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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
六章
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五十四話「覚悟」



「そっちはどう?」

「問題なさそうですね、、。後はナイフの手入れだけです」


メヒトの家を出てから約一か月。

聖域へ行く転移魔法陣まで5時間程の距離のとある場所で、朝からリビィと二人、荷物の点検をしていた。

リビィは飲食物を主に、俺は装備や魔道具の点検をしつつ、切れ味の悪くなってしまったナイフの手入れをする。

毎晩手入れは怠っていなかったのだが、この先いつゆっくり出来る日があるか分からないからと、念の為手入れをしておこうという事になった。



「バオジャイさん大丈夫かな、、」

「あの人なら、きっと何があっても大丈夫ですよ」



バオジャイは独り、朝一番に転移魔法陣に向かって出立している。

理由は、俺達が魔法陣に近付いても検査がなく通れるか確かめる為。

腐愚民炙り出し計画から時間が経っているから大丈夫だとは思っていたんだが、トリアティアの町で検問が行われていた事を聞いてから、その認識を改めた。

聖域への転移魔法陣を守護しているのはどの国にも属さない聖域の守護者達らしいが、その守護者達がディベリア神聖国と内通していないとは限らない。

内通していれば、腐愚民を見分ける装置を転移魔法陣がある場所へ設置していてもおかしくないだろう。

それを見分ける為、バオジャイが単身魔法陣まで向かってくれている。

良い結果が得られるといいんだが、、。



「もし駄目だったらさ、これからどうなるんだろうね」



俺が持っていた不安を、リビィも持っていたようだ。

それもそうか。

俺とリビィは同じ境遇。

抱える不安は一緒だ。



「今みたいに人里離れたところを点々とするのも有りだと思うんですが、その行動にリスクがないわけではないですからね」

「そうだね、、。バオジャイさんがずっと付いて来てくれるわけでもないだろうし、、」



この旅の合間に、三人で幾度も話し合いを重ねた。

本当に武人域に行くのが最適なのか、このまま魔人域に残るべきなのか、だとしたらどこを拠点とするべきなのか。

中々良い案だと思ったこのまま魔人域を旅するという案は、バオジャイによって却下された。

理由は、相手がディベリア教徒であれそれ以外であれ、見つかれば通報される危険性があるという事。

通報されれば現在地はバレ、身元の確認の為に検査をされて、その段階で腐愚民とバレてしまう。

それを避ける為には日中は勿論、夜間も交代で周辺の警戒をしなくてはならない。

広大な魔人域で三人という少人数で移動する俺達が見つかる可能性はかなり低いと思うけど、それでも全く無いとは言い切れない。

武人域へ渡れなかった時の候補として置いてはいるが、出来れば一日中警戒し続けるような生活はしたくないというのが俺達の総意だ。



「そういえば。ケイトはなんでバオジャイさんに敬語のままなの?」



片手間にナイフを研ぎながら、リビィの質問への答えを考えてみる。

正直なところ、本人から許可が出ているのだからタメ口で話してもいいかなとは思っている。

だが何となく、最初に敬語で話してしまうと、途中で止めろと言われても中々止める事が出来ない。

バオジャイ相手には、最初に怒らせてしまったという負い目も関係しているのかもしれないが、、。



「最初に敬語だと中々抜けない?」

「はい。高校が厳しいところで、先生や先輩にはきちんとした敬語を使わないといけないところだったんです。同級生に友達も少なくて先輩と話す事が多かったのもあって、敬語のほうが慣れてしまってるんですよね、多分。仲の良い先輩にも、結局最後まで敬語でしたし、、」



