五十三話「神授川」
「バオジャイさん。もう少しだけならペース上げて大丈夫かも」
「ん。リドエル」
ブルフゥゥン──
トリアティアから戻って来たバオジャイが町での出来事を報告をしてくれた後に俺とリビィに言ったのは、年齢を気にせず仲良くなりたいというもの。
それを聞いたリビィはすぐに敬語をやめてタメ口になったが、俺はあれから二日経った今も敬語をやめられずにいる。
バオジャイにタメ口で話す時が来るのは、おそらくリビィとの会話に慣れた後だと思う。
数年前なら年上でも何も考えずにタメ口で話せていたのに、成長したのか、ただ単に踏み込むのが怖くなったのか。
どういう理由が絡んで自由に動けなくなっているのか分からないが、まだ暫くはバオジャイにもリビィにも、敬語を使う事になりそうだ。
「それにしてもッ!魔物の数が増えてきてませんか!?」
「これからもっと増える」
「えぇ、、」
バオジャイからの報告を受けて、セプタ領のすぐ側を通る予定だった俺達は進路を変更して、迂回して人里から離れたルートを進む事になった。
それによりディベリア神聖国から逃れる事には成功したんだが、人里から離れた故の弊害か、魔物に襲われる回数が増えた。
今も、飛んでくるジャヌーを、馬に乗りながら流れ作業のように倒している最中だ。
いちいち立ち止まって荼毘に伏している暇なんてない。
魔物との戦闘にも魔術の扱いにも慣れてきて風刃の形成単語一つでジャヌーを屠れるようになったとはいえ、一日の内に何度も襲われては気が滅入る。
せめて守護対象のリビィがいなければ、、、という考えも一度過ったが、リビィがいるからこそ料理や雑事の事で頭を抱えずに済んでいるんだ。
前方はバオジャイに任せているんだから、後ろまで流れて来た残党の処理くらいは請け負おう。
「三体。二匹は左」
「はいッ!」
バオジャイの端的な指示を受けて、馬に座る姿勢を直しながら敵の位置を確認する。
左から来る敵は少し遠い。
おそらく、先に射程距離まで近付いてくるのは右側の一匹。
バオジャイはその後に襲ってくるであろう遠くの第二陣を見据えているから、この三匹は俺の担当だろう。
まあ、それくらいなら、、、。
クエエェェェェェェ!!!
「〝風刃〟」
まず右側の一匹。
体を縦半分に切るつもりだったが、魔術の速度が遅くて直前で気付かれてしまった。
それでも片翼と足を一本落とせたから、放っておいたらいずれ力尽きるだろう。
時間を空けずに次は、、
「〝瀑布〟」
グエエェッ───
「〝風刃〟」
左から来た二匹を地面に縫い付けて、動けない状態にしてから纏めて首を狩る。
当然血は流れ出たが、もう耐性が付いてしまったのかあまり罪悪感のようなものは感じなくなった。
死ぬ瞬間を見る度に悲しそうな辛そうな複雑な表情をするリビィには申し訳ないけど、手を抜いて仕留め損ねては俺達が殺されてしまうから、暫くは我慢してほしい。
動物が魔力を過剰摂取して変化したのが魔物だから、魔力の無い武人域には魔物はいないんだと思う。
だから、こんな生活をするのは魔人域にいる間だけ。
魔人域から出れば、きっと平穏な生活が待っている。
そう信じて、数時間置きに複数で襲ってくる魔物達を往なし続けた。
「今日はここで野営」
陽が落ちるまで後2時間くらいだろうか。
地を這う全長400mはあろうかという巨大な蛇の魔物、ダライソンを倒した後にバオジャイがそう言って止まった。
こんな、魔物が数時間置きに襲ってくる場所で野営、、?
魔道具で張った防御結界でも襲ってくる魔物の強さが増してきている今の状況では、数回攻撃されるだけであっけなく結界の意味を成さなくなってしまうだろう。
日没までの2時間の間に、少しでも魔物に襲われない場所に移動したほうがいいと思うんだが、、、。
今日はもう連戦に次ぐ連戦で疲れてしまったから、正直、寝る時くらいは魔物の事を考えずにゆっくり寝たい。
「地図開いて」
いつも通り野営の準備をして、結界の周りにメヒトから貰っていた魔物避けの魔道具も設置する。
この魔道具にどれだけの効果があるのかは分からないが、あのメヒトが作った物だ。
不良品って事はないだろう。
いや、わざと不良品を掴ませるくらいの事、メヒトならしそうだな。
まあ今は、信じる他ないか、、。
ぼんやりとそんな事を考えながらバオジャイに求められるままに鞄から地図を取り出し、三人が近寄って出来た小さい円の中心に置く。
ウルから貰った新品の地図には、もういくつか書き込んだ後がある。
左下の落書きはきっとリビィが描いたものだ。
これは羊、、、だよな?
