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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
六章
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五十五話「目を逸らしたものは」



「ようこそ、聖魔の社へ」


どうやらこのパルテノン神殿のような建物は、聖魔の社というらしい。

階段の下で出迎えてくれたのは、筋骨隆々の番人二人。

50kg以上はありそうな巨大な斧を交差させて、俺達が階段へと向かうのを阻んでいる。



「道を開けなさい。ジド、バド」

「「ハッ!!」」



何も言わないバオジャイに習って階段の下で静かに待っていると、上から一切の足音を立てずに一人の女性が下りて来た。

教科書で見たローマ帝国の人のような服装をしている。

トガ、だったか?

一枚の布を複雑に体に巻きつけている。

顔は、ベールで隠れてよく見えないが、声を聞いた限りでは女性である事に間違いはないだろう。

何というか、ベールで顔を隠していると防人を思い出すな、、、。

服装が違うから、おそらく関係はないのだろうけど。



「ようこそ。三賢者バオジャイ殿。そちらは?」

「リビィです」

「ケイトです」

「身元の保証は?」

「私がする」

「、、分かりました。本来であれば受け付けませんが、我が君から、武人域に行きたい者は好きに行かせろと達しが出ています。もう戻って来る事は許されませんが、よろしいですね?」



女性の言葉にリビィと二人、諾と答えた。

もう、覚悟は出来ている。



「では、ご案内します」



前を行く女性へ付いて行こうと足を踏み出すと、階段の少し手前で何枚かの空気の膜を抜ける感覚があった。

透過板を持っていなくても通れた事と、一緒に階段を登っているとさっきは聞こえなかった女性の足音が反響するように耳に届く事を考えると、おそらく抜けたのは防音結界だったんじゃないかと思う。

緩やかに反響してくる靴の音は心地良くて、耳に意識を集中し過ぎて途中、次に上げるべき足はどちらか忘れてしまった。

気を抜いたら転げ落ちてしまいそうだ。



「こちらです」


(凄い、、、)



階段を登り切った先に見えた景色に、思わず感嘆した。

上から見たと考えると縦横、おそらく等間隔に、白一色の柱が整然と並べられている。

床は表面が鏡のように綺麗な大理石。

その二つが織り成す景色が、入口から見える範囲はずっと続いている。

以前訪れたシルム王国の王城のように豪奢なわけではない。

だがこの場所は、漂う雰囲気だけで王城の幾多の装飾品達を圧倒している。

自然、背筋もピンと張らされた。






カツーン──カツーン───。






柱の間を、真っすぐに歩いていく女性の足音が、空間に反響する。

音の感覚は一定。

一切の乱れも感じられない。

その音に合わせようと歩幅を調整してみたが、どうしても乱れてしまう。

、、難しい。

まあ、そんな事をする必要はないのだが。


(あれ、、?)


どれくらい進んだだろうか。

延々と続くように錯覚させられていた等間隔の柱の並びが、途中で変化をし始めた。

多少の変化ではあるが、それでもここまで整然と並べられていたもの故に、違和感を覚えてしまう。

確証はないが、そろそろ到着なのかもしれない。




カツーン───カッ──。




足音を切った女性に合わせて、全員が立ち止まる。

女性の前方には、床が淡く光る円形に開けた場所が。

転移塔の魔法陣の三倍程の大きさはあるその場所は、見ているだけで目眩がしそうな幾何学模様の描かれた柱が周りをぐるりと囲んでいる。



「祈りを」



女性が片膝を着いて俯き、重ねた両手を胸に当てる。


(俺もしたほうがいいんだろうか、、)


辺りをキョロキョロと見回しながら、女性と同じように膝を着いたバオジャイを真似する。

合っているのか、、?

女性の後ろ姿と、辛うじて手元が見える程度だから、合っているのかどうか確証が持てない。

浮かぶ焦燥は、お焼香の時に前の人の行動を必死に見ていた時に似ている。

こんな行動が必要なのであれば、予め教えておいてほしかった、、、。



「感謝を」



引き続き立膝の姿勢で、別の言葉を重ねる女性。

バオジャイは何も言わずにいるから、このまま恰好だけ真似しておけばいいだろう。

念の為、女性の言葉に意味があるものだと考えて、誰に向けたのかもわからない雑多な感謝を心に浮かべておいた。



「清廉を」



清廉、、?

どういう感情でいればいいんだ、、?