仲は良かったのだと思う。

お互いの家に遊びに行ったり、何処かへご飯を食べに行ったり。

そんな先輩が数人居たが、全員に対して最後まで敬語を止める事が出来なかった。

そもそも、敬語を止めてくれと言われた事すら無かったし、俺自身が先輩相手にタメ口を使おうという思考に至らなかった。

あの頃はそれが当然だと思っていたんだ。



「ふーん。じゃあ私にもこれからずっと敬語のままなんだ。ふーん」



もう何度目かのリビィの悪戯な笑顔。

きっと、俺が敬語のままなのはそこまで気にしていないのだと思う。



「慣れるまではもう少しこのままで、、」

「もう三か月以上一緒に居るのにまだ慣れないの?」

「リビィさんが綺麗過ぎて緊張させられるせいですよ?」



何となく反撃したくなって、そんな事を言ってみた。

だが、よく考えるまでもなく言った俺のほうが恥ずかしいな。



「え、、あ、う、うん。ありがとう?」



一方的にダメージを受けるだけかと思ったが、どうやらリビィにもダメージを与える事が出来たようだ。

俯きがちに赤面するリビィを見るのは随分久し振りかもしれない。

、、、悪くないな。



『キュキュイ♪』



こら、キュイ。

文鳥サイズの時の癖で、翼で顔を(つつ)くのは止めてくれ。

神授川に行ってから大してサイズの変わってない今の状態では、ちょっと痛いんだ。

羽を軽く触る程度ならふわふわしてて触り心地はいいんだが、、。



「ふふふ。仲良いよね、ケイトとキュイ」

「そうですね。契約上の関係というより、友達のような感じです」

『キュイ♪』



流石に二月も一緒に居ると、キュイの言っている事が何となく分かるようになってきた。

その影響もあって魔術を使う時の意思疎通も以前よりスムーズに行えている気がするし、鳥だとか精霊だとかそんな事は考えずに友達として接する事が出来ている。

キュイもおそらく、俺の事を友達と思ってくれてるんじゃないだろうか。

、、、、思われてなかったら、少し寂しい。







『キュッ!?!?キュー!キュー!』







意思疎通が出来るようになってきたと考えていたところなのに、早速キュイが何を言っているのか分からない。

怯えた様子のキュイが、その巨躯を俺の背中に隠そうと必死に縮めている。

以前幻霊林で怯えていた時のような視線は感じないし、今回は本当に理由が分からないぞ、、。



「どうしたキュイ?」

『キュー!キュイー!』



うん。

やっぱり何を言ってるか分からない。

だが、俺の背中に隠れて体を震わせるこの怯え方は尋常じゃない気がする。

あの視線を感じた時と同等以上の怯え方だ。



「リビィさん、キュイが怯えている原因、分かりますか?」

「ケイトに分からないなら私にはちょっと、、、」



それもそうか、、、。

ベル以外であれば、俺が一番キュイの事を理解出来ている人間である自信がある。

こんな時にベルが居てくれれば良かったんだが、ベルは何事も無ければ今はレミリア王国へ居る頃だ。

怯えるキュイには悪いが、原因を一つ探る為だけにレミリア王国まで行くのはリスクが大きい。


だが、あくまで俺の予想出来る範囲であれば、精霊に関係する事なんじゃないかと思っている。

キュイが怯えて、俺とリビィには何もない。

その点を加味すれば、自然、その予想に至る。

それが分かったところで、精霊域まで行けない事には確かめようがないんだが、、。

今はひとまず、キュイを落ち着ける事に専念しよう。

ついでに柔らかい毛をもふもふさせてもらおう。

相変わらず、触り心地が良い。





「何してるの、、」


キュイを落ち着けるという名目の下抱きついてモフモフしていると、予想の何倍も早くバオジャイが帰って来た。

片道5時間は掛かるって言ってたはずなんだが、日の出と共に出発して今はまだ昼、12時くらいだ。

転移魔法でも使ったのか?



「リドエルが本気で走ればこれくらいの速さは出る」

「そ、そうなんですね、、」



どうやら、馬の能力値の差らしい。

確かに普段から速度を合わせてくれているのは感じ取っていたが、まさか本気を出したらこれ程までとは、、。



「バオジャイさんおかえり。リドエル凄いんだね」

「ん。自慢」



主人に褒めながら撫でられている事に、リドエルもどこか誇らしそうだ。

リビィと俺の乗る馬が拗ねているように見えるのはきっと気のせいだろう。

俺には動物の心情を察する事の出来る能力なんてない。

動物の言葉が分かると自信満々に言って結局飼い犬と意思疎通が出来ていなかった母親のようにはなりたくないから、それだけは固辞しておこう。

キュイは動物ではなくて精霊だしセーフ、、、だよな?



