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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
六章
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五十一話「旅は道連れ、世は情け」



一騒動ありながらもバオジャイとの合流を果たした俺達は、のんびりする間もなくそれぞれ作業に勤しんでいた。

リビィは馬が暴れて散らばった荷物の片付けと、俺の濡れた服を焚火で乾かす係。

俺はバオジャイと、辛うじて生きていた二体のジャヌーの息の根を止めて解体している。

座学で教わりはしたが、実際にジャヌーを捌くのは初めてだ。

サイズは尾の付け根から鼻先までで大体3m程。

今まで捌いた何よりも大きく、食べられない部分もあるらしいので捌くのが難しい。



「そこ。足から剥いだら楽」



血抜きは形ばかり、洗浄、冷却はバオジャイが魔術で一瞬で終えてしまったがこんなに適当で味は落ちないのだろうか、、。

気にはなったが、数時間前に烈火の如く怒っていたバオジャイを思い出してしまって、どうにも気軽に話しかける事が出来ない。

言ってはいけない言葉はおそらく、〝可愛い〟と〝小さい〟。

〝可愛い〟だけなら大丈夫なのかもしれないが、死ぬかもしれない状況に一度追い込まれたというのに、どうして確かめる事が出来ようか。

今日で三賢者とは全員対面を果たしたわけだが、誰一人として、何事もない普通の初対面とはいかなかった。

ウルには捨てられそうになり、メヒトとバオジャイには殺されかけている。


(碌な人がいないな、、、)


そう思ったが、ウルは家族を守ろうとした故の行動だったし、バオジャイは俺が禁句を言ってしまったせいだ。

メヒトに嘘を教えられたからだと言えばそれまでだが、それでも俺自身が禁句を発してしまったのは事実。

改めて考えてみると、初対面が異常だったのはメヒトだけかもしれない。

研究の為だと言えば聞こえはいいかもしれないが、それでも初対面の人を刺すのは異常だもんな。

うん、メヒトは異常だ。

別れ際にはちょっと変なだけで良い人だと思っていたが、今回の件でメヒトに対する考え方を改めた。



「どこで切り分けましょう?」

「食べられるのは胸のところだけ。後は固いから死体の山に捨てて」



ジャヌーの体は猪よりも筋肉質で固い。

胸の下、鳩尾以下はその肉質が如実に現れていて、相当気合いを入れて繊維を解さないと、食べられる柔らかさにならないだろうなという事が触れただけで分かる。

毒があるわけじゃないのに勿体無いと思って太ももの辺りにナイフを入れてみたが、死後硬直が始まっているのか先端が少し入るだけで、それ以上は力を込めても動きそうになかった。

あれ以上力を入れれば、先に刃が折れてしまっていたんじゃないだろうか。

そう思える程筋肉質という枠組みを超越した固さのジャヌーなのに、胸の辺りの肉は程良い固さで、豪快にかぶりつくには丁度良さそうだった。

筋肉がないわけではないんだが、この部分はあんまり鍛えなかったんだろうか?

この部分だけ柔らかい原因は分からないが、何にせよ、食べられる部位があった事を喜ぼう。



「〝火葬(レ・クリメイト)〟」

「う、わぁ、、、」



解体後に、纏めた死骸を土魔術で掘った穴の中で燃やす。

バオジャイの形成単語の威力が高い事は重々理解していたつもりだったが、それでも尚、実力を見誤っていたようだ。

ジャヌーを燃やすのに使った魔術は、人を一人、それなりに使い慣れた人でも最大で三人までしか骨の状態まで燃やせない魔術。

だが、バオジャイによって発現させられたのは、あれだけいたジャヌー全てを消し炭にする勢いで燃え盛る炎。

その規模も威力も段違いだ。

葬儀屋になるつもりのない俺には使う機会がないかと、一度覚えてからは使わないでここまで来たが、どれだけ全力を出しても、これだけの量のジャヌーを燃やし切るには4回は同じ魔術を使わないといけないと思う。

