっきの転移塔とは違って全員フードを降ろしている。



「ご苦労様です。許可証を」



女性職員はウルから紙を受け取って書かれた文字を数秒かけて読み切った後、腰に着けていたポーチから小ぶりな判子を取り出して、紙に印を押した。

返してくれる様子はないから、おそらくあの紙の効力はこの一回切りなんだろう。

切符みたいだ。



「確かに。お気を付けて」



女性職員が浅く一礼して定位置に戻っていく。

魔法陣周りに居る人は動作が決められているんだろうか?

さっき見た男性職員と寸分違わない動作しかしていない気がするんだが、、、。

まるで、ひたすらに同じ事を繰り返すロボットのような印象を受けた。






「向こうに見えるのがリネリスですか?」


リネリスのものより数段小さな転移塔を出ると、正面500m程先、なだらかな丘の向こうに賑やかな街が見えた。

声は聞こえないのに見た目だけで賑やかなのが分かる。



「そうだ。ここも、今から行く魔術ギルドも一応リネリスなんだがな。先先代のギルド長の気まぐれでリネリットという名前に変えられた。今でも年寄りはリネリス魔術ギルドと呼んでいる」

「地域ごと名前を変えるって、もしかしてギルド長って結構なお偉いさんなんですか?」

「そこらの貴族連中よりは権限があるんじゃないか?少なくともリネリスではな」



それはちょっと予想外だった。

何冊か読んだラノベでは、ギルド長なんてぞんざいな扱い方をされてたから。

フォーカスを合わせられる事すら稀だったし。

もしかしたら見ていないラノベでは、それなりの権限を持った人もいたのかもしれないけど。



「行くぞ。ギルドは反対側だ」

「はい」


ウルに連れられて転移塔の裏側に回る。

そのまま歩いて十数分。

四角い無骨な石造りの建物の前に着いた。

胸の高さにある気持ち程度の木製のスイングドアを開けて中に入ると、左右に丸テーブルが十数卓と、それぞれを囲むように椅子が置いてあった。

ローブ着た人や、豪奢な衣装に身を包んだ人。

質素なシャツにズボンというラフな姿の人。

多種多様な人達が酒を飲み交わして話し込んだり、金銭を机に広げて下卑た笑みを浮かべている。



「飲み屋、、ですか?」

「初見ではそう見えても仕方ないだろう。だが、れっきとした魔術ギルドだ。あいつらが飲んでる酒もつまみも全て持ち込んでるだけだしな」

「憩いの場、のようなものでしょうか」

「いや。魔術ギルドは比較的人が集まり易く、情報が集まり易い。今座って話してるやつらは依頼目的じゃなく、そういった情報目当てのやつらばかりだ」



依頼っていうのはおそらく、討伐依頼とか護衛依頼とかそういうのだろう。

そこから帰ってきた人から情報を買って何がしかに活かすってことか?

説明を聞いた後で見ても飲み屋にしか見えないが、ここで聞いた話が思わぬ儲け話だったとかそういうこともあるんだろうな、きっと。





「あ、ウルさん!お久しぶりです!」





人の群れを真っすぐ抜けると木製のカウンターがあり、その向こう側に立っていた同年代ぐらいの女性がウルに話しかけてきた。

弾けんばかりの笑顔だ。



「久しいなマレッタ。一人で受付させてもらえるようになったのか?」

「はい!つい最近ですけどね。何とか頑張れてます」



マレッタと呼ばれたその女性は、小柄で、淡いピンク色の髪を短く切り揃えている。

リビィとは違う、可愛らしい顔立ちの人だ。



「リムの姿が見えないが、、」

「ご存じないですか?リムさんはご結婚されて、お仕事辞められたんですよ」

「そうなのか?挨拶だけでもしときたかったんだが、、。まあいい。リムが来たら祝辞だけでも伝えておいてくれ」

「かしこまりました。今日はどういったご用件で?」

「修練場を貸してくれ。出来れば外のほうがいいな」

「修練場、、、ですか?あ。もしかして後ろの方がお弟子さんだったり?」

「そうだ」



あ、また笑われるやつか。

何か申し訳ない────



「わあ!ウルさんのお弟子さんになれるなんて羨ましいです!いいなーいいなー。なんてお名前なんですか?おいくつですか?どこから来られたんですか?」



予想は、良い意味で裏切られた。

マレッタが目をキラキラ輝かせて、カウンターに身を乗り出してくる。

初対面のはずなのに、何故か既視感を覚える光景だ。

どこかで似たようなものを見た、、とか?