「どうでした?転移魔法陣周辺は」

「検査がザラになってる。私が一緒に行けば大丈夫」

「良かっ、、たぁ、、、」



リビィと目を合わせて、二人で安堵の息を吐いた。

良かった、本当に。

これでキュイの魔力が持つ内は、武人域か獣人域で過ごす事が出来る。

腐愚民を排斥しようとする思想のない国や地域が見つかるかは不安だが、ひとまずは第一の壁を越えた事を喜んでもいいだろう。



「でも一つ問題がある」



完全にお祝いムードだった俺とリビィに、バオジャイが申し訳なさそうに小さく言葉を落とす。

それもそうか。

何の問題もなく、安全圏へ逃げられるわけもないだろう。



「魔人域に居る獣人や武人を全員向こうに追い返してるみたい。それに、向こうからこっちに来る事も出来ないらしい。これからずっと」



曰く、排他的な思想があるディベリア神聖国の教皇が神王になった影響で、魔人以外を徹底的に魔人域から追い出せと布告がされたらしい。

全て追い出した後は完全に交流を閉ざすらしく、とりあえず早く追い出したい神王による指示のおかげで検査がザラになっているそうだ。

楽に行けるのは有り難いがそうか、、。

もう帰って来られないというのは考えさせられるものがあるな。

それに、今のサイズを考えれば暫くは大丈夫だが、魔力の補給が必要なキュイをずっと向こうで生活させるのは無理だ。

いっその事、キュイだけ魔人域に放置していくという選択肢もあるが、、。



「バオジャイさん。魔人と獣人のハーフでも、追い出される対象ですか、、?」

「ん。武人と魔人のハーフの私も対象」

「そんな、、、」



リビィの辛そうな表情の原因。

バオジャイへの問いの中にあった魔人と獣人のハーフというのは確か、、。



「セナリも魔人域を追い出されたって事ですかね、、?」

「そうだと思う、、。ウルは立場上武人域に籠りっぱなしにはなれないし、セナリは身寄りがないから多分一人で、、」



セナリは自活能力があるし、武人域であっても獣人域であっても問題なく生活する事は出来ると思う。

だが、そういう問題ではない。

あの年齢で、俺とリビィの記憶が消えた状態ではただ一人頼れる存在だったウルの元から引き離されるんだ。

それがどれだけ辛いかなんて、ずっと親元でぬくぬくと育ってきた俺には想像をする事すら出来ない。

あの年なら働き口もないだろうし、今現在生きているのかさえ不安だ、、。

セナリ、大丈夫なんだろうか。

俺の記憶を持っていないままでもいい。

困っていたら、セナリの元まで行けたら必ず力になるから、それまではせめて無事でいてくれ、、。



「今から行ったら、向こうに着く頃には日が暮れてる。出発は明日」



すぐにでもセナリを探しに行きたい気持ちをグッと堪え、バオジャイの指示に頷く。

急いだところで、俺に何かがあったらセナリを助けるどころではない。

ここからは更に慎重に。

もう、自分の為だけに捨てていい命ではないんだ。

キュイには悪いけど、武人域に着いてからは自分の事と、セナリの事を優先して考えさせてもらおう。


きっと、保有した魔力がなくなる前に魔人域へ渡れるようになるさ。


そんな淡い期待を持ちながら、久しぶりに移動も魔物との戦闘もない穏やかな日を過ごした。

この穏やかさが、嵐の前の静けさではない事を願うばかりだ。







「ケイト、おはよう」

「おはようございますリビィさん」


三人で旅を始めてから、朝食の用意をするリビィが自然と一番に起きるようになっていた。

この世界に目覚ましなんてものはないから、元々早起きが得意ではないリビィが一番に起きるのは中々大変だろうと思う。

それなら自分が一番に起きろよと思うところではあるが、起きようと思いつつも毎日起こしてもらっていたまま、今日に至ってしまった。

一人暮らし経験者だというのに、驚く程に自活能力が無い。

リビィは早起きに慣れてからあまり欠伸をしなくなっていたんだが、あまり眠れなかったのか、今日は大きな欠伸を何度もしている。

それに、どことなく疲れている気がする。

寝る前はいつも通りな気がしたけど、俺が暢気に寝ている間に何かあったのだろうか。



「リビィさん、何か疲れてませんか?」



勘繰るのは止めて、直球で聞いてみた。

一人で考えるより、そっちのほうが圧倒的に近道だ。



「顔に出ちゃってた?」

「そう、、ですね。もしかして体調悪いですか?」

「ううん。ただの寝不足。セナリの事考えてたら寝られなくなってさ、、。徹夜しちゃった」



リビィはどうやら、俺以上にセナリの事で頭を悩ませていたらしい。

それもそうか。

セナリと過ごしてきた時間が長いのはリビィのほうだ。

そんなセナリが拠り所のない状態で見知らぬ場所に放り出される。

心配になって眠れなくなるのも仕方のない事なのかもしれない。



「セナリ、大丈夫なんですかね、、」