「今いるのがここ。強い魔物が増えてきてるのはこれのせい」
バオジャイが指差したのは、現在地から程近い位置にある川。
川が魔物が強くなってきている原因?
水場を求める争いに勝った魔物しか残れないからとか、そういう理由だろうか。
いや、もしかしたら、、、
「これ、神授川ですか?」
「ん」
もしやと思って聞いてみたら、まさかの正解だった。
魔力水が流れる川、神授川。
商品として魔力水を汲みに行っている人は、毎回こんな魔物の群れを抜けて行ってるのか、、。
もしかしたら場所によっては魔物の少ないルートもあるのかもしれないが、それでも川のすぐ近くであれば、上流下流関係なく数多くの強い魔物が生息しているだろう。
そう考えれば、単身汲みに行ってるミシェも凄いな、、。
模擬戦で一度も負けたなかったのが奇跡と思えてしまうほどだ。
「魔力の節約したいなら、その子に魔力水を吸わせておいたほうがいい」
「キュイにですか?」
「ん。キュイ」
『キュキュイ♪』
「ここまではどうせ来ないといけなかったし、それなら少し奥まで進んで魔力水の補給をしたほうがいい。どう?」
地図を指差しながら聞かされたバオジャイの意見を、答えを出す前に考えてみる。
神授川と現在地は然程離れていないから、明朝に出発すれば、日暮れ前には今居る位置くらいまでは神授川から離れる事が出来るだろう。
一日無駄に使って遠回りする事にはなるが、これからどれくらい魔力が必要になるか分からないし、何より、武人域にも獣人域にも魔力は存在しない。
それなら、持続的な魔力の供給が必要なキュイに予め魔力を蓄えさせておいたほうがいい。
サイズが大きくなって俺の肩が悲鳴を上げる事になろう未来からは目を逸らそう。
肩当てみたいなの、街で買っておいてもらったほうが良かったな、、。
「そうですね。その道で行きましょう。リビィさんも問題ないですか?」
「私は二人に任せるよ」
「ん。これ以上近付いたら野営どころじゃなくなるから、今日はここまで。魔物避けの結界の外に、ダライソンの死骸放置して」
バオジャイ曰く、この辺りに出る魔物の中では相当の強者であるダライソンの姿があれば、例えそれが死骸であっても近付いてくる魔物は少ないだろうとの事。
周囲を魔物の死骸に囲まれて寝るのは嫌だが、就寝中に襲われるよりはマシか、、。
「〝風華〟!」
ダライソンの死骸を置いたのが功を奏したのか、無事に襲われる事なく迎えられた翌朝。
野営地から10分程の位置で早速大勢の魔物に襲われた。
大勢である上に、それぞれの個体が中々の強さを誇っている。
魔力総量が多いとはいえ、一日に一本までしか魔力水が飲めないバオジャイにあまり任せっきりになるわけにもいかない。
勿体無いとは思いつつも、もうすぐで汲みに行けると言い聞かせて魔力水を煽りながら、消費魔力の多い魔術で襲い来る魔物達を次々に屠っていった。
神授川に辿り着くまでせっかく戦うのに慣れて来たジャヌーが現れる事は殆どなく、初めて戦う相手ばかりで、結局バオジャイの手を煩わせてしまう事になってしまったが。
どいつもこいつも、当たり所が良くなければ形成単語一発では倒れてくれない。
もう既に魔力水を三本飲んでいい加減気持ち悪くなってきたし、そろそろ神授川に着いてくれないだろうか、、、。
『キュキュゥイ、、』
キュイもすっかり出会った頃のサイズに戻ってしまった。
いや、もしかするとそれ以上に縮んでいるだろうか?
魔力水を飲む隙が無い時はキュイから補給してもらっていたが、ここからはそれも自重しなくてはならない。
(くっそ!!ハードモード過ぎるだろ!!)