燃え盛る炎の熱気を感じながら、もう二度と怒らせないでおこうと改めて心に決めた。







「「食に感謝を。魔力の源に感謝を。変わらぬ大地の恩恵に、此度も授かります」」

「ん。感謝」


まだ陽が高い内に、解体したばかりのジャヌーの胸肉を、ジャヌーの尾の付け根の細い骨で串刺しにして豪快に焼いて食べる。

俺とリビィは昼食から大して時間が空いていないが、食事の途中でジャヌーに襲われたせいで腹三分くらいまでしか満たせていなかった。

残りを満たす為に今から昼食だというバオジャイに付き合う事にしたのだが、まさかこんなワイルドなご飯が出来上がるとは、、、。

俺とリビィは数100gだけだが、バオジャイは一度では火が通らなそうな肉塊を、表面を焼いては食べてでどんどん小さな体へと取り込んでいっている。

小さく細身なあの体のどこに、あんな大きな肉の塊が吸い込まれていくんだ、、、。

聞いてみたかったが、〝小さい〟という禁句を避けて質問出来る自信がなかったので口を噤んでおいた。



「バオジャイさんって魔人域の出身ではないんですか?」

「ん。どうして?」

「食事の前の言葉が魔人域で聞くものとは違ってたので、もしかしたらって思って」



元々短く切った言葉を話す人だからその影響で省略されているだけかなと思っていたから、リビィが質問するまで疑問に思わなかった。

だがそうか。

魔人域以外なら魔力に感謝する必要もないし、文言が違っても不思議ではないのかもしれない。



「魔人のルールは、父様と母様を殺したから嫌い。育ったのは獣人域」

「武人域ではなくてですか?」

「ん。獣人域。ロルに育てられた」

「ロル、、?」

「ん。狼の獣人」



バオジャイの魔術の腕は異常だ。

その異常さを手に入れるには幼い頃から魔術の英才教育を受けていたのだと思ったが、そういうわけではないらしい。

あのメヒトが断言していたから獣人域や武人域に魔力がないのは確かだと思うんだが、バオジャイは一体どうやって魔術の腕を上げたんだろうか、、。



「魔術はこっちに来てから覚えた。十年前くらい」



確か、バオジャイが最強と呼ばれるようになった原因である聖戦は、聖域の使用権が移ってリビィが魔人域に来たのが三年前だから、それよりは前のはずだ。

という事は、バオジャイは魔人域に来て七年未満で最強へと上り詰めたのか、、?

俺がバオジャイ程魔術を使いこなせるようになるなんて、一生掛かっても無理な気がするが、、。



「私は武人域と獣人域に詳しい。だから案内を任された」



まあ、獣人域で育ったのであれば詳しいのは当然の事だろう。

だが、詳しいから案内を任されたというのはどういう事なんだろうか。

今から行くのは魔人域の何処かじゃないのか?



「聞いてないの?」



ジャヌーの肉をぺろりと平らげたバオジャイが、物足りなそうな表情で俺の手元の肉を見ながらそう聞いてきた。

まだ食べたいのか。



「バオジャイさん。私の食べますか?」

「くれるの?」

「はい。実はもうお腹いっぱいで」

「じゃあもらう。ありがと」



リビィはその体格から予想出来る通り、あまり量は食べない。

いや、それでも元の世界の同年代の女性から比べれば食べてるほうか。

こっちに来てから食べる量が増えて、感覚が麻痺してしまっていた。



「それで。メヒトから聞いてないの?」



リビィから貰った肉を小さな口で頬張りながら、バオジャイが再度質問を投げ掛けて来た。

聞いていないというのは、これから向かう目的地についてだろう。

聞いたが濁されたという事を、皮肉たっぷりにバオジャイへ伝えてみた。

バオジャイの烈火の一端でも、メヒトが味わってくれる事を望みながら。



「はあ、、」



俺の話を聞き終えて、分かり易く溜息を吐くバオジャイ。

うん、気持ちは分かる。

呆れてしまうよな。



「これだからメヒトは嫌い」



その気持ちも分かる。

一度殴らないと気が済まないくらいには嫌いだ。



「面倒だけど説明するからよく聞いてて。今から行くのは───」



曰く、今から行くのは武人域らしい。

武人域では腐愚民の排斥思想がない人のほうが多いらしくディベリア神聖国の手も及ばない事から、避難先へとメヒトが指定したのだろうという事だ。

いや、ちょっと待てよ?

確か以前。

ウルが武人域には渡れないって言ってなかったっけ?