とりあえず、邪念だけは浮かばないようにしよう。

姿勢は相変わらず、立膝のままだ。



「行きますよ」



目を瞑っていたから、音もなく立ち上がった女性に気付けなかった。

声を掛けられて漸く立ち上がり、再び同じリズムで足音を奏でる女性の後ろを付いて行く。

現在進行形で淡く光る床に見えるのは、やはり魔法陣。

だが、その書き込み具合がメヒトが私用で使っているものとも、転移魔法陣のものとも全く違う。

広さや発光している事が原因で魔法陣の全体像はよく見えないが、おそらく端まで隙間なくびっしりと描かれているのだろう。

全て見たからといって何か分析が出来るわけではないのだが、今までに見た事のない規模のものを見ると圧倒されて見入ってしまう。



「中央へ」



女性に促され、三人で魔法陣の中心、何も描かれていない直径2m程の円に入った。

サイズこそ違えど、どの転移魔法陣の中心にも空白の円はある。

別にここに入らなくても魔法陣の中であれば問題ないとメヒトは言っていたが、入れるのであれば入っておいたほうが守護者達(・・・・)の心象はいいだろう。


そう。

俺達がここに来る前から待ち構えていたであろう、周りを囲う柱の前に一人ずつ立つ守護者達の。

魔法陣の光の先、柱の手前に人の姿が見えた時は驚いて声を上げそうになったが、ここまで案内してくれた女性と同じ格好をしている事が確認出来て、驚きを声に出す事は防げた。

この場所の天井部分に照明を付ければ周囲の人達全てを中心部分から見る事が出来ると思うんだが、薄暗いのには何か理由があるんだろうか。

今度また、メヒトに会った時にでも聞いてみよう。

全員が全員、厳かな雰囲気を持つ守護者達にはどうにも聞き辛いから。



「我が君よ、御身懐へ魔人のお子らを受け入れ給へ」



耳に緩く届いたそんな言葉を合図に足元の光が強まり、視界を覆う。

慣れた光景にも拘らず、何故か緊張で背筋が伸びた。

監視者の自治領の事もある。

転移後すぐに何かあっても対応出来るようにしておこう。






「ケイト、凄いよ、、」


光が晴れた後、リビィが指差す方向を見るとそこには、先程まで見ていたものと同じような柱と、その隙間から見える広大な自然が。

問題なく辿り着いた、、と思っていいのかな。



「陣の外へ」



転移塔にあるものと同じくらいのサイズの魔法陣の周囲を見回すと、先程までと同じように、一本の柱につきその手前に一人の守護者が立っていた。

その数はざっと20人程。

俺達に魔法陣を下りるように指示した男性以外は動こうとする気配すらないが、この人達は柱の前に立っているだけが仕事なんだろうか。

何というか、楽そうではあるが退屈そうだ。


一段上になっていた魔法陣を下りて、先導してくれる守護者の男性に付いて行く。

男性が魔法陣の間にあった唯一の扉に手を掛けて、重そうなその扉をゆっくりと開いた。

薄く透けた白色の扉が、どんな材質で出来ているのかが気になる。

見た限りでは何か鉱物から削り出したのだろうとは思うが、こんな大きな扉を削り出せる程の大きさの鉱物などあるのだろうか。

あるのであれば、それだけで一財産となりそうだ。



ギィ───。



小さい音を一度だけ立てて男性がゆっくりと開く扉の先を、興味津々に覗く。

普段は入る事の出来ない聖域。

そこにある魔法陣の間の扉の先に、どんな光景が広がっているのか気になる。




「浮いて、、る?」




扉の先。

20m程先に見えたのは、シンメトリーな、洋風の東屋のような建物。

そこまではいい。

この世界ではあまり珍しくもない建物だ。

だが問題は、その建物が浮かんでいる事だ。

魔術を使えば出来ない事もないんだが、あれだけ安定させるのはおそらく浮遊の魔法陣を構築して、絶えず魔力を注いでいなくてはならない。



「ケイト、見て」



焦った様子で俺の腕を揺するリビィ。

視線の先にあったのは俺が見ていた建物、、、、ではなく、扉を出たすぐの所。


(何も無い、、?)