ゲームはいつもノーマルモードで遊ぶのに、、、。
そんな意味の分からない愚痴を零しながら、前方からやってくるキングベポサイズの馬を睨み付けた。
念の為魔力水飲んどいたほうがいいか、、、?
でも他の魔物の相手をしている今、そんな事を考える余裕はあっても実行する隙は──
「〝雨〟、〝雷〟」
カッ──────ドオオォォォォォォオン!!!!!!!!
「へ?」
あまりの爆音に周辺を警戒する事も忘れて呆然としてしまった。
魔術を使ったのはバオジャイ。
使った相手はあの巨大な魔物。
それは分かる。
使った魔術も分かる。俺も使えるものだ。
だが、なんだあの馬鹿げた威力は、、、。
もう流石にバオジャイの魔術の威力が馬鹿げているには慣れているつもりだったが、そんな俺でも驚く程の威力。
上空に巨大な雨雲が展開されたかと思うと、巨大な馬の魔物の頭目掛けて極太の光の筋が伸びていった。
極太の光の筋は魔物の頭部を丸ごと内包してそのまま地面にぶつかり、轟音と閃光、それに地響きをかなり離れている俺達の下まで届かせる。
ブフッ──ブルフゥッ──
「どうどう」
雷の音と振動に興奮状態になってしまった馬を落ち着ける。
早く神授川まで辿り着きたいが、これだけ興奮してしまってはこの場所から動く事も出来ないだろう。
「ごめん。使う魔術間違えた」
バオジャイが謝罪を零しながら引いて来たリドエルも、怯えこそしていないが目を丸くして驚いているような気がする。
それはそうだよな。
声を聞いてどんな魔術か分かっていた俺ですら、心臓は飛び出そうな程に動きを強めている。
実際はどうだったか分からないが、振動で一瞬馬ごと浮いた気がしたもんな。
「リビィさんだいじょう、、、、、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫!大丈夫だからね!」
同じように馬から降りていたリビィは、興奮状態で暴れる馬を抑えながら、自分の体を震わせていた。
そうか。
初めて知ったが、リビィは雷が苦手だったんだな。
泣きそうになっているのを必死に我慢している様子だ。
まあ、あの距離、魔物の大きさ、それらを加味したら最適な魔術だったとは思うけど。
「リビィ、怖かった?」
「う、ううん!大丈夫だよ」
「本当に?」
「ほ、ほん、、、、嘘。すっごい怖かった」
「ごめんなさい」
「ううん。でも出来れば次からは雷以外が良いかな」
「それは分からない」
「え!?ちょ、バオジャイさん!?」
「ふふ」
バオジャイにタメ口を提案されてからたったの数日なのに、二人は随分仲良くなった。
普段は仲の良い女友達という感じだが、今はバオジャイがお姉さんでリビィと姉妹のようだ。
人形のような可愛さを持つバオジャイと、絶世の美女であるリビィ。
こんな姉妹が居たら、ご近所さんは大変だろうな、、。
一緒に旅をしているわけだが、出来る事なら俺は遠くから二人を眺めているだけでいたい。
「ちょっと!ケイトもなんで笑ってるの!」
「混ざる?」
だがどうやら、そういうわけにはいかないようだ。
リビィをいじりたいバオジャイと、雷の魔術を使わないように説得したいリビィの間に挟まれながら、遠くで馬の魔物が倒れていく音に耳を傾けた。
周囲では未だ興奮状態の馬二頭が騒がしいし、、、うーん。
段々場が混沌としてきたな。
美女と美少女に挟まれるのは嬉しいが、あまり至近距離に来られると心臓に悪い。
数分の間、そんな贅沢な悩みで頭を抱えた。
「そろそろ行けそう?」
「はい。大丈夫だと思います」
10分くらい経っただろうか。
俺とリビィの馬が落ち着いたところで、バオジャイの声掛けで移動を再開した。
さっきの魔術を見て警戒しているのだろうか。
休憩している間に遠方に何度か魔物を見掛けたが、そのどれもが周辺をうろつくだけで、一体として近付いて来る者はいなかった。
あの馬の魔物はおそらくこの一帯では相当強い存在だっただろうから、それを一撃で屠った存在に近付いてこないのは中々に賢いと思う。
俺が魔物なら、バオジャイには絶対に近付かない。
勝てる未来が見えないからな。
「ケイト。一体流れた。左」
「分かりました!」
左側前方から、モグラの魔物が土を盛り上がらせながら近付いてくる。
地中に居る間に倒す事も出来るが、確実に倒すには地表に出て来たところを───
「〝水貫〟」
プキュッ!?