許可が下りないとか何とか。



「許可申請してないんですけど、大丈夫なんでしょうか」

「ん。今は多分大丈夫。一応、渡る前に私だけで確認するから安心して」



腐愚民炙り出し計画があった事もあり、聖域へ渡る魔法陣まで腐愚民は辿り着けないだろうと検査がザラになっているかもしれないというのがバオジャイの予想らしい。

あくまで予想の段階ではあるが、俺とリビィを苦しめたあの計画がまさか良い方に転がってくれる日が来るとは、考えもしなかった。

それでも、あの計画があって良かったとは思えないが。

だが、一概になかったほうが良かったとも言い切れない自分がいる。

複雑な気持ちだ。



「メヒトからあの手紙以外に何か貰ってない?」

「あ、そういえば」



メヒトから渡された荷物を、格納袋から取り出す。

詳しい中身は聞いていないが、バオジャイを怒らせるような何かだったら一回殴るだけでは許さない。



「これと、、」

「それはッ!!」



俺が白く濁った液体の入った一升瓶を取り出すと、バオジャイは目を分かり易く輝かせて俺へ両手を伸ばした。

渡せ、という事だろうか?



「ど、どうぞ」

「ん♪」



瓶を渡すと、バオジャイの機嫌が分かり易く良くなる。

おそらく中身はお酒だと思うから、未成年にしか見えないバオジャイが持っていると犯罪臭が凄い。

勿論、口には出さないけど。



「良いお酒なんですか?」



俺が格納袋の中の他のお土産を探していると、一升瓶に頬ずりしているバオジャイに、リビィが食後の片付けをしながら尋ねた。

しまった。

焚火の管理も食後の片付けも全て任せてしまってた。

気付いた時にはもう遅く、片付けは殆ど終わってしまっている。

夕食の時はちゃんと手伝おう。



「ん。これはネイディアの雫って言って、お酒の名産地だったネイディアで作られてた一番高価なお酒だった。ネイディアが滅んで暫く作られていなかったけど、作り方を知ってた一人の男が復活させて、今でも受け継がれて細々と販売してる。数年ごとに売る場所が変わるから、中々手に入れられない美味しいお酒」

「そ、そうなんですね、、」



突然饒舌になったな、、。

瓶に穴が開きそうなほどじっと見つめるバオジャイに、俺もリビィも驚いて反応が鈍くなってしまった。

まあ、お酒を眺める事で必死なバオジャイは、そんな事など気にも留めない様子だったが。

それにしても、


(ネイディア、、か)


あれだけ隅々まで都市が破壊されていたから十中八九酒蔵は破壊されていたんだろうが、製造に携わってる人が生き残っていたんだな、、、。

元々のネイディアの雫の味と一緒なのかは分からないが、それでも、酒蔵が無くなった後も受け継がれているというのは何だか感慨深いものがある。

見た目だけで予想すると濁り酒のような味の気がするんだが、濁り酒は一度飲んで悪酔いした事があるからあんまり得意ではない。

だが、表情があまり動かないバオジャイがこれだけ顔を綻ばせて饒舌になる程喜ぶ代物なんだ。

苦手な俺でも、一度は飲みたいと思わされてしまう。

少し、分けてくれないだろうか。



「後は、これもお土産らしいです」

「なにこれ」

「なんでしょう?匂いを嗅ぐ限りお酒だとは思うんですけど、、」



取り出したのは、酒の匂いがする樽。

ブランデーのような、まろやかで渋い香りがする気がするが、生憎お酒には詳しくないので、俺では匂いだけで判別する事は出来ない。



「確か、バオジャイさんのご家族にって言ってたはずです」

「ん。これ、ロルが好きな火酒」

「さっき言ってた獣人のですか?」

「ん。これを飲むためだけに魔人域に住みたいって言ってた」



どうやら、バオジャイの酒好きは育ての親譲りのものらしい。

獣人は武人域ならまだしも、空気に魔力が内包されている魔人域や精霊域で住むと数年と生きられないらしいから、それでも尚酒の為に住みたいというのは相当な酒好きなのだと思う。

早速ネイディアの雫を飲もうとするバオジャイからは、その影響を強く受けているのであろう事が窺い知れた。



「あと、もう一通手紙を持たされてます」



大事そうに瓶を抱えて俺から手紙を受け取ったバオジャイが、あからさまに嫌そうな表情を浮かべて手紙を燃やそうとする。

え?読んでないのに?