うーん、、、。

どこだったか、、、、、、、

あ!セナリだ!

今のこの反応もそうだけど、マレッタはどことなくセナリに雰囲気が似ている。

歳が上な分セナリより落ち着きはあるが、嬉しいとか楽しいとかを体全体で表現するところはそっくりだ。



「初めまして。ケイトといいます。歳は21歳。出身はスワナ村です。ウルさんの指導の下、住み込みで修行をする事になりました」

「住み込みですか!?本格的ですねー。年齢同じですし仲良くしてくださいね!」

「あ、はい。よろしくお願いします」



放っておくとカウンターを越えてきそうだったので、自分から近付いて差し出された手を握る。

やましい事など何も無い。

ただの握手だ。

ぶんぶんと振られたせいで手首がちょっと痛い。



「マレッタ。とりあえず落ち着け」

「っは!す、すみません。ついついハシャいでしまいました」

「怒ってはいないが、あまり大声は出すな。視線が集まる」

「視線、、ですか?ウルさんが入ってきた時点でほとんどの方が注目してますが」



言われて、顔の向きは正面に固定したまま目を左右にきょろきょろと動かしてみる。

初めてのギルドに緊張して全然気付かなかったが、ほぼ全員が手を止めてこちらを見ていた。

おそらく、視界の外も同じ光景が繰り広げられている事だろう。



「凄い見られてますね、、、。ウルさん有名人なんですか」

「ああ。大抵が俺の持つ情報目当てだろうな」

「武人域にまでパイプを持つ優秀な外交官様ですもんね」



外交官、、、、。

そういえば、リビィがそんな事を言っていた気がする。

仕事の性質を考えれば、国の内外の情報を持ち合わせてるのは確実。

それも、簡単に一般人に出回らないようなものも。

情報を求めて来てる人達の視線を集めるのは仕方のない事か。



「あまり長居するべきではないな。マレッタ。修練場まで案内してくれるか?」

「勿論です。どうぞこちらへ」



向けられる視線に捕まらないように、無意味な事だと分かっていながらも出来るだけ身を小さくして、カウンターの奥、向かって左側にあった通路へと進む。

途中で何人か職員らしき人とすれ違って会釈したが、殆どの人はウルの事を見ていて、存在に気付かれる事すらなかった。

嬉しいような、少し寂しいような。












(光の、、、柱?)

暫く通路を進んで、広々とした体育館のような場所に着く。

そこには直径5m程の魔法陣が6つあって、それぞれが黄白色の光を天井まで伸ばしていた。

その内の3つには人が入っていて、薄っすらと火の玉や水柱が見える。



「屋外修練場はこの奥です」



魔法陣の間を抜け、その先にある通路も抜けた先。

そこは屋外で、木々に囲まれた野球のグラウンド程のスペースにひと際大きな黄白色のドームが一つあった。

近付くと、辛うじて中の魔法陣が見える。



「今は誰も居ませんから、好きに使っていただいて構いません。ウルさんの本気の精霊魔術に耐えれらる程の強度はないので、あまり張り切らないでくださいね」

「気を付ける。透過板(とうかばん)を貰えるか?」

「はい。ケイトさんも」



マレッタから渡されたのは、よくネックレスの先についてるような、文字が刻印された楕円形の薄い銀色の板。

この世界の文字らしきもので何か書いてあるが、何と書いてあるかは分からない。



「これは、、?」

「魔法陣に入る時はそれをしっかりと握っていてください。持っていないと、防御結界に弾かれてしまいますから」



あの黄白色の光の壁はどうやら防御結界というものらしく、魔術を含む物理攻撃を中からも外からも防いでくれるんだそうだ。

だからこそ、入る時にこの透過板という道具がいるんだろう。

という事は、この透過板は周囲の結界を無効化する効果でもあるんだろうか?

また今度、時間と脳の容量に余裕がある時にでも聞こう。

顔には出てないと思うが、今は心の中にいる臆病を抑え込むのにかなり精神を割いている。



「それではまた後で。ケイトさん、頑張ってくださいね!」

「はい。ありがとうございます」


マレッタの親近感の湧く可愛さに、少し癒された。

性格も良さそうだし、モテそうだ。



「ケイト。そんな目でリビィのこと見やがったらぶっ殺すぞ」

「え!?あ、すみません。気が抜けてました」

「、、まあいい。早く魔法陣に入れ。始めるぞ」

「はい。よろしくお願いします」



斯くして、ウルによる魔術訓練が始められるのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