地表に出て来た俺と同じくらいの大きさのモグラの魔物を、複数出現させた水の槍で貫く。
一つでは浅く体に刺さる程度の威力しかなかったが、全ての槍を寸分違わず同じ場所に刺したら、最後の一本を残して無事に向こう側まで貫通した。
最後の一本は、、、柔らかそうな目にでも刺しとくか。
(魔物に対しては随分猟奇的な考えになったな、、、)
そんな自分に恐ろしさを感じたが、今はそんな事を考えている暇はない。
出来るだけバオジャイをサポート出来るよう、魔術が重なって無駄撃ちにならないよう、集中しなくては。
「あれが神授川」
激しさを増す連戦で魔装の魔力もキュイの魔力も心許なくなってきた頃、前方に淡く光る穏やかな流れの川が見えてきた。
だがその手前には、、。
「竜、、、」
サイズはキングベポと同等か少し大きいくらい。
それでも強さがキングベポと比較するまでも無い事は、まだ少し離れた今の位置からでも窺い知れた。
おそらくあれがこの辺りの魔物のボスなんだと思う。
その証拠に、赤く艶やかな鱗がはっきりと分かる位置にまで近付くと、潮が引くように魔物が離れて行った。
きっと、ボスの戦闘の邪魔をしてはいけないという魔物なりのルールがあるんだろう。
(神授川までもうすぐなのに、、、)
最後の最後でなんて厄介な。
魔力水を取り出そうと鞄に視線を向ければ、その隙に視認してからは回避出来ない攻撃を放たれそうだ。
「先に行って。露払いはする」
竜を真っすぐ見据えるバオジャイを信じて、怯える馬に鞭を打って加速する。
鎌首を擡げる竜が横目に映って体が竦みそうになったが、気を取られている暇はない。
竜の相手はバオジャイに任せて、俺は一刻も早く神授川へ───
グルゥアアアアァァァァァアアッッ!!!!!!!!!!!!
俺を真っすぐに見据えた竜の、地響きのような咆哮が届く。
馬は、、、駄目か。
「キュイ!」
『キュイ!!!』
怯えて動かなくなってしまった馬を浮かせて、神授川へ急ぐ。
気分はさながらペガサスナイトだとテンションが上がりそうになったが、そんな事を考えている場合ではない。
竜が明らかに俺へブレスを吐こうとしてるが、大丈夫なのかバオジャイ、、、。
「〝岩針〟」
グルアァァァァァァァ!!!
ブレスを勢いよく吐こうと胸を逸らして顔を上に向けた竜の足元に電柱の倍程の太さの岩の針が幾本も現れて、竜の腹部を突き刺し、血を溢れさせる。
もう、バオジャイの魔術の威力に驚くのは疲れた。
どうやったらあんな精霊魔術並の威力を、形成単語一つで出せるんだ。
何かもう、そういう魔道具を使っているんだと決め付けて自分を納得させよう。
グルフウゥゥン・・・・・
大量の血を流しながらも意識を失わずに、俺の後方にいるバオジャイを見据える竜。
その眼には、一切の油断が見られない。
自分にダメージを負わせたバオジャイを、本気で戦わなければならない敵だと認定したんだろう。
あれだけの怪我を負った状態で、バオジャイに勝てるなんて思わないけど。
「〝瀑布〟」
辛うじて身を捩って深く刺さる事を避けていた幾本もの岩の槍が、バオジャイによって何倍にも高められた重力によって竜の腹部に深く突き刺さり、中で折れてあらぬ方向から先端が飛び出てくる。
掛けられた重力に耐えられずに岩の槍は折れてしまったが、それを心配する必要はない。
上から掛かる重力に驚いた竜は、一度大きく目を見開いた後、折れて散乱する岩の槍と共に地に伏したから。
流れ出た血が川に流れ込んでるから、あれを避けて魔力水を補給しないといけないな、、。
「ケイト、早く」
神授川の側まで辿り着いて、着地してから興奮して暴れ出した馬を落ち着けていると、追い付いて来たバオジャイに急かされた。
竜を倒したら大丈夫。
そんな考えが甘いという事は、俺達を取り囲むように襲ってくる数十匹の魔物の存在に気付いてから知った。
「キュイ!」
『キュ!』
馬を落ち着けるのをリビィに任せて、キュイと一緒に魔力水を飲む。
直接掬って飲むのは汚い気がしたがそんな悠長な事を言っている場合ではない。
馬の相手をリビィ、足が速くて先に俺達の下へ辿り着いた魔物達の相手をバオジャイに任せながら、魔装に魔力を充填する事だけを考える。
「んむっ!?」
両手で作った器にたった一掬いして飲み込んだだけなのに、初期の魔装の三倍もの魔力保有量を誇る現在の魔装の、約半分も魔力が充填出来てしまった。
あと半分。
もう一度魔力水を掬い取って、魔装に馴染ませるようにゆっくりと嚥下した。
(うん。これで全開。キュイもメヒトに実験された時みたいに大きく、、、いや、前より大きいな!?)