「ス、ストップ!何が書いてあったんですか、、?」

「、、ん」



バオジャイに手紙の裏面を上にして差し出され、閉じ口に挟まれたメモに書かれている文字を見てみる。

〝ジーン・セオ・ギルドラド宛〟

メモには、小さくそんな事が書かれていた。

これが何か問題なんだろうか。



「名前、、ですか?」

「ん」

「誰の名前なんでしょう」

「武人域で一番強くて一番偉いやつ。私は嫌い」

「ストップ!!燃やすのはやめてください」

「、、、、分かった」



隙あらば燃やそうとするバオジャイから手紙を取り上げて格納袋に仕舞う。

バオジャイが分かり易く嫌悪感を示す相手。

一体どんな人なんだろうか。

それにしても、この手紙を渡されたって事はいきなり武人域で一番偉い人に会ってこい、って事だよな、、?

武人域に行くのすら初めてなのに、いきなりトップに会うとは、、。

三賢者であったりユリティス王であったり、俺は偉い人や強い人に会う宿命でもあるんだろうか。







「よし!片付け終わったよ」

「すみませんリビィさん。お任せしてしまって」

「ううん。これくらいいいよ」

「バオジャイさん、どうしましょう。今日はここで休みますか?」

「なんで?」

「いや、もうすぐ暗くなると思うので、、」

「まだ大丈夫。準備して」


時刻は体感でいくと15時~16時くらいだろうか。

ジャヌーとの戦闘やバオジャイを怒らせてしまった事でどっと疲れていて、正直なところ今日はもう移動せずに休みたかったんだが、我儘を言わずにバオジャイに従おう。



「お酒、格納袋に入れておきますか?」

「いい」



邪魔になるだろうとお酒を預かろうとしたが、大事そうに瓶を抱き抱えて断られてしまった。

その様子はおもちゃを取られないように守る子供のように見える。

持っているのはおもちゃではなく、見るからに度数が高そうなお酒なんだけど。



「行くよ」


ブルフウゥゥン──



バオジャイが愛馬に合図をして、出立する。

俺とリビィが乗っている馬より1,2倍程の大きさで筋骨隆々なバオジャイの愛馬の名前は〝リドエル〟

今は亡き両親の名前を繋ぎ合わせて名付けられたらしいリドエルはその見た目通り健脚で、俺達より圧倒的に多い荷物を背負っているというのに、付いて行くのでやっとの速さだ。

その上、まだまだ余力を残して走っているように見える。

付いて来られる限界を見極めて、そのスピードに落としてくれているのかもしれない。

流石、最強の人間の愛馬と言った所だろうか。

相手は魔物でない普通の馬だが、魔術を使っても勝てなさそうな気すらしてくる。

それ程までに、リドエルは強者の風格を纏っていた。






「今日はここまで」


夕焼けの茜色が濃くなってきた頃、先頭のバオジャイが池の近くでリドエルを止めた。

馬は夜でも走れるとはいっても、どこかで休ませないといけないし、夜は寝ないと乗り手の俺達が疲れてしまう。

たまに馬の揺れが心地良くて眠くなってしまう事があるから、休まずに乗り続けたらきっとすぐに眠って落馬してしまうだろう。

そうなれば、咄嗟に反応して空中で体勢を整えられる自信はない。


(もし、落馬した後にリドエルに踏まれたら、、)