考え込んで眠れなくなってしまったリビィではなく、その原因であるセナリへ心配を向ける。

今のリビィにこの話は酷かもしれないが、セナリをよく知る者同士、武人域に行って知らない土地で色々と大変になる前に、話をしておきたい。

昨日すればそれが一番良かったとは思うんだが、キュイの事やセナリの事。

色んな事が重なって話し合う気力を保つ事が出来なかったんだ。

とはいっても、何を話し合えばいいのかは分からないけど。



「どうなんだろうね、、。武人域に踏み込む事すら嫌がるディベリア神聖国の事だから、きっと向こうには何の伝手も無いと思うし、追い出された武人や獣人達は何の助けもないまま自活していくしかないんじゃないかな、、、。追い出された人達の殆どが武人域に家族が居ると思うけどね」

「セナリは父親が獣人なんでしたっけ?」

「そうだね」

「それなら、父方の実家に行けば何とかなるんじゃないでしょうか?」

「でも、セナリは実家に存在すら知られてないんだよ?セナリ自身も、お父さんの顔すらまともに覚えてないくらいだからね、、。それに、馬にも乗れないセナリが無事に辿り着けるかどうか、、」



最低限の路銀と衣食に関してはウルから受け取っているだろう。

良い噂を聞いた事のないディベリア神聖国であっても、それを防ごうとする程外道ではないはずだ。

だがそれでも、乗合馬車を乗り継いだとして獣人域の父方の実家に辿り着くのはいつになるだろうか、、。

地図を見る限り、直線で行ったとしても馬車では何か月かは掛かるだろうし、獣人域に辿り着いてからも実家を見つけるまでどれくらい掛かるか分からない。

考えれば考える程、セナリの現状に不安が募っていく。



「武人域なら、馬に乗れなくても移動は心配しないでいい」



いつの間にか起きてきたバオジャイが、後ろからそう声を掛けてくる。

話し声で起こしてしまったんだろうか。



「おはようバオジャイさん」

「おはようございますバオジャイさん」

「ん。おはよう」

「えっと、馬に乗れなくても大丈夫というのは、一体どういう事なんでしょう?馬車があるからとかそういう事ですか?」



挨拶もそこそこに、齎された疑問点の解決を急いた。

魔力がないなら転移魔法陣は無いと思うし、何か馬車以外にも別の移動手段があるのだろうか。

いや、魔力が無いだけで、それに代わり得る何かがあるのかもしれない。

ファンタジー世界では俺の常識に当て嵌まらない事ばかりが起こるから、想像もつかないが。



「馬車じゃない。楽しみにしてて」

「え。教えてもらえないんですか、、?」

「ん。秘密」



メヒトといいバオジャイといい。

なんでこの人達は俺達が切羽詰まっている状況にも拘らず、サプライズ要素を組み込んで楽しもうとするんだろうか。

助けてもらっている反面、文句を言う事は出来ないのだが。



「ジーンは嫌い。でも仕事は出来る。だから、あいつならきっと何か手を打ってると思う」

「それって確か、武人域で一番偉いっていうあの、、」

「ん。だからきっと、二人の大切な人も大丈夫」



サプライズ要素を持ってきて楽しんでいるだけかと思ったが、どうやらそういうわけではなかったらしい。

バオジャイなりに、俺達を心配して励まそうとしてくれたんだろう。

実際。

武人域と獣人域の事をよく知っていて、武人域のトップと知り合いだというバオジャイの言葉は、沸き出そうになっていた不安を鎮静化してくれた。

小さくて戦闘以外ではあんまり頼りにならないんじゃないかと、一度でも思ってしまった事を悔いよう。

バオジャイは立派なお姉さんだ。



「向こうに着いたら、まず最初にジーンさんのところへ会いに行くんですか?」

「ん。その日の内に行ける距離」

「その後はどうするんでしょう?」

「メヒトの手紙の内容次第。獣人域は遠いし、多分、武人域に住む事になると思う」



トップが動くのであれば、家の一つや二つ、用意する事は出来るんだろう。

そうなれば、そこを拠点にして仕事を探そう。

今持っているお金が向こうでどれほどの価値があるかは分からないし、お金はどれだけあっても困らないからな。

魔力の消費を抑えないといけない中、このファンタジー世界で俺が役に立つ仕事がどれくらいあるのかは分からないが、きっと何とかなると思う。

ただ一つ気掛かりがあるとすれば、、、。



「メヒトさん。手紙に変な事書いてませんかね、、」

「分からない。燃やす?」



余計な事を書いてあるんじゃないかと不安になったが、バオジャイの燃やすという提案は却下しておいた。

かといって、一度でも開けてしまえば何かしらのいちゃもんをつけられて、メヒトから受け取ったものだと信用してもらえないかもしれない。

格納袋に入っている手紙が吉と出るか凶と出るか。


(いっその事、バオジャイの言う通り燃やしてしまうのも有りかな、、)