「三分の一くらい任せる」
そうだ。
キュイの変化に驚いてる場合なんかじゃなかった。
コンドルのような見た目になったキュイに肩を掴んでもらって、2m程上空まで浮かび上がる。
これには俺の魔力も魔術も使ってない。
キュイ自身が羽ばたいて浮力を得てくれている。
掴んでもらってる肩が痛いが、少しの間の我慢だ。
(周囲を囲んでいる魔物達は全て射程範囲内だし、これなら、、、)
「〝円重〟!!!!!」
メゴオッ!!!!
直径1km程。
俺達のいる中心部を残して大地は異音を上げながら円形に凹み、魔物達は断末魔を上げる間もなく紙切れのように薄く圧縮された。
距離が遠く、半身は魔術から逃れた者もいたが、上半身は見るも無残な拉げ方をしていて、どうあっても助かる事はないだろうという事が遠目でも窺い知れる。
望んでいた結果。
それが現れただけなんだが、こんなに凄惨な現場にするつもりはなかった、、、。
「す、凄いね、、」
「ん」
バオジャイは何故か誇らしそうだが、リビィは足を震わせて膝から崩れ落ちた。
気持ちは分かる。
魔術を発動させた俺でさえ、膝から崩れ落ちたい気分なんだから。
寧ろ、こんな威力の魔術を見て平然としているバオジャイが異常なんだと思う。
「魔力水、、、何か入れ物に入れておきましょうか」
「そ、そうだね!」
魔物の血の匂いが静かに吹いた風で運ばれてくる中、漸く少し切り替えた俺の合図で、リビィと一緒に魔力水を予備の水筒に移し入れる。
重力で圧縮された影響で効果内にあった水が多量溢れ出していたし凹んだ地面に流れ込んで本流の水嵩が減ってしまったが、その程度で川の流れが止まるような事はないようで、浅くなった神授川から、問題なく水筒に魔力水を入れる事が出来た。
バオジャイも魔力を回復出来たようだし、周囲に魔物も居なくなった。
これで一安心だ。
『キュイ!』
あ。
大きくなったキュイどうしよう、、。
肩に乗せるにはあまりに重すぎるしな、、、。
「キュイ。サイズが小さくなるまで、自分で空飛んで付いて来れるか?」
『キュイ!』
魔力や強力な魔術が必要になった時だけ俺の肩を掴んでくれればいいし、それ以外は飛んでいても問題ないだろう。
むしろ、飛んで魔力を消費する事で体を縮めてほしい。
今のキュイに甘えられてもちょっと怖いんだよな、、。
「じゃあ、行きましょうか」
「あ、あの!ケイト、謝らないといけない事があって、、、」
準備を終えて出発しようという段になって、リビィがおずおずとそう切り出してきた。
謝らないといけない事?