考えただけで背筋が凍りそうだった。

あれだけ筋骨隆々な足から繰り出される足踏みなんて、掠りでもすれば大怪我を負うのは間違いない。

万が一に備えて、リドエルは追い抜かないでおこう。

追い抜けるとも思わないけど。



「この肉でお酒に合うの、作れる?」



馬の固定と餌やりを各々が済ませて俺が結界を張っていると、バオジャイが一升瓶を抱き抱えながらリビィにおねだりをしていた。

相当あのお酒が好きなんだろうし、さっきは既の所で飲むのを止めていたがもう我慢出来ないんだろうな。

返答次第では、今すぐにでも飲み始めてしまいそうだ。



「はい、出来ますよ。あのお肉は今日中に消費したほうがいいですか?」

「ん。臭くなるから」

「分かりました。美味しいの作りますね!」

「ん!」



ただの吞兵衛なはずなのに、美味しい酒の肴を作ってもらえると分かって喜ぶバオジャイは、とても可愛い。

目は通常通り三分の一程瞼を落としたままだが、その様子は嬉しい事があって目をキラキラと輝かせている時のセナリに似ている。

頭を撫でたくなる気持ちを抑えるのが大変なくらいだ。

撫でるどころか、エアバースト込みの蹴りが心に刻み込まれていて、触れられる範囲に近付く事ですら緊張するんだが。

もしどうしても撫でたくなったら、その時は許可を取ってからにしよう。

それなら、怒らないだろう。

きっと、多分、、、、。



「お待たせしました。はい、これはケイトの分ね」



香ばしい香りに急かされるように、リビィから受け取った皿に視線を落とす。



「ローストビーフ、ですか?」

「うん。覚えてる?レミリア王国で貰ったカトの実っていう香辛料。あれを使ってみたんだ」



確か、レミリア王国で入った店で店主にセナリが貰っていたもののはずだ。

記憶が正しければ唐辛子のような赤色の粉末だったはずだが、焼く前に揉み込んだのだろうか、良い具合に焼けた肉にはカトの実の姿は見えない。

だが、ほんのり香ってくる匂いには、カトの実らしき辛みが見え隠れしている気がする。

それ以外の香辛料の香りも相まって、食欲がそそられるな、、。



「んっ。んっ」



横を見ると、先に受け取っていたバオジャイが、コップに注いだネイディアの雫を飲む事も忘れ、必死にローストビーフを口に運んでいた。

そんなに急いで食べなくてもいいと思うんだが、まあ、急いで食べたくなる気持ちは分かる。

俺も、早く食べよう。



「どう?」

「すっっっごく、美味しいです」

「ふふふ。そっか。良かった」



ジャヌーの野性味は香辛料と混ざって、冒涜的なまでの美味さへと変換されていた。

バオジャイの姿を見て、落ち着いてゆっくり味わった方が良さそうなのにと思っていたが、これは無理だ。

現に、肉の周囲に彩りとして添えられていた野菜には目もくれず、俺はひたすらに肉を口に運んでいる。

かけられているピリ辛のソースとの相性も抜群だ。


(ああ、リビィと旅が出来て良かった)


改めて、心からそう思った。



「おかわり」

「はい。用意しますね」



結局一皿目を食べ終えるまでバオジャイはお酒に手を付ける事はなかった。

俺以上の量を食べていたはずなのに、まだ食べるのか、、。

そして、それを予想していたかのように大量の肉を用意しているリビィも凄いな。

味が良いのは勿論、リビィはいつも丁度満足出来る量を用意してくれる。

美人で優しくて料理も気遣いも出来て。


(リビィみたいな人と結婚出来たら幸せなんだろうな、、、)


そう考えて人妻になったリビィの事を想像してみたが、旦那はどこの馬の骨とも分からない爽やか系イケメンだった。

おそらく、何度想像しても旦那の役が俺になる事はないだろう。

俺がリビィの旦那になる事なんて、例え妄想であっても有り得ない。

なりたいという願望すら抱いてはいけないと思える程、俺とリビィには見た目にも中身にも差があるんだ。

戦闘面では頼りにしてもらっているとは思うが、バオジャイが合流した今、俺の力は殆ど必要じゃなくなるしな、、、、。



「おかわりお願いします」



バオジャイに遅れて俺もおかわりをし、美味しい料理で卑屈な考えを振り払った。

せっかくリビィが手ずから作ってくれた料理を食べられているんだ。

今くらいは食事に集中しよう。




「いいでしょ?あげない」

「え、あ、はい」


もうそろそろリビィが大量に用意してくれた料理もなくなるかといったところで、上機嫌なバオジャイが俺の隣に座ってグラスに入ったネイディアの雫を自慢気に見せびらかしてきた。

これは、絡み酒というやつだろうか。

だが、大学の面倒な先輩の絡み酒とは全く違って、説教もなければ執拗な接触もない。

ただ隣に座って、大事そうに両手で抱えたお酒を自慢してくるだけだ。

何というか、可愛いとしか形容のしがいがない。



「これは、、私、、の、、、すぅー、すぅー」

「おっと、、、。バオジャイさん?」



もしやとは思っていたが、徐々に呂律の回らなくなってきたバオジャイは、コップを落としそうになりながら船を漕いだ。

コップは何とかキャッチしたし、バオジャイは俺の肩に頭を預ける形で倒れてくれたから支えられたが、怒った時の口調や表情がどうであれ、静かにしていたら可愛いバオジャイが凭れ掛かっているこの状況は拙い。

それに、俺の心境を察しているのであろうリビィから向けられるジト目も辛い。

どうすればいいんだ、、。



「ケイトってさ。可愛い女の子好きだよね」



ジト目と共に与えられたリビィのそんな言葉が、俺の胸を深く抉った。

男はみんな可愛い女の子が好きだ!