そう。

そこには神秘的な何かがあるわけではなく、生物がいるわけでもなく、ただただ何も無かった。

あの扉が外へ出る為のものだとしても、足場がなくては扉を潜る度に、四階相当のこの高さから飛び降りなくてはならない事になる。

向こうの建物へ行くには飛ぶ事が出来るというのが必須のスキルなのかもしれない。

バオジャイは飛べるだろうし、リビィは俺が抱えていくしかないか。



「橋を」



(お、おおう、、、、)

初めて魔術を見た時並の衝撃が、目の前で繰り広げられた。

男性が扉があった位置で言葉を零すと、現れたのは、向こうの建物の扉まで半透明の橋。

もう色々と見慣れて来たつもりだったが、流石は聖域。

魔人域で見られるものとは一味違う。

こう、何だろう。

厨二心を擽られるな。



「落ちないように」



心の綺麗な者しか渡れないなんていう設定は無いよなと不安になりつつも、橋の幅に合わせて一列になって、バオジャイの後を付いて行く。

不安を覚えている橋に女性を先に行かせるなんて男らしくないとは思ったが、ここは何度か聖域へ来た事があるらしいバオジャイに甘えさせてもらおう。


まず守護者の男性が橋へ踏み出す。

その足取りには緊張が見られず、問題なく歩く事が出来ている。

その次はバオジャイ。

うん、問題なさそうだ。軋む音すら聞こえない。

とはいっても、不安なものは不安だ。

緊張しながら中空に浮かぶ橋へ一歩、ゆっくりと踏み出す。


(、、、よし。問題なさそうだ)


人が二人並んでは通れない程の狭さの橋なのに安定感は抜群で、三歩目を踏み出す頃には初めの緊張など、どこかに消え失せていた。

この道も、俺がまだ知らぬ魔術で、出したり消したりをしているんだろうか。

それとも、元々あるものを見えないように普段は隠しているのかもしれない。

メヒトの家も結界の中に入らなければ認識出来ないようになっていたし、それの類という可能性もある。


、、、、あれ?


研究や素材集めを手伝っていたからか何なのか、いつの間にか観察と考察を自然とする癖が身に付いてしまっていた。

二週間ではあったが一緒に住んでいた事も、性格が似てきてしまった要因なんだろうか。

このままいけば、次はバオジャイ似の性格に、、?

まあ、普段はまともな人だしそれは別にいいか。

今はそんな事より、足を踏み外さないように注力しよう。




(予想はしていたが、、)


途中、恐る恐る半身で振り返ってみると、さっきまで居た魔法陣の間も今から行く建物と同じ見た目をしていて、同じ様に宙に浮いていた。

二つの建物もこの橋も、全て浮いている。

目で見てそれを理解した途端、この細い橋へ寄せた信頼は、一瞬で瓦解してしまった。



「どうしたの?」

「だ、大丈夫です」



二列になっては歩けない場所だ。

当然、立ち止まってしまっては後ろの人の邪魔になる。

心配してくれるリビィを安心させてから、不安を抱えながらも何とか向かいの建物まで辿り着き、無事に中に入る事が出来た。

何というか、小さい頃に塀の上を歩いた時の感覚に似ている。

塀とは高さが全く違うが、緊張の種類としては同種だろう。

落ちたとしても問題なく自力で戻って来れるんだが、橋から外れたという理由だけで何か処罰を与えられないとも限らないからな。

ここで何をするか、何を罰するかは神王や守護者の采配で決まるそうだし、下手な行動はしないほうが賢明だろう。



「中央へ」



さっきまで居た場所と同じ造りになっていた建物の中で、橋を渡り切った感動を噛み締める間もなく、魔法陣の中央に立たされた。

橋を渡っている途中に見回した限りではこれ以外に建物は見受けられなかったし、この魔法陣は武人域に繋がっているものと考えて間違いないだろう。



「ケイト殿、リビィ殿、最後に問います。再び魔人域に戻る事は許されませんが、それでも、バオジャイ殿と共に武人域へ向かいますか?」



武人の血を引くバオジャイは、俺とリビィの存在は関係なくとも、武人域に追い出される予定だった。

だからこそ、守護者は俺とリビィにのみ、投げ掛けたのだろう。

本当に、魔力のない場所で永住する覚悟が出来ているのか、その問いを。

俺自身は魔人ではないし、魔力の無い場所で暮らす事に問題はないのだが、俺が魔人であると思っている守護者からすれば、形式上であっても問い掛けておいたほうが良いと思える問題なのだろう。

キュイの事は近い内に考えなくてはいけないが、それでも武人域へ渡るという考えは変わらない。

答えなら、とうに決まっている。





「「はい」」





狙わずして、リビィと声が被ってしまった。

それだけ、決意が同じものであるのだと思う。

緊張はある、不安もある。

それでも、より良い未来の為に踏み出さなくてはならない。

あの日、セプタ領から二人で飛び出した時のように。





「では。貴方方に神王様の加護が有らん事を」





魔法陣の光に包まれた瞬間、魔人域での記憶が走馬灯のように思い起こされた。

またいつか、何か手段を見つけて絶対に戻って来る。

元の世界に戻るよりは、確実に簡単だろうから。

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