メヒトへの信用の無さが、心の中でそんな言葉になって漏れ出てしまった。









「ケイト。キュイを隠せる?」


朝食の後、忘れ物がないかの確認をしている俺に、バオジャイがそう聞いてきた。



『キュイ?』



言葉を受けてキュイを見てみるも、こんな巨体をどう隠せばいいのかなんて検討もつかない。

これから武人域に行くのに保有している魔力を消費するのは悪手だし、適度に放出させようとこの辺りで魔術を連発しても、三分の一のサイズにするだけでおそらく周辺の地形が変わってしまう。

ずっと一緒に居たからあまり深く考えずに居たが、このままでは連れて行けないんだろうか。



「それ」

「格納袋、、ですか?」

「ん。入る?」



バオジャイが問いたいのは、キュイが格納袋に入るかどうかという事だろう。

この、どこの格納庫へ繋がっているのかも分からない袋にキュイを?

そもそも、サイズは問題無いとしても、生物がこの中に入る事が出来るのか?



「キュイ。これから暫く、この中に入ってられるか?後で袋の中にご飯は入れておくから」



格納袋を至近距離でまじまじと眺めるキュイ。

至近距離まで近付けるとよく分かるが、格納袋のサイズはキュイの嘴と同等。

こんなところに入るかどうかを聞いている光景は、傍から見れば酷く滑稽なものだろうな。



『キュ!』



入れるのかキュイ!?

自分で聞いておきながら、正直なところ無理だろうと思っていた。

だが、キュイは嘴を中に入れて何かを確認した後、自信満々な様子で一声鳴いてくれた。

任せてくれ!みたいな感情なんだと思うが、今のキュイが考えている事を聞いてみたいな、、。



「よし。じゃあ頼む、キュイ。毎日手は入れるようにするから、出たかったら俺の手を突いてくれ。突けるのかは分からないけどさ」

『キュイ!』



お、おお、、、、。

嘴を先頭にして、キュイが格納袋へ音もなく吸い込まれていった。

大丈夫、、、なのか?



「キュイー。おーい。大丈夫かー?」


・・・・・



うん。まあ、返事は返ってこないよな。

一度出してみるか。



『キュゥイッ♪』



手を入れたらキュイの大きな嘴で突かれている感覚がしっかりとあり、そのまま嘴を持って引っ張り出す事が出来た。

こんな取り出し方をしたら鳥を飼っている人達に怒られそうなものだが、体が大き過ぎて嘴以外は足くらいしか掴めるところがないから仕方ない。

足を掴んで逆さになって出てきたら可哀想だしな、、。



「キュイ、中大丈夫だったか?何日か中に入れそうか?」

『キュ!』



何と言ったのかはっきりとは分からないが、キュイの様子を見る限り大丈夫そうだ。

窮屈ではあるだろうけど、暫く中に入っていてもらおう。

格納庫の管理人みたいな人がいれば、びっくりするだろうな、、、。

鳴き声を上げずに静かにしておくように、キュイに言い含めておこう。



「ケイト!こっちも準備終わったよ!」

「分かりました。バオジャイさんも問題なさそうですか?」

「ん」

「それじゃあ行きましょうか」



今日で、長かったようで短くも感じた魔人域での旅路も終わり。

武人域では、出来れば争いのない平和な生活をしたい。

魔術を使うような場面が訪れなければいいな、、。







「あれ、、、ですかね」

「ん」


途中、休憩を挟みつつ馬に揺られる事数時間。

遠くに、アテネのパルテノン神殿のような建物が見えてきた。

てっきり転移塔が建っているものと思っていたが、神聖な聖域に行く為の魔法陣は設置されている建物も一味違うのだろう。

まだ少し馬を走らせなければいけない距離なのにも拘らず、遠くに見える建物からは、神秘的な雰囲気が感じられる。

その雰囲気は近付いていく程に強く感じられて、建物の正面にある100段はあろうかという石階段の姿をはっきりと捉えられる位置まで来ると、確かな形となって肩に圧し掛かっているんじゃないかと思う程、圧倒されてしまった。