なんだろうか、、、。
言い辛そうにするリビィの次の言葉を待ちながら周囲を見回してある事に気が付く。
(俺の馬が居ない、、、)
一体何処に、、。
「僕の馬の事ですか?一体どこに行ったんでしょう、、、?」
「え~っと、、、」
リビィが指差した先を見る。
そこには拉げた魔物の死体、、、
「あ、、」
魔物の死体の手前。
潰れ過ぎて一瞬分からなかったが、そこには俺が乗っていた馬の死体があった。
「手綱持ってたんだけどね、金具の部分が外れちゃって、、、、。その、本当にごめん」
竜の咆哮で興奮状態だった馬の手綱を握っておく役目を、リビィに任せていた。
おそらく、それ以前にも何度も興奮状態になって暴れてたから、その時には既に手綱と頬革を繋げる金具の部分が緩んでしまっていたんだろう。
確認する前にリビィに任せた事も、馬がどこにいるか確認せずに魔術を行使した事も俺の責任であるからリビィを責めるつもりはないけど、そうか、、。
メヒトの家からここまで共に頑張って来た馬を、俺は自分の手で殺めてしまったのか、、。
狙って殺めたわけではないし、近距離で死にゆく様を見たわけではないからあまり実感は湧かないが、誰かを責めたいという気持ちより、悲しい気持ちが胸中を満たした。
もっと一緒に、旅をしたかった。
「リビィさんの馬は無事ですか?」
「うん。それは大丈夫」
「じゃあその馬に乗せてください」
「それは勿論いいけど、、。怒ってないの?」
「全て、と言い切れる程男らしくはないですけど、殆どの原因は僕にありますから。今あるのは名前すら付けてなかったあの馬に対する謝罪の気持ちだけです」
気遣いではなく、本心からそう言った。
わざとではないにせよ、自分の手で殺めてしまったから。
「燃やす?」
「あ、いえ。自分でやります」
「ん。強い子」
背伸びして頭を撫でようとしてくるバオジャイに合わせて少ししゃがむ。
慰めてほしいわけではないんだが、甘んじて受け入れよう。
年上とはいえ自分より背の低い人に頭を撫でられるというのは、二回目であっても違和感は拭えないな、、。
「〝火葬〟」
拉げた馬の死体の下に土魔術で穴を作って、一緒になって穴に落ちた魔物の破片とまとめて燃やす。
臓物は飛び出て骨も殆ど形を成していなかったが、それでも辛うじて俺が乗っていた馬だと分かる事が出来た。
きっと、何の抵抗をする間もなく絶命してしまったんだろう。
それを言えば周りの魔物も同じように何の抵抗をする事もなく絶命したんだろうが、メヒトの家に居た頃も合わせてひと月未満とはいえ、共に過ごして来た馬へ対するものと同じ感情を抱く事はない。
前までは魔物へ対しても罪悪感のようなものを感じていたが、最近はもう戦い過ぎて何も感じなくなってしまった。
先に仕掛けてきたのが悪い。
そう思えてしまう程に。
「名前。決めてあげて」
灰になっていく馬を茫然と眺めていると、バオジャイに後ろからそう声を掛けられた。
もう死んだ後なのに名前?
「名前は、この子が生きてきた証明。それがないと、きっと死んだ事も分からずに彷徨う」
生きてきた証明、というのは理解する事が出来た。
だが、死んだ事も分からずに彷徨うというのはよく分からなかった。
バオジャイはあまり饒舌じゃないから、言葉の意図が分からない時がある。
「火が収まる前に」
バオジャイに急かされ、名前を考えてみる。
こういう時、ネーミングセンスがある人ならすぐ決められるんだろうけど、生憎俺にはそんなものはない。
キュイの名前も鳴き声から付けた安直なものだ。
出来ればかっこいい強そうな名前を付けてあげたいが、、、。
いっその事、誰か偉人の名前でも付けてみるか?
俺の世界の偉人の名前を付けても仕方ないから、そうだな、、。
「バオジャイさん。英雄王の名前ってなんでしたっけ?」
「優世界の?」
「はい」
「リートディア・ロメ・フィッシュガルト」
リートディア・ロメ・フィッシュガルトか、、。
長いな。
繋げて略称にするのも有りだが、それをしてしまえばせっかく英雄王の名前を選んだ意味が無くなる気がする。
となると切り取るのが一番だから、、。
「ロメ。この馬の名前はロメにします」
「ん。良い名前」
英雄王のミドルネームを切り取っただけの安直なものだが、何故だか心にストンと落ちた。
来世は馬でも人間でもいい。
誰かに捉われずに自由に生きられる存在に生まれ変わってくれ。
そう願いを込めて、合わせた手の力を一層強く込めた。
じゃあな、ロメ。
素敵な来世を。