と反論したかったが、それを言ってしまえばその後が気まずくなる気がするんだよな。

人形のような見た目のバオジャイに凭れ掛かられている喜びと、リビィから向けられる視線に対する気まずさが、身動きの取れない俺の中でぐちゃぐちゃに混ざっている。

うん、とりあえず。



「ケ、ケイト、、?」



コップの底に少量残っていたネイディアの雫を、現実から目を背けるように煽る。

味は、辛口の日本酒を練乳でくるんだような感じだろうか。

口当たりはまろやかで最初に甘みがくるが、喉を焼いて鼻に抜けるような日本酒独特の辛みがある。

飲んだ感じでいくと度数はかなり高いだろうに、いくらでも飲めてしまえそうな恐ろしいお酒だ。

だが、元よりお酒に強くない俺には度数の高いお酒を少量とはいえ一気に煽った代償は大きく、一瞬ではあるが頭がくらくらとしてしまった。

既に眠くなり始めていたのも災いしたのかもしれない。



「大丈夫?」

「はい。予想以上に度数が高かったですけど、飲み易くて凄い美味しいですよ、これ」

「おい」



ッ!?

寝息を立てて寝ているはずのバオジャイの、怒気を孕んだ声が聞こえる。

勝手に飲んだのがバレた、、?



「私は、、小さく、、ない、ぞ、、。すぅー、、すぅー、、」

「よかった、、、」



どうやら、寝言だったようだ。

緊張で額に掻いた脂汗を拭って、現状打破の為に両手を開けようと、ひとまずリビィにコップを預けた。



「リビィさん。バオジャイさんをベッドまで運んであげてもらえませんか?」

「本当はケイトが運びたいんじゃないの?」



お酒を飲んだ事でその話の流れは無くなったと思ったのに、リビィはどこまでも俺を揶揄うのが好きなようだ。

実際、運びたい気持ちがあるせいで否定出来ないのが辛い。

大して筋力はないけど、バオジャイくらいなら問題なく担げそうだ。



「ふふふ。冗談。流石のケイトも初対面の女の人をべたべた触りたいと思うような軽い人じゃないもんね」



リビィの信用に、心が痛む。

ごめん、リビィ。

今も割と、触ろうとする手を止めるので必死なんだ。

細身の女性とは思えない程軽々とバオジャイを持ち上げてベッドへ運ぶリビィの背中を見ながら、信用に対する謝罪を心の中で零した。

可愛い女性と綺麗な女性。

その二人と一緒に旅が出来ているだけでも幸せ者なんだ。

接触を求めるなんて、そんな大それた事は望まないでおこう。



「よいしょっ。それにしてもバオジャイさん、人形みたいで可愛い人だよね。ケイトみたいに怒られたくないから、言わないけど」



リビィさんや。

接触はしまいと反省している最中に隣に座るのは止めてくれないかい。

せめてもう少し距離を開けてほしい。



「どうしたのケイト?変な顔してる」

「え、あ、すみません。考え事を」

「ふ~ん?」



リビィの訝しむ視線が、近距離から注がれる。

それなりの月日を一緒に過ごしてきたのに、未だにこの距離まで近寄られると落ち着かない。

俺には、絶世の美女に対する耐性なんてないんだ。



「でも良かったね。怒ったら怖いけど良い人そうだしさ、バオジャイさん。それに何より、誰よりも強い。あんなに凄い魔術使う上に、魔力総量も膨大なんだって。凄いよね。バオジャイさんが居れば安心だし、これからの旅の危険性がぐんと低くなるね。あ、ケイトじゃ安心出来ないって意味じゃないから!」



リビィの言葉には、同意出来なかった。

バオジャイが強いという事実に対してではない。

バオジャイが良い人そうだという称賛に対してでもない。

これからの旅が安心だという事に対してだ。

戦闘面においては、あれだけの魔術の使い手であるバオジャイがいれば俺がいらないくらいなんだが、それだけでは拭い切れない不安が、胸の中に潜んでいた。

その正体が何なのかは分からない。

そもそもその不安に理由なんてないのかもしれない。

だがどうしても、これから起こる出来事に、不安を抱かずにはいられなかった。

杞憂に、終わってくれればいいんだが、、、。

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