初めて王都の防壁を見た時の何倍もの感動だ。

圧倒され過ぎて、声を漏らす事も出来ない。





「降りて」


建物の数100m手前で、バオジャイに指示されて馬を降りる。

バオジャイが馬から馬具を外しているけど、そんな事をすれば騎乗出来ないと思うんだが、、、。



「外して」

「えっと、馬具を外さないと通れない、とかですか?」

「、、、それもメヒトから聞いてない?」

「えっと、、、はい」

「はぁ、、、、」



その、なんか、申し訳ない。

メヒトはどうやら、また重要な事を伝えてくれてなかったようだ。

指示通りに馬具を外しながらバオジャイから聞かされたのは、聖域は人以外の動物が通れないというもの。

普段は転移魔法陣の近くに(うまや)があり、そこに馬を預けて転移するそうなのだが、帰って来れないのであれば預ける必要はないし、預けている間の料金が勿体無い。

という事は、、?



「馬を放つ、という事ですか?」

「ん」



そういう事か。

それなら、馬具を外す必要があるというのも頷ける。

だが、、。



「そっか。お別れしないといけないんだね、、」

「そう、、みたいですね」



ロメに引き続き、リビィと二人で乗ってきたこの馬ともお別れ。

死んだわけではないから、もしかしたらどこかでまた会える事はあるかもしれないが、その可能性はゼロに近いと言っても過言ではないだろう。

元居た世界のように、携帯で簡単に連絡を取り合える人同士ではない。

また出会うには、様々な壁を乗り越える必要があるんだ。

きっと、これが今生の別れになる事だろう。



「名前」



どうやらバオジャイは、名前を付ける事に並々ならぬ拘りがあるようだ。



「リビィさん。付けてあげてください」

「私でいいの?」

「はい。僕はロメに名付けしましたから」



ロメはオス。

この馬はメス。

性別を考えても、リビィが決めてあげたほうがいいだろう。

何より、ロメの名前ですら絞り出したのに、俺にはこれ以上名前を付けるのは難しい。



「じゃあ、、、リミエラ、でどうかな」

「良い名前」

「ありがとう」



リミエラ、、?

この世界では珍しくもなさそうな名前に、何故だか聞き覚えがあるような気がした。

何処かで聞いた事があっただろうかと思ったが、もしかしたら、リビィの元の世界での名前が入っているからそう感じたのかもしれない。

記憶違いでなければ、確か雪芽理美という名前だったはずだし。



「元の世界での名前、入れたんですね」

「うん。それもあるけど、リミエラっていうのがちょっと思い入れがある名前なんだ」



誰か知り合いの名前なんだろうか?

気になりはしたが、名前を口にしながらゆっくりと馬の(たてがみ)を撫でるリビィに声を掛けるのは憚られた。

今は、別れに集中させてあげよう。



「別れ、済ませた?」

「はい。私は大丈夫です」



向けられたバオジャイの視線に、首を縦に振る事で答える。

正直なところ、リミエラはリビィの馬という認識が強かったから、俺にとってはそこまで思い入れがない。

もう、ロメとのお別れは済ませたしな。



「バオジャイさんは大丈夫なんですか?リドエル程の馬はそう居ないでしょうに、、」

「ん。リドエルはリミエラと幸せになる」


ブルフウゥゥン───



馬具を外されたリドエルとリミエラが、体を寄せ合っている。

どことなく仲睦まじい様子だ。

いつの間にそんな関係になってたんだ、、?



「リドエル、行ってらっしゃい。リミエラの事幸せにしてあげて」


ブルゥン──



一つ、甘えるようにバオジャイに顔を摺り寄せながら鼻を鳴らした後、二頭の馬は颯爽と来た道を戻って行った。



「行っちゃいましたね、、」

「うん」

「ハンカチ、要りますか?」

「、、うん」



走り去る二頭の姿を見て、バオジャイは微笑み、リビィは頬に一筋の涙を浮かべていた。

感じるものは違えど、二人とも思うところがあったんだろう。





姿が見えなくなるまで、二人の横で願っておいた。

これから向かう何処かで、二頭が幸せに暮らしてくれる事を。

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